魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

34 / 414
というわけで新話どうぞ―――剣ディルどころか征服王閣下、爆死!(涙)

課金ガチャに至ってない分、まだマシですが失った石が少し痛い。






第22話『魔法使いの眼』

 二科生の教室棟に入ったのは別に初めてではない。達也やレオを呼びに行くために、向かった事はある。

 

 その度に―――どこか、敵意じみたものを向けられる。

 

 

 お前のような人間に自分達の『聖域』を犯す権利があるのか? 無言で叩きつけられる敵意。

 

 

 閉鎖的な村社会の縮図。特進コースにいる人間やスポーツ特待の人間が、『普通コース』の領域に土足で踏み込むようなもの。

 

 それを不愉快と感じるものは多い。持つものは持たざるものの土地に入るのを是とするのか……。

 

 

(平河には、『死ねやおら―!!』などといきなりケンカを売られたが、なんだったんだろアレは?)

 

 

 達也のいるE組ではなくG組にいたちびっ子からの攻撃を適当にあしらっていたが、あれも二科ゆえの敵愾心なのだろうか。

 

 ともあれ、一年ならばそこまでではないが、二年の教室棟になると、十文字会頭の姿を見て萎縮しながらも、敵意はそこそこ。三年になると―――。

 

 

(完全にアウェーだと思っていたけど、そうでもないんだな)

 

 

 前衛アートの如き荒れ果てた教室の様子を想像していたが、そこにあったのは……諦観。敵意とかそういうのを通り越して、どうでもいいという雰囲気だった。

 

 ただ睨まれないように生きて行こうとする印象を受ける。

 

 搾取されることを当然として受け入れてしまった人々の姿であった。横暴な領主の絶対的な力を前にして抵抗する気力など無くしてしまった姿だ。

 

 

(で、俺は横暴な領主の領地巡回に従う鬼税吏といったところか、今期の年貢を収められないならば若い娘を十文字領主に収めよ!! ……馬鹿らしいな!!)

 

 

 内心でのみエキサイトしていた刹那であったが、それは間違いではない表現だと思えていた。この退廃具合は、伝え聞くところ、かつての時計塔の姿だったのかもしれない。

 

 セカンドエルメロイ教室が出来上がるまで、あの魑魅魍魎の巣窟の講義が、青田刈りの場でしかなかったのだから。

 

 

「……『先生』が見たらばどう思うんだろうな……」

 

「?」

 

「ああ、すんません。独り言です―――で、司先輩は?」

 

「ああ、そろそろだ。―――すまんが、十文字だ。帰り支度中に悪いが、甲はいるか?」

 

 

 F組のドアを開けて呼びかけると、誰もが十文字会頭の姿を見て、萎縮しながら『ここにはいません』―――。

 

 完全に同級生に対する言い方と態度じゃなかった。その一言だけで、三年のカーストがクソみたいにダメだと知れた瞬間だった。

 

 無論、会頭の威圧感ないし高校生とは思えないオヤジ顔に対してかもしれないが……。

 

 ―――気配。察知―――振り向くと、そこには眼鏡を掛けた短髪の男がいた。

 

 

「俺だったらこっちだよ。ようこそ魔法科高校の『アパルトヘイト』に、遠坂くん、十文字」

 

「司……」

 

「ちょっとした冗談だよ。まぁ君がその手に持つ『ホウキ』を走らせれば俺など、簡単にミンチだろうからな。『一応』の同級生のジョークとして受け流してくれ」

 

 

 手を上げて、廊下の窓際に寄り掛る司先輩。正直、この状況で何かすれば、こちらが悪者だろう。実に小狡い手法だ。

 

 

「……少し話をしたい。いいか?」

 

「ああ、そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 

 

 会頭が親指で示したのは、二科の棟にあるダイニングサーバー近く。昔風に言えば水飲み場の辺りまで来いという仕草だった。

 

 緊張しているのは、どちらかといえば十文字先輩だろうか―――。ダイニングサーバーにて飲み物を三人が取ると、最初に口火を切ったのは司先輩からだった。

 

 

「それで話というのは? まぁ分かっている―――俺が『反魔法師団体』に所属していることと、それに対して勧誘活動しているということだな」

 

「機先を制したつもりか。俺はあの頃の恨みを忘れてはいないぞ……お前の一言で俺の高校生活は決まったのだからな」

 

 

 何だか一年を置き去りにして白熱する二人。剽げて受け流す司先輩に対して、強力な十文字先輩―――恐らく二人が一年の頃の話なのだろう。

 

