シャーロット家の秘蔵子は『つまらない』やつ   作:傍目

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それぞれの決意

 

 

 

(迂闊じゃった……!!まさかあやつの能力が海中まで及ぶとは!)

 

 

「出ていくんだねェ……ジンベエ……!!」

 

 

笑みを浮かべてはいるが己の願いを聞き入れてくれる気配は到底感じられないビッグ・マムを前に、ジンベエは己の軽率な行動を悔いた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

彼が強い決意を表明したのは、カカオ島付近の海中にて麦わら一味の船を"タイヨウの海賊団・副船長"『アラディン』が確認した直後。

 

仲間達の前でその胸の内を力強く語った。

 

 

 

「"麦わらのルフィ"はいずれ世界を変える男なんじゃ!!!

 

 まだ若いが!!この海の王になるのは…現『四皇』の誰でもない!!

 "麦わらのルフィ"じゃとわしは思うとる!!!

 

 わしゃあ、あの男の力になりたい!!!

 

 

 "麦わら"の船に乗り、この命をルフィの為に使いたい!!!

 

 

 結果それは魚人族が真の自由を勝ち取る旅にもなるハズじゃ!!」

 

 

ジンベエは無意識だったようだが、タイヨウの海賊団の船員達は彼がルフィと出会った2年前から耳にタコができるほどその想いはよく聞かせられていた。

 

それを指摘されたジンベエは恥ずかし気に頭をかいた。やはり意識はなかったようだ。

 

 

「ふふ!行って来いよジンベエ!!」

「誰が文句を言う資格があるってんだ、船長!!」

 

 

皆、ジンベエの想いは知っていた。

それなのに、彼はいつもいつも仲間や故郷の為にその身を犠牲にしてきた。

 

もう充分だった。

 

 

「これからは!!自分の為に生きてください!!!」

 

 

みな、ジンベエの幸せを願って、彼の新たな船出を祝福した。

 

 

 

「―――しかし、そうは決めても、ビッグ・マムが船長を簡単に手放すとは……。」

 

 

一人の船員が呟く通り、問題は山積みだった。

 

元"七武海"であり、一大戦力の長である魚人海賊団船長の脱退。

それはビッグ・マム海賊団にとって大きな損失だ。

 

 

「おれ達にも怒りが飛び火してきたら逃げるしかねェな!わはは!!」

 

 

怒り狂ったビッグ・マムがジンベエだけでなく、船員、果ては魚人島にまでその矛先を向けるかもしれない。

そうなれば彼らは一生、ビッグ・マム海賊団に追われるだろう。

 

 

「―――だが、アラディンさんはどうする?」

「プラリネ姐さんと結婚して、ビッグ・マムと血縁を結んじまったしなァ…。」

 

 

さらなる問題は、アラディンとその妻、シャーロット家の29女『シャーロット・プラリネ』の事。

 

逃げるとなれば、政略結婚ではあったが心から愛している妻を置いていかなければならない。

無理やり連れて行って、母の処罰の巻き添えを食わせるわけにはいかない。

 

何より、母を裏切るとなればプラリネはアラディン達を見限り、密告するかもしれない。

端くれの魚人船員(クルー)にすら厳しくも優しい彼女だが、家族達の事も大切に思っている。

 

 

特にこの『シャーロット家』では皆が心を砕いている、『トライフル』の存在はやはり彼女にとっても大きいようで…

 

 

アラディンを筆頭にタイヨウの海賊団メンバー達は手をこまねく。

 

 

 

 

 

 

「おやおや!!みんなあたしの事心配してくれてるの?シャシャシャ♡」

 

 

 

 

 

突然、渦中の人物であるプラリネが姿を現した。

あまりに突然すぎて皆ギクリと肩をいからせた。

 

 

「うお!!姐さん!!まさか今の話聞こえて……」

「何よ、水臭い!!あたしに隠し事!!?」

「ひっ!!!」

 

 

ものすごい速さでアラディンの眼前にすっ飛んできたプラリネは彼を問い詰める。

 

