魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

39 / 420
第27話『Rising hope (前)』

 達也はその日の夜に、向かうべき場所へと向かうことにした。

 

 

 明日は、全てが変わる日だ。有志同盟……差別を撤廃しようと言う連中のことなど、もろもろを知るべく動き出す。

 

 

 誰が敵で、誰が下手人であるかなど分かっていた。だが、肝心の目的が見えなくなっていた。不自然な限りであるが、ここまで来ると、達也としても思考の限界。

 

 答えを知るものに直接問いただす。それしかなかった。

 

 

 自動二輪車……俗にバイクと呼ばれるもので、向かうは自分の体術の修行先。そして生臭坊主にしてこの界隈では一番の事情通。

 

 どこで情報を拾っているのか、正直分からぬ。大天狗である……。

 

 

 サイドカーに乗っていた深雪、最初は後部にしがみつくことを望んでいたのに対して、ノーを突きつけた結果であるが、不機嫌マックスなのは仕方ない事かと思う。

 

 寺は俗世との境界。即ち結界が張られており、特に女人は山門に至る階段を上っただけで石化するなどという験力があるなどとも言われる。

 

 

 無論、今の世にそんなものは無く、深雪もここには何度も訪れている。そして、月明かりのみが照らす山寺に入り込むと、人の気配は無かった。

 

 否、違った。坊主にして忍はそこにいた。回り込んだ場所。丸めた頭と左目に走る傷跡に眼を惹かれる男が作務衣で寺の縁側にいたのだ。

 

 

「そろそろ来る頃だと思っていたよ。達也君、深雪君も―――こんばんわ」

 

「夜分遅くに失礼します。実は早急に調べてほしいことが師匠にありまして」

 

「ああ、多分。君の疑問には殆ど応えられるはずだ。とりあえず座りたまえ」

 

 

 坊主にして忍。九重八雲の様子は普通だ。しかし今から話すことは全て、普通ではないことだ。それを予期していたようだ。

 

 

「さて、まずは何から知りたい? ブランシュ、エガリテ、司甲…司一……異なる『セカイ』となりつつある廃工場。そして―――正体不明の『古式魔法師』(メイガス)『偽っているもの』(フェイカー)……『ナナヤ』……」

 

 

 挙げられた中に当てはまるもの、聞き覚えの無い名前。そして聞いたが、分からなかった単語。全てが織り交ぜられていたが、まずは前者の方からだ。

 

 それが一番の『脅威』。そう達也は信じている。

 

 

「ブランシュ、エガリテのことなど今さらだから君達には説明しないよ。大小の差異あれども『反魔法師団体』という括りさえあれば、問題ないからね」

 

「ええ、司一というのは司先輩の……」

 

「義理の兄だ。そして彼がブランシュ日本支部のリーダー『だった』人間だ」

 

「だった?」

 

 

 過去形である。その言葉に疑問符を持つも、師である八雲は当然の如く話す。

 

 

「最近の彼らの活動が学生だけに『まかせっきり』になったのはね。あの団体にはもはや『生きている人間』はいないからだよ」

 

「……深雪が、同級生を追って路地裏に入った時、同行していた『同級生』は、死体が動いていると言っていましたが」

 

「そう。『彼』の言動は正しい。分かりやすい表現をすれば、本当にあれは死体が動いていたんだ。犠牲者は『扶桑雪雄』に『扶桑雪緒』……兄妹で反魔法師団体に所属していたんだけどね。まぁあんな様に成り果てた。他ならぬ異端の魔法師によってね」

 

 

 その言葉で、一人の人間の顔を思い浮かべるが、しかし違うと断定する。そんな狂言をする必要はない。

 

 

「いい読みをしているね達也君。けれどすぐに意味の無い考えだと気付く辺りは流石だ」

 

「師匠……」

 

「いや、ごめんごめん。ともかく『ブランシュ』の目的は未だに『変わっていない』が少し『変わっている』と思ってもいい」

 

「どっちなんですか?」

 

 

 深雪の少し不満げな言葉に、手を上げて謝罪する八雲。しかし眼は真剣なままだ。

 

