いやはや誠に勝手で申し訳ない。
会場全体に響き渡る歓声が空気を震わせ、この空間の興奮を更に上へと引き上げていく。
少年少女達の熱き思い、プロ達の様々な思惑、そしてヴィラン達の纏わりつくような悪意。
それらが混ざりあった人間の欲望のるつぼ。
ドロッドロのデロンデロンに煮詰まったそれ。
名を雄英体育祭。
嘗てのオリンピックの代替として個性と財力を思う存分に振るいまくった競技大会。
現在はその中でも騎馬戦の真っ最中だ。
燦々と降り注ぐ日照りの中、眼下のフィールドでは生徒達の個性と力と策とがぶつかり合っている。
その最中、俺こと
日陰でのんびりゴリュゴリュ君を齧っていた。
周囲には生徒、プロヒーロー、保護者を含め誰も居らず、誰にも邪魔されることなく優雅な時間を過ごせている。
雄英高校の生徒は指定された座席に座ることになっているが、その席にずっと座りっぱなしな生徒は少ない。
出場選手が抜ける分前列に少なからず空きが出来るため、その種目に出場していない生徒は基本的に例外なく前に詰めようとするのだ。
流石は倍率四百倍を乗り越えた生徒達。
やはりやる気が違う。
クラスメイトも含め他クラスの生徒の一挙手一投足に目を血走らせて注視し、付近の生徒と意見を交換し合っている。
相手を見ることで知識を高め、それに対する対策や予測を立てることで己を高める。
うむ、まさしく研鑽と呼ぶにふさわしい行為だ。
さて、まるで自分には関係無いかのようにさも外から見たように語ったわけだが、本来であれば俺だってそうするつもりだったのだ。
先日のUSJ襲撃事件。
俺は少なからずその中枢に関わった。
現状五体満足ではいるものの、一時は全身複雑骨折していたと言っても過言ではない程にズタボロにされたのだ。
その姿はまさしくボロ雑巾、と言う奴か。
あの時朱雀の再生能力で肉体を回復させることができなかったらと思うとゾッとする。
今思い出すだけでも冷や汗が吹き出し、否が応にも顔が引きつってしまう程だ。
俺はあの後最寄りの大学病院で目を覚ました。
目を覚ましたばかりで意識は朦朧としていたが、取り敢えず「知らない天井だ」とだけ呟いておいたが、どうもちょうどカーテンの隣で別の患者にナースさんが処置をしていたようで俺の声を聞きつけて勢いよくカーテンの中に突入して来た。
初めは何事かと思ったが、後から俺の「知らない天(以下略)」を聞かれたと気がついてめちゃんこ恥ずかしかった。
数分後、数名の医師を引き連れて俺の主治医だという白髪痩躯の男性が俺の病室を訪れた。
どうやら個性学についてそれなりに著名な方のようで、色々聞かれたが結局俺にも良く分からない個性を俺が誰かにうまく伝えられる訳もなく、向こうもそれが分かったのか「早く退院できるようにこちらとしても尽力しよう」とだけ言って早々に退散していった。
取り敢えず、ああでもないこうでもないと支離滅裂な事を繰り返し話すところを「知らない天(以下略)」のナースさんに見られなかっただけまだましかと思っておくことにしておいた。
それから数日間個性を使う機会がなかったが、退院間近になって主治医に個性の使用を見せて欲しいと言われたため朱雀の名前を呼んだが一向に出てくる気配が無い。
これには些か焦らされたが、直感的にに背中から炎の翼を噴出した当時の感覚を記憶していたので、それを同じような気持ちで拳に炎を灯してみようと試みる。
が、しかし、ここでもまた予想外のことが起きた。
俺のイメージとしてはそれなりに勢いよく炎が吹き出すはずだったんだが、予想に反して実際に出た炎は人差し指の先に小さな小さな明かりの如き小振りな炎。
ていうか普通に火。
もう百円ショップのしょぼいろうそくといい勝負を張れるのではないかとすら思えるしょぼさ。
その上火がついた瞬間全身のいたる所に内側から大量の裁縫ばりで突き刺すような激痛が走った。
絶叫と共に俺はその場で気絶。
その後目を覚ましてから朱雀ガン無視事件に続く予想外に俺は大いに取り乱した。
それはもう情けない有様だったと思う。
その時は今自分が何処に居て何をしているのかも忘れ、数秒間口をぽかんと開けて呆けてしまった。
主治医の勧めで精神、身体ともに精密検査を行った結果、俺の症状は典型的なガス欠をこれでもかと言うほど悪化させたような状態であると診断された。
どうやら俺の結果を前借りした対価という悪い予想はばっちり当たってしまったようであった。