 

「アラディン!!アンタまさかママが怒りだしたらあたしを置き去りにしようと思ってたんじゃないよね!?」

 

 

妻の剣幕に押されてタジタジになりながらも、アラディンは弁明する。

 

 

「いや、勿論!相談くらいは!!」

「相談なんてするまでもないっ!!!」

 

 

プラリネは般若の形相でアラディンに両腕を伸ばした。

 

 

 

「ママよりアンタを取るに決まってんじゃない♡もしもの時はあたしも連れてって♡♡」

「キャ――――――♡熱い♡♡」

 

 

 

先ほどの般若はどこへ行ったのか、乙女の顔でアラディンをきつく抱きしめた。

あまりのラブラブっぷりに周りの者も乙女化する。

 

 

「し、しかしプラリネ!いいのか?その……例の弟の事は………。」

 

 

プラリネの腕の中から窮屈そうに顔を出すアラディンは、プラリネも他の兄弟と同様に深い愛情を注いでいる()の少年のことをたずねる。

 

 

 

「…もちろん、あたしはあの子の事を大切な弟として愛してるわ。それは家族達みんな同じよ。

 そして、トライフルもあたし達兄弟を深く想ってくれてる。

 

 

 だからこそ、あたしはアンタと一緒に行くのよ。」

 

 

タイヨウの海賊団の船員(クルー)達は頭上に「?」を浮かべた。

姉弟は互いを深く想っているのになぜ別離を選ぶのか、彼らにはプラリネの真意を測りかねた。

 

乙女心に鈍い男共のそんな様子をわかっているプラリネは笑顔で答えを述べた。

 

 

「あたし達を深く想っていてくれるって事は、あたし達の幸せを一番に望んでいるっていう事でしょ。

 姉として可愛い弟の想いに報いるには、あたしが自分の幸せに正直に生きなくちゃいけないじゃない。

 

 あたしの幸せは愛するアンタと一緒に生きる事。一生を添い遂げる事。

 例えどんな困難が待っていようと、アンタと共にいる事があたしにとって一番の幸福なの。

 

 だから自分の為にもトライフルの為にも、あたしはアンタ達と共に進むのよ♡」

 

 

アラディンは零れ落ちそうなほど目を見開いた。

 

海賊としても一人の人間としても凶悪極まりないビッグ・マムを裏切るという事は、たとえ身内であっても制裁を受ける覚悟を重々承知せねばならない事でもある。

 

それでも……プラリネは自分についてくる事が幸福だと言うのか……。

 

 

「……絶対にお前を守り切れる保証はない。命を落とすかもしれんのだぞ……。」

「そうだってわかってても、命を賭してあたしを守ってくれるんだろ?ダーリン♡」

 

 

政略結婚で結ばれた仲であり、結局ママを裏切るというのに……。

プラリネはたった2年しか共に過ごしていない自分を選び、信頼し、そして深く愛してくれている。

 

かつて天竜人に奴隷の烙印を押され、支配されていた自分をこんな素晴らしい女性が伴侶として添い遂げてくれるなど、そんな至上の贅沢があってよいのだろうかとアラディンは涙が出そうだった。

 

いや、泣いている場合か。

アラディンは溢れそうになるそれをぐっと堪え、表情を引き締めた。

 

 

「……死なせるものか。おれの命に代えても、お前は絶対に守る!」

「まったく、わかってないね。そこは『絶対に生き抜く』って言ってくれないと!

 あたしを未亡人にしたら地獄の果てまで追っかけるよ!

