魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
「つまり百舌谷教官、これは……!! 何故、そのような無茶な教導をしたのですか!? 確かに、国と協会とで国際基準を突破すべく策定したカリキュラムを『クリア』出来ていれば、問題はありません……。しかし……」
教頭、あるいは副校長とも言える八百坂が、これまでに2−Aを中心に行われてきた実技指導の実態に震える。
「ウェイバー先生、ライネス先生はご存知だったのですか?」
質問は、この事態を見てきていただろう他教室の教師に向けられた。
「A組の生徒にも義兄上や私にアドバイスを求める人間はいましたからね。その中に、今回の被害者も含まれていたということです」
だが、そこまで突っ込んだことも言えなかった。それぞれの教室や教官たちのやり方を貶めるのもあれではあるし、何より2人は本当の意味で外様なのだから。
言うなれば赤壁の戦いの前に呉に協力する諸葛孔明も同然……一人は敵方の司馬一族だったりするのだが。
「今年度より特別な事情により本校へと赴任させてもらっている私ですが、教えを求める生徒を限定したいとは想いませんよ。当然、私自身のキャパを越えた教導は無理ですが――――――」
刹那が下地を均してくれていたことで、ウェイバーの仕事は、かなり楽になった面がある。一度は頭を痛めた弟子による魔術理論の布衍だが(本人曰く『先生の覇業を伝導しているんです』)、ここまで『ウィズダム』が置き去りにされて、『インテリジェンス』だけで術行使を行うなど、意味が不明なのだった。
「自分の為したいこと、成し遂げねばならないことが行き詰まった人間に手助けをするのは、先達の誰もが持たなければならない使命のはず。そこに強制はあってはならないと思いますが」
「最優秀の生徒ばかりを集めたとはいえ、性格も方向性も全て違う人間たちにA+だけを取れなんてのは、無茶苦茶な話です。
――――――何のために『才能』とやらの恣意的な判定で入れる科、『指導を受けられる』ヒトを区分けしていたんですか? アナタ方が認定した優秀な人間ならば全てを達者にこなせると? 優秀な人間は全て同じような能力値を誇っていると、全員が同じだとでも思っておられるんですか?」
ウェイバーの後を次いだライネスの皮肉を込めた言葉に、去年以前から百舌谷以外の『1科』側の指導教官だった人間が呻かざるを得ない。
「しかし、私達は国立魔法大学への入学者を、九校合わせて1000名は毎年送り込まねばならないんです。その為にも……指導が厳しくなるのは……」
「国にせっつかれて無茶をすれば、最終的には、生徒が持つ魔法能力の喪失にもつながる。別に『今』が成績優秀だからと、最後にどうなっているかは分からない―――そもそも、その考え方が好かないんですよ。近田教諭」
言われた近田藤野は、ライネスの言葉に虚を突かれた気分になる。
「使命感を持つのは結構な話です。それは尊いものでしょう。ですが、あなた方と生徒は果たして同じものを共有出来ているのでしょうか? 同じものを見れていますか?」
「それは……」
「言葉だけならば、最優秀の生徒としての自覚を持てとも言えましょう。しかし、それはどうやっても強制出来ませえん。何故ならば、教師と生徒は『違う人間』なのですから―――その『心』まで操る
沈黙。流石にそれは、教師としてあり得ない。先達として考えてはいけないことであった。ロード・エルメロイII世の『解体』が、ここぞとばかりに魔法科高校の教師を追い詰める。
「ですが、ある意味ではあなた方が羨ましいですね。明確な目標があるというのは、そこに邁進していけるのですから」
「ウェイバー先生は違う、と?」
「私はいつでも悩んでいますよ。自分自身も、生徒への教導も、ね」
苦笑するように、22世紀にいたろうとする時代のテクノロジーの産物『無煙タバコ』、嫌煙権と愛煙家の狭間で作られたものを口に加えた。
それを魔術的に改良した・改良させたものを吸いながら、真夜の質問に答える。
