ナミ♡LOVEなカリーナが、ナミとにゃんにゃんしようとするお話。

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カリーナは大変なものを盗んでいきました。

 地平線の果てまで続くオーシャンブルー。

 穏やかな潮風が吹き渡る海の上には、カモメが列をなしてどこかへ向かうように翼を羽ばたかせる。

 そんな晴天の下、ジョリーロジャーを掲げた船が揺り籠のように揺れながら進んでいた。

 船の上では、酒瓶を傾けて大笑いする海賊が二人。

 

「がっはっは! 町からくすねてきた金がたんまりだ! こりゃあおれたちの旗揚げには十分な金だな、兄弟!」

「ああ、そうだな……んっ?」

 

 海賊らしく略奪をした駆け出しの海賊らしき壮年の男たち。

 だが、愉快に酒を仰ぐも束の間、彼らの内の一人が近づいてくる小舟に気が付いた。

 ボロボロな船体。今にも波に飲み込まれて壊れそうな船の上には、弱弱しく寝転ぶオレンジ色の髪の毛の少女が居た。

 

「ごめんなさい……」

「おぉ、なんだぁ?」

「遭難してしまって……お宝をあげるんで、食べ物を恵んではくれませんか?」

「なんだって!? そりゃあ助けねえとな!」

 

 下心が丸見えの笑みを浮かべる男は、船を少女の乗る小舟に近づける。

 そして飛び乗れる距離になるや否や、弱った少女をほっぽりだして、彼女が乗っていた小舟に飛び乗り、あからさまにそれっぽい宝箱を見つけて目を光らせた―――少女が自分達の船にこっそり移っていることも気が付かぬまま。

 

「おっほほ! こりゃあちゃんと礼をしなくちゃあな……!」

「ひっひひ! なあ、嬢ちゃ……って遠っ!!?」

「お礼は要りませーん!」

 

 先程の弱弱しい様子はどこへやら。

 あっという間に、元々男たちが乗っていた船を操って遠方へ居た少女は、弱弱しい様子はどこへやらと言わんばかりに溌剌とした笑みを浮かべながら手を振っていた。

 

 してやられた、と気が付いた時はもうすでに遅い。

 

 帆を張り、風を受ける船はグングン加速し、最早男たちが乗っている小舟では追いつけぬ距離へと、少女は離れていってしまった。

 その間、ギャーギャーと喚いた男たちだが、そう言えばと宝箱へ振り返る。

 これだけが最後の望み。

 ゴクリと生唾を飲んで宝箱を開けば、

 

 

 

『ハズレ♡』

 

 

 

「「ちくしょォ―――!!!」」

 

 入っていたのは紙っきれ一枚。

 嘆く男たちの叫びは、カモメの鳴き声と波の音に呑み込まれるように掻き消されるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なになにぃ~? 結構持ってるじゃな~い♡」

 

 慣れた手つきで船を操作する巷の泥棒猫こと私―――ナミは、さっきのお間抜けな海賊から盗んだ戦利品を確認していた。

 私は海賊専門の泥棒。理由は、海賊が嫌いだから。

 でも、昔で言う所のピースメインのつもりなんかない。

 どうしてもお金が欲しいから、嫌いな海賊を標的にしてお金やお宝を盗んでいるだけ。

 

 そんな私は、半永久的に拝借した札束の硬貨の数を、目をベリーの形にして数えていた。

 なによ、随分楽勝な海賊だったっていうのに、数十万ベリーぐらい入ってるわね。これは結構な収穫だわ。

 

 中々の収穫に浮足立つ私は、そのまま地図とコンパスを頼りに、最寄りの町を目指していた。

 私はまだ若いけれど、これでも航海士としての腕は自負しているわ。

 こんなみっともない小舟だって、私の手に掛かればそこらの船より速く進めるもの。

 

