魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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本来ならば前と後、合わせて一話だったのですが、文字数以上に、場面転換が多すぎたので、分割しました。



第56話『九校戦――決戦準備(後)』

 ――――男女決勝の前に行われた男女の三位決定戦……その結果は逆だった。

 

 女子の明智英美と炎部アスナとの戦い。

 

 火の粉の全てを弾丸とする炎部の炎弾―――有効フィールドに降り注ぐ落葉のような火の粉が変化を果たして、どのような魔法にも先んじられるはずのそれを打ち破ったのは、エイミィ特有の技能であった。

 

 狩猟部とやらに入っており、『動物的カン』―――拡大された視野と降り注ぐ情報の中で、エイミィは炎部の放つ魔法の動きを『直感』で見抜き、その魔法を打ち崩すことで己のクレーを撃ち抜き更に言えば、相手のクレーの破壊を邪魔していく。

 

 そういう戦いであった。領域全てに降り注ぐ火の粉を元にした範囲魔法。

 灼熱のフィールドの中でもエイミィは必死に食らいついて、結果として雫との戦いで消耗著しかった炎部に『澱み』が発生。

 

 

「広範囲魔法と広範囲魔法との『領域の奪い合い』―――陣取りゲームで消耗していたんだな……」

 

「それでも……私にも見えつつある『魔獣』の力を借りれば―――無理なんだね」

 

「ああ、守護獣は完全に宿主の『生命』を守る方向にシフトして力に制限を掛けている。その一点に突け込め! エイミィ!!」

 

 

 モニターにて三位決定戦を見ながらの控室での雫との会話。

 最後の言葉はエイミィに聞こえちゃいないだろうが、刹那と同じく相手の『間隙』を見抜いたエイミィが攻勢をかける。

 

 相手のクレーを落とさせず己のクレーだけを撃ち抜く。必死で食らいついてようやく見えた勝機に果敢と挑みかかる。

 

 気迫が完全に違って、呑まれた炎部―――エイミィと同じく真っ赤な髪をした少女が、それでもとサイオン切れ間近でも魔法でクレーを砕いていく。

 

 どちらも必至だ。ここに来るまでの消耗など度外視しなければ勝てぬ相手。お互いに玉のような汗を掻きながら引き金を引き、弓弦を引き絞るも、勝敗は決まった。

 82-81……一枚差で勝利を収めた―――サー・ゴールディの娘がライフルを高々と掲げるのだった……。

 

 思わず拍手。会場でも同じく、割れるような歓声と拍手が響き渡り―――お互いに健闘を称え合って握手をするのだった。

 

 

「エイミィは私に感謝すべき、炎部の消耗は私がいたからだし」

 

「まぁくじ運次第だったかな。術の相性次第な面はあったかも」

 

 

 実力だけで決まらぬのも、勝負の世界の悲しい現実である。特にこういった対戦形式でのトーナメント制となるとギャンブルだ。

 

 とはいえ、テニスの世界ランカーと同じく上がっていけば、どのみちどこかで強いのとは当たる。そこで真の実力が求められるのだから。

 

 

「んじゃ、そろそろ行くか」

 

「会場違うけど―――そっちもがんばってね刹那」

 

「雫の懸念材料だった一条をとりあえず凹ましてくるさ」

 

 

 男子の方は逆に、炎部アスナの双子の弟ワタルが勝ちを取った。

 吉祥寺も悪い魔法師ではなかったのだろうが、如何せん地力で差がありすぎた上に、更に言えば炎部ワタルの方はエレメンツ云々を除いても『火属性』に適正がある様子。

 

 魔法師的な系統で言えば、振動系統と放出系統に適正が強いようだ。

 

 そんな感想を最後に、雫と軽く手を叩いてからお互いの通路に歩み出る。選手入場通路……ボクサーや力士にとっての花道を歩いていく。

 

 その通路の途中に、彼女はいた。壁に寄り掛って、少しだけ気鬱な表情をしていたリーナを見て苦笑する。

 

 まるで映画か漫画のワンシーンのようなそれを思わせるリーナが愛おしくなる。

 

 

「言い出せないことがあったのは分かっちゃいるが、演出がすぎるんじゃないか?」

 

「ワタシだって気付いたけれども確証の無い事は言えないわよ……けれど―――セツナ、これだけは覚えておいて」

 

 

 こちらに近づいて正面に立ってから少しだけ腰を落として、こちらを上目に見ながら指さして言ってくるリーナ。

 

 そのポーズは彼女が自分にとって重要なことを言う時に見せるもので、それは、忘れてはいけないことのはずだ。

 

 だから、その言葉を、その真剣な顔で不安を掻き消そうとするリーナを忘れてはいけないのだ……。

 

 

