本の虫と髪切り虫のお話   作:てる

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#12 それはパンドラの匣を開く様に

「……よって悪い蟹は皆の力によって退治されたのでした、めでたしめでたし」

 

 ぱちぱちと大きな拍手が教場に木霊した。

 私、本居小鈴はただいま寺子屋の教壇に立っている。目の前にはきらきらと顔を輝かせる子供たち、うう、眩しい。

 床屋に入り浸る訳でも、店番をする訳でもなく何で寺子屋で子供たち相手に読み聞かせを行っているのか。

 そもそも鈴奈庵では本を日常的に借りる事が出来ないような子のために、時々朗読会を開くことがある。それを寺子屋の教師、慧音先生が聞きつけて授業の一環として依頼してきたのだ。

 鈴奈庵としても良い宣伝活動になるという事で、両親は二つ返事で承諾した。

 行くのは結局の所、私なのだが。

 

 少々改変した『小鈴版さるかに合戦』を無事そつなく読み終えた私はほっと胸を撫で下ろす。

 観客からの評判も上々。

 この話は、本来は被害者だと思われていた蟹が実はとっても悪い奴で、それを退治するために皆奮闘する、という度肝を抜く筋書きにしたのだ。

 蟹のモデルは特にいない、という事にしておこう。へらへら笑う外来人は断じて関係ないのだ。

 興奮冷めやらぬ様子でさっき見たばかりの話について語り合う子達の隙間を縫うようにして、斑くんがのっそりと教場の奥からやって来た。

 

「あれって蟹が悪者だったか?なんか私怨を感じたような気がするが」

 

「気のせいだって」

 

 彼の手には風呂敷に包まれた和菓子の詰め合わせがぶら下がっている。里の中でも評判の店のお饅頭やらお団子やら羊羹なんかが市木さんセレクトで入っているらしい。

 鈴奈庵のイベントに、なぜ彼がそんな物を持ってうろついているのか。

 それは二日前に遡る。

 

 

 

 ─────────────────────

 

 二日後に両親から寺子屋で朗読会をするように申し付けられた私は、髪切り虫の床屋に向かった。

 面白いお話を考えるには執筆環境を変えるのも一つの手、実際のところは愚痴りに行っただけなのだが。

 

 もはや定位置と化しつつある長椅子に寝そべって唸る私に、市木さんが一体どうしたのかと尋ねた。休憩時間だと言いながらあんころ餅をむしゃむしゃ食べている、私に勧めようともせずに。

 

「どうしたもこうしたもないんですよ、二日後に寺子屋で朗読会をやらなくちゃいけなくって。それより一個ぐらい下さいよ、えい」

 

 お皿に盛られている餅を手に取ると、市木さんが悲しそうに嘆く。何がああ炭水化物が、だ。

 エネルギーはお米で取るものなのだ、と口に放り込む。ううむ甘過ぎないあんこがお上品、やはり和菓子選びのセンスの良さだけは認めざるを得ない。

 

「しかし寺子屋ねえ……そうだ、斑くんも連れてってくれない?」

 

 マネキン相手に鋏を四苦八苦させていた斑くんが怪訝そうにこちらを見る。暇さえあれば練習を積んでいるのか、来てから二週間余りにしては中々様になっている。

 本来、外では散髪家業を行うには資格とやらが必要らしいのだが、人ならざる覚えの早さに市木さんも舌を巻いている。技術的には下手な人よりはよっぽどマシらしい。

 しかし彼は生身の人間を相手にするにはまだ早い、とも踏んでいるらしい。

 腕にへばり付いた髪の毛を払いながら、斑くんが口を尖らせる。

 

「おい市木、なんで俺が寺子屋くんだりまで行かなきゃいけないんだよ」

 

「届け物をしてほしいんだ。自分で行ければ良いんだけど、最近予約が多くて外せなくてね」

 

 手を合わせる市木さんにやだよばーか、と斑くんが吐き捨てる。やっぱり品がない。

 困り顔の市木さんの周囲をにやにやしながら楽しそうにステップを踏んでいる、天狗の素早い身のこなしの無駄遣いである。

 

「……あーあ、そろそろお客さんに付かせてあげようかなと思ったのになー」

 

