魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~   作:無淵玄白

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第74話『九校戦――マーメイドたちの決着』

「プ、プリドゥエン!? アーサー王の宝物の一つ!? うそ!!」

 

「遠坂刹那殿ならば、それを知っていてもおかしくない。イリヤ先輩の言葉通りならばね―――」

 

 炎部と風鳴の会話を横に聞きながら迫りくる大波。どっからこれだけの水量が現れたんだと言わんばかりの波に押しつぶされそうになりながらも、ボードの行き足を止めるわけにはいかない。

 

 このままではエリカに完全に負ける。

 別に森崎などのように、一科としてのプライドとかそんな安っぽいものに突き動かされているわけではない。

 

 このまま、何も出来なければ、せっかく自分を信頼してくれた達也を裏切ることになってしまう。

 CADの調整から作戦立案まで、全てにおいて達也が苦心して自分の為にやってくれたというのに、何よりほのかとしては刹那の語る神秘理論が、あまりにも時代に逆行している気がするのだ。

 

 かつて、人間は未開の土地に己達とは違うモノが住まうとして恐れ崇めていた。

 今の時代では未開信仰、自然崇拝の類と馬鹿にされるものだ。

 

 しかし、人の英知は、それらの『畏れ』を全て克服した。なにものにも『恐れない』。

 

 荒神を畏れ敬い、その怒りを宥めるために様々な贄を差し出し、疫、干ばつ、冷害……全てを人間は『技術』で『知恵』で乗り越えてきたのだ。

 

 そうほのかが言えば、刹那は冷笑とともに『ならばお前はサロット・サルか、チェ・ゲバラにでもなるのか?』とか言ってくるかもしれない。

 

 極端な話かもしれないが、そういうことだ。

 祖神信仰も、お詣りも、そこに何か『超常のモノ』があると信じなければ人間は生きていけないことぐらい分かる。

 

 

(けれど、悔しいんだよ! 文明の『光』は未開を払って、全ての人に英知を与えてきたんだ。別に全てが捨て去られてきたわけじゃない!!!)

 

 はじまりに『光あれ』。そういって神が天地創造を行ったように、いずれは人が自らの光で―――希望で、世界を存続していきたいのだ。

 

 そして文明の光、技術という誰もが使えるもので、世界を照らせる達也こそは、ほのかにとって『光』だ。

 

 入学試験の時にも見たあの魔法の『綺麗さ』が誰からも認められず。しかし彼の持つ綺麗な光を託されたほのかが、こんな無様でいていいわけがないのだ。

 

 

(光、振動系統の魔法であの大波をどうにかするためには――――)

 

 

 CADに登録されている魔法の中でも、活路を見出すべく頭を働かせている中。

 三回目の加速でグレートウォールでビッグウェーブを作り出したエリカ。ここで突破できなければ、本当に終わる。

 

 

「――我が前にある水は全て手水となりえる。―――掛けまくも畏き 伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を 聞こし食せと恐み恐みも白す」

 

 祓え言葉。祝詞を唱えて手を合わせた四十九院沓子は、その身に、一種の加護。ほのかには光り輝く何かのオーラのようなものが視えて、それこそが防御シールドの類なのだろう。

 

 同時に、炎部も風鳴も何かを考え付いたらしい。

 

 そしてほのかに託された突破口はただ一つ―――。眼にサイオンを集中。その上で水中でも呼吸が出来るように、一種のウォーターブリ―ジングをしておく。

 

 念のため。本戦での渡辺摩利のアクシデントからどれだけ水泳に自信があったとしても、他選手の救助用にこれを入れておいたことが幸いした。

 発動したものを前に、水圧で吹っ飛ばされないように―――、姿勢保持もまたしっかりしておく。

 

 

「女は度胸!! 達也さん!! 私に力を貸して!!!」

 

 あとは『光』を放っておき大波という壁をぶち破る―――エリカを追って先頭争いをしていた四人が、大波に真正面から飛びこんだ。

 水を被り視界すら塞がれた中でも、殆ど水中を奔っているような状況であってもほのかは、目標を見過ごさなかった。

 

 壁を突き破って放たれた光―――ただの光弾だ。もしかしたらば、相手に対する直接的な妨害と見做されて、レギュレーション違反で失格になるかもしれない。

 けれど、達也が考えてくれた作戦。四十九院の水流を正面からぶち破った場合の作戦としても考えられていたのだ。

 

 見えてくる光。それは正しく―――達也が見せてくれたサイオンの光の如くほのかが目指すべき灯台として見えているのだ。

 

(達也さん―――いま、行きます!!)

 

 誰かのツッコミがあれば、『どこにだよ』とか言われていたかもしれない。しかし四人が巨人の如く水を突き破った時には、エリカは最後のコーナーリングに入って目視出来ない距離に行こうとしていた。

 

 

「離された!!! だが―――」

 

「追いつく!! 追いついてみせる!!!」

 

 

 言ったのは四十九院とほのかだけだが、その想いは誰もが同じだった。

 少し早いがスパートを掛けなければ勝てない。全てを懸けてでも勝ちたい相手がいるのだ。

 

 水上を滑走するマーメイド達の意気が熱気を帯びるのだった。

 

 

 † † † †

 

 

「エリカ!! 勝利はそこまで来ているんだ!! 前を向け!! 後ろなど気にするな!!!『言われるまでも無いわよ!!』とか言っているだろうが、とりあえず念のために言っといてやる!!!」

 

 悪態を突いているんだか応援しているんだか分からぬ言動。

 バトル・ボードの応援団。私設『千葉エリカ応援団』の中にいた渡辺摩利が立ち上がり叫び届かぬ言葉を叫ぶ。

 

「エリカ!!」「エリカちゃん!!」「エリカ!!!!」

 

『『『お嬢さん!!!!』』』

 

 一高の同輩としては失格かもしれないが、親しさという意味で、エリカと近しかった幹比古、美月、レオの三人が私設応援団という『親衛隊』と同じく声を張り上げる。

 ほのかをハブにしたわけではないが、それでもケジメ付けとして一高の応援席に座らなかった摩利と一年三人とは対称的に……会場に来ていた兄貴の一人は手を組んで、必死に祈るしかなかった。

 

(勝利の神、戦の神……神君『家康公』―――僕の妹に、栄光を与えてください!! ここまで来たんだ!! どうかこれ以上の意地悪をしないでください!!)