 

「恨み?」

 

 一応、後輩の務めとして疑問を呈すると、重々しく頷く十文字会頭は話す。

 

 

「こいつはひどい奴だ。まだピカピカの新入生だった俺に対して、出会っていきなり『仁王様が歩いている!?』などと言ったのだぞ。それ以来、俺は誰からも年下と扱われず当時の三年生からも敬礼されるなどという……勝手に総番などという立場に祭り上げられたのだからな」

 

「ちなみに会頭の一年時の写真は?」

 

「これだよ。まぁ、僕が見たのは、この『目』で見たオーラが、仁王に見えたからなんだけどな」

 

 

 端末に表示された姿と現在の会頭の姿、見比べてみるに―――うん。こいつは仕方ないな。望むと望まずとに限らず人は自分の思い通りの姿や能力で生れ出るわけではないのだから。

 

 

「納得です。今の会頭は何に見えます?」

 

「そうだね。不動明王に見えるよ……魔法師社会を背負って立ち、後進に見せるにはいい姿だ。惚れ惚れする」

 

 

 刹那と司甲の言葉に苦虫を噛潰した顔をしている会頭だが、それでも口は開かれた。

 

 

「……ならば仁王で不動明王たる俺が、いまでも司甲の『友人』と信じてお前に言うが、『もう止めろ。』これ以上は学内だけの問題で済ませられない」

 

 

 それは心からの懇願。このままいけば司先輩が破滅すると分かっていての忠告。詳しい区分は分からないが、ナンバーズの中でも十文字家は警察関係者に顔が利く家であり、今回の一件を水際で止めているのも十文字家であった。

 

 

「―――言われて止めると思うか?」

 

「何故なんだ……お前が魔法師であることを望まなかったこと、今の家族を大事にしたい思いがあるのも理解している。ならば、危ない火遊びはやめさせるべきだ」

 

「これは立場の違いだよ。君が魔法師社会を代表して言うように、俺にも言い分はある。この三年の二科の様子―――君はどう感じた? 遠坂くん」

 

 

 話を振られて、緊迫した空気の数分の一が流れてきたが、それでも問われたならば、答えるのが筋だろう。

 

 

「無気力な領民、搾取されることを是として、日々を生きているだけの人々。百年戦争の英雄ジル元帥が『青髭』などという『悪魔』になるまで涜神をしつづけた領地ですね」

 

「君は、本当に古風な言い回しをするな……。そう。一科と言う『ブルー・ビアド』によって、反抗する気力を失われた所」

 

ゲヘナ(煉獄)も同然ですね」

 

 

 魔法師としての未来を完全に断たれたわけではないが、それでも望んだ進路を取れず、魔法師としての単位認定すら危うい彼らは、とにかくそれだけに苦心して魔法師としての『楽しさ』すら失われている。

 

 術式を極めることも、生来の素質にあったものを学ぶことも出来ず―――、ただひたすら明日の金銭求めてならぬ課題をこなすことだけに執心する日々。

 

 

 技師としての道を究めるものもいるかもしれないが、それでも専門的にやるには、その技師の講師がいなかった。

 

 

「だが、それも致し方ない。なんせ俺などの二科生は『才能』が無いからな。才能が無いからこうなる。魔法師としての適性が高くないから、こうである……それを当然の『道理』として叩き込まれればな」

 

「俺はお前に一度はなんて酷いヤツだと思っても、それでも友人になれると思っていた。誰もが―――同級生の一部ですら俺に萎縮する中、お前だけは、こんな調子だからな」

 

「けれど、俺じゃ十文字の友人には『なれない』。魔法能力も然したるものではなく、何か特殊な血筋でもない俺では―――他の人間から白眼視される。今年の新入生総代『司波深雪』のごとく」

 

 

 沈黙。本当ならば、それが『普通』の感覚なのだ。金持ちの友達は全員金持ちないし何かしらのセレブどうしでつるむ。己との共通項が無い限りはどこかで疎遠になるのも一つの友情なのだろう。

 

 能力が高いものは高いもの同士で話し合い、門外漢を追い払う。どこでも同じ―――魔法師も然り……。

 

 

「もういいだろう。しょっ引く理由は適当につけて逮捕するもいいし、校外で秘密裏に処理してもいい―――不動明王の炎で焼かれるならば、それも本望だよ」

 

「………」

 

 

 話は終わりだとした司先輩。『弱い』からこそ決めた覚悟、その捨て身の行いは眼光鋭く十文字先輩を睨むことで分かった。黙る十文字先輩。

 

 

「ブランシュ下部組織『エガリテ』は、止まらない―――何故ならば、魔法師の能力の高低と同時に生まれる『差別』もまた組織の憎むものだからな」

 

 

 罪状の自白―――とまではいかずとも魔法師に敵対する組織に属していることを自供した司先輩の胸中はなんだろうか? 

