魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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ニューヨークかぁ……エジソンいないし、当のギルも子ギルと術ギルしかいない! 

絶望した!! バニヤンぐらいしかいない環境に絶望した!! 

というわけで最新話どうぞ。


第30話『ヒトとしてのカタチ』

「随分と熱狂してますねー大講堂……」

 

「主に聞こえるのは、遠坂の声だな。あいつ実は21世紀に蘇ったナチの『総統』(フューラー)のクローンとかなんじゃねぇか」

 

「笑えない冗談です。もしくは……クドウさんとの間に『子供』が出来たので『私達結婚しまーす♪』の方が現実味ありますよ」

 

 

 辰巳と沢木の何とも言えぬ声が響く。大講堂の熱狂の他に聞こえるのは、部活動中の人間の声のみ。

 

 ここからも見えるマウンドにて野球部エース『星』の放つ140㎞後半の球に四番バッター『橘』のバットが空を切る。どうやら『外れたようだ』。

 

 

「―――マジかよ。俺ら男として後輩に負けてるのかよ?」

 

「残念ながら、『俺ら』じゃなくて辰巳先輩だけですよ」

 

「なん……だと……この一文字違えば『さつきみどり』になる男にすら俺は負けていたのか……!?」

 

 

 いつまでも渡辺委員長に横恋慕してるからじゃないかなぁと沢木は内心でのみ考える。

 

 千葉道場の麒麟児にして、一高のOBたる人は一緒の学舎にいたことはなくても、すごい良い男であったことは伝わっているのだから。

 

 そしてそんなOBと渡辺摩利は付き合っているのだから―――諦めろや。ぐらいの降伏勧告は出したい気分だ。

 同学年で舎弟にされてるからといって――――。

 

 

 などというイラッとすることを考えられてもそんな風に思っていた沢木碧であったが―――校門方面からの異変を通信で知り、身を固める。

 

 

「講堂内にいる壬生や司が出て来たら……悪いが捕縛だ」

 

「はい」

 

 

 別に犯罪を犯した証拠があるわけではない。まぁ司に関しては、司波達也襲撃事件の犯人であることは分かっているのだが……。

 

 などと示し合わせたことで、異変が起こり始めた。

 

 

『大変です! 校門を超えて武装した兵士と―――軍用猟犬が殺到。尋常じゃない様子です!!』

 

「迎撃しろ! それと――――!! こっちも始まった!!!」

 

 

 大講堂の天井が空中に病葉として跳ね上がった。どんなランクの魔法を使ったんだ。と思える威力と衝撃波に辰巳は身を竦めたが、すぐさま講堂から出てきたのが同級生である司甲であることを知り、悲しく思う。

 

 

「司!! 悪いが、止まりな!!!」

 

「辰巳と沢木か、相変わらず二人一組で仲がいいな(キモいな)。お前たちは予定通り動け―――」

 

 

 イラッとする副音声が聞こえたが、見ると司の後ろに、風紀委員たちがマークしていたエガリテメンバーがいる。壬生もいた。

 

 散開して動くことで、何かをやろうとしているが―――殿のごとく立ち塞がった司の眼が、猛禽類の如くこちらを射抜いて―――、布にくるまれていた長物が出てきた。

 

 それは、あの剣道部を捕縛した時にも見た『木杖』……樫だろうかを握りしめていた。

 

 

「武器が無いからと―――卑怯とは言うまいな?」

 

「……辰巳先輩」

 

「ああ、油断すんじゃねぇぞ」

 

 

 構え方がまず普通ではない。立ち上るサイオンが木杖の威力を悟らせる。眼は、確実にこちらを射抜こうとしている。

 

 打ち据える。それ一つだけで決まる戦いのはず――――――。先に動いた沢木。それに次いで回り込むように自己加速した辰巳。

 

 

 挟み撃ちの連携―――正面の沢木の拳が司を打ち据えようと動くも――――。

 

 

 † † † †

 

 