「他の方々がどう考えているかは存じませんが、私は生徒が『達者にこなせる』ことを積極的に推し進めようとは思えません。まぁ本人が『それでいい』『これでいい』というならば、それで構いませんが……達者にこなせることが、『自分のやりたいこと』と乖離しているならば、そこで私は生徒に対する助言を戸惑う。それは自分を無くすということですから」
ウェイバーの言葉はどうしても、ここの人間たちには響いてしまう。
それは実感を籠もっているからだ。
どうしても懊悩が込められているからだ。
一度は……考えたことだったからだ。
「達者に出来ることを生業に出来れば、それは当然
『………』
覚えがあるのか、中年の教師の中には少しだけ苦衷を覚えた表情をしているのもいる。
「私は確かに多くの生徒達を教導してきました。『その本』が示す人物たちは、私の拙い指導を受けて―――そして『自分の家』の魔道を受け継いできた人間たちだ」
その本というのは、昨年度に遠坂刹那が魔法科高校に投げつけた爆弾であり、先達たちの歴史。
昨今では『エルメロイの書』などと俗っぽく言われる魔導書である。机の上に置いてあるそれの重さが増したように感じた。
「しかし、その裏でそれを嫌ったものたちもいた。
自分にとって『達者に出来る』ことを推し進めることが、自分を無くすことだと分かって、自分の
ウェイバーの言葉は、遠くて、そして想像するには情報量が少なすぎたが、それでも、『作られた人間』として、その手のことを言われてきた家系もあるだけに、少しの想像も出来た。
そしてダ・ヴィンチとロマンは―――。
『マ、マシュ……』
などと、そういうヒトが身近にいた人間は、涙を、嗚咽を零せないでいた。
「そして何より達者に出来ないことだからと、諦めずに没入すれば、深く重い、狂おしいほどの懊悩の果てに『境地』『悟り』に達することも出来るかもしれない。
―――そうであると『僕』は信じたいんです。早咲きで早々に散っていく才能よりも、遅咲きでも、長く努力したがゆえに気付ける境地にも、価値があるのだと、ね」
生徒の未来を考えるならば、適正にあったことを学ばせる、それで将来を食わせていく道筋が『正道』だ。
だが、それを生徒が望むかどうかはまた別の話なのだ。
―――才能。
それは成功を約束するギフトではあったのかもしれない。だが、それを求める人間だけではなかったはず。
たとえ他の人間に喉から手が出るほどに狂おしく求められるものであったとしても……当人の『心』を『生き方』を無視することは出来ない。
「才能の研磨だけに明け暮れて、生徒の心を蔑ろにすれば、たちまち違う分断が襲う。そして世の人々からはこう言われるでしょうな。
『魔法大学付属は、魔法師という人間を育てているのではなく、魔法師という魔法の
「………私の不義を問うのは結構だがね。ならば、どうしようというのだ?」
「アナタが指導する生徒全てを私かライネス―――あるいはスカサハ殿に委ねる」
「それは―――アナタの言う生徒の自由意志を尊重した発言とは思えないな……」
「アナタのもとで能力喪失者が生まれるかもしれない事態を座視するぐらいならば、それぐらいの強権は発動させますよ」
ここまで百舌谷とウェイバーだけが舌戦を繰り広げていた。そして何より、その強権―――百舌谷を排除するということは……決して不可能な話では無かった。
ここも教育行政の庇護下にある『専門高校』の一つであることは間違いなく、私立高校のような『雇われ教員』とは違い、みなし公務員という立場なのだ。
当然、懲戒処分ということも可能なのだ。しかし、それは今まで行われることはそこまで無かった。
何故ならば、国の思惑としては、どれだけ人格や経歴・素行に問題がある―――そんな人物は当然、採用段階で弾くのだが、それでも魔法の実技指導を行える教官というのは貴重なのだ。
ある程度は、その指導方針の違いに関しては見逃すという生臭さもあった。
当然、だからといって生徒に行き過ぎた指導を行った人間は懲罰の対象である。自校から排除を求めることも出来る。
どちらも退かない事態に、八百坂としては不味いと思っている。
どちらが悪いかといえば、当たり前のごとくカリキュラム上の安全装置を外し、術式の不安定な状態でも実技指導というか魔法実践をさせる、百舌谷の指導方法が悪い。
だが流石はA組というか、それとも何かの強迫観念からなのか、ここまでは一応、そういう不幸は起きていない。