 そうこうしている内に、私とお金を乗せた船はミラーボール島に着いた。

 この海―――東の海における流行の発信地。聞くところによれば、人気ブランドの『DOSKOI PANDA』の本店があるらしいわ。

 

「折角だし、替えの着替えを買わなきゃね」

 

 ついさっき手に入れたお金を大事にしまいつつ、私は旅の支度を整えるために、ブティックを目指した。

 勿論、食料なんかも大切だけれど、年頃の女の子なんだから、いい仕事した後くらいは自分へのご褒美として服を見て回りたいわ。

 

 陽気に鼻歌を歌いつつ、町を散策。

ダンスコンテストも開催されるくらい活気のある町だから、人の往来は多いわ。

でも、そんな人たちを見ていると、心のどこかで『なんて呑気な……』なんて思うの。ううん、この町に住んでる人達が悪い訳じゃない。

 

「ダメね、これからブティック見るっていうのに……」

『ナァ~~~ミィ~~~』

「げっ!?」

 

 不意に響く聞き慣れた声に、思わず女子らしからぬ声を上げちゃったわ。

 警戒するように辺りを見渡すも、私が身構えている対象の姿は見えない。いや、必ず近づいているハズなのに……。

 そんなことを思いつつ、暫し周囲を見渡している時だった。

 

「ウシシ♪」

「きゃあっ!?」

 

 後ろから抱き着かれた。

 そんな、ウソでしょ? こんなに警戒してたのに……私だって泥棒稼業しているんだから、危機察知能力的なものは長けてると思ってたんだけど、いとも容易く背後をとられるとなると、少なからずショックだわ。

 だけど、問題はそこじゃない。

 

「ああ、すっごい♡」

「んひぃ!?」

 

 抱き着くのに乗じて、思いっきり胸を鷲掴みにされたわ。

 往来のど真ん中よ? 神経を疑う。

 だけど、私の胸を鷲掴みにしている相手は、そんなことを気にせず、寧ろ激しく胸をこねくり回してくる。

 

「なんて……大きいの!」

「ちょ、やめ……っ」

「なんて立派なのォ!!」

「やめなさいって言ってるでしょーがァ!!」

「痛い!!?」

 

 胸をこねくり回している間、私のうなじに顔を近づけ、荒い息遣いで匂いを嗅いでいた『ソイツ』の顔面に、私は肘打ちを叩きこんだ。

 クリーンヒットしたのか、『ソイツ』は鼻血を吹き出しながら、後頭部を地面に叩きつけられる形で大の字になって倒れた。……って言うか、なんでコイツは満更じゃない顔して倒れてるの?

 

 私は散々乳をこねくり回された、往来のド真ん中で辱められたことと、ちょっと……うん、そのことで顔が上気して赤く染まっちゃっていたから、クールダウンさせるために、胸元へ風を送るようにパタパタと手で仰いだ。

 その間、倒れている紫髪のソイツを軽蔑の瞳で見下ろす。

 

「……なんでアンタがここに居るのよ、カリーナ」

「なんでって……ナミの匂いが香ったからよ。ウシシ♡」

「単純に気色悪い」

 

 常人には到底理解できなさそうなことを宣うこの女は、私の同業者であり、最近私のことを付きまとい始めた『カリーナ』っていうヤツ。

 

「ねえ、ナミ」

「ん? なによ」

「Dになったわね」

「黙らっしゃい!!」

「へぶっ!?」

 

 バストサイズを暴露された私は、札束と硬貨の入った袋を、カリーナの顔面に叩きつけてやった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 私はその後、この変態紫髪女狐に無理やり連れられ、近くの喫茶店にやって来ていた。

 嫌って言ったんだけど、『奢るから』と押しとおされたから、仕方なく来たのよ。金にがめつい訳じゃないわ。

 

「―――って言うか、私の胸揉んでタダで済むと思ってるの?」

「あら、なに? もう、仕方ないわね……ほら、私のおっぱ」

「揉むかァっ!」

「あぁん!」

 

