ご注意ください。
ずだん、ずだん、ぐちゃり。
何度も何度も目の前で繰り返される目を背けたくなる惨劇に、俺達は動けないでいた。
相澤先生の頭を黒く大きな手が強く鷲掴んで離さない。
先生の顔は叩きつけられる度にべったりとした粘液質な血で赤く染まっていく。
地面との間に血の糸が伸び、見ただけで鼻からも額からも大量に血が流れ出しているのが分かった。
今直ぐに助け出せたとしても後遺症はまず免れないであろう重症。
顔面への強烈なダメージ、となれば目を酷使する相澤先生の個性にも少なからず影響が出るだろう。
いや、後遺症で済めばまだ良いが……。
「あ、相澤、先生……」
「そんなっ、先生はプロなんだろ!?それが、あんな簡単に……」
「おい、もう少し下がるぞ。あんなバケモンよりはまだあの魚共のほうが百万倍マシだ。アレは、小細工が通用する次元の生き物じゃない」
下がると聞いて緑谷と梅雨ちゃんが勢いよく俺を見る。
その恐怖と罪悪感に駆られて唇を噛み締めた顔を見れば相澤先生を置いて行きたくない気持ちはありありと伝わって来る。
だが、アレと戦ったとして俺達に勝機はまず無い。
そもそもきっと戦いにすらならない。
一方的な殺戮。
圧倒的な力で知恵も工夫もねじ伏せられる。
今現在相澤先生がそうされているように。
先生は顔を持ち上げられる度に奴を視界に入れるように首を曲げている。
きっと何度も個性の抹消を行っているはずだ。
それでもあのパワーを維持し続けている。
異形型の個性は消せないようだが、現状を鑑みるにどうあれあのパワーを減衰させることは出来ないということだ。
パワーを何とかする手立てが無いということはイコールで俺達の勝機も無いということになる。
それに相澤先生が何の抵抗もなくああなるとは今までの戦闘を見ていても思えない。
あの身軽な相澤先生を捕まえたということは、ただの愚鈍な肉達磨ではないことは確かだ。
パワーがオールマイトと同等でスピードもオールマイト同等なんてえげつないチート性能でもあろうものなら手の施しようなど思いつかなかった。
そもそも手を施そうと考えた時点で詰んでいるのだ。
ともかく今は一刻も早くこの場から遠ざかるのが先決だ。
此処で相澤先生を殺された挙げ句俺達も全滅なんて結果はきっと相澤先生本人も望んでいない。
緑谷と梅雨ちゃんを説得するために再度口を開こうとした時、手だらけの男の隣についさっき嫌という程眼の前で見せつけられた黒い靄が渦巻く。
黒い靄は揺らめきながら人形を取り、手だらけの男の隣に立った。
「おい黒霧、十三号は殺ったのか」
「行動不能には出来たものの、散らし損ねた生徒がおりまして……。二名、逃げられました」
「――は?」
素っ頓狂な声を上げて黒い靄を、黒霧と呼ばれたヴィランを見る手だらけの男。
苛立ちを顕にして唸り声を上げながらガリガリと指で首をひっかく。
表皮が破れて地面に落ち、徐々に首には血が滲んでいった。
それでも首を掻き毟る事を止めない手だらけの男だったが、唐突に何かを思いついたようにピタリと静止する。
「流石に何十人ものプロ相手じゃ敵わない。ゲームオーバーだ。帰ろっか」
まるでゲームで負けて興味を失ったかのような発言をする手だらけの男。
これだけの大規模な計画を結構しておいてそんな簡単に帰るなんて普通言うか?
