魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第44話『九校戦――湯船のガールズトーク、そして開戦』

 温泉。かの武田信玄も好んで入っていたのは湯治が、身体にいいと理解していたからである。

 

 特に現在の山梨県の辺りは信玄が『保護』した多くの湯が残っており、彼の大名がどれだけ愛好して、その身を長らえさせていたかが分かる。

 

 甲斐・信濃という巨大領国を維持する為に、巨人は倒れるわけにはいかなかったのだから……そんな末路は武田家滅亡という結果を残したわけであるが―――。

 

 

「うーーーん、実にいいわ♪ やっぱり温泉っていいものね。前に来日した時にセツナと一緒に入ったキヌガワとかシンゲンオンセンを思い出すわ!」

 

「う、うむ。しかし……クドウ、その、おぬし凄いの! やっぱりアメリカンは違うということか!? それとも遠坂の揉み心地が絶妙だっ―――」

 

「トウコ! それ以上は淑女として恥ずべき言動です。慎みなさい……あなたも、もう少し、その…隠しなさい!! 甚平を着ているとはいえ『溢れそう』ですから!!」

 

 伸びをして安らぐリーナに対して、三高女子二人のツッコミが入る。見たくはないが、見てしまうものは色々と凄すぎた。

 ハリウッドのスター女優もかくやという美貌とスタイルは色々と目に毒である。こういう時に女の身で優劣を感じることが辛すぎる愛梨であった。

 他の人間達も同じく湯着の一つである甚平を着込んでいるが色々と溢れ出る人間は溢れ出ていて、三高女子は圧倒されがちである。

 

 そんな三高女子の中でも普通スタイルの金髪お嬢(平均より若干上)の言を無視してリーナは、どちらかといえばロリな体型の沓子に返す。

 

「どちらもね。まぁ他にもセツナの料理は最高だからね。ついつい食べ過ぎちゃうのよ」

 

「それに対して刹那君も餌付けするように、求めるがままに与えているのよね……それでも体重やくびれを維持できているとか、やっぱり規格外ねリーナ……!」

 

 一高での昼食風景を思い出して、深雪が驚愕するように呟く。リーナは家でのことを思い出してのことだったのだが、それは知られなかった。

 一高の人間ならば知っている『生活事情』―――しかし、三高には知られずに済んだのは僥倖である。

 

「私からすればリーナも深雪も規格外……そして達也さんに揉まれていないのに、そのサイズなほのかは色々とアウト」

 

「どういう意味よっ!?」

 

 己の胸に手をやって落ち込んでから、親友に対して言う雫、親友は親友で色々と涙目である。

 

 

「それにしてもエリカとミヅキも来れなかったのかしら?」

 

「まぁ渡辺先輩にしょっ引かれての、秘密特訓だからね。達也さんもCADの調整もろもろあるから―――ということは、エリカは!いま! 達也さんにあられもない姿で!!」

 

 

 下した髪に手を這わせて『何か』を唱えながら、呟いたリーナに対して、気付いたほのかが色々と驚愕する様子にお湯の温度が少しだけ去ったような気がする。

 

「安心しなさいほのか。馴染みの五十里先輩もいるのだから、そんな懸念は無用というものよ。ええ、本当よ―――お兄様の技術力は世界一なのだから」

 

 むきになって言うかのような深雪だが、この中では色々と平均的な栞としては、あの千葉家の次女という素性不明な女の子や眼鏡の子が来なくて良かったと思う。

 正直、『戦力比較』で愛梨の負けは確定なのだから―――。

 

「栞、何か失礼なことを考えていない?」

 

「別に、ただ私の眼は色々なものを数値化することに長けてるからね。33-4だなぁと」

 

 己の肢体を見下ろして、上から順に手を添えてから絶望する愛梨を見て言いすぎたかなと思うも、こちらとしては全てを語らず魔法師たちだけの暗黙の了解『他人の魔法を探らない』というもので特に問い質されなかった。

 

 しかし見抜かれたならばアウトということである。

 

 そうして絶望少女となった愛梨を横に、話は様々な方向に向くが一番には―――。コイバナの類。いつもの愛梨ならば、そんなの下らないとか言ってそうなのに、このような場に来ていたのだ。

 

 その心意気に答えるのは愛梨に救われた栞だからこそ、いの一番に聞くべきなのだ。

 

 

