魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
というか、根治のための治療手段さえあればいいんだ。楽観的な観測が悉く外れてるじゃないか。
どうにも何かを隠されているような気がしてならない。
何かと言えば、具体的には刹那の『吸血鬼』に対する態度だ。こういった心霊的分野においては、幹比古と刹那は専門家の類だ。
幹比古は、巷を騒がす吸血鬼という存在に対して『妖魔』という呼称が正しいのかなどと思案するぐらいには、そういった事の知識が無いわけではない。
だが刹那は違う。『世界』の違いはあれども彼は、人類史を否定する影法師とでも言う恐るべき
ただ達也が昨年の初冬に見せられた映像通りならば、その被害は今報道されているようなものとは桁が違ってくる。
本物の『吸血鬼』というものがどれだけ恐ろしいかを、達也はとっくにご存知だったりした。
「お兄様、どうかなされました?」
「すまない。考え事をしていただけだ……」
「吸血鬼に関してですか?」
妹にはお見通しというよりも、今日の話題の推移からして、当たり前のごとく察せられることだった。
観念して肩を竦めつつ深雪に言っておく。
「期せずして、俺達は『本物の吸血鬼』を知ってしまった。もちろん、この世界にもアレと同等の存在がいるとは限らないが、今回の吸血鬼と―――『死徒』が同じではないことは、確認済みだ」
「ではどうして思い悩むので?」
「だからといって被害が拡大してからでは、後手後手になってしまう。目には見えない細菌、ウイルス罹患などなど、考えておいて悪いことはないからさ―――そちら分野ならば、栗井教官―――ロマン先生がいるから、何か出来ることがあるならば、とは思うけどね」
思い悩んでいるのは、この一件に刹那が首を突っ込まないでいるからだ。達也たち以上の野次馬根性というか、騒動の方から刹那に擦り寄っていくとも言われる現状において、いくら留学生の世話役だからと、関わらないでいる理由はないはず……。
あるいは―――。
「何か他のことでかかずらっている―――ということか?」
「関係があるかどうかは分かりませんが、今日のニュース―――センセーショナルな吸血鬼事件に隠れて、都内の『暴走族』や『半グレ』系列の『集団』が、行方不明になっているのを注目していましたよ―――森崎君が」
意外な人物の名前に面食らうが、深雪に言われて検索すると、確かに『三面記事』的な位置に、そういったものが書かれていた。
どこの地域にでも、こういった『チンピラ』というのはいるもので、どういった理由にせよ、無軌道で無計画なやる気の発散とやらで抗争をすることも多々ある。
もちろん2095年の日本の法律でも、『決闘』『集団暴行』『私刑』は当たり前のごとく違法であり、場合によっては執行猶予無しで収監されることもある。
治安機構がそれを断罪せずに許すということは、社会不安を招く一因だ。
……ただし、魔法師の分野においては、それが徹底されていないという後ろ暗い一面もあるのだが。
「行方不明―――集団失踪だとしても不可解だな……娼婦ではなくクソ
『何か』奇妙な符牒を感じる。どちらかと言えば理論派な達也だが、この時ばかりは刹那のように直感を信じたくなる。
閃きが先んじて有り、理屈や理論は後付で出てくるあやつのようなことを……。
「―――ともあれ、風間少佐の話によれば、十師族も動いているらしいからな。俺が関わることもあるまい」
「―――本当にそう思ってらっしゃいます?」
「無関係でいたいとは思うよ」
リビングのソファー、隣にてジト目で見てくる深雪に苦笑しながら達也は返しておく。
だが、直感が叫ぶ。この一件―――関わらずにはいられないものになると……。
† † † † †
『アタシはアタシで動くぜ。お前たちが裏でナニをやっているかは知らないが―――TOKYOを管轄している『ロード』が困っているんだ。何かしてやりてぇじゃないか』
そう言いつつも共同歩調を取るという考えはないレッドに呆れつつも、夜の街の徘徊は止まらない。
なるたけの気配を『殺しつつ』の移動。『存在感』を消すとでもいうべき術を発動させながら、歩いて立ち止まり―――『白』の魔眼で見ておく。
―――………―――。
「ノイズは走りました?」
「いいや、この区画はいないのかもしれない」
最初っから当たりを引けるとは思っていないが、これだけ多くの人が出回っているというのは少しばかり予想外だ。
別に緊急事態宣言や都知事からの深夜外出要請が出たわけではないので、当然かも知れないが、恐怖を覚えていてもいいだろうに。