幾ら何でも諦めるのがあまりに早すぎる。
どんだけ飽き性だ。
三日坊主もびっくりな疾走感だ。
発言、風格、その他のどれをとってもアレがこの襲撃の首謀者とは思えない。
となると奴らにはまだ上がいる。
この場に姿を見せず、実行部隊の全てをあのちゃらんぽらんなキッズ脳をしたイカレ野郎に任せ、裏で全ての糸を操っている誰かが。
深く思考の海に潜り、誰が、一体何の目的でこんな事をしでかしたのかを考えた。
だから、そのタイミングに一歩で遅れてしまった。
「その前に、平和の象徴の矜持を少しでも――」
悪意の塊を視線に乗せてぶつけられたような悪寒。
気がついた時には既に遅かった。
直ぐ側まで手だらけの男の手が伸びている。
慌てて隣に居る緑谷の襟首を引き倒すが、狙いは緑谷ではないことに気がついた。
更に、もう一つとなりの―――
梅雨ちゃん!と声が喉から飛び出すよりも早く、男の手が梅雨ちゃんの顔へと伸びる。
さっき相澤先生の肘を崩した個性。
それが頭を鷲掴みにされたら一体どうなってしまうのか。
具体的な想像はつかないが、少なくとも無事では済まないことは分かった。
スローモーションになったかのようにゆっくりと世界が動いている。
男の手が、少しずつ、少しずつ梅雨ちゃんの顔へと伸びていく。
それが触れた結果を、崩れてバラバラになる梅雨ちゃんの頭部を幻視するほどに極度の緊張状態。
だが、いくら頭が回っても体は間に合わない。
そしてついに男の手が梅雨ちゃんに触れた。
しかし、何も起こらない。
どういうことなのか。
その疑問を口に出す前に俺は脳みそむき出しのヴィランに押しつぶされているであろう相澤先生を見た。
先生の瞳が赤く輝き、手だらけの男を捉えているのが見えた。
間違いなく限界を超えた怪我を負って尚その目は爛々と光っている。
「ほんと、かっこいいぜ。イレイザーヘッド」
手だらけの男がそう言った直後に相澤先生は再び地面に叩きつけられた。
それを合図に俺と緑谷が動く。
「手ぇ離せッ!!」」
「ふたりとも伏せろ!」
緑谷の拳が手だらけの男に向かって炸裂する。
まるで爆薬が爆発したかのような風圧から逃れる為に、俺は梅雨ちゃんと峰田を押し倒すように押し込む。
背中に強烈な風を受けて三人して後ろへ吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられた痛みに呻きながら二人と顔を見合わせ、お互いの無事を確認する。
どうやらお互い怪我は無さそうだ。
それにしてもさっきの梅雨ちゃんはめちゃくちゃ冷や汗もんだった。
相澤先生があの手だらけの男の個性を消してくれていなければきっと梅雨ちゃんは今頃最悪死んでいた。
あの個性が体の部位をどれだけの速さで破壊できるのかはわからないが、少なくとも頭蓋骨の露出、または崩壊もあり得ただろう。
今目の前にいる相手がそんな事になっていたかもしれないと思うとゾッとする。
そう酷い飛ばされ方じゃなかったのか、徐々に痛みが収まってきたことを感じながら立ち上がる。
視線を正面へ戻すと、緑谷が先程まで相澤先生を攻撃していた脳みそむき出しのヴィランに捕まっている所だった。
あわや緑谷がやられる、という所で施設の入り口から大きな音が響く。
俺達もヴィラン達も、自然とそちらへ視線が吸い寄せられた。
カツ、カツ、カツと革靴の音が静まり返ったUSJ内に響き、俺達が待ち望んだ存在が姿を表す。
「もう大丈夫。私が来た!!」
その声を聞いて生徒達は歓喜の声を上げ、ヴィラン達は慄く。