「アナタは一人じゃない。それは、タツヤとかミユキとかそういう友人的な繋がりを言っていないわ。そういうのも大切だけど……

例え、あの人達と『縁』が無くなっても、ワタシだけ、アンジェリーナ・クドウ・シールズだけは、あなたの家族だから。辛くなった時に、ちゃんとワタシのことを思い出して……じゃないと、本当に―――嫌なんだからね?」

 

「……ありがとうリーナ。そう言ってくれる女の子と、『この世界』に来ていの一番に関われたことが俺にとっての幸運だな」

 

「あの時、プラズマリーナとして動いていた時……セツナは無視しようと思えば無視できたはずなのよ。それって―――やっぱりアナタとワタシは、うん。そうだったのよ」

 

 

 お互いに笑顔で納得。そして気持ちを、再度確かめあえた。

 

 自分は、この世界に無様にも逃げ込んだ臆病な人間だ。

 逃げ出してはいけない運命から逃げて、それでもその一端は、この世界に舞い降りていて、運命から逃げられないことを悟って立ち向かった時に、自分を立ち上がらせたのは、多分……隣にいたシリウスを泣かせたくなかったからだ。

 

 これから始まる戦い。勝つにせよ負けるにせよ。最後に決めるのは己の揺るがない意思を持てるかどうかだ。

 

「何かあれば声を掛けてくれ。どうにも、いつでも勝負事の最後に振り絞るためにも、リーナの『応援』(まほう)が必要なんだ」

 

 明確にセコンド的なものが許されてるわけではないが、それでも応援席からもリーナの言葉が聞こえれば振り絞れるかもしれない。

 

「もちろん。とにかくセツナのテンションを上げる『一言』で、絶対にアナタの勝利の女神(ゴッデス)守護天使(エンジェルス)になってあげるんだから♪」

 

 アンジェリーナ……Angelinaというラテン語の『アンジェラス』から変化した綴りの彼女はどこまでも自分の天使なのだなと感じる……。

 たまーに、人間に神罰下します系ならぬ『浮気は許すまじ! 一夫多妻去勢拳!!』とか放つ系統になるけど。

 

 

「それじゃ――――んっ。頑張ってきて、そしてワタシのダーリンは世界で最高の『魔法使い』だって自慢させてね」

「一条を倒してそう思われるかは分からんが、俺にも背負ってきたものがある。君もその一人だから、絶対に勝つよ」

 

 

 言葉の途中で口づけを交わしてから、その宣言をしてから別れる。そうして―――通路に立とうとしたもう一人の少女。

 

 通路の角に立っていた少女は、気分が落ちるのを感じたのだった。

 

 アイリスの少女は、これから戦うだろう同輩(一条)のことを考えていないわけではなかったが、それでも少しの激励がしたくて、出遅れて……その場面を見て、聞き耳を立てて、その言葉の応酬に『胸』を締め付けられる思いがして、三高の制服を掻きむしるのだった……。

 

 

 † † † †

 

 

 射台に上がると離れているとはいえ、とんでもない歓声が降り注ぐ。

 別に刹那が出てきたからではないだろうが……と思っていると、そうでもなく少し遅れて一条将輝が隣の通路から射台に上がってきた。

 

 こちらを見て、少しの笑みを零す一条が口を開く。

 

「大歓声だな。満員御礼。立ち見の客までいるというのは、注目度が違う証明だな……」

 

「だろうな。まぁプリンスと呼ばれているお前の人気は凄すぎる―――それを黙らせるのも一興だな?」

 

「ヒールを気取るか刹那。いいだろうさ。お前には司波さんと引き合わせてくれた恩義はあるが、それでも十師族の長子として―――お前の道を閉ざす」

 

 言い合いながらも、その眼は好敵手を見る目だ。侮れる相手ではない。何より自信もある。背負っているものもある。

 

 誇り高き魔法のプリンス。この男の武勇伝ぐらいは自分も諳んじてきた。

 自分がどの程度と思われているかは知らない―――ただバゼットと共に駆け抜けた熱き日々が自分にもある。

 

 硝煙の中にくゆる『瘴気』の気配。人を捨ててまで、人としての身すらも捨てて『超越者』となったモノ達との戦い―――地獄から帰還してきた日々。

 

 誇る訳ではない。ただ―――この男に負けることは、あのたたかいで得てきた自分の全てを穢すことかもしれない。

 

 

「俺はお前にエキスパートルールでの戦いを挑む……受けるか否かはお前次第だが……どうする?」

 

「受けるさ。日本の魔法師のプリンスからの挑戦だ。受けざるを得ないだろうが―――第一、ウチ(一高)の知恵袋にしてご意見番にして作戦参謀がこの展開を予想していたからな」

 

 受けざるを得ない状況だ。そう追い込まれたわけではないが、このベビーフェイスから挑まれて、それを拒めば一高は勝負から逃げたと思われても仕方あるまい。

 その展開だけは避ける。そういう考えになるぐらいには、一高のことを考えなければなるまい。

 