 食い気味に、差し出されたカリーナの胸を軽く引っぱたいた。

 あくまで軽くだけど、コイツも中々に実っているから、喫茶店中に結構いい音が響いたわ。あと、胸を叩かれて嬌声みたいな色っぽい声を上げているコイツの神経はどうなってんのよ。

 

「くっ……なによ、てっきり揉まれたから揉み返したいのかと思ったのに……」

「残念だったわね。私は女だから、女の胸を揉むくらいなら、一文でも多く貰った方が嬉しいのよ」

「私はナミのおっぱい揉めたら嬉しいのに……」

「そんなのアンタくらいよ!!」

 

 素っ頓狂なことを抜かすカリーナの頭を引っぱたく。

 ダメ。コイツと居ると、向こうのペースに飲まれちゃうわ。

 女のくせに、たまたま一度会った時以来、私のことが好きだって公言して付きまとうコイツは、ちょっとやそっとのことじゃ引き下がらない。

 それこそ、意図的に手を出した時だって、逆に喜んじゃう始末。

 こういう輩は無視することが一番なんだろうけれども、生憎そう上手くはいかないわ。

 

「ねえナミ。ちょっといい儲け話があるんだけど……」

「なになに!?」

「ウシシ♪」

 

 ……私の扱い方を知ってか否か、毎度それなりに稼げる話を持ってくるから、邪険に扱えないのよね。

 ドヤ顔を浮かべるカリーナの態度にはちょっとイラつくけども、お金が稼げるんだったらなんだっていいわ。

 

「この町でダンスコンテストあるって知ってる?」

「それは……まあ、有名だし私だって知ってるわよ」

「一週間後。優勝賞金100万ベリー。どう? 一緒に出ない?」

 

 ズイっと身を乗り出し、眼前まで顔を近づけてくるカリーナ。

 あと少し近づけば、唇が重なる距離―――。

 

「って、どさくさに紛れてキスしようとしてんじゃないわよ!」

「みょん!」

 

 不届きを計ろうとしたカリーナの頬を両手で挟み込みこんで阻止した。

 こいつ、女の癖して男みたいに性欲に素直。『女狐』って自称しているらしいけれども、狼の方が似合っているとさえ思える。

 両手で頬を挟まれてタコみたいな顔になっているカリーナは、憤慨してみせる私を気にもせず、『どう?』と聞いてきた。

 

 確かに100万ベリーは美味しい話。

 ダンス如きで100万ベリーなんて、主催者の意図を聞いてみたいところだけれども、問題なのはダンスコンテストだってことよ。

 

「一週間後って、そんな急に踊れる訳ないじゃない」

「あら? やってみなきゃわからないじゃない。たまたま上手く踊れたら、賞金100万ベリー貰えるかもしれないのよ~?」

「それは……そうかもしれないけど」

 

 若干心が揺れ動く。

 100万ベリー……踊ったこともないダンスに精を出し、100万ベリー。

 

「……イヤっ! 一生懸命汗流すのって性に合わないの。それに、アンタと一緒にやるってことは、賞金だって山分けなんでしょ? 50万ベリー……仮にこれから一週間練習に励んだとしたら、割に合わないわ」

「え~!? お願いよ、ナミ! 二人組じゃないと出られないの!」

「あら、そう。だったら残念だけど、他の人見つけてね」

「じゃあ、もし優勝したら100万ベリー全部あげるわ!」

「えっ?」

 

 合掌し、目を潤ませて懇願していたカリーナに素っ気なく接していたけれど、思わぬ申出に思わず反応しちゃったわ。

 

「ホント?」

「ホント!」

「……それはそれで怪しいわね」

 

 でも、タダほど安いものはない。

 コイツは、きっと100万ベリー全部譲る代わりに何かを要求してくるハズ。

 そう踏んだ上で質問を投げかければ、『バレちゃった?』とチロリと舌を出す仕草を見せたカリーナが、徐に指を唇に当てたわ。

 

