魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
藤原啓治さんのご冥福をお祈りいたします。
そして遂に私の住んでいる都道府県にも緊急事態宣言が―――。
個人的には東京はネズミが多いので黒死病よろしくネズミが媒介となっているのではないかと思う。
殺鼠剤を大量に散布すりゃいいのにと素人考えで思いながら、新話お送りします。
レオが襲われてから2日が経ったその日の夜、遠坂邸に集まった面子は全員が、それぞれに訳ありであった……。
「とりあえず―――モードレッド。お前さんの『クラレント』を鍛え上げる日時は、もう少しかかる」
「そうか。専門家がそういうならば、アタシに異論はない。ただ吸血鬼退治のための『代わり』はあるんだろう?」
「代刀として、こいつをやる。お前の全開の魔力を叩き込んでも得物は自壊しないはずだ」
狼のような獅子のような『アニマロイド』―――に見えて、その実は『アッド』のような自律した意思持つ礼装が、刹那の差し出した剣を受け取る。
口で咥えて―――。
『ほほう! 中々の業物じゃねぇか少年!! 含有されている鉱物にアカガネとはな。しかも木目、柾目のような刃紋―――ダマスカスブレードとはな! いい仕事してるぜ!!』
などと、『いい仕事してますねぇ』と一級鑑定師のようなことを言う、狼のような獅子のようなアニマロイドに見える礼装に言われて何とも言えぬ気分だ。
というか、この
顔に爪痕のような傷持つ大柄マッチョの『ネクロマンサー』を思い出すのだ。
レッド曰く『んー。気づいた時には、なんかこんな人格が宿っていたんだよな。村の誰かにこんな喋りのやつはいないから、『どっか』からやってきたとオババは言っていたが、―――まぁいいんじゃねぇの?
結構使えるし、ある程度の戦闘行動もしてくれるリビングアーマーなんて一級品だろ!!』
サムズアップしながら『バチーン』とでも擬音が着きそうなウインクをするレッドに軽すぎると思いながらも―――確かに『アッド』とは別系統の『生ける礼装』であった。
参考にしようと思いつつ、レッドに『危険はないぜ。お嬢』と差し出す獅子狼、手にとって一振り―――二振り、三、四、五―――二十も目にも留まらぬ内に振りつくしたレッドは、満足そうに息をつく。
―――『渇き』は癒やされたようだ―――。
「スゴイ風切り音でしたね……思わずこちらも斬られるかと思ったほどです」
「斬るものをちゃんと選んでこその騎士さ。段平振りかざすだけで口上も述べないのは、ただの餓狼だろ」
満足したかのように斬る方向を幾重にも変えての剣舞は、シオンを感嘆とさせた。
作ったものの
その中の一つが、モードレッドに渡した『ダマスカス剣』である。
決して狭くはないが、女子が四人も五人もいることで『陰性の魔力』が溜まりすぎている工房を少し『換気』。
そして次なる『施術』を行う。
「刻印の修復率は七割、今日で完了させる」
「もうすこし長めのスパンでやってもよかったのでは?」
上着を脱ぎながら言ってくるレティに、嘆息しながら理由を話す。
「数日で完了出来る作業を、引き伸ばすメリットがどこにあるんだよ?」
「私の柔肌にそれだけ長く触れられます!」
ふんす、と鼻息を突きながらドヤ顔をするレティにツッコミを入れるのも面倒くさい想いで、背中に回る。
椅子に座らせたレティの背中に転写されている『刻印』の、繋がれていない箇所を『縫い合わせていく』
そここそが、レティと聖女『ジャンヌ・ダルク』の霊基を一致させていないところだった。
「今更だが、お前…よく『身体』を貸す気になったよな。怖くなかったの?」
「まぁ正直言えば少し怖くもありましたよ。私は少しばかり魔法が使えるJKでしたから―――こんな超常現象じみたことは―――もう『魔法』の世界にはありえないことも分かっていましたから……余計に……」
分かっていても『寂しい』想いはあったようだ。
いわゆるマジカルフィクション系統の世界。言うなればハリー・ポッターの世界もなく、ナルニア国物語もないとか―――夢が無さすぎた。
「現代魔法は、確かにすごい『技術』ではあると思います。それは聖処女様が仰るとおり、人理の成した御業で決して否定せざるものではないと―――。
