ヒーロー名、考えたけど良さげなのが無かったので、こんなんになりました。
「うへぇ。」
雄英体育祭翌日の朝、起きてリビングに行った後の射命丸の第一声である。
それもそのはず。
床に散らばる無数の酒ビン。
むせ返りそうなくらいに溢れる酒の匂い。
そして、その中で豪快に寝ている二人の色々な意味で頭の上がらない師匠。
実のところ、頭の上がらない人物はもう二人居るのだが、どうやら既に帰ったらしい。
序に持って帰ってくれれば良かったのに、と射命丸の心の声。
「まあ、『触らぬ鬼に祟り無し』もとい、『触らぬ神に祟り無し』です。 ここは見て見ぬふり。」
ゆっくりとリビングの前を通過し、着替えとタオル、携帯と財布、自転車の鍵を持って外に出た。
今日は雄英体育祭の振替休日。
そして玄関の前には待ち構えていた報道陣。
内心、うへぇ、と音を上げながらも、その様子は一切顔に出さず、一礼。
自転車の鍵を外して、外に出れば、待ち構えていたかのようにマイクが向けられる。
「あ、取材は良いですけど、家とかは後で加工しておいて下さいね。」
先に釘を刺し、
「今から稽古に行く予定なんですが、撮ります?」
先手必勝とばかりに自分から食い付きそうな話題を持ち出す。
撮影許可?
昨日の内に射命丸本人が取ってます。
勿論、何人かが撮影許可について聞いてきた。
そして射命丸は黙って良い笑顔でサムズアップした。
道場の中心、畳の上で目を閉じ、正座をしながら待っていた。
「…………来ましたか。」
彼女の憧れ、目標、いつか越えたい巨大な壁。
そんな存在がテレビの向こうで、とは言え大立ち回りし、頂点に立った。
普段は浮かべないような獰猛な笑みを隠し、荒れ狂う血潮を鎮める。
目を開け、道場の入り口を睨むと同時にその扉が開いた。
「文さん、いきなりで申し訳無いのですが、一手ご指南頂けますか?」
「はて、ご指南? 挑戦の間違いでしょうか? 少なくともご指南なんて気配では無いのですけど。 ルールは?」
「個性無し、武器無し、その他武道に反する行為は一切禁止、でどうですか?」
「分かりましたよ。 受けて立ちます。」
射命丸の後ろから入ってきた有象無象マスコミは置き去りに。
道場の中心で向かい合った二人は互いに礼をしてから構えを取った。
二人共全く同じ構えだ。
左足を前にした半身、右手は引いて腰の辺りに、左手は軽く前に出して拳を握る。
それを見たマスコミが急いで撮影を開始し、
空気が爆ぜた。
体育祭の振替休日が明け、生徒は全員いつも通り登校した。
「来るときめっちゃ声かけられたー!」
「俺も! 電車乗ってたら『応援してる!』なんてさ!」
「俺、小学生にいきなり『どんまい』って言われたんだけど。」
「どんまい。」
「おっはよーございまーす。」
談笑を続けるクラスに登校してきた射命丸。
「そう言えば、文、テレビに出てたよね!?」
真っ先に話に言ったのは葉隠、内容はそのまんま、射命丸がテレビに出ていたことだ。
「この個性社会でプライバシーなんてあって無いようなモンですからね。 朝起きたら家の前にマスコミが張っててビビりましたよ。」
個性の使用が当たり前になった現代、マスコミは必ず一人は追跡系の個性を持つ人を抱えている。
なので、ほぼ確実に住所が判明してしまうのだ。
因みにオールマイトはマッスルフォームとトゥルーフォームを使い分けることでマスコミを撒いている。
「てかさ、文がテレビで行ってた道場ってどんな所なん?」
「個性に合わせたカリキュラム組んでくれるだけの普通の道場ですよ? 一応、個性使用の許可は取ってありますけど。 ああ、あと椛の実家でもありますね。 そこそこ有名なのでちょっとネットで調べれば出てきますよ。 私の名前も載せてますし。」
「あ、ホント。 めっちゃキツイけどタメになるって有名だって。」
すぐに携帯で調べた麗日がその画面を見せる。
その卒業生の写真を見ていくと八百万がある事に気が付いた。
「プロヒーローも何人も排出してるみたいですわね。」
「ホントだ。 しかも生徒の異形型の個性率高っ。」
「個性柄、妖怪型の殆どが親戚なんですよ。 だから自然と異形型に対するノウハウが高くなっていって、自然と。」
「えっ、ちょ、これもしかしてホークス!? リューキュウっぽいのもいるし!」
と、盛り上がっている女子達を見ていた男子は、
「緑谷、知ってた?」
「同じ道場出身っていうのは。 まさか犬走さんの道場だったなんて。」
「頼んだらちょっと教えてくれねぇかな。 良い経験になると思うんだけど。」
「確かに! ちょっと今度の土日にでも教えて貰えねぇか聞いてこようぜ!」
先立って切島が女子グループに突撃し、それに続いて男子グループも会話に混ざり始めようとした、その時。
「待つんだ! もうすぐホームルームの時間! みんな席につくんだ!」
飯田からの注意が飛び、時間を確認したA組全員が席に付いた。