 

 あたし、愛しちゃったらどこまでも一途なタイプなんだからね♡♡」

 

 

きつく抱き合う二人に周りの船員(クルー)達は「キャ―――♡熱々―――♡♡」と煮魚になりそうな位全身を火照らせて顔を覆った。

ジンベエとワダツミも微笑ましく二人を見守った。

 

 

しかし、ジンベエはこれから起こりうる懸念からすぐに神妙な顔つきに戻った。

 

 

「―――しかしプラリネ、やはりママは…わしを…

 

 わしらを許さんと思うか。」

 

 

ジンベエがビッグ・マム海賊団を抜けるなら、必然的にタイヨウの海賊団も後に続くだろう。

現に船員(クルー)達は誰に言われるでもなく、離脱の方向で意思を固めている。

 

せめて自分のわがままに振り回される仲間達は見逃してもらえないかと、淡い希望を胸に実の娘である彼女に問いかける。

プラリネはアラディンとの抱擁を解くと、ジンベエの方を向いて過去の例を思い出してみる。

 

 

「……そうねー、前例はなくもないけど、傘下をやめたいって言った奴は……

 

 

 

 

 全員死んだわね、シャシャシャ!!」

 

 

 

 

プラリネは皮肉っぽく笑ったが、ジンベエ達はやはりかとわかっていても緊張が高まる。

 

そんな様子にプラリネは今の内にと、まず間違いなく起こりうる『最悪』を教えておく事にした。

 

 

「……報復を恐れるなら、ママもそうだが兄弟達の怒りには特に腹をくくった方がいいよ。」

 

 

手をこまねいた状態のまま、彼らはプラリネを向いた。

 

 

「ウチの兄弟達はトライフルを傷つける事を絶対に許しはしない。

 身体につく傷はもちろん、心につける傷も決してね。」

 

 

プラリネは少し目を伏せて、()()()()()()()を追想した。

 

 

「随分昔の話だがね……トライフルが左目を失った日の事さ。」

 

 

皆はプラリネの口から出た少年の顔を思い浮かべた。

『四皇』の船員(クルー)ならば相応の修羅場はくぐってきただろうが、その若さで負うにはいささか大きすぎる(モノ)ではないかと誰もが感じたあの隻眼の少年の顔を。

 

 

「…あの日の事は……今にも死にそうなあの子の口から出た『言葉』を聞いた時ァ、あたしだってかわいい弟をあんな目に合わせた奴らに怒髪天を衝いたさ。

 そんなあたしでも、兄弟達の激昂ぶりはまるで悪神のように見えたよ。

 

 ママの逆鱗に触れた者達は、その子供達を中心に編制された部隊に叩きのめされるんだがね……。

 あの日の兄弟達の凄まじい姿は…………

 

 

 

 

 

 

 まさしくその名の通り、『怒りの軍団』だったよ。」

 

 

 

その姿を知る者の真に迫る語り口に、誰もが閉口し冷や汗をかいた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「黙れ!!!」

「!!?」

 

 

プラリネの言葉を思い出していたジンベエは意識を引き戻された。

現実を見てみれば、先ほど自分が離れていくことを惜しんでいたホーミーズが食われている。

 

去る者にその理由を問うなど見苦しいと声を荒げながら、ケーキのホーミーズを噛み砕く。

彼女にはそんな事はどうでもいいのだろう。

 

大事なのは自分に忠実であるか、そうでないか、だ。

 

 

「海賊なんだ、好きに生きるのが一番さ。」

 

 

勇気ある決断を肯定的に取ってくれているが、もしあの時トライフルが会話の内容を話していたら、もしくはビッグ・マムがそれを彼から聞き出そうとしていたら……

 

ジンベエは自分よりも仲間の安否を思うと気が気でなかった。

 

それに、彼女はまだ傘下離脱を許してくれたわけではない。

 

 

 

「―――だが親子の盃を返されるのは親の恥だよ。

 ジンベエ……おれはお前という一大戦力を失うのさ…!!」

(……それなりの誠意は見せろという事か。見返りあってこその関係じゃったが、確かにママには魚人島を守ってもらった。わしとしても仁義は通したい……。

 

しかし、この強欲な女海賊が提示する要求……そう簡単な事ではあるまい!)

