魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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何が契機だったのかは知りませんが12日のランキング入りありがとうございました。

今回の話は、正直書かなくても良かったかな? と思いつつ、まぁ決戦、決勝戦の前の試合ってのは、色々とありますから。

具体的にはH2の木根のピッチャー回であり、サブキャラたちのドラマ整理をしての比呂と英雄の―――。

ともあれ、新話お送りします。


第54話『九校戦――カーディナル・ジョージ』

 結局の所、意志を固めて何も変わらぬ相手を説得することなど不可能であり、コンバットシューティング部の衣装とやらで出てきた森崎の応援の為に観客席で観戦。

 

 こうして他の出場選手を見ると、実に自分が異色であるのかを認識させられる……直そうとは思わないが。

 

 

「吉祥寺と森崎、どっちが勝つかな?」

 

「さぁね。ただ―――あそこまで啖呵切ったんだ。男を見せなきゃマジでぶん殴ろうかね?」

 

 三回戦で負けてしまった滝川に返しながら、ルーングラブで、養母直伝の一撃を。と無言で思っているのを、当事者の一人である司波達也はやめておけと言ってくる。

 

 誰しもがこの戦いの行方を予想して、その『無意味』さを認識している。予選の様子からしても一目瞭然だ。

 

 

「術の『軽撃ち』がすぎるんだよな。速さは大変、結構なものだが、その為に現実への『干渉の強度』が全く足りていない。

 速い重いだけで決まる世界とも言い切れないが、相対する相手次第では致命傷もありえるな」

 

「……分かるのか?」

 

「分かんない方がおかしい。『軽快さ』(アーツ)『速さ』(スピード)を勘違いしている節があるな……それを適切に指導できる相手もいないが―――」

 

 五十嵐の疑問の言葉に手の中にエーテルを発生させて、様々な形に変えて『硬さ』『多様さ』を見せながら言っておく。

 

「まぁ、その辺りは本人も分かっているんだろうな。分かっていながらどうしようもないといった所だろうか」

 

「お前だったらどうするんだ?」

 

「何も。己の道をひたすらに突き進む相手を説得する『呪文』を俺は持たないんだ。

 そっちの水は苦い、こっちの水は甘い。と言っても聞かないならば、どうしようもない。ある意味、死んだ親父と同類だな。矯正するならば……一番いいのは、まぁどっかの『王様』にでも会うことなんだろうな」

 

 険悪な顔をする五十嵐にはとことん突き放した返答に聞こえるのだろうが、仕方ないのだ。

 

 人にとって『エゴ』は絶対だ。どんな生き方を選ぶかは本人の意思次第。

 結局、人の言うことばかり聞いていてもいい結果が出ないのならば、己の道を突き進むしかない。

 

 自分が辿り着いた生き様だというのなら最後まで胸を張るべきだ。

 たとえそれが一元的な価値観での独善的な支配階層的思想であろうと……それを貫き通すだけだ。

 

 ダメだと思ったならば、違う道に行けばいいだけ。そして、森崎にとっては司波達也などを筆頭とした『イレギュラー』に迎合するなど蛇蝎の如き思考であった。

 

 

 そして―――死刑執行が行われる。

 

 吉祥寺真紅郎。大層な名前の割には地味な魔法を使うものである。

 しかし、堅実かつ確実な勝利を取るという点で言えば参謀役で技術者といったところか。

 

 

「―――可哀想だが、森崎の負けは確定だな。刹那。あれを打ち破る方法はあるか?」

 

「容易いが、決勝に向けて『左腕』は少し温存したい。『右腕』でなんとかするさ―――」

 

 

 現在ポイント40-8。森崎も撃ち漏らしを出さないようにしていたが、やはり干渉力が弱いということが仇となり、吉祥寺の『強化』『偏向』で己のクレーを逸らされてしまった。

 

 ここから一つも落とさずに、かつ吉祥寺の『不可視の弾丸』を邪魔することは―――出来なかった。

 

