人類はゴジラをはじめとした怪獣たちに地球から追い出された。
チクショーと11.9光年さきのスーパー・アース、くじら座タウ星eに20年かけて向かうも、そこは前評判とは裏腹に入植不能なクソ環境であることが判明。やってられるかと半ばヤケクソに亜空間航法でとんぼ返りしたはいいが、ウラシマ効果により2万年もの時間が経過した地球は、ゴジラを頂点とした怪獣惑星へと変貌していた。
20年のあいだに解析していたデータからゴジラの攻略法を策定した青年ハルオ・サカキ大尉は、部隊を率いてどうにかこうにかゴジラを撃破。
わーいと喜んだのも束の間、地底から先ほどの個体をはるかに上回る、身長300メートルのゴジラが出現。ハルオたちはなすすべもなく吹っ飛ばされる。
目覚めるとハルオは褐色銀髪ちっぱいトライバルタトゥー純真美少女に介抱されていた。ハルオたちと違い地球に残った人類の末裔……。彼らフツア族が武器として用いている矢尻に、ビルサルドは驚愕する。ナノメタル。20年前に対ゴジラ決戦兵器として建造されながらここぞという大一番に起動しやがらなかった、メカゴジラの構成物質。ゴジラによってメカゴジラごと喪失させられたと思われていた開発プラントが、いまも稼働しているのだ。
いつもは冷静ゴリラなビルサルドもこれには完全テンアゲ。「われわれはゴジラに勝てる!」と息巻くのだった。
「ハルオィ、いっしょ、いく」
たどたどしい言葉遣いながらも、フツア族の巫女ミアナはくりくりと大きな瞳でハルオを見上げて伝えた。箔のような青く輝く虹彩だった。地球に巨大生物――怪獣が出現するようになる前、海というものは、こんな色をしていたのだろうか。ハルオは遠い記憶のなかに埋没した望郷の念に囚われた。
「すごい。われわれの言葉から言語体系を推測して、習得しはじめてるんだ。退化したなどとんでもない。彼らの知能は相当に高いとみていいだろう」
だから、環境生物学者マーティン・ラッザリ少佐の驚嘆にも、ハルオはさほどの興味を惹かれなかった。
「でも、本当にそっくりね……」
ユウコ・タニ曹長がミアナと、その姉マイナの相似形の顔を見比べる。一卵性双生児と思われた。一見すると見分けがつかない。
「たぶん、おれを助けてくれたのがミアナ、みんなを襲ったのはマイナだろう」
「サカキ大尉にはわかるのですか」
ハルオに若き士官アダム・ビンデバルト少尉が関心を寄せる。
「にらみつけてくるのがマイナだ」
たしかに、あどけない表情のミアナに対し、マイナは険のある顔つきをしている。
「ハルオ、行くぞ」
技術士官でありながら、ビルサルド種の名に恥じず、この世に生を受けたときから軍人だったといわれても異論のない容貌魁偉な巨漢が顎をしゃくる。ムルエル・ガルグ中佐のその気安い所作にはハルオとの信頼関係がみてとれる。
「メカゴジラ……まさか生き残っていたとは!」
おなじくビルサルド種の、こちらは正真正銘の軍事教官、リルエル・ベルベ少佐は、軍人としてのハルオの師といえる偉丈夫で、ガルグ同様、その浅黒い砂岩のような顔には笑みが刻まれている。
ビルサルドたちはハルオからみても例外なく気が
しかし、ハルオは彼らの変わりようもまた、まるで目に入らなかった。
(望郷の念だと?)
なぜそんな感情が胸に沸き上がってくるのだろう。まさにここが、20年ものあいだ、帰還を待ち焦がれていた地球、故郷ではないか。なのにハルオの渇きはいまだ癒されないままだ。
(おれは……)
いま足を踏みしめている大地が地球だと認識できていないというのか?
ハルオは遠くへ視線を移した。
暗い緑に沈んだ森は、しかし、セルロースからなる樹木の集合体ではない。葉はナイフを折るほどに鋭利で、幹は金属の硬度と光沢。そこに住まう動物もまた銃弾を弾く鋼鉄の怪物ばかりで、人類のような炭素基生物の介入する余地はない。
頭上は青空の薄片すらもなく、陰鬱な濃霧に全天がくまなく蓋をされている。それが水分の凝結したただの霧ならどれほどましだったか。天空にわだかまる金属粉を仰ぐハルオの目は暗い。金属質の森から飛散される軽金の花粉は電磁波を乱反射させ、それが対流圏界面から成層圏を満たし、さながらチャフの効果を発揮している。地球のほぼ全域を包む白銀の霧のため、
(まるで……)
地球とは別の惑星に降り立ったかのようだ、とハルオは唇を噛んだ。こうして気密服に身を固め、ヘルメットで密閉しておかなければ呼吸さえできない。
もし、地球の全大陸が、生身のままで生きていけない異質な環境へ変容しているとしたなら、この星をゴジラから取り戻すことにどれほどの価値があるのだろうか。地球はいまや他人の星も同然なのだ。
ハルオはその思いを振り払うようにビルサルド種の広い背につづいた。
◇
暗緑の密林が地平線のかなたまで途切れることなく横たわる。林立する金属の樹木のあいだを全長10メートルに迫る金属の芋虫が縫うように這いずり回り、梢との擦過で火花を散らしながら上空より急襲した、やはり金属の翼竜に捉えられ、食い殺される。2万年前まで日本の丹沢と呼ばれていたこの森では、いまとなってはごくありふれた光景である。
丹沢山地は仏果連山、丹沢主脈、表尾根、丹沢三峰、大倉尾根、丹沢主稜、甲相国境尾根、石棚・同角山稜、大山周辺と丹沢湖周辺の雄峰、あわせて66の山がその複雑な地形を形成している。いずれの山も数十万から数千万年という星霜をかけて、複数の大陸プレートが衝突し行き場を失った大地が隆起して形成されたものであるから、かならず山脈としてほかの山々と連なっている。
だから、その山は、まず、異様であった。丹沢山地を構成するいかなる山脈からも独立した、
標高こそ300m程度しかないが、たった2万年では、地球の造山活動ではそれほどの山が新たに成立することは考えにくい。かつて6500万年前の白亜紀後期に地球を襲ったK/T隕石は、衝突後30秒でロッキー山脈とおなじ高さの山を形成したというものの、そのような宇宙的災害もなかったのである。
微細な震動。轟音が旧丹沢全域を震わせる。まるで大地と大気が恐怖におののいているかのように。
麓から翼竜たちがわれさきに飛び立ち、逃げ惑う。
動きがあった。文字通りの動きだった。
森にうずくまっていたその山が、ゆっくり、ゆっくりと、しかし天に
畳まれていた腕は、樹齢数千年の大樹を撚りあわせたかのように太く、たくましい。
質量を支える両脚は、それだけで、霊長を僭称していた人類の繁栄の象徴だった超高層ビルなみの地上高と質量がある。
背部に生え揃う巨大な柊の葉に似た物体は、電磁パルス増幅器官たる背びれ。
大きく離れた山岳地帯で、爆音。土砂や硬質金属の木々が巻き上げられる。奔騰する土煙を割って浮上したのは、東洋の伝承に語られる龍のような長い体。波打つように現れ、それは山と一体であることが
1km近い尾が大地に叩きつけられ、直下型地震のごとき動揺に、悠久の歴史を閲してきた丹沢の山脈が鳴動する。
その横顔は、太古の地上を支配していた恐竜に類似した口腔構造を有していたが、
深い淵のような穏やかな瞳には、確かな知性の輝きが宿っている。
それはまさしく顔だった。俗界を離れてこの世の真理を探究する老哲人に例えることもできる表情の頭部が、チャフの花粉に蓋をされた天空を仰ぐ。
頑丈な顎がひらく。
空気分子がイオン化するかのような
標高300m超の峯は、体高300m超の生物だった。人類から霊長の座を奪った巨神。怪獣すら殺す怪獣。現在の
人類は彼をこう呼んで恐れた。怪獣王――ゴジラ!
山塊のごときゴジラは、西へ向けて堂々たる前進を開始した。強靭な脚を踏み出すたびに地震が起きる。鬱蒼とした森林もゴジラの足首にすら届かない。弾丸も通さない重金属の木立が芝生のように踏み荒らされていく。進路上の鉄の芋虫や翼竜が悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げていく。300mの高空にある神々しい顔には、有象無象への関心など素粒子ほどもない。
まさに、王侯の行進であった。
◇
遠望する霊峰富士は、2万年の星霜を超えてなお雄大なる山容をとどめていた。フツアがナノメタルを調達している場所は富士の麓にあるという。そこは20年前、そして地球時間では2万年前、メカゴジラを建造していたプラントの位置と合致している。ビルサルドたちはますます高揚しているようだった。嬉々として急峻な渓谷を下っていく。ハルオたちは、滑落はもちろんスーツが傷つかないよう慎重に足場を探しながら進まねばならなかったが、先導するミアナとマイナはまるでふたりだけ重力係数が異なるかのように軽々と跳躍して、しばしば後ろを振り返っては――主として姉のマイナが――遅いという不満げな顔をみせるのだった。
ひらけた岩場に出る。もう富士まで10キロもない。
奇声がこだました。ガラスを針で引っかいたような金切り声が降ってくる。ハルオたちは反射的に空を振り仰ぐ。
チャフの雲を背景として、醜翼がハルオたちめがけて急降下していた。翼種目のような黒翼をひろげた翼竜が、ヘビのように長い首の先端にある顎を開く。赤い眼が獲物をみつけた喜悦から業火のように燃え盛る。
「戦闘隊形! 遮蔽物に身を隠せ」
ベルベの指令にハルオらが流れるようにしたがう。つぎの命令で部隊の小銃がいっせいに火を噴く。しかし携行火器の火力では統一射撃といえども鋼鉄の怪鳥には効果が薄い。現実的な交戦距離なら防弾衣も貫通するライフル弾が翼竜の体表で火花をむなしく散らす。悪竜は逆さの暴風雨のごとき迎撃も意に介さず、漆黒の落雷となって突撃してくる。ハルオたちが盾にしている巨岩を体当たりで粉砕する心算だ。やつならできる。
ハルオが仰角45度の視線のさきに、肉食獣のごとき邪竜の口腔に生えそろった牙の連なりまで視認できた瞬間、視界を白銀が埋めた。遅れて、突風。蟻からすれば人間が腕を振っただけでも大気の乱れは強風となる。いまのハルオらはまさに蟻だった。
そのハルオは、しかし、スーツ越しに五体を叩く烈風とて、意識にのぼるに足る資格を与えることができなかった。しかるにハルオの意識は、すでにほかの事象が指をかける空隙すらないほどに
ユウコが視点を固定させたまま尻を地へ落とす。
ハルオたちの眼前に、左右反対となったハルオたちが驚愕の顔を並べていた。それは極限まで磨きこまれた金属の表面が鏡のようになっているからだ。
ハルオたち全員を映してあまりある光輝く金属の巨塊があった。金属塊はハルオのいる岩場の左下から右上へ斜めに伸びていた。
全員の視線が上がっていき、ついには見上げるかたちとなる。
いと高き頂点では、闇色の翼竜が断末魔のうめき声を漏らし、硬質の軋り音とともに握り潰されるところだった。垂れさがる赤黒い首や翼が銀に染められていく。
白銀の救世主は、まぎれもなく金属で構成されたたくましい腕だった。指先には鉤爪。まるで、膨大な金属でゴジラを模してつくられたかのような造形に思えた。
「メカゴジラ……!」
ガルグの顔には高純度の驚喜があった。
金属の腕が水銀のように液化し、大地へと溶けていく。
「おそらく、メカゴジラは2万年経ったいまでも、ゴジラを倒せというコマンドを実行しつづけているのだろう」
ベルベが興奮をかくせない様子で推測する。さきほどの飛竜はその体組織の97パーセントがゴジラ細胞と共通の因子から成り立っている。
「やはり、メカゴジラはいまも!」
ビルサルドふたりの目が輝く。足取りも軽くなる。
「わたしたち、ここまで」ミアナがハルオに告げた。ハルオを見つめる海色の目には気遣いが見てとれた。「気を、つけて」
ミアナはマイナのあとを追って引き返し、ほとんど断崖に近い岩場を妖精のように跳ねて駆け上がっていった。
姿を消す直前、ミアナが振り返り、ハルオに手を振った。ハルオは普段どおりの渋面ながら、命の恩人でもある少女の何気ない友愛の仕草を無下にするのも忍びなく、控えめに振り返した。ミアナはマイナに引っ張られて崖の上へ消えていった。
「なによ……」一部始終を見ていたユウコはだれにも聞こえないよう呟いた。
20年前、ゴジラ抹殺を至上目的として、人類、ビルサルド、エクシフの3種族は、その全能を傾注して自律型機動戦闘兵器メカゴジラを建造した。
ゴジラもまたメカゴジラを本能的に自身の脅威と察知したらしい。完工してあとは起動するだけという状態にあったメカゴジラを破壊するため、太平洋から開発プラントのある富士山麓をめざした。
ゴジラは遠州灘から富士の裾野にある開発工場を熱線で狙撃。遠州灘と富士山麓のあいだにあった地形は高加速荷電粒子ビームの猛威によって掘削され、自然界には絶対に存在しない直線の一本道が形成された。
そのときの爪痕はいまもなお残されていた。永きにわたって風に撫でられ、丸みを帯びているものの、半身をなくしたように不自然に削られた形状の
「これは……」
眼前にひろがる光景にベルベが絶句した。ガルグも吐息したまま呆然と立ち尽くす。
ハルオも、自分の目が信じられなかった。
山麓にひしめきあうのは、直径数十メートルはある無数の球体。あいだを埋めるように林立する尖塔の偉容。
ハルオの目には、前者は地球で人類が隆盛を誇っていた時代に国家の経済活動を支える工業地帯の象徴だったコンビナートのガスタンク、後者は摩天楼のように映った。人工物であることは歴然だった。
「おまえには、この光景がなににみえる」
となりに立ったベルべが衝撃から思考を整理するように訊ねた。
「都市……か?」
ハルオが答えると、ベルべは大きく頷いた。「まさに都市だ。正確にいえば、20年前にわれわれがこの地に造成したナノメタルの開発工場。ただし、あのときとは比較にならないほど大規模化している」
「しかし」ハルオには理解できない。「だれがこんな街を? 富士裾野決戦で開発プラントはそのすべてが破壊されたはず。フツアにはこんな都市を再建する技術はないぞ」
フツアは地下で穴居を掘って生活している。技術レベルは旧石器時代なみとみてよい。彼らにとって高層建築物の建造はロストテクノロジーである。
「メカゴジラだ……」
ガルグにハルオたちは視線をそそいだ。
「ゴジラに消滅させられたと思っていたが、メカゴジラは生きていた。そして、2万年の時を耐え忍び、周囲の物質をナノメタルに変質させ、増殖を繰り返しながら、自力でプラントを再建、いや再現したのだ。この街はまさにメカゴジラそのもの。メカゴジラシティとでもいうべきだろう」
「再現……」
ハルオはあらためて都市を眺望した。ドーム様の建造物にもビルにも明滅する赤色の電灯が設置されている。航空障害灯だ。衝突を回避させなければならない航空機など存在しないいまの地球では無用のものである。まさに機械的に再現された街だった。