「もちろん、相応の対価は貰うつ・も・り☆」

 

 その瞬間、私は得も言われない寒気を背筋に感じた。

 

「100万ベリーあげる代わりにィ~……イイでしょ?」

「ぼかさないでよ! アンタ、なにするつもり!?」

「なにって……ナミとニャンニャンしてコンコンするつもりなんだけど?」

「『なんだけど?』じゃないわよ!! アンタ、女だからって憚らず言ってくれちゃってるみたいだけど、要するに体売れって言ってるんでしょ!? 冗談じゃないわよ!!」

 

 さっきまで頬を挟んでいた手で、カリーナの頬を摘まんで横に引っ張ってやる。

 ここまで顔を弄ばれようものなら、どんな美少女だってブサイクになるものよ。凡そ人前に出せないような顔になったカリーナは、私が提案に乗らないことに対し、あからさまに残念そうな雰囲気を醸し出す。

 

「えぇ~、ダメなの!?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「じゃあキスだけ! チュー! 接吻! これならいいでしょ!?」

「キスぅ~? う~ん……」

 

 新たに提示された内容に、思わずうなってしまった。

 ヤられるのは勿論イヤだけど、お金のためにキスするっていうのも中々気が進まないわ。

 

 100万ベリーかキス。

 100万ベリーorキス。

 考えれば考えるほど、常識というものが明後日の方向へ消えていってしまいそうな選択肢だわ。

 

「アンタ、キスだけって言って体中舐め回してきそうなんだもん」

「ナミは私のことなんだと思ってるの? 唇に一回だけ。これでいいでしょ?」

「う~ん……う゛ぅ~ん……まあ、それなら……」

「やったァ!!!」

「言っとくけど、優勝したらの話だからね」

「100万ベリー渡す代わりに、ナミにキスしていいって話よね?」

「? ……まあ、そういうことになるわよね」

 

(ウシシ♪ 言質取ったわよぉ~)

 

 カリーナが何か呟いたみたいだけれど、あんまりにも小さい声だったから聞こえなかった。若干寒気も覚えたけれど、どんなに間違ってもキス一つで終わる話だし、そこまで気にすることもないわ。

 すると、カリーナはやる気満々で立ち上がった。

 

「さ、ナミ! 優勝目指して特訓よ! 安心して、私が手取り足取り看てあげるから……♪」

「ちょっ……アンタの言葉は信用できないのよォ―――っ!!」

 

 またカリーナに強引に手を引かれ、連れ出される私。

 カリーナは手早く会計を済ませ、そのまま町へ私と共に繰り出していく。

 

 こうして、ブティックと食料品を見て回るつもりだった私は、コイツと一緒に一週間、ダンスの特訓に明け暮れる羽目になったのよ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「つ、疲れたぁ……っ!」

 

 汗だくだし筋肉痛だし、気分は最悪。

 カリーナにダンスコンテストに誘われた挙句、優勝のために特訓を始めた訳だけど、普段ダンスしない人間がダンスしてみせなさいよ。体中バッキバキ。

 泊っている宿に戻った私は、疲労で震える腕で着替えを取り出し、颯爽と入浴へと向かっていった。

 こんな汗だくじゃ、夕食にも行けないわ。

 そもそも体中ベトベトなのが、生理的に受け付けられない。

 

「カリーナもベタベタ触ってくるし……」

 

 予想に反し、カリーナは懇切丁寧にダンスを教えてくれているわ。

 でも、予想通りの部分も勿論ある。スキンシップが異常に多いのよ、アイツは。姿勢を正す時とかなんか、よく触ってくるんだけど、やけに触り方がいやらしいのよ。

 まあ慣れたものだし、それ以上に疲れているから気にはならないんだけど、今になってきて疑問だわ。

 

