魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
第二小体育館。渡辺摩利に促されて赴いた場所では、胴着と防具を着けた剣士たちが威勢のいい掛け声と共に、打ち合いを行っていた。
いい気迫。そしていい心構え―――何となく『実家』を思い出す。
藤村おばちゃん―――とでも呼ばなきゃ怒る人と、その息子、刹那にとって『兄貴』とでも言うべき人間を思い出す。
(日本にいれば違ったのかな……)
自分が母から離れて冬木に居を戻して一人、自主独立で動き―――『衛宮』として生きていれば、『遠坂刹那』としての運命は無かったのではないか。
たら・ればを考える。それこそが遠坂の『命題』ではあるが、どうしても、もう少し無かったのかと思う。
「随分と寂しげに見るんだな」
「まぁ色々と思う所はあるんでな。つーか男の横顔なんてマジマジと見るな。あっちを見ておけ」
観戦エリアの縁に手を乗せて見ていた刹那。身を乗り出さんばかりに試合を見ているエリカ。対称的な様子だったか。
そう思いつつ、剣道場がある実家のことを思い出していたことは悟られたくない。手を振って気にするなとしたが、達也は構わず話しかけてくる。
「色々な講釈が終わったからな。お前はどう思う?」
「何が?」
「剣術と剣道の違いだ」
「どこぞの人斬り抜刀斎とおんなじだろ。ただ一点―――違う点があるとすれば、『心構え』かな」
刹那の言葉にエリカが反応して耳を大きくしたが、その前に階下で騒ぎが起こる。
剣道部―――すなわち剣の道を説く部を押し退けるように剣による制圧術を教える部がケンカを吹っ掛けてきた。
こういった対立は時計塔でもあり得た話だ。その都度、お互いに魔術戦争を行うこともあり得る。自分も『第一原則執行局』の査問を何度も受けることあった。
「どうする?」
「まだ部活間の対立だ。介入するほどでもないだろう」
にべもない結論だが、その『在り方』が違うというならば恐らく対立は免れない。
ここから聞いている限りではどう考えても剣術部の方が悪いが、この対立を前にして『両部長』が出てきていないのが気にかかる。
(……あの人か?)
胴着を着ているが防具を着けていない眼鏡を掛けている男子生徒。その争いを横から見ているだけなのが気になる。
「剣術部の部長ってのはいないのか?」
「この場にはいないんだろうな。あの桐原とかいう二年生が責任者だろう」
「確か部長は『杉田』って人だったと思うわ。剣道でもトップランクだから確かどこかに海外遠征中だって話だと思うけど」
海外遠征。それはつまり国の代表にもなれる類の人間ということらしい。剣道の国際大会は2090年代でも廃れていない。
同時に、警察機構においても剣道は対人制圧の為に学んでおくことに越したことはないものらしい。
「ウチの兄貴が、杉田さんには早く『大学』を卒業してもらいたいとか言っていたわ」
「キャリア組かよ……別にいいけど」
エリカの言葉に感想を述べて、とにもかくにも三年生の『杉田』部長がいない以上、如何に二科生主体とは言え剣道部の責任者たるあのメガネ部長がなんとかせにゃならんと思うのだが……。
「出番は近い。準備しておけ」
「ああ」