「この都市すべてがナノメタルですか」
アダムも目を丸くしている。工業地帯と大都市が重なりあったようなメカゴジラシティは遠景がかすんでいて、とても全容がつかめない。総質量は尋常でないものとなるだろう。体高50メートル、質量3万トンのメカゴジラを建造するのに、地球人類はビルサルドとエクシフから惜しみなく提供された科学技術と、資源・人手のあらゆるリソースをつぎこんで、5年かかった。目の前には、人類が2万年を費やしても精製できないであろう莫大なナノメタルがある。
「推定されるナノメタルの総質量は、ざっと1億2000万トン」
ガルグに一同は仰天した。
「メカゴジラはずっと戦いつづけていたのだ。われわれが宇宙へ旅立ったあとも」
ガルグがビルサルド式の敬礼をメカゴジラシティに捧げた。ベルべも倣う。
「下りてみよう」
いうが早いか、ガルグは先陣を切った。
メカゴジラシティには、各建造物を結ぶおあつらえ向きの空中通路が網の目のごとく張り巡らされていた。フツアは禁域として都市へは足を踏み入れない。2万年のあいだ無人だったはずだ。
「いつかわれらが戻る日を待っていたのだ」
先頭のガルグにつづくベルべが何度も頷きながら呟いた。
「大気の組成は、窒素78%、酸素20.9%、残りは不活性ガスと二酸化炭素。生物的、化学的汚染もない」
ヘルメット・マウンテッド・ディスプレイの情報に目を走らせたガルグが、歩きながら振り向いて、
「ヘルメットを外してもいいぞ。ここの空気はわれわれの呼吸に適した成分に調整されている。環境維持の指令も遂行しているようだ」
まず自らがスーツの密閉を解いた。ハルオたちもおそるおそるヘルメットを解除する。息苦しさは感じない。むしろ呼吸のたびに全身に活力がみなぎるようだ。アラトラム号の船内で呼吸していた、ろ過にろ過を重ねた空気とは違う。組成はおなじでも、宇宙船という閉鎖環境と、曲がりなりにも外気である解放空間との差異が、そう思わせるのだろうか。
シティ中心部にある摩天楼からビーコンが発信されているという。回廊との接合部がぶきみに口を開けている。
塔内部の中心にあたる伽藍で、ハルオたちは、きょう何度めかの驚愕に貫かれた。
崩落した瓦礫に、巨大な金属の構造物が倒れこんでいる。ハルオには最初それがなにかわからなかった。かつて怪獣出現時代以前の地球で、南米はナスカとフマナ平原の盆地に古代人が描いたとされる地上絵のごとく、あまりにもスケールが大きすぎて、全体像が把握できないためだった。
それは、金属板が幾重にも積み重なったような造形ながら、四方八方にエッジが飛び出しているさまが深海の暗闇にうごめく棘皮動物を彷彿させ、その後方へは頚部が続いていた。
まさしく、ナノメタルで形作られた巨大な頭部だった。かつて全人類が一縷の望みをかけた最後の切り札。最強の怪獣王を模した、機械のゴジラ。
「メカゴジラ!」
「やはり生き残っていた……」
ガルグとベルべがあふれでる情動のまま声を漏らした。死別したと思っていた戦友と再会したかのように
愕然とするばかりのハルオたちをよそに、ビルサルドのふたりはさっそく起動を試みた。端末からコントロールユニットへ無線接続する。
変化はすぐに起きた。機関部が始動する轟音。頭部の両目に赤い輝きが灯ったかと思うと、伽藍内部の壁の面発光の照明が息を吹き返し、暗闇を駆逐していく。ナノメタルの都市を掌握するメカゴジラが、あるじの呼びかけに応えて目覚めの凱歌をあげたのだ。
「起動成功だ」ガルグが感無量という顔となる。
「なぜ20年前には起動しなかったんだ」
ようやく展開に理解が追いついたハルオはビルサルドに質した。
人類がゴジラの猛威になすすべなく蹂躙されていた2042年、恒星間移民船2隻の建造をのぞくすべてのリソースを結集させ、対ゴジラ超重質量ナノメタル製決戦兵器:メカゴジラを建造、もってゴジラを打倒する計画「プロジェクト・メカゴジラ」が開始された。機体の竣工には5年かかると見積もられた。それまでにメカゴジラ開発プラントのある極東自治区――かつて日本という国家があった弓状列島――の富士山麓にゴジラが上陸すれば人類最後の希望は潰える。
海へ消えたゴジラを追跡することは、人類はおろかビルサルド、エクシフの進んだ科学技術でも不可能だった。つぎにゴジラが上陸地点に選ぶのは極東自治区の沿岸かもしれない。であるならば、熱線の一撃で山をも削るゴジラを、陸に、それも極東自治区から遠く離れたアフリカかユーラシア大陸西部に、5年のあいだ、釘付けにしておかねばならない。ゴジラを海に帰してはならない。
理由は不明だがゴジラは人間に深甚なる憎しみをいだいている。出現場所はロサンゼルスやパリなど人口密集地ばかりだった。人間がいればゴジラは鋭敏に察知して殺しにくる。地球連合はこの習性を利用した。北アフリカに出現したゴジラに断続的に攻撃を加え、現地で徴用した少年兵までも突撃させ、ゴジラに人間という「餌」を与えつづけた。生きている人間が付近にいるかぎりゴジラは破壊をやめない。そうしてゴジラをユーラシア大陸奥地まで誘導した。人命を代償に時間を稼ぐその作戦はオペレーション・ロングマーチと呼称された。戦死者数は3億人ともいわれている。
人間だけでなく、ガイガンやチタノザウルスといった怪獣までもが誘導に使われた。ガイガンはつねにゴジラに敗れたが、人類は回収と改造を繰り返して幾度も再戦させた。両腕をもぎとられたら鎌状の義肢を移植し、両目をえぐられたときはバイザーのような複眼をはめこみ、そうしてサイボーグ怪獣ともいうべき姿へ変わっていきながら、ガイガンは何度も何度もゴジラと戦った。そのたびに負け、また体のどこかを失い、その部分を機械に替えられて、兵たちの待つ前線に駆けつけた。そんなガイガンが兵士たちから信頼を集めないはずがなかった。死に瀕した兵は、いまわに虫の息で軍医に訊く。「ガイガンは、おれたちのガイガンは、勝ちましたか?」これに軍医はこう答える……「ああ、勝ったぞ。おれたちのガイガンが、ゴジラに勝ったんだ」すると半死半生だった兵は安心しきった笑みを浮かべて、息をひきとる。オペレーション・ロングマーチのあいだ、そんな光景が戦場から絶えたことはなかった。ガイガンもまた、ゴジラによってとうとう――あるいはようやく――引導を渡された。
それほどの犠牲を払ったプロジェクト・メカゴジラは、かならず成功しなければならないはずだった。だが、機体が完成したメカゴジラは、決戦に際して起動に失敗、ゴジラによってプラントごと喪失することになった。5年という時間、数億の人命をふくめた資源がすべて水の泡となった。鳴り物入りだったメカゴジラへの失望が今でも大きいのは当然のことだった。あのとき、こいつが起動さえしてくれていたら!
「ハルオ、それこそが、ゴジラに勝てるという証拠だ」ガルグが不敵に笑う。「ナノメタルは自律思考型の疑似生物だ。命令されれば、それを実行するために最適な手段を自ら模索する」伏したままのメカゴジラの頭部を見上げる。「おそらくメカゴジラは、20年前、この星の時間では2万年前になるか、その時点ではゴジラと戦っても勝てないと判断した。長い時間をかけて力をたくわえ、ゴジラを上回る速度で成長し続け、そうして確実に勝てるほどの差をつけるまで待つのが得策と考えたのだろう」
「じゃあ、今あっけなく起動したのは」
マーティンがこの場にいる人類種の総意を代弁した。声音には希望の響き。
「そうだ」ガルグの言葉は確信に満ちていた。「2万年ものあいだひたすら成長を続けていたメカゴジラが、機は熟したと判断したのだ。だから起動した」
一同を睥睨する。
「よって、われらはゴジラに勝てる」
ガルグの力強い宣言に、アダムをはじめ、地球降下部隊は歓声を爆発させた。歓呼の声が伽藍に反響する。
ハルオだけは、険しい顔のまま白銀の巨塊をみつめていた。
昆虫の複眼のような眼、上下ではなく左右に稼動する口吻など、ゴジラよりもさらに異形とさえ映る姿であるがゆえのいいしれぬ不安を、メカゴジラの偉容に感じ取ったからかもしれない。
◇
「先の戦闘で、サカキ大尉の対ゴジラ戦術が有効であることが証明された」
摩天楼の広大な一室を臨時の前線指揮所としたベルべが口火を切った。ナノメタルは指示式を与えればどのような姿、機能にも変形できる。人類が地球を去った当時と同等の性能を有するコンピュータと、外部の映像を表示する大型モニター、制御卓が室を席巻している。ナノメタルはナノマシンの集合体だ。個体数が多ければ多いほど演算能力と発電量は指数関数的に増大する。1億トン以上ものナノメタルが発電するシティの電力は核融合炉すら及びもつかない。その大電力はチャフの雲を貫通して軌道上のアラトラム号との交信を可能とする。またメカゴジラは数分足らずで6面を冷たい金属で囲まれたただの空間を先端技術で武装した司令部に変貌させた。ナノメタルの力に地球人たちはただただ舌を巻いた。
「われわれが撃破したゴジラは体高50メートル。対して、やつは推定で体高300メートル強。単純計算で質量は6の3乗倍。発電量もそれに比例して増大しているはずだ。テラワット級にすら達しているとみるべきだろう。しかし、スケールこそ違うが、全身の体細胞から強力な電磁気を発生させ、電磁メタマテリアルによる非対称性透過シールドを展開するなど、その本質となる能力と習性は同一と推定できる」
つまり、体格が巨大になっただけと換言することもできる。ならば、
「戦術の基幹は今回もそのまま流用できる。しかも、このメカゴジラシティをつかった、より大規模な作戦が展開可能だ」
ナノメタルは分子構造レベルで自由自在に変化する。水銀のように液体状になることも、極めて高い靭性と硬度を兼ね備えた堅牢無比な固体にもなれる。
「メカゴジラシティを対ゴジラ用の要塞へとトランスフォームさせ、やつを迎え撃つ。概要はこうだ……」
ガルグが立体光学映像を投影する。
「ゴジラをこのシティへ誘導し、おあつらえ向きの封鎖域に拘束したのち、超高出力電磁加速砲を主力とした極小面積への集中砲火を高精度トラッキングで実施、シールドにノイズを意図的に発生させる。ノイズ周期に同調させた射撃システムで、平均1/10000秒のノイズ持続時間内にゴジラの生体内増幅器官、つまり背びれを破壊し、シールドを無効化した直後、EMPハープーンをゴジラ体内深部へ撃ち込む。やつの体内電流をオーバーロードさせ、自爆を誘発する」
つまり、こういうことである。かつて地球ではゴジラ以前にも多数の怪獣が出現していた。既知の生態系に当てはまらない巨体と凶暴な性質をあわせもつ巨大生物「怪獣」に、人類は直接的にも間接的にも少なくない被害を強いられたが、本質的には、彼らも動物の一種であることには変わりなかった。脳のある頭部を破壊されたり、大量に出血したりすれば生命活動を維持できなくなって絶命する。たしかにいずれも外皮硬度は既存の生物が比肩するものとてないほどの頑強さを誇ったものの、最初の怪獣といわれるカマキラスは米空軍の地中貫通型爆弾バンカーバスターで撃滅されているし、シドニーに出現したダガーラはオーストラリア軍の猛攻に破れている。2024年には、北朝鮮を壊滅させて韓国ソウルに接近していた、巨大なセイウチのような爬虫類怪獣マグマに対して、米軍が戦術核を使用し、撃退した。
怪獣は恐るべき敵だが、軍備をととのえ、人口密集地に侵入される前に発見し、しかるべき火力を投入すれば駆除できる。世界各国が手と手を取り合い、一丸となって適切に対処すれば、人類は怪獣との戦いという試練を乗り越えることができる。そんな確信がまだあったのだ。
2030年、アメリカ西海岸に、「やつ」が現れるまでは。
真の絶望。人類の天敵。黙示録の獣。
その名は“
怪獣王。
当時、怪獣用に改良されたバンカーバスターは、厚さ60メートルのコンクリートさえ突破する貫通力を誇っていた。その直撃を受けたゴジラは、一滴の血すら流さなかった。
250キロトン級の核弾頭150発による集中攻撃すら、ゴジラを倒すにはまるで力及ばなかった。
水爆の生む超々熱量は物質そのものをプラズマ化させる。核融合の焔を浴びて原型をとどめていられる物質などこの世に存在しない。だがゴジラは耐えた。いかにゴジラが超高温耐性と超硬度の表皮で装甲されていたとしても物理的に説明がつかない。
この異常ともいえるゴジラの圧倒的な防御力の要こそ、非対称性シールドである。
まず、ゴジラは直立歩行型の恐竜のようにみえるが、その実態は金属成分を大量にふくむ植物であることが判明している。よって体内に骨格や内臓はない。金属質に進化した植物からなる筋繊維の集合体が動物のようにふるまっているだけである。そのため動物と異なり、各部位で体組織の細胞に差異はない。人間なら脳は脳、目は目、心臓は心臓と、細胞はそれぞれの器官で分化し、おのおのの役割を果たす。だから目は目の働きしかできず、欠損すれば他の細胞で再生させたり機能を補完することはできない。
ゴジラは頭部から尾の先端まで内部構造が等しく均質であり、ほとんど単一の細胞だけで巨体を成立させている。ゴジラは全身が脳であり、目であり、心臓である。いうなれば未分化細胞のかたまりなので、もし攻撃を受けて損傷を負っても、ほかの部位から体細胞をすみやかに融通させることができる。だから傷ついてもその場で瞬時に再生できるのだ。ゴジラの尋常でない耐久力は、ただでさえ強固な泡状表皮が、猛烈な再生能力により、傷を負ったそばから鱗のように重なりながら体表に新たにつくられていくことに由来すると、ゴジラ研究の第一人者ヴィルヘルム・キルヒナー博士が結論づけ、これは長いあいだ不動の基礎理論として信じられてきた。
ところがアラトラム号の20年にわたる旅のなかで、両親の仇たるゴジラの打倒に執念を燃やすハルオが再解析を試みた結果、新たな事実が導きだされた。ゴジラは金属に酷似した体細胞から電磁波を発生させる。ゴジラは自分の全身を強力な電磁石として機能させ、背びれで増幅することにより、桁外れの電磁パルスを任意に生んでいる。これが電磁メタマテリアルによる非対称性透過シールドを展開させているものと推測される。
非対称性透過シールドは、その発生領域において、赤外線などの電磁波はおろか、砲弾やミサイルといった実体質量兵器をふくむあらゆる物理攻撃を遮断する。いわばバリアである。
この結界は事実として熱核攻撃からすらゴジラを守ることに成功しているが、ひとつの疑問が浮上する。ゴジラの体細胞には高速で増殖する機能、つまり損傷を即座に修復する能力が備わっている。シールドで攻撃を完璧に防ぐことができるなら、なぜこのような過剰ともいえる再生能力までが必要なのか?