 斑くんの足がぴたりと止まる。打って変わって今度は市木さんがにやにやと机に置かれていたマネキンを弄りだした。

 汚えぞ、と殊更に汚い口調で罵る斑くんの顔を覗き込むようにしながら彼は続ける。

 

「良く頑張ってたから、ぼちぼち次の出張辺りで初陣を飾らせたげようと思ってたのに。誠意が見えないなあ」

 

 汚い、さすが床屋汚い。斑くんの額に青筋が浮かんだかと思うと、血がぴゅーと吹き出した。

 汚い外来人と汚い天狗が言い争う汚い店内で、

 私はため息をついてあんころ餅をもう一つ放り込んだ。美味い。

 

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 そして結局は斑くんが折れて、私に追随する形で寺子屋まで足を運ぶ事になった訳だ。

 しかしまた、なんで市木さんが慧音先生に届け物をしなければいけないのだろう。

 もしかして知り合いだったりするのかもしれない、けど彼は幻想郷に来てまだ4ヶ月くらいの筈である、わざわざ菓子折を届ける程の恩を受けるものだろうか。

 考え込んでいる私の耳に凛とした声が響く。

 顔を上げると、群青色のドレスに身を包んだ青みがかった銀髪の女性が子供達を家に帰し始めている。

 先の朗読会で今日の授業は終了だったようだ。元気よく帰りの挨拶をする子供の頭を撫でながら、彼女は優美に微笑んだ。

 そう、彼女こそは上白沢慧音、寺子屋の淑女と名高い里の名物教師である。

 ワーハクタクなる半妖らしいのだがとても馴染んでいる、というかいつから里に住んでいるのだろう?

 

「今日はすまなかったな、無理を言って」

 

 子供達を全員帰し終えたのか、いつの間にやら教場には私と斑くん、慧音先生だけ。

 

「いえいえ、とても楽しかったですよ。それに鈴奈庵の宣伝にもなりますし」

 

 私が力こぶを作ってみせると彼女はおかしそうに笑みをこぼす。

 ううむ何というか、本当に所作が上品。色気があるだとかそういうのじゃなくて、大和撫子って感じの透明感のある美しさ、嫌味がない。私もこんな女性になりたいものだ。

 私がぽーっと見惚れていると、慧音先生は後ろで所在なく鋏を弄る斑くんを訝しそうに見た。

 寺子屋に意味なく刃物を持ち込む時点で慧音先生からの印象は多分よろしくないだろう。

 それ以前に腰に大小を提げているのも問題か、さっきも子供達が興味津々だったし。

 まあいい、さてどう助け舟を出すべきか。

 

「えっと、うちの近所で働いてる人なんです。ほら、斑くん自己紹介しなさい」

 

「母親かよ、お前は……斑と申します。あんたもお仲間(妖怪)っぽいから先に言っとくが天狗ですよ」

 

 最初こそ丁寧な口調だったが、あっさり崩れている。躾がなっていない、飼い主の市木さんの責任を追求すべきだ。

 慧音先生の表情はあまりよろしくない、なんせ生真面目な人だもの。

 

(斑くんってば、届け物があるんでしょう?ほら早く渡して退散するわよ)

 

(なんでひそひそ声なんだよ、危ない話みたいになっちゃうだろうが)

 

 怪しげな密談を目の前で展開されて、ますます彼女の表情が曇る。やってらんねえよ、と斑くんは薄く呟いて、手にしていた風呂敷包みを慧音先生に差し出した。

 

「今日はあんたに届け物をしろって言付けられて来たんだ。ほれ、これで任務終了」

 

 ぞんざいに包みを渡すと、さっさと踵を返し始めた彼に困惑しながらも彼女は問いかけた。

 

「ちょっと待ってくれ、一体誰からだ?」

 

「いっけね忘れてた、外来人の美容師。こいつの店の向かいで床屋をやってる奴」

 

 と言って私を指差してきたので、その人差し指を掴んで折り曲げてやる。人に指を差すのはよろしくない。

 痛い痛いと騒ぐ斑くんをよそに、慧音先生はどこか遠くの方を見ていた。まるで記憶の網を手繰り寄せるように。

 

「……ああ、市木か。懐かしいな」

 

 か細く、しかし確かに彼女はそう呟いた。

 顔を見合わせる私達に、手招きしながら微笑む。ふわっと金木犀のような芳香が漂った。

 