話によると限界を超えたことによって例の筋繊維的な法則により個性が強化されたり上限が上昇したりすることも多いらしいので、この痛みの分だけあの時程とは言わないものの少しでも個性が強化されることを祈ってしばらくベッドの上でぐうたらな生活を送った。
そしてようやくまともに個性を使えるようになったと思えば体育祭前々日。
この一大イベントのために何週間も前から準備してきた他の生徒達に対して俺はそんなことはすっかり忘れてごろ寝と身体検査を繰り返していたのだから、対抗なんて出来るわけがなかった。
まぁ、ぶっちゃけ悪意に反応していると思われる俺の個性が体育祭でまともに機能するかは分からなかったけれど。
キンキンに冷えて痛くなってきた口内から半分溶けかけたゴリュゴリュ君を引き抜き、視線を遠くの空からフィールドに戻す。
どうやら競技も大詰め、多量のポイントを持ちつつ強力なメンバーを揃えたチーム同士が正面対決を始めたようだ。
会場の盛り上がりも最高潮に達している。
それに対して俺は隅っこでいじけんぼだ。
俺は第一種目の開幕、他クラスの生徒たち同様轟の氷結でガッチガチに固められて身動きが取れずに即時敗退。
数人は俺と同じようなA組のメンツもいるだろうと少し寂しいながらも生き残ったクラスメイト達の応援を頑張ろうと座席に戻ってみればあの場でのA組リタイアは俺だけと来たもんだ。
結局俺はそれを知った瞬間のぶつける先を初めから持たない悲しさと寂しさとみんなの頑張りが報われた嬉しさとが混ざり合ったよく分かんない感情を胸に募らせて売り子のお姉さんが持ってきたゴリュゴリュ君を手にこうしてぼけっとしている訳である。
元々他人の個性の研究なんかにはそこまで真面目に取り組んでいなかった俺だが、今は尚更そんな事をする気分ではない。
まぁ、いつまでもこうしているわけにも行かないし、競技が終了して疲れて帰ってきたクラスメイト達を出迎えるべく選手控え室あたりで出待ちしていよう。
そう思い残りのごリュごリュ君を口の中にぶちこんで席を経とうとした時、背後から誰かの足音が聞こえて来た。
「まだ競技中だし、誰かが帰ってきたってのは無いよな。もしかして一般の観客が道に迷ったとかか?それともまさか―――」
一瞬襲撃事件が脳裏を過るが、通路の影から顔を出した予想外の人物に思わず驚きの声を上げた。
「あ、相澤先生?」
「ああ、四ツ神。少し話がある」
相澤先生と二人、A組の座席に並んで座る。
眼下には先程と同様熱戦が繰り広げられていた。
「というか、俺は一回戦敗退なんで構わないっすけど先生は解説の仕事放って置いて大丈夫なんですか?」
「俺が今ここに居ることは他の教員も知っていることだ。であれば、適当に代役を見繕ってくれるだろう。なにせ、ここの教師陣は経験豊富なプロヒーローで構成されている。こと戦闘においての解説が出来るメンツなら少なからず居るだろう」
「確かに。そう言われてみればそうっすね」
「そもそもあの仕事だってマイクが無理やり押し付けて来たものだ。俺はもとから乗り気じゃなかったんだよ」
誰かがやってくれるならその方が俺としては有り難い、と方を竦める相澤先生。
確かにこの学校には戦闘特化のプロヒーローがオールマイトを筆頭に大勢いる。
それなら怪我をしている相澤先生を無理やり働かせる必要もないのだろう。きっと誰であろうと特色が有るにしても一定水準以上の解説を聞かせてくれることだろう。取り敢えず、たった今聞こえてきた『HAHAHAHA!!』という何処かの白ネズミがマイクの向こうで発した高笑いは聞かなかったことにしよう。
一瞬脳裏に浮かんだ狂気的なネズミが高笑いとともにヘッドバンキングしている光景を拭い去るように頭を振って相澤先生の方を向いた。
「それで?話ってなんすか?もしかして一回戦で速攻負けた可愛そうな俺を慰めに来てくれたとか!?やだもう先生優しぃ~」
「…………」
俺がオカマ口調でくねくねするのを見て『マジでコイツ一回――』という思念のこもった目で見られた。
いや、一回戦で惟一負けたA組ってことで割とへこんでるのはほんとなんでそんな目で見ないでください先生。
その目はマジで怖いから。
ふぇぇ助けて轟。
「冗談は置いといて、押し付けられたんにせよ任された仕事を置いてまで先生が来るってーのはそんだけ優先順位の高いものなんでしょ?」
少しだけ真面目な雰囲気に変えて話しかけると、相澤先生も空気を読んで睨みを止めてくれた。
