本の虫と髪切り虫のお話   作:てる

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#3 祭りのお話

 博麗神社では基本的に参拝客の姿を見ることは少ない。

 里から少々遠すぎるだとか、昼間でも妖怪やら妖精やらがうろついているからだとか、巫女の態度に問題があるからだとか、様々な説があるがその実態は定かではない。

 私は全部だと思うのだけれど。

 

 それはさておき、今日この日だけはそんな神社でも人が賑わう。

 そう今日は──

 

 

 

「けどあんたが何の用事もないのにここまで出張ってくるのは珍しいわね」

 

「私だって祭りにぐらい来るわよ。それに今回の祭りではあれをやるんでしょ?」

 

 

 里の権力者であり私の唯一無二の友人、稗田阿求と長ったらしい石段をどうにか上りきる。

 もう日も暮れ始めているが、納涼祭はこれからが本番だ。

 境内には様々な露店が並んでおり、普段とは違った喧騒に目眩を覚える。やっぱり老若男女に人気なのはかき氷、飴細工などか。

 ぶらぶらと二人で眺めていると、『人魂すくい』なんていう冗談かどうかも分からないような屋台も出ていてぎょっとした。

 下手に覗いて自分が人魂にされるのもなんなので華麗にスルーする。

 

 櫓の周りには人だかりが出来ていた。祭りの華だけあって常に賑わっている。

 上ではいつもの能楽師の人が舞っていらっしゃる…………ん?何か感じが違うような……

 阿求も不思議そうに首を傾げている。

 

「ちょっといつもより明るい感じがするじゃろ?」

 

 いつの間に隣にいたのか、眼鏡の常連さんがにやにやと見上げている。親が垢抜けた子供を見て目を細める、そんな表情で。

 会釈に軽い微笑みで返すと彼女は、

 

「さっき打ち合わせしとったら、ふらっと変な男が現れてのう。『髪結い屋はご所望じゃありませんか』なんて抜かしやがるんじゃ」

 

「そういう男は大抵ろくでもない奴ですよ」

 

「小鈴、その人知ってるの?」

 

「前に話したでしょ、あの胡散臭い外来人。素性も分からなきゃ何考えてるかすら分からない」

 

 ため息混じりにそう呟くと阿求は苦笑いしながら、

 

「けどあんた、彼の話してる時本当に楽しそうにしてるわよ」

 

 

 思わぬ方向からの爆撃に、そりゃ退屈はしないけど、なんて口の中でモゴモゴと言う私をケラケラと笑いながら、

 

「まあそれで追い返そうとも思ったんじゃが、あの能楽師がそういうのに憧れとったらしくての。しょうがないから結わせてやったのよ」

 

「すると案外」

 

「良かったんじゃよ、これが。儂も結ってもらったんじゃけど、どう?」

 

 普段のさらりとした長髪とは違って肩ぐらいでボーイッシュに結ってある。

 よくお似合いですよ、と言うと少し照れ臭そうに笑っていた。

 

「しかしのう、お代を払おうとするとそいつは」

 

「どうせ『貴女のお好きなように』とか言ったんでしょ」

 

  大当たり、と微笑んで、

 

「能楽師はしばらく考え込んだ後、『じゃあ今日の舞をお前に捧げよう』とか言っての。男も男で『やだ……イケメン』なんてキュンとしとったわ」

 

「気持ち悪いですね」

 

「気持ち悪いのう」

 

「それで彼は今どこにいるんですか?」

 

 そう尋ねると、

 

「霊夢に用があったようだから本殿の方におるんじゃないか」

 

 礼を言って立ち去ろうとすると、

 

「ちょっと待った……奴は普段どこで仕事しとるんじゃ?いやなに、あれぐらい腕の良い髪結いと一回きりってのは少々もったいなくての」

 

「お向かいさんなんですよ、変な人なんですけどね。髪切り虫の床屋を訪れた後はぜひ鈴奈庵まで」

 

