魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
夜は人ならざるものの生きる世界だ。かつて、まだ未開と未知とが蔓延り、人間の領域が狭かった時代では、そういった『畏れ』を抱き、人間の領域に踏み込んでくる『魔』と『妖』を祓う生業が隆盛を誇った。
すなわち―――退魔師というものが、人の領域を守っていた。
この22世紀を目前に控えた時代であっても―――彼らの業務は変わらないほどに、世界には魔が溢れていた。
この大都市、眠らない街『東京都』においても変わらなかったのだ。
「追え。大物を遠坂殿が始末してくれた以上、我らは他の吸血鬼の首を確実に落とす」
『『『『御意』』』』
手勢を率いて都内を闊歩する人間たち……その集団の動きは、現代の山狩りとでも言うべき組織だったもので、追われている人間たちは追い詰められていた。
「―――鬼は鬼でも、まさか『夜魔のもの』を狩り取れとは、少々畑違いだな。マスター」
「不服か? セイバー」
「それこそまさか、だ。人を斬るよりもよっぽど気が楽だが、かといって鬼を斬ることが気が楽というわけではないが」
「やはり不服ではないですか」
呆れるように苦笑する今生での主に、申し訳ない想いがある。
結局の所、セイバーにとって生きとし生けるもの全て殺したくはないのだ。人食いをしてしまえば、それは斬らなければならない『魔』ではある。人が食肉をする云々などと言う理屈が語られるが、この世界は人間の世界であり、やはり人間を食らうものは生かしてはおけない。
だからこそ生前のセイバーは、『主』と『弟分』など、『混じり物』であったとしても、変わらず接した。
武士として通さねばならないものはあるのは理解している。それでも『剣』は好きだが、『殺し合い』は好まないというのが、セイバーであった。
「――――――ご配下を下がらせた方がよい。いるぞ」
「全隊、下がれ―――護法術式を展開してセイバーを支援するのだ」
「感謝する」
とある路地裏にて、追い詰められてあちこち薄汚れた黄色と紫苑の吸血鬼2鬼。服の意匠と髪色だけでイメージしたのだが……どうにも生前に関わった『人食いの鬼』を思わせるのだった。
両側には現代の建造物。あの時の橋の欄干ではないが、何気なくそれを想起させるもの。
たんなる
「では行くぞ―――」
発動した宝具。炎を纏って鬼切をすべく駆け出したセイバー……。
しかし、鬼切の機会は訪れない。何故ならば―――。
建物の両側。決してサーヴァントならば、対応出来ない高さの場所ではない。
そこに『弓兵』とでも言うべきものが整列して、こちらを見ていたのだ。
味方―――であるならば、後ろで戸惑うような気配が生まれるわけがない。
ならば『敵』と一旦は判断しておく。
そして敵は、どれだけの力を持っているかは不透明。
更に言えば―――古来より攻めるに難く、守るに易い高所を、頭上を取られたことが、セイバーに少しの躊躇を生んだ。
いつの時代でも高い所から『ナニカ』を射掛けられて、投げつけられることは恐ろしいのだ。
ゆえに―――――。
「撤退を推奨する!! マスター!!」
「分かった。退くわよみんな!!」
瞬間の判断で夜中の路地裏から脱出したセイバー諸共に、並列斉射された光線の柱が現代の路地を砕いていく。
砕かれ灼かれた粉塵が視界を覆って、吸血鬼の動きを分からせていない。良くて撤退。あるいは混乱に乗じて、こちらを取りに来るか―――。
「幸運を拾ったか……」
驚異的な身体能力で去っていく鬼二匹と、それに追随する10人ほどの集団を夜空に見る―――。
だが、既に追い込みは掛けられる。この東京都内に『神代秘術連盟』の術者たちは勢揃いしているのだ。
すぐさま次の集団が敵に追いすがる。
「りず殿に報告した方がよろしいでしょうな」
「敵はレーザー攻撃が出来る集団、はっきりとしたものは言えないけど、そういう存在であることは教えとかないとね」
現代の通信機器ではない個人間の『念話』。ある種の思念ネットワークとでもいうべきものを形成しての通信は―――このデジタル万能の時代においては、秘匿性の高いものとして重宝されている。
無論、現代魔法師もある程度は『それ』を認識出来るらしいが、『盗聴』するまでには到っていない。
例え、裏切り者の『藤林』と盗人の『九島』であってもそれは分かるまい。
通信を受けたリズ率いる本隊―――死徒が食い散らかしたグール共を掃討した所に、この通信。
すぐさま『高台』に移り、アルケイデスに狙撃をさせる前に、指鉄砲を作り―――。
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「リズリーリエの戦闘記録映像が失われました……」