 

 

 

一筋縄ではいかない相手に「ええ、まァ…」とジンベエは生返事をしてしまう。

締まりのない答えにビッグ・マムが(かんばせ)をグイッと近づけ怒鳴る。

 

 

「"まァ"じゃねェ、お前も何かを失えよ!!!それが"落とし前"ってモンだ!!」

「!!」

 

 

先ほどまで物分かりが良過ぎるとも海賊として筋は通った事を言っていた女の顔に、何か裏が見えた。

 

 

「ママママ…()()()()()持って来い!!!」

『え……!?』

 

 

ルーレット…この緊迫した場に相応しくない一興を求める女王に、ジンベエはただならぬ気配を感じた。

実際、ルーレットが如何なるものか知りうるホーミーズ達は楽しむどころか恐怖で震えている。

 

 

 

「ハ~~~ハハハハ…さ~~~お前が()()()()!!!

 

 

 

 

 な~~~~~~んだ!!?」

「!!?」

 

 

目の前に置かれたルーレットを見て、彼は息を吞んだ。

 

 

 

 

(……ルフィ、すまん!わしはまだ…そっちへ行けそうにない……!!)

 

 

 

丸い盤面に描かれているのは10、100、1000の数字に、人の頭と手足。

 

 

 

ジンベエは自分一人の命で賄えぬ犠牲と、ビッグ・マムという強欲な女の悪意を感じた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

サンジ奪還の為、万国(トットランド)に足を踏み入れた麦わら一味は、カカオ島で出会ったシャーロット家35女『プリン』から教わった航路に沿ってホールケーキアイランド侵入を試みていた。

 

 

 

……のだが、その夜。

 

 

 

 

 

「甘え~~~!!」

 

 

 

 

一行の船はアメのようにガチガチに固まった海に足を取られ、動けなくなっていた。

 

 

 

「いいじゃねェか。もうここで止まって寝よう。」

「イヤよ!!またアリが襲ってきたらどうすんの!?」

 

 

船の周りには大人の象ほどのサイズもある、巨大な"海アリ"の大群が倒れている。

 

ただのアリと侮るなかれ、凶暴で食欲旺盛な海アリは船さえ餌にする。

ルフィの提案を鵜呑みなんかにしたら、朝にはサニー号ごとアリの腹の中だ。

 

 

「日中、日が差せばまた対流するんだが、夜のうちは冷えて海が固まってしまう。」

「早く教えてよね、そういうの!!溶かして早く抜け出すのよ!この"水あめ"の海から!!」

 

 

松明の布に油を浸み込ませながらこの海の特徴を語るペドロに、ナミが言うのが遅いと怒りながら船員(クルー)達に脱出を急かす。

 

 

「あのアリの大軍も眠らせただけですから!」

「起きたらまた大変だね!」

 

 

船を引っ張りながら、眠るアリ達を見渡すブルックとキャロットに、ペドロは海アリの凶暴さを教える。

 

 

「おれは昔、あの海アリ達に船を食われた。」

「こわ!!」

「昔って、お前何しにここへ来たんだ?」

 

 

不思議な程にこの辺りの事を知り尽くしているペドロにルフィが疑問を投げかける。

その答えを教えてくれたのは本人ではなくキャロットだった。

 

 

「ペドロは昔、ぺコムズと一緒に海賊やってたんだよ!」

「え!?そうなのか!?」

 

 

自分達と同じ海賊だったという事実に吃驚するルフィに、ペドロはその頃の事を話す。

 

 

「世間知らずでな。探険家のつもりだったが賞金首になってしまった。ぺコムズ達と一緒にいたのは途中までだ。」

 

 

一呼吸おいて、探険家になった経緯を彼は語った。

 

 

「ゆガラ達になら言えるが……

 

 

 

 歴史の本文(ポーネグリフ)を探していたんだ……!!ネコマムシの旦那の役に立ちたくて……!!」

 

「!?」

 

 

それだけで、彼が懸賞金をかけられた理由がわかった。

 

政府が禁忌としている『歴史の本文(ポーネグリフ)の探索』。

外の世界を知らなかった彼はその大罪を犯してしまったわけだ。

 

 

「―――とうとうビッグ・マムのナワバリに足を踏み入れたのが最後の航海。

 