「私としてはクドウさん『リーナでいいわよ。苗字呼びされるのはキライよ』―――ならばリーナさん。あなたと遠坂君の出会いというかどういう経緯で恋人になったかを知りたいわ」

 

「ちょっと栞っ」

 

「私は愛梨に救われた人間として、何より愛梨の親友だと思っているから、出来ることならば遠坂君との恋を応援したい。けれど、アナタが遠坂君の隣にいるから、そこまで倫理に則らない行為は愛梨にしてもらいたくない」

 

「つまりシオリ―――、アナタはアイリの恋心を諦めさせろというのね?」

 

「そう。だって報われない恋をさせるなんて不毛じゃない」

 

『………』

 

 

 呪文を唱え終わったリーナの言葉に同意する十七夜栞は死刑宣告をしろと言ってきた。それに黙る二人ほど、どちらも違いはあれども、リーナのような『庶民』とは違う『お嬢様』に言わなければいけないのだ。

 

 アレだけはリーナが見つけた魔法の宝物なのだから渡したくないのだ……。

 

 

 沈黙が場に降り立ち、湯船を満たし続ける水音だけが響く中にリーナは語り始める。自分の過去バナでふたりがこれ以上、セツナにちょっかいを掛けないならば、やる価値はあるだろう。

 

 そんな意気で語り始めるリーナ。

 

 

 ……初めて出会ったのは、ジュニアハイスクールに上がる前に、ある理由から通っていた魔法研究所があるボストンの街中。

 

 暴漢に『襲われていた』自分を助けてくれた一人の少年魔法師。

 名前も名乗らず術を放った痕跡すらも残さず、去っていった少年の姿を探して数日後―――ボストンから少し離れたところプリマス港にいたのを見つけて声を掛けたときのことを……。

 

「その時のセツナは、ご両親も育ての親……バゼット・フラガ・マクレミッツも失ってひとりぼっちだった。寂しげに水平線の向こうを見ながら、懐のルビーのペンダントを出していたのをよく覚えているわ……」

 

 一応、一高の面子は、それなりに知っていたとはいえ、こうしてリーナに念を押されると刹那の現状は色々と苛烈だ。

 仲の良し悪し、関係性の深い浅い……思春期を迎えた高校生。たとえ魔法師といえども、色々と自分の周囲に関して―――自分の親族、もっと言えば『両親』に関して思うこともある。

 

 特に栞にとって両親は、色々と拭いがたい過去だ―――今でも特に連絡していないとはいえ……本当に『いなくなってほしい』……などと考えた事は無い。

 

 確かに中学に入った頃からケンカばかりが絶えない両親だが、それでもそんな風に感じたことはない―――のは、優しかった頃のことも覚えているからだ。

 

 

「その後ろ姿と横顔に声を掛けて―――色々と知ったわ。実家が隠れキリシタンだから、清教徒の港に来て気持ちを一新したかったとか、まぁワタシから声を掛けたのだから、逆ナンよね」

「大胆だねリーナ。けれど、なんでその後も一緒に?」

 

 そこから先はリーナとしても自分の所属に関わることなので少しだけ言葉を濁すことにする。

 

「まぁ色々とあったのよホノカ。当時のボストンにはアメリカにおける『現代の二大怪人』……プラズマリーナとプリズマキッドが現れて、全米を騒がせてワタシも『トリモノ』(CHASE)に参加させられていたから」

 

『『『『ふ―――ん』』』』

 

「な、何よ! その気のないような呆れているような返事は!?」

 

 

 リーナとしては少しだけ会心のウソと言うかすっ呆けを披露できたと思ったのに、全員から『言い訳がクソだわ―』などと言われた気分。

 

 実際、これに関してはバレバレではないかと思う。

 ぶっちゃけあそこまでするならばリーナには、のちのちライブ(?)の後に「さしあたっては国土の割譲を求めようか」ぐらいは言ってほしいものである。

 

 しかし、その国土で『キッド』と共にラブな生活するとか言えばすぐさま北山財閥の力で潰そうとしただろう。

 

「と、とにかく! その最中に色々と協力してくれたお陰でセツナから魔法師であることを告白されて、その後魔法師協会からの援助や身元証明なんかの諸々を受けて一緒になること多くなったわ」

 