 五十嵐も俯いて意気消沈。思うに、如何に負けは確定とはいえ最後まで眼を真っ直ぐに向けて見届けるのが、友人の務めだと思う。

 

 ちなみに刹那と達也は森崎の友人ではないので、話しながらも見届けるという形である。ドライな思考の二人に滝川も汗を掻いて、『かわいそうに……』と同情的である。

 

 

「作用力そのものを定義する魔法ね……目に見えるものだけを追い求めていないのは好感が持てるが、まぁ俺が勝つよ。いつも通り。相手を翻弄する魔法で」

 

「自信満々だな……」

 

「まぁな。今回ばかりは『カン・バク』を使うよ。流石にカバンの中にしまったままじゃ『申し訳』が立たない」

 

「そう言えば、一色との『息抜き』(逢い引き)で使っていた剣はカンショウ・バクヤに似ていたな……」

 

「おい。致命的なルビ振りをするんじゃない……ネタバレしてしまえば、『レオナルド』は俺の剣を元に、あのCADを作ったのさ」

 

 

 髪を掻きながらの言葉にウソだな。と達也は直観した。しかしレオナルド・アーキマンと近い立場にいるという刹那の言葉自体はウソではない。

 

 なんといえばいいのか。つまりは達也がシルバーであるのに対するように、刹那もCAD制作者としての地位を持っているのではないかと言う疑念である。

 

 しかしリーナの『星眼』と『星晶石』の整備と改良『だけ』得意な刹那にそれが出来るのだろうかと思ってしまう。

 

 

「見せてもらっていいか?」

 

「ああ―――稀代の魔工技師に見てもらえるならば、オニ……レオナルドも喜ぶさ」

 

「未来は未定。ただの予定だ……決まったな―――」

 

 分からない事だと言うと決まっていた未来が眼下に広がっていた。96-45―――ダブルスコアでの負けは予想はしていなかった……。

 

「薄情と思うだろうが、お前たちは慰労してやってこいよ。俺と達也が行くと逆撫でするだけだろうからな」

 

「……分かった……」

 

 

 答えたのは五十嵐だけだったが、応援に来ていた連中は森崎のところにいくだろう。一部を除いて……。

 

 そうして、一高の作業車及び調整の工房がある場所に赴こうとした時に、誰かに掴まる。

 

 

「ハァイ。ちょっとお姉ちゃんに付き合いなさい♪」

 

「イリヤ……理珠!?」

 

 魔力の針金を刹那の右腕に巻きつけて切断しないように、拘束したのは銀髪の四高の勝利の女神(アテナ)であった。

 

 スピードシューティングの観客などもいる中で、彼女の姿は一際目立っていた。達也まで立ち止まらせてしまったことに、申しわけなさを覚えて―――。

 

 それでも、容易に振りほどけない相手であることを知って二人同時に、立ち止まり話を聞く。

 

 

「お姉ちゃんを付けなさい! それよりも「イワン」のネズミのことよ……知りたくないの?」

 

「その前に一つ……九大龍王の発足人というか―――仕掛け人は、『アンタだな?』。リズリーリエ・フォン・イリヤ・アインツベルン―――」

 

 知りたい事を口に出してきたが、その前にあちらのペースで進められるのは不味いと思って、機先を制する。

 

 銀髪のストレンジャー。自分と同郷だろう相手に札を一枚、切っておく。

 

 しかし、そんなことは当然と言わんばかりのリズリーリエの態度にどういうことだと思う。

 

 

「私を好いていない推理だけど、まぁ概ね満点よ。そもそも―――政治筋や国防筋に網の目のような情報網を張り巡らせている十師族や魔法師協会が、ここまでデカい動きを容認しているわけがないわよね。

 けれど、ある『一つの予言』を『信じていた』ならば、懐柔は容易。そして、錬金術の基本は四大属性……エレメンツの発端は、もっと言ってしまえば『ホムンクルス』の鋳造だからね」

 

「………」

 

 驚愕の事実。その可能性……そもそも元の世界の科学文明。物質文明の流れからしても変であったことの一つ。即ちジーンテクノロジーの急激な発展。

 

 幾らなんでも倫理観を全て排したとしても人の『塩基配列』全てを解明して、望んだ姿のデザインヒューマンを作り上げる……果たして出来ただろうか?

