魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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後半に関してまるまるボツったので、ここまで遅れてしまいました。

申しわけないです。まぁこっちの方が、話の通りはいいかなと思いながら九校戦が長いなぁと感じながらも、新話をお送りします。


第48話『九校戦――剣の踊り手』

 

 

 一高に用意されたテント。野外競技も多いので、室内よりもこうした野外にあった方が何かの事態に即応しやすいというのは時代が移ろっても変わらない真理のようだ。

 

 そしてそんな風なテントの中は少し暗い空気に満ちていた。

 

 

 女子のアイスピラーズで本命たる千代田が二回戦負け―――クラウドも何とか桐原が三位に滑り込んだことは朗報と言えるが、登録された他選手は二回戦負けとなった。

 

 意外な事ではあるが、いやそれを言えば失礼にあたるが、今回、出場選手として登録されていた壬生紗耶香が、ピラーズで三回戦進出を決めていた。

 

(空気打ちの『剣杖』は思いのほか、この人にハマったな……)

 

『風使いフォルテ』の技を思い出して、そういった指導をした結果、才能を開花させた一人が、この人であるが、現状ではあまり居心地は良くなさそうだ。

 

 上がっていけば、イリヤ・リズと当たることは間違いない。トーナメント表を見る限りでは決勝までいかなければ無理だろうが……ことごとく下馬評を覆されて作戦スタッフの市原鈴音先輩を筆頭に大忙しのようである。

 

 

「お疲れ。何というか色々だな」

 

「全くよ……とはいえ、分かっていたことだわ。『クロノス・ローズ』という異名を持つ女が、ここまで出来るなんてことは」

 

 

 茶を啜りながら、気楽に手を上げた桐原先輩に対して頭を抑えて落胆しながらの千代田先輩の返答。

 

 新人戦がまだな一年としては何かとサポートをしていかなければならないので、気を利かせて色々とやらなければいけない。

 

 

「悔しいわね……啓が万全に仕上げてくれたCADだったのに」

「万全にして十二分であっても、四高のイリヤさんは―――それを上回ったんだろうな……。僕も悔しいけれど、遠坂君はこの結果を予想していた?」

「予想は出来ませんが、予測はしていました……。見た動画だけの感想ですけどね」

 

 壬生先輩が立ち上がって茶を入れようとしたのを制して、刹那はサーバーに近づいて茶漉しなどを使っての作業。こういうのは後輩の務めでもある。

 

 夏場ではあるが、今後の事を考えれば湯冷ましで入れた茶か熱々の湯茶かであるが―――。

 

『『アツいの頼む』』

 

 恋人二人は、そういって湯茶を飲むことを所望するのであった。別にいいけど。今は舌を引き抜かれる閻魔大王の罰を受けたい気分だろうし。

 

 

「イリヤ・リズの攻撃は至極簡単です。万本単位にも及ぶ『鋼線』……もちろん特殊鍛造の鉱石からの合金でしょうが、それらに魔力で圧力を掛けてしなやかに動く『刃の鞭』『緻密な魔力刃』と化すことで氷柱を病葉に切り裂くことが出来たわけです」

 

 合金としての剛性を保ちながらも、その形状は自由自在。錬金術の極みとも言えるこれらを用いれば、どのような硬い物質でも「切り裂ける」カッターにもなる。

 水銀などのように常温で『液状』に保たれているものと違い、明らかに圧力をかけて流体として変形を掛けるには不似合いな鋼線ではあるが、錬金術を極めた大家からすれば児戯にも等しいこと。

 

 事実、お袋曰くアインツベルンのマスターは、己の髪を媒介にして『ミニ魔術師』を作っていたとのこと。

 伏せるべきことを伏せた上でそういった趣旨の事を語ると五十里先輩は驚いた顔。

 

 

「じゃあ、あの針金にはイリヤさんの髪が含まれているのか?」

 

「女性の魔術師にとって髪……特に年月を経たものは最高位の触媒となって魔術行使の道具となりえる」

 

「そう言えば三高女子と会談したシールズさんも似たようなことを言っていたらしいね?」

 

 壬生先輩が己のポニーテールを触りながらの言葉に首肯しようとした時に、己のショートカットを触った千代田先輩が『だってアタシ、スプリンターなんだもの……』と顔を覆って沈む様子。反対に中条先輩は『髪を解いてみようかな?』とか言っているし。