とはいえ、六人もの生徒がサイオンオーバーによる酩酊状態になったことは間違いないのだ。
何故、こんなことをしたのか……それが八百坂には理解できていた。だからこそ、ソレは諌めなければならないことなのだが。
そんな風に青褪めていた場面に、一人の生徒……現在の争議の大元などと言いたくないのだが、どうしても言いたくなる男子が入ってきた。
彼の起こしたものが、年寄を焦らせた。それは別に年寄りを貶めようという考えではなく、ただ単に、今の世界で息苦しい想いをしている人間たちと共に歩きたかっただけなのだ。
だが、どうしてもそれを、数字持ちとして、階級社会の一員として生きてきた人間たちは受け入れづらいところもあったのだ。
「―――アナタは自分の生徒をなんだと思っているんだ?」
「ロード・エルメロイⅡ世―――あなたが求めている言葉が私には分かるよ。―――何より手間暇をかけた、貴重な自分の出世の道具だ。この言葉が聞きたかったんじゃないかな?」
その言葉に―――多くの教師たちの軽蔑した視線が届く。
だが、しかし数名は―――平素であった。その理由とは―――
「どうやらもはや止まらぬようだな。忖度するわけではないが、北山くんの親は有名企業の社長だ。そこのお嬢さんをこのような事態に陥らせた以上、本来ならば即刻、百舌谷くんを謹慎させるのが筋ではあるが――――」
刹那の後に入り込んできたヒゲの校長が、ここまでの会議を聞いていたような口ぶりで、裁定を下そうとする。
「しかし、エルメロイレッスンの端緒であるロード・トオサカの個人レッスンを去年許して、エルメロイ先生の方法論を『是』とした私が、百舌谷くんの教育手法を『否』とするわけにもいかないのが実状だ」
「出ている魔法過労者に関しては、どうします?」
「魔法教育に安全・安心などあり得ぬよ。細心の注意を払っても、そういうことはあり得る……そもそも、その細心の注意を払わなければならない人間たちを放り出していたのが、去年以前の現状だったのだからな」
ダ・ヴィンチの疑問の声に、そう答えた百山校長は、会議室内にいる数名を見てから宣言をする。
「そこで、だ。エルメロイ先生―――アナタには1週間ほどA組の生徒を指導してほしい」
「……自分がですか? ですが、私が抜ければ―――」
「義兄上が抜けた穴ぐらいは我々で何とかするさ。ただ、そろそろ義兄上にも他の霊基で顕現してもいいぐらいだな。具体的には、プリテンダーのクラスで『DJフロアのマスター・パリピ孔明』とかで」
「
何人かはその様子を想像して吹き出すのだった。
小悪魔ライネスの言葉は空手形ではない。そもそもロード・エルメロイII世は、度々巻き込まれるとんでも事件で教室にいない時が多い人物ではあったのだ。
「百山先生、私は――――」
「キミは暫く私と共に校長室のモニターで、エルメロイ先生の手腕を見学だ。いいな鳥彦くん」
「は、はい……」
自分の思惑を外された訳ではないが、それでも戸惑う百舌谷教官とは別に、ロード・エルメロイⅡ世ことウェイバー・ベルベットは、『才能のある奴なんてあまり見たくない』という想いに囚われていくのであった。
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そして翌日―――。
「軽いな」
自信満々で放ち、それでも通じなかった術を評された時に、どうしても悔しさが出たのだが……。
「だが、まだちょっと重い」
「―――」
顔を上げて聞かなければならない言葉が出てくる。
「魔術の世界で
そうだ。それを補うために、自分たちは―――苦しんでいる。
「しかし、だからといって一朝一夕で身につくわけではない。だが、重さに対抗するために作った己の武器なのだろう。磨いてきたのだろう。これで重いだけの鈍重な連中を倒すことを狙っていたのだろう」
自分を理解されたことに少しだけ森崎駿は喜色を出して、それでも……このヒトは―――。
「―――身軽さ・疾さが信条とみえる。ならば最後まで貫き通せ―――」
―――迷うな。
それは、生徒への教導や自分の進んだ道に迷うこと多けれど――――――それでも生徒が望んだ道・
偉大なる王の臣下になりたいと、並び立ちたいといつまでも願う男の、迷い無き助言であった。