 そんな刹那の疑問にホムンクルスと人間のハーフ……もっと言えば、もはや人間も同然のデザインヒューマンが語る。

 

「シスター・アルトマの予言もまた同じだった。行き詰った世界に、滅び(人類悪)がもたらされるのは―――…これ以上は蛇足ね。あとはアナタが推理しなさい」

 

「堂々と説明も出来ないことを知ってるからと誇って情報を小出しにするのは情けないな。『姉さん』……法政科の連中を思い出す……」

 

「関係は?」

 

首魁(院長補佐)に『楽隊』に入れと誘われたが、遊び相手で勘弁してくれと言うに止まった。死ぬような目にもあったが」

 

 

 あちらに『姑息』だと言ったので、こちらは堂々と言う。そう言う返しにリズは、くすくすと忍び笑いを零す。

 

 故郷での話が出て楽しいのかもしれないが、そこまで突っ込もうとは思わない。ともあれ本題に入るリズは真剣な顔をしていた。

 

 

「イワンの連中の目的は、この九校すべてが一堂に会する時を狙っての大規模テロ―――『雷帝の遺産』と『皇帝の卵』(エッグ)を使っての捕獲……東側の典型的なやり方よね?」

 

 その言葉に何と答えればいいのか、ともかくシルヴィアが調べた以上にデカい計画が進行中であった。真偽はともかくとして、言われた『それ』さえあれば『可能』な計画だ。

 

「未然に防ぎたいわ。しかし、イワンの工作部隊を尋問しても誰が『卵』の持ち主であるかは分かっていない……急ぎなさい。サイオンも体力も疲弊した状態で雷帝崩れを倒すのは難しいわ。先手を打ちたいわ」

 

「あんたはやらないのか?」

 

「やるわよ。けれど―――今は、四高を勝利に導くのが最優先だもの」

 

 

 途中で、後ろを振り向いて伊里谷理珠を呼んでいる後輩を示す姉貴分に、ため息を突くしかない。結局、鉄火場の匂いをさせていても、やることなど変わらないのだ。

 

 こういう所は……血の繋がりを感じる。超越者としての共感とでもいうものだろうか。

 

「それじゃ―――これが私のナンバーだから、あとで登録しておきなさい」

 

 簡単な気流操作と質量操作で、紙切れを正確に刹那の手に収めた伊里谷理珠の手際。それだけを最後に去っていくリズの姿を見送ってから向かうと―――達也に……。

 

 

「何を話していたんだ? さっぱり分からない言語のやり取りだったぞ」

 

「まぁある『特殊な魔術』を理解している人間ならば分かる口頭暗号だよ。そもそも内密の話を堂々と話すなんてことはしないのが普通なんだけどな」

 

 

 言語は不明でも意思だけは、通じ合っている二人だけに達也にはとことん奇異に感じられただろう。

 

 しかし聞かされた言葉を全て信じるならば、カウンターテロが必要になる。

 

 

「お前の上官に言っておけ。敵は新ソ連の中でもロマノフ王朝の遺産(レリック)を使う部隊『オヴィンニク』。目的は、この九校戦の会場を襲うことで生体兵器の材料やら、戦力の削りを行うはずだ」

 

「刹那も伝えるのか?」

 

 

 シルヴィアには当然、伝える。しかし……本当なのかどうか―――いや、既に確証は得ている……ただ何故『彼女』を使って『彼女』を襲わせたのか、これではまるで警戒態勢をあげてくれと言っているようなものだ。

 

 十日間の日程の半ばだが……致命的な何かを掛け違えながらも、次の戦いは近づいていた……。

 