 くすっと笑みがこぼれる。

 

 ─────────────────────

 

 神社の中心、本殿の前に行列ができていた。

 それも女性が大半を占めている。楽しそうにキャーキャーと騒いでいる彼女たちを見て思ったのだが、どうして女性というものは集まると声が1オクターブ高くなるのだろう。

 いや、私も女の子なのだけど。

 最後尾のマダムに何の列なのか尋ねると、

『外来人の床屋』を目当てに皆並んでいるらしい。

 店にいる時とは大違いの繁盛ぶりでなにより、

 さあ他の出店も見て回ろうとしたが阿求が、

 

「え、ちょっと。様子見ていかないの?」

 

「しょっちゅう顔合わせてるから別に良いわよ」

 

「じゃあ私に付き合ってよ、今まで散々賭けの話やらポルターガイストの話やら聞かされてきたのに、その市木さんとやらの顔も見たことないんだから」

 

 まあ強いて用事があるわけでもないのでここは望みに従おうではないか。

 行列に沿って真っ直ぐ行くと一際大きな人だかりが出ている。

 そこに広がっていた光景は以前のポルターガイストに負けず劣らず中々異様だった。

 石畳の上に置かれた四つの椅子に座っている女性達に、まるで竜巻かと見間違うような勢いで鋏を入れている。しかもその合間に並んでいるお客さんにすら愛想を振りまいている、化け物め。

 よく見ると行列の一番前に黒猫がちょこんと座っている。

 しらたまくんだ。

 彼はむっつりとした顔をして首から賽銭箱のような物を下げていた。

 退屈そうに後ろ脚で首を引っ掻く彼の箱に女性達が小銭を入れては新たに椅子に座る。

 その横では霊夢さんが、

「はいはーい、今ならお賽銭と引き換えに外来人の床屋が貴女の髪をイカした感じにこうなんか、とにかく良い感じにしてくれるわよー‼︎

 お賽銭、お賽銭を忘れずにー‼︎そうそう、そこの猫にね」

 

 もうそれはお賽銭ではなく単なるお代なのではないかと思ったが、まあそれでは神社の面目が立たないのだろう。

 目をキラキラさせながら声を張り上げる彼女に、やれやれ、といった感じの目線を向けつつも市木さんは楽しそうに仕事をしている。

 いつも店で見ている姿とは別人のようで、あののんべんだらりとした彼との距離が少し遠くなってしまったような気がした。

 なんだか居たたまれなくなって、阿求にそろそろ行こうと促そうとした時、

「あれ、小鈴ちゃんじゃない。ちょっと待ってて……すいませーん、今日はもう終わりでーす。何かご用、ご感想等あれば『髪切り虫の床屋』まで、はいどうもありがとう」

 

 不満そうに声を上げる女性たちを潜り抜けて彼が私達に近づいてきた。

「ふう疲れた、やっぱ労働は性に合わないね」

 

「何してるんですか市木さん、まだあんなにお客さんがいたのに」

 少しだけ嬉しかったのは内緒だ。

 

「ううん、本当は今日は仕事のつもりじゃなかったんだよ。あの巫女さん、霊夢ちゃんだっけ?彼女にしらたまくんの事を調べてもらおうとしたんだけど」

 

 そう言って足元のしらたまくんを見下ろす彼にほくほく顔の霊夢さんが、

「いやあ大漁大漁、中々の腕前ね。じゃあショバ代もろもろで山分けといきましょ」

 

 と一心不乱に賽銭箱をがちゃがちゃとやっている。相変わらずしらたまくんの目つきは悪い。

 

「いらないよ、罰当たりそうだし。それよりこの猫が何なのか教えて欲しいな」

 

「ん?普通の猫じゃない、ちょっと生意気な顔してるけど。それじゃお言葉に甘えてこれは貰っておくわね、その内いい事あるわよ」

 

 霊夢さんはろくに確かめもせずに賽銭箱を持って本殿の方に行ってしまった。何も分からずじまいで結局ただ働きか、と彼はぼやいて、

 