「はぁ~……さっさとお風呂入ってさっぱりしないと」

「背中流す?」

「うん、よろしくー……って、ぎゃあああ!!?」

「わっぷ!?」

 

 独り言を呟きながら浴室の扉を開けた瞬間、背後に立っていたカリーナに驚き、咄嗟に体に巻いていたバスタオルをソイツの顔に押し当ててしまう。

 

「いつの間に居たのよ!?」

「いつの間にって……ナミが来るだろうなって思って、先回りしてたのよ」

「ああ、なるほど……って言うとでも思ったか! あと、なんでアンタはすっぽんぽんなのよ!」

「そんなの、ここが浴室だからに決まってるからじゃない」

「そうじゃなくて、バスタオルも持たないで来たら体拭く物ないじゃない!」

「それは……もう、言わせないでよ♡」

「……大体察しがついたから言わせてもらうわ。不合理だからフツーにやめて」

 

 私のバスタオルを流用するつもりなのかしら、コイツは。

 恋人同士が風呂上りに一枚のバスタオルを一緒に使うみたいなシチュエーションを期待しているのかもしれないけれど、私にしてみれば、バスタオルが普通より濡れるはで不合理としか言いようがないわ。

 ダンスの特訓で疲れてるっていうのに、コイツは依然通常運転。

 辟易しつつ、まずは体の汗を流そうとシャワーヘッドに手をかけた時だった。

 

「ナミ。ほら、背中流したげるからこっちに背中向けて」

「……はぁ。ツッコむ気力もないから任せたわ」

「ウシシ! よし来た」

「でも、だからって今やってる体の前面に泡立てたボディーソープを塗りたくってるのはやめなさい」

「バレたか」

「バレるわよ、そんなもん」

 

 どこの風俗よ、ってツッコみたくなったわ。

 分かった私も大概だけど、自ら進んでお水の人間がやることを平然と行おうっていう思考も大概だと思うのよね。

 一日中、こんな奴を相手にしている私の苦労ってものを、誰かに理解してもらえないものかしら。

 

 そんなことを思っている間にも、カリーナは手に泡をいっぱいつけて、背中をマッサージするように洗ってくれる。

 悔しいけど……気持ちいい。

 手慣れてるわ、コイツ。

 

「あー、良い感じ……」

「そう? 良かった」

「うん。筋肉痛で体中痛いから、念入りにマッサージしてよね」

「じゃあ、前の方も失礼して……」

「ホント殴るわよ、アンタ」

 

 これみよがしに、腰のラインに沿うようにして泡だった手を股間の方へ移動してきたカリーナの手を掴んで止める。

 油断も隙も無いったらありゃしない。

 お風呂はリラックスのための時間だっていうのに、コイツはそんなこと関係なしに私と関わろうとしてくる。

 

 あいつ等の前みたいに気丈に振舞ったところで、いつの間にか会話の主導権を盗られてるいんだから、堪ったものじゃない。

 

「お客さん、どうですか?」

「アンタは三助か」

 

 他愛もない会話。

 同じ女だからか、体の洗い方も心得ている。

 そんな訳で体を洗い終えた私たちは、浴槽に入ろうとしたんだけど……。

 

「まさかだけど、アンタも一緒に入る訳じゃないでしょうね」

「え……?」

「なに『なんで逆にそんなこと聞いてるの?』みたいな顔してるのよ。こんな狭いところに二人で入ったらどうなるかわかってんの?」

「興奮するわ」

 

 ダメだわ、コイツ。もう末期ね。

 ああ、海軍に言ったらコイツを捕まえてもらえないかしら。

 

 半ば放心状態で立ち尽くしていた私は、先に湯船に入ったカリーナに手を引かれ、そのままコイツの入っている湯船の中に引きずり込まれた。

 温かい。

 やっぱりお風呂はこうでなくっちゃ。

 でも、いい感じに実ってきた若い女子が二人、狭い湯船へ一緒に入るっていうのも窮屈な話だわ。

 