 

 めんどくさい二年女子に対して、とりあえず実践する為にリーナを呼んだ。

 自主練習というわけではないが、クラウドの新人戦で一色と当たるはずのリーナだが、練習に余念は無いようだ。

 

 まぁ『踊り』と『詩』に関しては一級品の魔女である。そんな星の魔女は、結果を知っていて既知の先輩に一応の慰めを掛けたが、立ち直りが早いのも千代田花音の特徴である。

 

 

「残念でしたねカノン先輩」

 

「こうなりゃ紗耶香を全力でサポートするだけよ!! というわけで、何かまた変な作戦あるんじゃないの?」

 

「無いです―――ありゃ特級ですよ……ただ……勝機がないわけではないでしょうね」

 

 

 千代田の視線を受けた刹那の言葉に藁にもすがる想いのテント内の人間達の視線が刹那に集まる。

 

 後が無いわけではないが、とにかく今の一高には何かしらの上がる機会が必要。

 どうにもテンションが下降気味とでも言えばいいのか、勝てたはずの試合や思わぬ苦戦とがムードを暗くして全体的に一高低調と言うイメージを他の八校に与えている。

 

 そんな空気を敏感に感じ取って全員が若干萎縮しているのも事実。いちおうトップを走っているが、僅差での一位が、この状況を生んでいるのだ。

 

「策はあるんだね?」

 

「あります―――が、こっちの準備が十二分でも勝てるかどうかは分からない相手です。それでも構いませんか?」

 

「ええ、選ばれたからには全力を尽くすわ。この舞台に立つなんて思っていなかった私だけど―――頂点に『挑める』ならば、万全の十二分で挑みたい」

 

 

 それが地力だけのものでないとしても構わないとしている壬生先輩の表情は、あの時に見たモノとは違って快活なものだ。

 達也と違って、この人とはあまり話してこなかったが、こういう風なのが彼女の本音なのだろうとしていたのに……。

 

 

「それに、2人には、校門前での借りがあるしね。女の子を素手で殴って、槍投げつけてそのまま何もなしってどーなのかなー?」

 

 やっべ。という表情を浮かべるしかなくなる壬生先輩の表情と戸松さんボイス(?)に刹那とリーナは、どうしたものかと思う。

 この女、策士すぎる。まぁあの時は色々とお互いにエキサイティンしていたのもあるのだが……。

 

 他の強化された連中が延髄打ちなどで気絶させていたことを考えれば、やりすぎといえばやり過ぎだったかと思う。

 

 

「だ、大丈夫でしょ? ちゃんとそのお腹ならば桐原先輩の赤ちゃん産めるはずですよ!」

「そうですよ! 通電もしなかったはずです! キリハラ先輩の赤子をあやす手は大丈夫ですよ」

 

「何の話だよ!! と、とにかく!! お前達には借りとまではいわんが、あの時のこともあるので壬生にいろいろ便宜頼む!」

 

 刹那とリーナの弁解と言う名の反撃。

 

 むせそうになった茶を飲んでから真っ赤な顔で机を叩いた桐原武明17歳。まだまだおセンチな杉田さんボイス(?)に、まぁ吝かではないので―――。

 あれこれするためにも……。まずは『起こしてくれ』と言う。そうしてから壬生先輩が持っていたデバイスから一羽の赤い鳥が生み出されて、肩に乗る。

 

「『ちーちゃん』起こしたけどどうするの?」

 

「この『千鳥』という武装……何故『鳥』という形態をとったのかは分かりませんが、この鳥を違う『もの』に一度作り替える。七草会長と同じく一度限りのドーピング」

 

 十文字会頭の『夢想権之助の杖』と同じく、ちょろまかした『概念武装』の中でも一番謎な変化を遂げた千鳥というものは今では度々、一高の上空を飛びまわる使い魔であり、何かあった時には……壬生紗耶香最大の武器ともなりえる。

 あんまりこの手の『精神汚染』系の武装は使いすぎると拙いのだが、せっかく手に入れたものを使わないのも、なんか嫌だという話で、刹那が『封印』をしかけておくことで対処していたが、今回ばかりは緊急事態である。

 

「違うモノ?」

 

「CADや武器として持ちこめないならば『着物』に作り替える」

 