予感・予言―――どちらでもいいが、ことの顛末を見るべく観戦する。見て、どちらに過失が働くかである。
剣術部の二年生。桐原と言い争っていた『壬生紗耶香』という女生徒が最終的に桐原に戦いを申し込む。
門下生をバカにされてこそ起こる剣士としての誇りなのかもしれない……そして、ポニーテールは振り向かずに竹刀を構える。
そして桐原という二年生も構える。しかし―――何というかポニーテールの方が気にかかる。
(……あの魔力、なんだ? 澱んでいるが『正しく』動いている)
桐原の方も『それ』を見たのか、苦衷の表情をしていた。視た刹那は即座に『霊視』を発揮してみておく。
「―――霊体『五』、瘴気が『三』に……得物が『二』か」
「刹那?」
「お前も『眼』を持っているならば壬生先輩の方を注視しておいた方がいい」
こちらの呟きに反応した達也に言ってから、激突が始まる―――その攻撃はどちらも苛烈なものだ。
足さばき一つとっても俊敏で、受けての防御が攻撃に代わり、剣の軌道を封じたいなしが攻撃に代わり、攻撃もまたそのまま相手のカウンターを防御に回す軌道に変わる。
水飛沫のような輝線が走る度に、刃がぶつかり合う音が響く。
「へぇ……なんていうか意外だわ」
「なんで?」
「あの壬生紗耶香っていう人は女子の全国二位の実力者だったんだけど、何ていうかこんな『荒々しい剣』じゃなかったのよね。もっと相手の陥穽を突くような。はっ、とするような静やかな―――喉元に突きつけるような剣だったのよね」
「戦国剣聖『塚原卜伝』から暗殺剣豪『岡田以蔵』にクラスチェンジってところかな?」
「上手い表現よ刹那君。確かにあの人の剣は
エリカの言葉通り、誰もが息を呑むほどに苛烈な剣だ。それを見て―――笑みを浮かべる眼鏡部長。学内ネットで調べてみた(検索者:達也)が、
古式の陰陽師らしき名前だ。司という姓も本来は
「―――決まる」
エリカの言葉で再度注意を向けると、終始面打ちを嫌っていた桐原先輩に突きが決まる。同時に伸びきっているがゆえにか、壬生先輩に対する小手は浅くなる。
「すげぇな……けれど、お前―――これが……だったらば壬生! 今度は魔法有りだ!! 俺の土俵に上がる気はあるか!?」
嘆きと悲しみのような言葉の後に再びの挑発……支離滅裂に見えて、望むことが何となく分かった。
一瞬、こちらを見た『桐原武明』の眼―――なぜだか知らないが、こちらを見ていた。
「なんだろうな? お前はどう見た?」
「―――『あとは頼む』って顔かな?」
「同感だ」
「???」
男二人の分かってる会話にエリカはついていけない。しかし、今度は魔法―――桐原の使った魔法が高周波を周りに撒き散らして―――。
「―――
周りの人間に変調をさせないように魔法式から放たれる高周波を打ち消した。もっとも相対する壬生先輩あたりには、ガラスを引っ掻くような音が響いているかもしれない。
「あ、あれ? 耳鳴りが無い?」
「やれやれ……お前は―――あれは殺傷性ランクが高い魔法だ。あんなものを使って壬生先輩は―――」
呆れるような達也の言葉の後に繋がる言葉は、『勝てるかもしれない』。そんな予感がするほどに壬生先輩の剣腕は凄すぎる。
(憑依剣術か?)