 

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「お前は――――繊細だな。正直、ここまで複雑なもの……完全に弄りきれていないが、万全なんだな?」

 

「ああ、問題ないよ。世話かけたな」

 

「俺としてもいい機会だったよ。マクシミリアンのレオナルドモデルは初めて弄るからな」

 

 二挺拳銃で一対の存在である。その銃把をたびたび握りながら、調子を確かめると万全だった。アビゲイルやオニキスにまかせっきりであった『調律』。

 

 魔術刻印の方は己で何とかできる節もあるが、これに関しては……本当に自分でやることは稀であった。

 

 

「雫の秘策は完璧なのか?」

 

「そちらも問題なく。ただ…『黒羽根の魔弾』(ブラックモア)を登録したかった様子だが……」

 

 頬を掻きながら苦笑いする達也に、それは正解だと言ってフォローしておく。

 

「却下して正解だよ。彼女に必要なのはお前の機雷敷設の魔法だ」

 

「そうなんだけどな……お前の魔法を見ると、雫としても色々と思う所はあるんだろうな……技術者として正解だとしても友人として後押しできないのが悔しい」

 

 

 しかし、シューティングのクレーを対戦形式として『撃ち貫く』『粉砕する』となると、観客席にいた渡辺委員長曰く『スナイパー』(狙撃手)『ハンター』(狩人)の違いとして七草会長と比較して言ってきたらしい。

 

 そんな中、刹那のやったことは、『どちら』もだ。

 しかも魔法が分からない人にも分かるようにした光学補正なCGが無くても色彩として見える魔術は『聴衆』を熱狂させたらしい。

 

 

「俺のは異端だ。真似しようと思えば脳髄が『七人分』、サイオン保有量がA級魔法師10人分は必要だぞ」

 

「理屈では分かってもな。情で処理しきれない部分があるんだろうよ」

 

 

 達也としても、あそこまでの『大魔法』をマルチキャストで行えるとなると十師族の一人七草弘一得意の『八重唱』の大規模を思わせる。

 

 確かに一見すれば無駄な面もある……現代魔法に置いて、あのようなショーマンシップじみたパフォーマンスはいらないはず……。

 

 だが、その無駄と思われている部分が『魔術』においては肝要なのだと気付きつつあるのも一つ。

 

 

「俺の方からは何も言わん。ごみ取りと現在のお前に合わせた術式の適正化だけやったんだ―――だが、勝って決勝で一条を破ってくれ」

 

「手を煩わせた分は、仕事をしてくるさ」

 

 

 選手の呼び出しの連絡が来た。達也の『工房』を出て戦いに臨む前のこの空気はいつでも自分をトップギアに上げてくれる。

 

 そして諸々の手続きを終えて―――弓と二挺拳銃を携えてやってきた自分に降り注ぐ歓声。

 

 

 もちろん隣にいる吉祥寺の分もあるだろう。それを受けながらも隣にいる男―――少年は口を開く。

 

 

「意外でした。まさかCADや他の道具を使ってくるとは―――」

 

「お客さんも「マアンナ」ばかりじゃ飽きが来るだろうからな。別にコロッセオの剣奴(グラデュエータ―)のように、お偉方(貴族)から装備の指定をされたわけじゃないが……、そんぐらいの気持ちはある」

 

 

 弓を見せつけるようにして言うと、表情を変えないようでいて、少しばかりの落胆というか嘆きを感じる様子。

 

 どうやら刹那の刻印神船に照準を合わせて来たのに空かされた思いと、自分を舐めている。という怒り―――混ぜ合わせを無表情のような吉祥寺真紅郎に感じる。

 

 吉祥寺もライフル型のCAD。無論、達也の考案した『インチキ』とは違って真っ当な特化型であろうが……。それの中に秘策があったはず。

 

 

「森川君の敵討ちをしたくないんですか?」

 

「いや全く。特に仲良こよしってわけじゃないどころかションベンちびらせて植物の使い魔で乾かしてあげたから、うん。仲良しじゃないな」

 

