衛宮士郎は“悪の敵“に成りたいのだ!   作:アタナマ

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皆様、更新が遅れてしまい申し訳ありません。
リアルのことで色々と忙しくなってしまい、暫く新しい話を書くことが出来ませんでした。
これからも不定期更新にはなりますが、完結するまで執筆を続けますのでどうかお付き合いお願いします。







過去の自分と今の自分

 ────それは失われた記憶。英霊になる為に代償として払った過去の自分。

 

『生きてる、生きてる、生きてる……!』

 

 嬉しそうに涙を流しながら自分を地獄より救い出してくれた男との出会いから始まり。

 

『問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 運命の夜を迎え、彼女と出会い。

 

『は────は。そうか、初めから無理だったのか』

 

『このまま■が治らないのなら、敵として処理するだけよ』

 

『────先輩になら、いいです』

 

 聖杯戦争なんて馬鹿げた非日常へと否応なしに巻き込まれたことで、自分が今まで居たありふれた日常という物が粉々に砕け散り、そこで色々な物を失った。

 友を、仲間を、後輩を、そして────

 

『────じゃあね』

 

 最後に()を失って、代わりに失くしてしまった大切なものを取り戻した。

 全てが元通りという訳では無いが、彼女のおかげで自分は大切な人達に囲まれながら死ぬまで平穏に包まれた日々を送ることが出来た。

 

 成長して大人になって、結婚して子供を作って、最後は爺になって家族に看取られて。

 とても幸せな日々だったと断言出来る─────けれど、それは1人の少女を犠牲にしたことで得られた日常だ。

 

 ……彼女には悪いが、自分はそんなものを望んでなんかいなかった。

 誰かの犠牲の上に成り立つ日常だなんてまっぴらゴメンだ。そんなものは偽りでしかない。

 だからこそ、死ぬ間際になって()は求めた。例えそれが彼女の思いを踏み躙る行為だとしても、願わずにはいられなかった。

 

 一度だけでもいい。自分はどうなっても構わないから、どうかあの雪の妖精のような少女を救わせてくださいと─────

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーチャー!」

 

 士郎がバーサーカー相手に時間稼ぎをしている隙に、戦線を離脱した凛は呆然と突っ立っているアーチャーの元へと駆け寄った。

 声を掛けても反応しない。アーチャーの視線は未だにイリヤへと向けられたままだ。

 

「ったく、このダメサーヴァントめ……!」

 

 思わず悪態をつきながら、凛はアーチャーの意識をどうやって取り戻すか思考を巡らせる。

 こういう時はふとした痛みや衝撃なんかで意識を取り戻すのが定番であるが、試しにアーチャーの頬を引っ叩いてもアーチャーの意識は戻らない。

 

「アーチャー!目を覚ましなさいってば!」

 

 物理的精神治療が駄目ならば代わりに言葉による精神治療を施してみるも、魔術に対する学はあっても精神に関する学を持っていない凛では素人の付け焼き刃でしかなく、効果は全然現れない。

 

「こんの、こっちを見なさい!」

 

 令呪によりアーチャーは凛の命令通りに強制的に動かなければならないが、それも聞こえてなければ無意味でしかなかった。

 物理も駄目。言葉も駄目。八方塞がりとは正にこのこと。凛には打つ手が無かった。

 

「どうすればいいのかしら……」

 

 凛が手をこまねている間にも士郎の囮作戦はずっと続いている。

 今はまだ何とか士郎はバーサーカー相手に張り合っていられるが、それも持ってあと数分が限界だろう。

 余力がある内にアーチャーの意識を取り戻さなければ士郎も、そして凛とアーチャーもバーサーカーに殺されるというのに、凛にはアーチャーの意識を取り戻す有効手段が全く以て思い浮かばない。

 こうなったらもはや魔術で思いっきりぶっ飛ばして意識を────と凛の思考が危ない方へとシフトされかけた時、ふと彼女は自分の右手の甲に刻まれた令呪に目が行った。

 

「これを使えば……」

 

