今、逢いに行くよ。
その朝は不思議な朝だった。
開けたカーテンから除く夏の日差しを眺めると、いつもは眩しい太陽がどこか色あせて見えた。雲は無かったし、むしろ青すぎる空が気味悪く思えたほどの晴天であった。なのに、あの太陽だけが色あせて消えそうになる。私は思わず手を伸ばしていた。
―――ココニイルヨ
ふと、指先までぴんと伸ばした腕の先、何も無いはずの場所から声が語りかけて来た。そう感じた。突然の事に五分ほどそのまま硬直していただろうか。ぴちゃん、という音に反応し、呆けていた意識をこの世に戻す。鼻の穴から顎まで、赤い液体が流れていた。赤い液体というのも、それは血液であって血液ではないように思われたのだ。
―――コッチニキテ
あの声が、明確な意志を持って語りかけてくるのがわかる。と、同時に耳鳴りが始まり、操られるように制服に着替えた私は鞄も持たず、声に連れ去られるように歩きだした。コッチ、コッチと発し続ける声は実体が確認できないものの、位置だけははっきりと感じ取れた。歩いていると足の裏には痛みが走り、靴を履いていないことに気づく。普通ならば引き返したりするのだろうが、私は声の導きの通り歩き続ける。そのまま無意識に歩き続けたところ、声は次の言葉を発した。場所は、私の普段利用する駅の隣駅であった。
―――ココダヨ
声がそう言うと、不思議と耳鳴りは無くなり足の痛みが鋭く感じられ始めた。悲しくはないし、痛みも耐えられそうであるが、頬には涙が美しい曲線を描いていた。私はここで全てを理解した。今度は私の番なのだと。父は一昨年に私を庇って車に轢かれて亡くなり、母は去年心臓発作で亡くなった。祖父母に世話にこそなっているが、私は生きる意味を見失いつつあった。あの声はそんな私の嘆きだ。私の望みが幻聴として語りかけて来たのだ。声には悲しい響きが確かにあった。その響きを悲しいと思えたのは全てを知った私だからこそ。孤独を知り絶望を知った私だからこそだった。もうこれからは何も考えなくていいと悟り、喜びにすらなりえない涙を流したのだ。足の裏の皮は破れて真紅に染まり、目から流れ落ちる液体も赤を含んでいた。そんな私に誰も声をかけないのは何故か。いや、そんなことはどうでもいいのだ。制服のポケットにある定期を使い駅構内に入り、ホームで電車を待つ。不意に強くなった足の痛みを受け入れ、そのまま崩れ落ちると、電車が来るのがわかった。線路に落ち、電車が目の前に迫っても誰も何も言わない。私などいないかのように。
―――ありがとう、私を愛してくれた人―――
その一言を発するとともに視界は暗転し、くすぶっていた小さな炎が消えた。
線路の上。虚像で固め、猿のような作り笑いの笑顔を振り撒いていた私は美しい朱一色に染まっていた。原形こそ失ったが、顔は満面の笑みを浮かべている。最後まで表情の変わることは無い。破裂した血袋から流れ出た私の証明は、ゆっくりと土に染み込んでいく。さぁ、還ろうか。大好きな人のいる、どこか懐かしいあの場所へと。