魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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ここ数日、友人の結婚式に行くために遠出用の準備をしていたからか、バスに乗り込む際の駐車場の側溝にスマホを落としたか、車中のどっか変なところに入り込んだのかどちらかであるのだが……FGOの連続ログイン記録が途絶してしまったことが、色々とテンションダウンでした。

今日帰ってきて探したんですが、落としてもしかしたらば誰かが使っている可能性も考慮して使用をストップ。

色々とあれでしたが、ともあれ―――友人おめでとうございました。当たったプレゼントは有効に使わせてもらいます。

ということで遅ればせながらの最新話どうぞ。




第71話『九校戦――波の行く先』

 風を切り、水を切り、魔法の輝きを伴いながら、滑走していく少女たち。

 

 体幹を活かして、強烈な『曲がり』(コーナーカット)を行いながらも最後の直線。そこに来た段で、お互いに溜めていた『足』ならぬ『爆発』を行う。

 

 同年代に比べれば矮躯な方の四十九院沓子は水素を利用したブースト。

 

 同じく先頭争いをしていた千葉エリカもまたボードの魔力の『形状』を変えて『爆速』に相応しい形態に変えてからの魔力放出。

 千葉道場(実家)の動きの応用―――。

 

 自転車競技における『ケイデンス』(回転数)を上げるかのように、魔力の循環が光輝いていく。

 

 そして―――ゴールラインのチェッカーが振られる瞬間がやってきた。水飛沫を上げながら、二人の少女の戦いに決着が着く。

 

「もらったああああああ!!!」

 

「うぐぐぐ! 二位通過じゃ!! 今はそれでよい!!」

 

 

 チェッカーフラッグが振られたことで赤毛の少女が、ボードの上でガッツポーズを取りながら慣性運動が惰性走行に変わるように余剰距離を踏破していく。

 

 水を切りながら走り抜けた水の通路は、二人の少女の魔力で軒並み荒らされていたが、ともあれ準決勝三位までが通過できるバトル・ボードのシステム上、そこまで思いっきり走らなくてもいいのだが―――。

 

 二人の負けん気の強い少女が張り合うように先頭争いをしたせいで『流しても』三位に通過できるかもしれない面子に、ものすごく影響が出てしまった。

 

 

「決勝では負けん!! エリカ! 光井と共に首を洗って待っているのじゃ!!!」

 

「ええ、楽しみにしているわよ。私もまだ『奥の手』は晒していないもの」

 

「なん……だと……!」

 

 満面の笑みで答えたこちらに対して沓子の顔芸。それをよそに『ブラフ』が効いていることを確認したエリカは、大応援団に手を振る。

 

 多くは実家の門下生であり、治安組織に所属している人間達であった。

 

 

『『『エリカお嬢さん!!! 最高にイカしています!!』』』

 

『『激マブです!!』』

 

 

 などなどと野太い声の大合唱。当然の如く厳つい男たちの一団の声援は誰よりもエリカを励ますものだ。

 

 その中に混ざっていつも自分が悪態を突けば、あれこれ返してくれる同輩の男子の声もエリカの耳に入っていた……。

 

 一方で、兄貴と多分義姉―――あるいはもしかしたら、万に一つの確率でエリカの義姉になる一高の風紀委員長の声も届いていた。

 いちゃついている様子には視えず、とはいえあまりいい気分ではない―――が……そこであまり騒がないのも今のエリカであった。

 

(まぁいいけど……ここで大人げない対応するほどアタシも暇じゃないしね)

 

 

 深雪ならば、そのぐらいはするかな? などと考えながらボードを『岸』に乗り上げさせてから降りる。

 

「おおー! ピラーズは男女ともに決勝は一高が独占か……ということは―――栞はダメじゃったか―……」

 

 隣にてボードを抱えた四十九院沓子が他会場の結果を大スクリーンで確認する。

 

 確認して感心から一気に落胆するという器用な真似をする沓子二十面相に苦笑してから―――。

 

 

「そっか。遂に二人が戦うんだね―――こりゃどっちを応援するか、みんな悩んでいるだろうなー」

 

「もしくは、決勝そのものを無くすこともありえるんじゃぞ? 特に同校どうしの戦いとなるとポイント制度上無意味じゃからな」

 