 その言葉に盲点の想いをしている人間達ばかり……しかし、なんというか裏ワザばかりの勝利で『邪道ズ』の襲名も間近な気がしてくる。

 

 

「あの女のドレスも『同じ類』ですよ。恐らく四高には高性能な『織機』(しょっき)があるはず。男女のピラーズの四高の成績は?」

「……かなり高いです。そうかコスチュームにも一定の魔力を込めることでブースターとしていたとは……」

 

 市原先輩も気付いた事実。

 横紙破りとまではいかないが、まさか今どき『手作りのコスチューム』を作り上げることで、そこにも魔力を込めるとは……。

 そしてそれを見破った刹那に、誰もがごくりと息を呑む。こいつはどこまで洞察しているのだと……。

 

「サイオンの量がさほど意味を為さない現代においても、それはCADありきの話ですから……まぁとにかく俺の方で衣装は『用立てます』―――リーナ、手」

 

「はいはい。―――それじゃサヤカ先輩の仮装敵役になればいいのね? 任せて」

 

 言葉の後半でバカップルはお互いの髪を手に携えて、手を合わせ、髪を溶け合わせると―――『金黒』の細工が鮮やかな鳥の傀儡が出来上がる。

 これこそがイリヤ・リズの術式の正体の一つだと誰もが感心する。

 

「あいっかわらず尋常じゃない手並み……司波も呼んできた方がいいか?」

 

「ピラーズの予選一段階目は今日で終わりですが、本チャン明日の決勝リーグまでに余裕があれば―――融通きくかどうかですね?」

 

 あまり達也にばかり負担は求められないが、それでも専門家である以上は仕方ない。

 

 一番に日程で融通が利かせられるCAD技術者が、ヤツしかいないのだ。そして何より刹那の求める最優最善の術式を『調律』できるのも達也のみ。

 アメリカにいる時にはアビゲイル・スチューアット。アビー博士と共にやってきたことも、こちらでは達也に任せるしかなくなる。

 

 しかし、ここまで技術スタッフで達也ばかりを重用しているが、どこからも文句が出ないのは、どうしてなのだろうか?

 

 髪型とか顔立ちとか『特車二課の女傑』に似ていることから個人的に『しのぶさん』とでも呼びたくなる和泉理佳先輩などはフラストレーション溜め込んでそうであるが……。

 

 

「まぁ何と言えばいいのか……遠坂君の提唱する術式って結構独特で―――その『要点』を完璧に理解できるのが司波君だけなんですよね。一度、和泉先輩が試しましたよね?」

 

「ええ、三時間の格闘の末『ムリムリムリムリかたつむりぃいいい!!!』とか発狂しましたからね」

 

「技術者としての限界だったんでしょうね……」

 

 

 中条あずさとしても時々、そう思うことがある。確かにエルメロイレッスンなどで紹介されたものを応用したり、何かしらの変化を着ける時に、そのアドバイスを貰うべき刹那の説明を完全にエンジニアは理解できないのだ。

 

 しかし、出来上がったものは完璧なのだ。それを理解できる人間がいれば……。

 

 これは一種の違いなのだろう。

 世の中の『視えぬ理屈』。即ち『真理の探究者』としての魔術師は如何にも関係の無い事象二つに何かしらの『繋がり』を見出して『道』を辿る存在だ。

 

 探究者であっても、その理論の大半は、実は『直観力』から来るものだったりする。つまりは『天性の閃き』が最終的に才能の有無を決める。

 例を出せば達也は理論と理屈を以て理詰めで何かを構築するのだが、刹那の場合は、閃きが先んじて働きそこに後付けで理論と理屈が付いて構築するタイプ。

 

 セオリー型とフラッシュ型とでも言えばいいのか……そしてこれが厄介な事に刹那の場合、前述したとおり『計算式は分からないが、答えは分かってしまう』。そんなタイプなので起動式として『数値化する』時に、CADに登録する時に、どうしても齟齬が、エラーが発生してしまう。

 しかし刹那だけはそれを構築できるとか、誰もが頭を悩ませて最終的には達也任せになってしまう。

 

 そんな刹那の『理屈と理論』を達也だけが数値化できて功績が増えていくことに誰もが忸怩たる思いを抱きつつも、どうしようもないのだ。

 

 

