魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第19話『それぞれの過去―――その想い』

 

 とおいむかし―――とてもむかしのきおく。

 

 

 降りしきる雨。その中に聖句が呟かれる。誰もが彼女の死を悼んでいた。手には彼女から渡された『刻印』。

 

 

 故郷である冬木に埋葬されることを願ったはずだが、そのような伝手はなく、この遠いロンドンの地に―――母は埋葬された。

 

 

 急なことだったが、予想はしていたことだ。それが外れるのを願うことの無意味さを―――。

 

 

「セツナ……」

 

 

 呼び掛けられて気付き頭を下げる。その人こそが母にとってのライバルであった。日本の葬儀で言えば友人代表の挨拶も行ってくれた人だ。

 

 

「―――本日は母の葬儀に参列していただきありがとうございました。ミス・エーデルフェルト―――」

 

「いえ……ミス・トオサカ・リンは、ワタクシにとっても『親友』でしたから……ごあいさつするのは当然です。全く早すぎますわよ―――アナタとの恋の勝負にも速攻で負けて、研究で負けたくないのに……ワタクシよりも早く『母親』になって―――」

 

 

 言葉の合間合間に、嗚咽と共に涙を零すルヴィアゼリッタの姿……昔は、顔を合わせればケンカの毎日だったらしいが、最近は共同研究もしていたぐらいだ。

 

 それはもしかしたらば……母なりの遺言だったのかもしれない。けれど―――それを受け取ってしまえば……。

 

 

「リンは後事をワタクシに託していました……セツナ君、アナタのことも……こんな時に何ですが、アナタはワタクシの家に養子として入るべきです。遠縁のエーデルフェルトとして以前に、親友の、そして想い人だった人の子を放ってはおけません」

 

「正直ですね。父のことを隠していたら―――少し怒っていたかも」

 

「眼が良すぎますわ。けれど本心ですから……、ダメでしょうか?」

 

 

 それを受け取ってしまえば―――、それはまたもやの『喪失』を招く。だから―――その悲しい微笑を浮かべる親戚の申し出を断った。

 

 

「ミスバゼットと共に―――カリオンに!?」

 

「……無論、学籍は残しておきます。けれど、状況は悪くなるかもしれませんから」

 

 

 何故、そのような過酷な道を選ぶ? 喪服の令嬢にして婦人の眼が不安で揺れる。

 

 再び友人を失うような真似はしたくない―――なのに―――。

 

 

「……親戚にご迷惑をお掛けするわけにはいきません」

 

「そんなもの…!! いくらでも掛けなさい!! あなたはまだ子供なんですよ!―――それなのに―――一人で生きて行こうとするなんて……悲しいこと言わないで、シェロみたいな人生をあなたまで……」

 

 

 怒りで、『人間』として正しい怒りを持つ金色の魔術師の言葉に頭を下げるしかなくなる。だから抱きしめられた時に、ダメだ。と思えた。

 

 

「いざとなればワタクシがアナタを守ります……! もう、ワタクシの大切なお友達を逝かせたくないのですから……!!」

 

「――――ありがとう。ルヴィア義姉さん―――」

 

 

 その泣きながらの言葉を最後にエーデルフェルト家からの申し出は無くなった。しかし、過酷な少年時代の中で―――自分ひとりで生きてきたことなど無い。

 

 誰もが時計塔の権力に歯向かい、時に干戈を交えることも厭わず、自分と言う若造を守ってくれたからこそ―――最後にここに来れたのだ……。

 

 

 † † †

 

 

 眼を覚ます。悲しい夢だった。とても悲しくて何も『お返し』出来なかったことがとても―――心残りだった。

 

 だから、目の前にあった寝顔。腕枕していた金色の顔に、親戚を思い出してしまった。

 

 

 ロールを解いた姿は、あどけなさを残しつつも女性としての色香を残す寝息を立てていた。

 

 

「………」

 

 

 何となくイタズラしたい気分だったが―――やめといた。何か今日も変なことが起きそうなので、リーナを起こさないように腕を抜いてベッドから出る。

 