 

 

 

 おれはここで一度敗れている!!!」

「!!」

 

 

一味はもちろん、その事実を知らなかったキャロットも驚いた。

あまり話した事はないとペドロは続けるが、話したくもなければ二度と来たくもなかった場所だろう。

 

それでも彼は恩人である彼らの為に、その胸中を隠してここまで来た。

 

そして彼にはもう一つ、サンジの事以外にもルフィ達に尽くしたい理由があった。

 

 

「『くじらの樹』にて二人の王がゆガラ達に"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"を見せただろう。」

「うん。」

「おれは驚いた……恩人とはいえ……光月家でもない者にアレを見せるのは、

 

 

 実に26年ぶり……!!ゴール・D・ロジャーの海賊団に見せて以来の事だ!」

「!!?海賊王!?」

 

 

その昔、ゾウを統治する二人の王、『イヌアラシ公爵』と『ネコマムシの旦那』が(いにしえ)からの友である光月以外、しかも海賊に秘匿の存在を教えた。

 

そして此度、二人は再び"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"と共にミンク族と光月家が固く口を閉ざしていた全ての秘密を海賊一味に明かした。

 

ペドロは二人の王がルフィ達とロジャー海賊団を重ね、いずれ世界を『夜明け』へと導く者達であると信じているからだと確信した。

ならば自分が彼等の為に、そしてルフィ達の為に成すべき事は、過去自分が失敗した使命を今度こそ成功させる事。

 

 

「カイドウとの戦いに勝てたら次はどうする!?」

「え―――!?そんな先の事まで考えちゃ…」

「次はビッグ・マムの持つ"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"が必要になる!!!」

「!!」

 

 

再び挑む"ロード歴史の本文(ポーネグリフ)"奪取のミッション。

 

なんとも運のいいことに、プリンから秘密の侵入経路を教えてもらったおかげで彼らは強敵の懐へやすやすと潜り込めた。

こんなチャンスはまたとない。サンジ奪還と共に奪い取るのが最良。

 

ペドロ自身には、もう時間が無い。

やるなら今しかなかった。

 

 

「島に着いたらおれに少し時間をくれないか。今度は奪ってみせる!!」

「え!!おれ達の為なら一緒に行くよ!!」

「いや……サンジをしっかり守ってくれ。取り戻した後も容易じゃないぞ。」

 

 

得るものを得ても安心はできない。一つも取りこぼさずこの国を出る事が正念場になるだろう。

そう考えてペドロはルフィに過去この国で、自分が起こした事件の苦い敗北を語った。

 

 

「……ビッグ・マムの根城への侵入は完璧だと思っていた。

 すでに海賊団に所属していたぺコムズにも目的は伏せ、細心の注意を払って潜り込んだ。

 

 

 

 だが、敵は突然に現れおれ達の行く手を阻んだ!

 

 まるで()()()()おれの行動を()()()()()()かのように、全ての退路を断たれて囲まれた。

 

 

 

 おれは何一つ得られず、逆に多くのものを失ってしまった……!!」

 

 

あの日、彼が失ったものは大きかった。

目を閉じれば今でも鮮明に、あの悪夢の光景を思い出せる。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

『ゼポ!?ゼポ!!!』

 

 

親友の体から煙のようなものが浮かび上がり、それにビッグ・マムが手を伸ばす。

 

 

『ぐ……あ……!!……ペ…ドロ゛……!!逃げ……!!』

 

 

――――――ぎゅっ!!

 

 

『100年……!!』

『う゛あ゛っ…!!………ベ…ポ………!』

 

 

 

 

――――――ブチブチィッ!!!