「それなのに魔法理論も一流だなんて……」

「いや、あれって俺の家からすれば『200年前』に通り過ぎたようなものでしたし……」

 

 

 俯くあずさ先輩に刹那としても何も言えなくなる。

 お袋から『言語』は『英語』を基本に『独語』『羅語』『日本語』『伊語』―――発音だけならばスペイン語、イタリア語も教えられた。

 

 ……というか刹那からすれば、2090年代ともなれば『言語翻訳機』ぐらいは出て一種のゴドーワードになっていると思っていたのにガッカリであった。

 

 ともあれ、この世界の『乗り遅れすぎた列車』からすれば刹那の理論とか神秘分野というのは、かなり『掘り起こされたものなのだ』。

 

(まぁ一面だけを見れば、毛沢東やスターリンなんかの『理想世界』だよなぁ)

 

 人々は2000年代には遺伝子を弄るジーンテクノロジーを是として魔法師を生み出し、神秘の分野―――オカルティズムではないが『ミスティール』に関わることは駆逐された……と見られているが、そうでもない一面もあるから何とも言えない。

 宗教観そのものは変わらず初詣はあるし、教会ではミサもある。ついでに言えば神君を奉る『東照宮』は打ち捨てられていない。

 

 人々が完全に何かの超常のモノを敬う気持ち……『信仰心』の消失……『天使を消し去る』ことが出来ない以上、刹那のような存在は揺るがないのだろう。

 

 それが出来るのだとすれば、この世界は『終わり』を迎えるはず。

 

 

 何はともあれ波乱含みの九校戦二日目は……明日の女子ピラーズの壬生次第ということで落ち着く……ちなみに会頭も男子ピラーズで『九高』の……『竜使い』霧栖とかいうのと闘うに当たって、どうしたものかと悩んでいたが……。

 

 

『あまりお前の手ばかりを借りるのもアレだからな―――ただ本気の霧栖と闘えるならば、まずは己の自力でぶつかっておきたい』とのこと。

 

 三連覇がかかっているとはいえ、己に正直に実力試しだとする十文字会頭……こういうのもまた魔法戦なのだろうなと思う。

 

 作戦スタッフが少し言いたげであったが、一高の大親分がこういう以上は野暮であり―――決勝までは霧栖と当たらないからという計算もあったりするのであった。

 

 

 そうして二日目の昼間は更けていき―――夜中……。明日の壬生先輩用の衣装を作り終えて、色々と着付けのスタッフも用立てた上で一息突いた。

 

 一息突いて、何となく部屋の外に出る。10分前ほどには達也が何か面白いものを作って、特急でFLTから届けられたそれの実験をするために外出したのだが、優先すべきこと(概念霊衣作製)に10分はかかるということで構わず行かせた。

 

 乗り遅れた感がありながらも、何気なく行って見るかと思っていた所―――このホテルの中でも特殊な区画が騒がしいのを感じた。レクリエーションルームとでも言えばいい場所に明りが点いているのを見て、そこに赴く。

 

 

 明日を考えれば、休んでいてもいいはずなのに身体を動かすことを優先した人間達を、そこにみた。

 

 特殊な区画……修練場とも体技場―――、道場と言うには板張りが少ないのは怪我人を出さないためだろう。様々な緩衝材。それも魔法を使ったとしても問題ないはずのそこでフェンシングのような剣を突き合わせて激しくぶつかり合っていた。

 

 防具があるとはいえ、その一撃一撃が、かなり重いということは分かっていた。競技用のサーベルでも、稲光が奔り火花が飛び散るのは、それが真に場合によっては、殺人の技術にもなりえるからだ。

 長すぎる金髪、銀髪は丸い兜の中に収まっているのだろう……二人の女子の剣戟は激しく重く刹那の攻防を刻んでいく。

 

「覗き?」

 

「扉が開け放たれて、明りが点いているんだから、その表現は不適切だな」

 

「わかるわかるぞ遠坂! 何と言ってもリズ先輩も、ちょーボインだからの。リーナのを見て揉んでいてたまにはちがうものをいたたたた」

 

 

 最初に気付いて開け放たれた扉に寄り掛っていた刹那に声をかけたのは、三高の十七夜栞であった。

 彼女もまた剣術競技のユニフォームに身を包んでいたが、その言葉に反論してから腕組みして勝手な納得をしていた四十九院沓子のほっぺを引っ張り黙らせる。

 

