嘗てカルデアであった場所の一角、戦闘訓練を行う為のシミュレーションルーム――そこは既に外壁が剥がれ、床も血で汚れ、瓦礫も転がっていた――にて四つの影が行き交じり、時折金属音が響き渡っていた。
四つの影の一人――牙狼は牙狼剣で漆黒に染まった原初の火(アエストゥス・エストゥス)の刃が交じり合う。
互いの刃は噛み合い、鍔迫り合っての押し合いを牙狼とネロ・オルタは額が触れ合うほどの至近距離で繰り返す。
「ぐっ……!」
牙狼は呻き声を上げながらも力を決して緩めることなく牙狼剣を強く握りしめる。
反転化した影響なのかネロ・オルタが宿す魔力は凄まじく、それを包む刃と斬り結ぶ度に、鎧を纏っているのにも関わらずいつ押し返されても可笑しくない位に強い。
「あの小娘のお陰で余の魔力は多少強くなってなぁ、その鎧にも対抗できるようになったのだ!」
「ぐっ、そんなのずるくないっ?」
「鎧を纏っている時点で、狡さを訴えるとは何とも情けないなっ!」
ネロ・オルタはそう叫ぶと同時に牙狼の腹部を思い切り蹴りつけては吹き飛ばした。空中で受け身とバランスを取りながら、体制を整えては地面に勢いよく降り立つ。
次いで、再び刃を切り結ぼうと牙狼が駆けだそうとしたとき――。
「ぐぁっ!?」
牙狼は真横からの強烈な衝撃を受けて悲鳴を上げるも、床を強く踏みしめることで耐えることで吹き飛ぶことはなかった。
すると、牙狼の目の前には漆黒に染まった硝子の薔薇の花びらが舞い散った。
「綺麗でしょう。無数の花びらはまるで命が散っているようで……」
「ッグ!」
オルタ・マリーが散らばる漆黒の薔薇の花弁らを弄ぶと同時に掌を勢いよく牙狼に向けると、数百の花びらが牙狼に襲い掛かる。
牙狼は剣を正眼に構えると同時に、前面で風車のように杖のように回しつつ花びらを受け流していく。
だが、全てを受け流すことは出来ず、流しきれなかった花びらが牙狼に襲い掛かる。
花びらは牙狼の胸板を強打し傷つけていく度に、金色の鱗粉が舞い散っていく。
痛みに呻き声を上げるが、その痛みに耐えながら牙狼剣を止めずに回し続ける。
そして花びらをすべて舞い散らかすと、前方にいたはずのオルタ・マリーの姿がなかった。
即座にオルタ・マリーを探すために顔を動かそうとしたとき――――いつの間にか満面の笑みを浮かべたマリーが顔面に現れていた。
「ウフフ、とてもすてきよ、サイガ! 諦めずに剣を振るう貴方は騎士そのものだわっ。でも——あなたは私を助けてくれなかった」
「っ!?」
オルタマリーが目を開くと、瞳の奥の輝きは一切なくただ暗闇のみが広がっていた。
しかし、口元と頬は笑みを作り、その微笑みに牙狼は見つめてしまう――まるで引き込まれるかのように。
「あなたは自分勝手に私の記憶を消してなかったことにさせて、私を助けてくれなかった。ねぇ本当はね、私は死にたくなかったのよ……貴方との愛の証が欲しかった」
「っう……ぁっ」
牙狼の脳裏に浮かんだのは、目の前にいる彼女と過ごしてきた思い出の数々。
幼少期に出会った頃から貴族へと成長するまでの間に過ごしてきた様々な思い出が蘇ってくる――その想い出に浸り、意識が薄れていく。掌に収まっている牙狼剣が零れ落ちそうになった時。
「――ガントッ!」
「ッ!?」
突如、軽い衝撃が奔ったと同時に薄れていた意識が急激に戻ってきた牙狼は柄を力強く握りしめると同時に袈裟懸けに振るった。
オルタ・マリーは「きゃっ」と悲鳴を上げながら後ろに下がった。
「もうっ、カルデアのマスターは意地が悪いのね! 折角サイガをこっちに引き込もうとしたのに……聖女様は人間ですら抑えられないの?」
「人のせいにするんじゃないわよ、あんたの手際が悪かっただけ。……それにあんた如きにわたしのサイガを取られたくなかったし」
「…………誰が、サイガのもの? ねぇ、反転してしまって頭の回転も半回転してしまったの?」
「はんっ、スイーツ脳も大概にしなさいよ」
オルタ・マリーが憤怒を隠せないのか苛立ちを表しながらもう一人、マルタ・オルタに詰め寄る。しかし、マルタ・オルタが嘲笑って逆に喧嘩を売った。
喧嘩をしている間に牙狼は即座に二人から離れて、ガントを放ってくれた人物――シミュレーションルームの隅っこにいる立香に駆け寄った。
「ありがとう、マスター。 おかげで助かったよ」
「どういたしまして……さてどうしよっか。このまま逃げる?」
「逃げられたらそうしたいんだけど……どうも逃がしてくれなさそうだ」
牙狼の視線の先にいるのは、ニンマリと満足げに凄惨な笑みを浮かべるネロ・オルタの姿。牙狼を追い詰めていることに暗い喜びを覚えているのか、身体がブルッと震えたのが見えた。
