魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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おおっ! 三田先生のFGOトレンドが一位入り。

おめでとうございまーす!! 俺も、俺もバサスロじゃないのが欲しいんだよぉおお!!(泣)


そろそろ久々の戦闘回に入るかと思いますが、もう少しお待ちください。


第26話『獣の影―――そして、迫る論争』

 立てこもった連中の要求を、どうしたものかと誰もが扉の前で思案する。

 

 

 強引な解決をすれば、それはそれで再びの諍いを生み出す。後顧の憂いを断つ意味でも、一度彼らの要求を呑むべきだという意見。

 

 喧々囂々の様ではないが意見の割れを見て―――。刹那は立ち上がった。

 

「みんなまどろっこしく考えすぎだ……」

 

「待て刹那」

 

 

 武力介入の意思を見せた『ガンダムエクシア』に『アトラスガンダム』が立ち塞がろうとしたが―――。

 

 それよりも早く進み出た刹那が扉の前で手から魔弾を放つ。サイオン(GN粒子)の昂ぶりを見た上での達也の警告が何一つ意味を為さなかった。

 

 

 そして魔弾も『意味』を為さなかった。魔力弾が扉に接触する前にバチバチと扉の前で稲光を上げる。同時に周囲が昼間以上の明かりに包まれた。

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

「……因果応報陣(カウンタマジック)か、面倒なものを」

 

 

 誰もが驚く中、予想していなかったわけではない刹那の呟きが雷光の音よりも響く。

 

 

「籠城なんてしてどうするのかしらね?」

 

「入れないならば強引な解決が無理。となれば、こちらは、会頭の案を選択するしかない。そういうことでしょう?」

 

 

 前半はリーナに応えて、後半は周囲に対してのもの。とりあえずとはいえ、随分と過激な手段を取る。

 

 というかCADも無しでよくやるものだ。その辺りが刹那と達也の差か。

 

 

「冗談では済まされないぞ。こんな魔法を使って! 迂闊に飛びこんだら被害が及んだんだぞ!!」

 

「あちらも本気ってことでしょ。『銃口』向けてでも変えたいものがあるならば、己の本気度を見せなければならない」

 

 

 少し焼けた左手を一振りして回復させた刹那はすぐさま、そのカウンタマジックなるものを解除しにかかる。

 

 渡辺委員長の言葉も、遠いことのようだ。

 

 

「offen―――これで問題なしです。しかし、後は物理的に破壊するか出てもらうかのどちらかです」

 

 

 指揮棒(タクト)を振る様に指を動かしていたが、最後に魔法陣を投射した刹那によって扉に手を掛けられる状態となった。

 

 だが扉は完全な電子的かつ物理的な施錠状態だ。無理やり蹴破ることも可能だろうが……。

 

 

「それで、この後はどうするんだ?」

 

 

 刹那に問いかけると意地の悪そうな顔をして『策』を授ける……無論、達也も考えてなかったわけではない。

 

 

「さぁ? ただこういう革命家崩れをどうにかするには、先ずは『呼びかける』ことじゃないか? 達也、『二・二六事件』って知ってるか?」

 

「原隊復帰を呼びかけろということか……分かった。それならば―――」

 

 

 そうして、中にいるだろう壬生紗耶香のナンバーを手に入れていた達也のコールの最中に会頭が聞いてきた。

 

 

「何故、扉の前にあんなものがあると分かっていた?」

 

「カン―――というわけではないですが、まぁ、『あちら側』が五月蠅いのでね。いい加減何かしてくると分かっていたんですよ」

 

「……ブランシュ日本支部を探った協会の魔法師数名が行方不明だ。手練れで軍事教練も受けていたんだが―――」

 

「殺されたと考えるのが自然、次善としては『改造』されて『操作』されているか、まぁどちらにせよロクなものではないでしょうね」

 

 

 会頭の言葉に遅かったか。という思いだ。ここ一週間ほどは『写本』の作成にかかりっきりで、どうにもそちらが手落ちになっていた。

 

 しかし、正しさが崩れる日は来た。ようやく奴らを血祭りに上げる日がやってきたのだ。あちらにとっての『怒りの日』(Dies irae)が迫る。

 

 

 ―――そして最初に怒ったのは、扉を開けさせた結果、自分以外を拘束したことで騙されたことを悟った壬生先輩だった。

 

 掴みかかられた達也。その手を拒もうとしたが、壬生先輩の動きは予測よりも速く容赦ないものに変わる。

 

 

((特殊拳法!?))

