シャーロット家の秘蔵子は『つまらない』やつ   作:傍目

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眠り王子は知りもしない

 

 

 

ホールケーキアイランドを目前にした麦わらの一味達は、サンジ奪還組と歴史の本文(ポーネグリフ)奪取組に分かれて行動することとなり、ルフィ達はブルック・ペドロと一旦行動を後にした。

 

そしてサンジを連れてくると約束したプリンが合流の場に指定した南西の海岸へ、遅ればせながらルフィ・ナミ・チョッパー・キャロットの四人が到着した。

 

しかし………

 

 

 

「この辺だ!!確かにサンジとプリンがいて、目ェ離したスキにいなくなったんだ!!」

「南西の海岸はここで間違いないし…あんたはウソつかないけど。居て居なくなる理由がわからないのよね。」

 

 

ルフィが船の上から(くだん)の二人を確認するも上陸時には忽然と姿を消してしまっており、彼は岬の上から周辺をぐるぐる見回しながら仲間(サンジ)友達(プリン)を捜していた。メレンゲで出来た大地をかじっていたチョッパーもルフィと並び立って辺りを見回し、キャロットは海岸からサンジを捜した。ナミは地図を見ながら失踪した仲間の意図に思考を巡らせていた。

 

 

 

「ん!!?」

「あれ!?」

 

 

岬の上から島をぐるりと見渡す二人の目が、海岸の奥に広がる森の木にとまった。

 

 

「ああっ!!」

「え??」

 

 

ルフィ達が視線を向ける方向にキャロットもそちらに顔を向け、そこにたたずむ人物を目にして駆け出す。頭を抱えて地図を眺めていたナミは、走り出した三人に何が起こったのかわからなかった。

 

 

「おい!!!サンジ~~~~~~!!!」

「!?え!?どこ!?」

 

 

ルフィの呼ぶ人物の名前に驚いたナミは彼と同じ場所に目を向けるも、そこには誰もいない。

きょろきょろと辺りを見回す彼女以外のメンバーは揃って森の方へと走り出していく。

 

 

「どうしたの!?」

「サンジがいたよ今!!あいつ何隠れてんだ!!」

「ホント!?」

 

 

その目で見てない分にわかに信じがたいが、とりあえずナミは三人を追って走り出した。

 

 

 

「あれ!?……!!?」

「え!?どこ行った!?見失った―――!!でもウマそう!!」

「おかしの森だ―――!!」

「いい香り♡」

 

 

隠れてしまったサンジを追いかけて森に入るわずかな間に、彼はまた姿をくらましてしまった。サンジを見失ったことにショックを受けるルフィ達だったが、森に広がる色とりどりのお菓子の山には目を輝かせた。

 

 

「3人共見たんなら間違いないわね!!でも何でいなくなるの!?―――何かバツが悪いのかな…!!」

 

 

ルフィが森を見渡しながらサンジを呼ぶ傍らで、ナミは逃げ隠れる仲間に疑問が拭えず首をかしげる。

 

 

「手分けして捜すぞ!!おれこっち行く!ケーキのある方!!」

「おれまっすぐ!!何か甘いキャラメルの匂いがする方!!」

「じゃ私こっちね!!見てキレー!!ジェリービーンズ!!」

「ちょっと待て――――――っ!!!二次災害の予感っ!!!」

 

 

サンジの捜索を声高に掲げるものの、明らかに3人は我欲に走っていた。

ナミは慌ててお菓子に目がくらむ仲間を止めて、自分の傍を離れないで捜すようにと念を押す。

 

そうして一行は森の奥へと足を進めていった。

 

 

「ルフィ!!あれ見て!大きな岩だと思ったらシュークリームだよ!!」

「え―――!!大きなシュークリーム!?食いてェ~~~!!!」

「んまっ!!ルフィ!この木の葉っぱ食べてみろよ!サクサクの甘~いパイだ!!」

「パイ!?この木の葉全部そうなのか!!?スゲ―――!!」

「早速勝手な行動すな――――――っ!!!」

 

 

 

