魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第255話『Fate/stay night(3)』

 今宵の政治家―――ウィルソン・フィリップス・神田議員のパーティー会場は、既にかつての様子を無くしていた。

 

 死徒の遊び場。『遊戯』の一貫として、眼も口も縫い合わせられた屍があちこちに転がっている。衣類は当然のごとく無くしており、四肢の欠損すら行われていた。

 

 この塔は既に自分の作り上げた『異界』。そこにて優位は覆らぬ。再生された身。進みすぎた時代。あまりにも霊性を損した血袋たち。

 

 だが、それでもミハイル・ロア・バルダムヨォンは諦めない。

 

 永遠の希求を―――。そして……。完全なる姫君を―――。

 

 

「―――起き上がれ―――纏え―――」

 

 その言葉は『呪文』。二節程度の呪文が繰り出されると変化は瞭然であった。

 

 うつ伏せ、仰向け、横向き―――あらゆる寝姿を晒していた屍が、そのままに起き上がる。糸人形のような立ち上がり方、起き上がり方に尋常の様子は何一つない。

 起き上がったものたちは、力なく立ち上がりながら、身を震わせる。悲鳴を上げたいのに上げられず、涙滴を落としたいのに落とせないでいる――――。

 

 この世のものとは思えない苦痛が全身を包んでいき、その身―――二十七の屍が違うものに変生するのだった。

 

「ネクロマンサーの真似事とは、神に仕えていた身を少しは顧みないのかミハイル?」

 

「そうかい? だが私のかつての死将(デュラハン)たちと会いたくなったからねぇ―――」

 

 出来ることならば、朱き月のシステムを模倣したかったのだが、自分の記憶を映写機のように写すことでしか、出来なかったのだ。

 

 

「来るぞ―――」

 

「ああ、極上の魂を持った連中がな。しかし『余計』なのも着いてきたものだ。まぁいい、どのような秘術を用いようとも、このロアに敗北はあり得ぬ―――」

 

 そういう慢心が、自分と同じ死神によって殺された原因だと、ネロ・カオスは想っているのだが―――。

 

 

(真祖の姫の力を使いて配下に加えた多くの死徒たち。かつて死徒の姫アルトルージュ・ブリュンスタッドすら退けたミハイルの軍団か)

 

 道化師のような姿の男女。

 

 小猿に似た幻獣を引き連れた男。

 

 巨人のような槍を持ったこれまた巨人のような大男。

 

 少女―――もはや幼女・童女のような姿をしたものもいれば、豊かな髭を蓄えた富豪のような男まで―――。

 

 中には『人』とは言えないカタチをした連中までいた。

 

 吸血鬼―――広義の意味で吸血種にも様々なものがいるが、ここまで無節操な軍勢を作り上げていたとは、少々ネロも面食らう。

 

 二十七鬼もの超常の軍団―――これを前にして……。

 

 

(それでも来るというのか)

 

 

「アンファング!!!」

 

 ロアの復元すらも効かせぬ魔力の奔流―――『星の鼓動』とすらリンクさせたものが、豪奢な扉を砕いて2人の吸血鬼にも攻撃として届かせていた。

 

 ロアの構築した復元式が効かないところを見るに―――準備は万端のようだ。

 

 

「失礼、敵拠点につき少々威嚇させてもらった―――」

 

 少々。その言葉どおりならばどれだけよかったか。傲岸不遜にも砕かれた扉跡からやってきたのは、魂の輝きが人一倍以上な連中。

 しかしやっていることは、完全にヤクザの出入りだった。

 

「階下を見下ろすはずの硝子板が、全て『内向き』に壊れているか。この時代の『新技術』なのか、それとも貴様の能力なのか……」

 

「―――どちらでもいい。ようやく極上の好餌がやってきたのだ。

 ここで全てを食らい付くしてくれる……」

 

 死徒二鬼の言葉を聞きながら、一番前に出てきた魔術師は口を開く。

 

「悪いが、その汚濁しきった魂―――微塵も残さず砕かせてもらう。そして、お前たちのご同胞からの言伝だ―――」

 

 言いながら二鬼の間に、『錠前』を投げ込む魔術師。

 

 古めかしい錠前だ。だが、一瞬ではあるが―――ぎょっとする様子があった。

 

