本の虫と髪切り虫のお話   作:てる

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床屋の没キャラ供養短編を書きました、読んでくれたら嬉しいな(露骨な宣伝)
あと活動報告でアンケートやってるので清き一票をくだちい。
本編をどうぞ。


#11 生首のお話

 

 斑くんが髪切り虫の床屋にやって来て早一週間が過ぎようとしていた。

 嫌だ嫌だとぶつくさ言いながらも何だかんだ言われた仕事はちゃんとやるようで、そこそこ馴染んできた感はある。

 店に来る人間(・・)のお客さんには可愛い見習いさんが入ってきたと喜ばれ、うじゃうじゃと来る妖怪(・・)のお客さんにはなんで天狗がと訝しまれながらも、今日も仏頂面で彼は働いている。

 これはそんな折に起きた些細な出来事。

 

 

 

 

 

「なあ、俺はいつまで床に落ちた髪を掃いてりゃいいんだと思う?床屋で働くんなら髪切ってこそなんぼだろ」

 

 市木さんが外までお客さんをお見送りに行った時に、箒に寄りかかりながら斑くんがぽつりとこぼした。

 確かに一週間ちょこちょこ顔を出してはいるものの、彼は大抵いわゆる雑用をこなしているばかりで鋏を握っているところを見た事がない。

 

「まあ色々難しいんじゃないの?だって市木さんの真似しろって言われてもすぐには無理でしょ」

 

 斑くんは不平そうに口を尖らせながらも、

 

「……まあな。大胆にして繊細って感じだもんな、本体は適当にしてヘタレだが」

 

 そう言って腰に提げたシザーケースをぽんぽんと叩く。ピカピカの鋏や櫛が目に眩しい。

 市木さんや私より確実に一回りも二回りも歳は上の筈だが、いつも不機嫌そうにしているせいか必要以上に幼く見える。同じ天狗でも文さんとは結構格が違うように思えるのはどうしてだろうか、言葉遣いとか?ううん、分からない。

 

「そういや斑くんって何歳なの?」

 

「何だよ藪から棒に……150と少し位だな」

 

「嘘、お爺ちゃんじゃない。あははは」

 

 箒を振り上げながら斑くんが追いかけてくる、まるで妖怪のようだ。そうやって遊んでいる内に市木さんが帰ってきた。お見送りに行っただけなのに随分長いものだ、どうせ油を湖一杯に売ってきたに違いない。

 手に紙袋を提げて彼はにこにこ顔だ。この事から導き出される結論は、お代替わりに貰った品がそこそこ良かったのだろう。

 というかいい加減現金で貰えば良いのでは。

 

「ねえ市木さん知ってますか、斑くんって163歳らしいですよ」

 

「小鈴、適当に具体的な数字を挙げるのは止めろ」

 

「ひえー、お爺ちゃんじゃん」

 

 箒で背中を叩いたり叩かれたりしながら二人は奥へと消えていく。傍目から見ればまるで兄弟のようだ、年齢差には笑っちゃうけど。

 しばらくすると、ぷうんと油揚げの芳ばしい香りが漂ってくる。

 ははーん、さてはお代替わりに貰ったのだろう。今日の昼餉はさしずめきつねうどんというところか、たまにはご相伴に与ろうかな。

 虫の鳴くお腹をさすりながら私は二人のもとに走っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 目の前にほかほかと湯気を立てるうどんを見て、ぽつりと洩らす。

 

「……具がない」

 

「何言ってるのさ小鈴ちゃん、ほらこれ、ちゃんと油揚げ入ってるよ」

 

 市木さんが私のうどんから何かの切れっ端みたいなのを箸で持ち上げた。ああこれは油揚げだったのか、ごみだと思ってた。

 というか昼餉はきつねうどんではなかったのか、私はなんで素うどんを食べなければならないのか、せめて、せめて薬味を。

 

「あの、葱とか」

 

「駄目ー」

 

「お前なあ、そんな贅沢品をこんな何でもない時に食べられるかよ」

 

