魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
あーニューヨーク……トータすらたおせねぇ。せめてフレンドの師匠と俺の師匠とで悪魔合体出来れば―――
では色々とツッコみどころ満載な最新話どうぞ。
生徒会室に招かれた刹那とリーナは、これが一種の尋問であることを分かっていたので、然程抵抗するまでも無く話すことにした。
お互いの情報を擦り合わせすることで、齟齬を消していく。
「違法魔法師、外法魔法師……アウトサイダー、か」
「我々の言い方ではそうなっています。USNA軍の魔法師でも対処できない時に俺たちも同行していましたから」
ウソではないが、一部に虚飾を加えて言っておく。実はUSNAスターズの一員です。『シリウスとムーン』など言えるわけがない。
「あの女、
「だがあの少女は、お前が使うような『呪文』を必要としている風では無かったな……むしろ手振りや動くという動作だけで『魔法』を発動させている風だったぞ」
「そこなわけですよ。肝要なのは―――あの女のトータルスペックの元。アレは、『全知全能』の存在としてこの世界に生れ落ちた。言うなれば『神様』みたいなものです」
言葉に怖気を見出した生徒会室にいる全員の表情が強張るのを見ながらも、刹那は話を続ける。
全ての『もと』、河の源流を山から湧き出る水と定義するか、それとも山に降り注ぐ雨と定義するか―――違いはあるだろうが、そういった全ての『おおもと』となったものが、存在している。
「万物の根源、阿頼耶識、絶対運命、アーカーシャ、ユグドラシル、真理の扉……様々に定義される
「話が大きすぎて、正直呑み込めきれないわ……そんな、文字通り全知全能の存在が……何をしようっていうの?」
七草会長の頭の中には、そのカミサマもどきが、なぜ自分達のような矮小な存在に構うのか……そういうことだろう。
討論会でイジメすぎたかな。とも思うが、今は置いておく。
「あの女の目的は今も昔も変わらないですよ。永遠の王、聖剣の主、ブリテンの勇者―――『アーサー・ペンドラゴン』を召喚して、アーサーの為に過去世界のブリテンがそのままに栄えるようにしたい」
更に大きすぎる話だ。アーサー王の伝説すらも定かではない彼らの頭に入って来るだろうか?と思いつつも、刹那は話を続ける。
「……何故その為に我々が必要なんだ? 彼女は全知全能なんだろう? 相対したからこそ分かる。あの子にとっては羽虫を殺すも人間を殺すも等しい価値なんだ。そしてそれが出来る……出来るからこそ、何故なんだ?」
「全能の存在として生を受けた存在。俺の家では、こうした人間を『根源接続者』と呼んでいるんですが、彼らは全知にして全能であるがゆえに、『生』に何も望んでいない。
言うなれば現世が苦界となっているわけでして、適度に時間が過ぎれば自殺するぐらいに―――熱量が無いんですよ。
何でもできるからこその困難、苦労もなく、出来ないからこそ抗う摩擦による『熱』がない……冷めてる……」
渡辺委員長に返して、考えるにまさしくラプラスの悪魔にとり憑かれている存在であるからこそ、『未確定の未来』すらも『確定されているのだ』。
だが確定された
「しかし、そんな風な『根源接続者』でも出来ないこともある……ある種の『過去改変』を行う為に、あの女は一種の化け物を生み出そうとしている。
そいつは恐らく東京を丸ごと呑み込んで生まれ出ると同時に、強大な悪意で世界を呑み込む……その化け物が望むのは、純度の高いエーテルを含んだもの。要するに魔法師の肉体を
その言葉に誰もが半信半疑。しかし、既に現代に確立された魔法では不可能なことを見せられてきたのだ……。あの女もまた魔法師の常識で考えたとしてもあり得ないほどに異常な存在であったのだ。
信じないことで滅亡を否定しようとする本能と、そうではない、あれが本気になれば―――『そういったこと』も可能だろうというIFとが鬩ぎあう。
現実から逃避したい思いと、現実は否が応でも来るのだということに誰もが……絶望する。
「遠坂、もしも俺たちが、この場で全てを政府上位や国防軍に任せた場合、沙条という少女はどんなことをしてくると思う?」
「あの女の目的―――アーサーを呼び出すことに関しては俺がいれば『都合がいい』。俺を生贄の祭壇にくべれば、沙条は、王子様たるアーサーを首尾よく呼び出せるでしょう……強引な招待が待っているだけです」
「それじゃ遠坂君があの子の手伝いをしてやればいいじゃない。その後で東京すらも呑み込む化け物を呼び出させないようにすれば―――」
「千代田。そうして、どういった手段かは分からないが、キング・アーサーを呼び出したとして、その後に遠坂が無事で済むと思うか?