「そういうもんなの?」

 

「過去にもそういう例はあったそうじゃ。オリンピックなどのように金銀銅のメダルがあるわけでないからの」

 

 

 成程。沓子の言葉に感心しつつ、それでも『二人と二人は戦うだろうなー』とエリカは予想していた。

 

 なんせモニターに提示された合わせて四人はまごうこと無き『ケンカ好き』。やり合う機会さえあれば……そういうことだ。

 

 

「午後は誰もが死にもの狂いじゃ。九高の風鳴、五高の炎部……戦争じゃな」

 

 他人だけに構っていられない。己とて油断できるような相手はどこにもいない。そもそも『二科生』であるエリカからすれば、どいつもこいつも自分より上なのだ。

 

 荒事に関しては、よく吼えれるエリカとて、この舞台で本当に自分がやり遂げられるか、心配だった。

 

 

 だから―――。

 

 

「見えてくる頂点までの景色も楽しんでいく。山登りが出来る男子の言葉を胸にアタシは戦うだけよ」

 

 

 † † †

 

 

「まさか君がアイスピラーズ・ブレイクに参加するとはな」

 

「すみません。お伝えするのを忘れてしまっていました」

 

 達也が世話になっている国防軍の人間。それに呼び出された達也は、赴いた場所―――ホテルの特別室にて少し責められる結果となってしまった。

 

 こちらに来てから二度目の面会。場所も同じ―――しかし面子が少しばかり違っていた。

 

 独立魔装大隊の面子と……数名の『関係者』の前にて完全に軍属であることを暴露されたが、ともあれ―――風間は言葉こそ責めるものだが、どこか面白がっている調子。

 

 ヤンチャを見透かされた子供の気分で答えた達也に対して風間は、とりあえず構わないとしてきた。

 

 そして奥の方の厨房では『カーカッカッカ!!』とか言いながら中華鍋を振るう男の姿。達也としてもカオスだなと感じる。

 

 

「しかし、勝手な保護者の気分としては少し安心しているよ。特尉―――いや達也。お前にも男としての意地の張り合いがあったのだな。とね」

 

「目立たず騒がず……というわけにはいかないぐらいにエキセントリックな日々でしたので……」

 

 そっぽを向いてにやけている風間から視線を外したい達也の心情。

 

 それに対して厨房で蒸籠を動かしている男がにやけるように笑ってくる。

 

 誰のせいだと思っているんだと、恨み言を零す前に海鮮八宝饅頭の匂いでこらえる。

 

 こらえると同時に、数名の関係者のうち―――厨房にて『最後の仕上げだ! このウニの粉末をかけて俺の最強エビチリは完成!!』とか言っているの関連であろう女性が何者かを問いかける。

 

「それで、そちらは何度かお見受けしましたが……」

 

「初めまして大黒特尉。自分はUSNA軍所属シルヴィア・マーキュリー・ファースト。軍属としての姓名を名乗って申し訳ありませんが、リーナやセツナ君などのUSNAにおける少年魔法師たちの総責任をさせてもらっています。よろしく」

 

「こちらこそ、近くで見掛けてもあまり話しできなくて申し訳ありませんでした。司波達也です。ゆえあって自分もこちらの大隊関係者にお世話になっている身分です。大黒竜也で通していますが、お構いなく」

 

 茶色の髪を短く切りそろえた―――近くに居る響子と双璧とも言える『デキる女』ではあるが、そこまでキャリアウーマン的な面が視えない。

 

 どちらかと言えば編集者……文芸分野かレジャーや旅関連のルポライターという感じを受ける人だ。そんな風な女性が、達也に挨拶してきた。

 そして軍属としての姓名ということから達也は察する。

 

「マーキュリー……水星――― スターズですか?」

 

「yes,聞きしに勝る洞察ですねタツヤ君。お察しの通り、あちらではプラネット級の魔法師として登録されています」

 

 USNAが誇る魔法師の特殊部隊。諳んじれる限りではあれこれあるのだが、『ウチ』(独立魔装)と同じようなものかと思っておく。

 もっとも、予算も面子も間違いなく自衛隊時代から針のむしろに置かれているウチ(国防軍)とは雲泥の差だろうが……。

 

