魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
・
・
・
・
Interlude DEATH2―――。
其処は暗く、底は昏かった。
自分の周りにあるのが闇だけと知って、自分は死んでしまったのだと受け入れた。
光も音もない海の中に浮かんでいる。
裸で、何も飾らないままで、『司波達也』という名前のヒトガタが沈んでいく。 果てはなかった。
いや、はじめから墜ちてなどいなかったのかもしれない。
何もかもがない世界。確かな感触すらあやふや。墜ちていくという感覚ですら錯覚と思いかねない―――。
無という言葉さえ、形容するには卑小すぎる―――
だが、そこに『自分』以外が現れたことで世界に輪郭が出来上がる。自分は墜ちていた訳ではなかった。
ただ単に立っていただけなのだ。自分以外の存在は―――達也に声を掛けてきた。
『全く以て、お前はバカだろ。『望んだもの』を手に入れるために死にたがる奴がいるか?』
不機嫌マックスとしか言いようがない『聞き覚え』のある声に笑い顔をしてしまう。
心底、こちらの身を案じているというのに、どうしても笑ってしまうのだ。
『―――『マミー』が、お前に施したことぐらい知っていよう。分かってんのか? 場合によっては、限定不死の能力をお前は失うんだぞ?』
嘆息混じりに、こちらの反応に応じる様子に笑みを浮かべざるを得ない。
だが―――。
「分かっているさ。分かっていないで、こんな所に来れるかよ」
―――ここから先は、笑うことも出来ないのだ。
相手に『肉体』があれば、すがりつきたい気持ちだった。今回の事態ほど、自分の無力さをこれほど思い知らされたことはない……。
膝をついて頭を下げて、顔を歪ませるほどに懸命な気持ちが生まれる。
「お願いだ……『世界』を救ってくれ……」
タタリという存在は、すでに自分では手に余る存在だ。このままいけば、タタリを滅ぼしきることは出来ない。
何より―――妹の窮地―――ソレ以上に、親友の危難に何も出来ないことが苦しかった。達也に力が無いからこそ、刹那に必要以上の苦労をさせてしまったのだ。
「本来ならば、あんたがいるべき位置に、居座ったのは俺だ。やったのはお袋か、それとも英作大叔父かは分からない。けれど……そのうえで、あんたに頼るしかないんだ。俺はまだ、この世界を滅ぼしたくはない。身勝手なこととは承知しているが……頼む―――『司波達也』……!」
己の姿を前に自問自答するかのような訴えかけは……。
『……俺は『ここ』が気に入っているんだ。『外』なんて、あやふやで壊れやすい『場所』に誰が往きたがるか』
「達也……」
そっぽを向くように明後日の方向……なにもない虚空を見つめる自分に、絶望感を覚える。
これが、本来の俺なのか……。だが、気持ちが何となく分からなくもないのは同じだからなのだろうか。
『俺じゃお前みたいにはなれない。立派じゃねえか。現代魔法では『不可能な領域』を覆していくお前は、正しく常識に囚われた世界の『破壊者』で『変革者』だ。誇れよ。そして―――カエレ』
こちらの功績を讃えてから、にべもない対応。
やさぐれた言いようだが、言っていることは真剣だ。
『だが、居心地いい『ここ』から開放されるために、お前を死なせるのも悪い、か……ままなんねーな』
「――――――」
自分が死ぬことに何とも思っていない『司波達也』に、少しだけ驚くも構わず話は続けられる。
『今のお前は『死』に近づいている。それは偽性の魔眼たる精霊の眼を『究極の未来視』に近づける禁忌だ。マミーも、この事実に気付いていたからこそ、改造したんだ。結局の所……セツナの言う通り、本来的な俺が『肉体側』に追いやられて、こうしていたわけだが』
「自分の人生を―――取り戻したくないのか?」
『不便すぎて申し訳無さすぎる俺の身体を使って生きているヤツに、感謝はあれど、恨みはねぇよ』
厭世的……とも違うが、その精神性は何かに似ていた。まるで―――超然とした神々の如き言いようだ。
だが、これが歳6つを数える前に分岐した司波達也なのだと……本能的に自覚した。そしてその眼が―――『蒼く輝く』のを見た。
『だが、このままじゃ死んじまうか……なぁ達也、お前は―――俺をどうしたかったんだ?』
「―――アンタに俺を譲りたかった」