 咳払いして語ったことは事実を多く隠していたが大筋においては間違いではなかった。なかったので深く追求されることは無かった。

 雫も大きく関わっていた実父・北山潮の救出任務を考えても、魔法師が軍事に関わることは多いからだ。

 

「それで付き合いだしたの?」

 

「正式に付き合ったのは、一年ぐらいしてからかな……。その前に大ゲンカしたわ……すっごく許せなくて、守ってくれていたことが嬉しいのに、一人で全てを背負い込むセツナに変な勘違いして、悲しくて辛くて泣いて―――それで大ゲンカして―――『一人で戦わないで』『もうどこかに行かないで』『あなたの運命と人生に私を巻き込んで』って、先住民たちの管理地『モニュメント・バレー』の上で、愛を伝えあった―――。そういうことよ」

 

 大ゲンカの理由は何となく理解出来た。

 特に深雪は兄が兄だけに、そういった『裏ごと』関連であろうと予測して、それで手を汚し続けてきた刹那に、同じく責任ある立場だったリーナの分まで代行して、刹那が、その血に濡れた修羅道を歩くことを泣いてしまったのだろう。

 

 言葉の裏側を読んだのは深雪だけでなく愛梨たち三高もだ。尚武を掲げている以上に三高出身者の大半は北陸地方出身。

 一条将輝などが有名だが、彼らの親兄弟もまた『佐渡侵攻』に関連しており『対岸の火事』という気持ちはないぐらいには当時は緊張していたのだ。

 

「そんなわけで、ワタシはセツナの人生に着いていくことを決めたの―――今の言葉で分かったと思うけど、アイリ。アナタにセツナと同じ道を歩めるとは思えない」

 

「何故……そう言えるの?」

 

「―――捨てたくないのに『捨てざる』を得なかった人生。その道を生きてきたセツナが―――『上がる』ためならば『捨てることを強要する』アナタと合うわけがないのよ」

 

『『!!!』』

 

 

 驚愕。どうやって知ったのかとか、もしくは洞察したのかとか、その碧眼が……輝き、金色の髪が光を放っていることに気付いた時に、栞は負けを認めて―――それでも今の自分では両親に会えないと悟って、少しだけ刹那の心を理解していたのだが―――。

 

「全くもって納得いきませんね。そんなのアナタの勝手な諦めでしょうが!!」

 

「―――なんですって!?」

 

 親友である一色愛梨は栞と違って、諦めが悪かった。

 

 湯船から出て対峙しながら立ち上がる金色の少女二人―――豊かな金髪が揺れる場違いの女神二柱の戦いは佳境を迎えていた。

 対峙すると同時に押し付け合う胸の潰れあう様子に―――男子がいれば鼻血を吹いて古典的に倒れているのではないか、そう思うほどに『すごみ』がある二人であった。

 

 一色愛梨は、話を聞いて聞かされて、余計にこの女(アンジェリーナ)に、刹那を渡すわけにはいかないと思えたのだ。

 

「捨てたとしてもまた『拾えば』いいだけです! 取り戻せないものもそこにはあるでしょうが、肉親としての情も捨てているかもしれない。けれど私のお友達の両親に必要なのは、冷静になれる時間なのです! だから私は養子縁組を薦めたのです!!」

 

「―――なにを」

 

「アナタのような己が何者であるかも『証明』できない。歴史も意思も薄弱、九島の家の人間であるというのならばまだしも、己の『立脚点』を証明できない人間が、先古の知識と力を受け継いできた遠坂刹那の側にいるなど、不遜以外の何ものでもないわ!」

 

 

 アイリの語る意味合いがリーナも理解できないわけではない。自分には先祖代々の『歴史』というものがない。

 そもそも魔法師というのは様々な遺伝子開発で誕生したハイブリッドヒューマンという見方もあるので、『歴史』という意味では当然の如く浅いのだが、まるでアメジストの瞳の女神は、それでも自分には文化が、歴史があると語る。

 

 更に言えばリーナはまごうこと無き合衆国人。未だに移民などを受け入れている雑多な国とも言えるところで―――『立脚点』己が己であるといえるものなど、『力』以外になかった。

 それでもそれでWW2から今日に至るまで世界の盟主として君臨し続けているのは大したものだ。

 

 しかし、だからこそ―――刹那という奇蹟のような『魔法』を、この価値が分からぬヤンキーに渡すわけにはいかないのだ。そう一色愛梨は感じる。

 

「アンジェリーナ・クドウ・シールズ……ようやく分かりました。アナタに対する苛立ちの正体―――、アナタにあるのは力だけ! 