 

 

「お前が魔法師社会を大事にして、それを破壊しようとする人間を断罪するように、俺にも大事なものがある。俺の事を化け物と呼んだ父親から庇ってくれたお袋。そんなお袋と一緒になってくれた今の義父さんと義兄さん……それだけだ。それだけを守りたいんだ」

 

 

 更に沈黙。もはや十文字会頭も、どういうことなのかは既知だ。

 

 司先輩の兄貴が、自白したブランシュの日本支部リーダーであり、反魔法活動を推進していることなど、あれこれ分かっている。

 

 そして、その下で動くこと止めないと宣言した司先輩に―――掛ける言葉は出なかった。

 

 

「負けましたね」

 

 

 刹那と十文字の傍から離れていく司先輩―――その背中を見ながら呟く。

 

 

「ああ、完敗だ。情を盾にされたならば何も言えない……だが、甲の下に就いている壬生やその他の二科生などの訴えたい事は、そこじゃないと思う。彼らの不満と甲は分けておけ」

 

「けれど根本的には魔法技能の高低なんですよね」

 

 

 彼らの想いは何となく分かる。何も教えてくれないのに、ただ『結果』だけは出せ。こちらは一切関与しない。そんな所にいては鬱屈した思いもあるだろう。

 

 ……けれど、本当に『才能が無い』のか?

 

 

 魔法にせよ魔術にせよ。『覚醒した』(めざめた)からには、それは一つの『才能』だ。そこから先は確かに『持つものだけの才能』(ギフト)の有無なのかもしれないが……。

 

 

(旗が無い。羅針盤も持たずに荒野に放り出されて何を目指せばいいのかすら教えられない……)

 

 

 エルメロイ教室は、そういった連中ばかりのところだった。

 

 多くの学部から『教えられない』『面倒見てらんない』……そういった『落第生』ばかりの場所。

 

 

 けれど―――彼らに指針を指してきたのはあの不機嫌な教師。いつでも仏頂面でいながらも、好んでいる葉巻を―――どこかの方向に向けて『行って来い。ダメだったらもう一度戻ってこい』。

 

 そういう人だった。その人のことを覚えている。

 

 

「―――」

 

 

 問題の『根っこ』なんて分かり切っていた。ならば―――。

 

 

『行動しろ。考えて『見えた』のならば実践しろ。魔術師ならず、どんな人間でも、それだけだ―――』

 

 

 先生の言葉を再度聞いた後に、左手の刻印が疼く。右手の刻印が囁く。

 

 心の贅肉だと分かっていても、禁忌を犯そうとする息子に対して母が笑顔でいながらも叱り―――『なんでも半端はダメよ。最後までやってみなさい』と言う。

 

 父は『無謀だとしても向かうべきだ。意思は、あの日抱いた『想い』だけは―――』

 

 

 ―――忘れてはならない―――。

 

 

「そうだよな。あんた達もそうだったんだ」

 

「遠坂?」

 

「十文字先輩。決めましたよ。俺も―――『革命』を起こすことにしましたよ。その結果、俺は―――まぁあんたら十師族に睨まれるかもしれない。一高教師も睨むかも、今まで『当たり前』にあったものを全て変えていくかもしれない」

 

「!! 穏やかじゃないな……何をする気だ?」

 

 

『従者』からの反乱。しかし、どこか十文字克人は『面白がっている』ように見える。今までの司先輩との会話。二科生の現実。そこから導き出された結論だと分かっていてだ。

 

 もしくは、公然と叩き潰す機会を得たことを嬉しく思っているか、だ。

 

 そんな先輩に拳を顔面で握りしめながら、告げる。

 

 

「『ここ』に、『グレートビッグベン☆ロンドンスター』がいないと言うのならば――――俺が、『グレートビッグベン☆ロンドンスター』になるしかないんだ」

 

 

 その決意は後に『第一高校の恒久革命』『古くも新しき時代を告げる鐘の音』(ニューエイジ・ビッグ『バン』)と称されていくことになるなど知らぬ少年は―――。

 