「杖術か、随分とけったいなものにやられたものだね」

 

「いや全くですよ……。油断はしていなかったんだけど、ありゃ少しあつつ……」

 

 

 既に大講堂は野戦病院の如くなっている。重病人、大怪我を負ったものこそいないが、それでも逃げ遅れて少し手傷を負ったものは多い。

 

 恐怖で何かしらのトラウマを抱えなければいいが……。

 

 

 栗井としては、それが心配である。魔法を使わずとも沢木などが負ったようなこの程度の傷ならばなんとかなるだろう。消毒液を使って治療を終えて少し安静にしていろと言う。

 

 

「それで司は?」

 

「……部活棟に向かいましたよ。ったく負けたからと俺をメッセンジャーボーイにするなんてひどすぎる」

 

 

 もはやエガリテどころかブランシュ自体が壊滅状態。本人も義理の兄の為ならばぐらいの覚悟はあったのだろうが、後輩たちを騙した方が心苦しかったのかもしれない。

 

 ならば、『計画の賛同者』を気取り……そんなところか。

 

 

 任せるだけ……というのは少々、気が引けるが、とにもかくにも……今は医療スタッフとしての務めをしなければならないのだ。

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 校舎の屋上に陣取った刹那は、そこから全てを打ち据えるべく魔弾を放つ。実質固定砲台のような役割。

 

 冬木大橋のアーチに陣取り無限の魔獣(?)を相手取ったという母に比べれば、随分と楽な仕事だ。まぁ夢か現かも定かではない話だと言っていたが……。

 

 

「――――Anfang(セット)

 

 

 掌をかざして、十個ほどの宝石を落とすと屋上の床に幾重にも複雑で色彩がある『大魔法陣』が刻まれて、それが1.3.5.7……最終的に13枚刻まれた段で準備は完了する。

 

 

「仕掛けの殆どを崩されたと思っていたが、どうやらあのゾンビ女。そこは手つかずだったか」

 

 

 当然だ。あいつの目的では『殺し過ぎて』はまずいのだから……。こちらに適度な防衛をさせて、擦り減らして、城で迎え撃たせる。

 

 打たないという決断は出来ない。圧しつけられた二択だが……。

 

 

「やるからには皆殺し。殲滅戦があなたの信条よね?」

 

「世の中には室内なのに戦術級魔法なんて使うヤツがいるからな。感化されただけだ」

 

「あ、あれは!! お、思い出したけど……必死だったんだもん……」

 

 

 少し困ったように俯き人差し指を突き合わせるリーナに苦笑。

 

 まぁ難しいミッションではあったな。と思い直す。雫の親父さんを助けるあの任務は最難関だった。

 

 人質救出の上に、敵勢の自暴自棄を断念せしめるというアレは―――。最難関だった。困難に対抗するには、こちらも戦力を整えられればいいのだが……。

 

 

「こっちも学校飛ばして対抗できりゃいいんだけどな」

 

「飛ぶの!?」

 

「飛ばない」

 

 

 飛ばしたい気分が無くも無いが、そういうわけにもいくまい。やることなど変わらない敵が見える所まで行き叩きのめす。それだけだ。

 

 

「セツナは地上をお願い。『空中』はワタシが掃討する」

 

「了解、気を付けて」

 

「アナタもね」

 

 

 ウインクひとつ残して『翼』を広げて虚空を飛びあがるリーナを見送ってから、こちらのサイオンの昂ぶりに反応した連中が殺到しようとするのを感じる。

 

 

「まずは――――」

 

 

 校門を超えて正面玄関に殺到しつつある連中を叩く。

 

 

「出し惜しみ無しで行く。 Eins,Drei,sieben(一番、三番、七番)―――TrinitäteVereinen(あつめ、たばね、うちすえろ)!!!」

 

 

 瞬間、校門前にいた獣人たちの頭上に熱線のシャワーが降り注ぐ。硬い路面、アスファルトとコンクリートすらも粉砕し、融かす熱量と圧力とが20体もの獣人たちを消し去る。

 

