魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
気付いた人がいるだろうかと不安に思いながら、これにて幕間は終了。
次話から九校戦に入ります。
屋上にて適当に飲み物を呑みながらの雑談。相手は少し前に色々と聞いて聞かれた相手である。
夕方になったが四月とは違い、少し暖かい五月―――司波達也との話題は、数日前の十師族との対面であった。
「成程―――、『叔母上』が迷惑掛けたな」
「気にせず。というわけではないが、本気なのかね? 俺を養子にしたいだなんて」
「半分は本気だろうさ。半分はあの人の優しさだろうな」
嘘くさいというか言っている達也自身。そんなことを欠片も信じていないという口ぶりである。
二人以外はいない空間。聞かれる心配のない会話を肴に将棋の駒を動かしあう。
あの戦いの後に色々と聞かれたり聞いたりしている内に、結局、刹那とリーナの予想通り達也と深雪は、日本の魔法師の間でもアンタッチャブルである四葉の関係者であると認めた。
そちらも、こちらをUSNAの間者と分かっていたのだから、イーブンであった。
お互いの『帰属』においてどの程度の地位かはお互いに探らないことで手打ちとして、まずまず平穏な学園生活は取り戻せた。
「お前の魂魄消滅『魔法』―――『将星召喚』『英霊憑依』に関しては聞かれなかったのか?」
「言ったのか?」
「アーネンエルベで聞いたことは、みんな半信半疑だよ……しかし、『これ』を見せつけられたならばな」
言って懐から『アサシン』のカード2枚を取り出した達也。応じるようにカレイドオニキスの『基部』。星型のCADとも見えるものを刹那も出す。
「無理やり、人に埋め込むことで神話・伝説・人類史に残る英雄たちの能力を引き出す。本来ならばカレイドステッキなどの高位魔術礼装を介しての『引き出し』でなければ、出来ないことなんだがな」
「そして、このカードもまた本来ならば、どうやって製造されたのか分からない……」
『全て』を明かしたわけではないが、沙条が求めたアーサーを召喚できる能力の説明として、そう説明するも―――幹比古は『とんでもないじゃないか』と言って理解を示していたのに現代魔法の使い手の大半は、そんなこと出来るのか、と疑問ばかりだった。
何より昔の『英雄』が現れたところで、自分達の方が……という言葉は流石に憚られた。
何せ、壬生紗耶香にとり憑いていたとされる立花道雪―――雷神殺しの逸話を持つ剣客の武技に現代魔法とのミックスで最強の剣の魔法師と呼ばれていた千葉家の次女はまともな攻防が出来なかった。
「
どうやっているのかアサシンのカードの角を人差し指で球のように回している刹那の何気ない特技披露に、少しだけ練習しようかと思う達也だが―――。
「ともあれ、俺にとっての鬼札は、一種の
「あれは、彼女の世迷言ではなかったというのか……そして今、お前は現代魔法系統では確実に『無いはず』のものを使役していることが分かったぞ」
新たな魔法系統―――そう達也が言うぐらいに、
あれから達也も調べてみたのだが、世界にかつていた英雄・英傑というのは、伝承通りならば恐ろしい能力を持っている。
少しだけ見えたあの剣士と槍使いの動きも魔法師では再現できぬ運動能力である。
かつて
達也が一方的に脅威を覚えていると……。
「もっとも、制限なしで使えるものでもないんでね。第一、色々と副作用がある。ある意味、『魔法』みたいに『等価交換』の原則から外れたものでもないからな」
「それすらオレはウソかもしれないと思いながら、緊張するわけか……汎用性が高すぎるぞ
「生憎、俺はお前ほど一点突破型の能力者じゃないからな。いつか人呼んで『達也スペシャル』な技を見せてくれ」
桂馬を走らせて笑みを浮かべた達也に対して歩を進路上におくことで妨害。ただの将棋の勝負なのに現実に即した対決。一進一退の―――いつかこいつとは雌雄を決するのではないかと思う。そんな予感を覚えながら―――。
司波仲達也が陣を敷き、諸葛刹那もまた陣を敷き―――八陣図のような様で将棋を指していたのだが……。
「セツナ―――!! 時間よ!! 今日はあなたの晴れ舞台なんだからビシッ!と決めましょう!!」
「ビシッ!と、ガンドでも撃てばいいのか?」
「ちっがうわよ!!」
屋上に入ってきた闖入者。アンジェリーナ・クドウ・シールズの言葉で、もうそんな時間かと気付く。
リーナの次に入ってきた深雪の存在で、どうやらそれなりに手間を掛けさせていたようである。
言葉を受けて準備に取り掛かるリーナが持ってきた赤黒の衣装セットを手に取り、手早く着込む。
着込みながら、階段を下りていく姿は洒脱なものである。同時に夫を手助けするかのように脱いだ服を手にちゃんと畳むリーナ。
((夫婦か!?))