結論としては、鉄壁の非対称性透過シールドも決して無敵ではないからである。
ゴジラのシールドは、一定の周期ごとに1/10000秒間だけ消失する。電磁メタマテリアルは超高出力の電磁パルスから発生されている。パルスメカニズム、つまり心臓の鼓動のように、電位が発生しているときと発生していないときとが、周期的に繰り返されているのである。その原理上、シールドの出力がほとんどなきに等しいほどに弱まる瞬間……ノイズの存在は、さしものゴジラといえど解決できていない可能性が大きい。このノイズは人間には知覚できないほんの一瞬にすぎないが、熱核攻撃に代表される持続的な熱放射は遮断しきれないため、細胞再生能力で防御システムを補う必要があるのだ。
また、過去の戦闘データ――地球で人類が国家を形成していたころ、持てる戦力を総動員してゴジラに立ち向かっては全滅させられた犠牲の積み重ね――から、ゴジラのシールドは、受けた攻撃面の集弾面積が小さくなるほど、かつ攻撃面あたりのエネルギー量が増えるほど、ノイズはより発生しやすくなり、しかもノイズ持続時間は長くなる傾向にあると考察できた。
ようするに、なるべく狭い範囲に大火力を一点集中させれば、無敵に思えるゴジラのシールドにつけ入る隙をつくってやることが可能となるのである。
これらの事実から、シールドノイズの発生条件を人為的に満たし、任意のタイミングで発生させた「本命の攻撃を叩き込むのに現実的な長さの時間の」ノイズを足がかりとして、シールド生成の鍵をにぎる電磁パルス増幅器官である背びれを破壊すれば、シールドは無効化されるため、ゴジラ殲滅への突破口を見出だせるというわけだ。
この解析を立脚点としてハルオ自身が考案した戦術は図に当たった。ビルサルドのコンピュータにより同期された火力は、コンマ1秒の狂いもなく、直径25cm以内という極小面積に火力を集中させ、比較的長い時間のシールドノイズをつくりだし、その瞬間を見定めてゴジラの背びれを破壊。シールドを展開できなくなったゴジラにEMPプローブ・スピアを打ち込んで体内電流を狂わせた。結果、ゴジラの肉体は、山をも削る熱線を連発できるほどの莫大な自分自身の電力の暴走に耐えきれず、内側から無惨に爆発四散した。
そのゴジラは20年前に人類が地球を捨てたときとおなじ、体高50mであったが、殲滅の直後に出現した、体高300m超のゴジラ――人類を絶滅の危機に陥れた個体が2万年のときをかけて成長した姿――に部隊は壊滅させられ、現在にいたる。
生物の常識をはるかに超えた超巨大な
すなわち、ゴジラを落とし穴に落とし、動きを封じ、撃って撃って撃ちまくり、シールドにノイズが生じた瞬間に背びれを吹き飛ばす。
「メカゴジラシティはこちらのコマンドによりどんな兵器も、質量のかぎりいくらでも生成できる」
ベルべの指示によりマップテーブルの立体映像が変化。直径14kmにおよぶメカゴジラシティのいたるところに、おびただしい数の砲門が現れる。電磁加速投射砲、いわゆるレールガンである。メカゴジラシティの大電力なら巨大戦艦の艦砲さえ子供の爆竹に思えるほどの砲口初速を叩き出せる。それが目標へまったく同時に着弾するよう計算して統一射撃されるのだ。集中する攻撃エネルギー量は一瞬ではあるが核攻撃にすら匹敵しよう。言い換えれば、直径25㎝の範囲のみとはいえ、水爆なみのエネルギー量を発生させられるのだ。
「シールドノイズの発生条件を満たすオーダーとしては、まずクリアしていると言える」
ハルオも賛意を示す。戦意はもちろんあったが、軌道上で待機しているアラトラム号に増援を要請したとしても、現有の戦力ではとても足りないと案じていたのだ。
「しかし、封鎖域への誘導はどうします。ホバーバイクも多脚戦車も全滅していますし」
アダムが口を挟んだ。大きな問題だった。メカゴジラシティの火力を発揮できる都合のよい場所に落とし穴を作らねばならないが、ゴジラをちょうどそこへ誘い込まないことには話がはじまらない。前回の戦闘では空中機動を得意とするホバーバイクと、高い不整地踏破能力を有する多脚戦車が、その任を担っていた。
「問題はない。もっといいものがある」
ガルグがユウコの乗ってきたパワードスーツを指さす。
「あれをベースにして、飛行能力と耐熱、対放射線、対衝撃の重装甲、ならびに重武装をあわせもつ有人型高機動兵器の開発をメカゴジラに命じてある。パワードスーツのスペースチタニウムよりはるかに剛性に優れ、電磁波遮蔽も強化されている。ナノメタル製だから機体そのものが発電する。飛行能力は加速、最高速度、旋回半径、上昇速度、実用上昇高度、すべてにおいてホバーをはるかに上回り、武装は電磁加速砲のみだが、弾頭重量15kgの硬化ナノメタルを砲口初速マッハ7で射出する。その運動エネルギーは理論上、42.483メガジュール。これを1分間に10発のペースで発射できる。ゴジラの注意を惹くには十分すぎるスペックだろう」
地球人たちは目を丸くした。かつての地球のいわゆる先進国が採用していた主力戦車の主砲たる120mm滑空砲で、砲弾の運動エネルギーは6.2メガジュール。戦車砲の6.8倍の砲撃を、6秒に1発、しかも空を飛びながら行なえる。
「あと24時間もすれば20機は用意できる」
「20機も!」
アダムがそれきり絶句する。20機あればこの場にいる生存者の過半数に行き渡る。ホバーバイクはもともと不整地移動用で、多脚戦車は土木作業用の重機だ。どちらも生粋の兵器ではない。それを改造して転用していたのだ。
だがヴァルチャーは純粋な機動兵器であり、戦闘機であり爆撃機でもある。戦力としては申し分ない。
これならあの山のように巨大なゴジラとも渡り合える。決勝の信念が地球人たちに拡がった。
ハルオの脳裏に、ふと黒い影が差した。ヴァルチャーもメカゴジラもあまりに強力な兵器だ。そのシステムの根幹はビルサルドの技術で成り立っている。もし、ゴジラとの戦いに勝利したとして、このナノメタルの実権をだれが握るのか。ビルサルドがその気になれば、地球人もエクシフもメカゴジラの力で根絶し、地球を我が物とすることなどたやすいことではないのか。ゴジラとメカゴジラ、勝ったほうが人類の敵になるだけなのではないか……。
ハルオがそんな思いに心を囚われたときである。
「そして、ゴジラ打倒のあかつきには」ガルグが喜悦のまま続けた。「メカゴジラはその役目を地球のテラフォーミングへとシフトさせ、われらヒト型種族が霊長の座に返り咲く」
「テラフォーミングだと!」
ハルオが声をあげた。
「どういうことだ、ガルグ」
「そのままの意味だ。メカゴジラシティのナノメタルをすべて解放する。ナノメタルはゴジラ細胞の森や地球の地殻を取り込んで増殖し、ゴジラに侵食されたこの地球を覆い、ふたたびわれわれヒト型種族の生存を可能とする星へとつくり替える。そのときはじめて、われらは地球をゴジラから奪還できるのだ」
「待て。それでは、地球の支配者がゴジラからメカゴジラにとって変わるだけだ」
「なにが問題なのだ?」
ハルオにガルグが理解不能という顔になる。
「人類はゴジラに地球を奪われた。今度はナノメタルという叡智の力でゴジラから地球を奪いかえす。それこそがきみの望みだったはずだ」
「ナノメタルで地球を改造するなど、それでは本当の意味での勝利にならない。陸も海も、山も川も、すべてがナノメタルでおおいつくされるのだろう?」
「そうだ。まさに理想郷ではないか」
ベルべが当然のことのように言った。
「自然とは支配し、制御するものだ。きみたちが地球で暮らしていたころ、たとえ怪獣がいなくとも、地震やハリケーン、火山の噴火、津波、
ベルべは偉大な計画を読み上げるように堂々と語った。
「ナノメタルによる地球改造は、われわれにも、もちろんきみたち人類にとっても、最適な居住空間を約束する。地震もハリケーンも火山噴火も津波も飛蝗もない、気象さえコントロールできる理想の世界だ。そこでは自然災害に苦しむものなどいない。ゴジラのみならず、地球を屈服させてこそ、われらは真の意味で勝利を手にすることができる。ゴジラを産んだ地球という自然もまた、われらを脅かし、繁栄をさまたげる怪獣なのだ。怪獣は倒さねばならん。ハルオ、ともにゴジラを憎んだおまえなら、わかってくれるだろう?」
ハルオたちはなにも反論できなかった。ビルサルドは、もともとブラックホールの衛星軌道上の惑星を故郷とする、想像を絶する過酷な環境で生き抜いてきた。彼らの母星はナノメタルによってすべてを管理下においた機械の惑星だった。ブラックホールの軌道上という、地球からすれば地獄のような星で生きねばならなかったビルサルドにとって、自然とは、つねに自分たちを滅ぼそうと舌なめずりして画策している敵でしかなかった。ここからは地球人のように自然と共存するなどという発想は生まれようがない。食料生産ひとつをとっても、冬季や乾季は作物が育たない、ならば季節の変動をも制御して、一年を通して農作物が収穫できるようにしたほうが合理的である、という考え方をするのが、ビルサルドだった。
ハルオは、ビルサルドとの断絶を痛感していた。外見こそ地球人と大差ないが、ビルサルドは、れっきとした異星人なのだ。ビルサルドに悪意はない。むしろハルオたち地球人のためを思えばこそ、地球を海も山も緑も季節もない鋼鉄の星に変えてしまおうとしている。純粋な善意。それがなおのこと恐ろしかった。
「彼らの主張にも、一理ある」
沈黙を破ったのはマーティンだった。
「なにをいっているんだ」
「考えてもみてくれ、サカキ大尉」マーティンはハルオに説諭した。「首尾よくゴジラを倒せたとして、それですべてが終わるわけじゃない。この星をふたたびぼくらの住める環境に戻す必要がある。宇宙服と酸素モジュールなしではおちおち外も歩けない星を母星とはいえないからね」
母星とはいえない。その言葉にハルオははっとした。地球に降り立ったときからつねに心のどこかで感じていたことだった。太陽系第3惑星であると頭では理解していても、実感として、ここが母なる地球であることが心底からは信じられずにいた。
「ゴジラを殲滅したあと、おそらく地球の環境は元に戻る方向に舵を切るとは思う。だが元通りの緑あふれる美しい星になるにはそれこそ2万年、いや、もっとかかるかもしれない。この都市から出ることなくそれをじっと待ち続けることも、選択肢のひとつではあるだろう」
しかし、とマーティンは続けた。
「まったくの異星も同然となってしまったなら、いっそのこと、この星を異星と割りきってナノメタルでテラフォーミングしてしまうというのも、おなじくらい価値のある選択肢だとぼくは思う。まあ実際には、フツアの人たちの領域には手を出さないとか、いろいろ調整しなければならないことはあるだろうけどね。いずれにせよゴジラを倒しただけでは、生存圏の確保というぼくらの最終目標は叶えられない。ゴジラの先も見なければ」
そのときである。
「たいへんだ。ナノメタルが暴走してる!」
地球人の数人が慌てた様子で駆け込んできた。
「ビルサルドが10人、ナノメタルに食われた!」
「落ち着け。彼らは自ら志願してメカゴジラシティと一体化したのだ」
ガルグはこともなげに言ってのけた。
「外部からメカゴジラに指令を与えていたのではあらゆる意味でロスが多い。だがメカゴジラと同化すれば格段に速く、より正確なコマンドとフィードバックを可能にできる」
わかりきったことを再確認しているかのような語り口にハルオは戦慄を覚えた。キーボードを叩くのがまどろっこしいからといってコンピュータと自らを合体させるなど、正気とは思えなかった。
「メカゴジラと同化したビルサルドはどうなったんだ」
「肉体を捨て、ナノメタルの体となってメカゴジラと溶け合っているが、自我と思考能力は維持されている。つまり彼らは生きている」
「自分の体をナノメタル化するだと。メカゴジラの一部になっただと」
「そうだ。炭素をベースとしたこの肉体はあまりに脆弱だ。きみやわたしたちの肉体が、1000度以上の高温に耐えられるか? 大量の放射線に耐えられるか? 自分の体重の90倍ものGに耐えられるか? 何年もの絶食に耐えられるか? ナノメタルならそれらはなんの苦にもならん。どちらが優れた肉体か、考えるまでもあるまい。これからさきは激戦が予想される。当然の選択だ」
「だが、この肉体を捨てて、メカゴジラとおなじナノメタルの体になってしまったら、もうおれたちは人じゃない。たとえゴジラに勝ったとしてもそれは勝利とはいえない。おまえたちはゴジラを倒して、新たなゴジラとして地球に君臨したいのか」
「ゴジラを地球の支配者と呼ぶなら、われらヒト型種族こそがゴジラとならねばならん。それこそがきみの宿願だろう、ハルオ」ガルグにはむしろ当惑があった。「なにをしてでもゴジラに勝ちたいのではなかったのか」
「ゴジラに勝つためにゴジラを超える怪獣になっては意味がない。おれたちは、人としてゴジラに勝つべきだ」
「手段と目的を取り違えてはいけない。最強の怪獣ゴジラから地球を取り戻す、そのためにはわれわれも全滅必至の犠牲を覚悟せねばならん。しかし、ナノメタルとなれば、この場にいる全員が、ゴジラのいない地球をみることができるかもしれん。より合理的な代案があるなら教えてほしいくらいだ」
「だが……それは人を捨てるということだ」
「それが進化だ。きみたち地球人も最初からヒトだったわけではあるまい。最初は単細胞生物だった。それが多細胞生物になり、