 

 

 達也と刹那の内心が重なる。喉元を狙った手刀を小刻みに動かし眼の側を過ぎる。通り過ぎた手刀を追って体ごと達也に仕掛ける様子。

 

 無論棒立ちではないが、廊下という狭い空間ゆえに達也も思い切った反撃が出来ない。

 

 肩口から入り込む衝撃を同じく肩で受け止めた上でそのまま回転するようにして回り込み、壬生先輩を後ろ手に拘束した。

 

 

「っ!!!」

 

「……女子に対するやり方でないことは分かりますけど、こっちも眼球を狙われたんです。これぐらいは勘弁してください」

 

 

 鋭く後ろの達也を睨みつける壬生紗耶香。流石にこの状態では手の骨を外すことでしか反撃できない。

 

 ……そこまでのことは出来ないようだ。少し安堵する。

 

 

「そして何よりそんな行動を取った壬生先輩の安全の為です」

 

「すまんな―――深雪、落ち着いてくれ」

 

 

 周囲の壁と窓に結露が出来上がる。どうやら刹那が火の術式か何かで留めてくれたようだ。

 

 

「……分かりました。次はありません」

 

 

 底冷えするような声で壬生先輩を威圧するは深雪。誰もが「こええ女」。と認識を改めた。

 

 そして十文字会頭の言葉でまぁ……体のいい言い訳が付け加えられた。別に問題はないはずという達也と違い……。

 

 

「昔のドラマにあったよなぁ……不良が放送室に立てこもった後に、要求を呑んだはずの教師側が呼んでいた警察に取っ捕まえられるってのが―――」

 

 

『金で八なドラマ』なんてレトロすぎるものを思い出していた刹那は、そうでもなかったようだ。

 

 

 そうして、結局……交渉のテーブルにに就くことを望んだ七草会長の取り成しで、この場は収まった。収まったのだが……。

 

 具体的な『条件交渉』は、翌日になりそうであり、一言だけ壬生先輩に言うことに……。

 

 

「あー壬生先輩、一ついいですか? 『これ』誰からもらったんですか?」

 

「……『知り合いの女の子』からよ。魔除けのおまじないがかかっているって言うから、放送室の扉が魔法で壊される時に弾いてくれるって」

 

 

 弾くどころか逆撃を食らわされたと言いそうになった渡辺委員長を制して……。少し陰鬱そうな壬生先輩に、もう一つ要求する。

 

 

「んじゃもらっていいですね?」

 

「ええ、どうぞ……君はこの学校をどうしたいの?」

 

「はい?」

 

 

 唐突な質問に刹那は問い返す。あまりにも突拍子も無い言い方だったことは彼女も自覚したのか言い直してくる。

 

 

「あなたの噂は私の耳にも届いている……『そんな方法』があるならば、何も一科二科なんて区別を付けなくても……」

 

 

 スペアだ。補欠だ。そんな風に言われて区別されている原因は、やはり魔法能力の伸び悩み。そこに帰結する。

 

 ならば、それがどうこう出来る方法ならば、何であろうと飛びつく。しかし、異常なまでの『強化』をすれば、『処分』もされる。

 

 そこに刹那の『手法』は画期的すぎた。画期的すぎて……これが新たな火種に繋がることは間違いなくて―――。

 

 

「『望む』ならば、二年生だろうが三年生だろうが、『二科』で伸び悩んでいる方全員にお教えしますよ」

 

 

 ぎょっ!! とするのは三巨頭と、ここにいる風紀委員……達也除きの全員が、顔を強張らせる。

 

 一年女子二人は何とも思っていない。寧ろ、喜んでいる。『あんな簡単なこと』で自身が高まると言うのならば、魔法師社会全体にプラスでしかないのだから。

 

 そう『素直』に考えられないのは、大半が『体制側』である証拠だ。

 

 

 面倒だなと刹那は考えつつも……最後に――――。

 

 

「ああ、けれど俺の時間も有限で、リーナといちゃつきたい時間もあるんで、出来るならばまとまって大勢で来てくださいよ。一人一人は面倒だし、その度に幹比古呼んでくるのもあれですし」

 

「すっかり助手扱いだな。まぁいいが」

 

 

 横から口を出した達也。不機嫌そうな顔は当然かと思い、言い訳をしながらおどけて問い返す。

 

 

「舎弟にしているわけじゃないっつーの、絡まないでくれよ。お前も噛みたいの?」

 