すでに、入り口がゆっくりと閉じられている事に気付かずに………

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(あ~あ~~~…スープ楽しみにしてたのに。でも確かにおれ、胃袋はでかい方だからなぁ。

 少しくらいはお腹膨らませとかないと、トライフル様の分まで食べちゃう自信はあるし仕方ないか。)

 

 

森に流れる鮮やかな緑色の川の中をスイスイと泳いでいた『貴族ワニ』はブリュレの家を追い出されてから食べるものを探していた。お菓子は森に山ほどあるのだが、今の彼は()きのよい動物かお菓子のホーミーズが食べたい気分だった。

 

ちなみにこんな見た目だが貴族ワニは人間は食べない。彼はこれからブリュレのスープに入るものが何なのかわかっているのだろうか。

 

 

(あ~、何かないかな~。踊り食いしたい気分なのにブリュレ様が動物達、人間に変えちゃったから食いづらいんだよな~~~。まかり間違って本物の人間食っちまったら嫌だし……どうしようかな~~~。)

 

 

 

―――《…の花……かし……ぞ…!!》

―――《う…そ…――…―♡》

―――《目う…り……いの…!》

 

 

 

水中からでは聞こえづらいが、貴族ワニは確かに声を聞いた。

ホーミーズかと思い水面を見上げると、蹄がついた小さな手が川の中にあった。

 

蹄の持ち主はすぐに手を引っ込めると、川をまたぐドーナツの橋の方へと走っていくのが確認できた。

貴族ワニはにやりと口の端をあげ、舌なめずりしながら橋の下を目指して泳いだ。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「わ―――この緑の川、メロンジュースだ!!」

「ホントかァ!?」

「この橋もよく見たらドーナツ!!」

「ちょっと!!」

 

実はメロンジュースだった緑の川に架かる橋を渡っていた麦わら一味は、さっきからこの調子で全然前へ進めていなかった。ナミはお菓子巡りが本命になりつつある3人に呆れながら、少し語気を強めに叱ろうとした。

 

 

 

「いい加減に……」

 

 

 

―――ザバ……!!

 

 

 

突如、彼女の言葉を遮るように、川の中から鋭い牙が並んだ巨大な口が橋を挟んだ。

あまりに突然の出来事に一味は一瞬足を止めるが、その間にも牙は迫っていた。

 

 

「橋を渡れ!!」

 

 

船長の一声に一同は橋の向こうへと駆け出した。四人の中では比較的足の遅いナミはルフィに抱えられ飛ぶように向こう岸へ渡った。

 

 

 

 

バクン!!!

 

 

「うわァっ!!!」

 

 

巨大な口が閉じられるも間一髪で逃げられたルフィ達の後ろで、ドーナツの橋がその一噛みにほとんど飲み込まれ無くなっていた。あとわずか反応が遅れていたら自分達も橋と一緒に…、と思うナミはゾッとした。

 

 

「ワニだ!!」

「やっつける!?ルフィ!!」

 

 

巨大な口の正体を掴んだチョッパーが叫び、キャロットが迎撃態勢をとりながらルフィの指示を待つ。

ルフィはトレードマークの麦わら帽子をかぶり直しながらワニを見つめる。

 

 

「いや……」

 

 

あからさまな敵意を感じなかったルフィはとりあえずワニの動向を黙って見る。

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、人間か……」

 

 

 

 

「!!?」

「……え?」

 

 

ワニは衣服を纏っており、人語までしゃべった。

一味は驚き固まっていると、ワニはドーナツ橋をむしゃむしゃと咀嚼しながら背を向け去っていった。

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、何だと思って食いついたんだ!!!」

「そこじゃない!!」

 

 

 

ツッコミどころが違うルフィの後頭部をナミが引っぱたいた。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

森に当たり前のようにあるお菓子の影から、今の様子を一部始終見ていた者がひょこっと顔を出す。

 

 

 

「…何をやってんだい、ワニのやつは…!」

 

 

勝手な行動を取って消えた自分の部下に呆れるブリュレがそこにいた。

彼女は額を押さえながらも、気を取り直して自分が倒すべき相手の方へ顔を向ける。

 

 

