魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

41 / 414
 とりあえず連休最後の更新になるはずです。

次話から怒涛のバトル展開―――なんで初期からこんな敵にしちゃったんだろうなぁ。などと考えつつも書いていきたい。

ではどうぞ。


第29話『Rising hope (後)』

(平凡なレベルに落ち着くやつと全ての能力が綺麗なダイヤグラムを描くか……はたまた一点突破の異能型が出るか―――)

 

 

 そんな所だろうか。刹那の策の終焉としては……それは同時に……魔法師社会全体の底上げであり価値観の変遷にも繋がっていくのだろう。そんな風に感じつつ、結局、百舌谷と九島では役者が違い過ぎたことを感じる。

 

 

(親父みたいなのが出てくるということか……)

 

 

 それもまた一つ。変化の無い社会などあり得ないのだから……。

 

 

「やれやれ。とりあえず―――」

 

『『とりあえず?』』

 

「……『オヤジ』の会社に利益を発生させなきゃならないな」

 

 

『諸葛セツナ』先生の策、『司馬チュウタツヤ』にはFLT勤めの『オヤジ』がいるということを教えてしまったので、ニューエイジ専用のCAD製造に色々と便宜を図ることになりそうだ。

 

 

「リーナ。ちなみに刹那は、マクシミリアンと関係は深いのか?」

 

「まぁね。『コレ』見て察していた?」

 

「カンショウ・バクヤは本当に限定モデルだからな……」

 

 

 マクシミリアン限定のデバイス。確かに生徒会メンバーだから持っていてもおかしくないが、リーナも『この後のこと』を考えているなと感じる。

 

 そうして九島烈閣下の言説が始まり―――それに百舌谷教官も収めていく。不満はあるが、それでも師族の中でも老師と呼ばれる人間に逆らえるほどの人間ではないようだ。

 

 

『若い頃は何とか今の体制を維持せねば、でなければ魔法師はただの人間兵器として、社会の中で埋もれていく。恐れられる。その懸念こそが現在の制度の元となった…師族制度もそうだ。そうならないように苦心してきた私だが、余生と言うものを考えた時にどうしても子や孫のことが気になる。

 老人にとっては、たかが三年―――その間に私もお迎えが来るかもしれないと考えれば、後の世界のため、若人たちの熱く価値ある三年をそのように潰すのは心苦しくもなる。

 響子の時にも見ていたはずだが、それ(制度)に真っ向から否定をして、それに足るだけの力と意思持つ若人が出てきた時点で―――悟ったよ。遅きに失して、何よりその間に失ってしまった人材の事を考えれば、それすらも心苦しくなる』

 

 

『その為にあなたはあなたが築いた魔法師の社会を崩すのですか?』

 

 

『私が築いたかどうかは異論があるだろうが、あえて言わせてもらうよ百舌谷君。価値は変遷する。人もまた移る。――――時代もまた動く。時はたえず流れている。時を動かすのは、時代を作るのは我々ではない。『若者』だ。その心に宿るものが時代を動かす―――ひとつひとつは小さな鼓動かもしれないが、合わせることで時代(とき)をも動かす力となるだろう―――諸君、時代を動かせ』

 

 

 最後の言葉が誰もの心に響く。それは一科二科関係ない……今までは一科だけが、時代を動かす者であると信じて来ただろうが、二科も……またニューエイジ(新世代)の魔法師として認められたようなものだ。

 

 

『居丈高に聞こえるかもしれんが、USNA所属でありながら、純日本人という『魔術師』遠坂刹那の提案を十師族全てに提案したところ、緊急総会で決めさせてもらったよ。まずは第一高校をモデルとして授業をしてもらい、オンラインリピートの設定で全魔法科高校でこれは視聴可能。これを前提として直接指導は第一高校の二科生を主体として―――無論、一科生も見ていいのだろう?』

 

『学ぼうとする人間を俺は拒みませんよ。ただ俺の理論を早期に実現出来るのは、二科の『ブランドカラーズ』の皆であることだけはお伝えしておきます』

 

