魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
文庫化されていないweb版における話。レオ短編『美少女と野獣』佐島先生のオフィシャルサイトの『暗殺計画短編』を下敷きにした話をお届けします。
こういう隙間を突いたような話をやりたがるのは悪いクセだと理解していてもやりたい。そういう心地。
季節感も何もあったものではない。ですが、まぁ読んでいただければ幸いです。
ただユーザーの中にどれだけレオ短編を知っている人間がいるか、戦々恐々というのもあります(苦笑)
第199話『聖夜異変―――Ⅰ』
彼是と説明をしたが、最終的にそれがどういう話を理解したことで女は叫びだした。
当然の反応を受けても雇われの辛い立場に理解を示してもらうべく、さらに説得工作を講じる。
「とにかくイヤなものはイヤよ!! こんなことパワハラ・セクハラ以外のなんでも無いじゃない!!」
「ただ単に酒宴の席で、酌をしてくれるだけでいいんだ。それすらダメなのか夕姫?」
「ダメです」
その言葉にマネージャーである男はがっくり項垂れる。自分とて当たり前のごとく乗り気ではない。
だが、芸能の世界の悪習にして悪臭漂うことの一つ。即ち『枕営業』という話がプロダクションの社長より舞い降りてきたのだ。
こういったことが無いわけではないのが恐ろしい世界だ。
まだデビューしたて、もしくはする前のシンガーが売れるための戦略の一つ。
プロダクションの関係者……レコード会社、テレビ局、ネット配信の大手サイト、音楽協会の重鎮……etc。の『会合』『宴席』『接待』に参加させることである。
こういったところに彼等・彼女等をイベントコンパニオンも同然に出席させて『顔を売る』。
ようは見目麗しい、もしくはそれ以外でも話し上手な子に『酌』をさせることで、そういった『金主』にいい気分になってもらい、財布の紐を緩めさせる。
そういうことは往々にして廃れない悪習である。当たり前のごとくセクハラの類も同然であり、それが未成年者であっても行われていた時代もあったのだから恐ろしい。
そして―――宇佐美夕姫は当然のごとく『未成年』であった。『どういう意味』かはお察しである。
「危険はない。二人っきりにもさせない。それでもダメか?」
差し向かいで、それなりに上質なソファーにお互いに腰掛ける夕姫とマネージャーは、平行線であった。
「その酌をするだけの相手というのが、グラビアアイドルや他のCGドールの子と「身体の関係」にある、なんて噂が流れていれば真っ黒でしょ!! アンタが止められるの!? 『アキラ』!!」
「なるだけ善処はする。お前が魔法大学付属で見て、やりたいと言っていた『エア・キャリア』―――『クロウィック・カナベール』を扱うにはお金が必要なんだ……」
「千秋ちゃんたちならば、協力してくれるもの!!」
「それじゃダメなんだよ……その魔法大学付属のライブは多くの芸能関係者を悩ませているんだ……」
苦悩の色を出すしか無いマネージャーだが、それは芸事をすることで、お金をいただく全ての『芸人』に対する侮辱だろう。
結局の所、魔法科高校……マネージャーとは違い、もはやこっちの方が通りがいいと思って夕姫は使っている。
そこでの音楽祭ともアマチュアライブとも、まぁ歌うたいのステージが、今のネット界隈でのムーヴメントとなっているのだ。
世間一般の魔法師の評価は、良くも悪くも『分からない』ということが多い。
というよりも、閉鎖的すぎて何をやっているのかも定かではないというのが大方の意見なのだ。
官公庁や芸能の世界というのは、隠そうとしても漏れ出るものがあったりするのだが、偏執的なまでに情報統制を敷いて、その上で現代社会にある存在。
在り方としてはマフィアに近い。しかも政府主導で作られた『デミヒューマン』というのが徒党を組んでいるのだからたちが悪い―――とする人間が多いのが実情。
正直言えば、九校戦や魔法運動競技などを見て、それだけで魔法師に対する好印象が出来上がるかといえば違っていた。
そう―――『昨今』までは……!
「一高主催のマジックライブ……魔法という『演出技法』を用いて『幻想』のステージを作り上げた彼等の『力』は、旧来の芸能関係者にとっては脅威だよ。
もちろん……夕姫の言うように魔法技師などに協力を求めるのも吝かではないけど―――それ以上に、『純正の魔法師』が芸能活動に興じれば―――『キミの存在意義』が薄れてしまうんだ……!」
分かってくれるはずだ。
宇佐美夕姫のマネージャーである『尾上 アキラ』は、真摯な口振りで、深刻そうなポーズ、即ち苦悩を滲ませながら頭を垂れる―――そんなことまでやってから十分に時間を置き―――顔を上げた。
この間、一言も声を発していないことから『ユウキ』も納得してくれたのだろう。そう考えていたのだが……。
「顔を上げるとそこは無人だった―――か―――」
いつも通りの芸能事務所と、オフィスの半々の壁の様子と無人のソファーを見て、嘆息含めて一言。
沈黙。
沈黙。
さらに沈黙を経てからアキラは……。
「ユ、ユウキ―――!!!! お、追え―――!! ウチの看板アイドルが逃げ出した――!!」
「何であれで、説得できると思ったんですか?」
「無理だとしてもさ! ユウキが乱暴狼藉されそうになったところで、『べべん!!』と脂ぎったあのレコード会社の専務とやらをはっ倒すぐらいのことは考えていたのさ!!