舌鋒鋭い反論にハルオは言葉を失った。合理主義をもって鳴るビルサルドの権化ともいうべき主張である。ガルグの隣に立つベルべも、これ以上に理にかなった考えがあるだろうかという顔でハルオたちをみつめている。おそらくビルサルドのだれに訊いてもガルグとおなじ答えを返すだろう。
「わたしも、ビルサルドに賛成です」
沈黙を破ったのはユウコだった。
「メカゴジラシティといえども、それだけでゴジラを倒せるかどうか。負ければすべてを失います。でも、恐竜が鳥に姿を変えて生き延びたように、必要なら肉体をナノメタル化する道だってあると思うんです。ナノメタルになったからといってそれで死ぬわけじゃないんですから。わたしたちは、これまでの戦闘で命を落とした仲間のみんな、いいえ、20年前、わたしたちにすべてを託して地球に残ったすべての人類のために、打てる手はすべて打って、使えるものはすべて使って、勝利をつかむために全力をつくすべきです」
あとは水を打ったように静まり返った。ナノメタル推進派と反対派で彼らは二分されようとしていた。
出し抜けに警報が響きわたった。インターフェースが警告を表示する。
「どうした?」
ハルオはコンソールを操作するガルグに質した。ビルサルドの掘りの深い顔には懸念の色。
「ゴジラがここへ一直線に向かっている」
皆がざわついた。
「シティ周辺には光学遮断フィールドが展開され、一種の熱光学迷彩の役割を果たしている。だからこそ2万年のあいだゴジラにも存在を気取られなかった。なぜいまごろになって」
「いまはそれよりも、事態の対処がさきだ」
ハルオはベルべを遮って、
「ここへの到達予想時刻は?」
指揮官の顔となってガルグに訊ねた。
「いまの速度と針路を維持すれば、およそ68分というところだ」
1時間であの破壊の神とふたたび対峙することになる。生存者の面々に生々しい恐怖が伝染していく。
「それまでにヴァルチャーはどれほど用意できる?」
「慣熟とはいかないまでも多少の訓練は必要だ。それも考慮に入れて逆算すれば、生産が間に合うのは3機」
「3機……」
ハルオは悔しそうに繰り返した。単騎の戦闘力が絶大とはいえいかにも心もとない数に思える。
「誘導だけなら問題ない。ヴァルチャー1機でホバー300機の働きを上回る。3機あれば相互支援も可能だ。むしろ足りないのはパイロットだ」
ガルグがハルオに目を動かして言った。
「わたしはここでシティを統轄せねばならん。メカゴジラのソースコードはわれらビルサルドの母語だからな。1機はベルべが乗るとして、あと2機はだれが搭乗するか」
地球人たちは顔を見合わせた。誘導はゴジラに肉薄する極めて危険な任務だ。50メートル級のゴジラ相手でも多数の犠牲者が出ている。まして見たこともない兵器に命を預けるとなれば、躊躇が生まれて当然だった。
「おれが行こう」
ハルオがガルグとの距離を詰めた。
「なにを言っている、指揮官が前線に出るなど」
「いまのいさかいで皆が動揺している」
ハルオはガルグに耳打ちした。
「指揮官のおれとビルサルドとのあいだに不和が生じていると思われては結束は望めない。そんな状態でゴジラと戦うなど不可能だ。ここは、おれがおまえたちのつくったヴァルチャーに率先して搭乗することで、ビルサルドに信頼を置いていると示さなければならない。そうすれば彼らもついてくる。グズグズしている時間はない」
ガルグがその言葉を吟味し、やがて、
「感謝する」
実直な呟きを漏らした。
「あの」ユウコが声をあげた。「わたしも行きます」
ハルオは雷速で振り返った。まさかユウコが最後のひとりに名乗りをあげるとは思っていなかった。
「ヴァルチャーはパワードスーツをもとに設計されています。なら、わたしが適任です」
ユウコのパワードスーツを操縦する腕は群を抜いている。ハルオよりも上だ。
「決まったな。ゴジラが到達するまでには要塞化は完了する。3人にはさっそくヴァルチャーの試験飛行ならびに即席だが訓練を頼む。いまのうちに感覚をつかんでおけ」
まずビルサルドの軍事教官であるベルべが試験飛行で性能を確かめる。そののちハルオとユウコを訓練する。
「またおまえの教え子になるとはな」
「特急で身につけてもらうぞ。覚悟しておけ」
ハルオにベルべは不敵な笑みで応じた。教官と教え子のあいだでは、それは互いが親愛と友宜で固く結ばれていることの証だった。
「ユウコ、よかったのか」
ハルオはユウコに向き直った。
「だれかがやらなきゃいけないことですから」
幼馴染みでもあるユウコは、軍人の娘らしい毅然とした態度を崩さないままだったが、ふと、ハルオから視線を外した。
「それに、少しでも先輩のそばにいたかったから……」
ハルオは戸惑いをすぐに隠して、踵を返す。ガルグと頷きあう。
「ナノメタルに関する話はゴジラとの決着がついてからだ。いまは、おまえたちの力を信じる。メカゴジラの力を」
指揮官としてハルオは同胞たちを眺めた。
「いまから1時間後、おれたちは否も応もなく、あのゴジラと戦うことになる。間違いなく人類史上最強の敵だ。何十億という人間がやつによって命を奪われた。この星もだ。まずはゴジラを殲滅しなければどのような神算鬼謀も画餅に帰す。ゴジラあるかぎりおれたちに明日はない。やつは力でおれたちから地球を奪った。力で支配するものは力によって倒されることを思い知らせてやる」間を置いて、ひときわ大きく声を張り上げる。「地球はだれのものだ。ゴジラか!」
「ふざけるな、おれたちだ。地球はおれたちのふるさとだ!」
ハルオに地球人たちが腹腔からの怒号を放つ。
「そのとおりだ。ならばおれたちは証明してみせよう。おれたちは奴隷ではない。家畜でもない。おれたちは人間だ。自由な一個の魂だ。その自由を力で奪うとき、どのような代償を払うことになるかを驕れるゴジラに教えるのだ。おれたちはけっして地球をあきらめないことを。おれたちは、けっして、おまえには膝を折らないということを!」
地球人たちの背筋が伸び、顔がひきしまっていく。恐れは霧散していた。
「おれたちはこの星で生まれた。ならば死ぬのもこの星だ。おれたちが命をかけるに値する星は、地球以外に存在しない!」
ハルオの言葉が生存者たちに炎を灯す。
「この戦いで、すべてが終わる。もし、この一見勝ち目のない戦いに勝利することができたなら、人類は永久に今日という日を忘れないだろう。人類が真にこの星で生きていく権利を勝ち取り、守り通した日として刻まれる。おれたちが、ゴジラを倒し、そして、おれたちが歴史をつくる!」
力強い宣言に、アダムが鬨の声をあげた。それを皮切りに快哉が波のように拡がった。司令部は興奮のるつぼとなった。
ハルオはただちにユウコやベルべとともに塔の外へ向かった。まずベルべがヴァルチャーに乗り込んで空へ飛び立つ。ヴァルチャーはもう小さな点となっている。
性能の限界を知るための曲芸飛行ではハルオもユウコも目を瞠った。重力を感じさせない奇抜な運動性能。亜音速で直進していたかと思えば、一瞬にして慣性もなく正反対の方向へ同等の速力で転進する。上昇の加速度も下降のそれと変わらない。むろん、頑強なビルサルドだからこそ可能な機動であり、地球人のふたりではせいぜい9G機動が限界だが、ヴァルチャーの驚くべき諸元は確認できた。
(ヴァルチャーの性能は)
はるかに人間の限界を超えている、とハルオは思った。つまり人間の物理的脆弱性のためにヴァルチャーは本来のスペックを発揮できないともいえる。ナノメタルでつくられた、いわば「人間大のメカゴジラ」たるヴァルチャーでもっとも弱い部品はほかならぬパイロットだ。ビルサルドなら生身でもすさまじい機動ができる。地球人類がビルサルドの頑健さに追いつくにはナノメタル化しかない。
(もし……)
パイロットがナノメタルの体なら、そのときこそヴァルチャーはなんらの制約なく大空を縦横無尽に駆け回り、第2宇宙速度すらも易々と突破せしめるだろう。
ヒトの肉体に拘泥するべきなのか、自身をナノメタルとするべきなのか、巨翼をひろげて着陸しようとしているベルべのヴァルチャーを前に、ハルオは暗憺たる心持ちになった。
続いてハルオとユウコがそれぞれのヴァルチャーを試す。強大なGにハルオは思わずうめいた。鍛えられた腹筋で下肢から上半身へ血液を強引に送り返さねば瞬時に気絶してしまう。だがパイロットの操縦意図をすばやく解釈する演算機能はハルオに自由自在な翼を与えた。ホバリングも急停止も急上昇も思いのままだ。
パワードスーツに熟達しているユウコはヴァルチャーの扱いも呑み込みが早く、すぐさま実戦的な空中機動を自らのものとした。
「この短時間でここまでできれば、及第点だ」
人間がエラを失ったように、社交辞令の概念を進化の過程で切り捨てたかのようなビルサルドの教官は、ふたりの技量をそう評した。
あらためて司令部で作戦を確認する。地形から封鎖域はシティの南西部に設定された。高低差500メートルの陥穽だ。ヴァルチャーによってゴジラを封鎖域に誘導したのち地面を定置爆破。落とし穴へ引きずり落とす。
そこへすかさず液化ナノメタルを急速注入する。膝あたりまでナノメタルで満たして硬化させれば30秒は身動きがとれなくなる。
ほぼ静的目標となったゴジラへ、メカゴジラシティが総力をあげて統一射撃を敢行する。ゴジラはシールドで防御しようとするだろう。ノイズの瞬間を見計らって背びれを攻撃し、シールドを無力化させる。
仕上げは300メートルのゴジラに合わせたEMPハープーンだ。体内へ直接叩き込まれるEMPがゴジラの電流を暴走させるのだ。
司令部の戦術コンピュータが警報を発令。メインモニターにシティ東部を眺望する映像が出される。
深い森が敷き詰められた大地と空の境目から、微細な黒い芥子粒のようなものが舞い上がって散っていく。幾度となくハルオたちを襲ってきた翼竜たちだと全員が気づいた直後、それは姿を現した。
絶望色の山が進んできていた。
がっしりした体躯は、直立歩行をするそのフォルムこそ先史時代の大型爬虫類に類似しているが、あまりにも巨大にすぎる。距離から縮尺を計算すると体高300ないし320メートルと算出された。歩くだけでも天災なみに地形を変えてしまう巨体と大質量だった。頂きにそびえる頭部は年老いた竜のようでもあり、顔からはむしろ温和な印象さえ受ける。
王が立ち止まり、こちらを、メカゴジラシティをにらみつけたかと思うと、満身の力をみなぎらせて、牙状に縁どられた口を大きく開く。
集音機能がないにもかかわらず、地球人にせよ、ビルサルドにせよ、司令部に詰めていた者たち全員の耳に、あのおぞましい声がよみがえった。
あの咆哮が。
あの恐怖の音色が。
人類が栄々と築き上げてきた大都市をまばたきのあいだに月か火星のような荒野に変え、からくも生き残った人々が瓦礫や死体とともに遠く聞いた、あの忌々しい波長が。
人類に地球を捨てさせた怨敵にして、同時期に出現したほかのあらゆる怪獣たちでさえ歯が立たなかった、生きて歩くカタストロフ。
ゴジラが、ほんの十数キロのところまで迫ってきていた。
だがハルオたちに怯懦の色はない。ハルオだけでなく、降下部隊の30人、ビルサルドたち、いずれもが、腕を組み、仁王立ちで、宿敵を待ち構える。
「来い、ゴジラ!」
ハルオの宣戦布告に応じるかのように、ゴジラの背びれに紫電が走る。青白い光輝が増していく。正対しているハルオたちからは、まるでゴジラが光輪を背負っているかのように映った。
空間電位の急上昇に反応したメカゴジラのAIが、ナノメタル粒子を散布、シティとゴジラのあいだに霧のように展開する。
後光の差していたゴジラ自身が球状の輝きに包まれる。青みを帯びたその電光はゴジラの顔正面に集中。
「来るぞ!」
ガルグが怒鳴ったのと、画面が白く塗りつぶされたのは、ほぼ同時だった。
ゴジラが発射したまばゆい光条は、通過する大気さえもプラズマ化させながら亜光速で森上空を駆け抜ける。
しかし1本だった熱線はシティ直前で幾条にも分散。不可視の壁に阻まれたように扇状に広がり、無関係な山々を超運動エネルギーと高熱で削って崩落させたにすぎなかった。
運動エネルギーは速度の2乗に比例する。質量のある物体が光速で動くと無限大の運動エネルギーを得られるが、光速に到達するまでに無限大の動力と時間を要するので、現実には存在しない。
しかし、電子や陽子など、極微の質量をもつ粒子を亜光速まで加速させることは可能で、それはすさまじい破壊の力となる。要求される電力量は最低でも10ギガワット。
ゴジラは大規模核融合炉数十基と同等、またはそれ以上の莫大な電力により、電気を帯びた粒子である荷電粒子を亜光速で射出し、大量破壊兵器として使用する。一見すると光線のようだが、実際は砲弾とおなじく実体のある質量兵器といったほうが正しい。
その破壊力は、いくつにも分割された流れ弾でさえ山を砕いたことからもわかるとおり、強力無比。
周囲には戦争級の大被害。だがメカゴジラシティは全域にわたって無傷だった。ゴジラが訝しげに目を細める。少なくともハルオにはそう見えた。
ナノメタル粒子散布型熱エネルギー緩衝層は、ナノメタルの微粒子で赤外線を拡散させ、砂山に銃弾を撃ち込んだときのように実体質量弾の運動エネルギーさえ奪う。ディフェンス・ネオバリヤーの異名をとるナノメタルの障壁がゴジラの熱線を弾いたのだ。
揺るがぬハルオの背中をみて、地球人の同胞たちも確信をいだいた。ゴジラの象徴ともいえる必殺の熱線を防いだ。メカゴジラは、本当にゴジラに勝てる!