「ああ、幹比古に嫉妬するな。俺とレオとエリカと美月も混ぜろ」

 

 

 マジかよ。と思いつつも、達也としても色々と興味があるのだろう。CADに登録する魔法式の暗号化もあれこれ考えているのだろうか……。

 

 技術者肌の達也に、それはいい傾向だな。と思いながら――――。壬生先輩を達也と共に見返す。

 

 

「……考えておくわ。ありがとう」

 

「別に出来ることをやらないほど意地腐れじゃないんで、気にせずに」

 

 

 気の無い手振りで、壬生先輩を送り出すと全員の視線が集まり―――自然と『橙』の魔眼が発動しそうになるのを止める。

 

 

「この一週間、君は二科生の実習に度々紛れ込んで……そして、二科生たちの魔法力向上を手助けしてきた。それ自体は喜ばしいことよ。二科の皆が、伸びてきている……けれど、それがカリキュラム外の力によってというのは……」

 

「そのカリキュラムが役立たずだから毎年一学年ごとに10人ずつの退学者を出して、下手に魔法を使った連中が魔法力を失って野に降る。ちなみに言えば、これ自体は一科二科関係ない現象でしょ?」

 

 

 もっとも、一科が退学になるのはやはり『魔法能力』の喪失ゆえだ。二科はカリキュラムを上手くこなせない。つまり成績不振からの退学である。

 

 そんな風な裏事情を知っていただけに教職員たちに裏側も言うと誰もが反論出来ない事態。廿楽教官と栗井教官……ロマン先生だけは、こりゃ参った。一本取られたね。な苦笑をしていた。

 

 七草会長の言葉はまっとうな人間の意見としては正しい。正しいだけで『毒にも薬にもならない』お仕着せの理屈とくわえられるが。

 

 

「若さが求めるのは、純粋な『力』。持たざる者は持つ者を羨む。何故ならばそれが生物の本質だから、そして俺の理論は少なくとも紀元前、『魔法』を作り上げた『魔術王』にも通じるものですので……念仏以上に広まった理論ですよ」

 

「B.C.(ビフォアクライスト)? 誰の事?」

 

「すっごく偉い人。ちょー偉い人。まぁ……シャムシール・エ・ゾモロドネガル(エメラルドの剣)を携えし、偉大なりし王―――」

 

 

 という所で、どこからかやってきたのかロマン先生が、手を叩いて気付けをするようにしてきた。

 

 決して大きくないが絶妙のタイミングでの手叩きはまるで魔眼の手腕のようだ。

 

 

「はいはい。少なくとも心ある一年一人を吊し上げて、責め立てようなんて先輩の態度及び日ごろから偉ぶっている人間(一科生)たちの態度じゃないよ。特に七草。キミはひどすぎる。先程は壬生に対して、まるで御前交渉をするかのような態度でいながら、今度は人の真意を問い質すなんて、疑心持つ人間ゆえの生臭い行動だ。臓腑の生臭さがするよ」

 

「………。すみません……色々とありまして」

 

「うん。刹那のやり方は教職員でも是々非々で喧々囂々だ。そして師族の系譜だろう君の苦悩は分かる。だが今は『目の前の事』に集中したまえ。足元を掬われるのは、こういう時だ」

 

 

 ロマン先生の言葉に苦悩を滲ませる七草会長。しかし、結構言うものだと思える。ロマン先生は、魔法師としては若輩だが……中々に視点が面白い教官であり、刹那としては『似た匂い』がして少しうれしい。

 

 刹那の計画に乗ってくれるかな? ぐらいには期待したい。

 

 

「それじゃ、この場は解散。そして放送機器のチェックは僕らの仕事だ。君達は帰宅。個人的に集まりたいならば、まぁ勝手に。いいね?」

 

 

 そうして魔法科高校にしては教員らしい教員としての態度で解散を命じるロマン先生の口ぶりは有無を言わせないものだった。

 

 各々、めいめいの体で帰ろうとする面子。その流れから少し離れて帰ろうとした瞬間―――。

 

 

「刹那。その『呪いのトパーズ』。さっさと何とかしなよ。あんまり持っていてもいいものじゃないからね」

 

 

 壬生から譲られて、がめようとしたわけではないが、何となく見透かされた感がある言葉。その言葉に素直に従いつつも、やはり……試すことを考えるのだ。

 

 

