魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
―――事件の波紋は大きかった。
どれだけ
連日マスコミは押しかけて、一高生徒がマスコミの取材を拒否したり答えたり、秘密裏に……顔出しなしの変声機ありで、証言したり、まずまず混乱は大きかった。
しかし、そこは十師族の力なのか、『狼男』『蛇人間』などオカルトな存在も段々と口端に上らず大規模な戦闘痕に関しても、工事業者に多額の賃金を出すことで、それなりの幕引きを図った。
本来ならば、ここまでのことが起これば、やはり文科省が出てきてもおかしくないのだが、魔法師教育というのは特殊であり、そこはシャットアウトされた点は大きい。
だが、この『学校教育』という体裁を保つうえで、これらのことは色々な『しこり』になるだろうことは間違いない。
一高全体で言えば、大きな『権力』が働き、体制の大幅な転換とはなりえなかった。
生徒側からの視点では、呪いを食らった生徒達は全員回復に向かっている。森嶋を筆頭に風紀委員たちも復帰してきたが、若干の無力感を味わったらしく森川君のいつもの態度がないことが、やはりまだ呪いが続いているのではないかと誰もの疑念となった。
『沙条愛華』によって操られていた及び様々な強化を受けていた剣道部を筆頭とした面子。特に壬生紗耶香も元気を取り戻してきているらしい。
司甲もまた元気になりつつあるが、ここでふとした疑問が、『官憲』の間で残ってしまう。
ブランシュの日本支部には『邪眼』などの精神操作系の魔法を輸入していた形跡があったのだが、それらとは別の術理での精神操作を受けていた。
逮捕された司一も、『自分がマインドコントロールしたのは一高の生徒』とは言うが、それに類するものが、見受けられず……そのこと、沙条の秘術を実証できず、更に言えば沙条愛華は、まがりなりにも現在の評価で『劣等生』とされてきた人間達を『正しい意味』で強化したのだ……。
魔法師協会など欲の虫が疼きすぎる連中は、これらのテロリストに協力した生徒の罪を、司法取引で不問とすることで経過を見ることにした。
その頃には例の『問題児』が、郷中教育をやって彼らを更に強力な魔法師とするだろうから……欲と打算の限りのことが、見受けられた。
だが、甲先輩は自主退学するだろうと見られている。というより本人がそれを望んだ。理由はどうあれ、己が義兄のロクでもない活動を手助けしていたのだから。
これから進むだろう一高の改革。その一人になれるはずの人材。形の上だけでなく本心から十文字など多くの生徒が引きとめたが―――。
「すまない」
その一言で……決意は硬いのだと気付かされた全員は、それ以上は言えなかった。
とはいえ母方の『大きな実家』が、彼に興味を持っているらしく、完全に魔法と切り離された生活が出来るわけでもないようだ。
日本における反魔法師活動―――一番、過激なグループが沈黙したことはある意味、僥倖であった。
彼らのスローガンが、害悪とまではいかなくても忌々しく思っていたグループは多いからだ。
「まぁそんなこんなで本当に目まぐるしい一か月だったな」
「本当よね。まだ十師族に対する報告義務が残っているけれど」
横浜のシアター。席を予約してキャラメルがけのポップコーンを二人で喰いながら話すことは今後のことである。
刹那とリーナが観覧予約した『ナッシング・マギクス』―――架空の2010年代を描いた話題作を楽しみにしながらも、いずれはこの辺にある『協会』に呼び出されることを憂鬱に思う。
「立場的には、俺たちはUSNAの魔法師なんだけどな。流石にあそこまで目立てば、どうしようもなくなるな」
「騒動に愛されてる人生ね。けれど、そういうのも楽しいわ―――セツナが死んじゃうかもしれないようなことはゴメンだけど……」
あの時、
「ありがとう。俺の為に怒ってくれて」
「―――うん♪ すごく幸せ……」