 

「……水でもかぶって反省しなさい! とか言います?」

 

「うーん。アウトアウト。変な電波受信していませんか? というかセツナ君の影響ですね!?」

 

 

 その言葉で中華における『飲茶』形式のごとくワゴンを押して料理を持ってきた刹那が苦笑しながら反論する。

 

 

「いやいや俺が悪い影響を及ぼしているみたいに言わないでほしい。まぁともかく腹が減ってはだろ?」

 

「相変わらずとんでもない料理スキル……遠戚とはいえ、マイシスターともいえるリーナをあそこまで『ぱっつんぱっつん』にした原因の一端ね……おそろしい子!」

 

「あんたらリーナの姉貴分二人して俺に悪意的すぎない!? ひっどいわー……」

 

 響子とも面識があった刹那が、半眼で言いながらも中華卓に音も立てずに皿を乗せていく様子に誰もが目を奪われる。

 

 

「とか言いつつも、配膳も完璧とはな。恐れ入るね」

「まぁまぁ、言いたい事も山ほどあるでしょうし、特尉も遠坂君も用事があるでしょうから―――今は食べましょう。いいかな?」

 

 

 山中先生と真田中尉が言ってきたのを受けて刹那も『どうぞ。』と返して、―――皿の回転が目まぐるしくなる。

 いい歳した大人が、料理を取り合う光景は―――みっともないとはいえないぐらいに達也も分かるものであった。

 

「くっ! USNAスターズは、いつもこんな旨い料理を食っているのか!? 流石は物量作戦の大家! 山本五十六の絶望が分かる!」

 

「まぁ兵隊を飢えさせるようじゃ、戦争には勝てませんよ。達也、お前も食っとけ」

 

「ああ、遠慮なくいただくよ」

 

 ―――脱皮直後のやわらの海老…殻つきでまるごとのエビチリを頬張る柳の言葉に返した刹那に達也は答えてから海鮮饅頭を頬張る。

 

 九校戦前……家では度々深雪が苦労して作ってくれているが、家族としての愛情などを除けば……やはり刹那の方が旨いといえる。

 深雪の手際が悪いわけではないし、レシピも間違ってはいない。ただ何かが違うのか刹那の作る海鮮饅頭とは雲泥の差だ。

 

 そんな料理で腹を膨らませつつ改めて用件を風間に問い質す達也。

 

「で、何で俺と刹那を呼びつけたんでしょうか?」

 

「まぁ藤林が言ってシルヴィア少尉が自慢をしてお前が夢中になる遠坂君の中華が食べたくてな。材料はこちらで用意させてもらっていた。さてモリモリ食うぞ」

 

 

 それだけか。風間から告げられる驚愕の事実―――なわけもなくシルヴィアが遮音の結界を張り、刹那が食事の音だけを拾わせるように仕向けたのを達也は感じた。

 

 術式が展開されてからの……ここからが本題のようだ。フカヒレ饅頭をリスのように頬張りながら達也は話に集中する。

 

 

「手短に話す。達也、今回の新ソ連の暗躍。そして無頭龍の壊滅……タマモヴィッチ・コヤンスカヤの暗躍。全ては一つに繋がった」

 

「現在、この富士演習場……九校戦の会場を襲おうとしている連中『オヴィンニク』は、回収した無頭龍の死体などを元にして、ある種の人造強化兵士を解き放とうとしている」

 

「その混乱に乗じて『死体』となってしまうほどに原型を留めないほどになったと『見られる』。若年魔法師を拉致する考えのようだ」

 

「実に下策ですね」

 

「ああ、この未来を担う魔法師達が一斉に会する場所。六日目に至るまで超絶の技能を見せていたものたちを相手に―――そこまで自信が持てるものなのかな? シルヴィア少尉、遠坂君」

 

 

 思い思いに、極上中華を堪能していた中でも極辛麻婆豆腐(白黒豆腐)を堪能していた2人の視線が独立魔装の面子に向けられた。

 

 

「ものによるとしか言えないです。詳しい説明は報告書を参照してもらいたいですが、雷帝の遺産を利用した『殺戮猟兵』の使役……『巨象』の召喚をされれば、不味いでしょうが……」