『一科にいないとも限らんだろうが、とりあえず今は二科が主体でいくか―――よかろう。そしてテキストの『金額』は?』

 

 

 流石にそこはタダとは言うまい。しかし、どれだけの値が付くか? リーナが使い魔を使っても持ってきたのはざっと1000部―――これを殆ど肉筆で書いたのだから恐ろしいほどだ。

 

 達也の眼にもそこにあるサイオンの猛りとエイドスの密度が見えてしまう。これほどのものに値段を付けるならば―――。

 

 

『一部六百万円―――そんなところでしょうよ』

 

 

 その言葉。たかだか『紙束』相手にその値段を付けた刹那に対して思った人間が声を放つ――――。

 

 

『『『安すぎない!? いや、安さが爆発しすぎている!!』』』

 

『そうか? 結構な高値だと思うが』

 

 

 一科はいまだに見せてもらっていないだけに、アレではあるが……肉筆で千部。そして分かるものには分かってしまうサイオンの猛りが、ただの『紙束』ではないことを示す。

 2倍2ヴァーイな値でもよかろうに……変な電波が、またもや達也を侵食したようだ。

 

 

『ふむ……とはいえ、平均的なCADに比べればだいぶ高いな。内訳としてはどうしたい?』

 

『他の八校には悪いんですが、とりあえず一高の二科に優先して配布したいですね……優先枠は270部ってところでお願いします』

 

 

 達也の調べてみたところ、自分達が入学する前の二科だけに限っていえば既に在校生は165人しかいない。本来ならば余程の事が無い限りは200人から数名程度がいなくなるというのが、概ねの高等学校の水準だろう。もしくは定員のまま卒業するか。

 

 つくづく魔法教育というのがギャンブルなのだな。と感じる時である。35人の退学者―――恐るべき数字だ。

 

 

『分かったが、年金暮らしの私に、それだけの『金子』を用立てられるほどの当てがある訳でも無しどうしたものやら』

 

『俺とリーナの超ハデ婚のために気前よく出してくれてもいいんですよ♪ ジイさん』

 

『なかなかに面白い事を言う。どうせ殆どはインクとして使用するため魔術的に融かした宝石の補填であろう。私にもそのぐらいは察せられるぞ』

 

 

 どうやら九島閣下は、達也たちよりは刹那の術法に関して知っているようだ。もしかしたら刹那の技を知っているのが、九島だけというのが他の師族に危機感を持たせたのかもしれない。

 

 持たせるためにあえて情報を流したということも考えられる。こちらの脅威を煽る為に……。

 

 そして件のリーナはといえば……。

 

 

「きゃー♪ お色直しする花嫁衣装は十着程度じゃ足りないわ♪ ウェディングケーキは三十段重ねでいいかしらー?」

 

 

 などと楽しい想像の世界に浸っているようである。とりあえず切り分けられたケーキを食べるだろう我々のことを考えれば、サンジ(?)とプリン(?)の結婚式なみに旨いものを馳走してもらいたい。

 

 あくまで希望ではあるが――――。などと達也が考えていたらば突如立ち上がった我らが親父―――百獣のカイドウならぬ不動明王のカツトが立ち上がっていた。

 

 

『成程、この為だったか……親父め。最初っから分かっていたな―――遠坂、閣下には悪いが、その金子―――俺から、というよりも十文字家から出させてもらう。300部―――とりあえず二科優先で届けて、余りは……別に一科で利用しても構わんだろう?』

 

『その辺は、俺の許可云々ではありませんよ……で、七草先輩はどうするんですか?』

 

 

 一高のビッグマム(?)とも言える七草真由美は完全に疲れ切った表情で、腕を机の上で立てて、額を預ける様子が少しだけ痛ましい。

 

 とはいえ、どちらがより『万人』に響くかで言えば真由美は世論を見誤っていた感は否めない。

 

 

『……意地悪いわね。とどのつまり―――最初っからあなたは『この結果』を分かっていたのね? 信じられないわ。私を道化にするだなんて……』

 