「ほぅ。なかなかに気が利く輩がいるようだな。けれど壬生―――お前は、この魔法剣の威力を察しているだろう?」
「ええ、高周波ブレード。振動系・近接戦闘用魔法―――さっきから耳鳴りがして耳が酷いわ。あなたの挑発の言葉と同様にね」
「……ああ、本当にな―――だが!! お前も使わなければ終わるだけだ!! 出せ!! お前の剣を!! 俺を打ち崩せよ!!」
その言葉で注視すべきは、壬生先輩の視線―――見たのは桐原ではなく、司部長。色のある視線ではないが……。何かの許可が下りないかというものだ。
「悪いけどね。CADを持たないのが剣道部の矜持なのよ!!」
「……そうかよぉ!!!」
泣きそうな顔をしながらも、剣を翳す桐原武明―――その前に二つの影が飛んだ。桐原の間に割り込んだ方は、腕を交差させてCADを発動。放たれる揺れ―――消え去る高周波ブレードの術式。
あのバイアスロン部の連中を止めたのと同じく、揺れる世界。そして術式をキャンセルされた桐原先輩が―――『こりゃ服部も負けるわ』と諦観の想いで言葉と同時に眼を閉じていたのを見て聞いた。
「とりあえず―――今やったことは撮影済み。ついでに言えば、得物は取り上げさせてもらいます」
「わ、私もなの!? というかいつの間に―――風紀委員? しかも二科生なのに」
刹那によって取り上げられていた得物二つ。達也の方に驚く壬生先輩に対して取り押さえられることもなく床に正座をして―――まるで切腹をするかのような姿勢となる桐原先輩。
「風紀委員会にでも部活連にでも連れて行け。俺は逃げも隠れもせん」
「潔いですが、ならばなぜこんな真似を?」
「……俺の汚さは壬生の汚さとして見せたかった。それだけだ……」
その言葉に壬生先輩は、胴着を握りしめる。何か思う所はあるようだが、なんであるかは分からない。
「別に俺たちは警察官ではないですが、事情ぐらいは聞かせてもらいたいですね。吐き出したい事があるならばどうぞ」
意外にも温情を見せる達也。あぶないデカから『はぐれ刑事純情派』に変わっている。シバさん……!!
「……部外者の意見だが、最近の剣道部が『変』なんだよ。だから、俺の醜い姿で、本来の『剣の道』を思い出してほしかったんだ……」
「変とは?」
「それは―――」
「ふざけるなぁ!! ウィードが風紀委員!? しかも桐原だけを捕まえるだと!?」
重大な事件の証言を遮るかのように猛る『剣術部』の連中。タイミングが良すぎる。
「早く連絡しろ司波、遠坂」
「こちら、第二小体育館。逮捕者一名。意識ははっきりしていますが、『肩』を負傷しているようなので念のため担架を」
急かされるまでもなく、部活連本部に連絡した達也。だが、収まらないのが剣術部の連中。刹那は視線で制しながら、
「おい! どういうことだ!?」
「逮捕理由は魔法の不適正使用。同時に、本人が罪状を認めているので、これ以上は部活連に預ける事案です」
「……だとしても、何で桐原だけだ!? 挑発したのは両者同じだろうが……」
これが達也ならばさらに反感を買っただろうが、校門前での一件を知り、自分が一科生であることで少しばかり対応が強気でいられない剣術部の言葉。
「ごもっともですが、まぁ最後まで魔法を使わず剣の勝負に徹した壬生先輩の勝ちということで収められないんですか? 剣士というのはそういうものだと思いますよ? 最後まで己を曲げない方に義道は正される。天意は示される」
こういうのは、最初に主義主張を曲げた方に、黒星がつく。『目的』があったとはいえ悔しいのか苦笑をする桐原先輩。
だが最後には刹那の言葉でも収まらない剣術部。主張は過激さを増していく。
「ふざけるな! 桐原を熨した程度でいい気になるなよ!! これは俺たち剣術部の矜持の問題だ!! 何が天意だ!! そんなもの俺たちの手で崩してくれる!!」
