8/10修正
前々から修正したいと思ってた水難エリア脱出の下りを修正しました
「さて、これからどうすっかね」
現在俺は緑谷、峰田、蛙吹の三人と向かい合って作戦を練っている。
俺はあのワープゲートヴィランの個性でUSJ内の水難エリアに飛ばされた。
三人は俺よりも先にこちらへ飛ばされていたようで、俺は空中落下の途中で蛙吹の蛙特有の伸縮性の高い舌でキャッチされ、今俺たちが乗っている船へと退避したというわけだ。
ちなみに落下している最中に強引な力技で引っ張られたので、中学の時に修学旅行で行った大型アミューズメントパークでの出来事を思い出した。
超絶叫ジェットコースターなるキャッチコピーに惹かれて何十往復もした結果、帰り際ずっとトイレでゲロゲロ朝食と昼食をリバースしていた。
その時に轟がわざわざ男子トイレまで付いて来てくれて俺の背中を擦ってくれたのは大変心温まる思い出である。
ひとしきり吐き終えた後にもう一回行ってくると言った時は空っぽになった胃めがけて腰の入ったボディーが飛んで来たが。
ああ、中学の中堅学年は頭空っぽにして馬鹿やってられたなぁ。
あの頃に今の学力で時間遡行したい。
遠き懐かしき日の思い出に心を馳せるのも良いが、さすがにそろそろ現実逃避も潮時か。
名残惜しい気持ちを振り切ってこの場から脱出する方法を思考する。
「とりあえず皆の個性について認識を共有しておきたいんで、緑谷から説明頼んでもいいか」
「う、うん。四ツ神君は入試の時にも見たと思うけど、僕の個性は強力な増強型の個性だ。威力はすさまじいけど、その分強すぎるパワーに体が耐えられない」
そう言って緑谷は自身の右手を見る。
確かに入試の実技試験といいこの間の個性把握テストといいリターンが大きい分リスクも大きい。
体に対する負荷が他より一段と大きい個性だ。
内出血か、将又複雑骨折か。
あの赤黒く腫れ上がった個性発動後は見ているだけでも痛々しい。
「それであの指に腕か」
「うん……」
「となると治療なり痛みを誤魔化せる個性持ちがいない現状緑谷の個性を使わせるのは出来るだけ控えたいんだが、そうとも言ってられないんだよなぁ……」
その原因というか、理由というのがこれだ。
「クソガキどもォ!さっさと出て来いよォ!オラオラァ!」
「ビビッて泣いてんのかぁ?ギャハハハ!!」
そう、下の水難訓練用巨大プールでおっかないお兄さん達、というかお魚さん達がこの船にそれはもうがっつんがっつん体当たりしてくるのだ。
水難訓練用のボートとはいえ見た感じ普通にそこらの港にある船とそう大差は無いように見える。
そもそも、想定しているのは水難なんだから、水中で人類とは思えない身体能力を発揮する魚類の異形系個性持ちのタックルに耐えられるような設計をしているとは思えない。
現になんだか船から聞こえちゃいけないような気がする音がさっきから聞こえてくる。
そのうち船底に穴でも開かないか心配だ。
「そんじゃあ次に峰田」
「俺は頭のコレが超くっつく。一度くっついたら体調によっては丸一日は取れない。後俺自身にはくっつかない」
「ブドウだと思ってたけどそれ餅だったのか」
「別に餅なわけじゃねぇから!」
「んじゃ次蛙吹頼む」
「梅雨ちゃんと呼んでちょうだい、四ツ神ちゃん。私の個性は蛙よ。蛙っぽいことなら大体何でもできるわ」
「そう言やあす――梅雨ちゃんの個性はこの間の訓練の反省会の時にも聞いたな。それと俺のことは四方ちゃんで頼む」
「分かったわ四方ちゃん」
「ってお前らよぉ!そんなこと言ってる場合じゃ、ひぃえっ!?」
ぐらりと一際大きく船が揺れる。
峰田が船内でバインバインとバウンドしながら転がって行く。
小柄なせいで振動ですぐ転んでしまうようだ。
そういやこいつ、なんかいい感じのサイズ感だな。
船の中漁ってロープでもあったら峰田を餌に下の奴ら釣りあげられるんじゃないだろうか。