魔法師であるという価値だけを持って生きてきた人間がフランスの士族階級の血と魔法師のナンバーズの血とを併せ持つ私に挑むなど、身の程を知りなさい!!」

 

「生まれがなんだっていうのよ! 力があろうとなかろうと、ワタシがワタシである証明が『生まれ』になくても、ワタシは今までアンジェリーナ(リーナ)としてやってきたのよ! 

それを誰にも嘲らせない!! セツナの側にいたい気持ちは生れや文化ではなく私の心の旋律(マイハート)がもたらしたものよ!!」

 

 これを抑えるべきストッパーは本来ならば刹那なのだろうが、ここには当たり前の如くおらず。そもそも『居ても困る』のだが―――金色の女神二人の睨みあいは止まらず―――。

 

 だが―――。

 

「とはいえ温泉で、これ以上騒ぎを起こすのはマナー違反ね。湯けむり殺人事件なんて湯に対する侮辱だわ」

 

「同感ですわヤンキー娘。ってなんで皆さん―――湯船に顔を突っ込んでるんですか? それはそれでマナー違反ですよ」

 

 事態の急激な推移にズッコケただけなのだが、この二人。実は男が絡まなければ相性はいいのではないか?と思う。

 

 湯船に身を再び浸からせた二人を見て、全員が起きだす。湯船に浮かぶ死体ごっこは終わりとなった。

 そんな訳で、再び益体も無い話やら女子特有のアレコレを聞きだすこととなる。まだまだお互いに知りたいことは多いのだ。

 

 魔法は探らずとも、女子としての興味は尽きないのだから―――。

 

「ところでじゃリーナ。さっき(くし)を梳きながら歌うようにしていたのはなんじゃ?」

 

「あれはセツナが教えてくれた魔術の一つ。女性の魔法師……魔女は、その身に神秘性を持った存在だから、『髪に魔力を込めておく』ことで触媒とすることもあるって言われて、何となくやっておくようにしているのよ」

 

 手慰みというわけではないが、時々リーナを見るとロールした髪を弄っていた時がある。あれはそういうことだったのか。

 あれも魔力のコントロールの一環なのだろう。そう考えるとリーナが、とても遠い存在に思える。

 

「ほう! 御髪(みぐし)に魔力を―――わしにも教えてもらいたいものじゃ!!」

 

 しかし実家が神道系で、そういったことに造詣が深い四十九院沓子は、興奮した様子でリーナに詰め寄る。

 

「グリモアに乗っていたと思うけど、トウコたち三高は、読破したとか聞いていたわよ……?」

 

「あれは本当に戦闘に有用そうなものを抜粋しただけであり、浅い理解じゃよ! 

やはりテキストを通して読むことで、細かな解説を受けることで『そういうことか!』と気付けることも多い―――うむ。一高が羨まし過ぎる!」

 

 最後には羨ましい言動。しかし態度はさっぱりしたものな沓子に何だか毒気を抜かれる。そしてセツナのとんでもなさを改めて認識する。

 

「けれどアレはダメよ。セツナのお家で代々伝えられてきたものだから」

「むぅ、つまり?」

「輿入りする魔女の嫁にだけ教えられる秘伝なんだって、セツナもお母さんであるマスター・『リン』から教えられたって言っていたもの」

 

 

 そのリーナの赤くなりながらの言葉―――プロポーズでも語る様な様子に二人ほどの怒気が湯船を伝う。

 

 ……第二ラウンドは―――サウナルームであり……その様子を見ていた桜小路紅葉は、語り終えて一息突くのであった。

 

 † † †

 

 ホワンホワンホワンアカハ―な回想を聞き終えた刹那としては、そうか。としか言いようが無かった。

 

 

「いやそれだけ!? なんか納得いかないわー……」

 

「湯冷めしたわけじゃないんだろ? しかし、俺はそこまでスキがある人間かね?」

 

「まぁ、分からなくもないかな。君は荒事や魔法関連では口数減らない位にズバズバ口出すけれど日常では秘密主義の塊だったからね」

 

 観客席の一角。一高の連中が占拠している所にてB組の馴染みである『桜小路紅葉』に言うとD組の里美スバルが、眼鏡を直しながら言ってくる。

 