ただ一人、俺達の目の前に居る手だらけの男を除いて。
手だらけの男はニチャリと口角を上げ、小さな声で呟いた。
「あぁ、コンティニューだ」
オールマイトがUSJに到着してものの数秒。
たったそれだけの僅かな時間で俺達と相澤先生を救出してみせたオールマイトは、相澤先生を倒したあの脳無と呼ばれる脳みそむき出しヴィランと相対した。
オールマイトの規格外なパワーでボディや顔面にパンチが繰り出されていくが、それを何でもないかのようにダメージを受けていない脳無。
オールマイトが一度後へ引いて距離を取ると、手だらけの男が脳無はショック吸収の個性だと語りだした。
それを聞いたオールマイトは地面へ脳無を突き刺すことで動きを封じようと試みるが、これこそが相手の思惑だった。
黒霧のワープゲートで地面に突き刺さるはずだった脳無をオールマイトの背後から出現させ、オールマイトの両脇腹にその黒い手を強く突き立てた。
オールマイトの左脇腹からは出血が見られ、恐らく過去の傷か何かが開いてしまったと思われる。
そんな中、緑谷は梅雨ちゃんに相澤先生を預けてその場を駆け出した。
「オールマイトッ!!」
「待て緑谷!」
オールマイトがピンチ。
ただそれだけが今緑谷の思考を満たしている。
走る緑谷の背を追って俺も走り出すが、このままだと追いつけない。叫んで声を掛けるが、それでも止まる様子はなかった。オールマイトの命の危機で完全に冷静さを失ってしまっている。今目の前に居る相手はワープゲートだ。突っ込んでくる緑谷をそのまま素通りさせる訳がない。
最悪天井付近に吐き出されてそのまま落とされる。
あいつの個性なら地面へパンチを撃って風圧で相殺できるかもしれないが、失敗すれば緑谷はそのまま地面と激突コースだ。
ワープゲートがオールマイトへと手を伸ばす緑谷の目の前に開かれ、腕が半分飲み込まれる。
その直後、俺の頭上を爆発ヘアーのツンデレ野郎が爆風と共に通過していった。
「どけ、邪魔だァ、デク!」
爆風で緑谷ごと靄を吹き飛ばし、黒霧の首らしき部分にあった金属製の装備を掴んで地面に引き倒す爆豪。
そして爆豪の奇襲と同時に背後から氷の道が脳無の体へと伸びて行った。
氷の道は脳無の体と接触し、脳無の体を凍りつかせた。
それを好機と見たオールマイトは脳無の拘束を抜け出し、左脇腹の傷を庇いながら俺達の近くまで後退する。
緑谷達がオールマイトと戦う逃げろの問答をしている間に俺は轟に話しかけた。
「よう、お互い無事だったみたいだな」
「そうだね。ただ、そっちは土まみれみたいだけど」
「ちょっと童心に帰りたい気分でな。魚と一緒に泳げる水族館をスルーして近場の公園に行ってきたんだ。ちなみに水族館の方はサメとかタコとか色々いたぞ」
「それ、もうちょっと可愛いのいなかったの?」
「残念ながらな」
肩をすくめる俺にため息で返す轟。
何時も通りの心地いい会話がこの場で他の何より轟の無事を感じられた。今までずっと心の何処かで引っかかっていた轟の安否。その不安が無くなると、一気に強張っていた心が開放されたような気分になる。ニヤリと口端を上げて笑いかけると、轟も俺の方を見て少しはにかんだ。
他の何よりも心の中が満たされる一時。
こんな状況にもかかわらず、ついつい笑いがこみ上げてきてしまった。早くこんな面倒事は終わらせて轟と冗談を言いながら笑い合うような楽しい日常に戻りたい。
頼むからこのまま誰も傷つかず、終わってくれ。
全員無事にここから帰ることを強く、強く願う。
しかし、そんな願いは即座に否定されることになった。