「あいつは元気にしてるか?良かったら話でも聞かせてくれないか」

 

 特にこれから用事がある訳でもない。

 里においてもっとも信用ある人と言っていい慧音先生、かたや根無し草の外来人である市木さん。二人の間にどんな関係があるのか気にするな、という方が酷な話だ。

 面倒臭がる斑くんを引きずるようにしながら、私は慧音先生の後を続いていく。

 

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 寺子屋の内部にある宿直室、これが慧音先生の住まいらしい。

 小ぢんまりとしながらも品のある内装、数も少なく決して派手ではないが不思議に惹きつけられる調度品、まさしく彼女の人柄を表している。

 出された座布団に私達が座ると、慧音先生が斑くんに尋ねた。

 

「それで、市木からの届け物と言ったが君は一体?」

 

「あいつの下で働いてるんすよ、酷い条件で。マジで労基に訴えてやろうかな」

 

 彼女が目を丸くする。

 

「天狗が人間の下につくとは驚きだ。弱みでも握られたのか?」

 

「うちの上司がなんか知らないけど、あいつの店で働けって言うんでね。天狗は縦社会だから上の命令には逆らえないんすよ」

 

 にやりとする彼女に、不貞腐れた表情を返しながら斑くんは説明した。彼女はそれを興味深そうに聞いたあと、風呂敷包みを指差した。

 

「ところでこれ、開けてみても構わないだろうか」

 

 心なしかその目はきらきらとしている、まるでプレゼントを貰った子供のようだ。斑くんがまあいんじゃないんすか、と適当に返すと彼女は素早く包みを解いた、鬼気迫るものがある。

 重箱の中には団子に饅頭、水羊羹などが彩りも鮮やかに詰められていた。慧音先生が嬉しそうに一つ手に取る。

 

「相変わらず美味しそうな品を選んでくる、甘味の目利きとやらは今も健在みたいだな」

 

 私達にもお菓子を勧めながら、彼女は市木さんについて尋ねた。

 健康に変わりはないかだとか、店の方は繁盛しているかだとか、特に変わったものはないが妙な親しさがあるように感じた。

 斑くんはというと、せっせと菓子を口に詰め込んでいる。床屋の食糧事情は闇が深い。

 その後、今も里を跳梁跋扈している付け火の話など、当たり障りのない世間話をしばらくしていたが、とうとう堪え切れずに彼女に聞いてしまった。

 

「あの、慧音先生って市木さんとどういう関係なんですか?」

 

 彼女がぽかんと口を開ける。しまった、こんな聞き方では恋人の女友達に嫉妬する卑しい女のようではないか。

 別にそんなつもりではない、本当に単に彼女と彼にどんな経緯があったのか知りたかっただけなんです、本当に。

 鈴を転がしたような笑い声を上げて、彼女が目尻に溜まった涙を拭き取る。そんなに面白かっただろうか。

 

「元居候さ、一月の間だけだったが。良ければその時の事でも話そうか?日が暮れるにはまだ早い、私の暇潰しにもなる」

 

 そうだ、確かに文さんに取材された時に「寺子屋に住み込みで働かせてもらってた」と漏らしていた。

 髪切り虫の床屋を開くまでの彼については私もよく知らない、況してや斑くんに至っては上司なのだから尚更知っておくべきだ。

 ぜひぜひ、と居住まいを正すと彼が口を挟む。

 

「どうせ今と変わらずにへらへらしながら馬鹿やってただけでしょ?お天道様みたく明るいのだけが取り柄みたいなもんだし」

 

「……明るい?」

 

 それを聞いて慧音先生が眉を顰めた。何だか違和感を覚える、何かが心の底で引っ掛かる。

 

「確かにいつも顔では笑ってはいたが、酷く陰鬱な男だった気がするが。悪い奴ではなかったけども」

 

 聞いてはいけない、誰かが耳元でそう囁く。

 彼が時折見せた暗い表情、薬箱から零れ落ちた抗鬱薬、そして涙。

 考えないようにしていた点と点が、今線になろうとしているのかもしれない。

 不穏な空気を感じたのか斑くんが、「聞かぬが花って事もあるだろ、もう帰ろうぜ」と提案するが、もう私の心は決まっていた。

 