 開会式を終えて当たり前の如く移動したスピードシューティングの会場は更に当たり前の如く満員御礼であった。

 

 そんな中での会話は、場にそぐわないものであった……。刹那的には聞いておいて損ではない話であったが……。

 

 

「けれど、リーナだって真剣なんだから、それを邪魔しちゃうのはどうかと思うわよね……三高の女子はアマゾネスか?」

 

「いい表現ありがとよ春日」

 

「いえいえ。けれど昨日は助かったから、アカハほど恨めないかな?」

 

「まぁ『彼』の実力・技量は分かっていたんだけど、やっぱり……私も女子だから、恥ずかしいんだよな」

 

 D組女子二人―――春日菜々美に合せる里美スバルの言葉―――顔を赤くしながらの言葉に、刹那は更なる説得を試みる。

 

「安心しろ。達也は実妹にしか興奮できないいじょうって痛い!!」

 

 少し離れた所にいる達也が、どっから出したか『おはじき』で攻撃してきやがった。

 

 こんにゃろ……と思いつつも、こらえてCAD調整の顛末。まだ時間はあるとはいえ、昨日のことを思い出す。

 特に達也の担当となった一年生女子の大半の中でも、やっぱりどうしても『色々な抵抗感』があったらしく、深雪の説得及び彼氏持ちが監視ということでやらせることにした。

 

 改めて達也の技術力を見たが、こいつはいずれ『巨人の穴蔵』のマスタークラスほどになるのではないかと思う程に恐ろしい才能であった。

 ともあれ、達也が新人戦参加者の大半を面倒見るということで作業量は2倍2ヴァ―イ……ハードワークすぎて、作る饅頭の量もかなりであった。

 

 

(とはいえ、目下の悩みは森崎一派だな……)

 

 あの浅い貴族主義的な連中は、達也にCADの調整を任せずに自分達でどうにかすることだけに拘泥していた。

 

 とはいえ、クラウドに出る越前と田丸は、その辺り『任せたい』と言ってきて、そこの柔軟さはあったが、森崎と五十嵐、大沢などの頭硬い組は頑として聞かなかった。

 

(愚か者が、道具にこだわらない奴は二流―――そして道具に当たる奴はド三流。限定戦において、その意味を知らなければ終わるぞ)

 

 口の中で転がした苦い唾を呑み込みながら刹那としては、戦うからには『勝ち』を狙っていきたいのだ。

 

 その想いを共有できず、己の道だけを進むならば、即座に死ぬだけ……。どうやらそこまで頑として聞かぬならば、一度コテンパンにしてしまってもいいのではないだろうかと思う。

 

 諸葛孔明が南蛮の孟獲大王を七度捕まえて服従させたように……などと考えていると主役の登場。七草会長の出番であり一高以外からも黄色い歓声があがり、人気のほどが分かる。

 

 射撃が始まる。その精度は見事―――、そしてクレーの数も異常だったが、それを打ち抜く技術も大したものだ。

 

 クレー自体もそうとうな硬さと質量だったろうに、氷結の弾丸は亜音速で放たれて全てを打ち砕いたのだ。

 

「おおっ! すごいな七草会長は!!!」

「遠坂、アンタはアレほど出来るの? CAD無しで?」

「速さ重さだけで全てを語る舌を俺は持たないんでな。要は時間内に標的全てを打ち砕けばいいんだろう?」

 

 

 里美の感心した言葉に桜小路の嘲るような言葉。それに気が無く返しつつ、魔弾は『呪針弾』にしといた方がいいかなと思っておく。

 とはいえ、当日のコンディションでは、ブルーみたいな『スナップスター』でも良かろうと思いつつ、最後まで七草会長が『打ち抜けなかった』ものを見た。

 

 しかし得点表示は通常通りパーフェクト。壊しちゃいけないものかな? と思いつつ、刹那の目的はこの後の人間である。

 ある意味、主役とも言える七草会長が終わって観客の誰もが『決勝』までの退散を行いつつある大半が立ち上がっていくのを見つつ……桜小路に里美たちも退散準備。

 

 怪訝に思ったのか目線で疑問を投げかけられる。

 

 

「もう少し見ていくよ」

 

 

 その言葉の後に里美たちが抜けた席に達也組+リーナが入れ替わるように座り込む。

 

「別に移動しなくてもいいのに」

 