柔らかなベンチシートに腰掛けながら頭を寄せる。この柔らかさが自分が守りたいものだ……失いたくなくて、戦いから遠ざけることも考えたのに……。
髪を撫でながら胸板に寄り掛られながら、そんな風に甘ったるい空気を出していたせいか―――。
「や、やっぱり! 魔法怪盗プリズマキッド最後の戦い~
「戦車女 ~ヘカティックホイールに恋して~ を見ましょう!!」
「いやオレは女囚さくらが見たかったんだけど……」
「葉桜ロマンティック……」
電子パネルを使って予約をする何人かが、ラブロマンスあるような作品を選択しつつある。とはいえ、『女囚さくら』はラブがあるのだろうか、何となく疑問に思いつつ、撫でていると開演まで20分前となる。
席予約は完全に行われており、取り合いになるわけがないのだが……。
「少し花を摘みにいってくるわ」
「難しい言葉知ってるね。行ってらっしゃい」
エチケットというもので、適当に手を上げて答える。二人掛けのソファーシート。片方にいた人間がいなくなると同時に、何となく弛緩した空気―――そこに気配が走った。
強烈な圧力。以前に覚えたものでもある。そして二度と会いたくない存在でもあった……。
「となり、よろしいかしら?」
「……俺の彼女が戻って来るまでならば」
リーナが戻ってきた頃にシアターに入る準備を整えておけばいい。別の女の匂いが付いたことで、変な勘繰りされるのは、嫌なのだが……。
それでも、この相手を無下にも出来ないのは……この人からは『狐』の気配がするからだ。
「私の顔を覚えているかしら? セツナ・T・セイエイさんと呼んでもよろしい?」
「覚えてはいますよ。お久しぶりです。ですが、その名前で呼ばれるのは非常に迷惑です。ミス・ヨツバ―――」
ここでの会話を誰が聞いてるかは分からないので遮音結界を張っておく。
貴婦人と執事―――側に控えている老齢の人間の眼がこちらを見ているのを感じながらも、会話を続ける。
「あらごめんなさいね。けれど、私にとってアナタは、その名前でしかないのよ。まぁセツナさんと呼ばせてもらおうかしら?」
「ご自由に、それで何かご用件があるのでは?」
「せっかちね。私のような美女との会話をもう少し楽しんでもいいのよ」
確かにミス・ヨツバ―――『四葉真夜』という女性はかなりの美しさだ。知るところによれば今年で齢45―――、『おbsn』のはずなのに、そんなけはいがいたたたた。
「硬いヒールで俺の足を踏まないでいただけますかね?」
「私も恩人の足を踏むような真似はしたくないのだけど、非常に失礼なプシオンを感じたものだから♪」
この女、人工的なイノベイター(?)にでもなっているのか!? 恐ろしいほどのオーラに驚愕しつつ、貴婦人という割には胸元強調し過ぎな若作りおbsnからの話を聞く。
「ブランシュの一件は助かったわ。弘一さんが泡吹いて倒れているだろう様子を見ているだけでは、終わらなかったもの」
あの後の事後処理に十師族。特に関東一円を守護する立場にある『七草』『十文字』の二家が、あれこれ奔走していたことは分かった。
七草会長からは『ウチのたぬきおや……お父様が、あなたに会いたいって言っているんだけど……予定明けられる?』
無理です。と言ってどうせならば十師族全員にあれこれ説明した方がいいと思えた。そういうことだ。
そしてさも『おもしろいこと』のように、微笑を零す四葉真夜に対して、頭を痛める。
「―――『九校一堂に会する戦い』の前に、あなたは十の家の家長に会わされる―――味方は老師だけでは不足よ」
「別に俺はワンマンアーミーです。いつでもね。あんたらが無理に俺の秘術を求めるならば―――そん時は、綺羅星の如き『英傑』の『軍勢』が、邪悪なる魔法使いの野望を打ち砕く」
「そこまではしないわ。ただ……今後もあんなことが起こるならば、少しの事情説明をしてほしいだけよ。多分ね」
会議の内容すら決まっていないとは、不和の極みなんだな。と思ってしまう。
主に『昔の女』『昔の男』絡み……『痴話喧嘩は犬も食わないがあ奴らのは食えば内臓が腐るものだ』というジイサンの嘆きを思い出す。