「お前らっ!! 俺の気持ちを無視して、何してくれてんだっ! 俺は負けたんだよ!! 黙ってやがれ!!」
「お前こそ黙れ!! 剣術部の恥さらしの面汚しがっ! 剣道部に擦り寄って何が剣の道だ!? 敵を容赦なく倒す『実践剣術』こそが俺たちの進むべき道なんだよ!!」
「あ、朝倉……テメェ、そこまで!? 杉田先輩の『抑え』が無ければ、お前たちは……!?」
激しい言葉の応酬。そして『剣術部』という括りだけでも色々いるのだなぁと思い、朝倉と呼ばれた目つきの悪い男を『ゲッベルス』の一号としておく。
嘆くような桐原先輩は遂に立ち上がり―――、竹刀を取ろうとしたが―――。
「ッ!!」
「やめといた方がいい。肩痛いでしょ?」
「ああ……骨に響く『最上の一撃』であり、『最高の一撃』だった……」
「あの時の突きで!? 何で……?」
力なく竹刀を落とす桐原武明。だが構わず向かってこようとする剣術部。どうやら、ここでの失態を隠すために―――暴行しての口封じを敢行するつもりのようだ。
無論、桐原先輩も、壬生先輩も同様に―――。
(なんて短慮だよ)
全員が同調しているわけではないが、五人ほど―――体格からして二年生だろう人が、首謀者だと気付く。
「刹那、やりすぎるなよ」
「お互い様だね」
動き出した全員で包囲していくつもりか、剣術部の連中はまずは―――体で挑もうとする。丸腰の相手に竹刀を使うのは気が引けたか、それとも使えば負けだと思ったか―――。
どちらかは分からないが、体格で圧そうとするのを―――。『視線』で射抜く。
「ごっ……い、な―――」
「頭が割れ、いたいた!―――」
「ああっ! み、みえる!! 偉大なる慈悲深き外なる――」
言葉の程で相手の『抗魔力』が分かる。胸を掻きむしり、頭を抑える人間三人。……若干、変なものに『接続』した人間もいるようだが。
ともあれ刹那の魔眼に囚われた六人に対して、最後に眼を『緑』から『真紅』へと変化させることで意識を刈り取る。
視線一つだけで崩れ落ちる六人を前にして、一人―――朝倉とかいうのが叫ぶ。
「―――馬鹿な!? CADも無しに!! 何をした!?」
「タネを教える奴はいません。俺の持つ『魔法』なんで、それで皆さんはどんな『まほー』を見せてくれるんですか?」
言い方で完全に挑発されたことで、全員がCADを構えて起動式を発動させるが、その機会を待っていた達也が、再びの『CAD』交差の術―――。
一斉に砕ける起動式が病葉の如くであり、放たれる波動で全員が立ちくらみを覚えているその現実を前にして、遂に竹刀を持とうとしたが―――そこで今まで黙っていた人が動いた。
「そこまでにしとけ」
「つ、司先輩―――!?」
いつの間に、一瞬分からない超速で動いたと思しき速度で朝倉なる男の首元に『杖』を突きつける司甲の姿。
完全に眼を離していたが速度を上回ったものがある。何だこいつは―――?。何か変な感覚を覚えるも、司甲は口を開き続ける。
「これ以上、恥の上塗りをしては、実践剣術の名が廃るのではないかな朝倉、海外遠征中の杉田に知れたら君はどうなるか?」
「………」
「お前たち剣術部は『剣道部』に負けたのではなく、二科と一科の一年生に負けたんだ。今は現実を受け入れておけ。あとは―――『こっちの人』に弁明しろ」
そう言って司甲が示した先、体育館の入り口には―――
「「「じゅ、十文字会頭!?」」」
「海外遠征中で杉田が不在だから心配だったと言っていたが……的中だったな。全員、このまま部活連に連行する。沢木、辰巳頼む」
デカい。容赦なくデカい人の重い言葉が、広い体育館全体に響くように伝わる。そして剣術部どころかこの場にいる全員に動揺が走った。
同時に、風紀委員のチームが、剣道部を拘束する。どうやら拘束術式を使う辺り、事態は深刻さを持っていたようだ。
「……お前もだ。『芝居』が過ぎたな。司、世話をかけた」