 錠前から―――声が聞こえる……。それは異界に生きる貴公子がいれば、こういうものではないか? そう姿かたちを想像させるにふさわしい存在感を備えていた。

 

 ―――第一声は、物憂げなものであった。

 

『どうにも美しくないね―――元々、異端は孤立するからこそ異端なのだが、それでも……『蛇』とつるむなど、前の十位が聞いたらば嘆くよ。―――フォアブロ……』

 

「これはこれは……予想外の御仁が出てきたものだ。とはいえ、交友関係の云々を貴様に言われたくはないな。なんせ白翼であろうと、翁であろうと『通信機』越しにしか話せないそちらと違い、出席はいい方だ」

 

『それを言われると何も言えないがね。だが、キミたちの行いを許すわけにもいかないのが、今の僕の『立ち位置』だ――――――』

 

 声の一つ一つで広々としたパーティー会場が揺れているような気がする。まるで深淵の中の深淵から聞こえるかのように……。

 

 声の全てが反響する……。

 

『だからこそ―――キミたちを迷宮へと案内することにした。まぁ迷宮といっても―――――――』

 

 

 錠前が恐ろしくなるほどの魔力を発する。それが行うことを止めたくても、死徒二鬼は、魔法使い一歩手前の魔術師の大魔術に呑み込まれている。

 

 千年錠の言葉が縛り付けていたのだ。

 

 そして―――。

 

『迷宮といっても『鏡面界』(ミラーワールド)への強制招待でしかないんだがね』

 

 謀られた。死徒が気づけたときには七枚のカードが錠前の周囲に投げ放たれて―――。

 

 

『―――開ける(・・・)よ!! お兄さん!!!』

「オーライ!! 行ってくるぜ!!』

 

 声に呼応して、部屋全てに構築された『反射炉』という名の『魔法陣』が張り巡る。存在全てを『あちらがわ』に反射させ、写すための世界移動の秘技。

 

 ようするに―――。

 

「「―――接界(ジャンプ)!!」」

 

 ―――後顧の憂いなくどんなに破壊しても許される―――本当に気兼ねなく戦えるバトルフィールドへと赴くのだった。

 

 愛梨と刹那の呪文で、死徒たちごと全ての人間がパーティー会場から消え去る―――。先程まで剣呑な殺気と魔力で満たされていた空間は無人となっていた……。

 

 無人となったそこには蛇……ミハイル・ロア・バルダムヨォンが構築した結界は機動を果たさなくなっており、念入りに隠されていた血塗れの惨状が顕になっていた。

 

 

 そこに錠前を通して現れる白の衣装を纏った白の王子―――コウノトリのような赤い目が特徴的な『男の子』は、場違い極まる形で現れた……。

 

「やれやれ、それなりに大仕事だったけど―――まぁ異界でならば、チカちゃんにも迷惑かけずに戦えるよね」

 

『そうだね。だが騒動自体は終わらないだろう―――今回のは中盤戦というところだ―――』

 

 うんざりするという風な声が聞こえてくるも、白い鳥の王子様は薄く笑みを浮かべるだけだ。その心は、主である錠前であろうと容易に知れるものではない。

 

 だからこそ『タニマチ』よろしく魔法使い見習いに力を貸したわけなのだが……

 

『というわけで、そろそろお話をしないとマズイかな……トライテン、そちらの『男運』なさそうな『お嬢さん』に、僕との通信を繋げてくれたまえ』

 

「分かりました」

 

 置いてけぼりを食らった形で、部屋に残された『低級』の使い魔に話しかける『最高位』の使い魔。

 

 その挙動にびっくりして逃げ出そうとしたところで、『力の限り手づかみ』をしたトライテンによって逃げ出せなかった。

 

 

『知らなかったのかい? ―――『千年錠』からは逃げられない』

「捕まえてるのボクですけどね」

 

 先程の剣呑さとは別の気楽な会話。しかし、捕まえられた方は未知の存在に対する恐怖を覚えてしまう。それぐらいに唐突なものであったのだから。

 

 ・

 ・

 ・

 

 鏡面界への強制転移。それ自体は成功したから良かったのだが、まさか―――。

 

「空中に投げ出されているとはなぁ」

 

 風圧で変形しそうな口でも発した言葉は―――。

 

 