 駄目だ、思ったより髪切り虫の床屋の闇は深い。高々一週間程度しか暮らしていない筈の斑くんでさえ葱が贅沢だと仰っている。

 貧すれば鈍すると言うが、出汁の全く利いていないほぼ茹でただけのうどんをうまうまと貪る二人は地獄の餓鬼のよう。その表情には鬼気迫るものがある。仕方なしに私も箸でうどんをつまんでみる。

 ……うーんやっぱり素うどんはキツい、こういう時は話題を変えればいいのだ。

 

「斑くんって天狗なんでしょ?何か不思議な力とかないの?神通力みたいな」

 

 市木さんがそれを聞いて身を乗り出す。よし、作戦通りだ。

 

「あれか、『程度の能力』って奴。霊夢ちゃんは空を飛べるし、小鈴ちゃんはどんな汚い文字でも読めるんだよね。斑くんにもあるの?」

 

 何だか随分歪んだ認識をされているようだが、突っ込んだら負けである。目をきらきらと輝かせる市木さんに顔を引き攣らせながらも、斑くんは不承不承答えた。

 

「……一応それっぽいのはある」

 

 ほう、本当にあるとは。話題さえ変えられれば何だって良かったのだが俄然興味が湧いてきた。しかし斑くんの顔は暗い、何か言いたくない理由でもあるのだろうか。

 市木さんは空気を読まずに教えて教えてと騒ぐ。ひっぱたいてしまおうか。

 

「俺の先輩は千里眼を持ってるんだ。文字通り千里先まで見通せる」

 

「ほへー、凄いもんだね。そんな力があったら僕も鍵をかけたかどうか一々確かめに帰らなくていいのに」

 

 凄い能力をこれでもかと言うぐらいに小規模でしか扱えない市木さんを無視して斑くんは続ける。

 

「俺の能力はそれに少し似てる。その先輩は距離を関係無しに物事を見る事が出来るとするだろ。対して俺が見るのは少し先の出来事。まあ有り体に言えば『未来視』だ」

 

 事も無げに斑くんは語るが、これは中々凄い能力ではないだろうか。というか滅茶苦茶かっこいい、未来を視る天狗。うーん浪漫に溢れている。

 

「ほへー、未来ねえ。そんな力があったら僕も曇りの日に傘を持っていこうかどうか迷わずに済むのに」

 

 これまた凄い能力を馬鹿じゃないのかと言いたくなるぐらい小規模な使い道を提案する市木さん。

 

「……ただし欠点がある。全くと言っていいほど制御が効かない事だ。いつ能力が発動するのかも不明、見たい事象を狙って見るのは不可能だし、そもそもその未来がどのぐらい先なのかも分からん。おまけに見えた出来事も些細な事で結果が容易に変わり得る」

 

 つまり要約すると、普段暮らしてるといきなり変な映像が見えるらしい。それは『起こり得る未来』とやらでいつの事かも分からず、しかも些細な事で結果がぽんぽん変わるから当てにならない、と。

 ふーむ、確かに使い勝手は悪そうだ。

 

「なんか壊れた機械みたいね、叩いてみたら直るんじゃない」

 

 斑くんの頭をばしばしと叩いてみる。やめろやめろと抵抗していたが、何故だか斑くんが急に目を瞬かせ始めた。長い睫毛がはたはたと揺れる。驚いたような顔を見せる彼に薄気味悪さを感じて、恐る恐る手を止めた。

 

「やべえわ、見えた」

 

 彼はしばらく目頭を押さえていたが、ぽかんとした様子で呟く。かと思えば、急に弾けるように笑い出した。一頻り笑い終えると目尻に溜まった涙を拭って彼は私を指差す。

 

「飛んでくる生首に気を付けろよ、いや傑作だぜこりゃ」

 

 謎めいた予言を残す彼に、私と市木さんは腑に落ちぬ様子で顔を見合わせた。飛んでくる生首とは何だろうか、比喩?二人であれこれと思案していると、扉に付けられた鈴が来客を知らせた。

 ああ、うどんが伸びてしまう。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 布張りの椅子に座っているお客様は林檎のような真っ赤な髪をしていらっしゃる。

 肩の少し下まで伸びたそれは青いリボンでまとめられており、これまた赤いマントが口元を覆う。綺麗なのに勿体ない。

 市木さんは困惑しながらも彼女に告げる。

 