下世話な感想を深雪と共に出しつつ、ようやくのことで『大講堂』に到着するのだった。
「黒スーツに赤いネクタイか……」
「一高の下が黒で助かったな。ともあれ受講するならば、いい質問を頼むぜ」
「ああ、思いっきり教師泣かせな質問してやるよ」
既に放課後でありながら多くの生徒が大講堂に集まっていた。廿楽教官と栗井教官にアシスタントをお願いして必要なものは整えられていた。
それにしても……栗井……ロマン先生は何者なのだろう。刹那に二つの疑問が生まれている。
この世界に流れついたのが自分だけなのかどうか、もしくはここはあの世界の『違う姿』なのではないかという懸念。
であれば、ロマン先生がどことなく訳知りなのも理解できる。しかし全容は教えてくれないだろう……。けれど信頼は出来る。
直観であるが、あれは魔術師たちの『王』なのではないだろうかと思う……。
もう一つ、刹那にとって疑問なのは、あの時―――絶体絶命の窮地に飛来した『ヒュドラの毒矢』である。
矢自体は『錬金術』の限りであれば、作れなくもないものだ。問題は、それの錬成方法が『この世界』では不可能な点だ。
(
錬金の大家である
今は教壇に立つことが求められている。アシスタントとして、リーナを伴い、そして達也と深雪も着席したことを確認すると入る。
黒スーツの刹那が入り込むと同時に、緊張した空気。誰かが喉を呑み込む音が聞こえる。確かに拍手喝さいを望んでいたわけではないが……。
(おもしろい限りだな)
三級講師として初登壇した際の先生の気持ちが分かる。どうせ何の期待もされない。
受講生からすれば単位認定と、自分達では受講できない講座の代わりに興味本位で受けてみるか。そんな程度の、細々としたものだった。
ある意味では『師匠殺し』という悪名も囁かれる彼の授業を受けたがる。もしくは受けざるを得ない人間など歴史の浅い家ばかり……。
だが、それが話題になるまで時間はかからなかったのだ。(母・ルヴィア・ライネス・スヴィン談)
ならば、いいだろう。俺こそがこの世界におけるエルメロイⅡ世の覇業の語り部―――マギカ・ディスクロージャーとなってやろう。
厳かな音―――大講堂の床を踏んでいく音と共に登壇する。ここちよい限りだ。ここでありがたい話をする著名人や何かであれば拍手でも起こるかもしれないが、そんなものはいらない。
二科生は画策していたが、そういうのは達也にやってやれというにとどまる。(達也も遠慮したがっていたが…)
教壇に着くと同時に、テキストを開かず開口一番に言うこと―――。
「最初に言っておくが……『私』の授業が全てにおいて『栄達』『成功』の道を確約するものではない。その上で、この授業を受けに来ているものの中には、『私』の授業の
言葉で、何人かが緊張にさらされた。刹那は何も見ずにいったわけではない。この大講堂全てに『意』を張ることで『視線』としていたのだ。
講師として、不良学生は見逃さんという態度も兼ねたそれであったが――――。
「その人間達は、いわば監査……!『私』の指導っぷりを厳しく見てくれるわけだな。おおいに結構! 私は大歓迎だ。忌憚のない意見やアドバイス及び、突っ込んだ質問を飛ばしてくれる。緊張感ある授業が出来るということだ」
どこの鎖野郎だ。などと言いかねないが、それでもその言葉は、刹那の自信を表している。
やれるものならば、やってみろ。という言葉に誰もが気持ちを引き締める。
「俺も未熟者ならばみんなも未熟者。自分がまだまだ修行の道半ばであることを思い知らせてくれるよ―――では、最初の授業を始める―――テキストの31ページを―――『魔力』で開いてみてくれ」
刹那の言葉にざわっ、という音が響く。インカム型のマイクを使わず宝石を使った拡声器を使っている刹那はフリーハンドであることに拘った。
聞き間違いではないことを察して、質問が飛んだ。
最前列に陣取る『達也組』の斬りこみ隊長 千葉エリカからの質問だ。
「魔力でって、どういうことなの?」
「簡単に言えば、前に言った魔力のコントロールの初歩だよ。私が肉筆で書いたそのテキストは、全ページに魔力が籠る様になっている。即ち生ける魔導書だ。とはいえ言われてすぐできるとは限らんか、リーナ実践」