「聞かせて下さい、市木さんが慧音先生と一緒にいた頃の事を」

 

「何だか訳ありのようだが、本当に良いのか?……それじゃあ始めよう、あれは水無月の初めの事だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──今にして思えば、この話を聞いた頃から私と彼の関係は少しずつ変わっていったのかもしれない。

 貸本屋の女の子と、その向かいに住む美容師の青年。年こそ離れてはいるものの、彼はいつも私に対等に接してくれた。

 しかし時間というものは無情に過ぎてゆく。

 変わらないものは何一つとしてない、それが良きにつけ悪しきにつけ。

 それでも人がパンドラの匣を開くのは、中にあるものが救いだと信じているからなのだろう。たとえより暗い影が自分達に降り注ごうとも。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

 ──あれは水無月の初めの事だった。

 夏季の休暇が近付いた頃で、事務に追われて碌に休みも取れずに働き詰めでね。

 その日は『芸術鑑賞』と銘打って、魔法の森の人形遣いに人形劇をやってもらったんだ、今日の小鈴と似たような感じだろうか。

 授業を組むのがしんどい時に使える、まあ禁じ手だな。

 

 つつがなく劇は進行した。ただ、いつもと違ったのは彼女が一人の男を連れていた事だった。

 黒のスラックスに白のボタンシャツ、猫の柄の可愛らしいネクタイを締めた優男、そう市木だ。

 助手か何かだと思っていたんだが、劇に参加する訳でもなく子供達の後ろで、自由自在に動く人形をどこか慈愛のこもった瞳で見つめているだけでな。

 特に子供達に危害を加えそうな様子もないから放ってはおいたが、薄気味悪さは感じていたよ。

 無事そつなく劇が終わった後、彼女は奴を連れて私の所までやって来た。

 

「彼、外来人みたいなんだけど。少し里を見て回りたいそうなの、面倒を見てあげてくれないかしら?」

 

 里に迷い込んできた外来人の面倒を見た事はこれまでにもあった。ただ、いずれも帰ろうにも帰れない者ばかりで自分から里に滞在したい、という奴は初めてで少し面食らった。

 

「構わないが……君こそ良いのか?早く帰りたい、とか思わないのか?」

 

 彼は革鞄を提げて困ったように微笑んだ。

 

「やり残した事があるんです、ここで」

 

 そう一言呟くとそっと目を伏せる。特に断る理由もなかったから、まあ承諾したが。

 

 人形遣いがそれじゃよろしく、とかなんとか言って去った後、私は彼を寺子屋の来賓室に案内した。

 普段使う事がないから仮の住まいとしてな……君、斑とか言ったな。そんな下世話な表情をするのを止めなさい、特に奴とは何もなかったぞ、いや本当に。

 ほとんど着の身着のままでやってきたのか、荷物は恐ろしく少なかった。なんせ小さい革鞄に収まるぐらいだったからな。

 荷物を整理した後、改めて話を伺う事にしたんだ。どのぐらい滞在するつもりなのか、やり残した事とは何か、とかな。

 しかし私が聞いても煙のようにのらりくらりとはぐらかすんだよ。

 どうしようもなかったが、まあ何しろ忙しい時期だったからな。人手が増えるのは歓迎だった。

 その旨を伝えると、奴の顔が歪んだ。

 

「そう言えば名乗ってませんでしたね。お世話になります、は……市木です。申し訳ないですが、あんまり力仕事じゃ役に立てないと思います」

 

「上白沢慧音だ、この寺子屋で教師をやっている。しかし役に立てないって事はないと思うが……」

 

 勿論私も疑問に思ったさ。痩身ではあるが、仮にも働き盛りの男だ。特に病弱にも見えなかったし、私も怪訝そうな表情をしていたらしい。

 もっとも、その理由はすぐに分かったが。

 奴は自分の左腕を眺めると、自嘲気味に呟いた。

 

「左腕、動かないんですよ。僕」

 

 空虚な笑みを浮かべながら、彼は生気なく垂れ下がる左手をそっと撫でた。壊れた玩具を慈しむ子供のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




またまた一区切り。
ここから展開ががらりと変わります、活動報告に次章予告を放り投げてるのでよかったら見てね。
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