 

 妹から母まで奪って、自分も生臭い家から出たことで彼女は、頼る相手を失ってしまっている面もあったのだ。

 こんな情けない自分に彼女に掛ける言葉なんてない―――しかし、そんな自分を叱咤するように、恋人である摩利は言ってくる。

 

「シュウ!! 祈る気持ちは分かるけど―――声を掛けなきゃダメだ!! エリカにとって欲しいものは、兄貴2人の声だったんだから!!」

 

「ごめん!! エリカ―――!!!! がんばれ―――!!!!」

 

『『『ナオツグ師兄も声を張り上げています!!! がんばってください!!!!』』』

 

 

 声に答えるようにループの中に先行して入ったエリカ。既に差はおおまかにいって400メートルは開いている。

 

 普通ならば勝てるわけがない。そんな差……しかし追い上げられることもありえる。そしてエリカの独走を崩すために最後の策が解放される。

 

 

 † † † †

 

 

『『『『そこだ。お前(あなた)の魔法を出せ(しなさい)!!!』』』』

 

 

 いる場所はそれぞれで違うが同じ文言を偶然か、必然か出した四人の魔法師にして技術者たち。シンクロする形で先行するエリカを追随するべく四人の魔法。

 

 風鳴結衣が、水の中の酸素分子を動かしての波濤と生み出した風による加速。

 水面を沸騰させることで、暖流を作り上げる炎部アスナの加速。

 

 単純に水精を活性化させて己の足元を動かす四十九院沓子。

 そして―――光井ほのかも、ここぞとばかりに加速・移動系統魔法でエリカに追い縋る。

 

 古式とエレメンツと現代魔法―――多種多様な力の入り乱れた四者の水のコースを前にエリカは無策。

 

 全くの無策であった―――。何も無く若干、走りが緩やかになっているのは一種のサイオンの異常なまでの使用ゆえ。

 

 深雪と戦ったあとの雫のようにパワーダウンしている。チャンスであると誰もが思う様子―――。

 

(確かにエリカはすごいけれど、やっぱり最後にモノを言うのは―――地力を上げてきた私のような存在なんだ!!!)

 

 先程の一科としての誇りとかを無下にしての結論を反故にするわけではないが、それでも現代魔法の安定性に比べれば、エリカと刹那の『いかがわしい』理屈ゆえの走行は不安定だったのだ。

 古式の中でも一科クラスの力を持っている幹比古のような存在などと違い―――そこは違うのだ。

 

(もらった!!!)

 

 最後の直線コース。お互いの距離が200mないし150mほどに迫るデッドヒートの中――――。

 

 スピードダウンを起こす―――『四者』の魔法師達。

 

 その内訳は―――炎部、風鳴、四十九院――――光井。

 

 すなわちエリカに追っていた人間達が一斉に何かに囚われたのか、おもうように進めなくなってしまう。

 

「なんじゃと!? 精霊たちが全て、わしではなくエリカに味方をする―――どういうことじゃ!?」

 

 ボードは進んでいく。しかし、思うように走れない。エリカの走行は緩やかではないが、それでも滑走というほどではない。

 

『アキレウスと亀』の如く遅々とした歩みのエリカに対して、アキレウスたちであるほのか達は追いつけない。

 その時、光井ほのかは気付いた。今までエリカだけを追っていて気付けなかった。足元の水が全て―――まるで……『水色』に輝いていた。

 

 色視覚としての水の色と勘違いして、このサイオンの光に気付けなかった。

 

 この『光』は―――どこか達也の持つものと同じく見える。

 しかし、これがほのか達の進路を阻む。

 

 理屈は分からずとも、それでも越えなければいけない―――見えるはずの道を超えて追い縋る四者の魔法師達。

 消波を叩き込んで魔法を打ち消そうとするも、逆にこちらの魔法が消されてしまう。思ったコース取りが出来ずにいる四人を尻目に―――。

 

 エリカがチェッカーを切るまで100mもない。もはや若干の無茶な突破を試みるしかない。

 そして何とかバランスを整えて脱出した時には―――チェッカーフラッグが切られて―――。

 

 エリカがボード上でガッツポーズを取る姿。愕然としたほのかを置き去りにして―――二位を狙おうと他三人が一斉に走り出す。

 

 出遅れたと知った時には、時すでに遅し―――しまった。と思ったほのか。後続が自分すらも蹴落とそうと向かっているのを見て走り出す。

 

 

 ―――全ての選手がゴールをした後に、光井ほのかにとって、無情な結果が示される――――。

 

 

 一位 一高 千葉エリカ

 

 二位 三高 四十九院沓子

 

 二位 九高 風鳴結衣

 

 四位 五高 炎部アスナ

 

 五位 九高 高坂円

 

 六位 一高 光井ほのか

 

 

 そうしてバトル・ボードにおける結果は、遠く離れた所にいる多くの一高の教師陣を驚愕させて、一科二科の区別を全て取っ払われたのだと気付かされる。

 

 変革が起こっている――――その端緒としてエリカは、象徴として祭り上げられるのだった。

 

 


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