「お前を一人ぼっちにするのも心が痛かったんでな。次だな九大竜王の内の一つ『水納見ユイ』の出番は―――」

 

「あれだけの啖呵を切ったんだ。どれだけ出来るか見ておきたいんだよな」

 

 

 達也たちとしては、説明が欲しかったのだろう。

 先程の七草会長の『魔法』は、達也の説明で分かった(理解は不十分)のだろうが、それでもここから先は、分かりにくい理屈も出てくるかもしれないのだから。

 

 そうしていると、少しだけ観客が減った試技会場に、現れる七草会長とは別系統の美人―――纏っている衣服は、会長のようにスポーティなものではない。

 

 どちらかといえば……民族衣装。この時代に覚えているものがいるかどうか、そもそも風俗として知っているかも怪しいものを纏っている。

 

「アイヌか、水納見という苗字から関西方面を予想していたんだが……」

 

「アイヌって北海道方面……蝦夷地域として本州が併呑していなかった頃の北海道の原住民族だよね?」

 

「詳しい説明は省くが、まぁ明治維新頃には完全に服属させられていたからな。ただ文化的な連続面が無いわけではない」

 

 エリカの質問の言葉に刹那が答えてから、その衣装が神然としていて―――同時に所作が完全に異なものとなっている。

 夏場にも関わらず―――急激な冷気を感じるほどだ。雪深い北海道の大地をイメージさせるぐらいには青色の長髪の少女は場を支配していた。

 

 

(マズイな……)

 

 CADは持っていない。しかし魔力の鼓動だけは猛り狂う。見えるものには見えるだろう『化成体』。それは強大な憑き物として見えている。

 

 そしてそれと『連結』していれば、最大級のパフォーマンスは行われる。達也は、世界を「上手いこと騙す」のが魔法の技術と言ったが、水納見ユイの力はそれとは真逆だ。

 世界を「強権的に縫い付ける」技術―――。それと似たものを刹那は知っていた。

 

 シグナルランプがレッドからイエロー、そしてブルーへとなった瞬間。遅れて飛び出るクレーが――悉く、『針の一刺し』で砕かれていくのだ。

 その様子を見ていた幹比古と美月が見えているものに対して少しだけ畏怖を覚えている。

 

「美月、このスケッチブックに、いま見えているものを描いてくれ。五分間しかないから速筆で頼む」

 

「は、はい!!」

 

 話を振られるとは思っていなく、どっから出したんだと思われるスケッチと筆具一式を渡されて、即座に筆を走らせる美月を見ながら、魔眼を『白』に変えておく。

 

 

「視えぬところで小狡いことを……と言いたい所だが魔術も魔法もそこは変わらんな」

「幻獣クラス?」

「魔獣で収めておきたいが、魂魄だけで存在しているんだ。まず間違いなく霊格はそこになっちまう」

 

 リーナも『眼』を使って、水納見の秘術の正体を見た。視えていない連中には『見えるもの』を用意して見せる。

 というか達也でも見えないとなると、神秘の密度は、この世界としては高過ぎるものだ。

 

「うげっ!! なんだよアレ!? トカゲ?魚?―――どちらとも言えるものだけどよ……」

 

「あんなものが、魔法のサポートユニットとして存在しているのか……ルール違反ではないが、大会ルールの陥穽を突いたもの―――しかし良策だ」

 

 レオと達也の言葉に対して刹那としては何とも言えない。

 

 九校戦における規定として、CADのスペックリミットは決められているが、ソフト―――登録できる術式は無限といってもいい。

 もちろん殺傷性ランクが高すぎる魔法は検査委員によって探知され削除を命じられる……。

 

 しかし、そもCADを所持していない魔法師。仮に天然地力のみで、それだけのこと(CAD相当の作業)が出来る魔法師であれば、そこをすり抜けられる。

 そして見えるものにしか見えぬもの……九島烈の言う通り、脅威を正しく認識出来ない以上、魔法は『神秘』及び『隠然』としたものとして、存在するだけだ。

 

 超能が正しく超能として世界を席巻する―――。

 

 十の指を開き交差させてから、最後のクレー20個のそれに銃口でも向けるように指先を向けた瞬間。冷凍光線じみた魔力が飛び出して着弾。氷結。破壊。

 

 七草会長と同じくパーフェクトを叩きだした水納見ユイに誰もが唖然。しかし七高及び四、五、六、八、九の選手たちが唱和するように叫び盛り上げていき、その絶技に誰もが歓声を浴びせる。

 

 

(一、二、三以外は結託しているのかな……?)