「しょうがないから『暇潰し』でもしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────────────

 

「へえ、それで自分の生まれる前の記憶がある訳?凄いなあ、僕なんか今日の朝食も朧げなのに」

 

「痴呆老人じゃないですか」

 

 境内の中でも木が鬱蒼と茂っていて人があまり寄りつかない、そんな場所が大抵の神社にはあるだろう。

 ただ人が寄りつかないにはそれなりの理由があるものだ。

 

「と言うか、なんで市木さんも阿求もこんな真っ暗な所で平然としてられるの!?ただでさえ夜なのに木の影で全く何も見えないんですけど!?」

 

 暗闇の中で二人の笑い声が響く。

 

「小鈴ちゃんは鳥目だねえ。月明かりで十分じゃない」

 

「小鈴、心の眼で見るのよ。心眼を駆使しなさい」

 

 全くやってられない、と欠伸を一つした時に阿求が、

「あ、まずい。私そう言えば慧音さんとお話があるんだった。もう行かないと、それじゃ二人ともごゆっくり」

 

 慌ただしく帰って行った。最後に意味有りげににやりと笑って

 サムズアップしていったのが気に入らないが。

 

「良い子だね、彼女。視野が広いというか、話しててはっとさせられるよ」

 

「まあ文字通り私達とは年季が違いますからね」

 

 静寂が夜に溶けていく、そんな静けさの中で彼がぽつりと洩らした。

「不安にならないのかな」

 

「え、何がですか」

 

「プレッシャーにだよ。彼女は里の中でも重要な役割を担ってるんだろう?限られた時間の中で本当に自分の納得のいく仕事ができるかどうか、僕みたいな奴でさえ不安に押し潰されそうになるのに」

 

 一体どうしたんだろうか、いつもの軽口がない。

 

「うーん分かんないですね、私は阿求の事は阿礼乙女って言うより一人の友達として見てるので。仮にもし阿求が今の能力や立場を失ったとしても別に私とあいつの関係は何も変わらないでしょうね」

 

 そう軽く言った時、彼の雰囲気が急に強張った。何かを思い詰めるように。

 

「…阿求ちゃんは良い友達を持ってるね」

 

「市木さんもですよ」

 

「え」

 

 見えずとも彼が驚いてこちらを向いたのが分かる。

「市木さんは胡散臭いし何考えてるかもよく分からないですけど、優しいって事だけは分かりますよ。ポルターガイストの時も私を助けてくれましたし。だからって訳じゃないですけど、別に市木さんの散髪が急に下手くそになっても、その軽口が叩けなくなっても、私達はお向かいさんで友達です」

 

 彼は私の言葉を聞いた後もじっと黙っていた。心配になって声をかけようとした時、

 

「…ありがとう」

 

「よく分かんないけど、どういたしまして?」

 

「さあ、もう少しでメインイベントだ。何か食べ物でも買っておこうか」

 

「良いですねえ、私かき氷が食べたいな」

 

 私達が出店の方に向かおうとした時、その子は現れた。

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────────────

 

 相変わらずの暗闇で私はその姿を見る事は出来なかったが、その声や雰囲気からまだ寺子屋に通っているような男の子だという事は分かった。

 

「えっと、さっきそこで髪切ってた人だよね?まだやってくれる?」

 

 市木さんは不思議そうに、

「構わないけど、なんでこんな時間に?」

 

「久しぶりに帰ってきたんだけど、ちょっと早すぎちゃったから」

 

 噛み合わない話に首を傾げながらも市木さんはその男の子を石椅子の上に座らせた。いつも持ち歩いているのか、懐から櫛と鋏を取り出すと手慣れた様子で調えていく。

 何も見えない中、鋏の音だけがリズミカルに暗闇を彩る。

 

「なんだか君の髪ってひんやりしてるねえ」

 

「そう?よく分かんない」

 