 リーブル・エペー……フェンシング競技の中でもエペーというのは、旧世紀からかなり広範囲を有効攻撃面としていることで、大まかに言えば防御が主体になりがちなのだが……魔法を使ったフェンシング競技においては、一般競技における防御の巧拙よりも、サーブル、フルーレのように、攻撃主体のものに変化する。

 

 実際『エクレール』(稲妻)と称される……金髪である一色は、加速魔法を用いての稲妻の如く果敢に攻めたてる。

 しかし受け手である銀髪―――イリヤ・リズの剣は攻め手の剣の軌道を封じるように、先んじて受けて立つ。

 無論、一色の方も剣のしなりや切先の重さを利用して変化させるも、相手の方が若干上手(うわて)だ。

 

 

(心眼(真)ってところかな……?)

 

 技能を説明する際に、そういったサーヴァントのスキル的に説明せざるを得ないのは、彼女がそれに近い存在だからだろうか。

 

 そんなこちらの値踏みにようやく銀と金がこちらに気付いたようだが、かまわずに剣戟の応酬が続き、電子判定機が有効打を付けたのはイリヤ・リズであった。

 

 勝敗はそれで着いたらしく互いの位置に戻り拝剣の姿勢で礼をする姿勢を取る。

 

『Rassemblez! Saluez!』

 

 電子判定機の出した音声。人間的なものが聞こえた後に礼をする二人の剣士。兜を脱いでその長すぎる金と銀の髪が溢れる様はガンジス川の夕焼け映りと星空映りを思わせた。

 

 笑みを浮かべながら、握手をして健闘を称え合った一色とリズの姿―――……ピスト―――決闘場から降りてきた一色が、こちらにやってきた。

 

 

「刹那さん。どうしてここに? もしや、私に会いに―――」

 

「いやただの偶然。つーか、君がいれば、もうちっと大挙してやってくるんじゃないかな?」

 

 期待させて落胆させて申し訳ないが、その辺はちゃんとしておかねばならない。

 第一、三高の一色が、ここで汗を流していると知れば下心丸出しの連中がいるはずなのに、ホテル内でも特に秘密な場所ではないので―――まぁ気付いたのが俺だけというよりも、皆してそれぞれで何かしているのだろう。

 

 まさか、昼間に体と魔力をいじめるにいじめていた連中が、夜中にもこんなことをやっているなど誰も思うまい。

 

 そんな中に、刹那に銀髪の女が近づいてきた。

 

「アイリが、どうしてもって言うから相手してあげてたんだけど―――ようやく私に会いに来てくれたのね?」

 

「いいえ、一色に言った通り偶然です。今日は見事にしてやられましたよ。四高の伊里谷リズ先輩―――」

 

「ちぇーノリ悪いわ―。この『後輩』―――」

 

 

 魔力を圧縮するためなのか、リボンを取り出して銀髪を縛りあげる伊里谷理珠という女は栞から受け取ったタオルで汗を拭きながら、こちらに気軽に話しかけてくる。

 千代田花音に勝ったことなど、彼女の中ではどうでもいいようだ。

 

 そんな様子に、一色からどういうことかを誰何される。

 

「何だか、変なこと言われたんだよ……まぁ意味は分からないが」

「変なこと?」

「セツナ・トオサカは私に恋する―――そういう『おまじない』よ。アイリにも教えてあげようか?」

 

 気楽な調子で言われて一色は頬を膨らませる。それは、先輩を取られたという嫉妬ゆえか、それとも―――。

 

「私の恋を応援してくれる約束だったのでは?」

「応援するわよ。けれども、『セツナ』が欲しければ、『私』を打ち破ってから―――知り合いのヤクザ組長の『孫』もそういって『弟分』の家に『金髪娘』の同居をあれこれしたらしいから、ね」

 

 一色の言葉に勘弁してくれと言う思いの刹那に構わず二人は話を続ける。

 

 猫のように眼を細くしながらのリズの言葉。ここでは色々と暴露出来ない事情を含み、そして尚且つ―――こちらと同じような『経歴』を言うことで、こちらに様々なものを知らせてくる。

 

 しかし、その為に―――『タイガおばちゃん』のことをあれこれ言うのは不愉快極まりない―――まぁ裏切って、あんなヤクザも真っ青の裏稼業(執行者)に手を出した時点で、そんな思いを抱くのも筋違いかもしれないが。

