魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
「俺が、メイガスマーダーだ」語呂悪っ。
戦いは一方的なものへと移っていく。
単純な戦力差―――1対50。集まったスターズ隊員……といっても、その中でも星座級までの隊員は10名ほどでしかない。
主だった戦力の殆どは衛星級の隊員たちだ。
このボストンでの作戦の指揮官であったアンジェラ・ミザールことアンジーは、現在確認されている『該船』へと突入作戦を開始していた。
せめて恒星級があと二人は欲しかったな……スターズ総隊長代理であるベンジャミン・カノープスが、そう感じるほどに戦いのペースを握ったのは件の少年『セツナ・トオサカ』であった。
今も、グローブ―――何かの文字が輝くものでブローパンチを食らった隊員がスラストスーツごと吹っ飛び気絶させられた。
どごっ!!! 音にすればそんな風なものでたちまち鍛え上げられた米軍の最エリート。魔法能力だけではなく身体も鍛え上げられ者たちが落とされていく。
流星となる―――。
これを繰り返し―――。同士討ちを嫌う隊員の隙間を縫って拳を振るう。
ワンパンチでノックアウト。悪い冗談だ。機能停止に陥ったスラスト・スーツと言う強化外骨格と共に隊員たちも気絶する。
SB魔法の使い手―――そう判断した自分達のミスだ。
「距離をとってライフル型CADで牽制しろ!! 撃つことで近寄らせるな!!」
そんなありきたりな指示しか出せないほどに混乱極まる戦場だ。混乱どころか混沌―――。
「くそっ!! なんてガキだよ!! あんなの反則だろうが!!」
そう言いたくなる気持ちも分かるが、だからといって50人で囲うようにしてきた自分達が責める筋合いではないだろう―――と思えるのはベンにとってライフルからの音速弾をものともせずに一人一人潰していく少年が、自分の娘と変わらぬ年齢だからか―――。
だが、もはやそんな甘さを捨てる。この世界において年齢など何の意味も無い。自分より強い『ガキ』がいても、それは当然のことだ。
流星となり果てる隊員たちの為にも―――ここで決める。
「ラルフ、ハーディ―――行くぞ」
「へっ、ようやく出番とは―――」
「いささか待ちくたびれましたな」
赤毛のイタリア系―――剽悍かつ狂相を見せる男と、肉厚な黒人系の大男がカノープスの隣に進み出る。
もはや見る影もないほどに戦場跡も同然となった海浜公園にて戦いは第二ラウンドへと移行しつつあった。
そんな折を見て―――一人の女性が指示通りに動き、少女を保護した。
少年から注意が向けられたが、特に何もしないようだ。
しかし保護された少女はいいのかと思う。その眼を理解したのか女性が、「妹がいれば、こんな感じかな。」と思いつつ、話しかける。
「失礼しました准尉、自分はシルヴィア・ファースト。内定はまだですがプラネット級の魔法師として列される予定です。階級は少尉、あなたが正式入隊すれば補佐役を任ぜられる予定です」
「こ、こちらこそ失礼しました少尉。あの―――セツナは―――」
やっぱりそれか。と思いつつ、短髪の女は『心配ありません』とだけ言っておく。
「手荒すぎるようにはしませんが――――まぁ、彼のスキルや魔法能力は参謀本部のバランス大佐も興味を持っております。出来うることならば―――これで終わってほしい気もしますが」
無理だな。セツナ・トオサカの能力はこちらの予想以上だ。これだったら魔法師以外を含めて一個師団でも持って来れば良かったかもしれない。
第一、シルヴィアや敏いものたちには分かっていた。刹那は、背後にいたリーナを気遣って接近戦を演じていたのだと。
シルヴィアがリーナを抱きかかえるように離れた時点で、四人の男達は激突を開始した。
† † †
―――行ったか。相手が不作法もので、考えなしでなくて良かった。そう考えて相対する相手に刹那は注意を向ける。
『手練れだね。どうする?『アレ』を使うかい?』
「お前の話通りならば、この世界では『魔力』を使っての物質の『生成』は到達しえていない『奇跡』なんだろ? ならば見せるのは、得策じゃない」
何よりこの程度の窮地で、『アレ』を使うなど惰弱。というよりも―――自分の戦いの『師匠』はルーンの大家にして、現代に生き残っていた『赤枝の騎士』。
その思い出は―――血臭漂う戦場でしか思い出せないものだ。
だから―――。
『セングレンの四肢、マグニの身体―――
魔術回路を励起させての『暗示』。
全身に走るルーン文字の循環。ちょうどこの世界での魔法師が術式を発動させた時のように、円環する呪帯のごとくなる。
