片想いエントロピー増大則   作:外清内ダク

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04.片想いエントロピー増大則

 

 

 気が付いたとき、私はひとり、夜道を家へ帰っていた。

 見上げても空に月はなく、探しても私を導く灯火はない。暗闇の中、私はただ、習い性と勘だけで寝床への道を歩き続けた。安息の場所、受け入れてくれる人、愛し愛される悦び。私は求め、手に入れた、はずだった。なのにそれは、一瞬にして私の手をすり抜け、この世界のどこかへ消え失せてしまった。

 ちっぽけな手足で探るには、この宇宙は広すぎる。

 今では私も気づいていた。彼は、彼の世界の“魔法堂”に行き、自ら求めて魔法の道具を手に入れた。そして私を拒絶したのだ。ではあれほど熱く愛を語っていた、あの手紙の言葉は嘘だったのか? 彼も私を騙していたのか? からかって遊んでいただけだったのか? 所詮そうなる運命なのか? 私はどうすればよかったのだろう? 一体何がいけなかったのだろう?

 私は再び、涙をこぼす。

 愛されないことよりも――愛する権利を失くしたことの方が、何倍も辛い。

 私は彼を愛したかった。どこまでも、どこまでも、無限に愛したかったのに――

 身体はひとりでに動き、私はいつのまにか、自宅の前に戻っていた。鍵を開けて中に入る。今日からまた、孤独な暮らしが戻ってくるのだ。

 ……と。

 私は、自宅の暗闇の中に、何か動くものの気配を認めた。

 私は恐怖した。なんだろう。コトリ……コトリ……小さな音が聞こえてくる。黒いシルエットが、床のそばで蠢いているのが分かる。泥棒? 虫? あるいはネズミ? 私は威嚇の意思を込めて、壁のスイッチに拳を叩き付けた。鈍い音がして、蛍光灯が光り出す。

 私は見た。

 《矢》。

 おびただしい数の《矢》が、私の部屋の床一面を埋め尽くしている!

 私は後ずさることも忘れ、呆然とその様子を眺め続けた。虚空から新しい矢が現れ、床に落ちる。矢は乾いた音を立て、人骨めいた山を作って止まる。その矢軸のひとつひとつに手紙が括り付けられているのが分かった。宛名の文字に見覚えがある。きちんとした、教科書通りの美しい文字。私を何度も喜ばせてくれた彼からの手紙――

 足元に矢のひとつが転がり込んでくる。私はそれを拾って読んだ。

【好きです。私はずっとあなたが好き。悲しまないで】

 違和感があった。

【好き】

【あなたが好き】

【私は()()()()()()()()()()()()

【あなたを愛してる。()()()()()()()

 私は叫んだ。

「お前は彼じゃない!! お前は……()()()()()()!?」

 私は逃げ出した。階段を駆け下り、道路に出、闇雲に通りを駆け抜けた。矢がその後を追ってくる。私の後に、コツリ、コツリ、その都度新しい手紙を伴って、新しい矢が落ちてくる。そのひとつひとつに書かれた言葉が、読むまでもなく私に襲い掛かる。【あなたが好き】【あなたが好き】【私は誰よりも、あなたを愛してる】――!

 猛烈な求愛の雨から逃げながら、私はついに悟っていた。全て、あの店主の言った通りだったのだ。彼の世界と交わることはできない。《矢》が伝えるのは私の想いだけ。あの返信の手紙は、彼からのものではなかった。他の誰かからの――そう。もうひとつの異世界の、私を見てる何者かからの!

 私はずっと見られていたのだ! 私が彼を見るように、異世界の“誰か”が私を見ていた。そして私から彼への手紙が一方通行であるように、その“誰か”からの手紙も一方通行なのだ。だから“誰か”は、池で私の姿を見て、私の書きかけの手紙を読んで、それに応えるように書いた手紙を送ってきていたのだ。彼のふりをして。私を騙して!

【騙したかったわけじゃない。私はあなたを喜ばせたかった】

 手紙が告げる。もはや紙にも依らず、私の心に直接心が突き刺さってくる。

【私だけがあなたを知っている】【彼ではあなたを愛せない】【私はあなたを愛せる……なぜなら私は女だから】

()()()()()()()、私はあなたを愛せるの!】

「やめろォ―――――ッ!!」

 私は絶叫した。とたん、おそるべき濃度の吐き気が込み上げてきて、私は胃の中のものを残らずアスファルトに吐き出した。私が何をしたというのだ? 私の何がいけないというのだ? なぜ私だけが男の身体に生まれ、愛するたびに遠ざけられ、気味悪がられ、時には珍獣のようにもてはやされて、心を引き裂かれ続ける苦痛の中で生きねばならないのだ!? 見知らぬ異世界の女からの狂気的な好意が、こちらの都合など構いもしない無遠慮な行為が、壊れかけていた私の安定性の最後のひとかけらを圧し潰していく!!

「私はお前なんか望んでない」

 いつのまにか。

「お前に私を見る権利はない」

 私の手の中には、黒い帯が――断絶をもたらす目隠し紐が、命綱のように握られていた。

 ()()()()()()()()()()

 私はそれに、救いを求めた。

「気持ち悪い目を私に向けるなァ―――――ッ!!」

 

 次の瞬間。

 声と《矢》は忽然と消え失せ、夜の街に静寂が戻って来た。

 

 気が付けば、そこはあの噴水広場で、私は、ビルの光を乱反射する黒い水面を、そっと覗き込んだ。ひどく汚れ、くちゃくちゃになった、私の顔がそこに写る。ひととき、水面が仄光(そくこう)を放つかに思われた。私は目を凝らした。

 そして何もかも、気のせいなのだと知った。

 私の恋人は、()()()()()()()

 この世界にも、他の世界にも、もう――どこにも。

 

 

THE END.




 これにて完結です。
 今回のテーマは「想像」。そのための道具立てとして「信頼できない語り手」を利用しました。ご感想などお待ちしております。
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