 ―――とはいえ、その日は素直に帰宅。十文字会頭の報告内容から『時間』は無いということを緊急で『大統領補佐官』に伝える。バランス大佐もオンラインで同席しての報告。

 

 

『分かった。いざとなればキミの行動制限はすべて解除。同時にそちらの『協会』も押さえつけよう』

 

「出来ますか? 俺の印象ですが、こちらの魔法師達は政府上意の命令にすら『抗命権』を行使しかねませんよ」

 

『―――『獣』が暴れて、東京都(City Tokyo)が丸ごと『日本列島』から無くなるのを懸念するぐらいだったらば、どんな不利な条件も呑むさ。いざとなればベンも呼ぶ……ニューヨークでは、こちらの決断の遅さが仇となった。キミの忠告を素直に受けるべきだったよ。セツナ君』

 

 

 恐怖しているのだろう。俯くケイン・ロウズ大統領補佐官にとってニューヨークの決戦は、正しく……彼に一皮剥けさせる切欠であり、彼の原点で、政治的汚点だった。

 

 知らずに汗を掻いているロウズ補佐官の胸中を慮る。そしていざとなればのフリーハンドの手形も得た。今はそれでいいはずだ。

 

 

『すまんな。今、横須賀基地に急行させる手続きを取っている……間に合うかどうかは微妙だが、お前たちだけでも回収する』

 

「それは、あまり聞きたくない決意でしたね」

 

 

 リーナがバランスの言葉に厭な笑みを浮かべる。当然だ。『ここ』を見捨てるなどもはや出来そうにない。

 

 だから全力を尽くす。それだけだ。

 

 

『……私的なことを言うが、姪とも言えるアマリアちゃんも君達がいなくなることを願わない……生きていてくれ』

 

「ありがとうございます。ですが、負けるつもりはありませんし、死ぬつもりもありません―――勝利を祈っていてください」

 

 

 ロウズ補佐官の言葉に決意を述べて、その日は終わる。

 

 

 終わると言っても、まだ就寝出来ないのだが……。

 

 

「このまま『逃げ出せれば』いいんだけどな」

 

「……それがセツナに出来るならね。無理よ。アナタはもう、『立ち向かう』ことを決意している……」

 

 

 柔らかなソファーに身を預けながら、その柔らかさが今は泥のように心地悪く感じられる。

 

 そして隣に座ったリーナの言葉に、見透かされてしまっていることに嘆く。

 

 そう――――ここで逃げ出しても、『何も変わらない』。獣―――『ビースト』は、いずれ人類を『愛する』が故に、人類を『滅ぼそうとする』。

 

 

『人類悪』の本質は、『人類愛』……ニューヨークに現れた『ビースト』は、『人間主義者』たちの願いがゆえに出現した存在だった。

 

 彼らは魔法師たちこそが人類史を穢す存在であると信じた集団だった。その願いに呼応したがゆえに、『ビースト』はまず、自らの信奉者たちを『変成』させた。

 

 

 魔法師がいない世界を『創世』するために、魔法師になる可能性がある人類全てを『抹殺』するというその巨大な『願望』ゆえだったと今は推測。

 

 

 本来ならば『手勢』など必要としない『ビースト』がやったことでニューヨークは、再びのグラウンドゼロ……になりそうだったのだ。

 

 

「あの時は、本当に心配したわ。いくらアナタのお父さんとお母さんの『刻印』が、精一杯生かそうとしていても、死の淵を彷徨っていたんだから」

 

「ああ、本当に―――君の声がなきゃ親父とお袋に会いに行っていたかも……」

 

 

 食い止めたのは、刹那の秘奥ゆえだ。(とど)まれたのはリーナの言葉ゆえだ。そして……失われしオニキスの意識。

 

 あと、何度『失えば』、俺の人生は終わるのだ。もしも今度は―――リーナが、失われたら……。今度は俺がその『地位』を襲名するのか……。

 

 

「……今ならば逃げられる。俺ならば君を連れて『第二』で、違う世界に行ける。この世界の人理なんて知った話じゃない。俺には君さえいれば、リーナさえいればいいんだ……」

 

 

 真剣に、本当に考えた結論。何度も考えた。全能の力を持つがゆえの『逃亡』。超人として戦うか、逃げ続けるか―――。そんな事ばかり考える。

 

 考えて実行に移すかどうかを考える。考えた段で―――決断できない。リーナの顔を見て言う。不安で揺れるこちらにリーナは真剣な眼を見せる。

 