 

(きっと先生は大激怒だろうなー……)

 

 

 などと帰ることなど無い『世界』にいる教師からの打擲を心の底から恐れるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 栓も無い話―――という訳ではないが、それでも一応の『美少女』との会話を終えて、図書館にやってきていた達也は、先程の会話を思い出しながら、ため息を突く。

 

 

 確かに―――全てにおいて『興味ない』という言葉一つで片付けられなかった。しかし、そんなことをして何になる。

 

 魔法の才能が絶対のここ(魔法科高校)で、それ以外の評価など得て何の意味がある。確かにあのような騒ぎがあるならば、非魔法系部活の連帯も分からなくもない。

 

 だが、それが新たな差別を生み出すことなど容易に想像出来る。だからこそ――――。

 

 

「タツヤ―――!!! いるか―――!!!」

 

 

 などと一応、この2090年代においても静謐を主とする図書館において大声を上げる馬鹿相手に頭を抑えてしまう。

 

 こういう思慮に欠けた行為をしない奴だと思っていたのだが、見込み違いか、それともまだまだそいつを知らないだけか……とにもかくにも人差し指を立てて口の前に―――なるたけ厳めしい顔をした自分を見つけた友人だろう相手を睨む。

 

 

「悪い悪い。少し興奮しすぎていた……」

 

「会頭と二科の司先輩への同行は終わったのか?」

 

「ああ、終わった。んでもって決めた。全てはそこだったんだよな。うん、最初っから『そこに眼を逸らさないで見つめなきゃいけなかったんだ』―――」

 

 

 なんだか一人で得心した様子の刹那。興奮しているのは、どうしてなのか……本当に知りたいのだが構わず刹那は、話を進める。

 

 

「E.F.G―――一年の二科クラスの魔法実習の日取りはいつか決まっているのか? それが聞きたい」

 

「特に合同と言うことは無いが、とりあえず二日後といったところかな? 何でだ?」

 

「いやいや別に、そうか二日後か―――まずは『それから』だな」

 

「??? わけわからないぞ。お前、何を考えている?」

 

 

 嫌な予感が達也の脳裏に過る。もうすっごく『イイ笑顔』を見せてくる刹那に思わず普段の達也ならば見せぬ動揺が顔に走る。

 

 

「うん? すっごく『イイこと』。こういう時に俺は遠坂家の人間―――遠坂凛の息子なんだなと実感できる」

 

 

 どこからか出したのか、古い中国演義―――三国志演義にて軍師・宰相として有名な諸葛孔明が持っていそうな羽扇を持つ刹那。

 

 以前の赤布といい、こいつは、以前、横浜の映画館の第三作目の『プリズマキッド』の同時上映で見た『ネコアルク』の『七次元ポケット』でも持っているのかと思ってしまう。

 

 

「結果によってはお前には司『馬』タツヤとして、死せる孔明ならぬ生ける諸葛セツナのために走り回ってもらうことになるかもしれんな」

 

「……どういうことだ?」

 

「詳しくは後々、まずは二日後だ。それを楽しみにしておいてくれ。空手形に終わった時は遠慮なく俺をぶっ飛ばしていいぞ」

 

 

 一人納得してなぜか羽扇を達也の側において、去っていく刹那。

 

 その背中に―――『赤いマント』―――本当に大男が羽織る様なもの。十文字会頭が羽織るようなサイズのものを見て、眼を擦る。

 

 無論、そんなものは無い。

 

 

 だが、達也の眼には一瞬、そんなものが見えた。疲れているのかもしれない。そして羽扇は後で返そうと思うも……中々にいいものかと思って手放せなくなってしまった。

 

 それを見た深雪が何故かそれを使って、達也に風を当てたりするのだが、多分そういう使い方ではないのだろう。それだけは分かってしまうのだった。

 

 

 † † † 

 

 

 昨日の会談は上手くいった。長距離通信で話した元・将軍閣下とて魔法科高校の現状を知らないわけではなかった。

 

 それこそが魔法師の一種の分断につながるとも危惧していたのだから……。

 

 

 こちらが提案したこと、そして起こりえるだろう影響と妨害。文科省と現在の一高教員からの反発。などなど起こりえるマイナス要素を消していき―――。

 

 

『これが成功すれば、魔法師社会も少しは健全化するだろう。まずは二日後の結果を楽しみに待っていよう』

 

 

