魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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なんか知らぬうちに日間ランキング5位まで上がっていたので、そのテンションと感謝の気持ちをを借りて連休前に一話あげられそうでしたのであげます。

ところどころ荒いかな? ぐらいに感じていますので、何かあれば一言お願いします。


第57話『九校戦――宝石と真紅の対決』

「―――Anfang―――」

 

 アンファング―――ドイツ語で、『始まり、発端』を意味する言葉。それだけを口ずさみ眼を開いた遠坂の様子は、先程と一変していた。

 

 歓声が落ち着くまではもう少しかかる中、風に乗って聞こえた言葉と表情に将輝は、緊張に晒される。しかし呑まれるわけにはいかない。

 

 相手が特大に強力な―――自分よりも上手の、話によればニューヨーククライシスでも『後方部隊』でビーストなる化物とガチンコで戦い合った相手。

 

 佐渡島で戦ったイワンの兵士どもとどっちが強いかはしらない。しかし―――、この場に立つ以上―――全力を尽くすのみだ。

 

 

 特化型CADを向けて、幾つかのCADを同じく『起きあげる』。

 複数のCADを特化型の周囲に浮かべて魔力で出来た『環』(リング)で繋げて『大砲』とする。

 

 CAD技術者としての倉沢と吉祥寺の意地に感服する。

 

 そして向けるべき相手は―――巨大な弓であり船を構えて、将輝と有効フィールドを見据えていた。

 

 

 互いの距離はクレーフィールドを挟んで離れている。だが受ける気迫が、お互いの熱が、渇いた空気―――『殺気』が充満する。

 

 びりびりとした空気を敏感に感じて感受性の豊かな人間が、肌をさすった―――シグナルランプのレッドから、グリーンに変わる―――数瞬前のこと。

 

 それが弾けて、お互いに『術』が弾丸のように込められて―――。グリーンに変わった瞬間。撃ちだされるクレー。

 

 赤白を確認すると同時に、同じ色を持つ紅の射手と砲手は、それらを砕いた。

 

 一条が白、刹那が赤。オープニングヒットは、ひとまずイーブン。

 

 

「序盤は様子見ですね」

 

「定石通りだな。こういう時に奇襲を仕掛けるぐらいはするのがアイツ(刹那)だと思うんだが」

 

 

 深雪の言葉に達也が答えると、次投射のクレーも同じく自分の担当クレーを撃ち抜き、イーブン。

 この均衡を崩すのが、どちらからか誰もが固唾を飲んで見守る。

 

「しかしさっきから一条が使っている魔法が……『爆裂』なのか?」

 

「いや、これは恐らく偏倚解放(へんいかいほう)。収束系の系統魔法でありながら『放出系』の要素もあるものだが―――簡単に言えば『空気砲』だ」

 

 レオの疑問に達也が即座に答える。白クレーを的確に、精密に撃ち抜く魔法は『圧縮した空気』を叩き込む技法だ。収束させて『発散』させているともいえないが……まぁともかく静かなものだ。

 

 渦巻くような魔法陣から放たれる空気が白クレーのみを撃ち抜き、刹那は刹那で黄金の矢束を吐き出していき、赤クレーを上下左右からざくざくと串刺しにする……明らかにオーバーダメージ。

 

 何か狙いがある。無論、そんなことは相対するプリンスも分かっている。……しかし何をしてくるか分からないことで緊張を増していく。

 

 ただ『何か』をするだけで場を支配する刹那に――――プリンスは知らずに焦りを溜め込む。

 

 

「策士だな。刹那は―――焦らしているよ」

 

「焦らされて……焦らされて……我慢が利かせられるかどうかだ」

 

 

 200枚のクレーを撃ち抜く射撃競技―――幹比古の言葉で、そろそろ序盤の50-50になろうとした瞬間、座標設定を間違えたのかプリンスが2枚を落とす。

 

 50-48。これで―――一条は動かざるを得なくなった。

 

 

「セツナの集中力は、その気になれば10㎞先の標的にも『矢』を届かせられるほどに卓越したもの……ブラフには乗らないわよ」

 

「ワザと外したのか?」

 

「発動速度がコンマ2秒ほど遅かったわ。イチジョウは、誘い出そうとして失敗(FAILED)したわね」

 

 その言葉に同意するのは深雪だけであったが、現代魔法の優等生二人がそういうからには、そうなのだろう。

 

 そして穴熊決め込むアライグマを誘い出すコヨーテのような真似をした一条は、相手の集中力……コンセントレーションを侮っていた。

 

 

(こいつ……!)