 一階のキッチンの冷蔵庫まで歩いていき、牛乳をコップに注ぎ―――イッキ。最初は母の真似をしていただけなのだが、自分の本格的な覚醒にもこれが必要だった。

 

 飲み干すと同時に、機械端末―――その中でもクオリティペーパーのJP版を表示するように告げる。

 

 そしてスクロールする中で興味を惹いたものをピックアップ。

 

 

(首都圏一帯を中心に動物の怪死……変な事件だな)

 

 

 だが、その詳細を知ると更に興味を惹く。それが病死や未知のヒトゲノム以外にある遺伝子性、ウイルス性の病気ならば―――、と思うも手口が完全に刹那の興味を惹いた。

 

 

(鋭利な刃物による一斉惨殺か、それ以上の『肉食獣』によって付けられたと思しき傷ねぇ……)

 

 

 虎、獅子、ワニすらも殺されている状況でそれ以上の『肉食獣』とは―――現場担当の刑事の一人『千葉寿和』なる男のコメントによると―――。

 

 

(斬撃系、振動系の術式を持つ魔法師による一斉攻撃か、まぁ当たり前だよな。それが一番、『現世』の人が『納得』のいく説明だ)

 

 

 だが、この事件―――何か『裏』がある。セツナのカンが呟くのだ。『ろくでもない奴ら』がこれをやったのだと……。

 

 

「食いかけか……」

 

 

 と呟くと階段を下りてきているヒトの声が遠くから響くように聞こえる。

 

 

『セツナー……おめざのちゅーしなくていいのー?……』

 

「いや、毎日やんなくてもよくない? というか今日の俺は風紀委員初日なのに」

 

「風紀委員が一番風紀と綱紀をみだしている……矛盾だぁ」

 

 

 寝ぼけながらもにやけるような声。二階から降りてきた眼を擦っているリーナに同じく牛乳一杯を差し出す。こうしてから二人の一日は始まる。

 

 

 物騒なニュースが世間を騒がせながらも、2人にとっては、これといって関係の無いことだった……。

 

 

 モーニングキスはミルクの味―――などと三流なポエムを考えながらではあるが。

 

 

 † † †

 

 

 本日は風紀委員の初仕事―――その内容は、いわば新入生の部活勧誘期間での抑止力。その際の熱狂とCADの使用解禁によるトラブルの防止。

 

 自己顕示欲が強い魔法師たち。ただでさえ新入生200人という枠しかない中でのパイの奪い合いは、時にとんでもないことを招く。

 

 よってその抑止力として、風紀委員は動くということだ。

 

 

「1-A 森崎駿です! よろしくお願いします!!」

 

「1-B 遠坂刹那です」

 

「1-E 司波達也です」

 

 

 初っ端に自己紹介をした体育会系らしき森崎の言葉に対して二人の自己紹介は、どこか落ち着いた雰囲気で気負いを見せないものだ。

 

 どちらがいいかは分からないし、どちらに好意的かは分からないが、とりあえず反応はそれぞれだ。

 

 

 そうして風紀委員会のローテーションやら規則などのあれこれを先輩方は先んじて知っていただけに、渡辺委員長の号令で一年三人よりも早くに動き出した。

 

 

「君たちが噂の新入生か、服部を倒した後に、連戦をするとはね……。まぁよろしく!」

 

 

 沢木碧―――一文字違えば、昔の女優兼歌手―――『女性タレント』と同じ名前の人、もちろん『男』に達也と同じく肩を叩かれて一礼すると出ていく様子。

 

 

「期待している。特に司波にはな―――。ったく、『道』なんていくらでもあるだろうに……なんでだよ……」

 

 

 少しだけ嘆くような様子を後半で見せながらも、達也に声を掛けた辰巳鋼太郎も出ていく。二人とも当然の如く先輩であり、そうしてから摩利からの説明。

 

 機械端末のレコーダー。難儀するほどではないが、達也が居てくれてよかったぁと思いつつ、何とかあれこれを終えると―――CADなり『礼装』を使っての犯罪防止をどうするかということになる。

 

 

