昔々、それは悪竜タラスクを鎮めた一世紀の聖女がいた時代と町に遡る。
その時代、人々は闇とそこから現れる悪魔や魔獣たちを恐れた。
しかし、その時代とともに生まれた一人の騎士。 暗黒を断ち切る騎士の剣によって、希望の光を得た。
燦然と輝く黄金の鎧を纏い、狼の貌をした騎士は、同じく黄金に身を包んだ馬を駆り、奴らへと向かっていった。
騎士の刃は悪魔らを切り裂く。
その存在は人々に深く刻まれた。そして……その騎士は語り継がれる。闇が覆いし時も、光の騎士が現れ希望を齎すであろうと。それだけであったら、よくある伝説として謳われるだろう。
しかし、この騎士の伝説には続きがある――とても奇妙で謎に満ちた。
実はその騎士は世界各地に存在し、伝承は違えども残されていた。
ある時は古代ローマで、ある時は平安の日本で、またある時は中世のフランス、近世のイギリスやフランスで、現代で、そして遠い未来――月の世界で。
しかし、騎士が子供を設けずにいることは時代で明らかとなっている。子孫も残されていない。
それでは各時代と場所によって存在する黄金騎士たちは一体何者だろうか……今でも考古学の学者たちが追及している謎である。
「よぉ、お疲れさん。悪いね、いろんなところに飛ばしちゃって――まぁ大概は抑止力らの不手際だけど」
「いや、もう慣れましたけどね」
上下左右、真っ白い空間にいるのはソファーに座っている二人。
一人は白いコートを着た青年と。もう一人――というより人ではない何かがいる――白い霧を漂わせて、それが人型にかたどっている何か……所謂のっぺらぼうのような存在だ。
そんな異質である人物とこの青年の関係性は簡単に言えば上司と部下である。
「ったく、抑止力らもさ仕事ちゃんとしろってんだ、この俺様のように。こんなに仕事をしている俺なんていないぞ」
「……俺が逆レイプされかけたり、恋愛を面白おかしくいじり倒しては、『ハーレム作れよ、お前』ってからかってくる人が真面目なんですか?」
「大真面目に決まってんじゃん、人の恋愛って見るの楽しいよ? しっかし、意外とモテるよね……聖女にナース、女王、武士、王妃、踊り子、女子高生。 わぉ、選り取り見取り」
役者のように両腕を広げる素振りをするのっぺらぼうに対して青年は諦めたようにため息をつく。この上司に何を言っても無駄だとわかっている……だが、やはり文句の一言は言いたいのだ。
「いやぁ、君ってからかいがいあるよねぇ。 やっぱ、君を選んで正解だったわ、その力も一緒に」
「そいつはどうも。こっちもまさか事故で死んだと思いきや、神様に拾われてこき使われるなんて誰も思いませんよ」
「なんで説明文風にするのか意味わかんない♪ まぁ、いいじゃないかぁ、ただ死ぬよりもこうして『セイヴァー』として黄金騎士として救い、切り開いてんだからさ――まぁ驚くのは鎧の力を俺の力から自分のものにしたのが驚きだね」
白いコートの青年は(それは確かに)と納得する。もともと鎧はのっぺらぼうから託されたもので、自分で召喚する事が出来ず、必要に応じての場面でしかできなかった。
しかし、今は違う。
如何なる場面においても鎧は召喚する事が出来るようになり、今ではこの空間でも召喚し纏うことができるのだ。
「んまあ、そんなことはどうでもいいか♪ 帰って来て早々に悪いけどさ、また仕事だよん」
「……今度はどこっすか」
一々話の切り方が雑な上司に青年はついに諦めてしまった――だってもう長年の関係だもの。
そんな青年に対してのっぺらぼうはなぜかはっきり見える口元だけを、笑みを浮かべてこう言った。
「ちょっと歪んだ歴史を元に戻す旅に出てほしいんだわ――長くなりそうだから、家とかマスターを用意しといたほうがいいよ、君のマスターだったはくのんのように」
「君が新しいマスターを見つけない限り、また移動する羽目になるからね――あっ、そうそう今度ははくのんみたいに逆レイプされないようにね♪」
青年――サイガは、のっぺらぼうを思い切り殴りたい衝動に駆られたが、それよりも早く足元が崩れて落ちていった。
慌てることはない、いつものことだ。 仕事に行くときの――いわゆる移動方法のようなものだ。
だがそれでも殴れない代わりに呪いの言葉を叫んでやろうとサイガは思った。
「この悪趣味神ぃいいいいいいいいい! 呪ってやるぅうううううう!」
「あはははははっ、残念! もうかかんないよっ、すでに俺は抑止力の上司という呪いにかかってるからさぁ! 畜生、あいつらは大して仕事もしないうえに下手なことしかしないから嫌いっ!」
あっ、それだったらいいやとサイガはあっさりと呪うのをやめた。
* * * * *
真夜中の草原地帯、そして美しく輝く青い月が闇に包まれている周囲を淡く光り照らしている。
幻想的なその光景に、見惚れながらここを歩きたいという思いが生まれるかもしれない。
しかし、サイガは決してそう思わない。 いや、別に彼が冷血漢というわけではなく、状況が許してくれないのだ。
だって目の前にはサソリに似た単眼の魔獣がサイガを睨みつけては、斬り殺そうと武器であり手でもある鋏を動かしているのだから――。
前言撤回。
やっぱり呪ってやろうと改めて決意したサイガはため息をついて、腰元にさしていた朱鞘の剣を抜いた。
のっぺらぼうに行かされて、単眼の魔獣を目の前でも決して驚かない。もはや慣れっこだ――確かローマの時は戦争真っただ中に召喚されたか。
(あはははは、なんてブラック企業?)