そもそも前提条件として、あの少女が求めているのは生贄たる魔法師の肉体……それも数十では足らないはずだ。それは優先的な『餌』であって、その気になれば……魔法師ではない人間すらも、生贄として『招待』するのだろうよ?」
千代田先輩のどうにも空気を読まない発言を諌める十文字会頭の声にも不機嫌が出ている。そして会頭は察しがよすぎた。その疑問に刹那が首肯で答えると腕組みしたまま核心を突いてくる。
「街一つ呑み込む。その化け物とやらは―――『ニューヨーク・クライシス』に現れたと、まことしやかに様々な界隈で囁かれている、俗称『ビースト』なのだろうな……」
「………察しが良すぎて、少し拍子抜けです」
「ニホンの諜報能力を侮っていました」
アメリカ人 2人の言葉に、何人かがイラッとしていたが、それはともかくとして―――そこまで分かっているならば、もはや対応は一つであった。
今ごろ、ロウズ大統領補佐官のネゴシエイションが様々な所を動かしたはずだ。だからこそ、ここから先は自分がやるべきことであろう。
「あの女の目論み通り
「待て! まさか遠坂、お前一人でいくつもりかっ!?」
刹那の宣言、完全に言葉の意味全てを理解していたわけではないが、今度こそ十文字会頭が狼狽をして立ち上がる。
全員が眼を剥くような宣言をした遠坂刹那は、当然と言わんばかりの顔で全員を見返していた。
「一人じゃないですよ。ワタシも行きます。ニューヨークでの一大決戦ではワタシもUSNAの魔法師として、前線に赴きましたから」
次いで放たれるアンジェリーナ・シールズの力強い言葉に全員がざわつく。確かに魔法師というのは全人類規模のクライシスに対応することが義務付けられている。
今でこそ
だというのに、こいつらは、危難に立ち向かうことを当然として受け入れている。
「―――先程、協会及び十師族……更に言えば政府上位連名での通達が来ていたわ……『一高襲撃及び様々な魔法犯罪を起こした外法魔法師、沙条愛華の不法な魔道実験の停止及び殺傷の全てを許可する。いかなる手段を以てしても、この事態を終息せしめよ。またこの事態にあたるのは、USNA魔法師協会所属『セツナ・トオサカ』、『アンジェリーナ・クドウ・シールズ』の保有する戦力による撃滅が最優先事項とする』―――要は私達、日本の魔法師じゃつっかえ棒以下だから油売ってろってことよね?」
「なんとも悪意的な見方。まぁ二人ほどの犠牲で全てが完遂するならば、それに優る効率はないだろうってことですよ」
「それを容認しろというの? アナタによって道化になったとはいえ、私は一高の生徒会長なのよ? そんな決死任務に二人だけを行かせて、この場で何もせずにいるなんて出来るわけないわ」
「ならば、この八王子近辺の魔法師全員に送られただろう通達を無視するんですか? そこまでの『決断』を七草真由美―――あなたが出来るとは思えない」
侮っているとも、七草会長の責任を逃がしているとも言える刹那の言葉。どちらにせよ先程まではお互いに背中を預けて戦っていた人間から―――突き放されていい気分なわけがない。
だがその一方で、それこそが正しい判断だという考えが捨てきれない。誰もが拳を握りしめて、どこにぶつければいいのか分からない想いでいた。怒りと義憤との混ぜ合わせを―――。
「待て刹那。お前一人で行くこともこの場合、どう考えても不許可だ」
一人の男だけが遮るかのように言ってきた。本当だったらば『殴って』から言うことを聞かせたかったのか、拳を硬く堅く握りしめている様子である。
「意外だな。達也、お前もあの化け物女の実力は見たはずだ。お前に何が出来るというんだよ?」
「さぁな。だが、お前がこの国で好き勝手やらかすことも俺たちに見過ごせることではない。何より―――俺も借りを返さなきゃ気が済まないんだよ」
「借り?」
「深雪にほのか、雫に明智―――全員、あの時、殺されかけたんだ。ゆるせないし、何よりお前も許せない。ことが深刻になるまで手を出せなかったのは理解が及ばないわけでもないが、だがそれでも―――お前の色々な『話さないでいた』ことが、この事態を招いたんだ。お前にも俺は怒りを覚えている」
静かな怒気。―――もはや殺気にも似た渇いた空気が生徒会室に充満する。司波達也という男の『来歴』を誰もが察する程度には、棘がある。それに対して刹那もまた殺気で返す。
「だが、彼らの活動全てを糾弾出来なかったのは、この国の魔法師も同じだ。だがそれも仕方ない。ヒトの『正常な営み』の中にあるものであるならば、『異能』の側が手出しすることはご法度なんだからな。
いくら『魔王』に反感を持っていたとしても、叡山の坊主を何の咎も無く殺すことは『魔王』にも出来なかったんだぞ?」
「ああ、だがもうその『正しさ』は崩れた。俺たちは自衛自存の為にも、沙条という童女をどうにかしなければならない。俺と深雪の安寧のためにもな」
「………協会及び師族の要請を全て蹴っ飛ばすというのも、都合が悪すぎやしないか?」
―――アナタ達の『本家』のこともいいの?