「作戦を開始する。ガルグはメカゴジラとナノメタルプールの運用を。おれとベルべ、タニ曹長はヴァルチャーでやつを誘導する」
「了解。いそげよ!」ガルグの厳めしい顔には笑み。
「ぼくらはここで呑気に観戦かい?」
マーティンが肩をすくめた。
「いまこの地球上で、いちばん安全なのはここだ」
ハルオが言うと、マーティンやアダムらは一様に敬礼した。
「サカキ大尉、武運を祈る」
「ああ。ゴジラのいない世界で会おう」
ハルオも答礼する。
3人は3騎の天翔る騎士となり、双肩に人類の未来を乗せて羽ばたく。視界いっぱいに拡がる曇天と森林、そしてゴジラ。俯瞰してもなお常識はずれの巨大さだ。これほど大きいと、生物ではなく、地形としてしか認識できない。
だが、ハルオの戦意は微塵も衰えなかった。亡き両親の顔が脳裏に浮かぶ。
「お前だけには、絶対負けない!」
編隊を組んだ3騎は飛燕の速度で接近。
「挨拶がわりだ!」
ハルオの号令一下、電磁投射砲の砲口を向ける。電力投入。絶大なローレンツ力がナノメタルの弾体を前へ導く。
レールガンが爆音の絶叫で砲弾を送り出す。音速の7倍という極超音速で砲口から飛び出した砲弾は、プラズマの焔を曳きながらゴジラに殺到。
3発の弾丸が筋肉の塊のような胸板に着弾。砕けて火花を散らす。
ゴジラの顔にはなんらの痛痒もない。200キロ先の要塞すら粉砕できる運動エネルギーも、巨神の積層泡状表皮と、その直下にある非対称性透過シールドの二段構えの盾は貫けない。文字どおり
3騎は揃って右に旋回。ゴジラの老成した瞳もそちらに動く。
「さあ、こっちだゴジラ!」
背後からの熱線を警戒しつつ、ハルオらは封鎖域のある方角へ逃れる。
ゴジラが鋼鉄の天使たちを見送る。
首を戻し、前進を再開させる。
「くそ。もう一度だ!」
ベルべにハルオが応と答え、ユウコも翼を翻してゴジラに再接近。マッハ7の砲撃を左のこめかみに当たる部分に集中させる。
整然と並ぶ背びれが青白い光をまとう。その周囲で紫電が百万の蛇となって跳ね回る。ハルオは叫ぶ。
「ブレイク!」
ゴジラの眼前に凝集した荷電粒子が亜光速まで加速され、直線のビームとなる。超々運動エネルギーと熱量の刃が空を切り刻まんばかりに振るわれる。
破壊光の一閃を3騎は紙一重でかわす。ヴァルチャーの運動性能と操縦システム、パイロットの卓抜した感覚、技量があってはじめて可能とする回避能力。
直撃はまぬかれたが、ビルサルドの技術に守られていなければ、熱線がまき散らす電磁パルスに電子機器は破壊され、大量のマイクロ波に血液が沸騰させられるか、さもなくば高線量の放射線に脳幹を貫かれて即死していただろう。
熱線の放出を終えたゴジラは、ヴァルチャーから興味を失い、針路を変えぬまま進みはじめる。
「どういうこと。どうして誘いに乗らないの?」
空中で定位するユウコも苛立ちを隠せない。
「罠があると知っているのか?」
ありえないと思いつつハルオは口にした。
「それだ。もしかしたら、ゴジラはこちらの作戦を知っているんじゃないか」
司令部で戦況を見守っていたマーティンが
「われわれが撃破した個体、かりに
五感を無線で共有するなど、あまりに常識から外れすぎている。だが人類の常識の外にいるのが怪獣であり、ゴジラであると、この場にいるだれもが知っていた。
「どうする。見破られているなら作戦が破綻するぞ」
「問題ない」
ハルオの焦燥を司令部のガルグが退けた。
「やつが来ないなら、こちらから動く」
ガルグが目にも止まらぬ速度でコンソールを操る。
司令部に地響き。堅固だったはずの床が揺れる。地球人たちが驚きの声をあげながら、倒れないようバランスをとる。
「なにが起きているんだ!」
「案ずるな。20年前にできなかったことをするだけだ」
アダムにガルグがこともなげに言った。
マーティンは床に手をつきながら、ビルサルドの制御卓に投影されているメカゴジラシティの外観図が、直径14キロにわたって形成されていた都市から、ひとつの集合体へ形を変えようとしているのを垣間見た。シティが変形しようとしているシルエットは、見間違いでなければ、ゴジラに似ていた。
「ガルグ、なにをしたんだ!」
上空を飛行するハルオは通信機に問いをぶつけた。シティ周辺から土煙が噴出している。
「メカゴジラは待ち受けるだけの要塞ではない。メカゴジラは増殖し、要塞都市でもあり、そして機動する。ゴジラという怪獣を倒すには、ゴジラを超える怪獣を生み出さなくてはならん。それが、この
ガルグの声には絶対の自信があった。
「刮目せよゴジラ。さしものおまえも、これは見たことがないだろう!」
シティを構成していた、石油化学工場や摩天楼を模した建造物が騒音を奏で、あるものは部品ごとに分解され、あるものは液体状に溶解して、それこそ都市規模の変身をはじめようとしている。
それまで歩いていたゴジラの足が早まった。歩みは早足となり、疾走となる。超質量がシティに向け
「ゴジラが、焦っているのか」
信じがたい光景にハルオも目を奪われた。
ゴジラが疾駆する先では、異形の都市として振る舞っていたナノメタルが、プログラムにより指向性を与えられ、それぞれが定められた部位の形状へと自らを成形、高速で組み合わさっていく。
頂点に頭部ユニットが接続。首をもたげる。
現れたのは、ゴジラよりもさらに一回り大きい全身から、金属の棘を毛虫のように生やした、白銀の恐獣。
直立歩行を支える脚部は、鳥類や恐竜のような獣脚。足の裏全体を地に着けるのではなく爪先だけが接地している。
腰部から胸の上半身に繋がり、冷たく輝く腕と、その先端にある手指が生物のように滑らかに稼動する。
顎が左右に開閉。
瞳孔のない、複眼のような目は深紅に染まり、画角の範囲内に存在するものをあるがまま映す。
斧のような背びれの並びが、長さ1kmもの脊柱のような尻尾の先端までつづく。
金属板の直線だけを複雑怪奇に組み合わせて形づくられたその巨躯は、各部だけをみていくと、ゴジラとは似ても似つかない。しかし全体として概観したとき、いかにもゴジラの似姿といえる外形となる。
体高350メートル、質量1029万トンの、人類最後の希望。ゴジラの骨格標本のごとき無機質な、機械じかけの大怪獣。
「これが、メカゴジラの真の姿!」
都市が機械怪獣に変形する驚天動地に、ハルオは二の句が継げない。
「ゴジラは2万年かけて成長し、メカゴジラはさらにそれを超えたというのか」
マーティンも愕然とした。メカゴジラの体内である司令部では実感しにくいが、各方角の映像とパラメータから、状況をつぶさに理解していた。
5キロの距離をはさんだ地点で停止したゴジラの開かれた口腔から、怨嗟のうめきが漏れる。瞳には憤怒。
ゴジラの背びれがチェレンコフ光のような青を放つ。宇宙でもっとも美しいといわれる光がゴジラの吻先に集まる。
「
「了解!」
ガルグにおなじくコンソールを操作する部下のビルサルドが返した。
昆虫のようなメカゴジラの顎が震える。挟まれた空間に光が生じる。
ゴジラが構わず熱線を発射。
同時にメカゴジラも顎を横方向に全開させ、七色の奔流を解き放つ。
ゴジラの熱線と、メカゴジラの荷電粒子砲が、真正面から衝突した。
拮抗。
刹那、両者のあいだで爆光が弾ける。
質量から姿を変えた熱量で空気が膨張。短秒時に出現したあまりの高温に膨張速度が音速を超え、衝撃波となる。
水平方向に拡散する衝撃波と、大地にぶつかって反射した衝撃波とが重なり、さらに威力を増した壁状のマッハステムとなって、爆心地を中心に同心円状に駆け抜ける。体細胞に金属を多分にふくむ木々がたやすくへし折られ、マッチ棒のように薙ぎ倒される。
原子崩壊の大爆発にもメカゴジラは大地に足を踏みしめて不動。
一方のゴジラは、左足が後ろへ下がり、たたらを踏んだ。受けとめた地面がめくれあがる。土砂がまき上がる。
「ゴジラが、のけぞったぞ」
これまで、だれも見たことがなかった。ゴジラが、あのゴジラが、押されている。司令部の地球人が感動に沸いた。「メカゴジラ万歳!」「ビルサルド万歳!」
ゴジラが左足を引いた態勢から踏み込みつつ、半時計回りに巨体をひねる。連動して長大な尾が振られる。
「つかまれ!」
ガルグがマーティンらに促した。メカゴジラの膝がたわむ。直後、司令室の重力が急激に増す。
ゴジラの振るう尾の先端が超音速に達する。マッハ4の衝撃波に、背びれからの高電圧により加速された電子で分子が電離、ねずみ算式につぎつぎと原子から電子が極端に乖離したプラズマ状態となった大気が乗り、摂氏2500度から6000度の大鎌となって薙ぎ払われる。
水平のプラズマカッターはメカゴジラの足の裏をわずかに掠めた。
空中で旋回しているハルオは目を疑った。
体高350メートル、全長1100メートル、重量1029万トンの金属塊が、宙へ跳躍していた。
ゴジラの目前へ落下しながら、メカゴジラは機械の両腕を大上段に掲げる。着地と同時に剛腕を頭頂へ振りおろす。超巨大質量の大瀑布。ゴジラもたまらず腰が折れ、地に手を着く。
すかさずメカゴジラは右足でゴジラの下を向いた顔を蹴りあげる。
強制的に立たされたゴジラも反撃の蹴りで、自らを模倣した機械獣を押し戻す。距離をとってふたたびつむじ風のように回転。
尾の攻撃を読んでいたメカゴジラは屈んで回避。
首をひねったゴジラがメカゴジラを向いていた。すでに荷電粒子が口先に収束している。ナノメタルの防壁は間に合わない。
閃光。電荷を持った無数の粒子がひとまとまりになってメカゴジラへ亜光速で放たれる。
メカゴジラは左腕を顔の前に翳した。そこへ熱線が直撃。推定3テラワットの途方もない電力で加速させられた荷電粒子の激流は左腕を貫き、消滅させ、代償としてわずかに軌道が逸れた。熱線の流れ弾が富士の北にある節刀ヶ岳に命中、山脈を一刀両断する。
メカゴジラは左肘から先が溶解していた。とっさに外殻を変形させた積層耐熱装甲板で左腕をおおっていなければ頭部への加害は防げなかった。
「レフトアーム破損!」
「構わん!」
部下にガルグが即答。
メカゴジラの破断した左腕から、ナノメタルが高速増殖。機械にもかかわらず再生する。
修復された左手の拳を開く。四本の指を揃えてゴジラに突きつける。
硬質金属の指が、電磁加速で弾丸よろしく射出された。槍のような指はゴジラの胴に着弾し、マッハ10という飛翔速度に由来する高圧力で怪獣王の表皮のユゴニオ弾性限界を突破、常温のまま流体に塑性変形させて深部への貫徹を図る。
皮下に展開されていた非対称性透過シールドが侵徹を阻止。
しかし、ナノメタルの残骸が、ゴジラの泡状表皮のG細胞と同化、侵食を開始する。
ゴジラが喉の奥で唸った。
「メカゴジラを援護するぞ」
ハルオたちが黒翼を傾け、ゴジラの側方から砲撃する。
反応して放射された熱線を巧みにかわし、その隙にメカゴジラが収束中性子砲を支配者の首へ叩き込む。虹色に輝く光の柱はゴジラの首もとの体組織をえぐり、液状化させ爆発させる。煮えたぎった表皮が飛び散る。さしもの中性子線もシールドは貫通できないが、持続的に照射すれば1/10000秒以下のノイズの時間だけ深部へ到達できる。微小にすぎるがダメージは確実に積み重なる。
怒り狂ったゴジラが熱線を発射しようとしたところへ、ハルオとユウコとベルべが、その左目に電磁砲を撃ち込む。全身から電磁波を放射していて死角がないゴジラの目を潰しても意味は薄く、しかも数分で再生される。一瞬でもメカゴジラから注意を逸らすことが狙いだ。そこへまたメカゴジラがオーロラを束ねたような荷電粒子砲を首に向けて発射する。
筋骨隆々としたゴジラの頸部が穿孔される。竜のような口から絞り出された声は、悲鳴にも聞こえた。
機械怪獣は執拗にゴジラの首を収束中性子砲で狙う。
空間電位の上昇と背びれの発光という前兆現象からゴジラの熱線を先読みし、ナノメタルの緩衝層と耐熱装甲板で2重に防ぐ。受けた損傷はナノメタルが自在に変形して復旧する。両手を腰だめに構えて指の弾頭を発射。ついでメカゴジラは前へ屈み、四足獣の姿勢となって尾を後方へ伸ばす。銀の背びれの並びが一直線となる。