 

 刹那の魔弾に脅威を覚えた獣人たちが、散会してこちらに迫ろうとするが――――。

 

 

 賢しき行いなど許さぬとばかりに光熱波は遮蔽物として使おうとした桜や建物を意思持つかのように屈曲して、屈折したかのように動き鼻先に飛び込んだ。

 

 一撃が入れば、そこに殺到する魔弾の群れ。一切の抵抗など許さぬ超越者の打擲の前に、駒であるはずの獣人たちが恐れる。

 

 

「その似姿、スヴィン先輩の技の出来損ない…贋作以下の紛い物は―――、実に腹立たしいんだよ」

 

 

 獣人だけでなく巨大な蛇のようなリザードマンとでも言えばいいものが現れたが、刹那は即座に魔法陣そのものを切断刃のように回転させてハイロウ(天輪)として投げつける。

 

 全身筋肉の爬虫類の身体であっても打撃や熱ではなく切断には勝てなかったようだ。

 

 

 襲撃者たるブランシュ……構成員であった獣人の運動力を以てしても彼我の距離800m、高さも含めれば1キロはゆうにある距離が、遠く遠く無限の距離に感じられるのであった。

 

 再び、輝ける虹色の魔術の光が、地上に落ちる度に、どこかで改造された構成員を打ち据えるのであった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 色光(ひかり)が走る。

 

 閃光(ひかり)が走る。

 

 暗光(ひかり)が奔る。

 

 彩光(ひかり)が奔る。

 

 ――――極光(ひかり)奔る(走る)

 

 

 まるで魔力の驟雨だ。細く、されど雨滴のようにしずやかとはいかない、色とりどりの魔力が第一高校にやって来た不埒者を打ち据えるのであった。

 

 レーザーレインは絶え間なく落ちる『光星雨』(レイ)となりて、敵対者に無慈悲な恵みとなる。

 

 

「全く、見えない奴だ」

 

 

 底が、能力の限界が、技能の上限が―――。少なくとも師族級の力はあると見ていたが、これほどのものを常時展開してあちこちに当てていくとは。

 

 制御のち密さはバケモノかと思うほど。

 

 

「むぅ……これほどの大規模な魔法式を構築し続けるとはな……」

 

「控えめに言っても人間業じゃないですね。それよりもお兄様。あちらに風紀委員の方が」

 

 

 深雪の言葉で見ると、木々に寄り掛る先輩二人。沢木碧、辰巳鋼太郎の二人だ。見える限りでは重傷ではないが、動けない所から察するに痛撃は食らっているか。

 

 

「沢木! 辰巳!!」

 

「へへっ……わりぃな。やられちまった―――」

 

 

 呼び掛けて近づいた十文字会頭が、肩を貸そうとするもそれを拒否する辰巳先輩。何か話すことがあるようだ。

 

 

「治療を」

 

「いや司波さん。僕らに力を使うよりも今は温存しておくんだ。講堂はすぐそこだからね。ドクターはいるんだろう?」

 

 

 見ると胸の中心―――武道で言う所の水月(みぞおち)を中心に制服が破れていた。かなりの手練れだな。

 

 同時に斬撃ではなく拳のようなものでもなく、もっと細いもので真っ直ぐに叩かれたように見える。

 

 

「そう。剣道部の司主将だ……会頭。司さんは、部活棟に行きました―――『仁王の到着を待っている』だそうです」

 

「……そうか。とどのつまり、それしか無かったんだな」

 

「あんだけ出来るんならば、もっと強くなれるだろうに、このまま破滅にさせるのはもったいなさすぎるぜ」

 

「だが……覚悟を決めたのならば、『受けて立つ』しかあるまい」

 

 

 先輩三人の分かっている会話。沢木と辰巳―――肩を貸しあって講堂に向かおうとした際に、どこからか『マツノブラザーズ』という名前が付けられたゴーレムがやってきて怪我人を搬送する手筈。