ですが……なんでも『ヒトのもの』にするという行為の『果て』が、私には恐ろしく感じられました。
いずれ剪定の時を齎す……。言葉にしなくても、それを理解していた。
「だからこそ、刹那の授業は嬉しかった―――。これは私の本心ですよ」
「必要以上に持ち上げても何も出ないぞ」
「じゃあ私がおっぱい出しましょうか? 豊満で柔らかいと自負してますよ?」
『しな』を作るように振り向くように目線をやってくる、レティシアの猫のような眼を見て―――
「―――FUCK! THE SHIT!!」
――思わず先生の『よろしくない口癖』が出てしまうぐらいには、問題児のレティシアに頭を悩ませていたのだが。
「―――始めるぞ」
「お願いします。ロード・トオサカ」
切り替えて、彼女の背中に溶かした宝石を付けた指を這わせていく。
「Anfang―――」
魔術刻印を発動させた手がレティシアの背中に張り付いたことで、やるべきことを開始。
―――再検索開始。
―――再検索終了。
―――■■適合。
修復開始。
―――霊格適合。
―――■■適合。
修復開始。
―――魔力適合。
―――■■■別■■付与失敗。
修復開始……。
―――クラス別能力付与成功終了。
―――必要情報挿入完了。
―――適合作業終了。
以降を被術者及び付与霊体の選択に移譲。
「おおっ!!」
思わずレッドが声を上げるほどに、今のレティは『充足』している。
「いままでつっかえていた部分が取り払われた気分です……」
魔力の充足もそうだが、傍目にも『人間』として『一段階上』へと上がったことがわかる。
「―――この身に宿りし力をお借りします。聖処女様」
『ちがう
聖処女の声が刹那の『耳』にも届き―――。
レティシアは神妙なジャンヌ・ダルクと同じく口を開くと思ったのに……。
「よーし!! 早速行きましょう刹那!! 今日からは私も、ミッドナイトトーキョーのマジカルソルジャーとしてがんばっちゃいますよー♪」
「言動がユル軽い!! そして服を着ろー!!!」
「りーすっ!!」
べちん!! という音がするほどに勢いよくレティシアに「正面」から投げつけた衣服。
勢いよく立ち上がった時に『とんでもないミサイル』を見たことに対する反応である。というかどういう叫び声だよ。色々と頭を痛めつつも―――全ての準備は完了した。
地下にある工房から出ると、すでに支度を終えて自分たちの為の一服の飲み物を用意してくれていたダ・ヴィンチとリーナに感謝する。
「状況は?」
「良くはないね。警察も十師族も―――『彼ら』も『寄生体』を追う過程で、そろそろ「死徒」と接触しかねないよ」
刹那には良くはわからないが、万能の天才たるレオナルド・ダ・ヴィンチが見せているマップによると、どうやら死徒は『寄生体』を追い詰めて、同じく寄生体狙いの他勢力は、その修羅巷に集まりつつあるようだ。
「死徒の反応が増えているところから察するに、『霊体適正』が高い人間もいたのかな? シオン、君の方で観測した『ズェピア・エルトナム』の資料をよこしてくれないか?」
「こちらです。ミスタ・ダ・ヴィンチ」
何の逡巡もなくダ・ヴィンチに資料を渡したシオンを見ながら、今回の一件―――特にレオを間接的にとは言え『助けた少女』のことを思い出す。
(髪型がちがっていたからな……)
遠野志貴からの手紙を受け取り『泣き崩れる長髪の女性』の姿。
志貴の学生時代だろう姿を見て、そこに関わったヒトの姿を見て―――ようやく刹那は気づけたのだ。皮肉なまでに自分に関わりあることが多すぎる。
だが―――何とか終わらせねばなるまい。死徒を滅ぼし、そしてパラサイトを―――。
「ううん? つまり―――あれ? となると、だ。『この御仁』が求めた『不老不死』というのは―――ふむふむ……」
「ダ・ヴィンチ?」
決意をした刹那とは反対に、何だか一人で納得しているダ・ヴィンチに呼びかけるも、思考の渦に嵌まり込んで、そのまま閃くまでは動かないと思われたが、あっさり動き出すのである。
「成程な。これは私達は大いなる『勘違い』をしていた可能性がある……」
「勘違い?」