『『『『『呑気に言ってる場合か――――!!!』』』』(怒)

 

 

 ―――明朗に刹那の周囲にいる自由落下状態の面子全てに届いた。

 

 

 とはいえ、言われながらも既に対策はとってある。何より、ある意味で、これは『優位』を取れる状況だ。

 

「ラントリア! レッド!! 宝具解放!! 眼下の連中に向けてぶっ放せ!!」

 

「とんでもない曲芸を強いやがる!! けれどよ!! このクラレント! スゴイ剣なんだからな!!!」

 

「承知したマスター、あなたの道行きを阻むもの、その全てを打ち砕きましょう」

 

 快活で豪気なレッドとは違い、冷静にかつ淡々と槍を振り回すラントリアが、眼下にいる連中―――羽を生やして飛ぶことぐらいはできそうなのだが―――

 

 そんな吸血鬼たちに対して、遠間から大剣の振り下ろしと、巨槍の突き一閃が放たれる。

 

 明らかに、その武器の間合いではない。だが英雄が持つ宝具―――ノーブルファンタズムは、その理屈を覆す。

 

 それ即ち―――奇蹟の成就。

 

 聖神、精霊、魔神、邪霊……様々な幻想の存在が鍛え上げた剣の名前はそれだけで、一つの奇蹟を世界に打ち立てる。

 

 その事実を―――達也他数名は何度も見てきたのだ。

 

 ゆえに―――。

 

「輝きを放て!! 我が祈りは『黒き聖母』(ブラック・マリア)に捧げるもの!! 

 ―――『時空を超えて我が敬愛する(クロノス・クラレント)王への憧憬(シャイニングアーサー)』!!!」

 

「此れなるは、人の世に振るいし嵐の顕現―――回せ、廻せ、螺せ、捻せ!! ―――『最果てにて輝ける槍』(ロンゴミニアド)!」

 

 2つの奇蹟が重なった時に、世界を揺るがすほどの『超奇跡』としか言えないものが炸裂。

 

 朱雷をジリジリと発生させながらも放たれた黄金の光線と、『黒赤』の光線が、螺旋を巻きながら地上にまで猛烈な勢いで叩き込まれた。

 

 その途上にあった高層ホテルはその圧を喰らい、塵芥(ちりあくた)の一つも残さず消滅した。

 

(分かっていたことだが、完全に戦略級魔法の破壊力だな)

 

 

 波動砲を連撃で食らったようなもので、その圧が吸血鬼の内の六鬼を消滅させたようだ。達也の眼ではそう見えただけで、塵からでも復活出来るという伝説の吸血鬼ならば、それもあり得るかもしれないが……。

 

 自分たちと同じく自由落下の状態だった連中は、こちらの攻撃に危機を覚えたのか、方向転換を果たしていく。

 

 コート姿の大男は、その背中にコウモリのような被膜付きの羽―――巨大なものを生やしながら、両腕を伸ばしてこちらに向けてきた。

 

 その手から―――多くの『鳥類』が飛んでくる。

 

 言葉だけならば手品師・奇術師が使う鳩の出現マジックのような印象だが、飛んでくる鳥類はそんな優しいものではない。

 

 猛禽類は当たり前だが、殆ど始祖鳥―――羽生やしの羽毛恐竜のようなものまでいるのだ。

 

 それに対して当たり前のごとく迎撃行動。どうやって姿勢制御をしているのか、刹那の弓射―――宝石を用いたものが雨あられと降り注ぎ、大男の使い魔を泥に変じさせる。

 

 

 あとは自由落下の法則に還る。回収するにはヤツ自信も地上に戻らなければならない。

 

 そして既に地上と空中からの攻撃の応酬は絶え間なく続く内に―――先程まであったホテルの階層で言えば4階程度まで堕ちてきた時点で、達也は心配を覚えて飛行デバイスなどの力を持たない連中を見たが―――。

 

「―――ほう……」

 

 全ての人間が『自力』ではないが、独自の方法―――他者との協力ありで、安全を確保していた。

 

 中でも特徴的なのは、ヒポグリフという羽持ちの幻馬に跨る一色愛梨。どっから現れたのか『ヒトコブラクダ』(飛行中)に幹比古とタンデムする美月(男女逆)―――。

 

「レオのあれは……『スプーン』か?」

 

「なんだか魔女の箒も同然に飛んでいますね……」

 

 どんな法則が働いているのかは分からないが、レオにそのスキルがあったことに、妹ともども驚く。ともあれ、吸血鬼の集団とは距離を離した位置に落着することになりそうだが―――。

 

 

(『結界』の展開範囲を超えて広範囲に広げられたらば、マズくないか?)