 

 

「ぎゃーー!! なんだこの蔓は!? 痛くない、むしろ心地いいけど―――色々と絵面的にまずいだろ――!!」

 

「触手プレイとはこういうものか! なかなかにいいものだな沢木!!」

 

 

 対称的な感想を述べながら『衛生兵』として大講堂に怪我人を連れていくゴーレムたち、刹那の仕業なのだろうが、何となくアレである。

 

 それを見送ってから会頭は明後日の方を向いて背中を見せながら口を開く。

 

 

「……司波兄妹。早速で悪いが、別行動を取ることになりそうだ」

 

「いえお構いなく。司先輩のことお願いします」

 

 

 そう返すと巨漢が加速して、目的地へと向かうことになる。そうなると自分達は刹那でもカバーしきれない範囲に行くのだが……。

 

 そんなところあるのかと思ってしまう。『星を呼ぶ少年』の手並みは第一高校を完全に守護しきっている。

 ともあれ侵入者たちのメインルートである校門前に行くことにする。

 

 

「達也!! 随分とこっちは楽しそうだな!!」

 

「レオ、それとエリカまで」

 

 

 討論会に参加していたのは確認していたのだが、いままでどこにいたのやら? と思う程に今まで見なかったレオが威勢よくやってきて、後ろにエリカの姿も確認する。

 

 

「学校に預けていたCAD取って来たのよ。休日でも規則は規則だったからね」

 

 

 納得すると同時に、そこまでの道のりは大丈夫だったのかと聞く。

 

「多分、刹那の術だと思うんだが、事務室方向に殺到していた連中は、全員肉片一つ無くなって、置換されていた『魔法陣』を罠として氷漬けや火柱になっていたぜ」

「穏やかじゃないな」

 

 そんな無差別な『地雷敷設』がやられているなど、この辺は大丈夫なのかと思うも、そこに通信が入る。

 

 

『補給線の確保は戦略の第一歩。昨日の時点でそこらへんは重要にしておいたんだよ』

 

 

 次いでやってくる美月と幹比古。どうやら緊急事態に即応できるように、後方の補給基地(CAD保管場所)は確認していたようだ。

 

 そして即応できる戦力の行軍ルートを確保していた。そう説明する刹那の思念の言葉に達也は返す。

 

 

「状況は?」

 

『第一陣の連中は、殲滅完了。第二陣も見えているが、やってくるまでは五分もかからない』

 

「敵の策源地が分かっているのか?」

 

『そこに直接攻撃できればいいんだが、街中での魔法の使用は色々と制約があるだろう? 悩むね』

 

 

 若干同意できるが、日本の魔法師の立場として『止めておけ』と言っておく。自分も『モノ』が見えているならば『分解最成』で吹き飛ばしたい気分なのだから。

 

『簡単に説明しておくが敵は、己の身体を遠吠え一つで『変身』(トランスフォーム)させる術で、獣の神秘の力を『纏っている』。グリモアの567頁を参照』

 

 

 その言葉で七草会長から借りてきたと律儀に言う美月がページを開いていく。

 

 

 ―――獣性魔術。

 

 自らの内側から獣性を引き出し、魔力を纏うことによって疑似的に人狼のような能力を得る魔術。

 多くの土地において、魔術は獣の能力を取り込むことに血道を上げた。魔術以外にも中国武術では形意拳や白鶴拳など獣の動きにヒントを得たものは枚挙にいとまがなく、西洋のダンスや芸術でも白鳥や獅子のモチーフは頻繁に取り入れられる。

 はたまた世の神話にはヒトが人としての姿を捨てて獣になったというものは多い。

 

 安珍・清姫伝説における清姫の『大蛇化』、浦島太郎伝説における乙姫という神亀に対して玉手箱により月日を経て『仙鶴』へとなった太郎などなど……世界にはこのような事例が多い。

 

 人が獣と(たもと)を分かった時から、獣は神秘を見出される存在となった。世界の『裏側』へと移行したのだ。

 