聞こえてきた不穏な言葉に問い返すも、紅茶を一啜りしたダ・ヴィンチは、少しだけ『深刻な顔』をしていた。
「だとしたらば、この事態―――『終結』に至るまでは、イタチごっこにならざるを得ない可能性がある―――とはいえ、みすみす『完成』を待つ必要はないな」
「オニキス」
魔法の杖のマスターとしての言葉を掛けることで、気付けをすると―――何とかこちらに顔を向けてくれた。
「すまないマスター。うっかり思考に没頭してしまったよ。
だが、私の推測が正しければ―――。
いや、今はいい。『見えている敵』は、吸血でグールを介して都市に毒素を撒き散らす死徒だ。これを倒すことに専念したまえ」
そうは言うが、そこまで言われて気にならない人間がいるだろうか。何より―――。
(この闘争の真っ只中に行こうという面子の中で、一番やる気が無いのが軍神閣下なのだ)
予想外のアクシデント。死徒が数体、グールが百鬼現れたとしても、『神性』持ちのランサーならば確実に有利を獲れたはずなのだ。
彼女の一撃一撃が『悪性体』にとっての致命となるはずだったのに……。
サーヴァントとの関係において、意を決する時である。
「お虎―――事情はよく分からないが……戦いたくないならば、お前は来なくていい」
「そんなっ!? マスター!!」
「ただし俺は、全力の戦闘に臨むようだから、出来ることならば魔力陣で待機してくれていると嬉しい」
「―――……」
短いやり取り、俯くランサー。
「それでもお虎がいてくれれば、頼もしかったし―――何より嬉しかった。君の戦いぶりは―――時に足踏みせざるをえない俺を動かしてくれていたからな」
結局、自分の剣製を生かしてくれる。自分の作ったものを最大限使ってくれる戦士というのは、『付与魔術師』『魔剣鍛造者』においてありがたい存在だ。
特に景虎やモードレッドはいいお客である。
逆に千葉道場の人々は、残念ながら『アウト』というのが刹那の評価であったから……。
「刹那、私は……『彼女』を止めなければいけないのに―――」
後悔の念がどうしても切っ先を鈍らせる。その想いが
「―――
―――聖骸布のコートを羽織り出陣をするのだった。
出るのは『玄関』からというのが、しまらない限りであり、もはや10時を回ろうとしている時間、寝ていてもおかしくない近所の下田さん家のおばあちゃんから『風邪引かないようにねー』などと縁側から言われて、『はーい。気をつけて行ってきまーす』と全員で合唱しなければならなかった。
本当に、こういう人たちが犠牲になるかもしれないことを考えると、気合を引き締めるのだった。
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レオが襲われて2日。その間、幹比古とエリカは真夜中の東京を歩き回っていた。
もちろん何か色気のあるようなことじゃない。レオを襲った下手人を捕縛ないし打倒することを目的とした、勝手な自警団気分。
不揃いな『同心と岡っ引』は、友の仇討ちと同時に街を騒がす存在を何とかしようとしていた。
「……ミキ、あんたが見たものって美月のスケッチしたものだけ?」
「―――あえて、あの場では言わなかったけど。美月さんが描いて、恐らくレオを襲ったツインテールの吸血鬼の『膂力』は凄まじかった……見えたものだけならば、男性の首をもぎ取って―――身体を投げつけていたんだよ。眼鏡の少年に―――」
「本物の化け物ってことね」
しかも、それは『魔法』を伴わない純粋な体でのみなされた凶行。
正直、レオが見たものを半信半疑であったが、あれを見ればそんなことは言えなくなる。
だが、だからといってエリカを一人でいかせるわけにはいかない。
真っすぐ路地を進んでいくと、進行方向が3つになる。
正面と左右―――どちらを選ぶかは、幹比古の『ダウジング』……に似た術式を刻んだ木の棒。
棒を道の真ん中に突き立てて、術を発動。右が『幹比古』が望んでいる道のようだ。最悪、恐怖で『安全な道』を『選んでいる』となるかもしれなかったが……。
(どうやら僕も少しばかり頭のネジがイカれているようだ)
危険である。死が迫る。
そう言われても、事態の核心すら確認できずに終わるなどあり得ない。