 令呪による強制的な意識の覚醒。それならばまず間違いなくアーチャーの意識を取り戻せるだろう。

 しかし、その代価は令呪一画。使ってしまえば凛の残り令呪はあと一画となる。

 

「うぐぐ……」

 

 状況としては使った方がいいのだろうが、果たして本当に今ここで使う必要があるのだろうか。

 もしかしたら魔術を使えばアーチャーの意識も戻るかもしれないし、令呪を使う必要はないのではないか、と。凛の中で損得による葛藤が生まれる。

 

 令呪を使った場合のメリットとしては、アーチャーの意識が戻ることで士郎の言っていた作戦を決行できるようになることだが、デメリットはその作戦が上手くいく確証はどこにもないこと。

 逆に使わなかった場合のメリットとしては令呪を温存できることだが、その場合はデメリットとして凛が自力でアーチャーの意識を短時間で取り戻さなければならない。

 

 どちらも一長一短。成功するかどうかなんて誰にも分からないし、何かの拍子で1つでも失敗すれば確実に死が待っている。

 となれば決め手となるのはリスクやコストの問題。どちらがより自分に損得を与えるか、それを考えなければならないのだ。

 

 命が掛かっているこの場において凛の発想は場違いと思われるかもしれない。

 だが、これは戦争。現状を切り抜けた所で後のことを考えていなければ容易く命を失ってしまう。

 

 如何に自分の手札を切らずに相手を殺すか。それが戦争においての常識であり、例え汚泥を這うことになったとしても生き残る為ならば何でもしなければならないのだ。

 

 それこそ、士郎達を裏切ってバーサーカー陣営に付くのも1つの手であり────

 

「そんなことが出来れば苦労は無いんだけどねぇ」

 

 けれど、それは遠坂凛のプライドが決して許そうとはしなかった。

 

 人によっては凛のその想いを馬鹿にすることだろう。自分が死ぬかもしれないという状況で、プライドなんて何の役にも立たない物を選んで生き残る為の手段を狭めるなんて愚か者のすることなのだから。

 実際その通り。戦争において個人のプライドなんて邪魔以外の何物でも無いのだが、けれども凛は絶対に“遠坂“としてのプライドを捨てることはしない。

 

 何故なら、凛にとって遠坂の名は命より重たく、決して失う訳にはいかない大切な物だからだ。

 

「仕方ない、勿体ないけどやるしかないわね!」

 

 ならばこそ、凛は決断した。あのバーサーカーに勝つ為に、拳を強く握り締め右手を掲げる。

 

「令呪を以て命ずる!アーチャー、いい加減目を覚ましなさい!!」

 

 そう告げた直後、凛の右手の甲に刻まれていた令呪が赤く光り、残っていた二画の内の一画が消えると共に光もまた消えた。

 そして、それと同時にアーチャーに異変が起きた。

 

「あ、れ……おれは、何を……?」

 

 呆然としていた様子から一転。フラフラと身体を僅かに後退させた後、アーチャーはまるで悪い夢でも見たかのように全身から冷や汗を流しながら額に手を当てて片膝を付いた。

 息を荒らげ、今にも死にそうな顔をするアーチャーに凛はギョッとするも、今はそれどころではない。

 

「ようやく起きたわね寝坊助。早速で悪いけどアンタには馬車馬の如く働いてもらうわよ」

 

 アーチャーの意識を取り戻した以上、凛達の生存率を上げるために1秒でも早く士郎の支援をしなければならない。

 見るからに気分が優れないとしても、アーチャーは作戦に必要な存在。生死が問われている戦場において言い訳は許されない。

 ……というより、令呪を使ってまで意識を取り戻したのだ。問答なんて無用である。

 

「ほら、さっさと立ち上がりなさい。それとも、まだ寝ぼけているのかしら?」

 

 だったら私が目を覚まさせてあげる、と。拳をポキポキ鳴らしながら凄む凛へと視線を向けたアーチャーは、まるで信じられない物でも見たと言わんばかりにポツリと呟く。

 

「遠坂……」

 

 今までマスター呼びだったのに、急に馴れ馴れしくなったアーチャーにどんな心境の変化が起きたのか凛は気になったが、状況が状況なのでそれは後で聞くことにした。

 