 

「ブランシュは明日、魔法科高校の重要な情報……そう、魔法に関する機密をスポンサー、新ソ連や大亜の連中に渡すべく一高に『物理的な襲撃』を企てていた。しかし先に述べた通り、本来の団体の趣旨を逸脱している行動では、その目的は水泡に帰している……だが、入り込んだ異端の魔法師にとっても狙いは、『一高』だ。しかし、その狙いはそういう世俗的な価値あるものではなく……死体にするだけの『材料』が欲しいだけだ」

 

 

 その言葉で、視えぬ敵の『目的』を察する。つまり、敵の目的は生命体として『高次』にいる『魔法師』を人形とすること。

 

 そして不味いことに明日は土曜日でありながら、件の討論会のことで大勢の生徒達がやってくると予想されている。その他に部活動の生徒達も……。

 

 

「中止を進言しては―――」

 

「無理だろう。どこからの情報かも言えぬような不確定事項では、中止の理由には出来ないし、エガリテが調子づく……人命を重視すれば、そんなことはちっともマイナスではないが」

 

 

 深雪の言葉に否定をする。

 

 テロリストに譲歩したという汚点が残ることは、あまりいい歴史ではない。そして七草会長はそれを許さないだろう。

 

 頭が痛い。そのユキオ兄妹のように魔法の効かない人造成体が相手となると、とことん相性が悪い。そして条件が悪かったとはいえ深雪の魔法が『素』で効かなかったと言う時点で、敵の戦力評価が跳ね上がる。

 

 

「それだけじゃないけどね。いつぞや起きた動物園の猛獣襲撃事件。あれも実は、この異端魔法師の仕業なんだよ……敵は、大昔……今でもファンタジー・フィクションで出てくるような『キメラ』(合成獣)だと考えておくといい」

 

 

 自分達の『理外』の敵がやってくる。それだけでも脅威だというのに、それ以上にそんなことを知っている『九重八雲』に達也は、疑念を覚える。

 

 疑念の眼を理解した八雲は、降参するように肩を竦めて白状する。

 

 

「まっ、実を言うとね。知ってはいたんだ。彼―――『遠坂刹那』が、『ここ』に来ることは」

 

「知っていた?」「ここ?」

 

「そこは今は『秘密』としておこう。ただ一言警告しておくよ。彼は君達よりも洗練された存在だ。それこそ『今の時代』と比較したとしたら彼の術は『神代』の頃に届くものだよ。無論、速さや構築速度なども大きな要素だが、魔法そのものを無効化する『幻想』の前では―――、相手の身に触れること叶わぬ刃を振るっても無意味なんだ」

 

 

 事態の核心を知っていると言うのに、そこは本人に聞けと言ってくる八雲。しかし告げられた言葉は、何となく分かることだ。

 

 結局、達也得意の『分解』も『術式解体』も然程の効果が無かったのだから、クリーンヒットと言えるものがむしろ『サイオン弾』の連射というのが、底の深さを知らせる。

 

 

「最後にナナヤ―――七つの夜と書いて『七夜』だが、達也君、深雪君―――君達は妖怪、妖魔……『鬼』、『魔』というのをどう考えている?」

 

 

 そう言われても返答に困るのが司波兄妹だ。自分達にとって『魔法』というのは、法則をきっちり分かりそれに準じたものを用立てれば『実現』する『技術』だ。

 

 それと同じように……妖怪だか妖魔だか……未だ、人類が『未開』であった頃には、何人かの人間はそうした『超常能力』を『実現』していたのではないかと思う。

 

 それが現代魔法における解釈でもある。当然、これは『当時の人達』から聞いたものではなく、古式魔法でも曖昧な口伝や言い伝えを紐解いた上でのものでしかないのだが……。

 

 

「―――『魔』というものがある。自然の法則にありながら必要とされず、総じて正統な流れにあるものには邪に映るもの。自然の一部でありながらその有様を変質させるもの―――生粋の『魔』というのは鬼であって……まぁその辺りはいいか。ともかく、人の世には絶えず『魔』が存在していた。時に蛮夷、外敵の侵略を防ぐために国の権力者・呪術師すらも『魔』と通じていた時代があったんだ」