 アジアの多くの地域では、犬の声は魔を祓うとされ、吼えた音圧だけで、他者の魔力を引き出し、『演算領域』で変換した魔力を、まるで『魔法』を覚えたての『幼子』のように、雲散霧消させることが出来る。 

 

 

「吼えた音圧」「雲散霧消」

 

 

 単語の抜き出しで、読んでいた全員が脅威を再認識する。

 

 

『厳密には襲撃者の使っているのは、これ(獣性魔術)じゃないんだがな。アンティナイトを大量に『中身』(ないぞう)に仕込んでいれば、吼え声一つでお前たちの魔法式が引きはがされる可能性もある』

 

「だから一撃必殺でやっていたのか」

 

『そういうことだ。深雪、お前も見たならば分かるな。敵さんは、その気になればお前たちの魔法を霧散出来る』

 

「対抗策は?」

 

『レベルを上げて物理で殴る。もっと言ってしまえば、対象に直接『仕掛ける』魔法式ではなく、『放射された魔法』ならば、ただの『物理的エネルギー』として、相手を穿てる』

 

 

 単純ながらも座標設定で『対象物』のエイドスを直接書きかえることに特化した現在の魔法師で出来るかどうか……。

 

 幹比古とレオ、そしてエリカならばそれに適している。達也もストレージを入れ替えて対応も出来るだろう。

 

 

「お兄様」

 

「俺がお前を守る。だから深雪。刹那にはないお前の魔法の輝きを見せてくれ」

 

「はい。刹那君には負けないぐらいに、この一帯を氷の彫像だらけにしてみせます!」

 

 

 そのやり取りを傍から見ていた全員が、『アンタら本当に兄妹か?』などと心底疑問に思うと同時に、遠吠え―――鬨を挙げる声が聞こえてきた。

 

 

「思うんだが正門側から律儀にやってくるってことは、こっち側に『策源地』があるってことか?」

 

『そういうことだ。行きたいのかレオ?』

 

「いいや、今はとりあえず―――」

 

 

 正門という意味では、もはや意味がないほどに崩れた門扉。そして歪んだ柵を乗り越えてやってくる獣人の数は三十は下らない。

 

 

「こいつらで新しい『術』を確かめたい」

 

 

 片腕にだけ装備したナックルガントレット……専用のCADで掌を叩いたレオが魔法を解き放ち、鬨の声を上げて襲いかかる獣人たちに挑戦的な笑みを浮かべた。

 

 

パンツァー(Panzer)!!!」

 

 

 言葉は呪文の如くなり起動式が展開して西城レオンハルトの全てを固く硬く堅くして―――敵対者に鋼となりて襲いかかる。

 

 爪で切り裂こうとした獣人の懐に素早く入り込み撓められたボディブローが正確に入り込みめり込み、骨を軋ませ奥の臓を叩き潰した時には人間の倍以上の獣人は来た道を戻り、猛烈な勢いで柵に突っ込み動かなくなった。

 

 

『『『『『………』』』』』

 

 

 誰もが唖然とするほどに、呆気ない効果―――。しかし獣人たちには脅威と映った。整列して威嚇する様を見せている。

 

 

『GUOOOONNN!!!!』

 

『音圧』

 

 

 刹那からの警告は一言。しかしその時には―――幹比古が動いていた。

 

 

「風刃」

 

 

 遠吠えに魔力阻害が乗る前に、呪符を使って言葉で放たれる風の刃が喉を切り裂いた。吹き出る血と落ちる『石』の煌めき。

 

 声帯を切り裂かれたことで、声を出せなくなった獣人たちが、次手に移る前に―――。

 

 

「赤ずきんのおおかみかってーーーの!!!」

 

「あれは腹だろ」

 

 

 エリカが手に持っていた警棒―――それから放たれる魔力が力となり『力場』となり強烈な勢いで叩きつけられる。

 