「不正使用―――もちろん、風紀委員とはいえ全てにおいて何もかもを許されているわけではない。過剰殺傷を行えばもちろん、退学もあり得る。己が持つものの重みを再認識して使えよ―――さて、遠坂は……聞くだけ無駄な気もするが、何か『低級術』の魔道具はあるのか?」

 

「いざとなれば『眼』で止めればいいでしょうが……、まぁ―――これを」

 

「何だそれは!? シールズとの『婚約指輪』か!?」

 

「違いますよ。つーか婚約指輪が『指五本』にあるとかありえないでしょ」

 

「マクシミリアンの『10の秘指』(ソロモン)か―――」

 

 

『転送』で出したものを如何にも手品で出したように、見せるとそれぞれの反応。達也のビブリオマニアならぬキャスティアマニア(魔術礼装狂)っぷりに、半ば呆れながら―――搭載されている『術式』を簡易的に紙で見せる。

 

 

「ふむ……『黒翼』と『多種植物』ぐらいかな。それで対応できるか?」

 

「十分です。許可をいただけたこと感謝です―――で達也は?」

 

 

 昨日のシルバー・ホーンなどの『シルバーシリーズ』でも使うのかと思いきや、今日のお掃除で出た『CAD』を使うと言ってきた。

 

 死んだお袋の私室のようにモノが散乱した部屋を片付けたところで出てきたあれは―――結構なエキスパート品であった。

 

 

「これを『二つ』使う―――刹那、お前にはそれの処理をしてもらいたい」

 

「―――まぁ『酔っ払い』の介抱もおまわりの仕事か」

 

「……知っていたのか?」

 

「CADにある『感応石』―――、『鉱石』『宝石』を扱う俺の家門なりに調べてみただけだ」

 

 

 この世界に来て様々なことを調べている内に、一番に取りかかったのはやはり魔術師の礼装たるCADの基礎機能に関してだった。

 

 調べてみて、本当に調べたところ―――魔術刻印を持ち、『外界』に接続する『魔術師』にとって、それは余計な長さの『音声ケーブル』も同然であり、神秘の質が劣化すること間違いないものであった。

 

 

 だが、そこにある機能の中で面白いものがあったので、それは何となく『知らせない』方がいいだろうと思って、『秘匿』しておいた。

 

 

「ほぅ……ならば、2人には組んで事に当たってもらうかな。場合によっては単独でもいいが……しばらくは『タツとセツナ』でやってもらうか」

 

 

 どこの『あぶない刑事(デカ)』だよ。と思いつつも拘束手段や鎮圧の許可を得たことで安堵する。

 

 

「では行け―――」

 

 

 渡辺委員長の言葉で、風紀委員の部屋から出た『三人の一年生』。水と油の関係―――俺が『石鹸水』となることで二つを結びつけるには、油に偏り過ぎていた。

 

 

「はったりが得意なようだな。複数のCADを同時に使うなんてお前のような二科生に出来るわけがない」

 

「そういうのは『出来ないことが分かって』から言え―――。お前は本当に……」

 

 

 正直、内心どころか心底呆れる。教科書通りの実に『生兵法』もの―――こういう奴は真っ先に首を切るべきだ。

 

 こういうのが『街亭の戦い』における『馬謖(ばしょく)』になるのだ。誰も泣かないけど。

 

 

「お前もだ遠坂、一科のくせに、二科に擦り寄って、何がいいんだよ」

 

「ご高説結構。だが聞く耳持たんのでな。馬の耳に念仏だと思って自由にやってくれや『馬謖』くん」

 

「………ふん」

 

 

 刹那の言うところの『意味合い』を理解した辺り、頭の血の巡りが良くないわけではないようだ。

 

 これで出来なければ達也が『馬謖』になるだけだが―――。踵を返してこちらと離れて校舎外への道を辿る森崎を見てから達也に話しかける。

 

 

「んじゃ適当にぶらついて注意していくか?」

 

「そうするか。お前と一緒だとあちらからトラブルがやってきそうだしな」

 

 

 トラブルなんて無い方がいいのだが、どうしてもなるだろうと思えた。何故ならば―――そういうものだからだ。

 