「次に行きましょう」
「ああ」
歩きながら考えるに、この地道な作業が何とも―――ムダなことをしているように想える。だがそれが悪いことではない。
別方向を探索しているリーナが不機嫌になることを考えなければ、紫色の美少女を連れて歩くことは……。
「こうして街をブラブラふらつくという行為は―――計算してみてもムダだと思っていましたが、実際にやってみると、こうも違うとは思いませんでした」
「時々思うんだが、アトラスの錬金術師というのは、どうして俗世を救いたいと思うのに、俗世を理解しようとしないのかな? 君達の生き方がひどく不器用なものに想える時がある」
「魔術師である貴方にそれを言われるとは思いませんでした。工房に籠もり神秘の追求に耽溺する貴方と違いがありましょうか?」
違いはある。シオン相手に断言出来ることだが、それでも魔術師は、薄汚い俗世の『人間』の一人として『魔術師』であろうとしているのだ。
「矛盾はある。どうしようもない独善だってある。けれど―――どうしても、この世界で生きているんだ。だから、俺は『これ』でいいんだ」
魔術師ならば、ムダごとは斬り捨て利己的に生きていくのが『正しい道』だ。
だが、それは『寄り道』を忘れたものだから―――。
「楽しいことも、悲しいことも、怒るようなことも―――全部なきゃ『つまんない』……どうしても『機械』のように生きられないんだ。
俺の父親みたいに―――」
「……私達、アトラスの錬金術師は魔術回路が乏しい。魔力による神秘の実行は出来ない。
もちろん程度にもよりますが、それよりも唯一自由になる脳に依る神秘を実現させます」
人を避けながら歩いていた歩幅を少し緩める。それを理解したわけではないだろうが、シオンもその歩幅を緩めた。
急ぐ探索ではあるが、敵がどこにいるかわからない以上、見逃すことは在り得る。行き過ぎることを危惧して―――と言い訳しながら、ネオンが輝く街中を錬金術師と魔術師は歩く。
不意に錬金術師は立ち止まり星空に眼をやる。
環境保全意識の時代を経た東京では、既にコールタールの空はない。
『智恵子は東京に空がないといふ』
そんな言葉も今は幻だ。
「私たちは星を詠み、風を詠み、人を読み、世界を読む……情報を揃えて『事象の系統樹』を作り上げる。
その在り方は、刹那の世界でも変わりはないんですよね?」
「俺が知っているアトラス院の術者は一人だけどね。そう聞いているよ」
「……私は迷っています。呼び寄せられたものは、本当の意味で『この世界の異物』なのか、はたまた『修正力』なのか―――無限とも言える確率に干渉し、限られた展開式を『お膳立てし』―――未来を読んだ」
「……」
「アトラスの在り方に疑問を感じて外に出た一団。彼らが、やったことにも意味を持たせたいと思い、悩み、それでも否定しなければ―――」
「……思うんだが、
「なっ、バカとはなんですか!? バカとは!!」
「計算している割には、なんというかツメが甘いんだよな。こないだの公園でもランサーの攻撃を予想できなかったからな」
「アレは、リーナのフェザー級日本チャンピオンのごときリバーブローの威力とか、ラニとの連携を崩すためにランサーを背後から吶喊させるとか……―――アナタの悪辣さを計算に入れるのを忘れた私のミスですが……納得いきません!!」
悪辣さ。とんでもねーこと言いやがるこのアマ。
公園での衣装から冬の装いに相応しい長袖のコートを着た美少女が、少年に噛み付く様子に少しだけ衆目を惹いたが―――。
その時、魔眼に『ノイズ』が走る。
「あそこの耳にピアスを着けて黒ジャケットを着た男―――グールだ」
「―――」
言った後は、即座だった。
見られたことで気づいて『路地裏』に駆け出すグールに対して、
リーナとラニも合流しての追い込みは上手く行ったが―――その裏でとんでもないことが起こっていたことは、その時は知らなかった……。
† † † †
(またもや『定着』出来なかったか……)
(この『世界』のソーサラス・アデプトにしては霊性が高まりすぎていますかね)
(だが、急がねばならない。あの『死徒』の『食欲』は留まるところを知らぬ―――このままでは我々の悲願、『シューティングムーン』が達成できぬ)
(私の悲願は『真なる永久機関』の完成ですがね)
彼らの目的はそれぞれで違っていた。だが、共通するものはあった。
それは『在り得ざる可能性』に到達するため……。期せずして、この世界に舞い降りた『悪魔』たちは―――。
(―――!! マズイ気付かれたぞ!!)