「来やがったね、麦わら!!アタシ達のかわいいトライフルをかわいがってくれた礼はきっちりしてやるからねェ!!」

 

 

侵入者4人の顔を一人ずつ見渡してから、ブリュレはルフィに狙いを定めた。

 

 

 

「ウィッウィッウィ!!まずは軽く遊んでやろうか……!!」

 

 

 

背の高いブリュレの姿がみるみる縮んでいき、姿形がまったくの別人に変わっていった。

にいっと()()()()()()邪悪な笑みを浮かべて、ブリュレはその姿を彼らの前にさらした。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「やっぱりプリンを信じて海岸で待つべきよ!!見て、すでに帰り道が危うい!!」

「ただの橋だ。川をジャンプすればいつでも帰れる。」

 

「あれ?」

 

 

進むか戻るか意見をぶつけ合う船長と航海士を尻目に、キャロットは森の奥から現れた人物に目を丸くした。

急に声をあげたキャロットに続いて他の3人も前を見ると……

 

 

 

 

『え??』

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「えェ~~~!?」

「ルフィがもう一人!!?」

 

 

チョッパーとキャロットが仰天し、ナミが摩訶不思議な現象に混乱した。

ルフィは目を鋭くして自分そっくりなそれに怒鳴る。

 

 

『誰だお前っ!!!』

 

 

すると対峙するルフィも目を鋭くして、正面にいる自分に怒鳴った。

姿だけでなく言葉も仕草も、寸分狂わず同じタイミングで発されている。

 

まるで自分が本物だと発言する相手に、両方のルフィは苛立ちの表情を見せて再度怒鳴った。

 

 

『「誰だお前」っておれはルフィだよ!!!』

 

 

またしても同じタイミングで同じ言動をする。

頭にきたルフィ達は互いの額をガンと突き合わせた。

 

 

『マネすんじゃねェっ!!!』

 

 

やはり二人は同時に、同じ所作でがなった。

 

 

「何!?どうなってんの!?どっちがルフィ!?全く同じ動きで同じ事喋ってる!!」

「―――いや!!ちょっと違う!!」

 

 

相手のルフィを観察していたチョッパーはある事に気付いた。

 

 

「鏡に映った"鏡像"みたいにキズもアクセサリーも全部反転してる!!

 "向こう側"の奴はおれ達の知らないルフィだ!!」

 

 

見た目に違いがあるのは気づいたものの、フェイントをかけようと無茶苦茶に動き回るルフィに相手はぴったりと張り付き同じ動きをしている。緻密な動作はとても『真似』でできるような芸当ではない。

 

 

「ホントに鏡があるみたい!!一体誰なの…あんた誰!!?」

 

 

ナミがルフィのようなものに問いかけるが、彼女の言葉には何も返さない。

ナミの言葉に乗ってルフィが問いかければ……

 

 

『答えろよ!!お前!!』

 

 

同じ言葉が森に響く。まるでステレオスピーカーのようだった。

おかしな現象に困惑する一味だが、すぐにキャロットがハッとして、奥にある木の上を指さした。

 

 

 

「あ!!いた!!サンジがいたよっ!!!」

 

 

 

彼女が指し示す大木の太い枝の上に、寝そべりながら棒つきキャンディを舐めているサンジの姿があった。

 

 

「サンジ君!?そんなところで何してんの!?」

「サンジ―――!おれ達迎えに来たんだぞー!!!プリンはどこだ―――!?」

 

 

サンジは声に気付いてナミ達の方を向くが、それ以外なんの返答も返さない。

しかしルフィはそんな彼の様子など気にせず、久々に会えた事を喜びながら手を振って駆け寄ろうとした。

 

 

 

『お―――いサン…!!』

 

 

 

 

しかし、彼の目の前には全く同じ動作をする自分がいるわけで……

 

 

 

 

―――ガン!!