『そこは気にしなくてもいいかと、これは俺だけが手札から切れる『禁じ手』ですよ。ただ、意識改革という意味で言うならば、先輩のも悪くないんですが、それでもやっぱり論拠として『弱い』―――根底にあるものを理解してそこにツッコまないでいたのは欺瞞ですよ』

 

『………私だってそこを何とかしたかった……別に魔界統一トーナメントみたいに『殴り合い』で一番強い奴が『代表』なんて提案しても良かったもの……けれど妖力値10万ポイント以上の陣も凍矢も美しい魔闘家もいなかったもの』

 

 

 七草会長も有名マンガを読んでいるタイプだったかぁなどと印象を変えてしまう。しかし―――やはり分かっていたようだ。

 

 

『分かったわよ。七草家もお金出すわよ!! 私のは一科生主体でいいわね? とりあえず250部! 売買契約するわよ!! ったく父さんも、こんな大金を娘に渡すならば、どんな意図なのか、ちゃんと言っておいてほしいわ。てっきり達也君との未来の結婚資金だと思っていたのに……』

 

 

 勢いよく顔を上げた七草真由美が、そんなことを言ったことで『会長、会頭! 太っ腹――!!』『気前いいっすね!!』『よっ大統領!!』だのなんだの言われている。

 

 そして考えるに、そんな未来になったとしたならば達也の稼ぎは何一つ当てにされていない現実が待っているようだ。

 

 

「タツヤ、ヒモなの?」

 

「受け入れるかどうかすら、未確定のことに何を言えるんだよ? そして局所的な寒冷化をもたらす発言を控えろ」

 

 

 驚きの表情でこちらを見てくるリーナに、不用意すぎる発言をやめてもらいたい。

 

 ともあれ―――議決はなった。待遇改善はアレではあるが、その前に二科生の『実力の底上げ』『指導方法の確立』……何より今まで捨て置いたものの価値を見直す。

 

 それから、生徒会役員だの何だのの学校運営に正しく参加すればいいだけ。

 

 

「というか俺が考えるに、この学校には一般的な高等学校で言うような文化祭や体育祭は無いんだから、二科とかもしかしたらば、いずれは『違う学科』が出来たとして、そこまで意見代表者を出さなくてもいいと思うんだよな」

 

「そいつは、拙速じゃないか? 議会ってのは資本家の代理戦争なんて側面もあるんだからな」

 

「―――主役が降りてきていいのかよ?」

 

 

 舞台袖に引っ込んでエルメロイグリモアの写本を確認しにきた刹那に、達也は少し刺々しく言う。

 

 

「もう俺の舞台じゃないからな。あとは残りの450部をどのように分配するかだ」

 

「代理売買か?」

 

「ああ、魔法師社会の全体的な発展を願う九島のジイさんならば、残りの八校に50部ずつ……まぁ渡す相手……一科二科はその高校の校風にもよるからな。そこは無責任になってしまう」

 

 

 そこを気にしているらしく、頬を掻く刹那。幾ら自分達よりも出来るとしても全て請け負えるわけではないが、そこを気にするとは―――この男。本質的には『正義の味方』でも目指しているのではないかと思ってしまう。

 

 冷酷な面もあれば情に篤いところもあれば、世を斜に構えて見ている所も―――達也よりは無いが『たまに』ある―――『色々と封印』された達也に比べれば随分と忙しない男である。

 

 

 要は―――複雑な面があるのだろう。ただ首尾一貫しているところは、一つある。

 

 

 それは彼を育ててくれた人々、彼の人生で関わってきた人々……もはや失ってしまった人々を、本当の意味で『忘れたくない』からこそ、その心に寄り添って行動しているのかもしれない。

 

 忘れたくない。消してしまいたくない。『死なせたくない』。それは―――達也とは違う類の『呪い』なのかもしれない。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、何でもないな。それよりも―――有志同盟の人間は――――」

 

 

 色々と話に夢中で、すっかり意識外に退けていた連中―――全員がいなくなっていた。失態。若干『混乱』(シェイク)されていた群衆の中を見渡す。

 

 刹那もまた遠見で何とか探そうとするも―――。

 

 

「壬生先輩と司先輩がいない……!」

 

 