『そいつは無理だ。俺とお前は同じ―――だから安っぽい表現だが、人格の統合が発生するだけだ。あるいは、『どちらかが死ぬ』だけ。
今のお前は死に近づいている。同時にネロ・カオスもセツナじゃ倒しきれない―――』
長話に飽きたと言わんばかりに不愉快げに頭を掻く姿。
「ならば?」
『……サービスだ。『眼』の使い方を教えてやる―――』
言うと『シバタツヤ』は、苛立たしげに『シバタツヤ』の顔面を覆うように手を伸ばしてきた。眼の険相の割に、不快感は無い。
そして重なった瞬間に―――達也の意識は一時的にシャットダウンした。
・
・
・
・
覚醒の瞬間は何か劇的なものがあると思えていた。6歳の頃に自らを沈ませて生きてきた『達也』だが、こうして再び『外』に出ることになるなど―――。
「達也さん! しっかり!!」
「―――――ああ、ありがとう。『ほのか』、いや『光井さん』って言ったほうが適当か?」
「―――……え?」
「肉体は―――ああ、くそっ肋骨が数本折れたままじゃねぇか。相変わらず不便なんだよな。『オレ』の方になると」
草原から起き上がり、衣服に着いた汚れを払いながら絶不調の己に愚痴る。こういう愚痴っぽいところは、『兄妹』揃って似てしまったものだ。
こちらの背中を見ている光井ほのかには、オレは『シバタツヤ』みたいな別人として映っているのかもしれない。もしかしたらば、ここで本来の『達也』ならば何かあるのかもしれないが―――。
「――――ッ!?」
「目覚めて一発目に吸血鬼退治とは」
すでに達也愛用のCADは砕け散っている。手元にあるのは、ホテルに入った初期に刹那から投げ渡された歪な短剣と、頑丈な短刀のみ。
前者はともかく、後者はこれといった魔力付与もない。だからこそ気に入った―――。
殺到する黒い獣の群れ。生き返ったオレか光井を食らうつもりなのか。どちらなのかは分からない。だがどちらであってもやるつもりだった。
黒い犬狼の群れ、大型の集団を前にして『達也』は、魔法を使わずに『線』をなぞることで群れを解体し尽くした。
「―――」
少しだけ遠くにいる《牛》の動きに動揺が走る。
草原に積み重なる遺骸の全てが、結果を物語る。
ネロ・カオスの『意識』がこちらに向く。同時に、刹那に声を通しておきながら宣言する。
「―――ああ、いいぜ。オレもお前も異端だ。だから―――久しぶりの生の実感を覚えさせてくれよ……つまり―――」
ネロ・カオス及び刹那の驚きの『感情』が、悪趣味にも達也の心に心地いい。
犬狼の血の雨が降りしきる中を歩き、駆け抜けながら『司波達也』は宣言する。
「―――
咆哮を上げながら、モードレッドの巨人鎧を吹き飛ばして巨大質量での圧殺を狙う《牛》。振り上げから振り下ろされる前脚。
その巨大な前脚に走る『線』を短刀で斬りつけた。剣士が狙う斬りやすい線、斬線とかいうレベルではないほどに、『死にやすい線』が《牛》から前脚を失わせていた。
土煙を上げる草原。圧自体は殺しきれなかったが、それでも―――半ばから失っていた前脚では『殺人』には程遠かった。
死にかけの身体を動かせるように治癒が働くも、やはり痛い。
『二度も―――我が前に―――現れるというのか?』
驚愕し、驚いたネロ・カオスに気を良くしながら、笑みを浮かべる達也は―――。
『狙うは両鬼相殺! 合わせろよ!! 刹那!!』
『―――はいはい。存分に『現世』を楽しめや!!』
『親友』にだけ届く言葉で言うと、『自分』を理解してくれる言動に、更に気を良くする。
ふと頭上の《牛》を見上げると、顔を厳しくしたネロ・カオスが見えていた。
「
「その通りさ畜生界の化身。化生変化の限りを尽くしたところでオレには通用しない」
『達也』の目に見える『死の線』、今まで『司波達也』の『精霊の眼』にフィルターを掛けていたのは、こんなものを見せたくなかったからだ。
(モノを殺す『線』と『点』―――セカイにすら視えやがる。だからイヤなんだよ……)
こんなものしか視えない
だが、それを今は利用する。《牛》というものに密度を割いていたネロ・カオスだが、どうやら巨大怪獣の無意味さを悟ったようだ。
「さて、殺し合おうか、ネロ・カオス―――」
目線の高さまで降りてきたネロ・カオスに対して、不敵極まる言葉を掛けてから構えを取る『達也』。
その言葉を以て死の宣告は定まる……―――。