 どことなくとぼけた会話だが、確かにひんやりとしている。髪っていうか空気が。さっきまで汗ばむような蒸し暑さだったのに。

 視界が不明瞭な中でも全く苦にする様子もなく、彼はあっさりと作業を終えるとその首元を払ってやった。

 男の子は髪を弄りながら私に向かって、

「どう、かっこよくなったかな?」

 

「ごめんね、ぜんっぜん見えない」

 

「ちぇっ、お姉さん鳥目だね」

 

 余計なお世話、と言おうかとも思ったが何とか堪えた。

 ようやく目が暗闇に慣れてきたのか、市木さんとその前にいる男の子がぼんやりと見えてくる。

 どうやら懐から財布を取り出して小銭を渡しているようだ。

 

「いいよいいよ、今日はお祭りなんだし。そのお金で美味しい物でも食べておいで」

 

 相変わらずお金を貰う事を嫌がる彼になんだか安心する。

 

「ううん、もう時間だから。これも結局食べられなかったからあげるよ」

 

 そう言って彼は私に何かを差し出した。

 それはうっすらと紅く、夜に甘い香りを溶かす。

 

「りんご飴ね、ありがとう」

 

 りんご飴みたいに顔をほんのりと赤くしながら、彼は笑って屋台の方へと走っていった。変な子だったなあ。

 

 

「…あれ?」

 市木さんが怪訝そうに目を瞬かせている。

 

「どうかしました?」

 

「今あの子がふっと消えたみたいに…いや、何でもない」

 

「なら別にいいんですけど」

 

「…お盆が近いねえ」

 

 どういう意味かと聞こうとした時、轟音と共に空が光の色彩に染まった。

 

「おっ始まった。まさかこっちでも打ち上げ花火が見られるなんてね」

 

 次々と花火が打ち上げられていく。少しずつ、けれど確かに去っていく夏を惜しむように。

 

「りんご飴、良かったら一口くれない?……ありがとう、やっぱり美味しいな」

 

「お祭りって言えばやっぱりこれですよね」

 

 荘厳な、けれど儚い一夜限りの花畑が夜空に咲く。

 彼の隣で食べたりんご飴は、心なしかどこか甘酸っぱく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────────────────────────────

 

 時は祭りの終わり、場所は旧地獄と呼ばれる所。

 

「ただいまー、お姉ちゃん。おみやげ買ってきたよ」

 

 薄緑がかった髪の少女が楽しげにもう一人の少女へ語りかける。

 

「お帰り、こいし。どう、祭りは楽しかったかしら?」

 

「うん!そう言えばこころちゃんが髪型変えてたんだよ。なんか『外来人の床屋』っていうのが来てたんだって。私もやってもらおうかなって思ったんだけど」

 

 そこに猫のようなしなやかさを湛えた赤髪の少女が、

「ふう、ただ今戻りました」

 

「お帰り、お燐。どうだったの、出店の方は?」

 

「やっぱり『人魂すくい』なんて名前じゃあまりお客さんは来ませんねえ。おまけにお盆にフライングしちゃった子がいたんで、その子を帰してやるのにも手間がかかりましたね」

 

「ご苦労様。貴女もその床屋に髪を切ってもらわなかったの?」

 

 赤髪の少女は困ったように、

「さとり様、第三の眼を閉じても人の心が読めるって事はあるんですかね?」

 

 怪訝そうにさとりと呼ばれた少女は、

「それはないわ。……けど、眼を閉じても人や他の妖怪よりは本質を見抜く力はあると思うけれど」

 

「私達もその床屋に髪を切ってもらおうとしたんですが、こいし様が止めようって仰って…お洒落だったのに」

 

 未練がましく言った少女に頬を膨らませて、

 

「お燐だって嫌じゃない?あの床屋さんに髪を切ってもらうなんてあまりゾッとしないわ」

 

「どうしてそんなにその床屋が気に入らないのかしら」

 

「聞いてよお姉ちゃん、あの人絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────人殺しだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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