そして直後にチャイムが鳴り、それと同時にグルグル巻だった包帯を取った相澤が入ってきた。
「おはよう。」
「ケロっ、相澤先生、包帯取れたのね。 良かったわ。」
「婆さんの処置が大げさ過ぎただけだ。 さて、今日一時間目のヒーロー学だがちょっと特別だぞ。 『コードネーム』。 ヒーロー名の考案だ。」
「「「「「心膨らむヤツきたーーーーー!!」」」」」
蛙吸の言葉にことも無さげに答え、その後に放たれた台詞にA組全員が歓喜の声を上げた。
それを相澤は視線一つで黙らせ、説明を続ける。
「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。 指名が本格化するのは経験を積み、即戦力と判断される2年や3年から。 ……つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い。 卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある。」
「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」
葉隠がそう言えば相澤は頷いて肯定する。
つまるところ、体育祭は唯の切っ掛け。
本番はこのドラフト指名から、という事だ。
「そうだ。 そして、その指名結果がこれだ。」
相澤が手元のタブレットを操作すると、教室の前の黒板の前に白いスクリーンが降りてきて、それに結果が映し出された。
A組指名件数
射命丸 4029
轟 3461
爆豪 2264
常闇 332
飯田 328
上鳴 202
八百万 88
切島 54
麗日 18
瀬呂 9
尾白 4
「例年はもっとバラけるんだが、今年は三人に偏った。」
指名の来ていない半数近くが溜め息や悲痛な声を出し、指名が来ていてもトップの三人との差が大きく、驚きを隠せていない。
ただ、麗日だけは指名件数が予想よりも多かったようで、前の席の飯田の肩を掴んで揺さぶりながら喜んでいる。
そして、騒ぐ生徒を睨み付け黙らせる相澤。
まだ5月の筈なのに既にクラス内でのテンプレが出来上がり始めている。
「これを踏まえ、指名の有無に関係なく職場体験に行って貰う。 プロの活動を実際に体験して、より実りある訓練にしようってこった。 職場体験っつってもヒーロー社会に出ることには違いない。 つまり、お前らにもヒーロー名が必要になってくる。 まぁ、仮ではあるが適当なもんを付けたら……」
「地獄を見ちゃうよ! この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人は多いからね!」
「ミッドナイト先生!!」
相澤の台詞を引き継ぐように登場したのは、18禁ヒーロー、ミッドナイト。
そのまま教壇の前に立った。
「その辺のセンスはミッドナイトさんに査定してもらう。 俺はそういうの出来んからな。 将来、自分がどうなるのか。 名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。 それが『名は体を表す』ってことだ。 よく考えてヒーロー名を付けろよ。」
そう言って相澤は寝袋の中に入って寝始めた。
その後、ボードとペンが配られ、そこに思い思いの名前を書き込んでいく。
そして数分後、
「じゃあ、そろそろ出来た人から前に出て来て発表してね」
まさかの発表形式という形にクラスがざわめく。
そんな中、最初に手を上げたのは芦戸だ。
「はーい! アタシ出来ました! リドリーヒーロー、エイリアンクイーン!」
「血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!」
「ちぇー。」
トップバッターがアレだったので微妙な空気が教室中に漂ったが、次の発表者の蛙吸がフロッピーというお手本のような名前を出して、そんな空気を変えてくれた。
その後も、切島が尊敬するヒーローの名前をリスペクトして、烈怒頼雄斗と名付けた。
「あ、次私行きます。」
「良いわよ! どんどん発表しちゃって!」
「はい、ドーン! 鴉天狗ヒーロー、あやや!」
「あだ名!?」
「この際、自分のプライドとかどうでも良いので! 覚えやすさと親しみやすさ重視で!」
「確かに覚えやすいけど、良いのそれで。」
「疾風鴉とか風雨鴉とか考えたんですけど、ねぇ?」
「…………まあ、確かにそっちはどちらかと言えば男の子がつけそうな名前ね。 特に問題も無いし良いか。」
と、射命丸のヒーロー名はあややに決定した。
その後、全員のヒーロー名が決定し、指名してきたヒーロー達の名前とその事務所の書かれたプリントが渡された。
この中から選べ、という事だ。
射命丸はその分厚いプリントの束に内心面倒に思っていた。
因みにマスコミが取った椛との戦闘シーンはカメラマンが追いつけなかったため、お蔵入りとなりました。