これで一安心だ。
次は何をしてやろうか。
「その通りだ。と言っても頭の回るお前に遠回しにやるのは逆効果だろうから率直に話が、この間の事件のちょっとしたカウンセリングと別件の話だ」
「ふむ、学校側としては俺が一回戦で敗退したことについて少なからず責任を感じているってことっすかね。まぁ、確かに俺はつい数日前まで個性使用禁止な上病院のベットでぐうたらしてましたけど、ぶっちゃけ俺の個性じゃこの体育祭なんて健全なイベントで十中八九役に立たないことは相澤先生も分かってたんじゃないですか?」
「まぁ、な。襲撃の後で病院に見舞いに言った時にお前から聞いた話、『悪意に呼応して強くなる』という特性上あくまでも競技しか行わない体育祭では些か無理があったと俺も思う。だが、一応声だけでも掛けておこうというのがこちら側の決定だ。お前がそうというわけじゃあ無いが、場合によってはやり場のない焦りや苛立ちを本人も望まない方向へ向けてしまうやつも居るからな」
「そういうもんですかねぇ」
「そういうもんだ」
相澤先生の言葉に既に棒だけになってしまったゴリュゴリュ君を人差し指と親指の間で転がしながら、軽く返す。
ちっ、はずれか。
これまでの人生でかなりの数この商品買った覚えがあるはずなのに一向に当たる気がしない。マジふぁっく。
この様子からするに、相澤先生本人は大して心配している訳ではないようだ。学校側の指示に従ってそれこそ先程の言葉通りに一応声だけでも掛けた、ということなんだろう。
やはり相澤先生は俺の耐久力を評価してくれているらしい。
流石普段俺の顔面へ執拗な攻撃を行っているだけは在る。
もうちょっと普段の過激なツッコミ優しくしてくれてもいいのよ?
「さて、1つ目のちょっとしたカウンセリはこれで終わりっすね」
「ああ、そうだな」
「するともう一つの別件というのはなんですか?」
ポケットに両手を突っ込んだままだらりと背もたれに背を預けていた相澤先生の目が少しだけ細められる。
その小難しい顔からは何を考えているのかを窺い知ることは出来なかったが、その視線の先に誰が居るのかは分かった。
「轟、っすか」
「轟焦華。推薦試験にて強力な個性によって好成績を叩き出し、雄英高校に入学。しかし、単純な基礎体力や対人格闘技能等の肉体的な面では幾分他の推薦生徒と比べると劣っている。また、協調性にも難あり。他の推薦生徒と関わりを持とうとせず、一定以上の距離を置いて行動。惟一相手から話しかけてきた生徒を除いて推薦試験中に誰かと会話することは一度もなかった。これを見て俺は学校生活ではクラスで孤立、浮いた存在になるとほぼ確信していたんだが――」
「あいつとまともに会話できる俺が一般で入ってきた、と」
「中学からも資料を受け取っていたが、あいつに行動を共にするような仲の友人がいるという報告はなかった。だから俺も今後の問題解決の方針は孤立からの脱却だと考えていたんだが、予想外のお前の乱入だ。お前に言うのもお門違いだとは分かっているが、正直焦らされた」
「そりゃまたどうして」
「お前だって分かってるだろう。いや、分かっていたと言うべきか」
相澤先生から向けられたジトリとした睨みに肩をすくめて視線を逸らす。
いやはや、どうやら先生には何もかもお見通しらしい。
「確かにあのままでは俺も不味いなとは思ってましたよ。俺が居ると轟は俺以外の人間に対して全くと言っていいほど関わろうとしない。今はまだ良く言えばシャイと呼べる可愛いらしいもんでしたが、いずれ悪い方向へと進めば小奇麗な執着から歪な依存へと形を変える。そうなるとただ引っ込み思案な友達の居ない生徒より対処の難度は跳ね上がる。ここはヒーロー科です。俺があいつのそばから命の危険という意味で離れることになるようなきっかけはいくらでもある。中学時代の延長で話掛けちゃってましたけど、個性把握テストの時点で既に調光は見え隠れし始めていました」
「そして今回のヴィランによる襲撃事件。そこでお前は轟を庇って重症を負った」
「本当はまずったと思ったんですけどねぇ、あいつは最高な形で俺達の予想を裏切ってくれたじゃないっすか」
俺達二人の視線の先には闘志を燃やし、鋭い思考で仲間に指示を出す轟。
その堂々とした姿は今相澤先生との会話に出てきた他者との関わりを拒むつい最近までの轟と同一人物とは思えない。
やはりウチの子はやれば出来る子だった!