そして、何より『吸血鬼』なんていう最大級のオカルトを確認せずにはいられない。
かつて存在していた鬼種の末裔たる『混血の王』たちの中には、『吸血』を行う『鬼』もいたらしい。
その超抜能力は様々だったらしく、さらに言えば、それは『魔法』とは異なる理によって成されるものだった―――。
思考が途切れる。進んだ先は『路地裏』。しかし、かなりの広さ―――ビルとビルの狭間はかなり取られてる場所にて……あからさまなまでの『死臭』が漂う。
(闘争の気配―――違う、これは狩猟の気配……)
幹比古が感じた、プシオンが『腐った』匂いとは別種のものを、肌感覚の第六感で感じ取ったエリカは、我知らず同心の装備『十手』ではなく『刀』を握りつつ状況を見据える。
路地裏―――その奥に眼を凝らす。こちらとはまだ距離はあるが、遮蔽物の類は無い。
少し外れればレオが襲われた場所と変わらぬ小さな森林公園がある。が、そこが戦場となりえるだろうか。
分からないが位置関係と距離を測りつつ、2人は路地裏に至る入り口左右に身を寄せた。そうしつつ『耳と目』を峙てる……。
(覆面が3,4,5―――8人……)
(それに対して、こちらに背中が見えている人は1人か)
戦力的には、エリカと幹比古に背中を向けている1人が不利。
だが、位置関係的には入り口から近い所に陣取る1人の方が有利。
どちらも追い詰める要素はあったのだが……。明らかに追い詰められているのは、覆面たちの方だった。
黒いコートを血飛沫に似た模様で染め上げて、銀髪を後ろでまとめた―――男とも女とも見える細身だ。
覆面よりはまだ人間らしいところが見えるが、背中からでは、そんなものだ。
「―――諦めてくれないかな? キミたちとて『目的』は同じのはずだ。『さつき』も『シオン』も、キミたちを『仲間』にしたいだけなんだよ?」
「巫山戯るな……『盾の騎士』! 貴様らの目的は『タタリ』を成すことではあるまい!! 我らはもはや『砂』には帰らぬ!!」
「だからと―――『悪魔』に『憑かれた』ままで目的を成そうとするなど、下策。『元・教会所属』としては、見ていられないなぁ」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような言葉のあとに、『盾の騎士』と呼ばれたニンゲンの筋肉が強ばるのを見た。
明らかな戦闘態勢。そしてそれに対して8人の覆面たちも、『及び腰』になりながらも迎撃を試みるようだ。
「死ね!! 『リーズバイフェ・ストリンドヴァリ』!!!」
言葉と声だけは威勢がよく―――放たれる『魔法』も景気がいいものだ。
炎の帯が鞭のようにしなり、落雷の連続、冷気の叩きつけ、土塊の隆起―――あらゆる自然現象の破壊の連続が、路地裏を包み込み、エリカと幹比古もビルから一時的に離れなければいけなかった。
「ムチャクチャね!」
「けれど―――これでッ……!!」
小声で言い合いながら、衝撃と熱のプラス・マイナスの烈破が収まった所に使い魔を放ち―――幹比古は衝撃的な光景を見る。
「やれやれ―――『手品大会』は終わりかい?」
煙が晴れたところに平然と立つは、銀髪の―――『女』だった。あれだけの魔法を食らった。間違いなく何の防御手段も講じていなかったというのに、その身に一切の瑕疵は見えなかった。
「―――ばかな!! ガマリ―――」
叫ぶ一体の覆面を黙らせるように拳を叩きつけた。
ノーモーションからの拳の叩きつけ。それを見たエリカは驚愕する。
現代魔法に『依る』武術というのは、たとえ得物に『ホウキ』と同様の機能を持たせて、常人を超えた速さと膂力を「技」に備えさせても、どうしても「CAD」を「操作」するという動作が必要になる。
それは、武門によっても違うが、エリカの場合は『構え』の『予備動作』によって『加速』を果たしている。
得物そのものを『強化』する場合は、叩き込みの時に実行しているが―――それをこの『男』は「実行」していない。
何のサイオン放射もなく、己の身体の『性能』だけで、覆面の身体を『上下』に砕いたのだ。
(サーヴァントのような『魔力』によって編まれた存在ならば、その不条理も分かるけど、こいつは違う!!)