 

「が?」

 

「あれらは「ロシア領土」でしか使えないものなんですよ。セカンドアークティックヒドゥンウォーにおいてはスワード半島とチュクチ半島を『氷海』で地続きにした上で行使してきたものですから」

 

 そして機械が苦手だからか刹那に代わり、シルヴィアが端末を操り『資料』を表示―――。そこに書かれていたことを見て、こんなことが可能なのかと思ってしまう。

 アメリカとロシアの海峡。

 

 ベーリング海において行われた戦争の資料を見るに、達也としてもそら恐ろしい想いだ。『巨象』が『のしのし』、氷の海を渡って来るのだから……。

 

 そんな達也を安心させるためか自慢なのか刹那は続ける。

 

ツァーリ(皇帝)は封印したよ。しかし……残滓を利用して色々な策謀を巡らしているんだろうな」

 

「俺たちでこの『コシチェイ』なる『ジェネレーター』以上の強化体に勝てるのか?」

 

「派手にやりあえばまず勝てる。限定戦闘ならば、どうなるかだな」

 

 

 予想されている襲撃兵が何であるかを言い当てた達也に目を細くした刹那の分析―――。それで思う。こいつらが暴れれば、まず被害は出るのだと……。

 そして風間を見ると、あんかけチャーハンを食べながらも口を開く。

 

「我々も手をこまねいているわけではないが、現状……、参謀本部からのゴーサインが出ない。奴らが、動けば別なのだがな」

 

「不法入国者として拘束してしまえないので?」

 

「外務省が五月蠅いんだ。役所というのは自分の縄張りを脅かされることに神経質になる」

 

 

 無論、独立魔装大隊の国防軍もまた『陸軍』『海軍』『空軍』とでの縄張り争いがある。

 

 噂程度であるが達也の『とっておき』に対抗するように海軍が何かしらの魔法研究を急進的に行い―――近々『戦略級魔法』が完成するという話もある。

 

 現在の十三使徒―――番外位『虹の極光』(オーロラサークル)もしくは『極虹砲』を含めれば『十四使徒』となるものに含まれるか否か。

 そんなことを思い出して、話の続きとして現在、どこかに潜伏している新ソ連に対抗する為には穴蔵を突いて殺すか―――『追い返すか』それだけである。

 

「追い返す?」

 

「まぁ、やつらの入国手段は『船』だろうからな……不審船に乗り込んだ時点で、海上で『撃沈』してしまえばいいだけだ」

 

「……なんかどっかで『覚え』がある方法……」

 

「まぁ『あの頃』はエキセントリックしていましたからね……」

 

 

 刹那の疑問に答えた達也だが、聞いた刹那と聞かされたシルヴィアは、苦虫を噛潰して何かを思い出している様子だが、あえてツッコまない方がいいだろう。

 

「けれどさ。ここまでやってきて何もさせずに追い返すなんて可能なのか? 軍人さんの都合上、何もせずに帰らせるのは面子の問題もありそうだし」

「そこでだ―――達也、遠坂君。君たちに頼みたい事がある」

 

 

 その言葉で焼きそばを食っていた風間に視線が集まる。

 そうしてから話されたこと……達也は、あちら(新ソ連)にも『セツナの面』が割れていることを考えれば、問題ない話。

 

 軍隊及び戦力と言うものの有効活用と言う意味では間違いではない。間違いではないが……。

 

 

「今年の九校戦は随分と横紙破りというか、都合次第でのルール改訂が多いな」

 

「まぁ、色々とイレギュラーな事態が多いんだろうな。開発された新魔法が披露されたり特化型CADに見える汎用型CADを使わせたり、異常事態だな」

 

「逆に『CADなんていらねぇぜ。男ならば魔弾(こぶし)一つで勝負せんかい!!』みたいな人間もいるしな。イレギュラースキルの披露だよ」

 

「無理なルビ振りやめろよ。俺のサニーパンチ(フラガラック)が火を噴いちゃうぜ」

 

 

 皮肉に皮肉で返す応酬。それに違わぬ笑みを見せながらの男子高校生の『日常』としか言えないその様子を見た独立魔装の面子が目を見開く。

 