 二科の代表として魔導書を読ませて拘束していたというのに、話が佳境になった段でいなくなった。そう摩利から伝わり――――不意に声が…響いた。

 

 

『この私をよくも『捕えよう』としてくれたわね。流石は『魔法』に『手際よく近づいた一族』―――腐っても、『魔法使いの城』ね。危うく、『落とし穴』に落ちる所だったわよ』

 

 

 怖気がするような声が大講堂に響く。まるで―――達也と深雪にとっての叔母。四葉真夜の如き……しかし、それよりも怨嗟を誇る声音。まるで羽虫に集られたことを苛立たしげに思う支配者の如く。

 

 

「―――ようやく網にかかってくれたが、まさか蝶のフリをした『大毒蛾』とはね……お前、どうやって―――」

 

『そんなことはどうでもいいわね……ともかくキノエくんが役立たずだったから私自らの出陣となったわけよ―――』

 

 

 心底の忌々しさを感じる言葉と会話しているのは、刹那だ。

 

 その時、無人となっていたとはいえ、講堂の公聴席。ちょうど三年の二科生がいたところに巨大な魔法陣が現れた。

 

 誰かが魔法を放った気配はない。四つもの魔法陣が層を為して、光を放ち―――何かが輪郭を作る。そこにいたのは―――。

 

 

「こ、子供!?」

 

「下がって、危険だ――――」

 

 

 誰かが驚愕の声を上げて、警告を発した刹那が後ろを見もせずに制する。

 

 子供、そこにいたのは確かに子供だ。緑色のフリルがあしらわれたドレスを瀟洒に着込み、まるで西洋のビスクドールの如く白く透けた肌に『赤眼』に『長く伸びた金髪』をそのままにしている人形のように完成された人間だ。

 

 否、達也の本能ですら発する怖気。あれは―――本当に人間なのか? それぐらい見ているだけで『おぞましさ』が走るのだ。

 

 

「詳細に見ようとするな。あれは真正の魔だ。くそっ、やってくることは分かっていたが、『総大将』自らの出陣とは……」

 

 

 達也に警告する刹那にとっても、この事態は想定外らしい……しかし―――事態に対処出来るのは、刹那だけなのだと勘付く。

 

 

「……何者であるかは分からないが、当校は関係者以外の来訪にはアポイントメントなどが必要になる。一先ず」

 

「五月蠅いわ」

 

 

 渡辺委員長の言葉を一蹴するかのような言葉。羽虫を打ち払うようなその言葉と同時に莫大なサイオンと魔法式が自分達を包み込むのを感じる。

 

 

「――――!!!」

 

 

 声なき絶叫と共に刹那の左腕にサイオンの集中を感知。そしてそれらの脅威に干渉した。自分達をまとめて圧殺する。ここにいる150人規模の学生たちを纏めて殺す術式は方向を変えて放たれて、上で炸裂。

 

 大講堂が―――大音声と共に吹き抜けとなった。

 

 

「なっ!!!???」

 

「ガラスやらの破片! 頼みます!!」

 

 

 全員が驚く中に端的な指示をした後に駆けだす刹那。手にルーングラブを嵌め込んで、その身をルーンの加護に包んだまま魔術師を駆け抜けさせる。

 

 

「そんな直接的な手段で私が倒せると思えるなんて、健気なかぎりよ……『メイガスマーダー・エミヤ』―――!!」

 

 

「上級死徒―――『マナカ・サジョウ』! 貴様の『地位』を『封印』する!!」

 

 

 ―――お互いに名乗りなどいらないはずの異世界……否、少しだけ『交差した世界』にて『魔法使い』どうしの人知を超えた戦いが幕を開けた。

 

 

「あんまり強いこと言わなくていいわよ。弱く見えるから!!」

 

 

 少女が袖が広くフリルが付いたドレスごと腕を振るう。振るっただけで巨大な波濤の如き魔力波が刹那の眼前を圧する。

 

 

 「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 それに対して刹那は左腕を向けて五指を開いて『艦砲射撃』を実行。

 