 

 

 

 

それが引きちぎられると同時に、彼は事切れた。

 

 

『ゼポォ―――――――――!!!』

『こいつは30年しか命を持ってなかったよ。さァ、あんたが70年分よこしな……。』

 

 

ルーレットを回して出たのは寿命100年分の喪失。

ゼポが払う事の出来なかった残りの命、ぺコムズの必死の嘆願と己の左目で免除されても、50年分奪われた。

 

何の成果も得られず無様に故郷へ戻ると、親友の弟は姿を消しており、彼がやっと戻ってきたのはつい最近。

 

 

『ネコマムシの旦那~!!ただいま~~~!!』

『!?ゆガラ、ベポか!?今まで何処へ行っちょった!?』

 

 

兄が大好きでいつも後を追いかけていた小さな子供は、その兄そっくりになっていた。

 

再開すればきっと大喜びでガルチューしていただろうに、ゼポはもういない。

ペドロはベポに申し訳なくて仕方がなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「…ゆガラらにあの日のおれのような屈辱を味わわせたくない。」

 

 

何も得られず失うだけだった航海。

ルフィ達には絶対にそんな思いはさせられない。

 

サンジ奪還の手助けを決めた時から、ペドロは一味を誰一人欠けずに脱出させると決意した。

彼等は絶対に生き延びなければならない。

 

 

「おれにやらせてくれ!今度は……負けはしない!」

 

 

例え……ここで我が命尽き果てるとしても……

 

 

 

 

「……そっか……!!じゃ頼むよ!!ししし!」

「そんな簡単に……」

「よし決まりだ!!」

 

 

猛獣の檻から餌を盗むような真似をする事に心配するナミをよそに、話は勝手に両者合意で通った。

呆れたり笑ったりの仲間達の中、ブルックだけは"賭けられる男"の姿を真剣なまなざしで見ていた。

 

 

 

「……ルフィさんは―――()()()()星の下に生まれたんですかねーヨホホ……」

「ん?何だ、ブルック?」

「いえいえ、私もそうですし…。」

「何だお前、変な奴だな。」

「ヨホホホ~~~!」

 

 

一人よくわからない納得をするブルックにルフィは怪訝な顔をした。

 

 

 

 

 

―――カサ……カサ……ガサ!

 

 

 

「…ん?」

 

 

船を引っ張っていたチョッパーは、耳に入ってきた音に振り向く。

 

 

 

 

「アリが起きた~~~~~~~~~!!」

 

 

 

 

更待月(ふけまちづき)の夜空に響く、一味の悲鳴と海アリの咆哮が第2ラウンド開始を告げた。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

日付が変わり、眩い光が海の向こうから世界を照らし出す。

 

万国(トットランド)に今日も陽気な朝が来た。

 

 

 

「調理器具はそろってます!」

「調味料も準備OKです!」

「具材もたっぷりありまーす♡」

 

 

山小屋のような可愛らしい家の中、人間や人語を使う動物達が大鍋を囲んで楽しそうに告げる。

 

 

「ウィッウィッウィ!後は出汁とメインの肉だけだね!」

 

 

痩せた木のように細く背の高い女は満足そうにうなずく。

 

 

「もうじき向こうからノコノコやって来るよ!楽しみだろォ、お前達!!」

『楽しみ~~~!』

 

 

シャーロット家8女『シャーロット・ブリュレ』の言葉に配下の者達は皆賛同した。

 

 

「おれ楽しみ過ぎてもうよだれがワニジュル♡早く食べたい!」

「お前、全部食っちまう気だろ。ちょっと腹になんか入れてこい!」

「え~~~~~~!!?」

 

 

体の大きなワニのホーミーズを煙突頭の男『ディーゼル』が蹴り飛ばした。

渋々とワニは扉を出ていくと、それからすぐに家の外から声がかかる。

 

 

「ブリュレ!海岸付近のホーミーズから船影を確認したと報告が入ったジュ!」

「…!ようやく来たようだね……!!」

 

 

二つある扉のうち、先ほど貴族ワニが出ていった外へ繋がる方のドアを開ける。

 

そこには鏡に半分飲み込まれた彼女の家を囲うように池が流れ、さらにその向こうは森が広がっている。

立ち並ぶ木々の真ん中には、一際目立つ大木が不自然に生えていた。

 

 

「ご苦労だったね、キングバーム!部下達には無生物のふりしておくよう言っておきな!