 

 

 今まで、快活に闊達に魔法だか魔術を放っていたのは、この為だ。本当の意味で勝利を求める時に、コイツの眼は猛禽類になるのだ。

 

 いいだろう。こちらから崩さなければ、勝利が得られないならば―――こちらから撃ってやる!!

 

 

(覚悟を決めたか)

 

 

 このまま作業に徹するのもいいだろうが、それでも覚悟を決めた一条が、違う起動式を読み込む。

 

 キャノンリングのCADが輝きを発して、朱い拳銃型のCADが起動式を発動、読み込んだ一条が叩き込んだ魔法式が白クレーを爆散させる。

 

 

「殺傷性ランクAの魔法。一条家の秘術『爆裂』。対象内部の液体を瞬時に気化させる魔法。生物ならば、水分から血液、老廃物にいたるまでを……無生物ならば、付着してある液体や大気中水蒸気が気化されて……ご覧の通りだ」

 

「白クレーを砕いたってのに、朱い煙ってどういうことだよ……?」

 

「魔法の神秘だな。―――しかし、煙が……刹那の赤クレーをさえぎ『ゲーーーエン(Gehen)!!!』―――」

 

 言葉が、呪文が響く。説明を遮られた達也と一条としては、まさしく青天の霹靂だろう。

 干渉力をここぞとまで高めた朱煙というスモークで相手の干渉を防ぐ算段。

 

 攻撃と同時に相手の妨害。さんざっぱら、一高の北山がやっていたの同じくの効果で刹那の赤クレーを封じたと思っていたのに―――。

 

 声が、呪文が、神秘の技法が……起動。真下から飛んでくる黄金の矢が、魔弾となりて全ての赤クレーを串刺した。

 どこからか、まさか七草真由美の『魔弾の射手』の如く銃座を作り出しての攻撃ではあるまい。

『魔弾の王』の魔弾は自由自在な軌道で動くのであって、本当の意味でのザミエルの―――。

 

 そして一条将輝は気付く。魔弾は足元に転がっていたのだと―――。

 

「串刺しにしていたクレーの……『黄金矢』……!? 地雷の待機のごとく!!」

「解説している暇なんてあるかよ? ギアを上げていくぞ!!」

 

 刹那の快活ある言葉と同時に撃ちだされる赤白30枚ずつのクレー。その全てに虹の光線が横合いから降りそそがんとする。

 

 それに対して、一条も魔法を並列展開。自動迎撃の魔法と能動的な魔法が、一条の爆裂をサポートするように吐き出される。

 

 戦艦と戦艦の大砲の撃ちあい。互いに、相手の妨害を実行しながら、されど己のポイントクレーを叩き落とそうとする乱打戦。

 

 サイオンの猛りが、魔法式の砕き合いが一髪千鈞の狭間で穿ちあっている。

 

 そんな中、刹那は勝負を決めるべく、時代錯誤にも『戦列艦』の『魔砲』を多数召喚する。

 

 

「Foyer: ―――Gewehr Angriff」(Foyer: ―――Gewehr Abfeuern)

 

 

 言葉で幾多もの魔法陣を発生させてそこを砲身に、回転する刻印神船ごと己を直結させる刹那。その言葉と行動に全員が心沸き立つものがある。

 

 魔術師の呪文は世界を震わせて、より『高次の世界』へと己を繋げるための自己陶酔の呪文……そして現実を改変するという絶対の自信を持った刹那の熱気が、イマジネーションが観客を震わせるのだ。

 

 一条も棒立ちではない。何が何でもその魔法を砕こうとするも……魔法陣はあちらにしか無いのだ。泥臭く刹那に直撃弾をという考えをした後には、手遅れ―――死刑宣告が為された。

 

「Schuss schießt Beschuss Erschliesung!―――放て!カッティング・セブンカラーズ!!」

 

 

 那由多の如き本数を讃えた魔力のレーザー。万色の魔力の大河(大虹河)が―――打ち出された30から50、20しめて100枚を完璧に砕いた。

 

 その間、レーザーは滞空して様々な形を取って、有効フィールドに何度も降り注ぎ、それらを行ったのだ。一度放たれたならば止めるには術者の殺傷のみの刹那の変成魔術の真骨頂であった。

 

 その恐ろしいまでに幾度も叩かれて、地ならしされた有効フィールド。

 刹那の魔力だけで満たされた干渉強度の中でも一条は、必死に食らいついて30を砕き50の内の34、20の内の8……完全に負けた。マイナス28のポイント。

 