 猫のように跳ね回るエリカが獣人たちの頭を次から次へとぶっ叩いて、頭蓋をシェイクした後に―――。

 

 達也は、『分解魔法』を発動。ここまでやられては脳も心臓も『見えやすくなる』。

 

 

 相手が人間であれば、痛痒で呻く以前に即死だろうが……見えぬ魔弾が放たれて、重要器官を失わせ、何人かを絶命させるもやはり撃ち漏らしは出る。

 

 

(再生したか)

 

 

 フィクションにおけるゾンビやグールは肢や腕がなくなっても動くおぞましい怪物だ。

 

 脳や心臓だけを見えた訳ではないので、肢や腕を失わせ行動を防いだわけだが――――。

 

 

『だが、ここまでやれば―――』

 

「ああ、終わりだ」

 

 

 獣人の一団に飛び込んだのと同じ勢いで後退するエリカと達也。その時、復讐の追撃をしようとした獣人は圧倒的な冷気に慄き上空を仰いだ。

 

 そこには巨大な氷塊。逃げられる距離と高さではないが、それでも逃れようとした時に一塊の氷山の如き質量がグールの獣人を完全に圧殺して凍結。

 

 強烈な圧と冷気がこちらにも届き、正門からさほど離れていない所に季節外れの氷のオブジェが出来上がった。

 

 巨大な氷山が―――そこにあった。

 

 

『お見事』

 

「援護しなかったな」

 

『見ておきたかったから。それと少しは休ませろ』

 

 

 流石に第一陣の数を隅々まで倒すとなると、魔力の消費が凄いのだろうかと思った達也だが、それは『ハズレ』である。

 刹那の魔力量はいくらでも『供給可能』なのだ。意識こそ失い無機質な礼装となったオニキスから魔力を供給して先程の全敵必殺を行っていたのだ。

 とはいえ、それでも魔術回路と刻印の酷使があったのは事実。そんなことは知らない達也は合点して小休止しようとした時に―――。

 

 ―――、カンとしか言えないが、何かが来ることが分かって身構える。

 

 

「!! みんな気を付けて!! 新手、いやこれは―――『魔法師』!? 刹那君!」

 

「―――司波兄!! 見事な立ち回り中に悪いが壬生は!?」

 

 

 達也と同じく『視えた』らしき美月からの警告。それと同時に後ろから走り込んできた桐原武明を確認した時―――。

 

 

 深雪の氷山が―――『割れた』。鋭い『斬音』とでも言うべきものと『キンッ!』という短い音。連続して響く音の後には綺麗な断面を見せながら死体含めの氷塊が転がった。

 

 

『!!!???』

 

 

 誰もがその現象に眼を奪われた。その切り刻まれた氷山の中に眼光鋭く眼を輝かせる『剣士』が一人。誰もが見た。

 

 

『エインヘリャル引き連れた戦乙女(ワルキューレ)かよ……。気を付けろ。手練れの中の手練れだ』

 

「ああ、まさか。こんな形で出てくるとはな」

 

「……壬生……」

 

 

 桐原の呆然とした声すら遠くなるほどに、そこにいたのは剣道部のアイドルにしてここ一週間ほどは達也も関わりを持っていた少女。

 

 壬生紗耶香の姿。その剣道着なのかそれとも何かの仮装なのか分からぬほどにけったいな衣装に、血のように『赤い刀』を持つ少女。

 

 

(まるで……さっきの童女―――『マナカ』とかいうのみたいだな)

 

 

 超然として超能を誇る万能の存在が下位の存在を憐憫と共に見下ろしているような感覚。見られているだけで萎縮しそうになる。

 

 綺麗な断面を見せる氷の上に乗り口を開く壬生―――。

 

 

「……力を手に入れてみると分かることもあるのね。達也君。私はあなたほど大きな目的を持っていなかった。けれど私にも譲れないものがあるのよ。あったのよ。それを穢させない―――小さな目的で生きる人間は小者だと言わんばかりのあなたが、今はひどく哀れに思えるわ」