「はいはい♪ それじゃやらせてもらうわよ」
エルメロイグリモア―――。教壇の上に縦置きしたものが段々と開かれていく。まるで実体無きゴーストがページを捲るかのように―――。
何より、アンジェリーナ・クドウ・シールズと教壇の距離は離れていた。離れていたにも関わらず正確に31ページの32ページの見開きで止まっていた。
「達也、わかったな?」
「ああ、確実にリーナの放った『魔力』が、本を動かしたよ。しかし、これって―――色々と『細工』してあるんだろ?」
「コンクリートで四方を箱詰めされた上に深海にでも放り込まれたかのように『重い』だろうな。しかし、これも授業の一環だ。慣れない内は、時間は、かかるだろうが、私がテキストの何ページを開いてくれと言ったらば、まず『サイオン』で動かそうとしてくれ」
続けていけば、恐らくかなりのコントロールになるはずだ。実際、現代魔法における『工程踏破』における物体の移動などにおいても意味はあるし、何より基礎力が着くはず。
特に『魔力』の本質をレクチャーされていた二科生。事前授業では、2.3年も同じくやっていたことで、スムーズに行えた。
一科もこの手の物体移動においては、得意な人間もいるにはいるのだが……四苦八苦するものもいるわけで……。
「ごめん! 平河さん。レクチャーを!! お願い!!」
「えっ!? う、うん! 分かったわ十三束君―――まずは手を出して」
あの正門防衛戦にて何かしらで知り合ったのかトミィは、平河にレクチャーを請う。
元々、そういう『放出系』の術式が苦手なトミィだけに、あっさりと降参して二科に教えを請いクリアーしていく。
「―――『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』だ。今後もこれらの魔力コントロールによるテキストオープンは続く以上、先だって教えた二科にまずは教えを請え」
出来ない奴らは出来る奴から教えを請え―――そういう意味で言うと途端に席にバラつきが出てくる。一科は一科で、二科は二科で固まっていたのだろう。
それを見た七草真由美は、これもまた目的かと思う。同時に達也の言う通り1000頁以上の重さもあり、中々に難儀することもある。
「考えたわね。ここまで二重三重の意図を持った策だったなんて……」
「それでも難儀するのも一科だな。遠坂曰く一科のだいたいの属性は『万能』ではあるものの、能力としては『有限』だから、サイオンの量に関わらず魔力のコントロールを覚えなければならないとのことだ」
眼を閉じて出来うるだけ離れた状態からグリモアに魔力を通していく十文字。アンジェリーナほど軽快ではないがペラペラと動き、目的のページを開く。
「親父の『治療』にも役立つかもしれんな……」
「??」
息を吐いた十文字克人の言葉を周りの喧騒で聞き逃してしまったが、ともあれ大方の全員が成功したことで―――着席が始まる。
「
もげねーよ。ぐらいの呆れたような苦笑の視線を浴びた刹那は、挑戦的な笑みを浮かべて授業を開始する。
一言一言が呪文の如く多くの人間の耳と同時に体に往き渡り、難解なるテキストを噛み砕いたものを更に噛み砕いて説明する手際。
質問の一つ一つに明朗な回答を返す。同時に適性の一つ一つを見て見聞する手際……。
そこにもしも刹那の知る師匠 ロード・エルメロイⅡ世がいれば、苦虫を噛潰しながら葉巻を一本吸い尽くすぐらいの気分だったかもしれない。
しかし、そのエルメロイⅡ世仕込みの授業に興味本位でやってきた人間が固定化していき、徐々に噂が噂を呼び学内の人間だけでなく、立ち見でもいいからと学外の人間まで呼び寄せる。
魔法授業の
――――平穏を取り戻した五月の一高より始まった一週間に二回ほどしか放課後に開かれぬマジカル・レッスンから三か月……。
全ての学生が、様々なもので色めき立っていく夏。魔法科高校の全学生のみならず、すでに社会に出た魔法師、魔法師志望の人間達が甲子園の球児よりも熱くなれる季節がやってくる。
全国魔法科高校親善魔法競技大会―――通称『九校戦』の開始は近づきつつあった……。