 誘い出しのも加えれば30ポイントのマイナス。……多くの観客が、プリンスの1セット目の敗北を予想して―――。

 

 

「勝ったわね」

 

 

 十師族の長女。七草真由美も、その予想を肯定した。

 

「まだ40ポイント分のクレーが残っていますが……」

 

「いいえ、達也君が考案して北山さんが実行したアクティブエアーマイン。刹那君のカッティング・セブンカラーズ……あの二人は理解していたのよ。スピード・シューティングは射撃競技ではなく、『陣取りゲーム』であることに……」

 

 

 一年の観戦組とは離れたところで観戦していた二、三年のメンバーの中でも市原と七草の質疑応答に誰もが耳を傾ける。

 

 続けて真由美は言葉を紡ぐ。

 

 

「当たり前だけど、ある種の力ある魔法師ならば『想う』というだけでも領域内に、魔力的干渉を行えて更に言えば、それを以て相手の魔法を封じられる……まぁそこまで広範囲、おまけに長時間の『領域干渉』なんて十師族みたいな力ある魔法師でなければ無理なんだけど」

 

「つまり北山はその図抜けた大掛かりな魔法力と魔法式で、有効フィールドの陣地を奪い取り、遠坂もまた『そうだと』?」

 

 二人分の座椅子を占拠して後ろに誰もいなくなってしまう十文字克人の質問に、七草真由美は真剣な顔で続ける。

 

「ええ、もっと言えば刹那君の魔力も干渉も術式も『濃く』『重く』『深い』のよ……同じ古式でありながら、吉田君と何が違うのか分からないけれど、やはり彼の魔力の通り道は、ちょっと違うけど『道を借りて、草を枯らす』のごとくなってしまう……例え十師族であっても」

 

 

 最後の言葉にケガをしていても、平気な顔をしていた渡辺摩利が驚く。

 確かに魔法式の重複は色々な問題があって打ち消し合うという性質があるが、それ以上に強い干渉力を以て力づくでそれらの『ルール』を消し飛ばすなど、やはりあの男は只者ではない。

 

 十師族ですら為し得ない技術をいとも簡単に行う遠坂刹那。一体何者なのだ? そんな疑問ばかりで、干渉力と術式の強さでシューティングを『早撃ち』ではなく『陣取りゲーム』にした達也と刹那の存在を―――。

 

 

「まっ、一高が勝つんならば、それでいいわ。十師族の立場なんて兄さんと父に丸投げよ! いけー刹那君!! そのキザったイケメンぶっ潰せ―!!」

 

「ぶっ潰せ―」

 

「ぶっ殺せ―!」

 

「ブッコロセー!!」

 

「おいいい真由美ぃいいい!!! あまりにも下劣なコールは競技のバッドマナーだぞ!!! というか十文字も乗っかるな!!」

 

 

 渡辺摩利のツッコミもなんのそのヒートアップする会場の中にそのコールは掻き消されて、真由美の宣言通り、新人戦男子スピードシューティング『エキスパートルール』の元での、1セット目は、刹那が取ることとなった……。

 

 

 † † † †

 

 

 疲労回復のためのハチミツ漬けのレモン。カットされたものを食べながら一昔前の何かの競技選手のように『もぐもぐタイム』を実施していた雫と対面―――離れた所にいる十七夜栞とはインターバル10分の間に色々と考えていた。

 

 炎部と闘った際の『特化型』に見せかけた『汎用型CAD』を持ってくるのは分かっていたが、それでも、ここまで『やられる』とは―――。

 

 

(一条君には悪いけど、刹那君には感謝だね。『魔眼』の使い方を教えてくれたわけだから……本人は、『人命救助』とか言っていたけど)

 

 愛梨よりも先に自分の瞳を覗き込んで、頬に手を這わせた刹那は―――栞にとっても女ったらしだと思えた。

 

 まぁ『眼』を使うごとに、痛みが走っていたのは事実だった。覗き込む刹那には下心は無いのだと分かったが……なんか色々だった。

 魔眼の放散のさせかた収束のさせ方……魔力に反応するアレルギーのようなものだと教えられて対策を教えられたことを思い出して―――次は魔眼で勝つと誓う。

 

 

 雫もまたレモンを食べながら作戦を練る。彼女―――十七夜栞こそが最大の脅威であったが、その前に『炎部』という驚異の特化型術者と当たったことで、達也の秘策は知られてしまった。

 