万歳三唱!狂喜乱舞!!
焦華ちゃんかわいいヤッタァ!!!
「何がどう作用したのかは検討もつかんが、あの経験を凄まじいバネにして成長した。しばらく様子は見るつもりだがあの様子なら大丈夫だろう。むしろ大変なのはこれからの成長に合わせたカリキュラムの内容変更だ」
「カリキュラムの内容変更?」
「うちの学校はクラス全体だけでなくお前たち生徒個人個人の成績や個性の伸びを記録、管理している。それを元にクラス全体の練度、実力を測って細かくヒーロー基礎学のカリキュラムを調整してるんだ。まぁ、最悪クラス内の一番上と一番下とで差がありすぎる場合はクラス内で授業内容を分けるが、出来るうる限りそうならないように全体の練度をまとまった状態で上げるように出来てるんだ」
眉間に皺を寄せながらより一層人相を悪くする相澤先生を見るに、俺達は普段から大変お世話になっているらしい。
「へぇー。先生方も大変っすねぇ!。俺生徒でよかったー!てかそれって一生徒の俺に話しちゃっていいんすか?」
「生徒によっては二年に上がる頃には気が付く。お前も遅かれ早かれその観察眼で気がついていただろう。別に今知ったところで遅いか早いかだ」
なんてことはない、という風に話す相澤先生だが、学校側が形式上だけでも隠している内容をおいそれと口にする人ではない。
となると他に目的が有ると見るべきか。
「それで、相澤先生はそのことを俺に教えて何がお望みですか」
「……全く、良くも悪くもこっちの思惑を察してくれる奴だ」
「いえいえ、それほどでも。というか、今のは完全に相澤先生わざとだったじゃないですか。そりゃ普段の相澤先生の性格見てれば今のがわざとだってことくらいA組なら――まぁ、一部を除いて察してくれると思いますよ」
「さて、どうだかな……。こちらとしても一生徒のお前にそこまで負担を強いるつもりはない。だが、お前も分かっていると思うが今年の1Aは色んな意味で問題児ばかりだ」
「確かにそうですね」
お前も含めて言ってんだからな、と言わんばかりの厳しい視線を受け流し、わざとらしくオールマイトのような笑い声を出して誤魔化した。
射るような視線が大変痛い。
「こちらとしても常に全員の実力向上に手を貸してやりたいが、教員の数にも限りがある。それに、個性や学業に限らず教師に相談しづらいこともあるだろう。年頃の若者ならなではの悩みは特に俺達大人では対応しにくいケースも多い。また個性に関して言えばこの間バスの中で話していた見解は中々に面白かった。実際がどうあれああいった他とは違う発想を持てる奴はそう多くない」
予想外のお褒めの言葉に少し驚いて目を開く。
あの相澤先生が素直に俺を、というか生徒を褒めるとは。中々にレアな機会だ。
「となれば、俺は教師側と生徒側の間に立つ、または場合次第で教師の代わりを努めよってことですかい?」
「別に代わりとまでは言わない。本題は教師に任せてもいい。ただ、俺達教師に言いにくそうにしているようなら相談相手になってやって欲しい。それと念を押して言うがこれは強制じゃない。学校側からの指示じゃなくてあくまでも俺個人からの頼みだ。この依頼を受けたからと言って学校側からの評価が上がるわけでも何らかの点数が稼げるわけでもない」
「別に構いませんよ。俺自身クラスでの関係は各人と良好に築けてると思いますし、何よりヒーロー志望。困ってる人がいるなら力を貸さないわけには行きませんしね」
にやっと笑いながら右手の握りこぶしを左胸にコツンとぶつける。
それで納得してくれたのか、相澤先生は一度目を伏せてから億劫な動きで座席から立ち上がった。
「それじゃあ、気負わず気楽にでいいからな。頼んだぞ」
そう言い残して相澤先生は通路へ消えていった。
相澤先生の背中が見えなくなるまで半身を捻った体制で座席に座ったまま見送る。
先生が遠くに行ったことを確信してから体制をもとに戻して大きく溜息を吐いた。
快晴の空に空虚な溜息は吸い込まれていく。