深雪と達也両名に対してのみ伝わる空気振動による言葉のメッセージをリーナがフォローするように入れてくれたが、それでも達也は揺るがなかった。
「理由づけならば、もう考えている―――」
「どんな詭弁を弄するつもりだ司波? 現・十師族の長子として、あまり好き勝手されてもいい気分ではないんだがな」
「簡単ですよ十文字会頭……、書類の不備というわけではありませんが、書き方があまりにも御粗末でしたね……刹那とリーナの『中』に入ればいいだけです。このバカップルの『保有する戦力』になってしまえば万事解決です」
「―――そういうことか。勝手に付いていく、及び『義勇兵』として動くならばどうとでもなるということか……」
その言葉を聞いた刹那とリーナの2人ですら、そんな『抜け道』使っていいのかよ? と思ってしまう。
確かに現状、それこそが一高及び他の魔法師戦力を使う方法ではあるが――――。
嘆息を一度吐いてから、全員を見回してから質問を投げかける。
「……最後に意思確認をさせてください。全員が、この事態を本当に解決したいと思っているんですか? 俺たちだけでも『何とかなるかもしれない』ことなのに?」
その言葉に真っ先に否を唱えたのは、意外な事に五十里先輩であった。
「愚問だね。仮に君やシールズさんが死んでしまえば、僕も楽しみにしている……ようやく始まった改革が頓挫してしまう。何より森崎君だけでなく壬生さんや司先輩にも『呪い』が掛けられているんだ。栗井先生や安宿先生もかかりっきりだけど、進行を遅らせるので限界だ」
全校生徒から可愛いとも評されるその表情が厳めしくなっているのは、少し申し訳ない思いである。この人は、そこまで怒らない人で怒れない人のはずなのだから……。
「見て見ぬ振りは、もう出来ないんだよ遠坂。桐原も重傷の身で意識不明の壬生の側にいる……お前たちが失敗したらば、死人の数が倍以上になるのは確実なんだ。ならば―――せめて少しだけでも戦力と勝率を上げておきたい」
服部副会長の言葉。現実と理想の狭間で揺れた言葉に、誰もが『可能性』を知ってしまった。もはや責任や出来る出来ないの話ではなく、自分達にとって差し迫った危機として再認する……。
「……セツナ―――」
「仕方ないさ。現れてしまったものとは、どうにかしなくちゃならない。君をもう一度心配させるのも忍びないな」
人類悪として顕現する前に、あの女をスタッブする。それしかないのだ。リーナの不安げな顔と、それでも……何かを失う可能性を恐れていたのも事実。
己の起源が再び誰かを失わせるのではないかと……不安を覚えるのだ。けれども……。
(俺一人でどうこう出来る問題じゃないよな)
いや、技能的な何かとかそういったもので言うなれば、確かに一高だけでなくこの世界の大半の異能力者は劣る。神殺しをやるだけの『剣』が無く、それでも戦う意思を持つ者達。
けれど、戦う意思一つあれば……誰もが
(あんた達もそうして戦ったのかな?)