 親友『光井ほのか』と同じエレメンツの末裔にして刹那と同じく『ミスティール』の力を以て戦う女に勝つために『黒羽』と『白羽』の魔弾『ブラックモア』と『トラフィム』というのを用いたのだが……。

 

(対策されちゃったか。けれどしょうがない。目の前の一勝を捨てるわけにはいかず『ここ』(決勝戦)に来る為にやったんだから……)

 

 

 お互いに『秘策』を持ちながら新人戦エキスパートルールの更に深度……2セット先取の戦いを挑んだ雫と栞は、絶対に勝つと決めたのだから……。

 

 

『両選手、射台へ戻ってください―――ラストセット始めます―――』

 

 

 アナウンスで最後のレモンを胃に収めてから銃を持ち、最後の戦いに挑む二人の端末に、違うコートの試合の途中結果が送信されてきた。

 

 男子スピードシューティング新人戦 一高 遠坂刹那2セット連取―――。

 

 

 ゲームセットまで1つと王手を掛けた刹那の情報を見た二人は意気を上げて最後の戦いに挑むのであった。

 

 

 † † † †

 

 

 割れるような歓声が響く。汗を拭う両選手。しかし表情は互いに違っていた……。

 

「一条の爆裂と偏倚解放……すさまじいものだ。しかし、それでも『一門の砲』でしかなかったのに対して、刹那の砲門は、古めかしくも火力が満ちた戦列艦のそれだ」

 

 言いながら発生する『魔法』の数では対抗できていても、威力が段違いなのだ……。何より放たれた虹のレーザーが、有効フィールドという『土台』を崩しに崩していくのだ。

 

 勝負は決まったはずだ……。だが―――一抹の不安を抱いているものがいた。不安を抱いているものは両の手を組んで祈っていた。

 

 

「アームストロング砲に対してカルバリン砲じゃ明らかにセツナの方が上なんだから……お願いだから、このままいって―――」

 

「リーナ……あなた何が不安なの? 大丈夫よ。刹那君はこのままいけば勝てるもの。ほら、今もリーナの切ったハチミツレモン食べているから、ね?」

 

 

 俯いて祈るリーナの背中を摩っている深雪。確かにこのままいけば刹那の勝ちは硬い。そしてここから一条将輝が『プリンス』を捨てて挑んでも、それでも……九分九厘で勝ちは取れる。

 

 そんな達也の予想以下の、『当たり前の事実』が崩される危険性をリーナは呟いた……。

 

 

「イチジョウの父親(ファーザー)は、この会場に来ているわ。ヨツバにサエグサ……その当主も、ここにいる……―――」

 

 

 その言葉に―――違った意味で、達也と深雪が固まる。何故、あの人が―――そしてそんな情報がなぜ自分に入ってきていないのか?

 

 そんな疑問もなんのそので、選手たちのフィールドに変化が起きる。

 

 

 最初は、一条将輝の後ろにて――――何者かが立っていたのを誰かが告げる。

 

 そして、その誰かが何者であるかを誰かが告げる。

 

 

「い、一条殿!?」

 

「剛毅師父!?」

 

「おっまっえは―――!! 何をやっているんだ剛毅!!」

 

 

 主に自分達一高から離れている三高の応援席が騒がしくなって、その何者の正体を告げてくる。

 

 日本のグレート・テンと呼ばれる魔法師達の頂点の内の一人……一条家の当主―――、一条剛毅がいた。

 

 言っちゃなんだが優しげな顔つきの一条将輝とは違い、とことん男らしさを磨き上げた浅黒い肌の―――『漢』であった。

 

 そんな男は少しだけ俯いていた一条の後ろに立ちながら、とんでもないことをやっていた……。

 

 

「お、親父……!? な、何をやっているんだよ! こんなところで!?」

 

「見て分からんか? 将輝―――これは日本伝統の調理技法。かつら剥きというやつだ!」

 

「そんなことは見りゃわかるよ!! 何で板前の格好をして、かつら剥きしているかってことだよ!?」

 

 

 そう……一条剛毅は、何故か一条将輝の後ろにいつの間にか立って板前の格好をして、ベンチ裏で大根を剥いていたのだ。

 

 息子もこの事態には冷静でいられない。没収試合になるかもしれないというのに、なんでこんなことを……という思いでいながら、父親の剥いた薄い、薄い大根を何となく手に取る……食わないが。

 

 如何に十師族とはいえ、このような事態は容認できない大会関係者たち……警備員服の人間達が、やってきて大慌てで一条剛毅を拘束しにかかる。

 

 従容とその逮捕に応じる一条剛毅。その気になれば警備員など吹っ飛ばせるだろう(肉体で)男は、去り際に息子に声を掛ける。

 