「えっと、そのマント脱がないと服の中に髪の毛いっぱい入っちゃうよ」

 

「別にいい」

 

 取り付く島もない。がっくしと市木さんは項垂れながらも櫛で梳き出した。さらさらと流れる髪に見惚れていると、市木さんがお客様に話しかける。

 

「そう言えば最近物騒だよねえ、付け火がどうとかって」

 

 付け火。そう、最近人里では不審火が相次いでいる。昼も夜も関係無し、知らぬ間に家が燃えているという事件が多発しているそうだ。

 何でも犯行現場の近くでは怪しげな人影が何回か目撃されているらしいが、依然として犯人を捕まえるには至っていない。

 まるで煙か何かの様に消えてしまうとの話。

 兎に角物騒である、うちのような貸本屋では火事に遭えば一発アウト、前後左右の店を巻き込みながら派手に爆発四散するのがオチであろう。

 私の心中で床屋が爆発に巻き込まれているとも露知らず、市木さんは続ける。もちろん手は目まぐるしく動かしたまま。

 

「うちなんか見ての通りの中古物件だからさ、火なんか付いたら目も当てられないんだよね。やっぱりあれって誰かの仕業だと思う?」

 

「……人では無いと思う」

 

 やや長めの沈黙の後、徐ろに彼女が口を開いた。溜めが長い、溜めが。

 それを聞いて市木さんは「やっぱあんな酷い事する人いないよね」と勝手に安心していた。

 しかし私の胸には何かが引っかかった。

 人では無い、ならば人以外(・・・)ではどうだろうか。

 真っ先に思い出したのは煙々羅という妖怪であった。これは偶然にも不幸が重なってしまった結果、鈴奈庵の『今昔百鬼拾遺稗田写本』なる妖魔本からその煙々羅が逃げ出してしまったのである。

 こいつは人の家を気付かぬ間に燃やしてしまうという悪い奴で、霊夢さんと魔理沙さんによりなんとか封印する事に成功したのだった。

 めでたしめでたし。

 

「あれ、けど人以外って事もあるよね。里に住んでる妖怪さんもいるって聞いたんだけど」

 

 おお、中々鋭い。節穴だと思ってたけどそこに気付く勘の良さは持ち合わせているらしい。

 彼女の眉間に玉のような汗が浮かぶ、暖房もついてないから寧ろ寒いぐらいなのに。

 

「い、いや、人里に住むような妖怪はそんな馬鹿な事はしないだろう。彼らは良い奴ばかりだ、本当に」

 

 えらく妖怪の肩を持つお客さんだ。市木さんはそんな事を気にする様子もなくクリップを彼女の髪に挟んでいる。

 外で掃き掃除をしていた斑くんが戻ってきた。

 お客さんに軽く頭を下げて会釈すると長椅子に座る私の隣に腰を下ろす。

 

「どうだ、生首は出たか」

 

「出ないよそんな物、なんかの見間違いじゃないの?」

 

 そう言えば予言の事をさっぱり忘れていた。

 謎の火付け野郎に怯える事はあれど、なんで空飛ぶ生首なんておかしな物に怯えなければいけないのだ。

 こちとら天狗とだってお近づきになっている。寧ろ妖怪云々などお茶の子さいさい、飛ぶ生首を叩き落として手毬唄を歌うぐらい朝飯前なのだ。

 ……少し盛ったかもしれない。

 

「かもな、割と結構な頻度で外れるし。まあ戯言半分に聞き流しとけよ」

 

 そんな事を言われると急に心配になってくる。

 斑くんは席を立つと奥から何かを持ち出して、私の方に放り投げた。受け取ったこれはなんだろう、ごろんと丸くて何かばさばさしている……。

 

「ひぃ、生首!?」

 

 思わずそれを明後日の方向にぶん投げて長椅子から飛び上がる、何故だか後ろを向いてる筈のお客さんもガタンと音を立てた。

 市木さんが小動物の断末魔の様な悲鳴を上げる、急に動かれたら危ないもんね。

 斑くんがにやにやと笑いながら床に転がる生首を拾い上げた。

 

「よく見ろよ、生首じゃねえ。模型だよ」

 