愕然と呆然の2つを混ぜた孫娘の言葉に、慰めることもなく老人は思案する。
「ふむ。まさか古式魔法による使い魔は、無力化されその上、電子戦による目すら壊す……神代秘術連盟……我々に対抗するために組織された集団、か」
物憂げな声を出してしまうのは仕方がない。
あまり公にされていることではないが、現在の関西・近畿地区は、幕末京都か昭和東京のようにテロが横行している。
特に現代魔法師の名家の指導者を狙ったものだ。
それを行っている連中が『何処の誰』であるかは既に公然の秘密なのだが……。
「―――サーヴァントに対して魔法師では、ロクな対抗は出来ません……正直言えば、政府筋が『不戦』を命じていなければ、どこまでやっていたか……」
響子としては気が気ではない。一応、藤林家は古式の名家ではあるが、その一方で古式の極みたる人間たちからは大層恨まれている。
事実、父からは『しばらく京都には戻ってくるな』と言われて、実家に戻ることも出来ない状況だ。
「だが、彼に全面的な協力を申し込むのも、関西圏の魔法家がいい顔をせんからな。筆頭は
九鬼家、九澄家、
元々、第九研の研究テーマは「古式魔法を現代魔法に『嵌め込んだ』魔法師の開発』というものだ。
それゆえに、詳しい事情を省けば、古式魔法師との協調路線から対立路線へと入ったことが大きな溝となっている。
つまり第九研出身者としては、『自分たちは古式魔法師の技術を全てモノにした』『必要ないもの、不合理なものを切り捨てて効率化・合理化を果たした』という自負心を持っていたのだ―――。
そんな中、いざ22世紀へと至ろうとしているこの時代に、その結論に『暫く! 暫く!!』と見得斬りをした上で、第九研の自負心を粉々にするぐらいに『理論の再発掘』と『合理では測れぬチカラ』を持ち出してきた遠坂刹那は、苦虫を噛み潰すような存在だった。
だからこそ、エルメロイレッスンにおける恩恵を素直に喜べないという面があったのである。
「ただ真言が、素直になれない理由も分かるな。こればかりは私の失策だが……健の孫と一緒になっている事が瑕疵なのだろう」
響子もリーナも光宣など、今の『孫世代』にとっては現代魔法師の黎明期の話でしかないのだが、お家騒動と言えるもので実の弟を追い出したことが、現在の出足の鈍さに繋がっているとのことだ。
昭和・平成の政治史・経済史にも関わる西武グループの『堤家』のお家騒動の如く、兄弟の対立こそが、巨大な父親の築いた勢力を砕くことになったわけでもある。
(図体のデカさを受け継がせるには、真言ではチカラが足りていなかったからな)
その下の孫たちも、確かに凡百の魔法師に比べれば、上級の力は持っていたが、真言は子どもたちの資質に満足出来ずに―――――。
そうして出来上がった子供の資質は、身体の弱さを除けば真言を満足させたが……。
(そこに叔父の孫と孫の恋人が出てきたことが、決定打になったか……)
そして烈にとって『姪孫』の恋人は、あの頃の弟を思わせるものがあった。それは第一高校の校長である百山 東の態度からも理解が出来た。
「お祖父様は、ケン大叔父様に日本に居てほしかったのですか?」
「返す返すも後悔ばかりだが、な。しかし、あの頃に白洲次郎のようにどこかで農業をやっていてくれと言っても、アイツの影響は大きすぎた。悪ければ、西南戦争の西郷隆盛のように、担ぎ出されていた可能性もあった」
どちらにせよ『従順ならざる存在』であり、烈としては追い出すしかなかった。殺すまでいかなかったのは明確な咎・罪科が無かったのもあるが、兄としての情けが働いたからだ。
国から出ていけ。端的にそう告げた時のケンの顔と言葉を思い出す。
『―――ブッ飛ばしてやりたい所だが、『今』はやめとく。ただこれだけは頼む。『みんな』を頼む。それを破ったらば、海を渡ってでも、アンタを殺しに行くよ。兄貴―――』
そうして、弟を追い出した烈の中にあったのは、空虚な伽藍堂であった。それを埋めるために多くの繋がりを持った。
独裁ではなく、寄り合える何かを得るために、人類社会に力ではなく、団結による組織の力で以て、社会における魔法師の正当な地位を主張しつづけてきた。
しかし、その為の社会基盤と環境が『軍事偏重』になったのは、烈の失策であった。『互助』の精神を無くし、一つが突出することを容認した愚策である。
「……真言を説得するべきだな。『いざ』となれば、奴の名前で刹那を召喚するべきなのだから」
「リーナのことはどう納得させるおつもりで?」
「遠坂リーナになるだけだと、響子の口からあの2人のバカップルぶりを説明させる」
(巻き込まれた!!)