「脳無。お前を凍らせたあの女を殺せ。また邪魔されたら鬱陶しい」
「――ッ!!」
脳無を凍らせた女を殺せ。
その言葉が聞こえた瞬間、今まで自分の中にあった楽観的な思考は全て飛び去った。
考えるよりも先に体が動くとはきっとこんな感じなんだろう。
個性のお陰で手に入れた冷静な思考も、頭を過ったこの後の自分の姿も全部全部置き去って、ただ右足と左足を交互に動かした。
向こうが動き出してからじゃ間に合わない。
だから、先にそこに辿り着く。
今まで人生で走った中できっと一番早く走れて居るのではないかと自分でも驚くほどの速さで走った。轟はまだ俺が走ってきていることに気がついてすらいない。
俺は左手を千切れんばかりに伸ばして轟の肩に触れた。
そして走ってきた勢いと体重を乗せて轟を思いっ切り突き飛ばす。
体格は男の俺のほうが当然大きいし、体はヴィランの方を向いていたので轟は簡単にバランスを崩した。
突然強い力で押された轟は、何が起こったのか分からないような呆けた顔で俺を見る。
俺がさっきのようにニヤッと笑って見せると、轟は今にも泣き出しそうな顔で俺へ手を伸ばす。
轟のその顔を見た瞬間、俺はどうしてこの学校へ来たのかを理解した。
初めはただ笑ってくれるだけで良かったんだ。
綺麗な顔してんのにお前ときたらずっとぶっきらぼうでつまんなそうな顔してやがる。
だから、ほんの興味本位でちょっかい出した。
中々笑ってくれなかったからこっちも意地になってお前の所に通いつめた。
ある日突然特別面白くもない話でこぼすように笑ったお前の顔を、今でもよく覚えてる。
なぁ轟、そんな顔しないでくれよ。やっぱりお前は笑ってんのが一番だ。
俺はさ轟。
ただ、お前が幸せそうに笑っててくれればそれだけで良かったんだよ。
宙を漂う雫は、果たしてどちらの瞳から溢れたのか。
視界の端に黒い何かが映る。
本当に、浅はかで欲望まみれで酷く独善的な感情だと我ながら呆れてしまった。
こんな感情、轟は許してくれるだろうか。ヴィランからの襲撃を受けて、今現在殺されかけているというのに頭に浮かぶのはぷりぷりと真顔で怒る轟のことばかり。
色んな意味で本当に自分に呆れてしまう。
俺が自嘲をする僅かな時間もなく、腹部への強烈な衝撃と共に俺の意識は刈り取られた。
気がつくと俺はどこまでも続く暗闇に立っていた。
右を見ても左を見ても、上を見ても左を見ても、どこまでもずっとずっと真っ暗だ。
視界の中を全部真っ黒なペンキで塗りつぶしたらきっとこんな感じだろうか。
ここはどこだろう。
何だか頭が回らない。
酷く眠くて、力が入らなくて……。
どうしようもなく諦めてしまいたくなる。
ああ、もうこのまま意識を手放してしまおうか。
もう何をする気も起きないや。
ぼんやりと意識が闇に溶けていく。体から、心から大事なものが溶けて出していく。
くらい。
ここはどこ?
さむい。
さむい。
さむい。
おなかあつい。
おなか、あつい。
おなか、さむい?
さむい、さむい。
あか。
まっかっか?
あかあかあかあかあかあか。
おなか、いたい?
せなかも?
うでもあしも?
ぐにゃぐにゃ。
ばらばら?
ばらばらばらばらばら。
ひかり?
あったかい。
まぶしい。
あんしんする。
優しい。
力が戻ってくる。
誰だ?
揺らめいてる。
炎の鳥?
なんだ、なんて言ってる。
聞こえないよ。
もっと聞こえるように言ってくれ。
俺はどうしたらいい。
俺はどうしたら――――
翼?
翼を、俺に貸してくれるのか?