 

「つまり……そういった人外の存在がいたんですか? この地球上に?」

 

「そうだね。君達からすれば眉唾だろう。だがね達也君。如何に遺伝子を弄り、様々な試験管ベビーを作り出して『魔法師』としてきたこの世界でも未だに『類人猿』が『霊長類』になれたプロセスを『本当の意味』で誰も証明出来ていない。それを考えれば、人間だけがこの世界で『繁栄』していたと考えるのは拙速だよ」

 

「……珍しいですね。師匠がそんなことを言うなんて」

 

「そうかい? まぁ『七夜』というのは僕の『九重流』の源にもなる一族だったからね。少し口が弾んでいるのかもしれない。単純に言えば七夜は、そういった『魔』を退ける『退魔』の一族だった。それだけの話だ」

 

 

 分かるようで分からない話。もしかしたらば刹那ならばもう少し掻い摘んで説明してくれるかもしれないが、ともあれ八雲の話によれば、この日本においては、平安時代から室町幕府の頃まで魔は人々に認知されていた存在で、それを利用して戦の傭兵、人減らし、姥捨てにも利用する有様。しかし、魔は人の世に仇名すこともあるので、必然的に退魔を行う人間が出てきたと……俄かには信じがたい話だ。

 

 

「俺の忍術にも、その要素が含まれていると?」

 

「遠坂君が、君の体術を見て、そう感じたのならばそうなのだろう。僕も七夜の技を見たことは無いからね……ただ伝え聞くところによると……」

 

 

 その技―――面影糸を巣と張る蜘蛛。そう称され壁や天井すらも生身で歩行する三次元的移動と超速を可能としたもの……。

 

 今の九重流と何が違うのかは分からないが、とりあえず……刹那に聞いてみることが増え。再現できるならば、もしくは何かしらで見せてくれるならば師匠も喜ぶかもしれない。

 

 

「まぁ今は、一高を襲う連中に集中すべきだね。彼が『噂』通りならば色々と対策はとってあるだろうし」

 

 

 肩ひじ張らず『専門家』に頼れ。そういう結論で今日の会合は終わる。

 

 ただ司波兄妹としてはすっきりしない解答であった。そして事態の核心を一番、分かっている男は今日一日捕まらなかった。

 

 

 目撃情報だけならば、あちこちにリーナを連れ出して何かを一緒にやっていたようだ。その何かは……明日への準備だ。

 

 

「どうなるんでしょうね明日は?」

 

「何にせよ。敵がやってくることだけは確実だ。一般人だからと武器を持っていても自衛権が発動されないわけじゃない」

 

 

 生存は全ての生命の基本理念だ。だからこそ、そこだけは違えない。しかし八雲の話が本当ならば……もう少し武装は大目にしておくべきだろうか。

 

 流石に、長距離射程用が必要なわけではないが……まぁ『アレ』を使わなくてもいい事態であってほしい。

 

 

☆ ☆ ☆

 

 

 

 そして一夜を明けて討論会の日となった。渡辺委員長及び風紀委員は既に配置に就いている。外部にいるのは主に沢木、辰巳の率いる2チーム。

 

 件の司先輩は、普通に討論会の三年生席に座っていた。メガネを無くした素顔は印象だけならば、猛禽類にも見える。

 

 壬生先輩も二年生の席……同盟側に座っていた。どうやら普通に討論する様子ではある。此度の風紀委員のシフトに刹那は入っていない。

 

 特別傍聴席とも題されるUSNA代表席とやらに、リーナと隣り合って座っていた……。

 

 

「やはりあのエレメントセオリーの原則に従った授業を教職員に提案するのか?」

 

「ですが、あれに該当しない術式も多少は見られますよ。無論、魔法力の向上だけでもお釣りが来るような気がしますが」

 

 

 そうなのだ。生徒会役員として風紀委員として立っている達也の隣に座る深雪にも分かっている。

 