「アーチャー、作戦を伝えるからよく聞きなさい。アンタには衛宮くんと一緒にバーサーカーを相手取ってもらうわ。いくら人間やめてるとは言え、衛宮くんは生身の人間。スタミナや魔力が持たないから基本的にはアンタがバーサーカーの注意を引き付けなさい。その間に私がイリヤスフィールを倒すわ」

 

 士郎から伝えられた作戦とは少しばかり違うが、しかし凛にとってはこれが1番勝てる確率の高い作戦であった。

 そもそもの話として士郎はここでバーサーカーを落とす気満々であったが、凛としてはそうでもなかった。

 

「衛宮くんはアーチャーをこっちに寄越してイリヤスフィールを確実に仕留めるって言ってたけど、私が攻撃した時点で恐らくバーサーカーはマスターであるイリヤスフィールを全力で守りに来るわ。そうなったら衛宮くんでも止めることなんて出来ない。だから、代わりにバーサーカーの足止めはアーチャー、アンタがしなさい。その隙に私と衛宮くんでイリヤスフィールを倒すか、最悪でも撤退させるわ」

 

 あのバーサーカーは間違いなく強い。故に、今のような突拍子のない状況での戦闘よりも万全の準備を整えてからバーサーカーとは戦った方が勝率が高いと凛は感じていたのだ。

 なればこそ、士郎と違って凛の目的はマスターの殺害によるバーサーカーの脱落だけでなく、マスターに傷を付けてこの場から退かせることも考慮していた。

 

「どう?ちゃんと理解した?」

「あ、あぁ……」

 

 凛からの作戦を伝えられ、元通りとは言わずとも気分が整い始めてきたアーチャーは何とか返事をしたが、意識がまだ戻りきってないのか少しだけ上の空のようだ。

 

「あぁもう!!」

 

 そんなアーチャーの様子に苛立ち、凛は少し強めにアーチャーの両頬を両手で叩き、そのまま挟んだ。

 

「いい!?アンタがどこの英霊で、何をしたのか知らないけれど、今のアンタは私のサーヴァント!生かすも殺すも私の自由よ!」

 

 唐突に始まった説教にアーチャーは目を白黒させるが、凛にとってそんなことはどうでもよかった。

 凛はこれまで何度も士郎や他のマスター達が羨ましいと思った。自分もセイバーやランサーみたいな大英雄クラスの英霊を従えたかったというのに、何の因果か召喚されたのはこの男だ。

 大英雄なんてとても呼べない。そもそも英雄であるのかさえ怪しい男ではあるが、それでもこの男を召喚したのは他ならぬ自分だ。

 

 ────だったら、自分はこの男を活かさなければならない。

 

「殺されたくないなら、いつまでもボーッとしてないで少しは自分が役に立つところをマスターである私に見せつけてみなさい!!」

 

 どんな大英雄にも負けない為に、マスターである自分はアーチャーにどんなサポートでもしてみせる。

 だから、これもそのサポートの1つ。いつまでも不甲斐ない姿を見せるアーチャーに喝を入れて奮起を促す凛流の励まし方だ。

 心の贅肉を心底嫌い、頑張っている人が大好きな彼女にとっての厳しい励ましにアーチャーは一瞬目を丸くしたが、その直後にいつもの皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「あぁ、その通りだな。これ以上無様な姿を晒していては怖いマスターに本当に殺されてしまいそうだ。やれやれ全く、私のマスター運も悪いものだな」

 

 顔を挟んでいた凛の手を離し、アーチャーは立ち上がる。

 

「さて、それではご期待通りに私が少しでも役に立つところを証明しよう。そうすれば、君も私を無闇に殺そうとはしまい?」

「えぇ。役に立つなら例えボロ雑巾になってもずっとこき使ってあげるわ」

 

 まるで悪魔のようにニヤリと笑う凛に、アーチャーは苦笑を浮かべて首を振る。

 

「お手柔らかに頼むぞ、マスター」

「それはアンタの頑張り次第よ、アーチャー」

 

 そう言って二人は笑い合いながら隣に立ち、そして戦場へと駆け出した。


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