どうしてもつかければならない嘘、優しい嘘、残酷な嘘――多彩な嘘がこの世に満ちている。
しかし、嘘というのは人を陥れたり、残酷な結果に導くものだけでなく、嘘によっては人は救われることもある本当の意味で救われる選択肢の一つとして――それでも彼女は嘘を嫌い憎む。
だからこそ、彼女は彼が嫌いだ。それこそ今にでも焼き殺してやりたいくらいに。
今日は特別何にもなかった。
そう何時ものようにネロが「余の赤いコートを常に使わぬとは何事か!」と文句を言われて白コートを剥がされそうになったり。
マリーとジャンヌからお茶会を誘われて参加したが、熱々の陶器で飲むのに時間がかかってしまい、根掘り葉掘り己の所業を聞きだされそうになったり。
ナイチンゲールに関しては「消臭です、あなたからは複数の女性の臭いがいたしますので」と消臭剤をぶっかけられたり。
マタ・ハリには酒と踊りを進められたが、酒はあまり飲むほうではないので、踊りを見せてもらった――踊りの節々に魅了を掛けられることがあったものの、都度振りほどいている。そのたびにつまらなそうにしている表情を敢えて無視した。
マルタはというと「どうやってあいつを誘おうかしら。そもそもあいつと何をすればいいのかしら」と悩んでいる姿を発見して、その可愛らしさに胸を打たれるも、マルタにばれて恥ずかしさのあまりの鉄拳制裁を喰らった。
そんな一日を過ごしたサイガはマイルームに戻ろうとしたときに――。
「あぁ、あなたですのね。大ウソつきの臭いを漂わすのは……今すぐあなたを燃やさなければなりませんね、少々お付き合いをしてもらえませんか?」
緑髪の幼い白拍子風の格好に竜の角が生えた少女がサイガの前に現れた。
その言葉とは裏腹にその立ち振る舞いと殺気は拒否は許さないと云わんばかりのそのサーヴァントに連れ来られたのは、戦闘訓練を行う為のシミュレーションルームだった。
そして、互いの距離が一定期間取った後に――。
「あぁ、貴方様からは感じます…………裏切って、悲しませて、悲しませて、悲しませて悲しませて悲しませて、貴方を憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎――——あぁ貴方もあの方と一緒で最後はどうせ裏切るのでしょう!?」
彼女の口から語られるのは安珍に対する想いと一緒に語られる、サイガに対する憎しみ。
初対面であるはずのサーヴァントの言動に疑問を抱くサイガであるも、安珍という言葉を聞いて頭に過ぎったのは安珍・清姫伝説。
つまり安珍を語る彼女の名、清姫。
安珍を信じ続けたものの、結局は裏切られて憎しみのまま彼を焼き殺したというあの――そして今でも安珍を、嘘を憎んでいるというのであれば。
(……すっごい不味いかも)
記憶置換をしまくったサイガにとっては、物凄く相性の悪い存在だ。
特に彼女たちに行った行為は譬え事情があったとしても嘘は嘘。記憶置換をした挙句に忘れさせて彼女たちの前から消え去った――それは彼女が愛し憎んだあの安珍と同じ行為に近いものだ。
しかも、それを数度以上も行ったのだから余計にたちが悪い挙句に、彼女の琴線に強く振れたのだろう……。
「——というわけで死んでくれませんか?」
サイガの答えを待つこともなく清姫が容赦なく放つ炎を、朱鞘から剣を抜いて切り裂くサイガ。
それを見て更に苛立ったのか表情を歪ませてはさらなる炎を繰り出す清姫だが、サイガは冷静に炎を切り裂くか、その炎を刃に纏わせていく。
炎の刃となった剣を一文字に振るい、清姫は手に持った扇子で受け止めるも、サイガの筋力にかなわずそのまま吹き飛ぶ。しかし、彼女は空中で器用に受け身を取っては、再度炎を繰り出した。
「っふ!」
サイガは剣を起用に廻し、その炎を再び刃に身に纏わせて、更に強い炎となる。
そのまま刃を振るうと斬撃と炎が一体となった炎の斬撃となって飛び、清姫に襲い掛かった。
「っく、このっ!」
清姫は扇子で受け止めようとするも、炎の熱さと斬撃の強さを受け止めきれずに壁にたたきつけられた。
「がっあは、ぐっ、げほっげほ……っ!」
叩きつけられたことで清姫の息がすべて吐き出されたのか、彼女は苦痛に歪みながらも肩で息をしながらゆっくりと立ち上がる。
「……もうよせ、戦ってわかった。君じゃあ俺を倒せない、これ以上戦っても無駄だ」
サーヴァント・清姫は戦闘能力は低い――なぜそうなのかは知らないが、分かったことは彼女では絶対にサイガを倒せないということ。
剣を朱鞘に戻して、そのままシミュレーションルームから立ち去ろうとしたとき。
「っ逃しません!」
先ほどよりも強い炎が無数の炎の玉となって、清姫から顕現されてはサイガを狙い打った。
背後から後ろ目で確認できたサイガは朱鞘から剣を勢いよく抜いた一撃が、炎の球は霧散。
サイガは勢いよく駆け抜け、清姫はそれに対抗するように扇子を持ち上げようとする前に、サイガの剣が清姫に突き付けていた。
「……もう終わりだ、これで――」
サイガの言葉は最後まで紡がれる事無く、清姫の中心から炎の竜巻が吹き上がった。竜巻の風圧と炎の熱さの二つの攻撃を食らったサイガは吹き飛んで、壁に叩きつけられた。
「—————あぁ、あぁ、ああああああああ! なぜそのような強さを持ちながら、嘘をつき続けるのです!? なぜ正直にいかないのです! 安珍様のように嘘吐きのくせに、なぜなぜなぜなぜなぜなぜそんなにお強いくせにぃいいいいいいいいいっ、嘘吐きでいるのですかああああああああああああああああああああっ!?」
清姫の身体が炎の竜巻に包み込まれては、その竜巻は真っ二つに断ち切られた。
現れたのは清姫――しかしその下半身は違っていた。両足で立っていた下半身は蛇の姿——しかしその鱗は白銀に輝いた美しさを誇っていた。
清姫の口から洩れるのは炎の鱗粉――彼女は炎を吐く大蛇、即ち竜としての転身したのだ。
サイガに宿る嘘とその強さによる矛盾に混乱し、また嘘に対する憎しみと狂化によって。
「やれやれ、困ったサーヴァントだ――まぁ原因は俺だけど」
苦笑しながらゆっくりと立ち上がって、清姫を見るサイガ。
このままではシミュレーションルームはおろかカルデアがまずいことになる……いや既になっているか。
既にサイレンが鳴り響き、このシミュレーションルームの扉が閉まりきっているのだから。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
怒り狂った清姫から放たれるのはすでに理性を失った叫びと炎。受けきることも捌くことも出来ないサイガはそのまま横に飛んで、炎をよける。
「……お前の狂化と俺の嘘に対する憎しみ、俺が晴らさせてやる!」
剣を強く上空に突き付けては、ヒュンっと円を描く。空間から召還された金色の狼の兜と鎧が全身に装着され、牙狼剣も顕現された。
今、狂化に侵された白銀に輝く竜と牙狼が対面した。
少女の形をした竜は炎を吐き出し、牙狼は牙狼剣で呆気なく斬り裂いて跳躍した――。