 あの大黒特尉―――いや、司波達也がここまで『感情的』になる。

 いや、話に聞くところによればの達也の感情が全て―――『彼女』にだけ向けられていることを知っていれば―――これは『なんだ』というのだ。

 

「―――と、噂をすれば何とやらだな……行こうぜ」

 

「待て。このナマコとアワビ。蟹海老の『豪華なタッグ』の海鮮饅頭を食ってからにしてくれ」

 

「食い意地を張らないで僕らのマギクラフトマイスター。

 あとで幾らでも作ってやるよ。むしろ深雪に完全に教えてやるから―――人生はちゃんこ鍋。涙は隠し味。

 いずれは魔法師界のクッキングパパとして『双子の娘』に料理を振る舞う俺を信用しろ」

 

 

 端末から受けた連絡で立ち上がる刹那に対して完全にキャラ崩壊している達也。

 海鮮饅頭。普通の肉まんと同じくひき肉のようなジューシーさを感じさせるものを大体の面子も頬張る。

 

 うん、達也が夢中になる理由も分かるほどに美味であった。

 

 

「んじゃごちそう様でした。いい食材で調理できましたよ」

 

「こちらこそ美味しい昼食を用意してくれて嬉しかったよ」

 

 真田の言葉に継ぐ形でシルヴィアが言ってくる。

 

「セツナ君、リーナの色々な場面と同じく君のも撮ってありますから、結婚式を楽しみにしているように―――それと、後日 アンジーとユーマの結婚式があるので、リーナと一緒に一度は帰って来てくださいね」

 

「了解です。ようやくあの二人も結婚か……」

 

 

 シルヴィアの言葉に眼を細めて懐かしむ刹那。そんな風にしてから饅頭を頬張る達也を何かの布で拘束した刹那が部屋から出ていく。

 

 そうしてから残された大人達は―――思い思いに話し込みながら食事を楽しむ。

 

 

「聞いていたよりも随分と印象が違う少年ですけどサナダさん?」

 

「うーーーん。確かに達也君はもう少しクールな少年のはずだったんだけど、やっぱりセイエイ大尉の影響かな? ウチにも欲しい人材だね」

 

「私としては、リーナと一緒に北米に腰を落ち着けてほしいんですけどね」

 

 

 ただ状況は流動的だ。場合によっては何かあれば、今は刹那によって黙らされている(ギアス)ベガ、デネブ……フレディと親しいとはいえリーナに当たりが厳しいレグルスなどがどうなるか。

 

 馬鹿馬鹿しいことに『失脚』させるだけならば、二人そろって退役させて穏やかな結婚生活でもさせれば、いいのだが……。

『殺害』という『翻意』に至れば、どうなるか……。

 

 リーナを守る為ならば、彼は己の眼を『七色』に輝かせて―――全てを―――。

 

 

「まぁどうなるかは分かりませんね。セツナ君の故郷はこちらなんですから」

 

 結局。他人がどうこう言おうと最後に肝心なのは個人の意思であり……、その中に自分達のこともあれば、少しだけ嬉しい。

 

 リーナの為だけに、世界を砕く人間にはなってほしくない。そう思うシルヴィアの心は大隊のメンバーが思う達也のことにもつながるのだから―――。

 

 

 † † †

 

 

「時間に余裕があるわけじゃないから手短に言いたかったんだけど―――達也君。その袋の中身はなに?」

 

「刹那手作りの中華まんです」

 

「一個よこしなさい。このラブリーキュートな生徒会長 七草真由美に献上するがよい!」

 

「なんと呆れた王だ。生かして置けぬ。そしてこの中華まんは自分のものです」

 

 

 なんだこの寸劇? そう言いたくなるほどにツーカーよろしくな二人の様子に、第一高校に用意された天幕に呆れが出てくる。

 

 先程までの浮かれムードに少しばかりの差し水。差し水は少しばかり味があるスープであったりしたが―――ともあれ最終的には達也の持っていた紙袋からフカヒレ饅頭を強奪した七草会長が食いながら口を開く。

 

 

「先ず最初に女子バトルボード決勝進出 千葉さん、光井さん。おめでとう。午後は激戦必至だと思うけど自分の力を信じて頑張ってくださいね。おいしいわーお饅頭」

 