あまりに眩い太陽に、少し目を伏せた。
「まったく、そんな急に役割押し付けて……。そんなに今の俺危うく見えたかねぇ」
姿勢を崩し、座席の上で体を滑らせる。
狭い座席の中で寝そべりながら、前の座席の背の上に足を乗せて口元をジャージの長袖の襟に隠す。
腹の上で両掌を組んで右手の人差指で左の人差し指を撫でた。
他者から必要とされている実感を与えることで自信の回復を図るってのは常套手段だが、それを必要としてるほど俺が落ち込んでいるように見えたのか、それとも焦っているとでも思われたのか。
とはいえどちらにしても――――
「随分と過保護なもんだなぁ」
相澤先生のおせっかい、というか心遣いに苦笑しながらふと思い出したことがあった。
てか、さっきの相澤先生何処までが包帯で何処までが武器だったんだろうなぁ。
しばらくその場に残り、ぼうっと色々なことが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返した後に結局暇になって競技から帰ってくるクラスメイトを出待ちすることにした。
そこで元の予定通り通路に入って歩き出した訳なんだが――。
「なんかここ熱くないか?俺の脳内の花畑の陽気が全身に回り始めたかとも思ったが、そんな内的要因じゃなくてもっと単純な外から加熱されているような――」
今日はだいぶ暑い外気温だが、それなりに室内の奥であるはずのここが外の日向と同程度な暑さというのはおかしくないだろうか。
謎の怪奇現象に首をかしげる俺だったが、この疑問は直様解消されることとなった。
目前の曲がり角から顔を出した一人のプロヒーローの出現によって。
「ムッ?」
「っ、あんたは――」
全身のいたる所から炎を迸らせ、炎熱を撒き散らすその体。
一度見ればきっと子供であろうと、否、子供のほうが忘れられなくなるであろう怖すぎる顔。
『いや、これはマジで夢に出てくるわ』と誰もが思わずにはいられないその人。
轟の親父であり、オールマイトに次ぐ国内ナンバー2ヒーロー、エンデ――エンデ……えんで………。
「エンデ、ライオン?」
「誰が獅子だッ!どこぞのドーナッツ店のマスコットキャラクターのような名前で呼ぶな!!」
俺の口にした恐らく何処か若干ズレた名前に迫力満点な全力のツッコミを頂いた。
燃える顔面を突き出して厳つい強面を歪ませた激は中々の破壊力。
これならM1グランプリで優勝を取るのもそう遠くないに違いない。
「エンデヴァーだ!二度と間違えるな。次は無いぞ」
「え?今のって殺害予告っすか?ヒエッ」
「――あまり俺を怒らせないことだな……。四ツ神四方」
「うわっ、名前割れてる。もしかしてわざとっすか?俺に煽らせるように仕向けて後は計画通り煮るなり焼くなり好きにしてやるぜみたいな?プロヒーローえげつねぇな」
なんと言うことだ。
どうやら俺はプロヒーローの権力と財力と顔面力によって身元が割れているらしい。
一体どんな卑怯で卑劣で非道な真似をしたというのか。
きっと強面な悪いヤツ仲間の警察が手を貸したに違いない。
現状でさえヴィラン引取係だか引き受け係だか言われてんのにこれ以上世間からの評価低くしてどうするっていうんだ。
そのまま行くとマイナス値突っ切ってマントルまで到達しちまうぞ。
運が良ければ地底人に会えるな。
お土産は期待しておこう。
エンデヴァイオンさんはどうやら俺のちょっかいにはもうこれ以上乗るつもりは無いようで、軽く鼻を鳴らして自分の話を続ける。
「先日のヴィラン襲撃時、アレが世話になったと聞いたのでな。一応様子は見ておこうと思っただけだ。どうやら軽口を叩きまくれる程度には元気なようなので俺はこれで失礼する」
エンデヴァイオリンはそれだけ言うと俺に背を向けて今来た廊下へ戻っていった。
足音が遠のくに連れて周囲の気温も下がっていく。
一分もすれば本来のある程度涼しい空気に戻った。
「なんだか思ったより愉快なおっさんだったなぁ」