 そう言って生首をぽんぽん叩いた。恐る恐る指の隙間から覗くと、確かにそれは丸い木に(かつら)が乗っかっているだけで生首ではなかった。確かに外の雑誌にマネキンだとか言う名前で載っていた気がする。

 

「市木から貰ったんだよ、これで練習してみなさい、ってな。幸いな事にここでは鬘用の髪の毛には事欠かないらしい」

 

 毎日出てくる膨大な量の髪の毛がどこに消えているのかなんとなく分かって、少しげんなりとする。しかしこれで一応予言通りにはなってしまった訳だ、飛ぶ生首に悲鳴を上げる。

 うーむ釈然としない。

 でも私が釈然としなくとも世界は廻り夜は明け市木さんは仕事を終える。

 彼女は肩まであった髪の毛をボーイッシュに首元でばっさりと落とされ、前髪を右に寄せてアシンメトリーに整えられていた。

 満足したのか彼女は鷹揚に頷いて席を立つ。

 その時、

 

「髪切り虫さん、すぐそこで付け火だ!手え貸してくれ!!」

 

 ご近所の人が荒々しく扉を開けて叫んだ。

 

「えっ本当ですか!?小鈴ちゃん、悪いけどお会計お願いするね、ほら斑くん行くよ!!」

 

 

 ─────────────────────

 

 

 あれよあれよと言う間に二人は飛び出していってしまった。お会計お願いと言われても私にどうしろというのだ、だからあれほど基本料金を決めておけと言ったのに。

 お客様は相も変わらずマントで口元まで覆っていて表情が読めない。

 

「えっと、お代は貴女のお好きなように……」

 

「……」

 

 沈黙が辺りを包む。

 当たり前だろう、私だってお店でお代は何でもいいよなんて言われたら固まる。足には腹を空かせたのか、しらたまくんがまとわりついてくるしもう地獄絵図。

 チャリンと小気味良い音がする、見ると彼女が勘定台に幾許かの銭を置いていた。

 

「こんな所でいいか?」

 

「えっあっはい、是非もないです」

 

 凄い、この床屋に割と入り浸っているが初めて現金でお代を貰っている所を見た気がする。

 感動で目に涙を浮かべる私に薄気味悪さを感じたのか、足早に去ろうとするお客様をお見送りすべく走り出した時、何かぐにゃりとするものを踏んだ。

 足下を見ればしらたまくんの尻尾。

 

 彼の怒号と共に長椅子に放置されていた生首が吹っ飛んだ、ひいポルターガイスト。

 しかし生首は私ではなくお客様の方に飛んでいった、これはまずい。

 危ない、と言う間もなく後ろを向いていたお客様に生首もといマネキンが直撃する。

 あちゃあ、やっちゃったか。大丈夫ですか、と声をかけようとする私の足に何か丸い物がぶつかった。

 

「すまないが、拾ってくれないか」

 

 その丸い物はよく見ればお客様の頭であった。

 顔を上げれば首無しの胴体がうろちょろしている。

 放心状態で、言われるがままに頭を拾うと胴体さんに手渡す。彼女はそれを元通りに合体させると、私に向かってこう言った。

 

「私は何も見ていません、はい繰り返して」

 

「ワタシハナニモミテイマセン」

 

「ううん今一つだな、もう一度。私は何も見ていません」

 

「わたしはなにもみていません」

 

「惜しい惜しい、あと一回。私は何も見ていません」

 

「私は何も見ていません」

 

 満足したのか、彼女は扉を開けて里に出ていった。しっくり来ないのか、盛んに首元を弄り回しながら。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

「ああ疲れた、まさかこんな近くまで付け火が来るなんてね」

 

「本当、洒落にならねえよ」

 

 市木と斑が髪切り虫の床屋に帰ってきた時、二人が発見したのは白目を剥いてぶつぶつと呟く変わり果てた小鈴の姿であった。

 

「うわっ、ちょっと小鈴ちゃん大丈夫!?」

 

「妖怪みたいな顔してんな」

 

「私は何も見ていません……私は何も見ていません……」

 

 





逮捕されたモジャ容疑者は「鈴奈庵のお話なら火事は避けて通れないだろ!!」などといった意味不明の供述を繰り返しており
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