四葉と七草の対立はそこまでヒドイとは思っていなかった。
まぁ時計塔に置き換えれば、法政科とやり合うこと多いミスティールとキメラの連中みたいなものなのだろう。
そこに痴情の縺れ……泥沼である……。
「凄く不愉快なことを考えてるわね……全く、私はこれでも四葉の当主なのだけどね」
「その事に価値観を抱く人ばかりではないでしょう?」
「あなたは私を怖がらないのね」
「別に、怖がる必要も無いですしね。魔法を編む片手間にジミ・ヘンドリックス聞いてるようなババァは怖いですけど」
「どんな人と比較されてるのかしら……?」
「あとは、『無礼極まる極東のサルだ。義手の調子を確かめるついでに一つ揉んでやろう』とか言って乗馬鞭振るうような女も怖かったですね」
「……あなたの人生は苛烈ね……」
苦笑いをして答える四葉女史に答えつつ考えるに、特にババァは怖かった。
『オレがお前の親父を指導できていれば、アイツは世界を切り裂く魔剣を作れたはずだぜ。しかも特別な魔力の素養も無く一振りするだけで、終末を齎す魔剣―――へっへっへ……正しく禁忌の沙汰。人の正気を試す正しく試練だぜ』
違った意味で、親父が封印指定にされる原因を発見した瞬間だった。というかあの人こそが封印指定ではないかと思う。
数多の封印指定が、『創造科』から出てくる原因を発見した瞬間でもあった。
「まぁいいわ。今日は再会の御挨拶しにきただけだから―――。数日中に画面越しだろうけど会うと思うけど、私の事は頼りにしていいわよ」
「あとが怖いです。特に未婚の女性にそこまであれこれ言われると」
「男娼にしようってわけじゃないんだけど、やはり世間はそう見るわよね……それじゃ後は老師のお孫さんとのデートを楽しんでらっしゃいセツナさん―――」
その言葉を後にして、四葉真夜という女性は手を振りながら去っていく。後ろに就いた老齢の従者が一礼をしてから手持ちの端末を操作。
結構な額が、振り込まれたのを確認して――――。
「……『母親』のつもりかよ……」
嘆息するように、言ってから消え去った極東の魔王という名の若作りおbsnを『怖くは無いけど、やっぱり苦手』と結論付けるのだった。
そんな風にある意味、グッドなタイミングで戻ってきたリーナは、そこにあるものに勘付いた。
「なんかセツナから別の女の匂いがする……」
「魔女が会いに来ていたんだ。面倒な事に」
言葉を聞いたその瞬間、腕に巻きつくリーナの力が少し強くなった気がする。アメリカでもヨツバは魔法師達にとって畏怖の対象であった。
魔女という言葉で察したリーナの表情は不安げであった。
「いなくならないでね」
「大丈夫。リーナの隣が俺のいる場所だよ」
見上げてくる少女の不安とは裏腹に、物語の上映が始まる。
架空の2010年代から2020年代の日本の『どこか』で起こったと思わせる―――そこにて『魔法』の如き神秘の体験をした男女が『破滅』と『時間の壁』を乗り越える物語。
その物語は―――とても『現実』に根差していた。
隕石落下という、あり得ないようでいて、あり得るかもしれない予測不可能の『自然災害』、フィクションに根差したものだ。
そして魔法でも出来ない人の意識の交換……それらを以て―――多くの人々を助けた男女がようやくお互いを知りあうものだ……。
「いい映画じゃないか」
「ええ、本当に」
ひでぇ映画だ。とか言われたならば、チョイスを間違えた気分であったが、リーナも涙を拭っている様子に―――ああ、良かったと思いながら……。
上映終了と同時に出た時には、それぞれのシアターから出てきた『いつもの面子』とばったり会って―――。
「「「デートか?」」」
「お前らと同じ」
達也、レオ、幹比古に嘆息交じりの返答。リーナも女子の連れに、質問されたりして結局全員で会食となるのだった……別にいいけど……そんな日常も悪くないと思うぐらい、堕落した自分が―――すごく好きなのである。
結論付けた刹那は、魔女からのお金で存分に豪勢な食事をするのだった―――。