「はぁ……お風呂くらいゆっくり入りたかったわ」

「別にゆっくりしていいわよ。ぐっすり眠っても、ちゃんと見てあげるから」

「いーやっ。何されるか分からないし」

 

 ギュウギュウ詰めの浴槽で話をする私たち。

 そう言えば、私って同じ年ごろの友達なんてほとんど居ないから、同性代の女子と一緒にお風呂に入るなんていう経験なんてほとんどないかも。

 ノジコは義理だけど家族だから、なんか違うし。

 と言うより、これじゃあ私がカリーナのこと、友達だと思っているみたいじゃない。

 

 確かに、泥棒家業であちこち移動している私に長く付き合うような間柄の知り合いなんて居ないから、必然的に向こうから会いに来るカリーナとの付き合いは、多分長い方に分類されるのよね。

 なんていうか、認めたくはないけれど、ノジコ以外に気軽に顔を合わせられるのってコイツくらいだわ。

 カリーナが私のことを好きだってアピールを全面に出してくることもそうだけれど、ノジコみたいに私の泥棒としての性格を知っていることが大きいかも。後、こっちの気なんか知らないで、自分からグイグイ事を進めようとしているところだわ。

変に取り繕う必要がないから、一人で居る時とはまた別の気軽さがある。

 

(―――って、私はなんでこんなこと考えてるのよ)

 

 真剣に考えていたら恥ずかしくなってきた。

 そう。こいつはただの商売仲間。ビジネスパートナーなだけよ! 断じて友達なんかじゃないわ。

 

「ナミって好きな人って居る? 私はナミが好き♡」

 

 年頃の女子のガールズトークみたいな話題を振られたけども、コイツが私のことをどう思おうとも、友達なんかじゃない。

 

「そ。私はお金持ちの人がいいわね」

「じゃあ、私がお金持ちになったら好きになってくれる?」

 

 コイツはホント、性懲りもないと言うか。

 まあ、好きにはなるかもしれないわ。金蔓として。多分、世間一般で言う所の恋愛感情的な意味の“好き”じゃあないけれど、別に嘘を吐いている訳じゃない。

 

「そうね……1億ベリーくれたら好きになってあげるかも」

「え、ホント?」

「……ちょっと、やめてくれない? 急に声のトーン変えるの」

 

 つい口に出てしまった金額。

 私が目標としている巨額を耳にしたカリーナは、『イケるかも』みたいな様子で、至極真面目な声のトーンで聞き返してきた。

 ヤダ、怖い。こいつなら本当に1億ベリー持ってきかねないわ。いや、それはそれで嬉しいんだけれども、なんていうか私の都合の所為で申し訳ないって言うか……。

 

(……なんで私はコイツに罪悪感覚えなきゃなんないのよ!)

 

 一人での自問自答。

 馬鹿馬鹿しい。私はココヤシ村を買う為に、何が何でも1億ベリー貯めるって決めたのよ。私にほの字の人間が、私のために1億ベリーくれるっていうなら、寧ろドンと来い的な展開だわ。

 大真面目な面持ちで悩んでいたカリーナを流し目で一瞥すると、ソイツはえげつない角度の弧を口で描いていた。

 

「1億ベリーあげたらナミと……ウシシ♪」

 

 コイツに限ってはダメだって分かったわ。

何されるかわかったものじゃない……いや、大体想像がつくにはつくんだけれども、考えたくないって言った方が正しいわ。

 

「ナミ、ダンスコンテスト頑張るわよっ!」

 

 そんな私の気なんか知らないカリーナは、天真爛漫な笑みを浮かべてみせる。

 ホント、コイツと一緒に居ると気が抜けるわ。

 些細な悩みなんか考えられなくなるくらい……。

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ~、緊張する~……」

「そんな気張ってもダメよ。ほら、これ飲む?」

「うん」

 