「くそっ、他の皆が早くこっちに来てくれればいいんだけどな……一体どこにいるんだろうね」
「むふふふふっ、ほかの有象無象どもは少々痛めつけてやったぞ! 助けなど当分来ないことを考えておくがいい!」
「教えてくれて、感謝しようかなっちくしょう!」
嘲笑うネロ・オルタに牙狼は舌打ちをしながら牙狼剣を構えると同時にシミュレーションルームの壁を両袈裟懸けで斬り裂き、破壊した。
破壊した先には廊下が見えた――そして人が通れるほどの大きさであるのを確認した牙狼は立香につぶやいた。
「行け、マスター」
「え……サイガはっ!?」
「あいつらの相手は慣れている……幸いにもあのマシュと出会った部屋とは反対側の壁だ。 ここを駆け出していけば、何とかなる」
「でも――っ」
「今は自分が生き残ることを考えろっ! 俺はここで倒れてもカルデアに戻るだけ、すぐにマスターの元に戻れるっ! 目の前にいる俺よりも、カルデアのっ、お前の大切な場所のことを考えろ!」
牙狼の叫びに立香は唇を噛み締める――分かっているのだ、本当は。それでも決断することが出来ない。目の前にいる牙狼を、サイガを放って逃げ出すことなどできない……。
そんな立香の迷いを感じ取った牙狼は小手部分を解除し、彼を押し出し廊下に転がせた。
そして、牙狼剣で天井に向けて剣圧を放ち、再び瓦礫とコンクリートの破片が落ちだし、牙狼が破壊した壁がその二つによって向こう側は閉じれた。
「サイガッ!」
立香の言葉はそれが最後だった。破片と瓦礫によって閉じられたことで声と音がくぐもったものしか聞こえなくなったのだ。
しかし、向こう側にはまだ立香がいるのを気配で感じ取れた……だがそれは数秒間のみ。
すぐさま足が駆ける音が聞こえた……行ってくれたのだ、彼は。
牙狼は兜の中で安堵し笑った――正直此処にいては戦いに巻き込まれるか、彼を追いかけてくるマシュの餌になるのがオチだ。
安全策を考えれば戦いの渦中と追いかけられる恐怖を感じさせるよりも、ここを逃げ出してボロボロになっているかもしれない仲間たちと合流させたほうが少しは安堵できるだろう。
幸いにも彼の礼装は仲間を回復させることが出来る魔術が組み込まれている。
牙狼は立香の安全を願い、小手を再度纏ってから牙狼剣を構えるが――。
「先輩は、どこですか……?」
「おぉぅ……」
まさかのバットタイミング。ネロ・オルタ、オルタ・マリー、マルタ・オルタに加えて、マシュまで入ってきた。
マシュ、いやマシュ・オルタは牙狼の姿を見受けると――。
「あなたが、先輩を――あぁ返して、返して返して返して返して返して返して返して返して返して返して!」
「私の先輩を、返してっ、返してください! 私だけの先輩を、返せえええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇl!」
怨念を見つけたかの如く、眼光を開いて牙狼を睨みつけたマシュ・オルタから宿る暴力的なまでの赤黒い魔力が一気に放出した。
牙狼はそれに戸惑い怯えるも、牙狼剣を強く握りしめて駆け出すが――。
「ぐっ、がっあっ」
突如、牙狼の鎧部位から血が噴き出すと強烈な痛みが襲い掛かった。
(時間かっ!)
鎧には装着時間がある。装着時間を過ぎてしまうと、心滅してしまい暴走する――この痛みはその警告だ。
即座に牙狼は鎧を解除し、サイガへと戻る。鎧の警告の所為か、身体全体が傷つき、白いコートに血がにじみ出ていた。
「…………フフフフッ、時間ね。サイガ♪ お茶会をしましょう、これからはここでずーーーっと一緒よ♪ 嫌だって言っても、ダメよ?」
「あぁ良かったわ。 丁度身体が温かくなってきたのよ、この身体を治めて――あんたがいないと身体が熱くてしょうがないの」
「ムフフ、余のお楽しみの時間が来たぞ、サイガッ♪ 何安心するがよい、全てを搾りつくすわけではない。残しておいた後は余とイチャイチャするのだっ」
サイガは凄惨な笑みを浮かべながら寄ってくる三人を捉えながら、牙狼剣から戻った細身の朱い剣を握りしめる――。
「悪いけど最後まで戦わせてもらうよ――俺は守りし者、サイガ。またの名を……黄金騎士・牙狼!」
そう言ってサイガは朱い剣を振るいかぶって駆け出して行った。
そして、そんなサイガを冷酷な瞳で見つめてマシュは刻まれた朱い刻印――令呪を光らせて、云った。
「ネロ・オルタ、オルタ・マリー、マルタ・オルタ――令呪によって命ずる霊期修復及びに宝具開放せよ。その後、そのサーヴァントは貴方たちの好きなようにしてください」