「は、はいぃ!! 頑張ります!!」

 

「気楽にいかせてもらいます。上出来すぎてツケを払いそうですので」

 

 

 何のツケだよ。そう苦笑するのは刹那と渡辺摩利であった。ともあれ、後で『風鋼水盾』の調整をしてやらなければいけないだろう。

 

 エリカと視線が合うと、『頼むわ♪』とでも言うように腕の―――汎用型CADにも見える『礼装』を見せつけるエリカの笑顔。

 

 むっ、としたリーナの気配を感じつつも会長の話は続く。

 

 

「そして男子では五十嵐君。一高は一人のみで心細いでしょうが何とか上位入賞を果たせることを願っています」

 

「はい―――姉と―――俺の義兄貴になってくれる人の幸せの為にも、俺は―――勝ちたいです」

 

 おや? と何となく五十嵐の言葉で姉である五十嵐亜実と近くに居る辰巳先輩を見ると―――ああ、分かりやすっ。そう言いたくなるほどの様子。

 そう言えばユーマと『アンジェラ』が最終的にプロポーズを交わしあった後も、あんな感じだったことを思い出して口笛でも吹いてやろうかと思う。

 

 ともあれ調子としては上向き、サイオンの調子もいいようだ。後は並み居る強豪を前にどれだけの地力が発揮できるかである。

 

 バトルボードに関しての連絡事項及び激励はそこまで……本題に入る。

 

 

「さて嬉しくも『困ったこと』にアイスピラーズ・ブレイクはファイナリストを男女ともに一高で占める結果となりました。三決もまた一高が食い込める可能性はありますが……」

「すみません。会長。私は辞退させてもらいたいと思います―――正直、深雪との戦いで『削られ過ぎました』……」

 

 

 傍目には疲労が見えないが、体力と魔力……共に絶不調の域の雫の棄権という判断を誰もが是とした。

 

 特に五十嵐亜実は、雫に寄っていき「がんばったね」などと部活の先輩として労っている。自分の全てを出しきってでも、準決を戦おうとした雫……。

 戦略的には正直、下策だったが……彼女にとって深雪との対決は目標だったのだ。

 

 全力をやれて悔いなし。そんなところだろうか。

 

 

「十七夜さん。そういうことでピラーズ三位はアナタのものよ。おめでとう」

 

「三高の一員としては、喜べますが……魔法師個人としては残念ですね」

 

 

 雫の三決に関わることとして、この天幕に招かれていた外部の一人。三高の十七夜栞の言葉に、誰もが苦笑する。

 

「刹那君と司波君の見立てではどうなの? 私と北山さんが戦えば『今』はどちらが勝つ?」

 

 しかしながら、今の勝敗の程を聞きたいと願う十七夜栞の言葉に、刹那と達也が口を開く。

 

「無論、栞の方だよ。君のバイタルと魔力の放出は安定している。リーナとの戦いは温存していたわけじゃないのにな」

 

「刹那の見解に同意だ。今の雫は、どこの馬の骨と戦っても負けてしまう」

 

 容赦がない評価を前に苦笑する栞は『なら遠慮なく三位でいさせてもらうわ』と無言で言っているように見えた。

 

 

「そして男子の三決は、黒子乃くんと火神くんは―――やるんですね?」

 

「トーゼンです。お互いに雌雄を決するぐらいのやる気はありますよ」

 

「モノリスのことを考えれば棄権も良いんですが、女子が棄権でいきなり女子も男子も『メインイベント』じゃ、会場が『温まらないでしょ』?」

 

 氷柱を砕くための競技なのに温めるとはこれ如何に? 決勝戦が確かにただの一高同士の戦い……見方を変えれば日本対USNAとも取れるかもしれないが、それでも何となく見ている方にとっては『つまらない』想いもあるかもしれない。

 特に、他校にとっては、その想いは強くあるかもしれないのだが……。

 

 

「そうでもないぜ。ウチの若大将である将輝は司波さんの活躍を楽しみにしているし」

「愛梨は、刹那君の活躍を楽しみにしている。私も同じく。がんばってね♪」

 

 