 

「―――今日のニュース見たか?」

 

「視たよ。随分と物騒な事件だな。斬り捨て御免に猛獣を狙うとは」

 

 

 どんな剣豪だよ。と思うも、達也は硬い表情のままだ。

 

 

「現場の刑事、インタビューに答えていたのは、エリカの兄貴らしいが、それによると検視の結果は、同じ体格以上の猛獣の仕業らしい」

 

「……まず第一に言いたいが、刑事が私的に捜査状況を教えていいのかね? 情報漏えいが過ぎないか?」

 

「蛇の道は蛇というヤツなのだろう。まぁそれによると……力づくで捕えて、そのまま捕食だったという結果だ」

 

「監視カメラとかに映っていなかったのか?」

 

「ああ、全ての電子機器を『物理的』に壊してから丁々発止―――園内の動物たちを片っ端からだ」

 

 

 考えるに、何だかオカルト臭いものを感じる。

 

 第一、如何に魔法師が超常の力を使って『生命体』として一段階上の存在であっても獣の俊敏性には難儀するはず。

 

 特にゴリラなどの類人猿のパワーは素で人間を超えているのだ……。

 

 

「刹那はどう思う?」

 

「さぁな? 見えてくるものが無さすぎる。ただ古来より英雄や梟雄が『力』を得るために、神秘の獣類、魚類を食らうという話は多いよな」

 

 

 有名どころではケルト神話の栄光と挫折を経験せし英雄 フィン・マックールの知恵の鮭。

 

 ドルイド僧フィネガスの下で修業をしていた時に偶然―――否、必然から『全知と全治の力』を、世界の原初より生きてきた鮭を食すことで得たフィンはその力を用いて栄光へと突き進むのであった。

 

 その後の挫折と衰退も織り込まれるような形で―――。

 

 

「ともあれ―――今は、あれを何とかした方がよくないか?」

 

「……だな」

 

 

 校舎外を適当に歩いていると新入生をスカウトするべく動きが見える。壮大で盛大で―――本人の意思も無視してのことが横行する。

 

 その中に知り合い二人の姿を見る。

 

 

 達也と応答しあって、それを何とかするべく動く。

 

 

「ほのか!」「北山!」

 

 

 呼び掛けると同時に群衆にもみくちゃにされている二人を見る。一科生だと分かってか、魔法使用でやる部活が大挙している。

 

 

「達也さん!!」

 

「……むぅ」

 

 

 喜色満面になる光井とは反対に北山はものすごくむくれている。いったい俺が何をしたというのだろう。

 

 

「もうお前が呼びかければいいや。ハーレムを満喫しろ達也」

 

「刹那! 風紀委員です! 無理な勧誘及び相手の同意なしの説明は許可されていません!!」

 

「ついでに言えば自分達の部の魅力を教えたければ、口頭で説明しつつ魔法を使え!! ヨーゼフ・ゲッベルスを見習わんか!! でなければチンピラと同じだ!!」

 

 

 達也の型通りの警告の後に、刹那のかなり暴論的だが『的を射た』結論に何人かがたじろぐ。

 

 

「ぐぬぬ! 確かに我ら軽体操部とチアリーディング部は、その色香を利用したものでしか新入部員を勧誘できない!!」

 

「だからこそ、ゲスな男どもに見られていやだってのに!! つーかアンタの彼女が私達の部は一番欲しいんだ!!」

 

「あいにくながら本人は生徒会に注力していますんで―――というわけで、達也!!」

 

「ああ」

 

 

 こちらを指さしていたチアリーダーと体操選手に返してから、隙を『見計らっていた連中』を取り押さえる。

 

 間隙を縫う形で、後ろから二人を捕えるものが現れた。

 

 

「この二人は我がSSボード・バイアスロン部が、もらったああああああ!!」

 

「ははは!! まだまだ修行が足りないわね諸君!!」

 

 

 短髪の女性、ウエーブした髪を伸ばしている女性―――どちらもジャージ姿にボードに乗っているのが北山と光井を脇に抱えて走り出そうとしていた。

 