向こうとのサイズ比的にもベストマッチだと思う。
「なんだか悪い顔してるわよ、四方ちゃん」
「そんなことねーよ。至って真面目で品行方正な雄英高校生の顔だ」
一応というか適当に取り繕った返答を梅雨ちゃんに返す。
こんな馬鹿なことを考えている暇は無いのだ。
ちょくちょく思考をわき道にそらす張本人である俺が言えたことではないが、海の藻屑ならぬプールの藻屑にされそうな現状以外にも、一つ頭を悩ませる謎があるのだから。
謎、といってもさっきの唐突な発動よりは何となくだが条件に近づけた気がする。
俺は最初ここの空中に放りだされた時半ばパニック状態に陥った。
訳の分からない突然の落下に悲鳴を上げながら両手両足をバタつかせたが、勿論俺は鳥でもなければムササビでもないので落下のスピードが低下しなかったのは想像に難くない。
そしてその後梅雨ちゃんの直角カーブで助けれた訳なんだが、その直前に俺は水中から顔を出した鮫っぽいヴィランと目が合った。
その瞬間あのUSJの入り口で感じたのと同じ暖かさを胸に感じ、その後からはまたさっきクラスの皆に指示を出した時と同じように頭の中が冴えていった。
余計な思考を取り払い、驚きと恐怖で搔き乱された思考がスッとクリアになっていく感覚。
あれはヴィランと対峙することが発動条件なのか、それとも自身が危機的状況に陥ることが発動条件なのかは分からない。
しかし、ヴィランと目が合うまで発動しなかったところを見るに、後者の線は薄いように思える。
ヴィランが発動のトリガー、またはそれに近い何かであることは恐らく間違いないだろう。
「まぁ、今現段階で分かってるのはこんなもんか。さて、そんじゃあこの船が沈む前にどうにか脱出することを考えないとな訳なんだが、誰かなんかいい案あるか?」
「四ツ神おめぇなんでそんな落ち着いてんだよぉ!」
「峰田ちゃん、うるさいわ」
涙目の峰田が絶叫しているが、梅雨ちゃんは完全にガン無視である。
思いのほか梅雨ちゃんの峰田への当たりがきつくて驚いた。
大体誰にでも緩く優しくな生暖かい性格だと思っていたが、案外ズバズバいける口のようだ。
蛙っぽいクリクリお目目の内側では何か黒いモノが渦巻いているのかもしれない。
「さっき峰田君と蛙吹さんには話したけど、現状僕らがするべきことは戦って勝つこと。オールマイトを殺させるなんて、絶対阻止しなくちゃだめだ」
静かに、しかし力強く話す緑谷。
自分に言い聞かせているようにも思えるその言葉は、きっとオールマイトへの尊敬以外にも親愛や憧れ、色々な感情が込められているのだろう。
しかし、口で言うのは簡単だがそれを実行するのは現状を鑑みるに酷く成功率の低い話だ。
そもそも俺達が目指しているのはヒーローなのだ。
ヴィランとヒーローでは勝利条件も選択肢もまるっきり違う。
そこには大きな有利と不利が生じる。
どうにかして下で海水――淡水浴してやがる半漁共をやっつけたい。
ああ、轟がいたらそのまま水ぜんぶ凍らせて貰えたのに……。この広いドームの中の何処かに居るであろうマイハニー轟へと思いを馳せるが、一向にスーパーヒーロートドロキンが俺達を助けにかっ飛んでくる様子はなかった。やんぬるかな。
えいえいおーポーズで背中にマントを付けた轟が空を飛んでいる妄想をかき消して現状の打開策を探す。
「この船って動かないのか?」
「さっき見てきたけど、どうやら鍵が抜かれていて動かせないみたい。操作自体はタッチパネルで簡易化されているみたいだったけど」
「鍵は恐らく職員室かこのドーム内の何処か管理室的な所で保管されているだろうし、今この船を動かすのは現実的じゃないね……」
「ど、どうすんだよぉ!早くしねぇとこの船沈んじまうんじゃねーのか!?」
焦る峯田の言葉に緑谷と梅雨ちゃんも苦々しく顔を歪める。
この船は鍵がなくちゃ動かない。うーん、鍵?