 奴らがここへ足を踏み入れたら……静かに出口を塞いじまうんだよ!ウィッウィッウィ!!」

「わかってるジュ!ジュジュジュジュジュ!!」

 

 

不自然に生えた大木こと森の主『キングバーム』は笑い声を上げながら森の中へ消えていった。

 

 

 

「…可哀想なトライフル…!昨日から眠ったままで、今朝は朝食の席にも着けなかった!

 疲れてしょうがなかったんだね…待ってて、お姉ちゃんがお腹に優しい栄養満点のスープを作ってあげる。」

 

 

ブリュレは手の平を上下に重ね合わせると、腕を広げながらゆっくり離していく。

すると手と手の間にできた空間が、ブリュレの"ミラミラの実"の能力によって鏡になった。

 

 

「…ちょうどいいのがいたね。」

「ニャー?」

「チュンチュン!」

 

 

ブリュレはジュースの池で喉を潤す猫と小鳥に目をつけ、そちらへ鏡を向ける。

途端、鏡が自ら光を放ち、一直線に伸びるそれに照らされた一匹と一羽は人間へと姿を変えた。

 

 

「ニャ!?ニャ―――!!」

「チュチューン!!」

 

 

自分が得体のしれない人間の姿に変わってしまった小動物達は驚いてその場を去っていった。

その姿はブリュレだけでなく、麦わらの一味達もよく知っている人物達と酷似していた。

 

 

「さあ、お行き!!結婚式(セレモニー)の主役の姿で、麦わら達を森の奥へ誘い込め!!

 

 ウィッウィッウィ!おいで、愚かな下級海賊!!

 一度足を踏み入れれば決して出ることはできない……

 

 

 

 

 甘くて危険な、私達の恐怖の森へ!!!」

 

 

 

―――クスクス♪ゲラゲラゲラ!!

 

 

 

大きく両手を掲げるブリュレに同調して、森に住まうホーミーズ達ははいずれ(きた)る客人へ歓迎の歌を奏でる。

 

 

 

 

(ハーナー)♪ (ハーナー)

 

 

「来るよー♪来るよー♪」

「奴らが来るよー♪」

 

「みーんなみんな、お待ちかね♪」

「お前が来るのを待っていた♪」

 

 

(キー)♪ (キー)

 

 

「歓迎しよう♪」

「あま~いお菓子で♪」

 

「おびき寄せよう♪」

「まがい物の同胞(はらから)で♪」

 

(いざな)われたなら♪」

「出られない♪」

 

 

「甘くて危険な罠が待っている!!!」

 

 

ケーキー♪ ジュース♪ キャラメルー♪

 

 

「遊ぼう♪遊ぼう♪」

「お前の命で!」

 

「逃げろ♪逃げろ♪」

「死ぬまで追うぞ!」

 

「歌おう♪奏でよう♪」

「悲鳴で!断末魔で!!」

 

 

「遊び疲れたならば食事にしよう♪」

 

「その血で!」

「肉で!!」

「骨で!!!」

 

「宴を開こう!!!」

 

 

 

(ハーナー)♪ (ハーナー)♪ (キー)♪ (キー)

 

 

 

「遊ぼう遊ぼう♪殺して遊ぼう♪」

「おいでおいで♪早くおいで♪」

 

「ここはホールケーキアイランド南西の海岸♪」

「誰も生きては出られない♪」

「誰も生きては帰さない♪」

 

「甘くて恐~い……」

 

 

 

『誘惑の森!!!』

 

 

 

 

歌い終わると同時に、ざわざわと身を揺らしてホーミーズ達は爪を隠す。

 

 

 

「ウィッウィッウィ!かわいい弟の為に、必ず仕留めて料理してやるよ!」

 

 

 

 

 

それぞれの決意がホールケーキアイランドでぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 




やっと投稿できました。
楽しみに待っていた皆様、遅れて申し訳ありませんでした。

誤字報告や感想もありがとうございます。

まだのろのろしそうですが、頑張って更新していきます。

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