 属性と特性に従った術式の延伸―――、容易いことにも思えるが、やはり四系統八種の魔法が出来上がって半世紀は経っている。

 

 それは同時にエレメント……元素属性などのようなものを利用した研究が捨てられて半世紀は経っている証明だ。

 

 

 時代の逆行を許さず未来へと向かう魔法の力を前に、過去へと向かうものが……その『理解者』が殆どいないのでは―――。

 

 その時、達也に一つの『閃き』が天啓のように降り注いだ。あの時、壬生との会話を終えてやってきた刹那は『何と』言っていた。

 

 

「まさか―――あいつのやろうとしていることとは……」

 

「お兄様?」

 

 

 そうしていると、討論会が始まる。もはや止めることなど出来ないだろう。

 

 そして刹那のやろうとしていることは『破壊』(デストラクト)だ。壊すことで、『再誕』(リバース)を願う。

 そういうことだ。止めるべきなのだろう。本当ならば、深雪の栄達を願うならば、そのようなことは……だがその結末をどうしても見たくなる。

 

 

(未来を切り拓くか、刹那―――)

 

 

 討論会のペースは終始、七草会長が握っていた。そもそも差別撤廃同盟の名目や目的……とりあえずこの『リア充ラブ空間の縮小』というのは、存外悪くない提案かもしれないが、ここは主題にならなかった。

 

 もしも、今後の『九校戦』でカップルが出来た場合、そんな藁にもすがる希望まで摘み取った上での、『未来に対する期待』(I WILL)を消し去る様な事は、同意を得られなかった……はず。分からないが―――。

 

 

 ともあれ……結局の所、具体的な提案が無いまま、同盟の崩れた姿ばかりが目立ち、最後には……二科生を生徒会に入れるという公約を発表した七草会長。

 

 この間、刹那は何も喋っていない。それどころか―――笑っていた。その笑みは……実に、いやな笑みだった。

 

 刹那を知らないでいたのかもしれない。この後の刹那の発言は―――全てをひっくり返したのだから……。恐ろしいまでの議会戦術であった。

 

 

 だから―――達也は、森崎ぶち切れ以来視ること久しかった刹那の怒りを目の当たりにした。

 

 

『では、USNAからやってきたお二人に、何か伺いましょうか? 遠坂君、いいですか?』

 

「発言の機会をいただきありがとうございます。七草会長――――」

 

『今までの討論を見てきて、あなたはどう思いました? 何か改善点や感想、気付いた点があれば、お願いします』

 

 

 もはや勝利を確信している七草会長の慢心ゆえの発言。本当ならば、もう刹那に言わせなくても良かったはずだ。あの時の約束を反故にしてでも……。

 

 例え、後に聞くことになる老師とも呼ばれる九島烈の言葉が無くても……。そして刹那は椅子から立ち上がり言い放った。

 

 

「実に最低の討論(ディスカッション)だったよ。この国の『民主主義』は今、この場で死んだぞ!!!」

 

 

 強く大きく響く言葉、それでもハウリングなど出ないのは、良かった。そして言われた言葉に誰もが沈黙。そして、唖然とした連中が話し出す前に、後にエルメロイ教室の『末弟』と知ることになる男の舌鋒が鋭くなっていくのだった。

 

 

 † † †

 

 

 聞いていてムカムカする話ばかりだった。これならばいっそ、血統主義だけを貫くバルトメロイ(貴族主義)のような態度だけならば良かったと言うのに、聞こえてくる七草会長の言葉がセツナの心を逆撫でする。

 

 

「ムカつくわね。つまりは『参政権だけやるから黙ってろ』って話じゃない。為政者の慈悲だけに頼った政治なんて民主主義の趣旨に則らない堕落よ」

 

「全くだよ。今から怒ると思う。大丈夫?」

 

 

 同じ意見だったリーナに確認を取る。ため息一つ突いてから答える。

 

 

構わないわ(ノープロブレム)。セツナの思う通りにやっていいわよ」

 

「悪い」

 

 