「なんの。剣術部も同じ剣を目指し、志すもの。温情ある処置を頼むよ」
桐原先輩に声を掛けたあとに同級生に掛けた十文字会頭。
それに対して笑顔で答える司主将は嘘くさい言葉だ。しかし、決して本心が含まれていないわけではないだろう。
そんな風に桐原先輩を保健室に連れて行くことにした十文字会頭の視線が、達也と刹那を貫く。
怒っている風でもなく、微笑んでる風でもない。荒野の風雪に刻まれた巌に宿った精霊が見ている。そんなイメージ、カチーナの一柱を思い浮かべつつ頭を下げておく。
「……壬生、司主将! あんたたちのやっていることは、本当に『意味』のあることなのかよ!?……。俺は、そんなことは止めてほしい……」
「行くぞ」
脇に捕まえられながらも、叫んだ桐原を黙らせるかのように、足早に去っていく十文字会頭。色々とあれこれあったが、結局―――剣術部の全員がしょっ引かれたことで何となく場の空気が停滞。
「―――さっ! 剣術部には悪いが、彼らの時間もいただいて、俺たちの勧誘を続けよう!!!」
空気を撹拌するように手を叩いて、部員たちに気を付けさせる司主将―――、その言葉に誰もが眼を輝かせる。
先程まで桐原先輩を気遣っていた壬生先輩もだ。誰もが唱和して同意をする様子。
そうしてから、こちらにも声を掛けてくるのが司甲という男だ。
「司波くんに、遠坂くんだったか。すまないな。色々と迷惑かけて、ご覧の通り情けない男でね。剣の腕では壬生はおろか桐原には遠く及ばなくて怖くて仕方が無かったんだよ」
「そのわりには、随分と出るタイミングが、最高だった気がしますが」
「十文字が来てくれたからね。まぁ後ろ盾があれば、おもいきったことが出来る……それだけだ」
髪を掻いて苦笑いする情けない男。という感想を額面どおりに出せば、この男の思うつぼだろうが―――。
「自分達はまだ職務中ですので、これで失礼させていただきます。いくぞ刹那」
「了解。では失礼します」
話を強引に打ち切った達也。何かまだあったかもしれないが、深く頭を下げられてはどうしようもなくなる司甲を置き去りに第二小体育館を出ることにする。
それに付いてくるエリカを後ろに見て、合流するその前に確認しあう。
「―――『色』は?」
「限りなく『黒』に近い『灰色』だな。俺の勝手な印象だが」
達也の出した結論に全くの同意を示しておきながら、また面倒なことになりそうだと思うぐらいにあの『杖』はとんでもない器物だったからだ。
(ほとんど『宝具』の域だよな)
なんでそんなものを彼のような人間が持っているのか少しだけ疑問を持ちながらも、体育館の外で起こりつつある乱痴気騒ぎを止めるべく動き出すのだった。
† † † † †
「というわけで、現在は確証があるとは言いきれません」
『ふむ。『四葉』の関係者であるという確証は得ているが、それ以上は無理か』
「ええ、件の戦略級魔法師かどうかまでは、正直―――」
リーナと一緒にモニター前に立ちながら報告を挙げる。画面の向こうのバランス大佐は考え込むも、どうにも歯切れが悪い。
『まぁそっちはついでだからな。問題は―――』
「親米的な魔法師勢力の構築ですね?」
『ああ、シリウス少佐のアイドル性ならば、簡単に作れると思い、セイエイ大尉の甘いマスクで女生徒を絆せると思ったんだがなぁ…』
リーナの言葉に再び歯切れの悪い言葉。そんなすぐさま出来るわけがない上に、リーナと同等以上のアイドル性を持っている人間がいたのだから仕方ない。
ただ深雪は深雪で兄貴以外の男に見向きもしないので、場合によってはその地位から降りてしまうのかもしれない。
「けれど、そんな『偶像崇拝』で出来た信頼なんてすぐ崩れますよ? 2010年代のベネズエラの
『全く以てその通りだ……まぁぶつかり合うことで深く結びつく友情もあるか……。うん、そこはもはや心配しないことにした。どうせお前たちは最上以上の結果を齎す―――