それを見た瞬間、ラルフは確信する。こいつは極上の獲物だと―――。
「少佐ァ、まずは自分が『先手』となりましょう―――」
「いいだろう。やってみろ」
獲物を前に舌なめずり。三流だな。と相手に、部下に思うと同時に―――加速して接近しようとするラルフ。
加速術式がラルフ・アルゴルの身体を高速の世界に飛ばす。
「ヒャッハハハ―――!!!」
「――――!!!」
無言でのラッシュ。加速して予想外の方向に行こうとする人間を刹那の眼は追い続けて、拳によるラッシュを叩きつける。
手応えはない。病葉のように砕け散る物理障壁の数々を前に―――刹那は無為を悟る。
「―――考えたな」
「テメーの拳はとんでもないスーパーヘビー級ボクサー以上の威力だからな。障壁展開は―――すこし離れてだ!!!」
おまけに複数を展開させて、こちらの勢いを止めたところで―――。
「ヒャ―――!!」
煌めく分子ディバイダーの輝き。リーナとは違い、体躯を活かして押し付けるように威圧するようにナイフを刻んでくるラルフ・アルゴル。
だが、その動きは刹那からすれば、実に緩慢だ。別に『飛ぶ』拳が放てないわけではない。スタイルを変えてナイフを刻むラルフ・アルゴルに対して相対する。
拳を『飛ばす』。拳を『飛ばす』。真正面から蛇のごとき拳が飛んでくる。その動きに幻惑されて乱打が決まる。
障壁を壊してそのままに飛んでくる衝撃。スラストスーツを揺らす打撃の数々にラルフの動きが止まる。
「ッ!!」
「―――」
反応はいいが、硬化のルーンで強化された拳が、胴体から頭を狙い、ヘルメットの
ヘルメットはエネルギーの循環が止まったのか光が無くなった。
どうやら刹那の『フリッカージャブ』は、スーツの機能を漸減させたようだ。
「テメェ……」
「スラムの言葉で威圧する連邦軍人―――白頭鷲を穢す正しく『ハゲトンビ』だな」
機能停止したヘルメットを脱ぎ捨てて、地面に叩きつける赤毛の姿を見てから―――仕込みは上々だなと内心で笑みを零す。
障壁展開による打撃の勢いが止められないのならば、もはや赤毛―――ラルフ・アルゴルの選択肢は一つだ。
言葉による挑発も利いている。
「よせラルフ―――」
「止めんじゃねぇぜハーディ!! 頭来たぜ―――超加速でいつ死んだか分からねぇぐらいに果てちまいなァアア!!!」
鎧―――スラストスーツに込められていた術式が展開。先程の比ではない位に円環するものを見て刹那は構えを取る。
その『超加速』に対応するための構え―――10mも無い距離での超加速。こちらも肢を組み替えながら―――打を放つ。
「馬鹿が―――!!」
消え去ったラルフ・アルゴルの姿が、刹那の背後に現れた時に―――。襟首を掴んでの切り裂きを行おうと思うも―――首も何もなく、身を屈ませていた少年を下に見た。
「そっちがな」
狙いすましたかのように『脚打』が―――真っすぐ突き上げられた『後ろ踵蹴り』が顎を直撃。
パンチングだと思っていたラルフの失態である。
「ぶごぉっ!!!」
完全に決まったカウンター。意識を飛ばし宙を浮くラルフに対して容赦なく―――身体を回転させる様子。
威力は察する。もはや―――とどめだ。
「歯を―――食い縛れ!!」
意識を飛ばした相手に意味あるのだろうか、誰もが思うも、少年は言いながら『輝く肢』で、荒れ狂う風の如く後ろ回し蹴りを放つ。
少年の体躯とはいえ、その一撃には重さと速さが込められており、側頭部を直撃しながら明後日の方向へと飛ばした。
20mは飛んだところで停止。その間―――残り8m時点で顔面を地面にこすり付けていて『南無』と思う。
誰もが驚愕するほどのグラップリングに、本当に『何者』なんだ?と思う。
そんな少年の被害者であるラルフの歯が何本か欠けて地面に転がり―――その一本を手に取り。何かを呟く少年。
黒々としたものが纏わりついたのを見て――単純に『呪い』でも掛けたのかとカノープスは思う。
そんなこちらに対して、世間話でもするかのように『流暢なキングズ・イングリッシュ』で話す少年。
「殺人狂みたいなのもいるもんだな。世間様に公表している『職能』ならば、もう少し『立派』になるべきじゃないかな?」
「部下の人間性に関しては、まぁ思わん所が無いわけではない―――が、ラルフ・アルゴルは、我がスターズの隊員。仇は取らせてもらう」
「生きていますよ?」
「
ベンジャミン・カノープスにとって、この少年は悪夢でありながらも、どこかで何かの救い主かのようにも思える。
(息子がいれば、こんな感じなのか―――)
別に娘に不満があるわけではないが、どこかで休日に男の語らいが出来る相手が欲しかったのも事実ある。