轟から聞いていたあの人はもっと昭和の頑固親父を三倍くらいに濃縮してオールマイトへの執着を核に添えたようなイメージだったんだが、あのキレッキレのツッコミを見る限り思いの外バカっぽ――――純情そうな感じだった。
「だとしても轟のお見合いの件も合わせて考えると身内を自分の道具と考えるタイプかもしんないが、何にせよ一回目の接触だ。如何せん判断材料が足りなすぎる。今この場で深く考えてもしょうがないか」
一つ小さくため息をついて頭を埋める疑問と考察を外に吐き出す。
さて、俺はこれからどうしようか。
選手の控室の近くまで来たわけだが、当の控室はついさっきエンデライオンイクスゼータの向かった先にある。
恐らくあの人も俺と同じように控室に用があってそのついでに俺の方へ顔を出したってかんじなんだろう。
となると本来の目的はやっぱり轟か。
であれば俺がさっきまでの行き先通りこのまま控室に向かうとついさっき別れたばかりのエンダクスゼイオンに再度鉢合わせということも大いに有り得る。
それに以前の轟なら父親と一対一で接触させることに些か不安があったが、今の自信と覚悟に満ち溢れた轟なら逆に中途半端に触れてやらないほうが良い気がするのだ。
むしろ行ったら行ったで俺が痛い目を見る気がする。
もう何人かヒーロー活動以外で殺ってそうな顔してるからなぁ、あのおっさん。
気を抜けばきっと俺もそのうちの一人に……。
ふぇぇ助けて轟。
「……大人しく戻るか」
どの道もう少しで昼休憩だ。
そうなれば轟を含めた他のクラスメイトとも必ず顔を合わせることになる。
元々控室に行こうと思ったのは単に俺が一人で暇だったからだ。であれば今無理して押しかけることもないだろう。
それはそれで面白そうだけど。
そう決めて俺も自分が今来た道を戻ろうと後を振り返った時、廊下の曲がり角から見覚えのある金色の触覚が二本ぴょこぴょこと飛び出ていた。
「――そこで何やってるんすか。オールマイト先生」
「ハッ、ハーッハ、ハハハ!!い、いやぁ、エンデヴァーの怒鳴り声が聞こえて来たもんだからちょっと気になってね。体の調子はどうだい、四ツ神少年」
「まぁ、上々ってわけじゃないっすけど、それなりにはいい感じです。放っとけば近い内に本調子に戻るでしょ」
「そうか……。それは何よりだ。あの時は、本当に――――」
「ちょっと待った。その話は勘弁してくださいよ。もう済んだことですし、何よりこの会話今で五回目くらいでしょう」
「いやぁ、まぁ、そうなんだけどね……」
どうもやるせなさそうに背を丸めて後頭部に手をやるオールマイト。
彼は襲撃事件時の俺に怪我を負わせてしまった事を今でもかなり気にしているらしい。
俺としては気がついたら走ってて気がついたらぶっ飛んでて気がついたら背中から翼が生えていたのでぶっちゃけあんまりはっきりとあの時のことを覚えていないのだ。
そのことに関していつまでも頭を下げさせ続けているのは俺としても忍びない。
あの場で生徒の助けがあったからオールマイトが生き延びられたのも事実だが、あの場に生徒が居たから足を引っ張ったというのも純然たる事実なのだから。
「これについてはもう終わった話なんだから良いじゃないですか。次、俺じゃない別の生徒がピンチになった時ちゃんと助けてくれれば良いですよ」
「だが――いや、そうだね。ありがとう、四ツ神少年」
ニカッ、と白い歯を輝かせて笑うオールマイト。
暑苦しさを振りまきながらHAHAHAと笑うオールマイトは右手は後頭部、左手は腰に添えようとして左手が自身の体を掴んだ瞬間「グエッ!?」と蛙が車に轢かれたような珍妙な声を出して悶だす。
「脇腹の怪我、まだ治ってなかったんですか」
「い、いやぁ、実はこの位置には元から古傷があってね……。そこをやられたせいで悪化してしまったんだ。それでも大分良くなってたんだけど、今朝出勤する時にあっちこっち走って回っていて遅刻しそうになったことがリカバリーガールの耳に入ってしまったようで、ついさっきあの杖でガシガシと突かれてしまったのさ。『何でもかんでもお前がやってしまえば若手が育たない。もう少し見守ることを覚えろ。お前ももういい歳だろう』と、言われてしまったよ。いやはや全く耳の痛い話だ。私も分かってはいるんだが、ついつい体がね」
