魔法科高校の魔宝使い ~the kaleidoscope~ 作:無淵玄白
来年度も今作を気の向いた時にでも読んでくれればと思いながら、本年度の感謝を述べたいと思います。
本当にありがとうございました。来年度もよろしくお願いします。
モニターの向こうで決着した波乗りの様子。色々な感情や想いが渦巻きながらも一声を上げたのは、刹那の後ろに居て腕を回してくる十七夜栞であった。
「……確かに千葉さんは速かったけど、最後の『魔法』が分からないかな。刹那君、説明プリーズ」
「その前に先程から言おう言おうとしていて、何となく逸していたが……アイリ、栞。とりあえず離れて」
「アンジェリーナが左腕を離せば私達も離れます」
一色愛梨は、刹那の右腕を取ってリーナに対抗している辺り、なんだかすごく変な気分である。
「大丈夫。私のおっぱいは愛梨よりも4㎝ぐらいおっきいから後頭部で堪能して」
「ワタシに適わないからとアイリを比較に出すのは卑怯じゃないかしら、シオリ?」
ひしゃげてしまった控室の扉。そこからやってきた人間達の内二人が、薄着でいた刹那とリーナを見て、ある種、現代の日本の女性像としてはあるまじきことをして対抗されたのはどういうことなのか。
光井の応援で観客席にいてもおかしくなかったはずの桜小路が、こちらを汚物のように見ている視線が色々と痛かった。
とはいえ、こんな美少女三人に密着されて平素でいられる人間はいないはずだ。同性好意でない限りは……。
「で、説明は遠坂? もうアンタがクソハーレム野郎なのは今さらだけど、エリカが勝った理由と中々に水を進めなかったほのかの原因を知りたいわ」
「ああ、説明してやるよ。だからこの美少女二人を離して―――」
言葉でエイミィと滝川が愛梨と栞を引き離す。残されたのは左腕の『姑』と一緒に刹那を苛むリーナだけとなっている。
そうして放たれる文言。そして、その理解はそれなりであったが―――。あまりにも、現代魔法を逸脱したものでもあった。
盾という器物がある。これは大まかに言えば防具だ。
人類が有史以来、獲物を貫く武器を得た後に考え出したのは獲物が『知性』ある存在でいる以上、反撃は当たり前の如くあるのだと言う話であり。
それは動物かもしれないし、同じ霊長なのかもしれない。そうして最初に考え出されのは武器と同じく手に持つことが出来る『盾』である。
「人類の行いにおいて鎧以上に盾というものは古い歴史がある。これらは多くの変遷を遂げて、様々な意匠を刻まれることになる」
有名どころでは十字軍、テンプル騎士団が使った紅十字を模ったレッドクロスシールド。即ち盾と言うのは、時代を経るごとに、防具としてよりも『象徴』『シンボル』というものの意味合いを持ってくる。
「日本の合戦に於いては兜の
もっと言ってしまえば、古くはローマの剣闘士も、己を子飼いにしていた貴族の『家紋』を盾に刻んでいたということもある。
スポンサーマーク、スポンサーロゴと言ってしまえば、そこまでだ。
「そして、かつてのブリテン島―――サー・ランスロット、サー・ガウェインなどがいた時代の幻想と人が混じっている時代につくられた器物の一つがある」
言葉で『シールダー』のクラスカードを『限定展開』する。オニキスが『喋らない魔術礼装』として、一つの盾を再現する。
「これが、千葉さんが言っていたプリドウェン―――」
「アーサー王が持っていたという船にもなり、そして戦士を癒すこともできる盾―――」
「と俺は思っている。とはいえ、ギャラハッドの盾の伝えられている特徴よりもアーサーの方が近いだろうからな」
青と金。わずかな二色のみで見事な『美』を示して見せる流線型の盾は星の端末たる『精霊』が鍛え上げた器物。
失われた『精霊文字』に『祈りを捧げる聖母』の意匠とが、これが人の手ならざるものだということを示していた。
レリックの類であり、誰もが感嘆するもの―――しかし――――。
「これに比べれば、千葉さんのは何と言うかB級品というか……」
「荒いですよね」
「ごもっとも。完全に再現するのはムリだったからな。機能の一部を何とか転写できただけだ」
だが、それだけで十分だった。ブリテン島にサクソン人が移住する前の時代には多くの幻想が蔓延り、その為に騎士達は人間相手ではなく魔獣や邪悪な魔術師などとの戦いに明け暮れた。
無論、ピクト人など……凡そ恐るべき相手もいるにはいたのだが―――ともあれ、栄光のキャメロットにおける騎士達が欲した盾とは―――。
「
アーサーの加護を疑似的に『再現』した盾であり『船』が通った『航路』は邪悪な魔術師の『理』を受け入れない安全なものとなりえるのだ。