「どんな状況だ………」

 

「ただ。『あんなの』でも一応、一高の同輩なんだ……とりあえずお前を倒す動機の一助ぐらいにはしておくさ」

 

 こちらの言葉の『敵意』に気付いた吉祥寺が、バイザーゴーグルを掛けながら口を開く。

 

「………いいでしょう。将輝の前に君のような猛獣を出したくはない―――ここで果ててもらいます―――遠坂刹那!」

 

「これ以上は言葉で語らず『技能』で語る戦いだな」

 

 

 吉祥寺が照準補正を掛けるのと同時に魔眼に火を灯して、有効エリアを見て弓を構える。

 

 作り出す矢は半物質化した魔力の矢。左腕が弓弦を引っ張りながら、その準備を進める。

 

 

 吉祥寺も起動式を読み込んでシグナルランプの点灯に合わせていく。激発の瞬間―――グリーンランプが点灯した瞬間に撃ちだされた赤白三枚ずつのクレー。

 

 有効エリアに入った瞬間……放たれた常人では視認できぬ矢と力学で言う所の反作用無しの『作用力』だけをぶつける弾丸とが、過たずお互いのクレーを穿った。

 

 赤が刹那のポイントクレー。白は吉祥寺。当然の如く、お互いに3点ずつ。

 

 次に放たれたのは六枚。白四枚に赤が二枚。刹那は先んじて赤二枚を貫く。次いで白四枚を落とさせないように妨害をしようと、神秘の層で吉祥寺のクレーを覆い隠す。

 

 しかし、魔眼で照準を絞った層は……簡単ではないが、二、三発で崩れた。崩されたのは白二枚。吉祥寺からすれば痛い失点だが、それでもポイント上はイーブン。

 

 何かをされたことは分かる。しかし、何をされたのかを知るために眼を絞り『解析開始』(トレースオン)。右腕の刻印と共に呟いた呪文と共に吉祥寺のCADを見ると、その銃身にびっしりとルーンが刻まれていた。

 

 拙い腕前で、書き順もメチャクチャで意味すら通っていないが、『一工程の魔術』としては、確実に通る様になっているものがあった。

 

 

(なるほど、弾丸に工夫を施したわけか―――しかし……)

 

 

 所詮は付け焼刃。この程度の手技では―――俺には勝てない。

 

 

「ああ、そんなことは分かっていたさ。だから―――僕も全力で撃ちあうだけだ」

 

 

 こちらの無言の嘲りに声で返した吉祥寺に眼をやった。その時には赤が六枚、白は二枚。引き絞った矢が六枚を貫く。否、貫こうとした時に……。

 

 照準がいくつかずらされた。直進するだけであった矢が貫けたのは、赤三枚。残り三枚は……一枚を砕かれて、二枚が落着。白は二枚とも砕かれた。

 

 その意味は自ずと知れた。

 

 

「たわけが、自殺点も辞さない加重魔法での妨害だと?」

 

「キミ相手にリスクを取らずに勝てるわけがない。その直進するだけの弓矢を選んだことを後悔して―――敗北するんだね」

 

「そうかい。実に浅いな吉祥寺……弓の極致。只人の身でありながら神域に達した男の絶技―――とくと見るがいい」

 

 

 弓で戦ってやる。そう決めて刹那は『投影、重層』と言う言葉で武骨な黒塗りの弓に、カンショウ・バクヤをつがえる。

 そうすると黒塗りの弓に明確な変化が出る。黒羽と白羽の双弦を作り上げて、その変化と魔力の密度に吉祥寺は驚く。

 

 

「なっ!?」

 

魔力を廻せ(サイクロン)。我が身は一対の夫婦剣……行くぞ!」

 

 

 飛び出るクレー。その数は序盤とは少し違ってかなり大量に放られている。その全てが刹那には見えており、吉祥寺も見えているだろうが、吉祥寺の魔法が発動するよりも先に、弓に番えられた矢が数に対応して飛び、吉祥寺も加重や移動魔法でずらそうとするも……。