 カリーナが緊張する私にオレンジジュースを渡してきたから、躊躇いなくストローに口をつけて飲んだ。カリーナが『関節キス……♡』なんて言って照れているけど、生憎私は他人が口をつけた所に口をつけてどうこう言うほど青くはないわ。

 それは兎も角、うん、程よい酸味と甘み、それと柑橘系の香りのお陰で清々しい気分になれる味だわ。私としては、蜜柑を原料にしたジュースがいいんだけれど、専ら店なんかで売られているのはオレンジジュース。蜜柑ジュースは自分の家で作るしかないわね。

 

「おいしい。はい」

「ここ、こ、これに口付けて飲んでいいの……っ!?」

「アンタが渡してきた癖になに言ってんのよ」

 

 私が口をつけた部分を指さすカリーナ。

 なによ。自分が先に口をつけた場合と、相手が先に口をつけた場合の関節キスはそんなに違うの?

 その辺りの感性は理解しかねるけど、正直どうでもいいから許可すると、コイツはやけに畏まった様子で残ったオレンジジュースを飲み干したわ。

 

「ふぅ……お腹タプタプで動けないかも」

「ふざけんじゃないわよ! そろそろ順番なのに、何言ってるの!?」

 

 飲み干すや否や、お腹を押さえてそう言い放ったカリーナに、私は鋭いツッコミを入れる。

 私たちは、ダンスコンテストに出場するために順番待ちをしていた。

 出場人数自体は五十人くらい。町中の人がステージの前に屯って、ステージの上で踊る出場者を眺めている。

 踊っている人たちの技術はまずまず。それこそプロレベルの人から、素人みたいな踊りの人も居る。まあ、ダンス歴一週間の私が言えたことじゃないけど。

 

 でも、踊っている人も眺めている人もみんな楽しそう。

 純粋にダンスを楽しんでいる人たちと、賞金を手に入れることが原動力になっている私とでは、空気が肌に合わない気がする。

 そんなことで緊張し、やや苛立ちに似た焦燥のままに声を荒げてしまったけれど、カリーナは私に、白く整った歯を覗かせるように笑ってみせた。

 

「そ、ナミ! 元気よくやらないと、ダンスは楽しくないわよ!」

「っ……別に今のは元気になった訳じゃあ……」

「ほら! 後はなるようになれってヤツよ! 折角のダンスコンテストなんだから、楽しまなきゃ!」

 

 そう言って私の手を引くカリーナ。

 さっきお腹がタプタプで動けないとか言っていたくせに、動きは機敏だ。さては、私が緊張しているのと目の当たりにして、わざと冗談を言ったのかも。

 ……そういう人の気持ちを見極める目は、素直に感心するわ。

 

 カリーナが私を元気づけてくれていると思うと、なんだか自然と顔の強張りも解けちゃった。

 司会者が私たちの番号を告げたのは、その次の瞬間。

 

 観客の合間を縫うように駆け抜ける私たちに、皆の視線が一斉に向く。

 人生で一度も感じたことのないような熱気。慣れぬ感覚に少し戸惑いを覚えたけれど、不思議と心が奮うことを錯覚した。

 喧騒みたいな歓声が、ステージに上がる私達を迎え入れる。

 

『次の出場者は―――』

 

 ベルメールさん、ごめんなさい。

 今だけは、心から楽しむことを許してくれるよね?