「オールマイトがぶっ倒れでもしたら世間はともかく緑谷がショック死しそうなんで程々に頼んますよ」
「それは……確かに、その光景が目に浮かぶようだ。肝に銘じておこう。ありがとうな、四ツ神少年」
はいはい、と適当な返事を返してオールマイトの前を通り過ぎる。
エンドレスバイオニックとオールマイトとの二連チャンでの立ち話でそれなりに時間も食った。
きっともうすぐ選手のみんなも帰ってくるはずだ。
それならこんな狭い廊下で待ってる意味もない。
大人しく座って帰りを待つべく座席へと歩き出した。
あれ?よく考えたらさっきの"あれら"ナンバーツーにナンバーワンか。
割とレアな体験した気がする。
帰りに宝くじでも買って行こうか。
「私、本気でヒーローになる」
「なんだと?」
荒ぶった感情を隠す素振りもなく、轟々と炎を大きくする目の前の男。
ナンバーツーヒーローエンデヴァー。私の父だ。
私と父との間には性別はもちろんのこと年齢からして当然の差があり、更に他より大きな体を持つ父なのだから殊更私は見下される形で対峙している。
二つの青い瞳で頭上から睨みつける父を父譲りの青い瞳と母譲りの黒い瞳でこちらも強い意志を持って見つめ返す。
はっきりと伝えた私自身の意志。
私はヒーローになりたい。
あの日、私は彼に庇われて自分自身の無力さを思い知った。
目の前で圧倒的な暴力に晒されている彼を、私は助けることが出来なかった。
私が自分で自分の身を守れるだけの強さがあればあんなことにはならなかったはずだ。
彼に突き飛ばされた時、宙を浮かびながら彼と視線が交わった。
あの時確かに彼は笑ったのだ。
恐怖と怯えが内から溢れだすのを堪えながらも、それでも尚私に向けて笑いかけてくれた。
あれ程私は私自身の無力さを呪ったことはない。
あの顔を思い出す度に心の中がズキズキと痛むのだ。
あの顔を思い出す度に頭の中がガンガンと痛むのだ。
後悔、自責、無力感、情けなさ。
ありとあらゆる負の感情が延々自分の体の中を乱反射している。
けれどその苦しさはそう嫌なものではなかった。
自分にとって彼がどれだけ大切な存在だったのかを気付かせてくれたから。
「―――ッ!」
ぎゅっと両手を握りしめる。
思いを心に灯して父の瞳を見つめた。
子供の頃から恐ろしくて仕方がなかったお父さん。
けれど今は、これっぽっちも怖くなんて無い。
それよりもずっと怖いことを知ってしまったから。
その怖いことをもう二度と味わいたくないから、私はヒーローになる。
次こそ、その手を絶対に掴んで離さないために。
久しぶりすぎて主人公の口調が違うことに気が付かなかった……!
修正しました!10/12
ちょこっとこの作品の世界観主に轟一家について補足を・・・・・
Qなんか思ったより轟すれてなくない?
Aこの世界の轟家では個性の威力、出力を上昇させる訓練はしているものの、例の過酷すぎるエンデヴァーtheブートキャンプは行われていないので、家族内でのエンデヴァーさんの立ち位置はめちゃんここええパパ止まりです。
亭主関白を煮詰めに煮詰めてマーマイトみたいな色にしたような感じです。
Qなんか前に描写できれいな顔とかかかれてた気がするけど轟ちゃんって顔のやけどないの?
Aエンデヴァーthe(ryが行われていないのでそこまで"マッマ"のストレスが"マッハ"じゃなかったので、その事件は起こっていません。なので普通に轟家でお母さん暮らしてます。まぁ、アニメ版の病棟にいるときよりいくらか顔や連れてるのは仕方ないね……
いやはやリアルが忙しくて中々時間が取れなくて申し訳ない。
これからもちょこちょこ更新するんで感想・評価等々くれると大変嬉しいです