 

「嬉しいわ。セツナ―――本当に本心で言ってくれている。分かるわ。今……私ならば決断できること―――けれど無理よ。繰り返すけど、もうセツナは立ち向かうことを決めているわ。ワタシの決断云々じゃないわよ」

 

「………」

 

「ワタシがアナタだけを選ぶ可能性は九割よ。もうママとパパには悪いけれども、未来の孫の為にリーナは駆け落ちしますぐらいは言える……残りの一割は、アナタの罪を考えてしまうのよ。もう答えなんて決まってるのよセツナ」

 

 

 ああ、そうだった。そうでしかなかったのだ。ならば全力を尽くすしかない。

 

 

 あれは確かにこの世界に生まれたものかもしれないが、その発端はもしかしたらば自分の世界の『ロクデナシ』どもかもしれないのだ。

 

 ならば、そこから逃げられないし、何より『見捨てるには多すぎて、大きすぎる』ものばかりだ。

 

 

「どこまでも身軽にはなれないんだなぁ。オレは―――」

 

「なりたいわけじゃないでしょ? なったらなったでセツナは『破滅』に向かうわよ?」

 

「……そうかも、否定できないのが嫌だ」

 

 

 ごろん、とでも擬音が着きそうな勢いでこっちに体重を預けてきたリーナを受け止めて、その髪に指を這わせる。

 

 この『重さ』が自分をちゃんとさせてくれる。背負わなければ、どこまでも流れる。その果てに行くには早すぎる。

 

 

(そうだよな)

 

 

 物言わぬ魔術礼装。それが『普通』だった。しかし、言ったのだ。礼装は―――オニキスは―――。

 

 

『必ず戻ってくる』

 

 

 と、その言葉を忘れない。忘れずに止まり、目の前に見えるものから逃げないで向かっていくしかないのだ。

 

 

「うしっ! んじゃ明日から戦闘準備だな。それと七草会長に、発言の機会を貰うか」

 

「まさか……交渉の討論会で『決める』の!?」

 

「ああ、恐らくその日に奴らも動く。ならば、その日に全てを決するさ」

 

 

『そちら』と『こちら』を分けてやると思っていたリーナは、驚いて振り向き、こちらの胸板に豊かなバストを圧しつけながら聞いてきた。

 

 その感触にまずまず満足しながらも、決めたならば、最後までやって見せる。そう言う決意である。

 

 

「最初っからそうするべきだったんだよ。獣だかアウトサイダーが、二科や技量の低い魔法師達の心の隙間に入り込むならば―――」

 

 

 その目論みを全て水泡に帰すべく痛恨の一撃を与えるべきだったのだ。

 

 

「奴らを弱体化させるためには、『そこ』だったんだ。魔除けの鈴を鳴らすべきは……眼を覚まさせるためには―――」

 

 

 そこを叩く。こちらの答えに驚き、考え込み、ため息、次いで微笑。そして笑顔。

 

 

「まったく―――なんだかセツナはワタシを時々、非常識(クレイジー)だの何だのって言うけど―――アナタの方が非常識じゃないかしら?」

 

「俺のは非常識じゃない。全員が当たり前だと思っている『常識』を『未来の常識』として教えているだけだよ」

 

 

 むしろ、魔術師的な感覚では『過去の常識』かもしれないが―――まぁとにかく―――。決めたのだ。

 

 そんな風に決意していたというのに、この本質的ポンコツ娘と来たらば……。

 

 

「それって屁理屈って言うんじゃないのかしら!」

 

「ちょっ! お前どこ触ってるんだよ!? さっきまでのシリアスぶち壊しにするようなことは止めてくれない!!」

 

「万が一の時の為に『残しておかない』といけないでしょ? 大丈夫。シングルマザーでも立派に育ててみせるから♪」

 

「フキツ!!」

 

 

 決して『不潔』(フケツ)の言い間違いではないリーナの攻撃を何とか躱してから、今日は大人しく就寝することを説得する。

 

 懇々と沢庵和尚か一休宗純の如き説得交渉の結果であった。

 

 

 ともあれ翌日から行動開始―――。まずは明日の討論会にての自分の発言を取り付けることに成功。

 

 

「何をする気なの?」

 

 

 緊張した面持ちの七草真由美の顔と泰然としているようで緊張している十文字克人。そして、少し事情に疎い渡辺委員長を相手に宣言。

 

 