そこまで考えた所で俺の脳内に電流が駆け巡った。顔を勢いよく上げれば、何やら緑谷も思いついたようで目を見開いてこちらを見ている。
「なぁ緑谷。俺、この船動かせるんじゃないかとか思ったんだけど」
「そ、そうだよね!僕も今そう思ってた!」
「けろっ?でも、鍵がなくて動かないってさっきまで話してたわよね」
「そ、そうだぜ。鍵は何処か別の場所にあるからどのみち下の奴らをどうにかしなくちゃいけないって話だったろ?」
二人の話を聞いた俺と緑谷は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「鍵がないなら」
「作れば良いのさ」
「四ツ神君、どうかな?」
緑谷の言葉をせぬ受けながらうーんとかすーんとか言いながら作業を進める。
現在俺は船の操舵室でエンジン用の鍵穴に右手を押し付けながら唸っていた。別にこれは俺が危険な局面で脳みそがイカれたせいで新しい何かに目覚めたとかそういうことではない。俺のもつ個性、具体的に指定すると白虎の能力だが、大きさはしょぼい上に色は赤黒いせいで見た目があまりよろしくないが金属を作り出せる。手のひらから生み出すそれを、鍵穴に向けることで鍵を作ってしまおうと考えたわけだ。
初めは金属として生み出された時点でカチカチなら穴にうまく入らないのではないかと懸念したが、俺の意図したとおりに成長するかのごとく鍵穴の隙間を埋めていった。
その代わりと言っては何だが、鍵穴だけでなくその周りを含めて根を張る様に定着してしまったため、常に鍵穴から赤黒い取っ手が伸びていることになる。
今後はこれをそのまま使うか鍵の部分だけ付け替えるかこの船を再購入して頂く必要があるだろう。
ま、まぁ俺達は緊急事態故に仕方なくこうしたということで……。
現実逃避をし終えたあたりで完全に鍵穴を俺の生成した金属で埋め尽くすことが出来た。
そして鍵穴を埋め尽くした金属はそのまま外に飛び出し、そのままつまんで回すことの出来る取っ手を形成している。
最早セキュリティのせの字もなしていないが、緊急事態故に以下略。
「よーし、出来たぞ。よっこらせ」
掛け声とともに取っ手をひねると、船のエンジンが指導する音と共に目の前に合ったタッチパネルに光が灯る。
前進や後退など簡易的な操作であれば、このタッチパネルで行えるようだ。便利だね。
「やったわね、四方ちゃん!」
「すごいよ四ツ神君!」
「へへ、俺にかかればこんなもんお茶漬け前よ」
「それを言うなら朝飯前ね、四方ちゃん」
「あ、あはは、色々混ざっちゃったね」
「なぁ!せっかく移動できるようになったんだろ!?なら早くこっから離れようぜ!」
「そうだな。それじゃあそんあに距離なさそうだし、何より俺に船を操作した経験がないんでゆっくり、ゆっくり岸に寄せていこう」
絶妙なタッチパネルの操作具合でぽちぽちと船を動かしていく。
やがて船は中央広場近くの陸地へと近づき、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ陸地にぶつかった。ちなみに効果音はボゴォンだ。俺を含めて全員が船内で派手に転けた。
ダイナミック接岸した俺達は中央広場からほど近い水難エリア側の公園スペースのような場所に降り立った。水中のインスマス達だが、俺達を追いかけてこないように青龍に撹乱してもらっているのでまだしばらくは大丈夫だろう。ちなみに青龍は超高速で泳げるトカゲである。ちっちゃな水かきがついているとはいえ、どうやってあの推進力を実現しているかは長年の謎だ。
中央広場に隣接した茂みに近づき、様子を伺う。
あらかじめ他の三人には何かあれば直ぐに退避するように言ってある。
退路にヴィランがいないことが前提だが、この一体のヴィランはほとんど相澤先生に釘付けで、残る他はノックアウト済みだ。
その状態から俺達を追いかけてきたら凄まじい執念だ。暴行犯じゃなくて性犯罪者として取り締まったほうが良いと思う。
四人で横並びになって顔を出す。
広場では相澤先生が近接戦闘で多数のヴィランを相手に立ちまわっていた。あの細い体で良くあれだけ動き回るもんだ。明らかに対格差のある異形型のヴィランも自分の体重と落下のエネルギーを上手く使って軽くあしらっている。
と言ってもそれだけであんな漫画みたいに人間大の物がぶっ飛んだりしないはずなので、あの布なのかすら怪しい固ったい帯に仕掛けがあると思われるが。
「思いのほか戦況は上々だな」
「うん、相澤先生凄いね。僕らが来るまでもなかったんだ」
「おいこら。まるで助けに入る前提みたいなこと言うな。俺達が突っ込んでも邪魔になるか動揺した相澤先生が今まで躱せてた攻撃食らう未来しか見えねーぞ」
助けに来ました!って飛び出して行って何やってんだお前ら!とかなって相澤先生背中からナイフでぶっすりいかれて次に俺らもサクッと始末されるとかどこのギャグだ。
相澤先生がやられたら後は俺らも数に囲まれてとんとん拍子で始末される。