既にブラックどころではないような気がするも、すでに慣れが生じているサイガにとっては些細なことだ。
閑話休題。とりあえずは目の前の敵を何とかしよう。
襲い掛かってきた鋏を斬り流して、魔獣の腹部を刃に斬りこませてから力の限り吹き飛ばす。
距離が空いた隙に頭上に剣先が大きな円を描くと同時に、その軌跡が作った空間の裂け目から――金色の光芒が闇に閃いた。
光芒の正体は金色に輝く鎧だった。 鎧はサイガの全身に装着され、狼をつかさどった兜が装着される。
そして朱鞘の剣も変化する、黄金の宝剣――牙狼剣へと変わる。
現れるは黄金騎士・牙狼。世界各地に伝承が残されている伝説の騎士。またの名をサーヴァント・セイヴァー。
牙狼剣が単眼の魔獣を真っ二つに切り裂く。魔獣が黒い霧となって消え去ったのを確認したのを見て、勝負は決した。
牙狼も鎧を解除しサイガに戻り――そして朱鞘の剣を鞘に入れなおした時。
「えっ、特異点がなくなった? いったいどうして……」
「せ、先輩! あの人がやってくれたのではっ!?」
声が聞こえたため、振り向いてみる。 そこにはいたって平凡な少年と幼さと可憐さが見られる少女――懐かしい顔ぶれが驚いた表情でそろっていた。
だが彼女たちにとって、サイガは知らない存在である。それを理解しているが、サイガはさみしい気持ちにさせてしまう……。
しかし、何故かその面々は段々と人形のように能面となっていく……彼女たちにとって初対面であるはずの自分を何故そんな顔で見るのか理解できず、また寒気を覚えながらもサイガは手を挙げて。
「……あっ、ど、どうもぉ」
恐怖で引きつりそうな頬を何とか抑えて挨拶をするも、声が震えてしまう。しかしそんなサイガの声に反応せずに面々――彼女たちは。
「…………マスター、私に全力で宝具解放を命じてもらえますか?」
「うむ、余にもそう命じてくれ。何心配するな、痛みは一瞬だぞ、サイガァ」
「うふふふっ、また会えたのだから、約束通り今度こそ私の踊りとお酒に付き合ってもらうわ」
マタ・ハリ、マルタ、ネロの言葉を聞き、顔を見て、サイガは思った――俺ここで死ぬかもと。
理由は一目瞭然……三人の目がハイライトの無いうつろな目となってこちらを見て、しかも恍惚めいた表情を浮かべているのだから。
抵抗しようにも先程の戦いの疲れが残り、また鎧で体力と精神力が削られているため、三人を相手にすることなどできない……つまり。
(俺、オワタ)
絶望が彼の心を支配しようとしたとき――サイガの胸に心地よい暖かさと柔らかさを感じた。
「ふふっ、また会えたわ! ヴィヴ・ラ・フランス、サイガ!」
「えっ、マ、マリ――ぃがぁが!?」
天使のような笑顔を浮かべた少女であり王妃マリー・アントワネットの顔を見て、サイガが戸惑う表情を浮かべたのと同時に悲鳴を上げる。
傍目から見るとマリーがサイガに抱き着いている。しかし、彼女の腕はさながらアナコンダの如く、
「もう、あなたっていつも意地悪いわっ! 私が会いたいと思っても全然会ってくれないのだもの! でもこの出会いを祝して、許してあげる!」
「がっ、ががががっ!?」
「マ、マリーさん! だ、男性の顔が真っ青になりかけています! 即刻に手を放してください!」
「フォウ、フォーウ!」
『う、うわぁ、英霊でも首を極められれば、簡単に青紫色になれるんだね……』
少女と獣、男性の三人の声が聞こえるも、それより苦しさのほうが強く意識が朦朧としていく――そして、意識が闇の中に入ろうとしたとき……小さくも確かにマリーの声が聞こえた。
「うふふっ、計画通り♪ これからはずーーーーーっと一緒よ♪」
……マリーは安全かと思いきや、まさかの三人側だったとは思いもしなかったサイガ。抵抗しようにもすでに意識は闇の中――もう逃げられない。
すでに彼は捕まったようなものだから。