 立場を悪くするかもしれないリーナは、それでもいいと言ってくれた。ならば、徹底的にやってやる。

 

 故郷の寺の住職や、その住職と知り合いだった母の魂が自分を鼓動させるはずだ。そして『真理』から眼を離さなかった、魔術師としては落第だとしても『人間』として眼を背けなかったロード・エルメロイⅡ世という師の言葉が蘇る。

 

 

 そして―――『あの言葉』が出たのだった。

 

 

『七草会長。ご立派過ぎるご意見ですがね。そんなもん何の役に立ちましょうかね? そもそもの問題の根本を間違えている』

 

『間違えている……何を間違えているというのかしら遠坂君?』

 

『先ず第一に、あなたはカリキュラムが同一だと言った。進捗速度に違いはあるが……そう言ったな? ならば聞くが、結局の所『進捗』が遅れている側は、果たして期日―――『期末』までに一科の側のカリキュラム内容を全てこなせるんでしょうかね?』

 

『……無論、そのようになってはいます。テスト範囲は同一だと思っています。でなければ、テストの意味は無いはずです』

 

 

 その言葉に、刹那は舌鋒を他に向けた。

 

 

『二年、三年の……特に二科生の人達に聞きます。この中に、魔法実技において要求された『範囲以上』が出て、更に言えばそれを期日までにこなせずに『落第』してしまった人間を知っていますか?』

 

 

 向けれらた方は少しのだんまりを決めてから、誰かが声を上げた。

 

 

「いるよ……一科は確かに実技指導の教官がいるから、授業の際にあれこれアドバイス聞けるけど、俺たちはカリキュラムとオンライン講義と一定のQ&Aしか利用できないんだ……それで焦った同級生が何が原因かも分からずに無茶して―――魔法能力を喪失して!!!」

 

「アタシのお兄ちゃん……ここの生徒だったけど、結局、期日―――期末までに定められたものをこなせなくて、それで落第しちゃって…嘘だと思っていた。こんなに生徒の教導に差があるなんて、お兄ちゃんはそれを外部の誰にも分かってもらえなくて、悔しかったって泣いていた……」

 

 

 そんな言葉を皮切りに様々な声が上がる。その大半は怒りだ。確かに現実に対しての認識が甘かったと言えばそこまでだ。

 

 しかし、理解されない不満はどこにでもあった。それが表ざたになっていなかっただけだ。

 

 達也辺りならばそんなのは『魔法教育に差があるのは当然』『国策として正解で間違いだからだ』とか、非常にドライな事を言うかもしれない。

 

 現実を知っているから、情ではどうにもならないから―――それで終わらせるにはちと無理がある。『為政者』ならば『理解されないもの』に対して眼を向けるべきなのだ。

 

 

『静粛に、落ち着いてください。確かに一般科目でもテスト範囲を間違えて出題されることはあります。それと同じく、我々の方でもそのような事が無いようにしていきますから』

 

『しかし、先程仰った三年生の御堂先輩の言うように、事故で魔法能力を失う生徒は毎年一割から二割出ているそうで、これを『事故』と称して『自己管理』が出来ていないというのは、無理がありますね。まぁ普段は大学に勤めている先生方にそこまで求めるのは、酷かもしれませんが』

 

 

 ざわつきと怒りが増えていく。先程までは七草真由美支持で固まっていた連中も少し目の色を変えていく。

 

 

『けれどね。問題の根幹はそこなんですよ。一科が持っている『区別』意識―――専門的な言葉で言えば『エスノセントリズム』(自民族優越主義)とも言えるものが醸成されてきたのは、当然の話。

 何故ならば、二科の生徒達が、そのように『上からの要求』で無茶をして、もしくはCADの故障などで、そのようになるならば……ただの事故ではない。これはれっきとした学校側の不備による過失事故でしかない。

 個々人の習熟のスピードや手先の器用・不器用もまた一つの例ともなりましょうが、それでも結果が出ないことに焦り、貴重な人材が失われる。それを見た一科は『だから二科は才能が無い』と決めつける。一科はスタートラインから違うから、何もかもが上手くいく。旧一万円札の人が見たらば怒りの言葉が飛んでくるな。スタートラインを平等にもせずに努力しろなんてやり方はさ』