 襲いかかる波濤を砕くように数多もの魔法陣―――廿楽教官の時に見せたようなものを発生させて、そこから『魔弾』を放つ。

 

 

 大艦隊の砲撃の如き一斉射の前にさしもの波濤も勢いを減じる。魔力の奔流が両者の間でぶつかり合い、爆光、衝撃、大講堂が崩れるのではないかというほどに体が揺れて白くなる世界から―――。

 

 色を取り戻すと、何か巨大なものに押しつぶされたようにぐちゃぐちゃに壊された講堂の一角が見えて―――。特に外傷なく立ちはだかる刹那。目の前に―――あの少女はいない。

 

 

「刹那―――ッ!!」

 

 

 呼び掛けた達也も気付く。刹那の視線の方向、上方に向けるとそこには……。

 

 

(浮いている……いや、飛んでいるのか?)

 

 

 一見すれば幻想的な光景だろう。天使のような羽根を背中に生やして、虚空に浮かぶ少女は全能を体現しているといってもいい。

 

 だがその翼は漆黒に染め上げられており、少女の怪しさと共に、退廃的なものを感じる。

 

 

 俗な表現すれば―――『堕天使』としか称せられない存在がそこにいた。

 

 

「私の城に来なさい―――招待したいのよ」

 

「誰をだ?」

 

「色んな人をね。パーティーは大勢でやらなきゃ楽しくないもの」

 

「何のパーティーだ?」

 

「世界を変えるためのパーティー。私には準備と予感があったわ。望みが無い私にとって欲しいものなんて『どこの私』でも同じだったわ―――私だけの『王子様』――――そして彼の望みを叶えてあげるただ一人の聖女になるの。虚ろに何も無い私の望なんて『どこでも』そうだもの」

 

 

 予定調和の如く刹那の問いに答える少女。そうしながらも舞い踊るように飛ぶ少女は、現実を容易く裏切るものだ。

 

 語る言葉はどこにでもある『乙女』の言葉にも聞こえる。

 

 しかし、本能的にそれを叶えさせてあげてはいけないのだと気付く。それは破滅の願望なのだ……。

 

 

「何だか分からないが、とにかくもはや好き勝手はさせられん!!!」

 

 

 渡辺委員長の指揮の元、魔法で空中を飛ぶ少女に風紀委員の得意魔法が襲いかかろうとしたが、その構築速度、規模、干渉力全てが規格外だというのに―――。

 

 

「やれやれ、こんなもので、わたしが、止められるなんて可愛いものよね―――実に小さい」

 

 

 一言ごとに手で握り潰し、素足で踏みつぶして、障子でも引き裂くように、全ての魔法が紙切れのように砕かれたのを達也は精霊の眼で見た。

 

 

「魔力の回転―――というか『防ごう』と思えば、それで終わりだったんだけど、それだと―――こっちが『反撃』出来ないからね」

 

「ば、化け物め……魔法式を生かしたまま殺しているのか!?」

 

 

 風紀委員九人の魔法式が全て『紙くず』のように丸め込まれているのを見た。つまりまだ魔法式は『生きている』のだ。

 

 もはや異常な事態の連続に誰もが頭を抱える以前に、会長の言葉が響く。

 

 

「摩利! 魔法を解除させなさい!!」

 

「全員、展開を止めろ!!」

 

「遅いわ」

 

 

 言葉と同時に、その手に持っていた魔法式の『紙くず』が黒く穢れたことで、魔法を放っても魔法式を解除出来なかった人間が苦鳴の絶叫を上げた。

 

 

「森崎!?」

 

 

 五十嵐が心配そうな声を上げたことで、気付く。解除できなかった風紀委員の一人には一年の森崎がいたのだ。

 

 

「ぐあああああ!!! ああああ!!!!」

 

 

 全身を苛んでいるのか身の全てを掻きむしろうとする森崎の身体が黒く染め上げられていく。何であるかは分からないが、良くないことが起きているのだと気付く。

 

 

「それでは、お待ちしているわ。第一高校の皆さま。私の招待に応じていただければ嬉しい限りですわ。置き土産というわけではないけれど、魔法師憎しで力を求めたモノ達の狂気と怒りのオーケストラを存分に聞いてくださいな」