瞬間、メカゴジラの背びれが弾かれるように前方へ爆走。電磁カタパルトで射出された背びれは鋭利な戦斧となってゴジラの胸や肩、腕に食い込む。これらも微生物サイズの自律思考金属体であるナノメタルがゴジラの細胞を食ってがんのようにたちまち増殖をはじめる。
超生物は猛烈な再生能力で対抗。G細胞と、細菌のようなナノメタルが鎬を削る。
並行してゴジラは高加速荷電粒子ビームを紡ぐ。今度はヴァルチャー編隊からのレールガンも意に介さない。しかし発射直前、メカゴジラの右フックで右を向かされ、明後日の方角を焼き払い、地平線まで森を深紅で裂断する。
熱線を外されたゴジラが収束中性子砲の連射で過熱しているメカゴジラの口吻を掴む。ゴジラの手が灼け、蒸気があがる。メカゴジラが至近から指の弾頭を撃つ。腹に猛毒の細菌金属を受けながらも怒り狂うゴジラは止まらない。全身が筋肉の塊といってよいゴジラの絶大な膂力が、メカゴジラの嘴を真横に開いていく。軋む音。ついに稼動限界を超えた頭部ナノプレートが左右ともに折られる。破壊音はメカゴジラの苦鳴のようだった。
吻部を失ったメカゴジラが右腕を構えて引く。肘からプラズマブースターが噴出。瞬時に音より速くなった拳がゴジラの顎を捉える。同様にブースターで加速した左アッパーカットが下顎を打ち抜く。怪獣王の頭が揺れる。脳が存在しないため脳震盪は狙えないが、砲台たる口腔が正面を向かないようにする。
ゴジラが吠える。メカゴジラも疑似生物として反応し、甲高い咆哮を返す。
2万年のときを越えた因縁。
双方が距離を詰める。
メカゴジラの右
好機に頭部ユニットを狙ったゴジラの拳は、メカゴジラの畳んだ肘に撃墜される。
姿勢を回復したメカゴジラが強烈な左フックでゴジラの顎関節部を殴ると、ゴジラはメカゴジラの脇腹へ432万トンの体重を乗せた拳をめりこませる。
つづく断罪の右手刀はメカゴジラが左上腕で阻む。
空いたゴジラの腹へ機械獣の右掌底がぶちこまれる。
ゴジラの咆哮による超振動波が放たれる寸前、メカゴジラがその上顎と下顎を強引に閉じさせる。
300メートルのゴジラは咆哮さえ武器になる。超大音量の共振現象により極端に振動させられた物体が分子単位で砂のように崩壊する。それがゴジラ自身の口内で炸裂した。
溶解した組織が牙のあいだから血のように吹きこぼれる。
メカゴジラが直角に曲げた右肘をゴジラの頭に見舞う。さらにもう1発。だがゴジラの左肘がこれを相殺。
地球の覇権を争う二大怪獣がにらみあう。
霊峰富士を背景に、ゴジラの右ストレートと、メカゴジラの右ストレートが激突。風圧が旧関東一円をなぶる。
双方が示し合わせたように上体をひねる。互いに背を向け、黒の尾と、銀の尾が交差して打ち合う。衝撃で周囲の空間が歪む。
反動で向き直ると同時に、2体の大怪獣は相手のボディーに重い右拳の一撃をぶちこむ。両者とも質量で受けとめきれずにあとずさる。
ゴジラが足を踏み込む。またも尾による攻撃。
メカゴジラは左腰で受けた。轟音。1000万トンを超える超々質量が右へ流れる。機械の両足で大地を削って耐えながら、ゴジラの尾を両腕でかかえる。
銀の竜が大きく足を開く。
ナノメタルの関節部が雄叫びをあげる。足から腰、肩から腕へと剛力が伝達される。
ゴジラの足が大地から離れる。
メカゴジラは尾をかかえたまま180度回転し、432万トンの大質量を投げ飛ばす。
怪獣王の巨体はおそろしく緩慢な弧を描いて、5キロ南の
それを見届けるメカゴジラが、全身の各所から高温の蒸気を排出する。
遠巻きに眺めるしかないハルオは固唾を呑んだ。漆黒の魔獣と、白銀の巨竜の戦いは、ふたつの生きた大災厄が激突しているようなもので、一帯に天変地異なみの災害をもたらす。神話における神々の戦いを見ているかのようだった。
山津波を起こしながらゴジラはすぐに立ち上がった。
メカゴジラの顎もすでに修復されている。
「メカゴジラⅡ号機からⅩⅠ号機までの自律制御シークエンス、完了。全機アクティベート」
部下がガルグに報告した。ガルグが頷く。
「遊びは終わりだ、ゴジラ」
富士山麓が鳴動する。地鳴りの轟音を伴奏として、メカゴジラシティのあった跡地から、土と岩石が逆さの瀑布となって噴きあがる。
「この2万年でメカゴジラが量産したナノメタルは1億2000万トン。このメカゴジラは1029万トン。残る1億971万トンはどこにいったと思う」
ガルグが口角をつりあげる。
地中から、水銀が固化したような背びれが浮上する。つづいて現れたのは同色の背中。扁平な頭部はメカゴジラそのものだった。体を揺さぶって土を払い落とす。
まったく別の場所で、地を割って銀色の骨のような尾が持ちあがる。
また離れた地点で、機械獣が土中より誕生するように現れる。
新たなメカゴジラがシティ跡地からつぎつぎ出現する。1体、また1体、また……。
ゴジラが憎悪に吠える。
ガルグらの搭乗しているメカゴジラに加え、おなじ体高350メートル、質量1029万トンの無人メカゴジラが10体、ゴジラと対峙していた。
1体でもゴジラと互角に戦えていた機械怪獣が、11体。
「彼らのAIには、ナノメタルと同化したわれらが同胞がひとりずつ割り当てられている」
ガルグが感慨深く見渡す。
「ともに戦えることを誇りに思うぞ、わが同志たちよ」
ガルグに呼応するように、メカゴジラⅡからⅩⅠが高らかに咆哮した。
ハルオは戦慄していた。
ビルサルドたちは自ら望んでメカゴジラシティに取り込まれた。彼らはいまメカゴジラの頭脳となっている。まさに生きながらにして怪獣と化したのだ。ビルサルドはむしろそれを進んで受け入れているのだった。
10体のメカゴジラとなった10人のビルサルドたちを上空から見下ろしながら、この機械獣に生まれ変わることが果たして進化といえるのか、その疑問がハルオの心を捉えて放さなかった。
◇
「これがメカゴジラの……ビルサルドの力か」
地上3万5786キロの静止軌道で待機していた恒星間移民船アラトラムの艦橋で、人類の代表として地球を脱出することになった移民5000名――20年のあいだに病死や自殺で4000名に減少していたが――をまとめる立場にある地球人の船長ウンベルト・モーリ大将は、送信されてきた戦況の推移に複雑な顔となった。
「メカゴジラがここまで成長していたことは僥幸。であれば、この偶機を最大限に利用することだ。これでわれわれはゴジラに勝てる。そればかりか、ゴジラに蝕まれた地球の環境をナノメタルで改善することもできる」
同乗しているビルサルドの族長ハルエル・ドルド中将が、冷静ながらも論理的希望を語った。
「勝つことができれば、の話だ」
エクシフの族長エンダルフ枢機卿が異を唱えるでもなく懐疑的な迷いをみせた。
「これほどの戦力差だ。ゴジラとて現実に存在する生物である以上、物理的な限界からは逃れられん。貴官はゴジラの破壊と殺戮を過大視するあまりやつをこの世の理を超越した存在かなにかだと神格化しているのだ。生まれたからにはどんな生物も死ぬし、殺せる」
「われらの故郷も怪獣に滅ぼされた」
ドルドにエンダルフが言った。エクシフ族長の秀でた額には苦悩の亀裂が刻まれる。
「その名を呼ぶことも禁忌とされてきたほどの不吉な存在。星を喰うもの。それは文明が栄え、爛熟し肥大した星ばかりを獲物とする。宇宙はひとつの壮大な生態系とエクシフは考えている。かの怪獣も宇宙においてなんらかの役割を担っている。そこにあるのは過程の行き着くさきとしての結果ではなく、ただ結果ありきの運命だけ。たとえわれらが“黄金の王”を倒していたとしても、似たような役割の怪獣、あるいはまったく別の原因で、わが母星エクシフィルカスは滅亡していただろう」
「なにが言いたいのだ」
「ゴジラを倒したとて、それが最後の1頭とだれが断言できる。われらが地球に降り立ち、文明を再建させ、際限なく肥大をつづけるかぎり、いつ、またあのゴジラの同類が現れるかわからぬ」
「まだ倒せてもいないうちから言ってもはじまらん」
ドルドは呆れた。
「それこそ、地球をナノメタルで惑星ごと改造することで、外からの怪獣災害にも万全の備えをしておくべきではないか」
「太陽系外から高エネルギー反応が急速接近! 推定速力、約0.35c!」
オペレーターの悲鳴にアラトラム首脳部が騒然となる。
「なにごとだ。目標の方向と針路は」
モーリ船長にオペレーターがメインモニターへ画像を表示する。
モーリが目標物の方角に面した3層構造の窓外を見やり、呼吸が途絶した。
ドルドも、エンダルフも、艦橋にいただれもが、言葉を失った。
暗黒に塗りつぶされた絶対真空のかなたに、青く輝く巨大な、あまりに巨大ななにかが浮かんでいた。
青く見えるのは光のドップラー効果により、おそろしいほどの速度でこちらへ接近しつつあるからだった。
アラトラムへと。その背後にある、地球へと。
◇
ゴジラの熱線を、メカゴジラ11体が散布したナノメタルが完璧に防ぐ。
11体が収束中性子砲の一斉射で反撃。11条のまばゆい虹がゴジラに集中する。ゴジラが苦しむ。その背びれがひときわ激しく光る。怒りの熱線はこれまでで最大の威力でほとばしった。ナノメタル粒子緩衝層を再度展開するも防ぎきれない。メカゴジラⅣの右足と、メカゴジラⅦの首から上が消失する。
しかし、メカゴジラⅣは右足が瞬時復旧。メカゴジラⅦも機械の頭を元通りに生やして攻撃を再開した。
「11体のメカゴジラを建造してもなお、シティ跡地、いや、メカゴジラ開発工場跡地の地下には600万トンの余剰ナノメタルがある。それは地下を自由に移動し、傷ついて修復が必要なメカゴジラに即座にナノメタルを補充する。すなわち、この地にいるかぎり、メカゴジラは無敵」
ガルグが勝ち誇る。
「このバトルエリアに足を踏み入れた時点で、おまえの敗北は決定していたのだ!」
メカゴジラⅨ、Ⅹ、ⅩⅠがプラズマブースターで直上へ飛翔。高空へ昇る。
残るガルグらのメカゴジラをふくむメカゴジラ8体が、収束中性子砲と侵食金属電磁投射弾頭と背びれのブレードランチャーを乱れ射ちする。ビームと砲弾の乱舞。ゴジラが鉄火の暴風に閉じ込められる。爆発につぐ爆発。重金属の爆裂と光の炸裂が、位牌岳や越前岳といった山岳を掘削し、灼熱の溶岩に変えていく。余波だけで大地が耐えきれず海面のように揺れ、旧静岡県全域の地表がめくれあがる。ゴジラも逃れようとするが、8体のメカゴジラが形成する弾幕は、旧関東地区すべてが射程内。ゴジラは中性子とナノメタルの猛攻を一身に受けるほかない。300メートルの巨体がよろめく。
集中砲火によりゴジラの非対称性透過シールドにノイズが生じた。ノイズの現れる周期を観測。その瞬間に攻撃が通るよう計算し、上空で待機していたメカゴジラ3体が隼のごとき急降下を開始。
ノイズ発生周期を維持させるために、地上のメカゴジラたちは弾幕を張りつづける。ゴジラが苦痛の声をあげても手を緩めない。
重力加速度の速度をはるかに超え、白銀の落雷となってゴジラの頭上に逆落としにふりそそいだ3体のメカゴジラは、合掌した両腕を高速伸長。ナノメタルを急速粒子圧縮で硬質化。モース硬度、ビッカーズ硬度ともにダイヤモンドの10倍に達する、500メートルの槍を生成する。
1029万トンの全体重と、高々度からの急降下までも加重させたハイパーランス・チャージが、ゴジラの尾の付け根付近、右足と左足の甲を垂直に貫通し、地に深く縫いつける。
ゴジラが絶叫する。
メカゴジラ3体は自らと槍を分離させて離脱。
立ったまま
「ここからが本番だ」
ガルグが指令をくだす。メカゴジラ11体が、大地に固定されたゴジラの南から西に扇形にひろがる。
全メカゴジラが火力を解放する。
メカゴジラⅡが手首を回転させながら
メカゴジラⅧが収束中性子砲を射ち、近接戦闘能力より砲台の役割に特化した超攻撃型メカゴジラたるⅤが、頭部ナノプレート砲身から収束中性子砲を、胸部砲身から高出力中性子砲をそれぞれ発射しながら、両肩に1門ずつ担いでいる長砲身の荷電粒子砲も火を噴かせる。
となりのメカゴジラⅥも口からの収束中性子砲と併せて、両手のフィンガーミサイルだけでなく、両肩から伸びる多連装ランチャーからもナノメタル弾頭を射ち込む。