そっか、ありがとう。
それがお前の本来の姿なんだな。
ちっこくて丸々としたいつもの見た目とは大違いだ。
今は無理でも、何時か向こうでお前にお礼を言うよ。
そう意地悪言わないでくれ。
俺だって一応それなりに頑張ってるんだ。
いやいや、今ここで焼き鳥なんて言わないよ。むしろお前今デフォルトで燃えてんじゃん。
わわ、ごめんって、突くなよ。勘弁してくれ。
そのサイズで首振られると結構痛い。
それじゃあ他の三人にもよろしく頼む。
俺はもう行くよ。
ああ、もう少しだけ頑張ってみる。
本当にありがとう。
それじゃあ、またいつか。
四ツ神君が吹き飛ばされて、直ぐに追いかけようとした轟さん。
オールマイトに止められて今は一応下がってくれているけど、今直ぐにでも助けに行きたいって気持ちが伝わってくる。
オールマイトも四ツ神君を助けられなかった事を酷く悔やんでいるようだった。
本来は自分がそうするべきだった役割を生徒にやらせてしまったという後悔。
そして超再生の個性で手足を復活させた脳無への焦り。さっきも十数回近距離でパンチを打ちったけど、オールマイトが押されているようだった。
オールマイトは途中からずっと左側を庇うように戦っていて、満足に本気を出せていない感じがする。初めてオールマイトと出会った日にビルの屋上で見せてもらった大きな傷跡。傷の開き具合が思った以上に酷いらしく、今も息が荒い。
四ツ神君の時も傷の痛みと予想以上の速さの脳無の動きのせいで間に合わなかったんだと思う。
「あれれ~?そんなんで良いのかよ平和の象徴。歯ごたえなさすぎだぜ?ラスボスなんだからもっとしっかりしてくれよなぁ」
「死柄木弔、油断は禁物です。あの方もおっしゃっていたでしょう。手負いの彼には気をつけろと。最後まで気を抜いてはいけません」
「チッ、分かってる。おい、脳無。オールマイトに止めを刺せ」
そんな事させてたまるか!
そう叫びたくても、僕にはどうすることも出来ない。
傷を負っているとは言えオールマイトが押しきれない相手に、一体どうしたら。
そんな時、全く意識していなかった方向から爆発が起きた。今までライトが消されて薄暗かった施設内に、強烈な閃光が走る。視界を埋め尽くすほどに大きな炎の塊。
轟々と炎が上がっているのにどうしてか熱くない。
むしろなんだか安心するような、不思議な温かさを感じる。
「づあぁっ!!?何だこれ!?!?脳無!!俺を守れ!!!ああああ!!?あづいあづいぃっ!!!!」
「ぐぅっ!?し、死柄木弔!!!」
僕らがなんともない中、脳無以外のヴィラン達が急に苦しみ始める。
まるで直に炎で炙られているかのように藻掻き苦しみだす彼らは、地面をのたうち回って尚苦しみ続けていた。
僕らが呆気に取られている中、炎の中から人影が現れる。
その人は、まるで何気ない、何時も朝教室に入って来た時のような気軽な声でヴィラン達に話しかけた。
「うーっわ、痛そうだなぁ。ま、俺も腹に穴あけられたし、これでお相子って感じか?」
「お前、何で生きてんだ!さっき脳無に確実に殺されただろうがぁ!!」
脳無の陰に隠れながら、死柄木弔と呼ばれるヴィランが声を上げる。
「そりゃあお前、あんだけ良いパンチもらったら、なぁ?」
四ツ神君はいたずらっぽく、口端をニヤッと上げて笑う。
「お返ししたくなっちゃうだろうが」
四ツ神君は背中から吹き出した大きな炎の翼を揺らし、右手をグッと脳無に向けて突き出した。
とかかっこつけて言ってみたは良いものの、ぶっちゃけこの状態はそう長く持たなさそうなんだよなぁ。
そもそもさっき俺が負った傷と呼んで良いのか悩むほどのダメージは本来俺を余裕で死に至らしめるだけのものだった。それなのに俺はまだこうして立っている。