コレ以上のことは、警察及び関係各所に通達するぞとかいうツラネ叩きつきでさ―――」
「ユウキさんも可哀想に、こんなザンネンすぎる情けない男が兄貴分だなんて」
「うるさいよ!! とりあえず俺は弓場社長に連絡を取る。お前たちはユウキを捕まえてくれ。手荒にはするなよ!」
「はいはい」
紳士服を着込んだ20歳ほどの男性が端末を手に連絡をするのとは別に、黒服を着た、いかにも堅気ではありませんを装う事務所タレントのガード数人は事務所の外に出ていく。
時刻は既に10時に至ろうとして、尚且つ、今日は聖なる夜。恋人たちにとっての色々と特別な日に―――。
(((何をやっているんだろう。
そんな気分を催す程度には、色々と考えてしまうのだった。
雪も徐々にちらつく東京の夜。レトロな言い方をすればミッドナイトTOKYO。
多くの人が行き交う街で、また一つの運命……どこにでもありそうな物語が――――幕を開けようとしていた。
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フェアウェルパーティの名を借りたクリスマスパーティ――というのは彼の主観だが――の後、レオはほろ酔い気分で街のざわめきに身を委ねていた。
アルコールに酔っているのではない。そもそもパーティではソフトドリンクしか出ていないのだから、そういう意味では酔いようがない。
彼を酔わせたのは、雰囲気。
他愛もないお喋りと、どうということもないチョッとした笑顔。
何の問題もない、平凡な日常。
(たまには悪くねーかな、こういうのも)
怯えた目で見られるのではなく、蔑みの眼差しを向けられることもなく、拒絶の視線を浴びせられることもない、独りではない空間。
自分があの友人たちに心を許していると自覚して、レオは今更のように意外感を覚えた。
一年前には思ってもみなかったことだ。
去年のクリスマスイブにもこうして街を彷徨っていたはずだが、一年前の自分が何を考えていたのか、レオは思い出すことが出来なかった。
想像するのも、難しかった。
(……高校に行くとか行かないとかで、姉貴と揉めていたような気もするなぁ……)
一応受験勉強はしていたが、高校に行きたいという気持ちは余り無かった。
友達が行くから自分も、という感覚も希薄だった。
そもそも中学時代の友人に合わせるのであれば、魔法科高校ではなく体育科高校に進学していた。
高等教育の多様化の一環として、今では警察の内部にも国防軍の内部にも、高校に該当する教育機関が設けられており、中学卒業で早々に進路を決めた少年たちを受け容れている(残念ながら、男子限定だ)。年が明けるまで、レオはそちらへ進むことも考えていた。
無事、第一高校に合格してからも、高校生活に期待はしていなかった。
入学式の、翌日までは。
(考えてみりゃ、あれがターニング・ポイントだったな)
運命の出会い、という言葉は気恥ずかしさが無意識に作用して思考からフィルタリングしていたが、レオの感じているものを正確に表現するなら、やはり「運命の出会い」となるだろう。
授業という用途にすら必須ではない、単なる情報端末の置き場所としての教室で、五十音順という単純な偶然の賜物として席が前後になった同級生。
あの偶然がなければ、彼の高校生活もこれほど波乱に富んだものにはならなかっただろう。
そこから始まった多くの出会い。むずかしい言葉を使うならば『邂逅』してしまった運命。
平穏を望んでいたわけではない。むしろそういった事からは遠いのがレオの『生まれ』だ。ただ求めていないわけではなかった。
地元の女の子と結婚して、
だが、魔法科高校に入学したことからしても、結局、レオもまた乱世の人間であった。
(平穏を望みながら、心の底では波乱を求めていたのかも知れねぇな)
色々言えるが、自由を求めて国を脱出した祖父のダイナミックな血が色濃く流れているのだ。
でなければ、現在のような立場にいるわけがないのだから。
山岳部三年の追い出しコンパを終えて街中で一息を突いていた西城レオンハルトは、粉雪舞う世界にセンチメンタルになっている自分を自覚して―――歩き出した。
男のおセンチな表情は好きな女の前でだけやれ。などとケンカ友達の女子から言われそうなものだろう。
そんな彼女とは、最近は少しヘンな距離感を覚えることもある。
その原因は――――。
などと考えていると原因である女子からの連絡が来た。
通行人の邪魔にならないように歩道から外れて並木の間にあるガードレールを背にして確認。