左右の腕の刻印が疼く。この場で逃げるなど許さない。許されないのだと―――叫ぶようである。
「何か言うことはある?」
七草会長の言葉に―――素直に言うことにした。
「相手は正真正銘の人類全体の『背徳者』―――戦うには、俺とリーナだけじゃ無理がありすぎる……」
一拍置く。誰もがこの男の言葉を待つ。
何もかもを自由奔放にやれるだけの魔法師であった刹那の人間臭いところを見たいのもあった。
「俺を助けてくれ」
真剣にこちら―――魔法師たちを見つめる『魔法使い』の言葉を皮切りに、誰もが己の仕事をこなしていく。
……魔法戦争の再開であった。
† † † †
「裏方というのも時に辛いものだね」
「けれど、いなきゃ何にも出来ないのが私のような剣士ですから。啓先輩みたいな人がいるからこそですよ」
―――30分後に反撃を開始する―――。そう宣言した刹那は、全ての準備を的確に指示していく。
敵勢の戦力分析。及び予測されること全てを羅列して適材適所に動かしていく。その様子はまるで熟練の指揮者のようであった。
そしてそんな中、大きな役を任されることとなった人間が一人―――。
「まさか吉田君に『大役』を任せるとはね。確かに刹那君に近いのは彼なのかもね」
とはいえ、そんな風に任された方は緊張しっぱなしであった。それに対して……説得工作はコントのようだった。
『ミキヒコを信じている』
『そんな後書きにおける きのこ(?)みたいに言われても!』
『『『『ミキヒコを信じている』』』』
『増えた!? エリカもレオも達也も……もう失敗しても知らないよ!!!』
『――――ミヅヒコを信じている』
結局、サポートとして『眼』の良い美月を付けることで、なんとかかんとか納得させた。
とはいえ、こちらとてこのままやられっ放しは性に合わない。総力戦というものは、始めるよりも終わらせる方が難しい。
何よりあちらはこちらの肉体を屠殺された
そんな風な五十里啓の心根とは別に、台に置かれていたデバイスの『調律』が完了した。
「―――オーケー、これで大丈夫のはずだよ。父さんほどじゃないけど大蛇丸の術式は僕も見てきたからね」
「ありがとうございます。本当にウチの人間は五十里家の方々には足を向けて寝れませんね♪」
「そこまで畏まらなくても、千葉家の皆さんは、僕らの技術を高めてくれる剣士だしね……ただエリカくん。本当に突入組に回るのかい?」
「直々の御指名ですから、それに―――、一度は高みってヤツを見ておきたい……」
五十里啓の恋人にして将来の『伴侶』である千代田花音が、渡辺摩利に憧れて追いつこうとするように、エリカにも何かしらの目標が出来たのだろうかと思う。
千葉家の『戦姫』にとって、男など次兄の『ナオツグ』ぐらいにしか懐いていなかった風なのに……。
これ以上は下種の勘繰りだなと感じて問答を終えた。
「それじゃ行ってきます」
「ああ、絶対に帰って来るんだよ」
勝手ながら兄貴分の心情でエリカを送り出すと、啓もそろそろ時間だと気付く。全校生徒宛てに、国防軍の介入までは二時間、もしくは米軍もまた動き出そうとしている旨が伝えられていた。
家の方で避難に備えるのもいれば、危難に備えろとして残すものもいた。啓は後者として残るように言われていた方だ。
「ゴジラでも出たかのような騒ぎだね―――さて、乱痴気騒ぎに終止符を打つのは、誰になるかな?」
状況は複雑ではないが、倒すべき敵の強大さがとことん厄介なのだ。そしてそれに相対できるのは―――。
考えてから、結局なるようにしかならないのだろうとして、今は……少しだけ不安がっているだろう恋人を慰めにいくことにするのだった。
† † †
「―――許しには報復を、信頼には裏切りを、希望には絶望を、光あるものには闇を、生あるものには暗い死を。休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう」
一節ごとに刻まれる聖句の限りが律動をして、中心にいる魔法使いが昂揚していく。
22世紀を迎えようとしているこの世界にて、主の御業をこの地に降ろしていく魔法使いは、広がりゆくホーリーシンボル……十字架を模した魔法陣を屋上にて敷きながら、対吸血鬼用の術式を完了させようとしていた。