有ろう事か、対ヴィランに有力な強力な能力まで発動して。あまりはっきりとは覚えていないが、あの時暗闇のなかで翼を貸して貰ったことだけは分かる。
燃え盛る炎を身に纏う神々しい火の鳥。
きっとアレが朱雀の本来の姿だ。
普段俺が呼び出すギャグアニメよろしくなふてぶてしいひよことは比べ物にならない圧倒的な存在感。そんな人智を超えた存在の力を盛大に振るってしまっている現在の俺だが、身に余る力の扱いを失敗してしまった時の代償は緑谷を見ていれば良く分かる。
俺が今やってることは言わば結果の前借りだ。
結果とは必ず過程を伴うもの。
過程がなくては結果は存在し得ないし、その逆に結果が存在するならば過程が存在しなくては矛盾が生じる。
努力もせずに結果だけ貰うなんてそんなのはずるだ。
当たり前の法則を捻じ曲げた代償はきっと緑谷のような骨折なんて生半可なもんじゃないだろう。ましてや失うはずだった命を拾ってしまったのだ。反動はどんなものがぶっ飛んでくるかなんて想像もつかない。外傷ならまだしも、最悪個性にも後遺症が起こる可能性だってある。
ざっくり言うとオレツエー過ぎて後が怖い。
そこは朱雀がいい感じにしてくれていることを願ってこの場では置いておく他ない。
どんだけ頑張ったって俺がどうこう出来ることが現状で何もない以上考えないようにしておくのが吉だ。
死なないよね?せめて昏睡状態くらいにしておいてほしい。
ぶっ倒れたりしたらしたで後で轟に延々小言を言われそうで怖いが。
このスーパー朱雀タイムが終わった後の事を考えると気が重いなんてもんじゃないが、取り敢えず俺が今するべきことは多分――
「よう、轟。さっきぶりだな。ちょっと熱血系男子になって帰ってきたわ」
眉を少し上げ、両手を軽く広げて体を見せる。
ジャージの腹部にはどでかい穴が空いているが、そこには傷跡もなにもないまっさらな肌が見えていた。
傷一つ負っちゃいないぜ、とアピールする。
すると轟は左右で色の違う瞳を大きく開いて潤ませた。
瞼の中から堰き止められる水量を超えた涙が決壊してボロボロと頬を伝う。
「――馬鹿じゃないの、ほんと」
涙目で声を震わせる彼女は、綺麗な顔をくしゃっと歪めてちょっとブサイクに笑った。
本格的に泣き出してしまった轟から視線を外して手だらけの男、死柄木弔を見る。
どうやら脳無の陰に身を隠して熱をやり過ごしているようだ。
脳無の体は何一つ傷のない状態のまま。
表面が焼けて再生している様子もない。
となればやはり奴に意思と呼べるものは存在しない、または極端に小さくなっているようだ。
まさしく
「さて死柄木弔。早いところ降参するのが身のためだと思うんだけど、そこんとこどう思う?」
「クソッ、クソッ、クソッ!バケモンが!おい黒霧!オールマイトを殺すどころかガキ一人に手も足も出ないぞ!どうなってるんだ!話が違う!!」
「此処は一旦引きましょう死柄木弔!このままでは全滅です!」
俺を中心に今現在周囲には特殊な熱風が吹き荒れている。
緑谷達は生暖かいそよ風程度にしか感じていないだろうが、ヴィラン共にとっては身を焼き焦がされる浄化の風だ。俺から溢れる炎、そしてそれによって引き起こされた全ては浄化の力が宿っている、らしい。
この翼を借りた時になんとなくだがこの力の性質を理解した。あれが噂の今貴方の頭の中に直接語りかけていますというやつなんだろうか。そも、朱雀だけでなく四神とは魔を払い清める聖なる獣達だ。悪鬼を退ける力なんだから、ヴィランによく効くという理屈は確かに納得がいく。
まぁ、仕組みはさっぱりだが。
そして死柄木弔も黒霧も気がついていないようだが、後の元々気を失っていたヴィラン達は特に熱さに苦しんで目を覚ます様子はない。どうやらヴィランなら無差別という訳でもないようだ。どうも、俺が語りかけています的なナニカで知り得た知識は俺の個性についての百パーセントではないらしい。