 トップスピードに乗られる前に、阿吽の呼吸で取り押さえる。

 

 

「ったく、止まれ!!」

 

「無謀な―――我ら一高OGの前に出てくるとは、どこの馬の骨だろうと―――」

 

「いや待って颯季(さつき)! その一年男子は―――」

 

 

 会話の内容に不穏なものを感じながらも準備。北山の不安そうな顔。光井の慌てた顔。

 

 

 両者を目に入れながらも―――。

 

 

「二人とも眼を閉じて俯いていろ!!」

 

「―――わかった。ほのか! 刹那の言う通りにして」

 

「えっ! う、うん!!」

 

 

 思いのほか素直にこちらの言う通りにした北山に驚きつつも、こちらも眼を一回閉じて―――、変化させた。

 

 

『魅了の視線』が、ジャージ姿のOG『萬谷(よろずや)颯季』『風祭涼歌(すずか)』を貫く。

 

 魔眼が二人を射抜き、外的行動を阻害した。同時に―――達也の奥の手が発動して、動いていたボードが止まる。

 

 

 しかし慣性力―――いちど勢いのついたものは運動エネルギーを消費するべく動くのが常だが……。

 

 

Umkehren(反転)―――Umgeben(消去)

 

 

 黒い指輪から―――羽根が二枚飛び、虚空で止まり―――『酔い』を消去して、運動エネルギーを消し去る。

 

 消し去ったエネルギーで羽根の一枚が消え去る。

 

 

 そして倒れ込もうとした二人を支えて、何とかする。万が一に備えて、桜の花弁のシートを用意させたが達也とお互いに四人の無事を確認した。

 

 

「ぐぬぬ。何が何だか分からないが、完全に止められた形! だがこんなイケメンに抱きとめられるならば―――我が生涯に一片の悔いなし!!」

 

「達也さん、私も抱き留めて! 一生涯の願い!!」

 

 

 やっすい生涯だなー。などと思いながらも光井を拘束した短髪の女を確保した達也は、光井を立たせてから無事を確認する。

 

 

「で、あんたも大丈夫なのか?」

 

「ええ、問題ないわ。それにしても……私ってば同性にしか興味持てないはずだったのに、妙に惹かれるわ遠坂くんには」

 

「女ったらし」

 

 

 絶対違う。と北山に反論する前にとりあえず二人を立たせると、向こうからボードに乗ってやってくる渡辺委員長と短髪の女子、恐らくこの人がバイアスロン部の責任者なのだろう。

 

 

「わっ! 遠坂君と司波君だ!! そして報告通りの萬谷先輩と風祭先輩……どう言う状況なんですか摩利さん?」

 

「私にも分からんが、とりあえずお手柄だ。そして部外者が一高に入って来るな!!」

 

 

 かくして一高OGという二人の女子はしょっ引かれることになる。泣きっ面に蜂とはこのことだろうか。と思っていると、バイアスロン部の部長が迷惑掛けたことを謝罪しつつ自己紹介をしていく。

 

 

「どうもはじめまして、五十嵐亜美(つぐみ)です。現在、SSボード・バイアスロン部の部長を務めさせていただいてます。先輩たちが迷惑かけてごめんね」 

 

 

 五十嵐―――という苗字でもう関係者である自分はどこかに行きたかったが、とりあえずあれこれの調書やら何やらのためで、この場に残ることに―――同時に、五十嵐部長からSSボード・バイアスロンの説明を聞くことになる。

 

 感心しきりの北山。それに対して、少し怪訝な顔をする光井。何がなんやら―――と思っていると説明をしてくれる。

 

 

「さっきの風祭っていう先輩は私と同じ『エレメンツ』の家系でね。何というかあの人の『風』ならば、この部活は合うだろうけど、私の光じゃ…少しね」

 

 

 エレメンツというのは、2010年から2020年代にかけて作られた魔法師の一種であり、いわゆるファンタジーないし、アルケーの四大、錬金術の四大元素、東洋にある五行思想。

 