 

 勢いある弓射で相手との距離をジリジリと後退させていく刹那にそんな杞憂を―――。

 

(意味はないんだろうな―――)

 

 所詮、そんな心配は無駄ごとなのだ。簡易な浮遊魔術でも発生させたのか、それでも若干つんのめる形で落着した刹那に続いて、他の面子も無事に落着した。

 

 

 黒いラバースーツの美女―――刹那の話によれば、『転生』する吸血鬼という話だが……。その女は怒りに震えているようだった。

 

 

「―――やってくれたな。否応なしに決戦を挑ませる形にするとは、ケルトの戦士か貴様は?」

 

アトゴウラ(四肢の浅瀬)のルーンは、教えられたが、今回は使ってない―――まぁお前達に『逃げられない』状況を作る必要があったからな。『俺を殺す』以外に、ここから出る『手段』はない―――例え、冠位指定の使い手であろうと。全ての状況は分かったはずだ」

 

 ―――夜の状況すらも再現された世界―――。

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)と相対する怪盗姿の戦士。

 

 ケレン味を覚える英雄の決闘の場面を感じさせる。それは伝説の具現―――。

 

 

「マスター・アルカトラスの手筈で、今のお前は俺に戦力を集中しなければならない。そして俺はお前の意を汲んだ手下から、魔術―――牙も爪も、全て払い除けて、お前たちを封印すればいいだけだ」

 

 単純な作業だと言う刹那だが、それが出来るのはお前ぐらいだろうに。

 

 一番前の刹那の横に、『当たり前』のごとく立つ魔法少女姿のリーナが口を開く。

 

 

「セツナ、アレやって! ア・レ!! 『あいあむざぼーんおぶまいそーど』♪♪」

 

「日本語英語で、急にやる気がなくなること言わないでくれ……」

 

 

 リーナの気が抜けるようなセリフを聞いて、『嬉しそうな苦笑』を浮かべた刹那の横顔を位置関係で見てしまう達也。

 

 言いながらも当初のプラン通りに、両腕の魔術刻印を最大励起(フルドライブ)させる刹那の姿にデジャヴュ(既視感)

 

 

 ならば、自分がやるべきことは『連合』を作るまでの時間稼ぎだ。

 

「時間を稼ぐぞ。刹那の呪文詠唱を邪魔させなければいいんだ」

 

 

 副官よろしく達也が声を掛けると、全員がやるべきことを考えて位置につく。

 

 その後ろでは世界に一人だけの『魔法使い』が、集中をしている様子であった。その『入り込み方』に誰もが息を呑む。

 

 

双腕刻印・直列接続(ダブルドライブ)―――双腕基盤・並列接続(ツヴァイファンタスト)

 

 

 両腕の五指を開き、前に出して何かを押し止めるような動作。そのあとには、刹那の全身から出る余剰の魔力がスパークとなって周囲を照らす。

 

 両腕の刻印。既に衣服の袖を破ききった刻印は更に輝きを増す……。

 

 刹那の両親が託した遺産―――次代(つぎ)へと繋いでいくものが、刹那を活かすべく荒れ狂う。

 

 

(記憶映像の中で見たが、『生』で改めて見ると―――印象が違うな……)

 

 

 それを見ていると、明確な脅威を感じたのか吸血鬼たちが動き出す―――。

 

 何一つ、攻撃は通させない。しかし後ろで行われていることは達也と深雪―――リーナには分かる。

 

 

 そこには、仏教、神道などで見られるもの―――。

 

 勢いよく合わせられる掌。

 

 柏手、合掌。

 

 違いはあれども、そこにあるものは唯一つ。

 

 

 ―――『神仏』への祈りの所作―――『心』の作法なのだと―――。

 

 

「―――I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている)

 

 

 遠く遠く、はるか遠き彼方から聞こえるような呪文(ことば)が世界を―――変えていく……。

 


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