誰もが、その様子を固唾を飲んで見ていた。見知らぬ術式であることもその理由の一つだが、刻んでいく魔法使いの様子が何よりも神然としていて、宗教観薄い魔法師たちでも信じてしまいそうな神秘の力を感じるのだ。
「永遠の命は、死の中でこそ与えられる。――――許しはここに。受肉した私が誓う」
終節に近づきつつある。そう感じた―――誰もが、そして遠く……目的地とされている廃工場から、ひどく暗い色のサイオンとプシオンが湧きあがる。
廃工場……神殿の主が不愉快さを感じている証拠だ。そう感じた柴田美月は、それでも妨害工作を行わない理由が掴めずにいた。
しかし、それでも煙で燻された蜂の巣のように何かに怒り狂っている様子は感じる。その蜂の巣に対して刹那は、最後の殺虫剤を掛けた。
「――――
言葉で―――八王子全体が巨大な
空と大地に刻まれた魔法式はとびきりに巨大なものだ。膨大な情報量が形を成して、光を使って電飾で形成された大聖堂『ミレナリオ』を感じさせるもの。
それを見た達也が、少しだけ感想を漏らす。
「儀式準備を進めていたとは聞いていたが、規模だけならば、もはや『戦略級魔法』の領域だぞ」
「いや、ただの対霊術式だから。USNA内での名称は『ゴーストバスターズ』。対霊魔法としては希少なものとして、度々セツナが呼び出されていたわ」
マシュマロマンを倒したり、自由の女神像を動かしそうな名前がリーナから告げられた途端に、廃工場から吹き出る巨大なサイオンとプシオンの猛りが、こちらのバイオリズムを崩そうとしてくる。
「真っ赤になって怒り狂ってるなぁ。けれど―――こちらを舐めていた代償だ」
確かに様子としては想像出来るものだ。吸血鬼―――として『成り上がった』彼女が弱点として持ったものとは、
達也たちに詳しくは語らなかったが、それでも『あちらの世界』でも、教会の代行者たちは、『奇蹟』の基盤を用いて人類史を穢す影法師どもを弱体化させていた。
『埋葬教室』のようなキワモノの中のキワモノでない限り、彼らは多くの戦闘信徒や純粋信仰の信者たちに聖句を詠わせ続ける。そうすることで吸血鬼を弱らせる……。
「―――時間だ」
目的地から噴き上がる『怒り』を見終えると、会頭がリミットであることを告げてくる。
戦闘再開を告げるかのように、元・ブランシュ日本支部であり、現在は吸血鬼の城となっている場所から再び戦力が吐き出されてきたという通信が入る。
「ここの術式を崩す気だな」
「俺たちの役目は、敵の本丸を強襲することだ。今はここにいる連中に任せて―――」
「GO! GO! GO!」
リーナの言葉にせっつかれる形で、突入するメンバー全員が屋上から飛び降りる。
校舎の前に着けられていた大型のバンタイプの車。ロマン先生の私物らしく、屋上の柵を乗り越えて飛び降りると同時に緩衝系の魔術などで、衝撃を殺す。
複合術式でバンタイプなのにオープントップも可能という趣味満載の車に軟着陸の落着で続々と乗車する面子は―――。
助手席に七草真由美、後部座席に十文字克人、司波達也、西城レオンハルト、遠坂刹那、司波深雪、千葉エリカ、アンジェリーナ・クドウ・シールズ。
ロマン先生を除けば計八人で死徒の城を攻略することになったのだ。
「―――お客さん方、目的地はどこかな?」
この時代、自動化された交通システムが普及している中、珍しくもマニュアルタイプ、しかも己で運転する車を持つというロマン溢れる人のおどけた言葉に―――誰もが言った。
「魔女の城までひとっ走りよろしくお願いします」
「了解だ。君たち若人に『峠を制したもの』としての走りを見せてあげよう」
言葉と同時に、何故か車内にかかる古めかしいユーロビートと共にけたたましくエンジンが吹かされてロマン先生の『最速理論』が、発揮されるのだった……。
† † † †
若干ながら封じられた超感覚ではあるが、広がる視界は迫りくる敵の姿を捕えていた。
(まさか死徒であることを利用されるとは思っていなかったわ……思い返せば、遠坂家は聖堂教会とも縁が深い家……信仰の基盤は持っていたわけね)
万人を超越している愛華であっても、完全に読み切れないものがある。そして能力の『制限』もある。
今の『サジョウ・マナカ』は、遠坂刹那のいた『世界』にて封印執行された魔術師だ。根源接続者であっても、わずかな『揺れ』次第ではどんな運命を辿るかは分からない。