 

「無様だな将輝。当然だ……カラスがクジャクの真似をしたところで勝てるわけがない。仲間が信頼を託した武器もいかせない……」

 

「なっ……!」

 

 あまりにも辛辣な言葉に、一条将輝も立ち上がり去ろうとする父親の背中を睨む。その姿を見ている刹那の変化に、リーナ、深雪、達也が気付く……。

 

 そうでありながら一条剛毅は口を開いた。

 

 

「……絢爛にして華麗な魔法を持つ遠坂刹那は『鯛』(タイ)……」

 

 

 その通りだと誰もが感じるほどにもっともな意見。敵を褒め称えてどうするという視線が三高から降り注ぐが、一条剛毅は構わず言葉を紡ぐ。

 

 

「将輝。お前に『華麗』なんて言葉が、本当に『似合う』と思うか? ……お前は―――『鰈』(カレイ)だ……」

 

「……!」

 

 

 その言葉に気付かされて眼を見開く一条の中に何が再生されているのか……本人にしか分からないが、それでも父親の言葉は息子を立ち直らせた。

 

 

「佐渡島でお前は、どんな戦いをやってきたんだ? あの頃のお前は、『何のために』戦っていたんだ?」

 

「……親父……」

 

「汗と土と血……『泥にまみれろよ』―――そうすれば、お前は……誰にも負けない……クリムゾンの意味を考え直せ」

 

 

 余人には分からぬ会話。コンバット・ブローブン(実戦経験者)として驕っていたわけではない。

 

 慢心があったわけではない……しかし周りの声に己の『姿』を隠していた感覚もあった……開いていた五指を握りしめて、眼を瞑る一条将輝。

 

 そんな息子を見て満足したのか警備員の案内に応じて、観客席に戻る一条剛毅の姿。既にインターバルは2分を切っていた中、近くの観客席で声掛けをしていた相棒に頼みごとをする。

 

 

「ジョージ、―――が無いか? とにかく適当な刃物が欲しいんだ」

 

「ええっ? そ、そんなこと急に言われても、そんなものは――――」

 

 

 当然の如く、用立てられるものではないとしてきたジョージに無茶ぶりが過ぎたかと思いつつ、仕方なく手を魔力で硬化させて切断率を―――と思っていた時に、将輝の足元に『望んだ刃物』がやってきた。

 

 観客がざわつく。それは投げられた方。投げ込んだ人間が、対面から矢に乗せて放ったものだったからだ。

 

 

『それで十分だろう? やるんならばさっさとしろ―――時間は無いぞ』

 

 

 上杉謙信のつもりか? そう思う程に『望んだ刃物』を寄越して声を掛けてきた遠坂刹那に笑みが零れる。

 

 大会委員たちは、あまりにもの横紙破りに頭を悩ませつつもドーピングや、その他のロクでもないことをやっている様子ではないので、どうしようもなくなる。

 

 しかし競技選手に対する私的な接触にはペナルティを課すとアナウンスで告げて、三高は―――三高の女傑『前田千鶴』校長はそれでも―――。

 

 

「構わん!! お前の覚悟を見せてみせろ!! 一条、お前の覚醒こそが三高の利益に他ならないんだからな!!」

 

 

 校長の気風のいい言葉を受けて射台に上がりながら一条はその刃物を頭に乗せて、ここぞとばかりに走らせた。

 

 一走りさせるごとに悲鳴が聞こえる。絶叫しているのは一条親衛隊と呼ばれる三高の女子たちと他校のファン女子や多くの女性陣が叫ぶ。

 

 当然だ。プリンスはいま……プリンスとしてのツラ(仮面)を無くすことにしたのだから……。

 

 

「ようやく―――『スッキリした』。ここからが本番だ! 刹那!! お前を倒す!! 泥臭くも!!汗と血に塗れてでも!! 『あの時』のように三高の礎に俺はなる!!」

 

 

 伝説の英雄の一側面『トリマー』の『サーヴァント』の宝具……電動バリカンで『丸刈りの坊主頭』にした一条将輝の決意が、迸るサイオンの猛りが、『凱旋門砲』を最大の攻撃形態にする。

 

 ここからは本番。そして窮地の中の窮地。しかし逆転の決意は硬い。

 

 Aランクの殺傷魔法を使っての最大級の攻撃による攻撃術の応酬をしてやる……そういう決意で目を輝かせる一条とは逆に、少しだけ刹那の眼には陰りが差すのであった……。 

 

 


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