だが会話を終わらせなければいけない。
刀型のCADを向けるカノープスとハーディ―――そんな魔法の器物を見て、刹那は流石にあれを『ルーングラブ』で受け止めるのもどうかと思えた。
『長物には長物。しかし見せたくないんだろ?』
「黒鍵を使ってもいいんだけど―――『インクルード』だ。オニキス―――ランサーセット!!」
『了解―――何が出るかはお楽しみだねー。まるで『石』や『符』を使っての召喚をする心地だよ』
首の横に滞空している黒いカレイドステッキ(頭のみ)に『ランサー』のクラスカードを当てる。
この人工精霊は時々、わけのわからんことを言う。
『星の数』が愛情の差ではない云々―――ともあれ、ステッキを介して召喚された英霊の力の一部が刹那の『両手』に圧し掛かる。
「転送の魔法―――」
『先程からセツナ・トオサカのエイドスの数値は、とんでもないことになっています。少佐、お気をつけて』
まだ生き残っている後方要員。シルヴィアからの連絡と与えられた情報から―――この少年は本当に予想外だと思う。
「赤い槍、黄色い槍……我々に対しての戦術か?」
だが残っているスターズ隊員の中でも直接戦闘に長けた二人。だからこそ分かる。
槍に『重み』『速さ』を備えるには、『両手』で持たなければいけないのだと―――だというのに赤い長槍、黄色い短槍。
それを
奇態な構え。だが、その予測は再び裏切られる。左右から分子ディバイダーの輝きで全てを切り裂くように動いていく―――。
カマイタチのごとく乱刃が飛び交う中に、刹那の双槍が煌めく。赤と打ち鳴らせば起動式が霧散。黄と打ち鳴らせば―――重いが、何とかなる。
(赤い長槍の方が厄介だな。あれには『術式解体』のような作用が含まれている……)
無論、黄色い短槍も相当な業物だが、ベンジャミンは赤い方が本命の槍だと気付く。
上下左右。ハーディとの連携で刹那を追い詰める。それに対応する槍の動き、ときに「しなり」を活かしたカウンターまで放つ。
超常の戦いが公園のコンクリートを病葉と化して宙に舞う。
(ここだ―――!!)
滑るように、まるで潜り込むかのように身を低くしたベンジャミンの動きに刹那は惑った。
まだ12歳程度の己を相手に体格で圧する戦いだけであると思っていたのだろう。しかし技巧を加えたベンジャミンの乾坤一擲の前に―――セツナは飛び退きながら黄色い短槍を前に突きだした。
「甘いっ!!」
「ッ!!」
穂先が何かの術式を生み出すならば『石突』に刃を合わせることで、武器を無効化する。
腕を痺れさせたことでかち上げられた少年の短槍。先程のラルフへの後ろ踵蹴りに対するベンジャミンなりの意趣返しである。
瞬間。赤い槍を両手持ち。
「技巧―――再現」
呟かれた言葉で、少年が加速する。赤い槍が空間に朱色の軌跡を生み出していく。そんな中をベンジャミンは―――。
スラストスーツに込められた術式が消えていき、パワーアシストの器具すらも切り裂かれながら―――。進み行こうとした時に―――。
「おおおおおおおおっ!! 我らスターズの誇り!! 舐めるなぁ!!」
ハーディが、身体ごと叩き付けるように突きを放つ。超加速でコンクリートの粉塵を出しながらのそれに対して、少年は対応。
「せやっ!!!」
ベンジャミンとの斬り合いを終わらせるような薙ぎ払い。体躯にそぐわないパワーでスラストスーツを着たベンジャミンが、半ば吹き飛ばされ、その勢いを借りてハーディの突きに対して上から叩き付ける『打』。
槍のしなりを活かしてのそれに対して、剣ごと地面に伸されるハーディ。超加速ゆえに己の勢いもありて地面にて昏倒。
だが、それゆえに隙も出来ていた。突き刺さる赤槍。最大の対魔装備が無くなったことで勝機を確信。
ベンジャミンは再加速。肩掛けにした刀。勢いのままに振り抜く。その意志であったが――――――。
ベンジャミンが打ち上げた黄色い槍が空中での回転を終えて少年の手元に―――。構える少年―――『遠坂刹那』の眼は―――勝利を確信していた。
「チェストォオオオオオオオオ!!!!」
「刺し穿て!
気合い裂帛の声。黄色い槍が輝きを増してベンジャミンを迎え撃つ。甲高い金属音。同時に、何かが切り裂かれる音。
その音の後には―――地面に突き刺さる刀型CAD、脇腹を抑えて出血を抑えようとするベンジャミン・カノープスの姿と―――
―――血に濡れた黄色い槍を手に―――『宝石』のような眼を夜闇に輝かす『魔法使いの姿』だけであった―――。
ここに輝ける恒星の『シリウス』が欠けた状態ながらも合衆国最精鋭部隊の完全敗北が決まったのだった……。