 提案したことに食いついた時点で、ジジイの思惑など簡単に透けて見える。だが、別に魔法師の健全化などどうでもいいのだ。

 

 如何にもなお題目で食いつかせて、その上でそれが有用であることを証明して見せただけ。

 

 

「あとは明日に、俺の『仮説』が実証されるかどうかの問題だな」

 

「うん。けど上手くいくわよ。そもそもこの論を『発見』したのはセツナじゃない」

 

「元々、俺の世界では『一般的』なものだったんだ。アマリアちゃん―――ベンジャミン少佐の娘に請われて教えたのが最初だったな」

 

 

 喜色を浮かべて彼氏の栄達を確信するリーナに苦笑する。

 

 思い出すに、それが切欠だったか。そう思いながら、久々の和食メニューを外で食べる二人。

 

 うららかな陽気と風に舞う桜の花弁とがちょっとした花見気分にさせてくれる。

 

 

「美味しいわね。この鰻巻卵なんて最高だわ」

 

「和食は少し苦手と言うか勉強不足なんだけど、好評でなにより」

 

「だったら、今度一緒に色々作ってみよ。生まれてくる子供には、母の味は『チクゼンニ』とインプットさせたいから」

 

 

 遠大すぎる計画。そして筑前煮とはお前、渋いところを―――基本的にはめでたい日などにしか作らないものなのだが。

 

 まぁ失敗しないためにもそういう時に作るべきか。などなど思っていたら―――春も漫ろになるような人が爽やかな空気と共に歩いてきた。

 

 自分達の前まで来ると止まる人の名前を知っていた。

 

 

「こんにちは。そして初めましてかな?」

 

「ああ、どうも。何度か来られていたのに会う機会を作れず申し訳ないでした」

 

 

 花見用シートから立ち上がり、正面にいる―――すごく中性的な…女子と見間違えそうな男子の先輩に挨拶をする。

 

 

「遠坂刹那です。五十里啓先輩ですよね?」

 

「うん。はじめまして。遠坂くん。僕が二年の五十里です。シールズさんもよろしく」

 

「はい―――よろしくお願いします。と、ステディ、フィアンセの方は―――?」

 

 

 きょろきょろあっちこっちに眼をやるリーナ。確かに聞く限りでは、一番うるさそうなのがいないことが少し不思議である。

 

 それに対して五十里先輩の顔を見ると―――。少しだけ困った様子であった時に頭上から声がした。

 

 

『ふはははは―――!! 私はここだ!! ちょああああ!!!』

 

 

 ……木の上にいた小豆色の髪の女。馬鹿か?などと思っていると飛び降りる。勢いよく降りてきているようで、その実―――運動制御で軟着陸。

 

 草一つ、地面にあるシートを揺らさずに着地すると―――。こちらに向き直り言葉を吐く。

 

 

「ふっ、ついにようやくあなた達と決着をつける時が来て何よりよ。どちらが一高で一番のナイスカップルであるかを決める戦い!! 始めるわよ!!」

 

 

 やってきた片割れ―――千代田花音の自己紹介すら省略した挑戦の叩き付けに、少し動揺しつつも聞き返す。

 

 

「はぁ。なにで戦うので? 魔法勝負は無理じゃないですか?」

 

「遠坂君、アナタが随分と甲斐甲斐しくこのヤンキー娘に、餌付けをしているのは調査済み。ならば戦う術は一つ!! それは料理に込められた愛のみ!!!」

 

 

 ヤンキー娘って。まぁ間違いではない表現だが、ムッとしたリーナに関せずもう一方のカップルが、重箱を出す。

 

 既に用意済みだったようである。お互いの愛(?)が詰まった料理を食べ比べすることで……。

 

 

 本質的には五十里先輩もバカップルらしく重箱を左右から持ちながら二人でハートでも作るかのようにしている。

 

 これか、これが皆にとって『砂糖吐きそうな瞬間』なのだなと気付く。けど自重しない。帝王(?)は退かぬ!媚びぬ!省みぬ!! 