絶えず千葉流以上の速度域で稼働し続け、その速度とは別種の『筋力』で『山津波』と同等かそれ以上の圧で拳と蹴りを叩き込んでいく。
山津波が斬撃として上から下へと落ちるのとは違う直線上の衝撃―――レオのように拳の技もなく、不条理極まるベアナックルで、覆面たちの身体を次から次へと紙でも引き裂くかのように砕きのけた。
その間、エリカと幹比古の耳には『ドゴン!!!』『どごっ!!!』『ゴワシャッ!!』『ひゅごぎっ!!』
実に……頭の悪い擬音表現でしか表せないものが届いていたのだ。
音が一つ響くたびに、覆面たちの身体は池に注がれる鹿威しの水も同然に『血』を注いでいた。
「―――『回収』を頼むよ―――ああ、ありがとう。もう少ししたらば帰るよ――――」
屍山血河をありったけ作り上げた銀髪は『誰か』と話しているようだが相手は見えない。
その不気味さ――路地裏の壁のあちこちに出来た血肉のオブジェに『怖気』を覚えていた2人だが―――。
「もう『2人』ほど、『食糧』を『調達』してからね―――」
その言葉の意味と、目線だけを後ろにやってきたことで―――理解して飛び退いた瞬間、エリカ側のビルの壁面を砕きながら、『女』はエリカに襲いかかるのだった。
豆腐でも引き裂くかのようにビルの壁面に爪を立て火花を散らしながら、こちらまでやってくると同時―――エリカに降り注ぐコンクリート瓦礫の飛礫……というより投石。岩落としも同然の行為に反応が遅れた。
「―――幹比古!! 逃げるよ!!」
「言われなくても!!」
猫のように飛び跳ねながら、エリカの胸ほどの高さで撒き散らされた投石を避ける。
避けながら全力の逃走。だが、このままでは終わらない。
自分たちにとって有利なフィールドへと移動する。森林公園へと逃げ込むのだ。
明らかにブルファイターな戦士を相手に、開けた土地で戦うなど愚策。とにかく遮蔽や障害があるところで戦うのが上策だ。
だが―――、
((この化け物
悩みはそこだった。それに対して、足だけでなく、色々な術式を知る幹比古は対策を講じる。
(目くらましの手段はいくらでもある!!)
呪符型のCADを持ち、光を放つ精霊に呼びかける。
夜闇の中であっても活性化をしている、西洋風に言えば『ウィル・オ・ウィスプ』たちは、幹比古の周囲に集まり、現実の世界を照らし尽くす。
前面から入る光を遮るように腕を出す『女』。
よく見れば、胸郭を防御するためのブレストプレートには、葉脈か血管を思わせる赤い線が走っており、血のような赤眼と相まって不気味さを演出する。
ともあれ、足止めは出来た。一瞬の間隙を縫い森林公園に逃げ込む。諦めるか、追ってくるか―――。見えぬように式紙を飛ばして相手を伺っていたが―――。
―――逃さない―――。
口の動きだけでそう発音した女は、幹比古の式紙を何かの『魔力干渉』で消滅させてきた。
遠見の視界が奪われたことで決意する。ここで一戦を交えるしか無いのだと。
(好材料と言えば、あの8人の覆面がいなくて、2対1の構図が出来ていることだけど……)
その程度のことが有利になるだろうか、その8人の覆面を拳と蹴りだけで抹殺してのけたのが相手なのだ。
現在、女は草場に隠れている2人を探している様子だ。先手を仕掛けるならば、こちら。
死角からの一撃を狙ったエリカの攻撃。右後ろ斜め―――面倒だが、そうとしかいえない角度から攻撃を狙ったエリカ。裏拳、ヒールキック―――なんでもありだが、それでも狙った角度―――斬線は入ってくれた。
「―――」
「驚いたな。確かに『左右』のバランスを考えて鍛えてはいたんだが、『右側』に少し頼りすぎていたか」
エリカが狙った好機とは、即ち身体のバランス。『男』の身体は確かに相当に鍛えられていたものだが、『右側』が若干、傾いている印象があった。
推測だが、恐らく本来のこの『男』の手には大型の得物―――想像するに肩を固定したハイパワーランチャーなどがあったと思われる。
だから―――バランスを欠いているようにエリカには見えたのだが。
「篭手は分かっていたけど、肘部分まで!」
「正確には鎧甲の一種、名を『灰錠』という装備さ。人によっては、聖書の紙片に擬態させたり、手袋などにしておくんだけど、私の場合は肉体鍛錬のためにも、普段からこの重い装備を着けていた」
エリカの剣は確かに、入っていたがそれは『男』の突き出した肘部分で止められていた。エルボーブロックという技術である。
「別に食らっても大したことはないんだけど、シオンの負担は減らしたいからね。悪いけど―――死んでもらうよ」
猛烈な勢いで腕を振り上げることで、エリカの態勢を崩した『男』は、剣を最上段に持つ形となったエリカの心臓を叩くべく拳を握り込む―――放たれる轟音と同時のブローパンチ、少しだけ遠くにいる幹比古にも、その威力は察せられる。
だから―――。
「助かったわミキ」
「礼はあと!! 来るよ!!」
『綿帽子』という気流運動を利用して遠ざかり、近づきを行う術でエリカを『女』から遠ざけた幹比古だが―――ボクシングのような構え。正確な名前は幹比古には分からないが、標準的な構えをしながらエリカに拳を次から次へと突き出していく。
その速度と移動角度が図抜けて速すぎて鋭すぎるのだ。
必定、エリカを『女』に近づけることは不可能。逃していくだけで精一杯だ。それどころか―――。
(疾すぎる!! なんなのよコイツ!?)