ある意味では第二の力の如く様々な可能性世界の自分を見た。そこで変質してしまった自分も見た。もちろんゼルレッチの如く確定した世界になるわけではないが、それでも『愛華』は見てしまった。
冬木の聖杯戦争ではなく『東京』にて行われた聖杯戦争。枢機卿の持ち込んだという聖杯を用いて行われる魔術儀式……その中で愛華は見た。
蒼き騎士―――違う世界のアーサー・ペンドラゴンの姿を……恋をしてしまったのだ。
(ドクター・ハートレスのように、冬木の大聖杯を利用してアーサーを呼び出そうとしても、あの世界で呼び出せる『アーサー』は『アルトリア』でしかない……)
確定してしまった
その希求は狂気を持ったものだった。万能を誇る彼女が、熱を以て取り組む姿を誰もが喜んだ。しかし、妹だけはそれを不審に見ていた…。それがその世界の彼女の失敗だった。
(結果として魔術協会に通達が行き、私は封印執行された―――けれどね……)
生来の能力値ゆえにか、彼女はグールとして蘇り、そして急速に死徒化を果たした。例外が無いわけではない……蛇の転生体が、そのように世界の修正を受けて蘇ったり、死徒の血を吸った樹木が死徒としての適性を持ったり……。
結果として、魔術協会の保管庫より蘇った自分に二度目の追っ手。今度は聖堂教会との共同作戦。その中で一線を張っていたあの少年……『村』からバルトメロイと共に帰ってきたことで、『栄達』か『封印』かという瀬戸際にあったのと接触したことで―――。
「正しい意味での宝石を通して、この
だからこそ愛華は待った。いずれあの少年はこの世界に逃げ込んでくる。その時にこそ願いは叶うのだと―――。準備は整えられた。もはや九割九分九厘の勝利であろう―――。
しかし、何かの『修正』を受けたのか、ここに来てあの少年は、魔術師以下の神秘すらも行使できない、愛華からすれば羽虫以下の蟻どもを連れて、生意気にもこちらに歯向かおうというのだ。
「ハジメくん。そろそろやってくるわ。私は『奥間』に行くけれど――――いいえ、その前に―――」
「礼に則った『入城』をしようという輩ではなさそうですね。ミス・サジョウ―――」
けたたましい音をさせて近づいてきたもの。廃工場の外観のトラップ―――などは無いが、それでも用心の為に用意させていた現代銃器による自動迎撃システム全てを砕いて―――。
『花は桜木! 男は
言葉で、正面の門扉―――電子式ではなく魔術的に強固にしたものを砕き―――大型車が飛ぶように勢いよくやってきて、愛華を直撃しようとしてきた。
けたたましいエンジン音と共に、飛んでくる車に対して虚空で留めるように手で制すると、エンジン音は五月蠅いが完全に運動を停止させられて―――、そのままに手を握りしめて、その大型車を圧潰させて鉄屑に返した。
エンジンオイルが血しぶきのように床を汚しながらも、その中に肉片や血液がないことを見た愛華は―――。一瞬前に車から降りて着地したのだろうか、自分達の前に出てきた反逆者どもを睥睨する。
人間の死骸で作り上げただろう骨が見えている玉座に、正しく王者であり超越者の如く座る沙条愛華を見た八人の魔法使いたちは戦意を露わにする。
そんな王者の侍従か宰相の如く側に控えている男が、甲先輩の義兄『司一』であろうと気付いたが―――。
その前に超越者が、正しく神の如き慈悲の眼に見えて、その実、酷薄にして残酷な心のままに死を齎すだろう視線で穿ちながら、こちらに問いを投げかける。
「一応、万が一ってこともあるわ……聞いておきましょうか、第一高校の皆様方、そして―――封印指定執行者『遠坂刹那』―――ここに何をしに来たの?」
言葉の間。巨大なるものと小さき者との狭間。虚空を埋めるその言葉に―――。
携帯端末型のCADを持ち。
腕輪型のCADを指でなぞり。
剣鍔で金打を鳴らし。
ナックルグローブを構え。
棍杖で大地を叩き。
虹色の槍を煌めかせ。
二丁の拳銃を持ち。
――――双腕の刻印を輝かせた時点で、口を開いた。
『お前をぶっ飛ばしにだ!!』
「失望したわ」
言葉の語調といくらかの変化はそれぞれだが、全員の意気を合わせた言葉に対して、超人は憐憫の一言の後に、背後より触腕のような魔力刃を何本も―――数えるのも馬鹿らしくなるほどに出してきて、それを刹那が魔弾で穿ったのを切欠に戦いが始まるのだった……。