 

 

「くっ! これがバカップルだけが持つ『愛王色の覇気』―――けど私達だって持っているわよ! まだ半覚醒状態なだけよねセツナ!?」

 

「今の状態で半覚醒だとしたらば、これ以上の状態になったらどうなるんだよ?―――とはいえ、実食しますか」

 

「そうだね。花音と久々に腕を振るったから、味がどうだか」

 

「すみません……負けました。今日の料理はセツナだけに任せたものでしたので―――」

 

 

 食う前から白旗を上げたリーナは涙を流す。しかし、今日ばかりは仕方ない。自分もあまり自信があると豪語できない和食だったのだ。

 

 千代田先輩はてっきり傲岸不遜なまでの高笑いでも決めているかと思いきや、まぁ一応リーナを慰めているようだ。

 

 

「壬生さんと桐原の仲裁をしたんだって?」

 

「俺はむしろサポートで同じ一年の司波達也ってのがメインですけどね。それが何か?」

 

「まぁ僕たち二年も色々だからね……解決出来ない問題に立ち向かうことも必要だったんだけど」

 

 

 五十里に千代田。日本の魔法師の家系にそこまで明るくない自分でもいわゆる師族関連の人間だと思えた。

 

 それだけで、心痛があるのだろうと思えた。遠くを見つめながらおにぎりを食べる五十里先輩の顔。言葉が紡がれる。

 

 

「どうにか出来るかい?」

 

「もはややるしかないんですよね。これ以上は―――先延ばししていても無理な問題だ」

 

 

 そもそもいくら魔法師が国家の戦力として重用されるとしても、その『適性』はそれぞれなのだ。

 

 

 ミスティール、ソロネア、ユリフィス、キシュア、キメラ、ブリシサン、ユミナ、アニムスフィア、バリュエ、ジグマリエ、アステア……ノーリッジ。

 

 

 頭の中で思い浮かべた時計塔の学部を諳んじてみるに、やはり必要なのだろう。革命が―――。そうしてから『裏向きの用事』を切りだす。

 

 

「俺は、二十八家や百家を騒がす問題児ですかね?」

 

「まぁ……九島老師から全ての家の家長に一斉に『言』が届いた後に、大騒ぎだったからね」 

 

 

 この人もそれに巻き込まれたクチか。申し訳ない思いでいながらも、空手形に終わるかもしれないことなのだ。と含めておく。

 

 

「ウソはよくないね。遠坂君。君はもう―――『確信』を得ている。そして魔法師たちの『核心』に入り込もうとしている」

 

「五十里先輩の男らしい言動だけど男らしくない顔を見れて、俺としては嬉しい限りですよ」

 

 

 やっぱり男らしくないかぁ……などと嘆く五十里先輩だが、さっきの言葉も本気で怒っているわけではないだろう。

 

 もしくは怒り方が分からないか。どこに怒りをぶつければいいか分からない。そんな所か……。

 

 

「さて、どうなるかは明日次第です。その後は『ぶつかり合い』といったところでしょう」

 

 

 しょせんそのぶつかり合いとて、おためごかしで終わるはず。―――だから、面倒ながらも動かにゃならん。

 

 

「リーナと俺が愛し合っていく『世界』だもんな。もう少しまっとうになってほしいんですよ」

 

「やだわ♪ ワタシの恋人は、ワタシのために世界を変革するイノベイター♪ 嬉しすぎて恥ずかしすぎて困っちゃうわよ♪」

 

 

 空を見上げて放った言葉が金髪の少女に自分抱きをさせて恥ずかしがらせている様子に全員が砂を吐く。

 

 そんな中―――。

 

 

「くっ! この愛王色の覇気!! だが砂糖を吐くわけにはいかないわ! 啓!! 一高最高のバカップルの名に懸けて!!」

 

「そうだね花音。例え今この瞬間だけでも負けたくないね。彼らが地上最弱のカップル(?)ならば、僕たちは世界で二番目に弱いカップルでもいいぐらいだ!!」

 

 

 そんな二組の男女の様子―――眼に見えぬラブオーラのぶつかり合いを傍から見ていた人物。五十里啓と同じく中性的な容姿の女生徒『里美スバル』は―――。

 

 

(……この人たちは何と戦っているんだろう?)

 

 

 などと本気で悩んでしまうのであった……。変革の時は近い。そして、導火線が切れる瞬間、撃発の瞬間は近づくのだった。

 

 






北海道が大変な状況になっているらしいので、東日本の被災者としては、色々と思ってしまう。

一先ず『水』と『プロパンガス』さえあれば、土鍋でも、ご飯を炊けることを教えたい。

例え水道水でなくてもどっかの湧水―――も危ういのかなぁと思いつつ、あの頃の少しの幸運を思い出す。いや、電気は止まってもご近所の皆さんの水だけ出たのは、幸運であった。我が家は電気式のくみ上げ地下水だったので、困った困った。

こういう時こそ助け合いの精神が必要である。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。