 

 

 天は人の上に人を作らず。人の下に人を作らず。されども人間世界を見渡すに、その有様雲と泥に似たるはなんぞや。この言葉が示す通りなのだ。まずは、カリキュラムの進捗云々ではなく、適切な『エリート教育』をしていくべき。

 

 魔法師としての才能は本当に一握りの人間にしか発現しないギフト。ならば、それを努力する、研鑽する『術』(すべ)は誰にでもあるべきなのだ。

 

 出来ない奴は出来ないままだ。とするならば、最初っから出来る奴だけを入れればいいだけなのに―――。

 

 これまた達也辺りには『それでも国策で一握りの人間にだけ』などと否定されそうだが、否定されたからと『納得』出来る理屈ではない。一成さんが見たらば『この戯けどもが!!!』などと一喝しそうだ。

 

 

『勘違いしているわ。一科生とて『退学者』はいる。それは同じく、魔法能力の向上が無いからで―――』

 

『栗井教官。『ロマン先生』に聞いたんですけど、そいつらの大半は、その極まりきった魔法能力を利用して『犯罪行為』に手を染めたり、まぁCADの不調を気付かずに、ってのもいたそうで、どうなんですかね? その辺』

 

 

 その言葉に二、三年の先輩たちを見つめる一年生。一科二科関係なくだ。その言葉に苦虫を噛潰したり、身内の恥と同意して頷くものもいる。

 

 そして七草会長は、ロマン先生を睨んでいる。とまれ、そのように狼狽した時点で、彼女の言動の信用性がマイナスに転じる。

 

 

『七草、悪いが今回ばかりは僕は刹那に味方するよ。君のやり方は、あまりにも『小狡い』。相手方が完全に知りえぬ情報ばかりを出して反論を叩き潰すなんてのはね。無論、『機密事項』であるならば、明け渡せないだろうが、有志同盟に渡した資料がお粗末だ。福沢諭吉が見たらば怒るよ?』

 

 

 今どき珍しい……とはいえ電子マネーに移行しても完全に無くなっていない『紙幣』を懐から出して、告げてくるロマン先生に少しだけ嬉しい。というかそんなことをしていたのか。酷い話である。学内ネットでも確認出来ない事項もあるんだなと感じる。

 

 

『先程の部活動云々あったけど、その『議事録』も見せてもらったよ。君が言うべきは福沢諭吉の言葉だった。それが無いから『不満』を持たれたんだ』

 

『どういうことですか?……何がダメだったんですか?』

 

『予算を云々、と言うことならば決定的に言うべきだった。部費が欲しければ『切磋琢磨せよ! 研鑽せよ!!』とね。

そして『功』あるものには、それなりの『褒賞』だよ。それが無いから、今回の彼らの決起だよ―――

確かに七草の言う通り、優秀な部には相応の予算割り当てとも言っているが剣道部は団体でも男女全国行き、対する剣術部は杉田だけが全国行きか……まぁ競技人口の違いはあるが、少なくともこの場合、全体レベルを上げた剣道部に『褒賞』を与えるべきだった。金ヶ崎の退き口を終えた剣道部という殿をこなした『木下秀吉』に黄金が入りまくった袋を』

 

 

 後で聞いた話だが、エリカ曰く壬生先輩は一昨年の中道部剣道大会全国二位。対する桐原先輩は、関東大会の剣術チャンピオン。その時点でまずまずの変化はあろう。

 

 そしてロマン先生の言葉の帰結―――即ち『成果主義』一辺倒の魔法科高校ならば、功あるものには予算の増額をすべき。功なき者には減額。そのぐらい厳しい態度で行くべきだった。

 

 というか寧ろ、部活連会頭の十文字先輩はその辺りシビアだったのだが……。

 

 

『成果主義の魔法科高校で『どっちつかず』の態度でいるからダメだった。ここはせめて企業経営者の如く切り込むべきだったんだよ。そして福沢諭吉の如く学問のすゝめの如く、明言するべきだったんだよ。切磋琢磨せよ!とね。