(……これは―――まずは、この『サンプル』を置いておきましょう……漁夫の利狙いで行きますよ。我々は今―――大変に不景気なんですから)
空気が震える。
そうとしか表現できない気配の増大に、悪魔たちは警戒をする。いや、警戒だけではない―――『恐怖』を覚えて『身』を震わせていた。
だが、それでも狙いを外さないと言わんばかりに妙なことを提案する同胞の提案を良しとした。
そして姿を隠すと同時に大柄な背格好の『少年』というべき容貌の男が現れた。
・
・
・
大気が震える。プレッシャーを覚えて『都内の数少ない緑』が恐怖を発していた。
その感覚を鋭敏に、生まれの遺伝子素養からか感じていたレオは、渋谷の公園に入り込んでから少しだけ後悔した。
(オレじゃ手に余るだろうな……)
そう思いながらも『歩』をじわりじわりと、一歩一歩踏みしめながら周囲を探る。
公園の舗装された路面から草木が生い茂るエリアに至る。昼間ならば森林浴にいい場所だが、夜間ではうっそうと茂った草木が不気味に感じる。
草むらを踏みしめながらも、手早く昨夜のうちに貰っていた通信ユニットから寿和に連絡を入れた。
これ以上は長居出来ないな。そう思った瞬間、見てしまったのはベンチにぐったりと倒れた若い女性だった。
どう考えても、被害者だろう。そうでなくても、こんな夜中にここに意識があるかどうか不明では、どんな不逞の輩に晒されるか分からない―――。
だが逃げるべきだ。そう発する『ブルク・フォルゲ』という調整体魔法師としての意識、野生動物としての『カン』を『心』でねじ伏せて、レオは女性に近づいた。
「おい、アンタ大丈夫か?」
意識を発することは無い。うめき声一つもない。とりあえず脈をとるべく首筋に手を―――やろうとする前に後ろからの攻撃を受け止めた。
止めていたのはレオの腕ではなく『文字』。北欧の原初魔術「ルーン」という文字の群れであった。
「―――」
「残念だったな。『以前』のオレならば体で受けていたんだろうが、『今』のオレは少し違うぜ! ソウェル!!」
言うやいなや文字の一つを『転写』する。燃え上がる火炎が張り付き、火を上げていくが、さしたる痛痒はなさそうだ。
しかし、動きは止まった。見敵必殺―――黒コートに奇妙な覆面。更にシルクハットで髪型すら見えないという存在は炎を嫌って―――レオの一撃を防御する暇もなく真正面から受けた。
(踵や足で自然にルーンを刻む。刹那と同じくはいかんか)
すぐさま文字が掠れて消え去る様子を見て、レオは人知れず嘆息する。
部活連から出す来年度の『風紀委員』のテストで相手役となった刹那が、『アリ・シャッフル』で足元に刻んだ技法だったが、アレに比べれば拙い限り―――。
持っていた警棒を叩き壊す以上の威力で吹き飛ばしたが、すぐさま立ち上がり構えを取る覆面。
(こいつが吸血鬼か?)
魔法師という存在を相手に、一切の抵抗をさせずに血液消失を行える相手―――というには変ではあったが、ともあれ手応えはあったのだ。
ある程度の戦闘力を奪う目的で突っかかるレオ。
「ルーンセット!! ヤールングレイプル!!」
白銀の篭手を輝かせて拳をぶつけていくレオに対して、相手は防御を主としている。
回し受け―――空手の技の一つであらゆる打撃格闘技の防御の基礎中の基礎ともいえるものを以て、レオの打撃を流していく。
だが体に圧は加えられている。後退しているのは相手側だとして気持ちよく攻めた結果―――崩れ落ちそうな倦怠感に襲われた。
(まさか、これが吸血鬼の『吸血』なのか!?)
触れたものから『力』を根こそぎ奪う。今まで多くの魔法師が敗れ去っていった理由を知った。
崩れ落ちそうな身体を動かして一撃を―――と思った。その力なく腰が入っていない一撃を完全に掴まれたことで、レオは脱力をしていく。
(やられ―――た―――)
右拳から全てを吸い取られる感触を味わいながら―――『イッヒッヒ! だらしねえな厳ついニイさん!! しゃーねぇ少し『力』を―――ああん?』
……死の瞬間の『幻聴』だろうか―――を聴きながら、手刀が迫るのをスローに見ていた。
そして貫かれる―――。
血飛沫が吹き上がる。
絶叫が上がる。
貫かれた身体を嘆く声が上がる―――。
それは全て―――。レオの前にいる『覆面の吸血鬼』から上がっていた。
白い手―――女の手にしか見えない、白く華奢な一本の手が、血に塗れながら『覆面』の腹から生えていた。
「お、おおおおお!!!」
「あれ?
「や、やめてくれぇえええ!!!」
瞬間、声の主の顔がようやくレオにも見えた。後ろから出てきた顔は美少女といえる。
その少女は茶色の髪に赤眼をした、妖しすぎる『魔性』を備えており―――。
絶叫を上げる覆面の首筋に犬歯を突き立てた。
絶叫が止む。それは『儀式』。
血の一滴から魂の一粒に至るまで、全てを収奪する夜魔の者だけが持つ恐るべき行為―――その在り得ざる光景を見ながら、レオは―――。
―――キレイすぎて、可愛すぎるだろ……。
そう思いながら意識を手放す前に―――『狼の兜』を被った騎士を幻視するのだった―――。