ハイハイハイハイだ。
自分で自分がやられるピタゴラスイッチ起動しちまってんじゃねーか。
緑谷の自滅覚悟の牽制攻撃だって数に限りがある。
残りの俺を含めた三人はお世辞にもガタイのいい異形型相手に肉弾戦出来るような鍛え方もしてなければそれを埋められる個性でもない。梅雨ちゃんは水中ならどうにでもなったかもしれないが、陸上じゃあ蛙の機動力だって制限される。
峰田はまぁ……囮にぐらいはなるかも。
詰まる所どういうことかと言われれば、さっきの作戦がうまくいったからって調子に乗らず大人しく邪魔にならないように見てろってことだ。
まぁ、流石に目の前で相澤先生が殺されそうにでもなれば行かざるをえないとは思うけど。
「てかさっきから静かだけど峰田は――うわぁ」
船上からずっと喚いていた峰田がやけに静かだと思い、峰田が居るであろう方向を見ると、派手に芝生とベロチューをかましていた。梅雨ちゃんの両手が峯田の後頭部を固定し、当の峯田本人はビクンビクンと死にかけの生魚のごとく痙攣している。
何があったか、なんてことは聞くまい。
触らぬ神に祟りなし。
なむさん。
こんな緊張状態であるはずの状況下でもブレない峰田に苦笑いを零しつつも、ヴィランとの戦闘中である相澤先生へ視線を戻す。
これまで相澤先生有利で進んでいた戦況だが、ここに来てヴィラン側に動きが見られた。
「ん?あの手だらけ前に出るのか」
今まで後方の安全地帯に居るだけだった全身に手を取り付けた襲撃して来たヴィランのボス、または幹部クラスと思われるヴィランが動き出した。
手だらけのヴィランは一直線に相澤先生へと向かっていく。
相澤先生もそれを迎え撃つ構えだ。
相澤先生としてはここで敵の中枢となっているであろう奴を潰し、残りの有象無象に少なからず動揺を与えて一気に切り崩したい所か。
今までも多対一で戦えていたのだから、更に混乱状態にでもなってくれれば制圧は容易いだろう。
相澤先生と手だらけの距離が見る見るうちに縮まり、お互いが接触。
相澤先生の肘がうまく決まった―――かのように見えた。
「ひっ!?」
「けろっ!?」
「せ、せんせぇの、ひ、肘が……」
「あれは、なんだ。見た感じ崩れたように見えたが……」
動揺する三人は、異様なほど冷静な俺を信じられないと目を剥く。
そうか、通常状態ならここは動揺するところか。
やばいな、徐々にこの半ば強引に冷静にさせられる状態に慣れてきたせいで常識的な判断が出来なくなって来た。というか今は自分と交戦状態のヴィランは居ないはずなのに効果が発揮されているな。
てっきりヴィランが俺を認識していないと発動しないもんだと思ってたんだが。
さっきの効果が持続してるのか?
………分からん。
「お、おお、お前なんでそんな冷静なんだよ四ツ神ぃ!怖えぇよ!俺は今お前が一番怖えぇよ!」
「静かにしてちょうだい峰田ちゃん。ヴィランに見つかってしまうわ。でも、私も少し驚いたわよ四方ちゃん。だってあなた、あんまりにも無反応なんですもの」
そうだね、そうだよね。
普通出会ってそう間もないとはいえ自分の知ってる相手がヴィランにやられて大怪我したら多少は心配なりなんなりするよね。
ヴィランの個性の分析とかしだすの俺ぐらいだよね。
「いや、違うんだ梅雨ちゃん、聞いてくれ。俺もよく分かんないんだがよく分かんない個性がなんやかんやした結果俺は今超賢者モード的な何かになってるんだ。決して俺はサイコパスや精神異常者じゃない。だからそんななんだこいつやべえ奴じゃねえかみたいな目で見るのは止めて欲しい」
「別にそういう目で見た覚えは無いけれど……」
梅雨ちゃんのその蛙お目目で見つめられると自分の中身を見透かされてるみたいでなんだかソワソワするんだよ。俺からしたら梅雨ちゃんが一番怖い、という言葉を飲み込んで、劣勢に追い込まれていく相澤先生を見守る。
片腕を潰されたにも拘わらず、見事な体さばきで迫るヴィラン達をなぎ倒す相澤先生だが、やはり体力的にも限界が近いのか、どんどん追い込まれて行く。
このままだと相澤先生はそうかからない内にやられる。
そうなれば俺達は傍観を止めてどうにかここを離脱しなくてはいけなくなる。
一応隠れてはいるつもりだが、俺たちから向こう側が見えているということは、少なくとも向こう側からも俺たちの顔半分は見えているのだから。
手だらけの意識が相澤先生へ向かっている今飛び出して入口へ向かうべきか。
しかし、強行突破するには雑魚ヴィランの数が多い。
火力不足機動力不足に調節不可能の大規模攻撃。
何ともまぁこの場を離脱するのに不利な個性ばっかり集まったもんだ。
最悪相澤先生がやられそうになったら俺が出てって口八丁で時間稼ぐか。
他の三人に話術で時間を稼ぐなんてことができるとは思えないしな。
しかし、俺のこの考えは即座に裏切られることになる。
強大で凶悪、そして余りにも無垢な黒い手が、相澤先生を呆気なく叩き潰した。