 

 否、ずれた照準であろうとも放たれた黒羽の魔弾と白羽の魔弾とは意思を持つかのように、それでいながらつかず離れずでブーメランのように戻ってきて、落着しようとするクレーを直撃する。

 

 

「くっ!」

 

「まだまだ! 幻狼変化! 噛み砕かずに! 白皿を大地に伏せさせろ!!」

 

 遠坂刹那が呪文で干渉を果たすと、大量の黒羽の魔弾と白羽の魔弾が明確な形を取って、犬か狼……幼生程度が白クレーを『甘噛み』して物理的な干渉をしないように体ごと地面に落ちていく。

 

(変成する「魔法式」!? しかも、『獣性魔術』の応用だと!? 放たれた魔法式がサイオンに変わる前に、新たな魔法に変化するなんて―――あり得るのか!?)

 

 相手のキャパを見誤っていたわけではないが、それでも驚愕すべき思いに、子狼などが甘噛みしている白クレーを撃とうとすると、予想外に……『小さい』のか干渉したことで、子狼ごと白クレーが砕けた。

 

 その様子に、観客からブーイング。『オオカミさんが……』などという小さい子供の声に流石の真紅郎も少しばかり心を痛める。しかもただの魔力体なのに傷つく『演出付き』である。

 

 

(おのれ! 遠坂!! 『妙な小技』で僕の動揺を誘おうったって―――けれど今の声は茜ちゃんぐらいの子かな…いやいやいや! これもヤツの作戦なんだ!! 惑わされるな!)

 

 

 ならば不可視の弾丸を絞って子犬、仔狼に干渉せずに、白クレーだけを穿つ。この魔法の開発者たる自分に出来ないわけがない。

 

 しかしその作業の煩雑さに、吉祥寺もペースを握られる。ガチンコの撃ちあいの殴り合いで勝てるほど吉祥寺のキャパは特別優れていない。

 

 そういった意味では望んだ戦いではあったが、あちらは放たれる『魔法の矢』を次から次へと吉祥寺の妨害魔法へ変えたり、吉祥寺の妨害を砕いたりと……一手で『五手』ほどの手段に変えてくる。

 

 

 そんな風に魔法戦における変化ばかりを気にする大衆に比べれば、実にまっとうに勝負を見ていた面々の内の何人かが気付く。

 

 皆して、魔法の矢の変化ばかりを気にしているが……引き金を引けば銃弾ならぬ『魔法』が飛び出る『銃』に比べれば原始的な武器。

 

 弓で、どうしてここまで吉祥寺の特化型CADに対抗できるのか、近代戦争……具体的に言えば『幕末付近』には弓矢など、もはや長距離兵器としては廃れて、『武道』の一環として教えるにとどまり『武術』としての道は衰退していった。

 

 競技種目。身心鍛錬のためのものとしての変化を余儀なくされた弓で吉祥寺……カーディナルジョージの魔法に追随どころか追い越せるのか……。

 

 

「動作が流れるようにしなやかだ。一連の動きを秒以下で行えるのか……」

 

「ふふん。流石にタツヤは気付くわよね。セツナの到達した『技』に」

 

「一見したらば弓を構えて矢を番える。その一連の動作だけでも『無駄』なのに、その無駄さこそが―――ぜんぜん無駄じゃない……」

 

 

 達也が気付いた事実にリーナが自慢げにしてから、剣術道場の娘であるエリカが頭を抱えている。

 

 人間能力の極みとでも言えばいいのか、魔力による強化と人体連動が極めてハイレベルで行われた刹那の『弓術』は、まさしく音の速度の弾丸に先んじられるだろう。

 

 

「しかも銃にもマイナスの時間があるからな。照準の着ける時……そして銃弾を放つ際に身体に走るだろう衝撃に耐える身の強張り……弓にも若干あるそれが刹那には無いのか」

 