端末に入ったメッセージは――――。
『XYZ 助けて!! 悪い人に追われてるの!!』……喫緊なのか、それともフザケているのかは分からないが。
ともあれ今の気分を払拭するにはいいだろうとして、寄りかかっていたガードレールから離れて、宇佐美夕姫の発信場所に向かう―――。
向かおうとした時にすれ違う三人の『少年少女』。
この『クリスマスの日』には『普通の格好』の少年少女だが、何となく眼を惹いた。
その少年少女が―――今どき見ないようなパンクゴスロリの服装とレザーの赤ジャケットに鉢巻と、どこのストリートファイターと言わんばかりで―――極めつけは……。
(男の娘も許される。それが聖夜か)
一番、女子らしい格好をした男子に最後の感想を出し、それらに対する興味を失せさせて、レオは走り出した。
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「まっかなお鼻のトナカイさんは〜いっつもみんなの〜わ〜らいもの〜〜♪」
姉の調子外れの歌を聴きながら、弟としては先程すれ違った自分とは段違いに筋肉質の男が気になっていた。
あの人は確か、『従兄』のクラスメイトにして九亜たちの恩人だった人間。西城レオンハルトだったはず。
こちらは知っているが、あちらは知らない。それだけだが、都内に来ればというわけではないが、合縁奇縁というものを感じざるを得ないものだった。
「この聖夜の夜に惨めで哀れなクリスマスシングルを連れ出して、汚れ仕事とは……お前ら的にはアリなの?」
「父さんは、家族団らんを邪魔されたとして御当主様を恨んでいる節もあるけれど、都内に来れたことは一種のご褒美だと思うよ」
「ご家中の事に関しては、そちらでご解決を」
白けた顔で返すも、苦笑するだけの雇い主に暖簾に腕押しだった。
「ヒドイ、まぁ早めに片付けてさっさと司波家に赴くのもありだと思うんだ」
この聖夜にクリスマスシングルなど、『絶対にありえない』あの兄妹の所に行くなどお邪魔虫ではないだろうかと思う『榛 ユキ』の考えとは裏腹に、完璧な女装をした『黒羽文弥』にとっては既定路線なのだった。
そんな津々と降りつづける雪の中を歩いていた一団。
先頭で赤鼻のトナカイを歌っていた『ヨル』は、後ろに居た2人に振り返り告げる。
「そろそろ無駄なおしゃべりはやめておきましょう。It's Time to Work.というところですからね」
今回の仕事。それは単純に言えば『政治』の世界と関わり多い『芸能界』に対する綱紀粛正であった。
セレスアート社長。
それだけならばいいのだが。この調整体というものが作られた目的と、その作業進捗が芳しくないというのが問題だった。
外部の協力者、アウトソーシングの雇われたるユキはともかくとして、黒羽の双子は、この命令が恐らく四葉の『出資者』ないし、その上位たる『存在』から出されているのを薄々感じていた。
(まぁどうでもいいでしょう)
そんな愚劇を察してか、当主も双子が慕っている兄妹がいる都内に派遣して『終われば好きにしてどうぞ』と言ってくれたのだ。
定宿たる都内のホテルではなく、司波家に行くのもどうぞという言葉はそういうことだ。
そして予定通り。コミューターや様々な交通機関を使って目的地。
古式ゆかしい料亭。多くの金主から資金提供させてもらっているだろうところにて―――血溜まりの池を目撃するのだった。
踏み込んだ料亭の奥座敷。いわゆる『疚しいこと』をするのにうってつけの場所。
そこで既に事切れている『弓場大作』の姿と、調整体魔法師を買った『レコード会社の専務』の姿を目撃した。
なにが―――。
踏み込んだ三人が瞠目するぐらいには異常事態。予想していなかったわけではない。だから、すべてが手遅れとなるのだった。
『アンタ達が、こいつらの『接待相手』? ……じゃあないね。まぁ『南無阿弥陀仏』―――目撃者は殺せってお達しなんだ!! 極楽浄土はいいところらしいぜ!!!』
瞬間、どこから響いたか分からないが、告げられた言葉で室内に『入り込む』『割り込む』銃弾の乱舞。
ただの銃弾程度ならば、『魔法師』として鍛えてきた自分たちならばなんとでもなる。
そんな自信を、奥座敷と一緒に木っ端にされた上で撤退をするしかなくなったのだ。
血まみれの身体を引きずって、黒羽の姉弟が言うナンバーに掛けるユキ。
2095年東京都。12月 冬。天気は雪。
多くの人にとって聖夜の夜に場違いな『Witch on the Holy night』が、幕を開けるのだった……。