現代魔法的な感覚で言えばエリカが集中して放って『速さ』を重視せず『走る』ことで『水面全体』に干渉をした時、とんでもない規模の『領域干渉魔法』となる。
航路を荒らされて走りたい道を荒らされた他の船がどうなるかなど分かりきっている。
そしてその『干渉力』は、現代の理屈では覆しきれぬものがあり、他の四人が水を通りやすい航路とするには、ムリなところがあった。
ランスロットの養母……湖の精霊ニムェが作り上げたとも言われるプリドウェンは、それそのものが水精の加護を受けた盾であり、持ち主を水難から守ると言う性質もあるのだ。
「更に言えば、アイツらプリドウェンが作り上げた波濤の水を突っ切って飛び出たからな。余計にサイオンの発動が難しくなっていたはずだよ」
「なんとも……一手差しただけで『二手、三手、四手』もの妙手へと変化するなど……術のバリエーションが多彩すぎますね」
愛梨の呆れるような声を聞きながらも、刹那としてはエリカにプリドウェンの疑似的な投影をさせるつもりは無かった。
それは、あまりにも『やりすぎ』だと分かっていたからだが……。
あれを授けたのは……まぁ達也、レオ、十文字会頭と共に、八王子クライシスの終盤。駆けつけてきた『警察官』に一発ずつ叩かれたからだ。
如何にあちらから嫌悪されているとはいえ、兄貴の方は、大怪我をした妹を前にハラワタが煮えくり返るものがあったのだろう。
そしてもう一人の兄貴分である五十里啓からも鋭く頬を引っぱたかれた。絶対の安全を確約出来る作戦ではないことぐらい分かっていたが―――。
……心が納得できない兄貴であった。片方をエリカは嫌っているが、いい家族じゃないかと思う。
「まぁエリカの兄貴から張っ叩かれていなければ、この結果は無かったかな?」
「ああ、そういえばそんなこともあったわねー。けれど、ワタシはホノカが負けた原因は他にあると思っているわよ?」
今でも痛みがぶり返しそうな頬を触りながらの、『プリドウェンがチートすぎたかな?』という彼氏の言を否定するリーナの厳しい言葉。
普段から深雪と授業で争い合うことが多い彼女だからこそ、出てくる結論があった。
「それは?」
「慢心は無いし、尊大でも無かった―――けれどホノカは、勝負事における鉄則を忘れていた。それは、『追われるものより追うものの執念が強い』……」
「……やさしすぎるんだよねぇほのかは。争い事で相手を『出し抜く』っていうことが、多分出来ないんだよ……」
リーナの言葉に頬を掻きながら補足でありフォローの肯定するエイミィ。
美点であり欠点。なんというか恋愛事でも損しそうな性格である。
そう考えれば、結局おふくろを出し抜いて親父と懇ろになること出来なかったルヴィアと通じるものもある。
「その他にもあるわよ。ほのかは、あんまり『エリカ』の方向を向いていなかったもの。見ていたのは、向いている方向は『司波君』だけ。
対するエリカは、しっかり『ほのか』を見ていた。『トウコ』ちゃんを見ていたし、『アスナ』ちゃんも『結衣』ちゃんも見ていた―――『勝負』に徹していたもの」
エイミィに対する桜小路の容赦ない厳しい反論。バトル・ボードで準決で落ちていたからこそ、そこは甘えさせるな。と言ってくる。
実際、エリカは五高の炎部、九高の風鳴に敗れた桜小路にアレコレ聞いていた。
対策をするために、人にも聞き、戦ってみた感想を聞いて―――とにかく勝負に徹していたのだ。
色々と言えるが勝負事において『出てしまった結果』を前に、あれこれ後から言ったところで意味はない。
ただ、この敗戦を次に活かせるかどうかである。特に里美と同じくミラージの新人戦に出場するのだから―――。
そこで彼女の真価が問われる。そして、それをどうにかするのは―――達也なのだろう。俺のお役ではない。
「男子バトル・ボードは五十嵐が意地の三位か、藤宮にやられたわね」
「大健闘だよ……あとで労っておけよ」
五十嵐鷹輔、意地を見せての入賞であった。正直、やられていてもおかしくなかったので、女子たちには五十嵐君を歓待するように言うが。
「リーナは?」
「踊り子さんのチェンジは受け付けておりませーん♪」
「キャー! セツナの愛がワタシを縛りあげる―――♪」
エイミィの言に、返しながらリーナを正面から抱きしめると―――同時に、アラームがジリジリと鳴って『時間』を告げる。
―――出陣の時である。
「さて、そんじゃ色々と悲喜交々で、それぞれで事情はあるだろうが……俺たちの戦いを始めるぞ!」
「オーケー!! 『信頼』と『依存』は違う―――そのことを教えるためにも、ラブラブカップルとして勝つだけよ!!」
瞬間、意志を持つかのようにイチイの樹に掛けられてあった衣装がリーナを包み、完全な霊衣ではなく繭のような状態となる。
そうして出陣しようとしている刹那とリーナに声を掛けるのは、同じB組のクラスメイトであった。