 

 真紅と真紅。赤と赤。朱と朱。

 

 相対しあう姿も、衣装も、まさしく目に痛くなるほどの赤、赤、赤、アカ、あか……―――混血の王たるものが纏う紅赤朱(くれないせきしゅ)の如く二人の姿は青空の中で一際赤く輝く。

 

 

 そしてホログラムで出てきたタッチパネルに対して了承の印を手で叩くと、七草先輩と水納見との戦いのように、射台が分かたれて離れた距離で相対しあう形式となる。

 

 

『エキスパートルールが採用されました。ご観覧中のお客様全員に案内しますが、この対戦形式は一セット200枚のクレーを撃ちあう対戦でどちらがどれだけ撃ち落とせるかを―――』

 

 

 ルールは分かっていた。だから準備を進めるためにもアゾット剣を腰から抜いて、胸にかき抱く。

 柄尻に象嵌された特大のルビーを撫でながら、メディテーションをして集中をしていく。眼を閉じていても聞こえる試合開始のシグナルランプが鳴るまで―――静かな闘志をふつふつと滾らせる作業だ。

 

 その様子をVIP席の更にVIP席にいた数名の人間達は、口を開いた。

 

 口火を切ったのは―――稚気溢れる少女のようでいながらも四十代後半になろうかという女からである。

 

 

「どちらが勝ちますかね? 賭けをしませんか?」

 

「……君は、ここに対戦相手の片方の親がいるというのに、不謹慎だと思わないのか?」

 

「いえ、お構いなく弘一先輩。自分も、そういうの大好きですので―――では遠坂君に一つ」

 

 空の席をひとつ挟んで三人ともに上席で見ているそれなりの年齢の人間達。年齢的には少し差があったりやや差があったりするものの、どのような立場の魔法師であってもその三人を見れば、震えてことごとく顔色を失う。

 

 そういった魔法の世界の『超人』たち……その中でも色黒のがっしりした体格の男は、自分の息子に勝負を預けなかった。

 

 

「将輝君に賭けないのか?」

 

「まぁ色々とありまして、ね……別に調子に乗っているわけではないんですが―――時々、一度ぐらい、こいつは、『ぶっ飛ばされた』方がいいんじゃないかと思いますよ……『覚悟も溺れれば驕りとなる』ってやつですよ」

 

 

 どんなことがあったのかは分からないが、六つ下の手のかかる後輩。別に舎弟にしているわけではないが、色々と話すことも多い剛毅が、ここまで言うには、やはり息子の成長を願っているのだろう。

 

 手を貸して起き上がらせても、また転ぶだけ。ならば自分で立ち上がるしかない……そういう意思を感じる。

 

 

「まぁいざとなれば―――『発破』を掛けに行きますよ。だからこの場は、その代わりとして遠坂君に賭けておきます」

 

「一条さんが刹那さんに賭けるならば、私も一つ。それで弘一さんはどうします?」

 

「真夜。賭けは不成立だ。誰もが遠坂刹那に賭けるならば、な」

 

「こういう時に大穴狙いの『根性』が無いのが、弘一さんですよね。そう言う所が男らしくない」

 

 

 先輩の眉根が動いたのを見た剛毅としては、この空間は居た堪れない。

 今の若い世代は知らない話だが、この二人の関係は……まぁそういうことだ。

 

 だから、少しだけ考えてしまう。これを機会に二人が少しだけ心を素直にしていれば、聞くところによる『二人』の掛けた『魔法』も解けるのではないかと……。

 

 そうすれば四葉と七草の対立などと言う『内憂』も取っ払われて決心一致して、魔法師達も魔法と言う『武力』でなく、団結による組織の力で以て、人類社会における正当な地位を主張することで、いつかは長く続く後進のための社会基盤が出来上がるだろうに……。

 

 

「そうだ。先生はどうですか? どちらが勝つのか賭けませんか?」

 

 上席の更に上席―――もはや上座という表現すら温いところにいた老年の魔法師を振り仰いで少年のように問いかける七草弘一であったが……。

 

「弘一。この場面で私が賭けたい方の選択肢が無くなっているのは酷ではないか。とはいえ―――十師族制度を成立させた身としては、一条君に賭けておくのが筋かな?」

 

 言われた方としては、どうしようもなくなるぐらいに、それしかないだろうが、恨みがましく言いながらも

 

 その言葉でお互いに親指を立てあう七草弘一と四葉真夜を見た九島列は……過日の頃の2人を思い出して、爺の懐が寒くなるぐらいで、この二人がいがみ合わないならば、まぁいいだろうと思えた。

 

 

 そして―――過去ではなく現在―――未来を担うだろう。未来を切り拓くだろう二人の魔法師の激突が今にも始まろうとしているのを見て、眼を試合に向ける。

 

 

 九校戦の未来を占う決戦の一つが始まるのだった……。

 


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