まったく、自分の個性ながらもうちょっとわかりやすくなってくれないものだろうか。
まぁ確かに応用は腐るほど利きそうなのは有り難いが。
「オールマイト。俺の熱と貴方のパンチ風圧で挟みましょう。ワープゲートはノーモーションでは飛ばせない。ほんの僅かだが人間サイズに広がるか相手が近づく一瞬が必要になるはずだ」
「了解だ!中々エグいこと考えるね、四ツ神少年」
「そもそもオールマイトがサクッと片付けてくれてればこんな事になってないと思うんですけど」
「くぅーっ!辛辣!!」
口元から少量の吐血をしながらも、手の甲でそれを拭って笑ってみせるオールマイト。
左脇腹の出血は未だ止まらず、どんどん血が流れ出しているのは白いシャツの染まり具合からすぐに分かった。
それでも笑顔を見せるタフネスには感服する他ない。
オールマイトはボロボロの体で一歩前に踏み出し、ヴィラン達に威圧感を与えた。
「さぁ、もう逃げ場はどこにもない。大人しくお縄に付くんだな、悪党共!」
前も後も塞がれて、ワープゲートを広げようとすればオールマイトの一撃で天候を変えてしまうほどの風圧で吹き飛ばされる。手負いの状態でそれほどの威力が出せないとは言え、この至近距離で食らってしまえばただでは済まない。特殊な体を持った黒霧以外の肉体を持つヴィランは脳無以外逃げるどころか苦痛のあまり気を失ってしまった。
特に変化のない脳無も死柄木弔の守りで熱が吹いてくる方向から動けない。
詰みだ。
そう誰もが思った時、ヴィラン達の口からおどろおどろしい色をした液体が吐き出される。
「ごばっ!?な、ぶあっ!?」
「これはっ――」
この場に居るヴィランを含めた全員が突然の展開に身構える。
ヴォラン達の体から溢れ出した液体は、見る見るうちにヴィラン達自身を飲み込みはじめ、彼らの体はその液体の中に沈み始める。
逃げられる。
阻止すべく駆け出そうと足に力を入れるが膝がガクリと大きく沈む。
このタイミングで限界とかマジか!と舌打った。
走り出したいのに足にうまく力が入らない。ずるをしたツケが早くもやって来たらしい。
と言うか早すぎだ。
もうちょっと融通は利かなかったのかあの焼き鳥野郎。
俺が一人心の中で悪態をつく間にも事態は進んでいく。
ヴィラン達を逃すまいとオールマイトも手を伸ばすが、後一瞬間に合わずにヴィラン達の体は液体の中に沈みきった。オールマイトもやられた傷が酷いらしい。
苦虫を噛み潰したような顔で左脇腹を抑えながらその場に膝をついたオールマイト。
いつものような人外じみたスピードはまったく出せていなかったのは誰の目にも明らかだ。あの人も随分自分の体に対して無茶を押し通しているらしい。
そして俺も自分自身に残された時間が残り僅かだということを自覚した瞬間体のあちこちに発生している異常に気がついた。
体から炎を噴出しているというのに体温は上がるどころか酷い寒気を感じるし、冷や汗で背中がびっしょりだ。
呼吸は極端に浅くなり、両手足の先の感覚が麻痺し始める。
背中から吹き出す炎があっという間に小さく萎んでいく。完全に翼を失った頃には視界は狭まり、意識も朦朧としていた。前後にグラグラと揺れ、二度目に前方に傾いた所で自分の体を支える事ができずに前のめりに倒れ込む。本当に何もかもが限界で、受け身も取れなかったせいでバタッなんて綺麗な音ではなくべちゃっと酷い音を立てて地面と接触した。顔面からいったはずなのに痛みも感じない。
あっ、これ、本格的にヤバいやつだ――。
遠くで誰かが自分を呼んでいるような声を聞きながら、俺は本日二度目となる気絶を味わった。