 

 

 その時、無言で魔弾を放った刹那によって淑女らしい一礼をした少女―――マナカが貫かれたが、ただのサイオン体であったのか水のように溶けて虚空に消え去る。

 

 消え去った時に――――。大音声が聞こえた。窓の外を見た人間によって火災が起こっていることが分かった。

 

 

 そして聞こえる『GUOOONNNN!!!!!!』という遠吠え。まるで外をうろつく犬が挙げる声を何倍も拡大したような声が聞こえてきた。

 

 

「来たか―――」

 

 

 次の瞬間には何かが窓から飛来する。

 

 同時に、講堂の扉―――既に蝶番すら外れて病葉も同然となっていた所から、一高生徒には見えない迷彩服の連中が、武器も持たずにやってきた。

 

 

『GURRRRRUUUUU!!!!』

 

「もはや説明なんて不要だな」

 

 

 だらだらと涎を垂らして、剥き出しの歯を見せつける狂気の様子―――全てが、尋常を超えていた。

 

 

『GUOOOONNNN!!!!』

 

 

 遠吠え二つでその身が膨張して、人間の体躯、人間としての特徴を全て失って、人間として認識できるものが殆どなくなっていき、毛むくじゃらの人狼とでも呼べばいいのか二足歩行の狼に変わる―――ブランシュメンバーを前に―――。

 

 

「バケモノ女よりも面倒じゃないんだ! おもいっきりいかせてもらう!!!」

 

 

 数多の魔法陣を左手と右手に集中装備―――。それだけで準備が完了したのか、怒涛の勢いで動き出す。

 

 

「覚悟しろ!! 俺の前にスヴィン先輩以下の魔術体で出てきたことを!!!」

 

 

 怒りの言葉で刹那の左腕から土砂降りのレーザーにも似たものが真正面から放たれて、左手の砲を撃ち終えると同時に張り手を放つように右手の砲が前に競り出して、火――否、光を噴く。

 

 やってきた一団。人狼たち六体ほどはその攻撃で肉体の一部だけを残して光の中に消え去った。猛烈なまでの光の圧は一切の抵抗をさせずに抹殺をしていた。

 

 

「………!?」

 

 

 虹色の光を放ったことで、制服の上着が破けて、刹那の左腕と右腕に―――何かの記号のようなものが輝いているのを見た。

 

 左手は複雑な紋様だが、右手は単純ながらも『剣』のようなものを感じる一本直線で構成されたものだ。

 

 

「刻印魔法!? 見たことも無い術式だ……いや、術式というよりも……」

 

「まるで生きている……いいえ、『誰か』の意思のようなものを感じます―――」

 

 

 五十里先輩と美月の言葉を受けてから、リーナは少し困ったような顔をしてから『カンがいいわね』と言ってから刹那に合流する。

 

 手には赤い布のようなものを手にしている様子。とんでもないエイドスの密度だ……。あれに魔法では干渉できまい。

 

 事態は一刻を争うのだが、決断は勝手には出来ない。

 

 

「会長、どうします?」

 

「達也君はどうしたい? それに従うわ。現状、私達は不明勢力に学校が襲撃されている状況。それに対して予想していたUSNAの魔法師。行動は迅速ね。そして手並みも尋常じゃない。そして姿を消し去った同盟員たちと壬生さん、キノくん……」

 

「敵は分かり切っています。あの『マナカ・サジョウ』というのが件のブランシュメンバー達に人体改造のような魔法を施して、この事態を引き起こした。そして―――一高の同盟員たちは見える限り少なくとも人狼よりは正気を保っていたところからも、人体改造は施されていないが何かしらの『操作』はされているものと推測。我々は奴らの破壊工作活動を止めなければいけない。それだけです」

 

 

 秘密の暴露をしてでも、今の事態を収めねばどうなるか分かったものではない。そう考えての言葉が達也の口を衝く。

 

 

「敵性の殺傷―――出来る?」

 

 

 対する七草会長の言葉は―――、窓から投げ込まれた『生首』を一瞥してからのものだった。

 