幹比古のコントロールは狂ってはいない。それどころか、女の速度に合わせて上げているのに、一向に衰えない。
だが、それでも轟風のスピードは増すだけ。
(こちらの風に乗るわけか、けれど別に『倍速』で動く『行動の加速化』ではない。ならば―――)
いずれは捕まる。こちらの発する風があちらを越えた時―――。
あちらが遠ざかる風が澱む。相方の不調を察した少女がようやく「剣」を振り下ろす。それは、風に乗られる中で十全の威力を伴っていたが―――。
「捕まえた―――」
その剣を真正面から片手で鷲掴みした女。
「死徒」と化した超常能力者の前では、緩慢なものでしかなかった……。
銃弾を『見てから避ける』―――そんな『生物』がいるなど―――非常識!
同時にもう一方の手は固く握りしめられており、姿勢を低くした態勢からのストレートパンチが五臓六腑を止めんかという勢いで放たれて―――。
エリカの胸に吸い込まれて血反吐と何かの吐瀉物を吐き出しながら―――30mは後方に吹き飛ばされる。
終点と言える木に当たっていなければどこまで飛んで行ったか……。
あまりにも常識はずれの現象を前に、幹比古は意識を無くしてしまった幼なじみの名前を大声で叫ばんと、気付けをせんと目を切った瞬間。
「君は珍しい血の匂いがする。ここで飲み干してシオンと『さつき』に分けてあげよう」
まるで営業先で見つけた珍しい美味―――例えば期間限定のケーキを娘や妻のために買っていく『父』や『夫』のような言動で狙うは幹比古の首。
術を使う間もなく首を掴まれる。酸素が取り込めない苦痛の限り。
鍛えているとはいえ、『女の腕力』で成すすべもなく掴まれるという醜態。
掴み上げられたその状態―――月明かりの元、酸欠で死にそうな幹比古が考えるのは……見上げた月のように綺麗な女の子。
自分がきっと恋してしまっている女の子。
以前は刹那に気があったとか告白されて、落ち込んでしまうぐらい焦がれてしまった子は―――今頃寝ているかな―――ということだった。
(美月さ―――)
もう会えないだろうと、悲しみが―――幹比古を包もうとした時―――。
現代では『野生』で見られなくなったミミズク、フクロウという鳥をイメージさせる声が頭上から響く。
ミミズク、フクロウも図鑑と映像でなければ、特殊な施設でしか見られないものだが、それでもそれをイメージさせていた。
同時に幹比古は知っていた。あんな面構えとずんぐりした体型で、あの鳥は―――『猛禽類』の類なのだと。
鳥の声をしたものは、『何か』を放出しながら急降下してきた。その何かは幹比古を掴んでいた『女』にとって脅威だったらしく、幹比古を投げ捨ててでも回避しなければいけないものだったらしい。
そして幹比古と『女』との狭間に降り立つ―――レオの言っていた魔戒騎士のような全身甲冑の人間。
後ろ姿だけだが、その姿に守護者としての矜持を見てしまうのだった……。