そのどっちつかず変にバランスを取って天秤を平等にしようと言う態度が、『人は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。されど人間世界を見渡すに雲と泥に似たるはなんぞや』に有志同盟の皆には見えなかったんだろうな。』

 

『そんなこと言われても―――どうにか、どこかで対立を終わらせたくて―――』

 

 

 七草会長の意見も確かにありといえばありかもしれないが、それでも、そこのジャッジを己の意思で捻じ曲げてはダメだった。

 

 

『誰かが心に抱く悪平等が、むしろ心の『しこり』となる。君も『為政者』の立場を継ぐ可能性があるならば覚えておくべきだ。……人間の感情を考えない『王』では、治世が正しくても、人々と何も世界を共有できない。同じものを見ずに治世を行い感謝されても……不感のままなんだ』

 

 

 何故かその言葉がどこか、経験談にも聞こえる。どこか後悔したようなロマン先生だが気付いて苦笑。大きすぎる話をしたとして刹那に話を戻した。

 

 

『――――継がせて言わせてもらいますが、これらの問題は、ただ単に参政権を与えた程度では解決しない。エイブラハム・リンカーンが『フレデリック・ダグラス』を重用したとしても容易に解決しないこと。本当の意味で一科と二科の差を無くすしかない。強壮な『黒人部隊』を作り上げることで、くだらん差別意識を無くす(南北戦争終結)しかない』

 

『!!!! ダメよ!!! それは新たな火種になるだけよ!!! 私が何としても、この差別・被差別を無くす!! だから!!』

 

 

 刹那の言葉が佳境に入り、『恐れていたこと』を話そうとしたことで、七草会長が焦って言葉を出そうとするも、既に話の主導権は刹那にあった。

 

 

 その様子を傍から見ていた達也は、議会戦術の手法として真由美は、『情』に訴えたが―――刹那はもっと単純に『力』に訴えた。

 

 この違いが……現在の状態を示していた。もはやどちらが『奴隷解放の父』(エイブラハム)となるかなど見えていた。

 

 

『自分が、自分が、と言いますが、アナタの『後に続く人間』が先程の公約を反故にすることで、制度は逆戻りなんてことを考えた事は無いんですかね? オレはそっちの『懸念』があるんですけど』

 

 

 もはや詰みだ。そこを持ちだされたならば七草先輩も容易に反論できない。自分の卒業後に、この学校がどうなるかなど知ったことではない。と無責任に言えぬ言い方であったし、かといって後に続く人間の思想を制限するようなことも出来ない。

 

 刹那は恐ろしく『先んじている』。未来に確かな約束が無いのは無責任だ。と言いながら、その解決方法を模索することは不可能だろうと嘲る。為政者の慈悲など一時の人気取りにしか過ぎん。ポピュリズムの極致として断罪している。

 

 

「ちょっとだけ会長が可哀想になってきましたね」

 

「だが落ち着いて考えれば刹那の方がモノを見ている。論点も明確だ。そして……それに足る『実績』も一週間で出してきたんだ。これは―――刹那に軍配が上がる」

 

「勝ち負けなんですか?」

 

「変革の方向を『どっち』に向けるかなんだよ。深雪」

 

 

 人の意識に持っていくか、人の能力に持っていくか、そして魔法科高校の場合、求められる『成果』という果実の前では後者に軍配が上がるのだ。

 

 そうしたくない七草真由美も、その校是の前では沈黙せざるをえないのだ。そして何よりその立場―――魔法師ならば誰もが知っているナンバーズの、それも現在の十師族の長女なのだ。

 

 貴族の中の貴族が言う言葉よりも、時に弱い立場にいる人間の方の言葉を支持することもある。

 

 

『更に言えば、今のところ選挙制度のあれこれありましょうが、順当にいけば服部副会長の『意識』が、再び学校を塗り替えるでしょう。リーナ』

 

『ラジャー♪』

 

 