 

「『あの時』のことでしたら、俺は間違ってはいないと思います。そんな『外法』の力で『高み』に上るのが、あなたの望みだったんですか壬生先輩?」

 

「ええ、生まれが違えば能力も決まってしまう魔法師の社会で『正道』も『外道』もありはしないわよ」

 

 

 即答する壬生の狂相であり笑顔に、美月が怯えて、桐原が悲しそうな表情をしてしまうが構わず壬生は続けた。

 

 

「まぁいいわ。今はマナカ『様』の為にも、必要なものを手に入れなくちゃならないのよ。邪魔しないでね?」

 

 

 それを聞けるものか。壬生の終ぞ見たこと無い笑顔に、誰もが戦意を滾らせて―――『操られている壬生』と続く剣道部と『剣術部』の一部。多くの一高生徒達の剣呑な様子に覚悟を決める。

 

 一歩を踏み出して―――足を滑らせたかのようにひっくり返る様子の壬生だが―――、その動きにまどわされてその動きを見て、『奇襲』に気付くのが遅れた。

 

 

 滑るように『飛びあがった』壬生。足場たる氷山の塊は七つはあり、巨大な氷が滑るように一高の路面を滑りながらこちらにやってきた。

 

 凡そ普通乗用車が時速60㎞程度でやってくる様子を感じる。

 

 それに対して、刹那からの援護。破壊の魔力弾が滑る道中で氷山を砕き―――達也たちは間合いを詰めるべく走り、同じく奇襲の二段構えで氷山と共に接近していた一団がぶつかり合う。

 

 

 ……煌めく雪月花(ダイヤモンドダスト)が舞い散る中―――熱き思いを秘めて戦う若人たちの戦乱が、幕を開けるのだった。

 

 

 そして――――。

 

 

「待たせたか?」

 

「いいや、全然待っていない」

 

 

 男は黒い剣道着を着込んで部活連本部の近くに佇んでいた。その手には木杖。

 

 

 お互いの距離は3mもないだろうか……。

 

 

 そして室内という場の性質上―――相手の土俵に上がることになった。覚悟は決まっていた。

 

 だが相手を目にすると、どうしても気後れするのは……有り得たはずの過去を後悔するからか。

 

 

「……遠坂とお前を引き合わせたのは失敗だったのかもしれないな……」

 

「そうだな。でなければ俺は裏工作でお前の手を煩わせているだけで、十師族社会も混乱しなかった。そして七草の毒にも薬にもならない改革を誰もが美辞麗句で彩るだけだったな」

 

 

 だが世界はただ一人の決断で変わってしまった。

 魔法師社会は混乱するか、それともエレメンツ研究の時のように破棄されるか、いずれにせよ今まで国際的評価で値札を付けられていたものが、今後の魔法師の『市場』を賑わす。

 

 

「江戸元禄時代には今の世では旨いものと知られていた『マグロ』なんて下魚……食えたものではないという評価だった」

 

「変革の時が来た―――……誰かが価値を見出したならば、それはあるべきものだろう。お前も、その『旗』に集ってほしかったんだよ」

 

「無理だな。もう問答はいいだろう。『後事』は頼んだんだ。今は、ただの『キノエ』として、一高『最強の魔法師』に挑戦したいだけだ」

 

 

 沢木と辰巳を一撃必殺、鳩尾への『打』で終わらせたものを槍のようにこちらに向ける甲の姿。

 

 メガネを外した瞳が見据えるものは、『仁王』か『不動明王』か、どちらであろうと―――十文字克人が守るべきものは決まっており、構えを取る。

 

 

 激発、『壁』が迫り『武芸者』の『棍』が叩き、砕けて、それでも数多もの『壁』をぶつけて病葉も同然に砕ける障壁の乱舞の中でも必殺を待つ『仁王』。

 

 

 一つの戦いが始まり……もう一つの戦いが始まりを告げるのだった。

 

 

 


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