 それらを細分化して、「地」「水」「火」「風」「光」「雷」―――この六種に関わる『魔法』を作り出していこうとしていたものである。

 

 現在の『四系統』『八種』の区分けが成立するまでは、この『元素属性』『自然属性』に関わるものが主流だったらしい。

 

 ちなみに、この頃の魔法師にはある種の『服従遺伝子』が組み込まれているらしく―――光井の好意が達也に向けられているのも、あの時ガルゲンメンラインから身を挺して庇ったからかもしれない。

 

 

「ふむ。だが北山は興味持っているぞ。このままだとお前も入る流れだな」

 

「と、止めてくれないの!?」

 

 

 止める義理はないだろうが、冷たいと思われていてもいいが、それが本人の意思ならば―――しょうがない。

 

 そして意外と五十嵐の姉は話し上手のようだ。弟の方はあんななのに―――。

 

 

「好きな女の子の前では萎縮するタイプなんだろうな。影からみつめる日陰の女ならぬ日陰の男」

 

「それは、ストーカーじゃないか?」

 

「……まぁ、お前ががっちり、リーナを抱き締めているならば、ただの横恋慕だな」

 

 

 達也もまたにべもない結論だった。だが、姉の方は弟の恋に関してはノータッチらしく手を振って『遠慮せずやってしまえ!』と言わんばかりの顔だった。

 

 新入生をゲットすることに執心の五十嵐部長を後にして―――そろそろ行こうかと思っていた矢先。

 

 

「それじゃ―――魔法怪盗プリズマキッドみたいなことも出来るんですね?」

 

 

 北山から出たその言葉に戦慄する。何せ五十嵐部長の説明を聞きながら―――こちらに視線をやっているのだから……。

 

 

「えっ!? 北山さんは、キッドを見たことがあるの!?」

 

「あります。あれは一、二年前のことです……」

 

 

 そうして北山雫が語るところ、その頃に父親の仕事の関係で出張兼家族旅行を満喫していた時、反魔法主義団体―――USNAにある一つの団体が北山の親父さんや社員さんたちもろともに、自分達も拘束したとのこと。

 

 無論、北山も北山の母親も魔法師―――小銃向けて脅しつけているような輩、例えCADを取り上げられていたとしても、だが……敵方が『セファールの石』…俗に『アンティナイト』を用いたキャストジャミングを仕掛けてきたことで魔法師は無力化され……。

 

 

「もうダメだと思って……お父さんが『魔法師に協力する背約者』と糾弾されて……代表として殺されそうになった時に……『彼』が現れたんです」

 

 

 うん、だからオレを見るな北山。ようやく思い出してきたところだが、あの時あの中にいたようだ。そしてその助けた代表。日本でもメジャーな財閥の主『北山潮』氏が父親だと知れる。

 

 人質救出作戦。しかも囚われたのが、そういったVIPであり、並大抵の連中では突破できぬ対抗魔術陣を前にして、刹那とリーナが救出部隊に選ばれた。

 

 

 位置情報を割り出し、最初にやったのは―――水銀の使い魔による人質安堵であった。

 

 

 高層ビルまるごとを占拠出来ていたわけではないので、あるところから水銀の使い魔を流し込み建物の外から遠隔で操作。

 

 人質を円状にまとめた上で付かず離れずの距離を銃で脅しつけている。基本通りすぎたことで―――階下から伸びてきた水銀のヴェール。

 

 

 床を切り裂いた鈍色のそれ()が、人質と反魔法テロリストたちを分けた。

 

 

「その後に水銀でお父さんや私達を防御した上で、鎧袖一触と言わんばかりに手から魔弾を放ちまくって、火、氷、雷、風らしきものでテロリストを黙らせていったんです。峰撃ちなのに次から次へとボード以上のスピードで動き回って、そのせいでテロリスト以上にフロアをボロボロにしていたけど」

 

「あれはプラズマリーナ(相棒)が、ムスペルスヘイムなんて使うからだ! 水銀防御が間に合わなかったらマジで危なかったんだ……」

 

「……詳しいね刹那?」

 

「――――ネットで見たからな。知っているだろ。あの事件の顛末が流れたのは」

 