 火神は男気溢れた言葉だが、十七夜栞に関しては、言葉の最後で人差し指と中指を使っての投げキッスをしてきた。

 正直、こういう寡黙系のクールキャラ。しかし情がないわけではない女の子にされるのが一番弱い。

 

 切り払い、回避運動をするまでもなく至近距離での直撃。拙い位にしおりんの攻勢は強めである。

 親友である一色愛梨よりも『弁えた立ち位置でオッケー』というのが、彼女の攻勢を強めている。

 

「ぐぬぬぬぬ! オ・ノー-ーーレ! シオリ!! 魔眼の安定の為に見つめ合っていたのは許せるが、そこまで来ると、このアンジェリーナ・クドウ・シールズ! 容赦せん!!」

 

 とんでもない事実の暴露。その言葉で一高男子彼女いない組と三高の火神の視線がとてつもなくきつくなる。

 

 いやまぁ人命救助だったと言ってもあんまり聞かなそうであるのだが……。

 

 

「なんだって男の人はいくつも愛を持っているのかしら。あちこちにばら撒いて……長女の私を試しているのかしら」

 

 こちらの寸劇に対してため息突きつつ、額を抑えている会長の様子に何気なく聞いておく。

 

「会長。何かあったんですか?」

「現在、九校戦を観戦しに来ている父と四葉師が密会をしているとか、寝屋を共にしたとか、バカな噂よ。あんな風に目を合わせれば嫌味ばっかり言って長ドスでも持ちださんばかりのヤクザもんの男女がそんな関係になるなんて」

 

 その言葉を聞いた時に、本当にこの人は『恋愛』をしたことがないんだな。と気付いて少しだけ哀れんでおき―――ジイサンから知ったことを告げようとしたリーナをゼロスポーズ(?)で制しておく。

 刹那の制止を受けて苦笑の呆れ顔のリーナも余計なひと言だったと気付いて、それでも『趣味が悪いわね』と言わんばかりに大仰に肩を竦めるのだった。

 

 二人の『九島』の関係者のその様子に、『四葉』の関係者も怪訝な顔をしている。そして少しばかり『闇堕ち』しかねない勢いの七草会長を現実に引き戻す。

 

 

「……と実はね。大会委員の方に、男女の四強が、戦うだろうと言うことを告げた瞬間にね。ため息と同時に一つの提案をされたの、というかこれでなければ、決勝戦は行わず大会規定で強制的なポイント付与にするとね」

 

 大会委員からの提案。

 

 達也と共に一足先に日本における魔法師の軍人部隊独立魔装という人々から聞いていたので、その先の内容を分かっていたので驚きはしないだろう―――。

 

 しかし、天幕の中に入ってきた人物には―――誰もが驚いた。中には飲み物を噴きだしてしまう人間までいた。

 

 

「此度のアイスピラーズ・ブレイク新人戦決勝……『男女複合ダブルス』に関しては私の方から説明させてもらおう。急激な変更は大会委員だけでなく、十師族からの要請でもあったからな」

 

 魔法師界の妖怪……明治における立役者の一人、肥前の鍋島閑叟もかくや―――とまでは言えるかどうかは分からぬが、ともあれ妖怪爺の登場でもはや規定事項なのだと気付かされる。

 

 

「こうして間近で直で対面しあうのは久しぶりだな。刹那、アンジェリーナ。君たち夫婦の活躍を聞く度に真言の胃痛の代わりに、私は酒が進む進む。愉悦という奴だ……ひ孫の顔を見るまでは死なんからな。励めよ青年」

 

「誰もんなこと聞いちゃいませんが!? つーか一番に頼むべきはミノルの兄貴とかじゃないのかな!? そして自分の息子を酒の肴にするなよ!」

 

「もうセツナも閣下も、エロスなんだから、けれどいつかはトオサカ家特有のうっかりで『双子』(ジェミニ)が生まれちゃうかもしれないわよ♪」

 

 

 これが九島家のクオリティ……そんな風に感じるほどには怒涛のマシンガントーク。

 

 ある意味、今の一高にとって一番関わりが深い十師族の立役者であり現在の日本の魔法師界を作り上げた重鎮が入ってきた。

 

 九島烈―――ご老体が『男女複合ダブルス』というものが何故、採用されたのかをわざわざ説明しに来たのだった……。

 

 


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