こっ恥ずかしいやら何やらな表情で色々と思い出すは、『色々なこと』であった。それを赤い顔をしているリーナと共に忘却しながらも咳払いして『本題』を急かす。
「それで緊急の通信だなんてどうしたんですか?」
『本題が遅くなって申し訳ないな。実を言うと、最近―――東京近郊がキナ臭い』
そういってバランスが言ってきた内容は今朝に見たニュースの内容とも合致する。
だが、何故に反魔法師団体が、そこを使うのか。それが分からない。
『毒を以て毒を制す。そういうことなのだろうな……ともあれ、アウトサイダーの一件になりかねない。そして雷帝の時と同じく、だ』
USNA―――スターズにしか通じない『符丁』を用いての言葉に緊張を隠せない。
敵が『獣』である可能性もあるのだ。
「連中は上手く隠れますからね」
「同感よ。あの時は
『ああ、だからこそ……今は動かずに『待て』。奴ら相手に能動的に動けば簡単に懐に入り込まれる。動くとき、引き金を引くときは己の『眼』で見極めろ―――シリウス、ムーン』
その言葉に敬礼。軍人さんとしてはまだまだだろうが、それなりに板に付いてきたかな。と思いつつ、長距離通信が終わりモニターを消してリビングで一息突く。
「しかし、タツヤには驚いたわね。セツナと同じ結論を見つけていたのだから、技師としてもうやっていけるんじゃないかしら?」
「というより、もう技師としてやっているのかもな。それとなく聞いたが、あいつの親父さんってFLTの社員らしいからな」
それは達也なりの偽装工作。完全なウソではないが、真実を一片混ざらせておくことで、自分の正体を隠しておく。
シルバー・ホーンの出元が『オヤジのコネで手に入れた』などと言えば、大体の人間は、それで納得する。しかし刹那はそうは見ない。
確かに、父親が魔法師御用達の超有名企業の社員であれば―――それを納得するが、ならばそれだけの『技術力』をどこで養ったか。
豆腐屋の息子だからと何の訓練も無しに豆腐作りが出来るわけではない。
歌舞伎の家に生まれたからと、最初から芸人としてやっていけるわけではない。
「つまりタツヤが、トーラス・シルバーだと見ているの?」
「それどころか大佐には言わなかったが、あいつが件の戦略級魔法師だと俺は見ているよ。君のヘビ・メタの開発状況を考えてみろよ?」
稀代の天才アビゲイル・スチューアットによって開発された「戦術級魔法 メタル・バースト」、それがアンジェリーナ・クドウ・シールズという術者を得たことで飛躍的に、威力と『上限』を伸ばし、汎用性を高めた。
「確かに達也の魔法能力は、どちらかと言えば『一点突破』型なんだろうが……魔力量を考えれば、そんなことは些事だ」
「というと?」
「君と俺の『眼』で見た限りでは奴の魔術特性はやはり『分解』と『再生』―――。起動式の読み取りとあいつが『こそこそ』サイオン弾に紛れて放っていたルーンを突破できない分解魔法でそれは分かった」
最後には『元素レベルの分子』に分解する魔法を肩口に向けていたことで、『スターマイン』を放ちそうになった。本当に、命の危険を感じるほどだったのだが―――、聖骸布のコートを巻けば対処可能だろう。
「奴の『分解魔法』と『再生魔法』を究極的に想像出来る限り伸ばしていけば自ずと分かるものがある。そして『再生』させるものが違えば―――」
「分解した『物質』を全て『エネルギー』に『最成』していく……!!」
リーナが気付いた事実にピンポーンという意味で指で銃を作って撃ちだすジェスチャー。
「恐ろしい限りだ。10しかない物質量から千でも万でも、億にも匹敵するエネルギーを精製できる―――等価交換の原則を軽くぶっちぎっているぞ」
もっとも刹那とてこの推測は少し外れており、流石に分解する質量が大きければその分のエネルギー精製も出来る。