 次期生徒会長候補と現在は目されている服部のいつぞやの言葉が、リーナの手に持っていた端末で再生される。それは――――

 

 

『過去、二科生(ウィード)を風紀委員に任命した例―――一科生(ブルーム)二科生(ウィード)の間の区別は―――区別を根拠づけるだけの実力差があります――――』

 

 

 それらの言葉は様々などよめきで混乱と怒りの程を示されてくる。達也が風紀委員に任命された後にあれこれいちゃもんを付けた際の言葉であり、七草会長の護衛として側にいたことが仇となった。

 

 その言葉に立つ瀬が無くなるのは服部副会長。俯き、顔を覆う様子が少し痛ましいが―――二年生の殆どは『ただのカッコつけ』と看破していた。

 

 

 とはいえ七草陣営の『正義』は欠かれた。同時に有志同盟もここまで強烈に突っ込んでくるとは思わなかったので、呆然としている。

 

 議場の主役は……遠坂刹那に変わっていたのだから―――。

 

 

『この後、服部副会長(ダリル・ローレンツ)はなめた態度で1-Eの司波達也(イオ・フレミング)に挑み、呆気なく敗退したという経緯があったりします』

 

『と、遠坂ぁ……』

 

『副会長……そんな木村さん(?)みたいな情けない声出さないでくださいよ』

 

『可哀想なものみるように言うな!! ああ、そうだよ。結局その後、運動不足だとか何とか言って司波は遠坂とバトって演習場に置き去りにされて、中条は中条で司波のCADに夢中になって同級生の俺を置き去りにするし、その後、生徒会に行けば誰もおらず、何でか居残っていた桐原と『しょっぱい』ラーメン食いにいって……ああ、ちくしょ―――!!! 青い空とか見たくもね―――!!』

 

 

 若干、キャラが崩れている副会長ではあるが、まぁともあれことの顛末は知れた。ことの顛末が知れたことで達也に視線が集まる。

 

 壁際に寄り掛って深雪の護衛役をしている風―――実際、そうなのだが。まぁそれで以て色々な視線が届く。

 

 

 そして刹那は、肝心要なところ―――『急所』にとどめを刺してきた。ああ、本当―――『あくまな笑み』だ。所詮、大悪魔―――魔王サタンの如き男の前では、七草会長など人間になめられるポンコツ淫魔のメムメム(?)ぐらいなものだろう。

 

 

『けれど副会長、『良い事』言ってますよ。つまり―――職業差別ならぬ『役職差別』が横行する原因。それはひとえに―――『実力差』があるから、ならば『それ』を消してしまえばいい。

 神と悪魔のハーフの如き司波達也レベルの『魔法技能士』を育て上げる。要するに妖力値10万ポイント以上の『超戦士』を育て上げればいいだけ。

 その可能性があるのは、思考と思想が凝り固まった一科生ではなく、俺の手短な指導を受けて、それなりの上達を見せてくれた柔軟な二科生だと信じている』

 

 

 妖力値10万ポイント……いや、妖力値云々はともかくとして、つまり服部会長の言質を使い、二科生の『魔法力強化』の大義名分を得ようとしている。

 

 一科生及びもしかしたらば二科生も持っている意識―――それを崩すために刹那は力を使った。力を得させることで『区別』を無くそうと画策する。

 

 誰もがもはや七草会長を見ていない。まるで2010年前後に活躍し、壮大なものを作って早々とこの世を去った天才開発者―――『スティーブ・ジョブズ』のように刹那に誰もが注目している。

 

 

 そしてどこからか実に重そうな。そして今どき、すごく珍しい紙の蔵書。しかも1000ページは優にありそうな大辞典クラスの本を『三つ』取り出してきた。

 

 それは―――三冊の『虎の巻』(タイガーロール)であり、二科生に対して、『虎だ!虎だ!お前たちは虎になるのだ!!!』と叫ぶ書になっていく。

 

 

 蔵書名―――達也が遠目で見た限りでは――――『新世紀に問う魔導の道―――ロード・エルメロイⅡ世秘術大全(グリモワール)』と書かれているのであった……。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。