 ガス弾でも投げ込めばよかろうに、このような手の込んだことをやるからには、『彼ら』にとっては安易で着実な処刑よりも魔法師を畏怖せしめることが肝要なのだろう。

 

 

「それが生きていればいいですけどね……敵は死体人形です」

 

「……分かったわ。詳しくは聞かないでおくけれど対抗をお願い。実動部隊は少ないけど十文字君連れていって、五十里君と服部副会長には、ここの防備を、摩利もお願い。―――今は、あずさの『梓弓』(まほう)で落ち着かせているけれどパニックになったら困るからね」

 

『分かりました』

 

 

 非戦闘員というわけではないが、CADを持っていないことで戦闘力に不安がある連中も多いのだ。一科二科関わらず―――。彼らをまとめている中条先輩は緑色に輝く弓の弦を引っ張って上に向けて弾いていた。

 

 それを見てから、防衛として招集していた二年の内の二人が答えている。服部副会長は、個人戦よりもこういった集団戦の防衛戦の方が得意とのこと。

 

 

「それと森崎君たちの治療のために……」

 

「安宿君じゃこれは無理だよ。この子らはボクが見る。傷病ベッドは無いが、『仕事道具』はいつも持っているんだ」

 

 

 その言葉と共にどこからかエメラルドが象嵌された蛇の杖(アスクレピオス)を持ちだしたロマン先生がドクターロマンとして、森崎の看病をする。

 

 医療魔法のスペシャリストとも言われているこの人の手並みは鮮やかで森崎に掛けられていた『呪い』が徐々に失われていくかのようだ。

 

 

「けれど、応急処置に過ぎない。森崎たちを助けるためにも、最終的にはこの『魔術』を掛けた『術者』の殺害が肝要だ。急ぐことだよ」

 

「はい―――」

 

 

 安心したのも束の間、現実に戻す言葉。そちらは恐らく刹那の仕事だろうが、それでも死なせないためにもやらなければいけない。

 

 

「そっちの密談は終わったか?」

 

 

 気を遣っていたらしき刹那とリーナの装備は完全に『戦闘用』に変わっており、一部は違うが、それは標準的なUSNA軍の魔法師の装備であると資料から分かっていた。

 

 彼らの正体も自ずと分かりつつある……。

 

 

「大体はな。やるべきことは定まった……お前はやるんだな?」

 

「ああ、あれは始末しなきゃならん悪徳だよ。先行させてもらう―――」

 

 

 言葉と同時に赤い外套。いつぞや見た聖骸布とやらにも似たものを羽織った刹那の背中に―――ロマン先生は苦笑する。

 

 

「さぁ、行ってきなさい―――君が為すべきオーダーは、ここからだよ。ここから始めるんだ(Re Start)『カレイドスコープ』―――」

 

 

「……行ってきます。ロマン先生」

 

 

 担任と生徒の会話。というよりは、どちらかと言えば……『同郷』ゆえの分かっている会話にも聞こえるものをやってから駆けだす刹那と白銀の鎧を纏ったリーナ。

 

 講堂の外に飛び出して―――猟犬の如く獲物を狩り出していくのだろう。

 

 

「USNAの連中にばかりカッコつけさせるわけにもいかんし、状況も良くは無い―――いくぞ司波」

 

「はい」

 

 

 会頭の言葉に達也も動き出す。敵の目的が一高の生徒……優秀な魔法師であるというのならば、一番に狙われるのは―――。

 

 

「会長」

 

「あなたも行きなさい。ここは人員が足りているから」

 

「ありがとうございます―――」

 

 

 兄妹ともども頭を下げてから、刹那たちの後を追って動き出す。再度の戦闘の開始(バトルスタート)を告げるように、外に虹色の光が走って、それが校舎内に殺到しつつあった獣人たちを打ち倒したのであった。

 

 

 そうして、戦闘要員が去っていき静寂を取り戻した講堂で―――。

 

 

「あれ? 千秋はどこいったのかしら?」

 

 

 平河小春は、妹とその友達が確認出来ないことに今更ながら気付くのであった……。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。