流石に10の物質量からでは、千単位が限界であると言うのが現実である……敵を大きく見過ぎているというのも一つの難点だった。
「沖縄海戦で何を使って発動させたかは分からないが、高速巡洋艦2隻、駆逐艦4隻の艦隊を跡形もなく消し去ったんだ。その威力は恐ろしいね」
「ワタシのヘヴィ・メタル・バーストとどっちが上かしら?」
「難しいな。ただ『剣』を使えばリーナの方が上じゃないかな。あとは―――あんまり見たくないね。達也がそんな呆気なく人命を奪う所は……」
「……ワタシと同じくらい?」
「ああ、甘っちょろいとは思うよ……」
変な話だが―――達也のあのどこか『機械』じみた所は、刹那の父親に似ていた。
父は祖父からの『呪い』で、そう生きてきたが……アイツは、『誰か』の『呪い』でも掛けられているようで、正直見ていられない。
「他人事というには深く関わりすぎてしまったな……だから、俺は俺のやりたいようにやるよ」
「―――迷惑だなんて思わないから、私も遠慮なく巻き込みなさいよ」
決意を秘めて言うとソファーを揺らしながら、こちらに更に接近してきたリーナ。
刹那の『両手』を握りしめて、見つめるブルーアイズ、その唇が紡ぐ言葉はいつも自分に重大な決心をさせてきた。
「あなたの『お父さん』『お母さん』に、いい嫁だって思ってもらうためにも、あなたの人生に巻き込んで」
「リーナ……ありがとう」
「
そういって急かすリーナ。確かに機械技術が苦手ではあったがアビーとオニキスの指導の元、流石にリーナのCADぐらいは調整できねばという中、特訓をしてようやくなんとかかんとか出来た。
それはこういった場合に備えてのことだったのかもしれないが、用意が良すぎた―――もしかしたら結構前から、この日本に行かせる予定だったのかもしれない……。
そしてリーナは……。
「まて、なんだって肌着一枚になる!? 下着ぐらい着けろ!」
「ミユキがCADの調整する時にタツヤの『精密』なる『眼』の阻害をしたくないから下着だけになるって聞いたから真似したんだけど」
「安心しろ。そもそも『俺の眼』ならば、服や下着程度の『エイドス』に惑わされない。それは言っていたはずだよリーナ?」
「だって……なんか私のカレシ馬鹿にされた気分なんだもの、兄妹なのに、兄妹なのに! あの兄バカシスターが!!」
ああ、それで納得。確かに本格的なCAD調整において、あまり他の情報体を入れないためにも、出来る限り薄着の方がいいのも事実。
しかし、刹那の眼は色々と特殊なので、そこまでの『薄着』でなくてもいいということだ。
言うなれば、達也が患者に全身麻酔を施してから手術を行うタイプの外科医であるならば、刹那は部分麻酔で大丈夫な人間ということだ。
もっともこれとて語弊があり、尚且つ麻酔自体の有用性・有毒性もあるのだから表現としてはあまり良くは無い。
ただ、外科医として一回の手術で手早く全ての『悪性』を取り除く達也と、数回の手術で患者の体力を鑑みながら『変化』を計測する刹那とでは手口が違う。
その程度だ。結果としては、どちらも申し分ないものが出来上がる。
要は性格とか画風・作風の違い―――ゴッホとゴーギャンの違いとでも言えばいいだろうか。その程度だ。
「それと―――今日は風紀委員として疲れたセツナの眼の癒しに……」
「リーナは、どんな姿であっても俺の癒しだよ。そこまでセクシャルになられても、ちょっと……困る」
「
手を合わせながらも指の間から出す。なんというか色々と媚びた仕草に小首を傾げるようなものを加えてのリーナ。
思わず苦笑、そして微笑―――地下室に降りて調整をした後は―――寝室に直行。なんかもう、色々と人間として『ダメ』になっているんじゃないかと思うも―――。
「その時はワタシもダメ人間だから、気にする必要ないわ♪」
腕枕をして顔を寄せ合いながら言われて納得。そうして『宝石と星の夜』は更けていくのだった……。