メカゴジラⅢは四足歩行形態で、収束中性子砲を連射。さらに背びれのブレードランチャーを飛ばす。
かと思えば、メカゴジラⅣとⅦ、Ⅷが、収束中性子砲を放射しながら、手の指、膝、腰から侵食金属砲弾の追撃を重ねる。
メカゴジラⅩとⅩⅠが収束中性子砲と、通常の手指発射型の侵食金属砲のみならず、
荷電粒子砲とナノメタル砲弾の絶え間ない連撃。
そのすべてが着弾の同期をとり、ゴジラの胸板に集弾する。
ゴジラは無抵抗のまますべてを食らう。悲鳴も極大の爆音にかき消される。両足と尾を地面ごと串刺しにされているゴジラは倒れることすら許されない。しだいに動きが弱々しくなっていく。
「この威力!」
ハルオの援護位置についているベルべが興奮のままに叫ぶ。
「すごい! これじゃゴジラも……」アダムも感嘆した。
極小面積への大火力集中で、ゴジラを無敵たらしめているシールドに致命的な隙が生まれる。
「いまだ!」
ガルグが掌でタッチスクリーンを叩く。
攻撃許可を下されたメカゴジラが、ノイズ発生周期を見定め、最大出力の荷電粒子砲をゴジラの背びれへ発射。
もっとも大型の背びれが破砕され、周辺の幾枚かが巻き添えで吹き飛ぶ。溶解した筋繊維が飛び散る。
ゴジラが悶絶。背びれを再生するまではシールドが張れない。メカゴジラの群れが追撃を停止。
ガルグのメカゴジラが右腕の部品を組み換え、100メートル以上はある銛になる。ただの銛ではない。強力な電磁パルスを発生させられるEMPハープーンだ。メカゴジラが銛を構えて突進。大質量の勢いそのままにゴジラの背中、背びれの破壊された傷口を刺し貫く。銛が深く呑み込まれ、先端が体内中心にまで届く。苦悶していたゴジラが痙攣し、やがて力尽きたようにうなだれ、口を半開きにしたまま動かなくなる。
メカゴジラがオブジェとなった破壊神から距離をとる。EMPハープーンが起動。
ゴジラの内部で20兆メガワットを超える電磁パルスが荒れ狂う。体内電流が暴力的に乱される。動力源が電力であるゴジラにとっては、原子炉が冷却水を失って制御不能に陥り、メルトダウンしてしまうに等しい。ゴジラはかつて月とおなじ質量の小惑星をも熱線で砕いた。それほどのエネルギーがゴジラ自身の体内で爆弾となるのだ。
「もはや勝敗は決した」ガルグがモニター越しに怪獣王へ勝者の笑みを送る。「さらば、ゴジラ」
ハルオも宿敵の最期を眼下に見届ける。
間の抜けた沈黙が通りすぎた。
「まだなの?」焦燥にユウコがたまりかねてだれにともなく問いを投げた。
鳥瞰するハルオからは、微動だにしないゴジラから陽炎がたち昇って揺らめいているのが確認できた。モニターをサーモグラフィーに切り換える。赤外線分布を可視化した映像では、ゴジラが純白となり、周囲の大気が燃えるような赤に染め抜かれていた。
ゴジラの踏みしめる大地も、原始の色に輝く高温の流体へ変じていく。木々が繁らせる金属の葉が光と高熱をともなう急激な酸化反応、つまり燃焼しながら、線香花火のように糸を曳いて滴る。
「ゴジラの胸部中心温度、1160度を突破、レッドゾーンに入りました。なおも上昇中!」
ガルグの部下の声には畏怖の響きがあった。
「どういうことだ?」
ガルグにもわからない。作戦に間違いはなかったはずだ。岩を削り出したような顔に汗が流れる。2キロ離れたメカゴジラ体内の司令部もゴジラからの熱波で室温が40度以上に上昇している。暑熱はなおもとどまるところを知らない。
「これは、ゴジラの攻撃だ」
汗だくとなっているマーティンに全員が振り返る。
「おそらく、体内分子を高速で振動させるか、電気抵抗物質に変質させた体組織にとてつもない大電力を流すかして、超高温を生んでいる。骨格も臓器もない、自分自身が鉄をも融かす高温に耐えられるゴジラだからこそ可能な荒業だ」
前例がある。2045年には、人類はビルサルド、エクシフ両異星文明との共同で、世界最高峰たるヒマラヤ山脈を2000発の核攻撃で崩落させてゴジラを生き埋めにするオペレーション・グレートウォールを決行した。大断層帯に幽閉されたゴジラは熱量を溜め込んで地下を溶融させ、1年かけて膨大なマグマ溜まりを形成。地表近くまでマグマ溜まりに変えたところで、ついには熱線で人工の大断層帯を破壊し、復活を果たした。メカゴジラとナノメタル開発工場を失うことになる富士裾野決戦が生起したのは、その2ヶ月後である。
「高熱は単純だが、防ぎようがない。ナノメタルは耐えられても、ここにいれば、ぼくらは蒸し焼きだ」
マーティンの言葉は地球人たちの狼狽を誘った。
「ならば、いまこそ決断のときだ」
ガルグが制御卓に指を踊らせる。
ビルサルドの部下らが苦痛の声を噛み締めた歯のあいだから漏らす。彼らの足が接している床だけが液化し、さらに脛、膝まで重力に逆らって液体金属が登ってくる。
「なにをしているんです!」
アダムがガルグの背に詰問した。
「これが生身という脆弱な肉体の限界だ。絶滅を強いるほどの苛烈な淘汰圧に直面し、なお生き延びたいと願うなら、生物は限界を超えねばならん」
平然と答えるガルグの下肢もすでに液体状のナノメタルにおおわれている。
「人体のナノメタル化こそ、より優れた生物として次なる階梯に登る、生存への唯一の道。これが進化だ」
「環境だけならまだしも、生物としてのありようまでも人の手で変えてしまう、それを進化といえるのか」
噴き出る汗を拭ってマーティンはビルサルドを非難した。室温はいまや摂氏70度に迫っていた。環境維持システムの緩衝があるからこそ、この程度ですんでいる。
「個人の同一性や連続性など、考慮するに値しない形骸だ。まずなによりも“生きる”ことがすべてにおいて優越する。きみたちを守るにはこれしかないのだ。さあ、ナノメタルの体となって、ともにゴジラと戦おう!」
振り返ったガルグが金属に置換された手を差し伸べてくる。全身がナノメタルに包まれたビルサルドの輪郭が変容する。全身の肉がみるみる液状化して腐り落ち、歯と歯肉がむき出しとなり、銀に輝く頭蓋骨が露出、金属の骨格標本と化す。背中からは枝分かれした背びれが生えた。さらには腰から脊柱のような尾が長く伸びる。
その姿はまるで、ゴジラのようだった。ビルサルドはナノメタルの力を借りてゴジラになろうとしていた。
「これが進化だ!」部下のビルサルドたちもゴジラに似た異形の金属生命体に変貌し、口腔から気炎とともに高温の蒸気を吐く。彼らの足元には、血の赤や脂肪の黄が混じった肉色の汚泥。ビルサルドたちが脱ぎ捨てた炭素基の肉や臓器の残骸が
「ちがう。あんたたちはいま、いちばん大切なものを自ら捨ててしまったんだ。生物として脈々と受け継いできたものを」
マーティンの顔には、むしろ憐れみさえあった。
「生きてるんだか生かされてるんだかわからない進化なんて、ぼくはごめん被るね!」
マーティンは
それに触発され、ほかの地球人たちも度を失って出口を目指す。ガルグの金属の顔には失望。
「しょせん下等生物か」
人間大のメカゴジラと化したガルグは、モニター上のヴァルチャーに機械の目を動かした。
「だが、きみだけは違うと信じているぞ、ハルオ」
メカゴジラの緊急脱出口から飛び降りたマーティンたちは、気密服の窒素ジェットパックで減速しながら着地した。
外はすでに噴火口付近のような焦熱地獄になっていた。酸素モジュールでなく外気を呼吸すればたちまち気道と肺を焼かれるだろう。
膨大な輻射熱によりゴジラを中心に強い上昇気流が発生し、周囲から空気が流れ込んできている。マーティンらはゴジラへ吸い寄せられるような暴風に耐えながら、前へ体をかたむけ、1歩1歩、足を踏み出していかなければならなかった。
ゴジラの体温はとうとう5000℃を突破、ナノメタルを構成するナノマシン群の耐熱性をはるかに上回った。G細胞と同化して増殖していたナノメタルが、燃える汚泥となってゴジラの体内から押し出され、力なく流れ落ちる。
両足の甲と、尾の根本を垂直に串刺しにしていた槍も赤熱し、蝋のように溶け、重力に引かれて自らを伝う。自重すら支えきれなくなり、半ばから曲がりはじめる。
背中に刺さる長大なEMPハープーンもまた、赤を通り越して白く発光し、
うなだれたままのゴジラは今や、その巨体の各所が業火のごとく染まっていた。戦場離脱を急ぐアダムが振り返り、烈風が吹きすさぶなか、大火災の中心にたたずむ焔の化身のごとき英姿に畏怖の声をあげる。
「
司令部で、完全にナノメタルと一体化したガルグはメカゴジラたちに攻撃を命じた。どのメカゴジラもゴジラに面した部分は高熱にさらされて夕陽のような色を宿している。荷電粒子砲の発射準備に入ったとき、ゴジラを拘束していた3本の槍と、EMPハープーンが、完全に溶け崩れた。
ゴジラが目を閃光のごとく見開く。その瞳孔が蛇のように細く収縮する。
猛り狂う超高温の熱エネルギーに触れた地形があちこちでプラズマ化し、爆発を起こす。まるで大地が究極生物の復活を熱烈に祝福しているかのようだった。
赤く燃えているようなゴジラが、偽りの生物たちに咆哮を浴びせかける。
ガルグのメカゴジラが収束中性子砲を吐く。
ゴジラも応射。その熱線は青ではなく、怪獣王の
虹のビームと緋色の光が、真正面から衝突。
ゴジラの赤い熱線は、激流を遡上する龍のように、メカゴジラの七色を力任せにかき分けながら直進。砲台たる頭部まで貫通して爆砕させる。
ほかのメカゴジラからビーム砲が殺到する。
10条の中性子ビームを一身に受けても、ゴジラは動じない。焔に染まったゴジラの背びれが鮮紅色に光る。いままでとは比べ物にならない超高電圧が、周囲の大気組成すら変化させていく。
メカゴジラたちがナノメタル粒子を緊急散布する。しかし高熱の大気中に放出されたナノメタル粒子は、空気中に躍り出るや溶解して、正常に機能できない。
ゴジラの眼前に真紅が集中。それは稲妻のようなエネルギーが螺旋に巻いた、紅蓮の熱線となって発射された。
直撃を受けたメカゴジラⅤはわずか数秒で全身の97パーセントを喪失。同化していたビルサルドの人格を維持することも不可能になり、修復に必要な電力も発電できなくなった。論理的帰結として、ただの鉄屑となって機能停止するほかない。
赤色熱線は運動エネルギーによる破壊だけでなく、100万度という太陽コロナなみの高温が、ナノメタルを蒸発どころかプラズマ化させ、不可逆的に消滅させる。単位面積あたりの熱量は限定的ながら核融合にも匹敵する。
指向性を持った水爆といってもよい
太陽の表面を跳ねる紅炎のような熱線が過ぎ去ったあと、そこに残っていたものは、メカゴジラⅢのふたつの足首だけだった。核融合の炎に等しい怪獣王の熱線の前にはいかなる防御も意味をなさない。
ただそこにいるだけで溶岩流を生む災厄が、赤く渦を巻く熱線を放つたび、メカゴジラがプラズマの光と炎に消えていく。しかも、発射するごとに威力がさらに強くなっている。
爆音に爆音が重なり、轟音が轟音を覆い、爆発が爆発を食う破壊の光景。関東地方がまるごと業火に燃やしつくされている。それがたった1頭の生物に引き起こされている。首をなくしたメカゴジラの体内で、ヒト型種族の姿を捨てたガルグが歯をくいしばる。
「もうなにをやっても無駄だ。やつを止めることはできん……」
暴れ狂うゴジラの
富士山麓を中心として放射状に刻まれた11本の火線は、衛星軌道上のアラトラム号からでも目視で容易に確認できただろう。地球規模の厄災。それほどの惨劇でもマーティンらが無事だったのは奇跡というほかなかった。
「まだだ。まだ終わってない」
ベルベの音声無線に、世界の終わりを見せられたような衝撃に思考が追いついていなかったハルオは耳を疑った。
「まだゴジラの背びれは完全には再生されていない。いまなら間に合う」
ハルオには理解できない。ベルベはなにをしようとしているのか。
「ヴァルチャーもナノメタルでできている。機体ごとEMPハープーンに変形させ、突撃すれば、勝機はある」
「それって」ユウコの声が震える。「特攻……?」
「いまを逃せば、ナノメタルを失ったわれわれにチャンスは二度とこない。しかしわれわれ3人と引き換えにゴジラを倒せるかもしれん。0パーセントより0.1パーセントに懸けるべきだ。われらがここで命を落としても、それでゴジラを抹殺できれば、生き残ったものたちが歴史を引き継いでくれる」