 

 

 

 ***

 

 

 

 時刻はもう夕方。

 青い空も、この時ばかりは真っ赤に染まっているわ。

 

「はぁ……優勝どころか、入賞すらできなかったじゃない」

「もうちょっとお色気入れたらよかったかもね、ウシシ!」

「それはアンタが見たいだけ……って、もういいわ」

 

 ダンスコンテストの熱気が未だ冷めやらぬ町の港で、私とカリーナはブラブラと散歩していた。

 結果だけ言えば、私達は入賞さえできなかったわ。まあ、ダンス歴一週間の小娘が優勝しようものなら、プロの面目丸つぶれだろうし、妥当と言えば妥当の結果かもね。

 私としたことが、不合理の極みな希望的観測の下、ダンスの特訓に励んでしまったわ。

 

 できることなら、一週間前の私に無駄だからやめておけと伝えたい。

 いや、時間を巻き戻せるんだったら、もっとずっと―――。

 

(ヤメヤメ。結果が芳しくなかったからセンチメンタルになっちゃってるわ)

 

 はぁ、とため息を吐いて空を見上げる。

 未だ、ダンスコンテストの余熱を残すかのような喧騒が空に響いていた。

 

「100万ベリー……欲しかったなぁ」

「あげよっか?」

「え?」

 

 無意識のうちに口に出していた欲に、咄嗟にカリーナが反応してくれた。

 素っ頓狂な返答に唖然として振り向けば、カリーナはなんの躊躇もなしに、宿から持ってきた荷物の中から分厚い札束を取り出したじゃない。

 

「はい」

「え、え、なに!?」

 

 コイツの理解できない言動もそうだけれど、それ以上に大金を前にした私の歓喜と興奮が先行した。

 普段のノリで目を燦々と輝かせ―――ほぼ反射的なんだけれど―――カリーナの100万ベリーを手に取る。

 

 分かる。これは偽札なんかじゃない。本物の100万ベリーの重みよ。

 

「カリーナ、アンタこれ―――」

 

 手にした100万ベリー札束を大事に持ち、カリーナに方へ向ければ、ズイっと顔を近づけてきたソイツに口を塞がれた。

 

 一瞬、思考が止まる。

 

 なにしてんの、コイツ?

 目の前に映るカリーナの姿に頭で疑問を浮かべたところで、目の前の相手に伝わる訳もない。

 目が点になりながら呆けていれば、至極満足そうに笑うカリーナが、唇に伝わった私の熱を確かめるように、唇へ人差し指を当てる。

 

「これでご飯十杯はイケるわ」

「あ、アンタ……どういうつもりで……!?」

「どういうつもりって、100万ベリーあげたら一回キスしてもいい約束だって、お金の上での約束でしょ? ほら、その私の100万ベリーあげたんだから、なにも口約束と違ってないじゃない」

「そういう訳じゃ……!」

 

 確かに間違ってはいない。間違ってはいないんだけれども、てっきり私はダンスコンテストで優勝した上で果たされる約束だと思っていたから、不意の口付けに対して、心構えができてなかった。

 だっていうのにコイツは、自分の私財をポンと渡して強引に唇を奪っていくんだから……。

 

「ウシシ♪ 怪盗カリーナ、泥棒猫の唇奪ったり~♡」

「っ……カリーナぁ~!」

 

 いじらしい笑みを浮かべるカリーナ。

 そんなコイツに、私はしてやられた悔しさと憤り、そして恥ずかしさの余り叫ぶ。

 

 泥棒らしく逃げ足の速いカリーナを、私は全力で追いかけていく。

 どれだけ追いかけたところで、コイツに唇を奪われたって事実が覆る訳じゃない。

 だけれども、泥棒が盗まれたままじゃ恰好がつかないってものよ。

 

「待ちなさァーい!!」

「あァン♡ ナミが私のこと追っかけてくれてるゥ~!」

 

―――後で聞いた話だけれど、ダンスコンテストで賞金が出るなんて真っ赤なウソだった。

 

 まんまとしてやられたってことね。

 でも、時間と唇を盗られた代わりに、100万ベリーと―――思いがけず楽しい思い出を得られたことが、望外の収穫だったかも。

 

 

 

 これは、私がまだ仲間と呼べる人達と出会う前の、()()との物語。

 



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