「リーナ。私も出たかったアイスピラーズ・ブレイク―――無様な戦いはしないと分かっているから……深雪に勝ってきて! これはB組の一員としての願いだよ」
「エイミィ……分かってるわ。アナタとも競い合ってきたもの。アナタの強さがワタシを鍛え上げてくれたことを証明してみせるわ!」
「遠坂、アンタには色々と苦労させられてきたけど、1-Bの代表はアンタなんだから、最後まで戦い抜きなさいよ!!」
「ああ、級長様の苦労にも報いてやるさ」
見送りのハイタッチをしてから双星の魔法使いたちは、控室を出る。
聖骸布のコート。それが、自然と刹那を包むと同時に用意されていたフードを展開して顔を隠す。
まるでボクサーのガウンの如き姿でリーナの手を取りながら姫君と歩く『騎士』の姿で行くのだった……。
† † † †
「た、たつやさぁあああん………えっぐ―――」
「すまない……もっとはやくに言うべきだった……けれどそれを言ってしまえば、俺はエリカを無下にして、ほのかだけを贔屓してしまうものだったから、言うに言えなかった」
「わ、わかってますよぉ……私が、私があんまりにも―――勝負ごとにこだわれてなかった……エリカを…内心では舐めていたから、こんな結果に……」
達也と深雪の控室にやってきた光井ほのか。ウェットスーツがまだ濡れて、自動清掃ロボットも稼働してしまうぐらいには、すごくほのかの様子は『ボロボロ』だった。
表彰もなく六位という結果に終わってしまったほのかが真っ先に向かったのが、達也のいる場所であった。
話を聞いて落ち着かせようにも落ち着かないほのか。今も達也の胸の中で嗚咽を零すほのかを見ていられないのは、雫であり、雫は達也に縋るように目線を向ける。
だからこそ達也は、ほのかに謝罪をしなければならないかった。
「見るべきものの中に、せめて同輩を、エリカを入れるべきだった。そう――言っておけば少しは違ったよな」
「くやしいです―――達也さんの『光』を、わたしはみんなに知ってもらいたかった……その意志で勝つことで、あなたの強さを、輝きを証明したかったのに……」
「―――ありがとう。ほのか。俺はもう十分―――栄誉をもらっている……だから、次は―――ほのか自身の為に戦ってくれ。それが、今後のほのか自身のためになるのだから」
言いながらも、それは難しいかもしれない。エレメンツには一種の服従因子―――ある種の遺伝子が組み込まれている。
それは塩基配列に深く食い込んだ『遺伝子の鎖』。権力者たちの着けた手綱。
それを―――『分解』出来ていれば、達也は―――ほのかを解放して戦わせられるのに、自分の分解がそこまで万能ではないことの苦衷であった。
生れてから誰か―――深雪のために全てを望むままにこなしてきた達也にとって、誰かのために何かを出来ないということが、ここまで『もどかしい』という感覚は初めてだった。
ほのかが達也に向けている感情は多分、ただの間違いだ。戦場の吊り橋効果のように、自分に間違った恋慕を向けているだけだ。
そう言うことは―――憚られる。それぐらい真剣なほのかの想いを穢せない。
「お兄様―――そろそろ―――」
「―――ああ」
いつもならば、達也の方が深雪に気付けをするはずなのに、この場においては、逆となった。
ジリジリと鳴り響くタイムアップの音。準備は全て整った。そして―――ほのかは自然と離れた。
しかし、瞬間―――持っていた刃物を―――己の髪。ゴムで留めている二つに当てて切り裂いた。
『『『ほのか!?』』』
ゴムで纏められた髪。少しだけ掃除ロボに吸われたものもあるが、それでも、その行動の意図を理解出来ないほど、達也も馬鹿ではないが―――。
意を決したほのかの前では、何も言えなかった。
「私は深雪や刹那君やリーナみたいにあなたの側で背中を預け合って戦えない……けれど、それでも―――これを私だと思って持っていてください。私の想いがあなたを守ると信じたいから……」
「古風すぎないかな? けれど、嬉しいよ。ありがとう―――」
ヘアゴム2つ分で、纏められた『女の命』。それは達也にとって―――とても重く感じられた。
懐の奥側に入れておいたそれ―――暖かな鼓動を感じて―――そして戦いの場に赴くときが来た。
秘める思いは3つ。
一つは好敵手だと認めた相手。自分と正反対な人間と雌雄を決する―――。
一つは自分の愛妹を輝かせる。それが妹の家族としての役目―――。
そして……もう一つは、先程出来たばかりだ。
こんな普通の人間ではない化物も同然の自分なんかを慕ってくれたほのかの為にも―――戦ってみせる。
そうして漆黒と赤黒、紫白と蒼金の色を纏いし―――魔法使いたちの戦いは始まるのだった。