「凡人の身でありながら、多くの過去・未来・現代の『脅威』に対抗するために『無銘』の英雄が身に着けた。ただ一つの絶技……そこに遠坂家伝来の『変成魔術』を利用することで、セツナは『カーディナル』を翻弄しているのよ」

 

 

 魔力の矢は流麗華麗に放たれて過たず『標的』を穿つ。仮に外れたとしても『ザミエルの魔弾』となりて、意思を持ち、反転して―――標的に追い縋る。

 

 魔法式の直接投射ではなく、目にも鮮やかな魔法……魔術は多くの人々に『天使』を思わせるだろう。あるいは『悪魔』か……。

 

 

「今までの戦いで思うに、本当に惜しいな。刹那の固有魔法でなければ、『インデックス』にも乗るかもしれないのに」

 

 

 固有の魔法とは言え、友人の栄達を考えれば、そのぐらいしてあげたい達也の想いに幹比古が呟く。

 

 

「研究者だね達也。けれど、カーディナルジョージも気が付かないものだね……勝機に」

 

「左腕の弓を使ってだったらば、矢が放たれるだけで魔法の発動が困難になるってのに……」

 

 

 幹比古の推測。レオの眼が見抜いた事実。それらに達也は一応の補足をしておく。

 

 

「吉祥寺も研究者なんだ。つまり未知の魔法が、どういったものかを見極めつつ、己の『魔法』で対抗したいと思う……そして結果として刹那のペテンに気が付かないわけだな」

 

 

 選手としてただの魔法師として挑むならば、もう少し違ったかもしれないし、あるいは真紅郎のプライベートな事情もあるのかもしれないが、刹那の『変成する魔力弾』(カメレオンスティング)によって、既に天秤の傾きは変えられそうになかった。

 

 

「……これで刹那は、100%の状態で決勝に挑めるのか」

 

「ええ、刻印神船を使わないことで魔力の循環は良くなったわ。カーディナルには悪いけれど左手(レフト)ばかり使った結果、バランスを崩したピッチャーみたいになるのは防げたわ」

 

 

 三高の準エースですら『調整役』の扱いか、何故かピッチャーの投球術の如く説明されてしまったが納得してしまったのも事実。

 

 双腕の刻印……それらの扱いこそが刹那の要諦なのだろう……。

 

 

 そして終わってみれば92-65……今までのように圧倒的な勝利といかなかったのは刹那の左右の刻印バランス調整の為か、それともカーディナル・ジョージの意地か……ともあれ、第二シューティング会場でも結果が出た。

 

 電子掲示板に出て固有端末にも流された情報を一読。詳細な内容は分からないが、それでもスコアから読めてくるものもある。

 

 

「96-90……『乱打戦』を制したのは、やはり『一条』(プリンス)か……九大竜王に『地力』で追い縋ったのか、『それとも』……後でビデオが見たいな……リーナ、刹那を呼んできてくれ」

 

「オッケー♪ 今度ばかりはミユキに譲らないわよ!」

 

「別に私も望んだわけではないんですけどね」

 

 

 苦笑気味に言う深雪に構わず、スポーツドリンクとタオルを用意していたリーナが犬のように走り出して『恋人』の元に向かう。

 

 その様子を見ながらも、刹那が一条と接触をしていたこと……深雪から聞かされていて、女子陣の噂話からしても……まさかと思うが、一条は、達也と深雪が『四葉』の関係者だと気付いたのでは……。

 

 という―――『アホな推測』を即座に消去して、控室に向かう。

 そして、この会場にまさか『十師族』の数人がやってきていることなど知らないでいた達也は、己も注目されていることなど分かっていなかったのだった。

 

 

 女子スピードシューティング決勝 三高 十七夜栞 対 一高 北山雫

 

 男子スピードシューティング決勝 三高 一条将輝 対 一高 遠坂刹那

 

 

 注目のカードが2枚出揃ったのだった……。

 

 


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