 

 

 しかし歓声の中を颯爽と歩く水納見ユイにとってこれは当然のことなのだ……。

 

「出来ました! しかし、このスケッチブックいいですね……すごく書きやすいし、細かな彩色も出来るということが、すごく楽でしたよ」

 

「欲しければ貰って良いよ。とあるBBAの講座でくすねた呪具の一つ。芸術は爆発だ」

 

 岡本太郎ほどではないが、そういったスタンスでいる刹那としては果たして、この状況はどうなのかと思う。

 正直言えば―――窮地だろう。下馬評通りとはいえないものが出てきた。

 

「刹那、お前の見立てが聞きたい。仮にこのまま七草会長と七高の水納見選手が、ぶつかって七草会長に勝ち目はあるか?」

 

「……地球上において超能の力が人々に認識されて神秘は技術へと落とし込まれた。古式魔法もまたその流れに呑み込まれてしまい、貶められた」

 

「………」

 

 関係の無い話。しかし前振りだろうと分かっていた人間達は、黙りながら続きを促す。

 

「だが、それでも成立してしまう『絶対原則』がある。それは人間がどれだけ長じれても制御しきれない域の話だ。

 レリック然り俺の魔術や『セカイ』に然り―――即ち魔法やら魔術の相性を測る前により『強い神秘』で『弱い神秘』を圧倒する。

 神秘の強大さとは古さ、世界に刻まれた年齢やら根付いた『年輪』にも例えられるのだからな……クレーを『撃つ』という作業だけならばイーブンだろうが、そこに『インタラプト』(割り込み)『ディヴァイン』(防護)も加われば―――」

 

「場合によっては、見えぬように七草会長の狙撃を邪魔して、その『壁』を貫くことすら出来なくさせられるのか」

 

「そういうことだ。対戦形式のシューティングは確か紅白の内のどちらかを撃つことでのみ加点が許される。同じフィールドで打ち合う以上。己の作業だけに集中するのが常道だが、こうなるとその可能性が高くなる」

 

 

 というか刹那的にはいま言ったことは、自分がやろうとしていたことであるのだ。

 予選はともかくとして対戦形式になれば、まずはあちらの標的を『囲んで』から、己の標的だけを撃ち抜こうと思っていたのだ。

 

 恐らくそういったことが、彼女にも可能のはず。視えている四足の獣。今は子猫のサイズでユイ先輩の肩にて安らいでいるが、ウロコがある獣。マーライオン的な、されどちょっと違う魔獣の霊体は、まだまだ余力があるようだ。

 

 そしてそれを使った術もまだまだあるはず―――そのほとんどは競技的魔法には向かないだろうが……。それでも『工夫』次第である。

 

「霧を発生させても、魔法師の眼ならばどうということはなくとも『認識世界をみだすことは可能だな』―――」

 

「幻惑魔法も使うのか……」

 

「ありとあらゆる可能性を懸念するに、何か対策が必要なんだが……今日で決勝まで行くんだろ?」

 

 

 十日間の日程の中でもスピード・シューティング『本戦』は男女共に一日目で終了してしまう競技だ。

 

 時間があまりない。予選のプログラムは登録された全選手のトライアルスコアで決まるもので、対戦形式の射撃戦となるまで時間が無い。

 第一、七草会長がそれを望むかどうか……と思っていると、この九校戦に登録されている人間全員に充てられる端末にコールが入る。

 

 一高全メンバーを緊急招集。競技種目が迫っているものを除いての、それに対して即座に行動を開始。

 

「こりゃ、俺も先輩に何か用立てなきゃダメかな?」

 

「秘匿したい技術もあるんだろうけど、今回ばかりはダメだ。刹那―――お前の思う所をやってくれ。俺もサポートする」

 

「いやお前がメイン。俺は多分『外装』であり『概装』の担当だよ……」

 

 術式のプログラムに関しては達也に任せるしかない。ともあれ―――ケツに火が点いた様子の一高メンバーを見た四、五、六、七、八、九の選手やエンジニア達の嘲るような、それでいて挑戦的な視線を受けながらも刹那たちは招集場所に急ぐしかなかった……。

 

 


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