 

 思わず『弁明』してしまったが、あちらもどっからか『屋内機動甲装』―――つまりロボット兵器を二十体も出してきたのだ。

 

 正直、リーナの判断は間違いなかったが、水銀圧に魔力をこめなきゃ危なかった。あの時のことを思い出して、髪を掻く。

 

 

「ともあれ、『ここでの一件は内密に! 君達はUSNA軍に助けられたということで通してくれ!!』『我ら魔法の『必殺仕事人』! お地蔵さんの前に置く依頼料の代わりに、この石だけで十分なので!!』―――と言ってアンティナイトをガメてから出て行ったよ。『飛行魔法』で」

 

「へぇー、すごいなぁ。それじゃプリズマキッドに近づくためにも―――」

 

「はい。とりあえず見学させてください」

 

 

 五十嵐先輩の誘導的な勧誘に対して結果は分かりきっている。光井もそれに付き合うことになりそうだ。

 

 しかし光井の関心事はそこではなかったようだ。

 

 

「それにしても四つ以上のエレメントを操るなんて、やっぱりキッドってエレメンツの末裔なのかなぁ……?」

 

「分からない。けれど―――ものすごくカッコいいことだけは間違いないよ。そしてプラズマリーナとは……ラヴラヴ?」

 

「なんで俺に聞くんだよ? 達也、行こう」

 

 

 あの頃の自分を掘り下げてくる北山に正直、辟易して、それを突き放すことしか出来ない。

 

 自分の秘密を知られたからではない。つまりは―――プリズマキッドは……もう『なれない』のだから、『悲しみ』が生まれるのだ。

 

 

「ああ。それじゃ渡辺委員長お願いします」

 

 

 こうして駄弁っている内に、勧誘は静かなものになっている。チアリーダーたちも普通に勧誘している。チアダンやってこその部活勧誘なのだ。

 

 ここでの自分達の役目は終わっている。少しだけ光井と北山の非難がましい視線を浴びながらも……。

 

 

「お前たちは第二小体育館に回ってくれ。剣術部と剣道部の演習とで何か起こりそうだ」

 

 

 つまりはトラブルの匂いがするということだ。ならば、時間をずらすなり間に違う部活動を挟めばいいのに。

 

 端末に表示されたプログラムの順番からそれを推測する。

 

 

 走り抜けながら、達也と会話する。

 

 

「よくないぞ。さっきのは」

 

「柴田に視られるのを嫌がったお前に言われるとは思わなかった」

 

「それを出されるとな。けれど、プリズマキッドもプラズマリーナも―――、『特に関係ないんだろ』?」

 

 

 こんな風にばれてしまうんだから、本当に嫌な話だった。しかし。確証はないだろう。なんせネットで出回っている画像はめちゃくちゃ手を施したものだ。

 

 如何に達也が技術者として優秀だとしても『霊子ハック』で完全に隠蔽をほどこしたものを元の形には戻せない。

 

 

「ああ、見たことはあるし、ファンみたいなものだが、本質的にはただの愉快犯だよ」

 

「そうか―――現代に出たアルセーヌ・ルパン。国際魔法犯罪者番号1412の殴り書きから読まれた名前―――本人も名乗っているしな」

 

 

 迷惑な話だ。バランス大佐にはああ言ったが、マジで広まるとは思っていなかった。

 

 それだけに……『セファールの石』集めの過程で戦いまくった結果が名を広める。同時に財閥のお嬢にも知られた。

 

 

 いま、考えるべきことでないと分かっていても……。何だか―――悲しさもあるのだ。

 

 

『心配するな! しばしの別れだ!! いずれキミ達の元に私は戻って来るよ!! それまで―――待っているんだよ。マイマスター・セツナ』

 

 

 この世界に来たことで失ってしまったものを考えてしまうのだから……仕方ない。物言わぬ『魔術礼装』。ただの便利な『魔法の杖』になったものは、今も持ち歩いている。

 

 

 いずれ―――『再会』の時が来る時まで――――…プリズマキッドは封印されたのだ。

 

 


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