だが、老人の懸念は当たる。超常分野での戦いは、日本という島国を2つに割るほどの凄まじいものとして記録されていく……。
「ミスター・コーバックの提案はどうしますか?」
「―――今はまだいい。一先ず、この騒動の果てがどうなるかを見極めてからでも遅くはあるまい。結局、タタリ・パラサイトがいかなるものなのかを、まだ我々は知らないのだからな」
その言葉に、後ろにいるコウノトリの王子は微笑むだけだった。真意は分からない。だが、コーバック・アルカトラスもまた死徒であるならば、安易な協力体制はマズイのではないかと想いながらも、響子の思惑など無視して―――その日の夜は終わりを迎えるのだった。
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『―――というわけで、今日は魔法科高校全校で緊急の休校だ。とりあえずは、明日明後日の土日合わせて三連休ということになっているから、みんな『今日』はゆっくり休みなよ』
第一高校から届いた連絡。ロマン先生のボイスで再生されたボイスメールは、主にB組連中に届いていたらしく、エイミィなどからは『やったー♪休みだー!!』などという囃し立てのレスが付いているのだった。
だが理由としては、あまり喜べるものでもない。不謹慎ではないかと思うも、学生にとってはそういうのは二の次なのだろう。
ベッドから少しだけ起きつつ、寝ぼけまなこでその端末画面を2人して見ていた刹那とリーナは……。
「早起きなんかしなくてもよさそうだな」
「アナタとお昼まで眠れるSHAKEな日ネ」
おどけるように笑みをこぼし合う。
お互いに殆ど全裸の体を薄い掛け布団で隠した状態のままに、ふたたび互いの熱さを交換し合う抱擁しながらの就寝をするのだった。
「セツナ……」
「リーナ……」
抱き枕の腕枕。後頭部を抱きしめるように髪を撫で梳く。その行為だけでも蕩けきったリーナの表情を見つつ、再び唾液交換をしようとした矢先。
端末に学校以外からの連絡が次々と入る。それは主に自分たちの友人・先輩―――2日前に家にやってきたというのに、荊州返してほしい魯粛のように孔明のもとに再びやってくるリーナの親戚の『サ○マン』まで。
「………」
「………」
2人揃って唖然の沈黙。昨日の切った張ったからのこの安らぎの時間を――――。
「リーナ……」
「―――なぁぁに?」
微妙に伸ばした語調と前髪をかきあげながらの様子が、彼女の気持ちを代弁していた。まぁ気持ちは分かるというか、完全に同意だったのだが。
それでも―――言うべきことを言うことにした……。
「現在7時―――3時間半後に家に来るように返信よろ」
「いいわね。正しくワタシとアナタのダイミダラータイムの延長を謳歌出来そうだわ」
刹那の要求に対してリーナは、
高速タイピングで打鍵して一斉送信。
それで納得したのか、それっきりメールは来なかったが―――ともあれ……。
「何を聞かれるのやら―――分かりきっている面子も多いんだけど、な」
「やはりタタリは顕現するのね……?」
「出来ることならば、それがアルクェイドさんや、アルトルージュさんみたいな存在じゃないことを祈るばかりだ」
この数週間で東京に蔓延する『不安・恐怖』は最高潮に達している。
残された時間は多くない。そして―――。
(他者を犠牲にしてでも成すべきところを成す―――それが魔術師という怪物だが……)
ここまで迂遠なことを行った意味は―――あったのだろうか?
既にこちらから連絡通知することも出来なくなった少女の1人。
シオン・エルトナム・『アトラシア』
それを思い出した。思い出した瞬間に―――。
「ワタシがそばにいる時に、他の女のことを考えないでほしいワ」
「ごめん」
自分の胸板に擦り寄りながらも、膨れ面をするリーナに謝ってから抱き寄せる―――それだけでもお互いに満たされるのだから、ずいぶんと心の贅肉が付いたものだと自分の堕落を認めておくのだった……。