どこまでも合理主義を貫くビルサルドの生きざまそのものだった。
ハルオは決断を迫られた。ベルベの案以外に良策は思い浮かばない。時間は刻一刻とすぎる。ゴジラの背びれが完全再生すればもう終わりだ。打つ手はない。
「ユウコ」ハルオは無線で呼びかけた。「一緒に死んでくれるか」
立体光学映像のユウコが目を大きくひらき、そして、決意に満ちた顔で頷く。
「先輩と一緒なら……」
ハルオは指揮官として顔を伏せた。
「すまない」
地球を飛び立った日、ハルオは両親の乗る輸送車両がゴジラに焼かれるのを見た。約束の地であるはずのくじら座タウeにたどり着くまでに、1000人近くがこの世を去った。反転して地球に帰還し、降下してからも、ゴジラに何十人もの同志が虐殺された。ハルオは知識としてしか知らないが、地球ではかつてゴジラを倒すために何億という人間と、さらには人類に味方した怪獣たちまでもが立ち向かい、散華していった。
彼らはみんな、自分の犠牲が未来の人類の礎になると信じていたからこそ、とうてい勝てるとは思えない怪物に挑んだのだ。彼らの出血なくしてアラトラム号もオラティオ号も完成しなかった。人類は絶えていたかもしれない。ならば、いまこそ自分たちが彼らになるときではないのか。
成功しようとしまいと、きっと自分は死ぬだろう。戦って死んだのなら、あの世で胸を張って両親や先に逝った仲間たちに会える。おれはゴジラに屈せず、人類を信じて、この命をなげうったのだと。人間としての義務を果たしたのだと。だが、それをユウコにまで強いることになったのが心残りであることは、否定しがたかった。
「先輩」
ユウコが声をかけた。ハルオは画像に視線を戻す。宙に投影されている幼馴染みは、忠実な軍人の虚飾が剥がされているような、ユウコというひとりの人間の表情だった。
「これが最後ですから、言っておきます」
ハルオは続く言葉を待つ。ユウコは何度かまばたきしてほほえむ。
「あなたのことが、好きでした」
まったく予期していなかったハルオは、しかるべき返答も忘れて、ただユウコの光学映像を凝視するばかりだった。
「だから、先輩、自分を責めないでください。先輩のいちばんそばに最後までいられるのが、わたしはうれしいんです」
ハルオは、どうすればいいか判断がつかず、ただ顎を引いただけだった。自分がどんな顔をしていたかわからない。ただユウコは、画面のなかで、大輪の花を咲かせた。
「時間がない。ハルオ、行くぞ!」
ベルベが勇壮な声を響かせる。ユウコも緊張を取り戻す。貫徹する加速度を得るためには対流圏と成層圏の境目である対流圏界面まで上昇しなければならない。
ベルベのヴァルチャーが最大推力で宇宙を目指すかのごとき飛翔をはじめた瞬間、地上のゴジラが背びれを点滅させはじめた。ハルオには嘔吐感に似た悪寒。おそらくベルベは全身の毛が逆立つ静電気を感じたはずだ。
ゴジラが上空を仰ぎ、青い熱線をベルベに射つ。
「当たるものか!」
ベルベはビルサルドの強靭な肉体に物を言わせ、人類には不可能なハイGマニューバで回避した。
熱線が直前までベルベのいた空間をむなしく貫いていく。
そのままチャフの雲を衝くはずだった光条が、寸前で屈曲。意思をもっているかのようにベルベを追跡する。
「なに!」
あまりに予想外すぎる挙動に、歴戦の軍事教官たるベルベすら対応できなかった。
反転し、さらに亜光速のまま追いすがってくる熱線は、龍のようにベルベのヴァルチャーに食らいつく。爆炎。ナノメタルの天使は破片すら残らなかった。高空にある金属粉の積乱雲群で稲光が閃く。
「そんな。熱線が誘導追尾するなんて」
ユウコの声には純粋な恐怖。
「ゴジラの熱線は荷電粒子砲だ。電子や陽子、あるいは重イオンなどの粒子に電荷を付加して発射している」ハルオは衝撃から自らを早急に立ち直らせるためにも、思考を組み立てていく。「通常は電荷的に中性な中性粒子砲だが、仮に熱線の電荷をプラスにして、ターゲットの電気属性をマイナスに傾けることができれば、磁石のS極にN極が引き寄せられるように、ビームは曲がってでも目標を追尾することになる」
どのような手段で目標にマイナスの電荷を持たせるのか不明だが、考えられる理由はほかにはない。
2機のヴァルチャーをにらむゴジラが、また背びれを光らせる。
「ホーミング熱線がくる。ユウコ、プラスの電荷でしのげ!」
「了解、先輩!」
ハルオがヴァルチャーのAIに指示式を高速入力する。それ自体が発電機でもあるナノメタルがパイロットの命令をすみやかに実行。ハルオとユウコの両機はプラスの電気に守られる。こうなればゴジラの熱線はN極に対するN極のごとくヴァルチャーと反発するため、絶対に当たらない。
閃光は地上からではなく、真上。
すさまじい稲光と轟音が、大気を引き裂く。
同時に、熱せられた空気が急激に膨張して真空を生みだし、補填しようと周囲からふたたび空気が流れたときの振動で、雷鳴の重低音がとどろく。
無線からはユウコの絹を裂くような悲鳴。
空中を飛ぶユウコのヴァルチャーに落雷が直撃したのだ。ハルオは反射的に空を確認。金属粒子の厚い雲が広がるばかりだった。ときおり稲妻が走っている。雲を構成しているのが微細ながら重い金属の粉であれば、互いに激しく摩擦することにより、自然雲の
ユウコも墜落こそしていないが、中破相当の損害を負っている。2発めは耐えられない。
ゴジラが背びれを青く発光させながら、まだ狙いつづけている。ハルオには確信。落雷は偶然ではない。チャフ雲の雷はマイナス電荷であるため、プラスの電荷をもつものに引き寄せられる。
ゴジラの誘導熱線をかわそうと電荷をプラスにすれば、天空から10億ボルトの雷撃で撃墜される選択地獄。自然現象までがハルオたちに牙をむいていた。
(地球が……)
ハルオの心が無力感に塗り込められていく。
(地球が、ゴジラの味方をしているということなのか? おれたちではなく)
ゴジラの前方に、垂直の光輪が出現する。光に近い速度で追いかけてくる熱線が発射寸前となる。
「ハルオ先輩、逃げてください」
ユウコの声は弱々しかった。
「わたしがゴジラをひきつけます。そのあいだに」
「バカを言うな! その機体でどうやって」
「だから、です」
ユウコの機体がハルオから離れる。
「だめだ。やめろ!」
不安定な飛行はたしかにゴジラの注意を惹いた。
「先輩は、わたしの希望だったんですよ。だから先輩」ユウコが決別を告げる。「みんなをお願いします」
光輪が収縮してゴジラの口先で光の球体となる。常識はずれの電圧で加速させられた荷電粒子が、亜光速の激流となって大気中を迸る。
ユウコはプラス電荷を撒かなかった。
ハルオは激情に喉が張り裂けそうなほど絶叫し、急加速。ユウコのヴァルチャーを空中で回収した。
怒れる炎をその身に宿したゴジラが背びれを輝かせる。ハルオは上半身だけのヴァルチャーをかかえたまま、低空飛行で撤退した。怪獣王の背びれから電光が消える。次いで、空へ挑戦するような咆哮が、長く長くつづく。
撤退途中、ハルオはマーティンの一行と遭遇した。生きて再会できたことを喜ぶ間もなくハルオは着陸しヴァルチャーのハッチをこじ開ける。
「ユウコ、大丈夫か……」
惨状を目にしたハルオは最後まで言いきることができなかった。
眠っているようなユウコの閉じられたまぶたから、涙のように血が流れる。
あまりにも軽すぎるユウコを抱きしめ、ハルオはただただ、慟哭するほかなかった。
そのときだった。
アダムが天穹を見上げる。ほかの士官もつられて仰ぐ。ひとり、またひとりと立ち上がり、呆然とした顔で、空に釘付けになる。
号泣していたハルオも異変に気づき、ユウコを抱いたまま皆の視線をたどる。
いつの間にか中天を塞ぐ金属粉の暗雲は消え去っていた。降下してからはじめて見た、抜けるような青空だった。
しかしそんなことはどうでもよかった。
大空を覆いつくす
左右に備わる翼のような部位は、両端が東西の地平線のさらに向こうまで届く。
蒼穹に霞むほど遠方にあるのに、なお巨大を通り過ぎて広大な雄姿は、全体像を掴むだけでも、かなりの時間を要するものだった。
「龍……」
アダムが我知らず呟いた。いわれてみると、たしかに黄金の翼をひろげた、3本の首をもつ龍にみえる。
巨翼はおそらく恒星のエネルギーを吸収するソーラーパネルの役割を果たすのだろう。
現実に目の当たりにしているのに、ハルオたちにはいまひとつ現実感がなかった。恐怖すら湧かないでいる。人間の感覚では捉えきれないスケールだからかもしれない。
北半球を両翼で楽に覆い隠してしまえる、惑星級の黄金龍が、3本の首を伸ばし、大気圏外から地球を冷徹な眼差しで値踏みするように見定める。
「あれが、生物だっていうのか……」
士官のひとりが膝からくずおれた。
「そう、あれこそ、わが母星を滅亡させた、忌むべき怪獣」
エクシフの神官メトフィエスが、長身に抑えがたい感情の沸騰と想像を絶する自制心との葛藤をみなぎらせて、拳をにぎった。
「その名すらわれらエクシフのあいだでは禁忌とされてきた、生命あふれる星を自らの糧とする宇宙超怪獣――ギドラだ」
「ギドラ……」
アダムが反芻した。
「まさか、地球にくるとは……」
メトフィエスが言ったとき、富士の方角から、ゴジラの雄叫びが轟いた。
ゴジラが、天空のギドラに戦いを挑もうとしていた。
「そうか、ゴジラの本当の敵は、ぼくたち人類なんかじゃない、ギドラだったんだ」
マーティンに全員が注目した。
「地球生命という考え方がある。地球もひとつの生命体という意味だ。地球は、どの時点でかはわからないが、いつかギドラが自分を喰いにくると
月より巨大な宇宙生物というこの世ならざる光景から目を離さず、あるいは離すことができないまま、マーティンはつづける。
「ついに地球はゴジラという最高傑作を創った。だがゴジラといえども単一個体だけではギドラには勝てない。地球をまるごとゴジラが利用できるよう生態系を書き換え、万全の迎撃態勢を整える必要があった。ゴジラは、2万年もの昔からこの日がくるのを予知していたんだ。地球に外宇宙から危機が迫ってくることを。そのときのために2万年かけて準備しておかねばならないことを。だからまず邪魔な人類やほかの怪獣を駆逐し、この地球を自分が有利に戦えるようつくりかえ、自身も成長させてきたんだ」
2万年という時間さえ、ゴジラにとってはぎりぎりだったのかもしれない。マーティンは付け足した。
「いままでメカゴジラシティを襲ってこなかったのもそれが理由だ。ゴジラはシティを見つけられなかったんじゃない。あえて放置していたんだ。メカゴジラはたまに飛来するG細胞由来生物を捕まえて増殖するだけで、新たな指令がないかぎりはゴジラと戦おうとはしなかった。ゴジラにとっては脅威ではなかった。それをわざわざ焼き払うエネルギーさえ惜しかったんだろう。だから、ぼくらがシティに入って起動させたとたん、破壊しにきたんだ」
ゴジラが吠えた。地球上のどこにいても視界に入る黄金の宇宙超怪獣が3本首をもたげる。ゴジラを捉える6つの瞳には、
「2万年溜めたエネルギーの全身全霊を込めた熱線なら、もしかしたらゴジラはその身と引き換えにギドラを倒せていたかもしれない。だが……」
マーティンは歯噛みした。メカゴジラと死闘を繰り広げ、傷を負い、1億トンあまりのナノメタルを完全焼却するために、ゴジラは少なくないエネルギーを消耗していた。ゴジラは勝ち目のない戦いにもなお退く気色を見せない。ギドラとの対比もあるだろうが、あれだけ大きかったはずのゴジラの後ろ姿が、いまはとても小さく見えた。
ほかならぬゴジラこそが、地球にとって最後の希望だった。ハルオたちがそれを摘み取ってしまった。
「おれたちが、地球を殺してしまったんだ。おれたちは……何も……」
物言わぬユウコを胸に抱き、黄金の三つ首龍に支配された空を眺めながら、ハルオの唇は絶対に認めたくない言葉を紡ぐ。
「おれたちは……何もしないほうがよかったんだ……」
GODZILLA 第3章「星を喰う者」
2018/11/9降臨
伏して拝むがいい 黄金の終焉を