 

 

「つまりリズ先輩は遠坂君の『お姉ちゃん』―――そういうこと?」

「遠い親戚筋よ。シオリ―――私だけが一方的に知っていて、舞い上がって色々と混乱させてごめんなさいね?」

「悲しげに寂しげに言いながら『右腕』に抱きつかないでくれませんかね? 恋人に見られたらば、アレなんで」

 

 既に防具―――胸部のプロテクターを脱いだらしくて、ブラも簡易なのだろう柔らかさが心地よすぎる。

 むにゅむにゅと変形する双丘を当てられて、正直色々と高まるものもあるのだ。知ってか知らずか、そんなことをするリズという女は、セツナにしか聞こえないように―――。

 

『あとでアナタの世界のお父様のことを教えなさいよ―――まぁこうして『ここ』にいる以上、そしてアナタの経歴から察するに分かることもあるのだけどね?』

 

 その言葉で『不満げに』嘆息してしまう刹那。

 見破られるぐらいには、この世界で刹那はあまり隠し事をしなかった。

 

 それこそが、こうしてこの女を呼び寄せた。魔眼の如き紅の眼を向けられて―――。また不満が出てくる。

 

『お姉ちゃんに何も言わずに危険なことするんじゃないわよ!』と怒っているように見えるのは、やはり―――血の繋がりを感じて親父の刻印が疼きを感じるからだ。

 

 けれど―――今更現れて、姉だの家族だの……。そんな不満を感じて見つめ返すと、沈むリズ先輩……あちらにはあちらの言い分もあるかもしれないが、刹那には刹那の言い分があるのだ。

 

 そんな様子は目敏く外野にも知られてしまい、切欠を作り上げるのは、四十九院沓子であった……どちらかといえばあーちゃん先輩と同じく、ロリな体型の彼女は知ってか知らずか状況を打破してくれた。

 

 

「ふむ。察するに随分と複雑な家庭事情の様子―――となれば、少しばかり余計なお世話かもしれぬが、そういう時には身体を動かすことじゃな。愛梨。相手してあげるのじゃ!」

「沓子もたまには良い事言うわね。刹那さん―――リズ先輩だけ相手していないで私の相手をしてくださいな♪」

「ちょっ、一色? 一色さん?―――」

 

 無理やりひったくるようにこちらの右腕を取った一色によって闘技場の―――一番広いフィールドに連れていかれる。

 

 気を利かせてもらったのは分かるが、一試合やったあとだろうに、未だに戦う気なのは―――一年にとって明日までの三日間は『待機』であるから無性に身体を動かしたいから―――と好意的に解釈しておく。

 そんな好意に答えながらも戦いでは気を抜かない。

 

 こちらに駆けつけて栞が持ってきた長物―――受け取った一色が頑丈な鞘から抜いたのは、武装一体型のCADであった。

 

「聞くところによれば、八王子クライシスにおいてもあなたは最前線で戦い続けたとかいう話―――フローラリアの魔剣を振るって魔狼を狩り続けたとか―――その実力の一端。私と一曲踊って見せてください」

 

「……ご期待に応えられるかどうかは分からないが、まぁ踊りの伴奏ぐらいは弾けるように努力するさ。『エトワール』(星の踊り手)・アイリ」

 

 

 競技用剣術のサーベル型CADではなく『真剣』のレイピア型CAD―――護拳付きのそれを掲げながら挑戦的に言ってくる一色に洒落て返してから、『格下げ』させた双剣を手に構える。

 

 その剣に『ルーン』を刻み込んで、花弁と風が纏わる双剣を見て、『へぇ』という声と『素敵』『華麗に決めるの』―――三者三様の声を聞きながらも、これ以上の囀りは不要として動き出す。

 

 レイピアの切っ先をこちらの『真芯』に向けたままに一色は加速魔法を発動させて―――スターズ隊員『切り裂き魔』ラルフ・アルゴルよりも、凄烈かつ清廉な真っ直ぐに突きこんでくる稲妻の如き突きに、干将・莫耶の陰陽剣が受け止めて―――そこから剣士二人の踊り。

 

 

 ソードダンサーズ(剣の舞い手たち)の見るもの全てを幻想へと誘うものが展開されるのであった……。

 

 


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