「問題の解決。そして抜本的治療の開始。『ジジイ』辺りから、もうそちらに通達があったんじゃないですかね?」

 

『『!!!!』』

 

 

 その場には、達也と深雪はいなかったが、いたらいたで問い詰められていたのではないかと思う。交渉と言う名の『恫喝』であった。

 

 もはや形振り構っていられなかったので、十師族にとって一番の発言権ありそうな『老師』を動かした。

 

 

 師族の息子、娘の硬直した顔を後にして、校外へと出る。

 

 

 あちらに挑むのは、最終段階。まぁ予想通りならば、虎穴に入らざるを得ない。まず間違いなく。

 

 だが、あちらがこちらに挑むと言うのならば、問題は別だ。即座に『第一高校』を『魔術師』遠坂刹那の『魔城』へと変えていく。

 

 霊脈なんてない。土地のマナなんてせいぜい植樹された木々や植物程度―――それでも―――通り道(パス)を作るべく『屋上』から『天壌』を見つめて、『小天体』(アニムスフィア)を作り上げる。

 

 

「これでいいと思いたいんだが―――」

 

「校庭にルーンでも『びっしり』書いておく?」

 

「ああ、そいつはいいな。けれど目立ち過ぎる。そして影響も残り過ぎるだろうな」

 

 

 魔術師の『助手』として動くリーナに、いい提案だが、あと一日欲しかった工程である……校庭だけに。内心でのみ寒くなりながら、眼を輝かせて『入城』をするのは明日だろうと見る。

 

 

(あちらの準備が整うと同時に、だな)

 

 

 屋上での準備を終えて出ようとした時に、入ってくる人一人……司甲であった。

 

 

「やぁ」

 

「どうも。何か御用で?」

 

「いや、礼を言いたくてね……」

 

「礼?」

 

 

 落下防止の柵。こちらの方までやってきた司先輩は言う。言うが……こちらとしては歓迎できない。

 

 雫たち三人が殺されかけたのは、ある意味、この人の所為なのだから―――。

 

 

「光井くん……だったかな? 北山と言う子も含めて―――死なせずに済んだのだからね」

 

「示し合わせたわけではない? そう言いたいんですか?」

 

「信じてはくれないだろうけどね。一年程度の魔法力ならば、俺でも何とかなると、追跡を撒けると思っていたんだが…無残なものだ」

 

 

 魔法の力量は才能の差。そのことを改めて実感しているんだろう。寂しげな瞳は、向こうの校外にある『廃工場』を見つめていた。話は未来の事に変わる。

 

 

「七草は上手くやるだろうな。上手くやって、そして誰も救われない『改革』が成るだけ、毒にも薬にもならない―――『二科の優等生』だけを入れた学内改革を『上手くやった結果』として喧伝するだろうさ」

 

「毒吐きますね」

 

「密告するかい?」

 

 

 そんな独裁政治ならば、改革にも何の意味があろうか。まぁ服部先輩ならばやりかねないかな? などと思いながら司先輩と同じく『劇薬』の投入を渋る会長の判断を非としておく。

 

 

「明日は―――オレの『卒業式』だ。一度でいいから『本気』で戦いたかった相手がいる」

 

「……俺の『計画』には、アンタも必要だった。三年の二科でも信頼されているアンタが纏めてくれるならば―――」

 

 

 もっと出来たはずなのに、結果がどうあれ『破滅』を覚悟しての言葉にもはや何も言えなくなる。

 

 

「そうだね。君の画期的な理論。又聞きだが、もっと推し進めるものもあったんだろうな。けれど……そこにオレはいない」

 

「………」

 

「礼を言いたかった。それだけなんだ。ありがとう遠坂君。本当の眼で―――『俺たち』(ウィード)を見てくれて、それでもキミの眩いばかりの『虹色の光』は、オレのような『日陰』にいるものには眩し過ぎるんだ……他の皆を頼むよ」

 

 

 途中でメガネを取り、懐に収めた司先輩……。その決意。そして本気で戦いたい相手。それが分かる。布に隠された『杖』に込められる『情』を……受け止めきれるかどうかである。

 

 

「なんでみんな俺なんかに『託す』んだろうな」

 

「託されたならば、放り出さない―――そう分かるんだよ」

 

「俺は、『託してきた人』たちを救いたかったのにな……」

 

 

 だが、男の決意に水は差せない。そして嫌でも明日は来るのだった……。闇に蠢くものたちとの、決戦の時だった……。

 

 

 


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