 

 

 

『………!!』

 

 

 

当然、通れるはずもなかった。

 

 

『どけお前~~~~~~っ!!!』

 

 

真正面から同時にぶつかり、同時に倒れた二人は同時に起き上がり、同時に吠える。

鏡に喧嘩を売っているような有様はひどく滑稽だ。

 

そうこうしている間に、サンジは何故かまた森の奥へと逃げ去っていった。

「サンジ―――!!!」と大声で呼ぶチョッパーの声も無視してどんどん森の奥へと進んでいく。

 

ルフィも追いかけたいのだが、目の前の自分が邪魔で進めない。

 

 

『こんにゃろ…!!どけェ~~~~~~!!!』

 

 

ブッ飛ばしてやろうと拳を叩きこもうとするが、向こうも同じ威力の拳を同時に繰り出してくるためそれにガードされてしまう。

 

 

『くそォ!!お前ら先に行け!!!サンジを追え!!!』

 

 

また見失えば厄介だと判断し、仕方なく3人を先に行かせる事にした。

チョッパー達は命令に頷き、森の奥に向かって駆け出した。

 

 

「バラバラになんないで!!チョッパー、キャロット!!やっぱりおかしいってこの森!!またきっと何か起きる!!!」

 

 

チョッパー達の少し後を慌てて追いかけるナミが反転したルフィの横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

(何か起きるって?もちろんさ……!!)

 

 

 

 

 

 

傍を通るナミも、拳を交える本物のルフィも、偽物のルフィの思考を読む事はできなかった。

表情はルフィと一緒のままだが、心の内は邪悪が支配しているその中身。

 

 

 

 

(追いかけな、追いかけな……そして諦めて逃げ帰っておいで!!その時お前達は知るのさ……

 

 

 

 この森の本当の怖さをな!!ウィーッウィッウィッウィ!!!)

 

 

 

 

麦わらの船長の皮をかぶったブリュレが嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

サンジを追いかけて走るナミとチョッパー、そしてキャロットだったが…

 

 

 

「……ダメだ!!また見失った!!」

「サンジ君……!!どうして逃げるの!?」

「サンジ―――!!どこ行ったの―――!?」

 

 

 

ルフィを置いてまで追いかけるも、再び見失ってしまっていた。

 

 

「とにかく足を止めないで捜しましょう!!そう距離は離れてないはずよ!!」

 

 

ナミの言葉にうなずいて、3人は前方に目を向けた。

途端、三者一様に驚愕の表情を浮かべ急ブレーキをかけた。

 

 

 

「キャ~~~~~~~~~!!!」

「ギャ~~~~~~~~~!!!」

「………!!!…!!!…で、

 

 

 

 

 でっかい人が埋まってる――――――っ!!!」

 

 

 

 

彼女達の眼前に、前髪をちょんまげ結びにした長髪の巨人が顔と手以外を地面に埋もれさせて動けなくなっていた。

 

 

 

「わ――――――びっくりした~~~!!」

「こっちのセリフだよ!!!」

 

 

しかし、意外と元気だった。

とはいえこんな酷い姿の人間を放っておけないチョッパーは巨人に安否を尋ねる。

 

 

「お前大丈夫か!?誰にやられたんだ!?」

「え……?」

「埋められてるじゃねェか!!体!!!」

 

 

きょとんとした巨人にチョッパーが指摘した。

 

 

「好きで埋まってんだよね~~~~~~~~~。」

「え―――!?バカなのかコイツ!!!心配して損した!!」

「ジュース飲みたい。」

「知らねェよ!!!」

 

 

元気どころか巨人は呆れるほどのんきだった。

すぐさま時間が無駄になる気配を察知したナミはチョッパーを抱えて去る事にした。

 

 

「待て待て(おのれ)ら……ウヌはアップルジュースが大好きよね。左に行くとアップルジュースの滝あるよね。ウヌあれ大好き♡」

「ムシムシムシムシ!!サンジ君を捜すのよ!!」

 

 

その後も巨人はナミ達が捜している人物の情報を教えるだのなんだの言っていたが、見返りとして執拗にアップルジュースを要求する様が信用に欠けたので3人は取り合わずに先へ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…行ってしまったのよね~……、アップルジュース……。」

 

 

巨人はがっくりとうなだれた。地面に埋まっている為ほとんど首は動かなかったが。

 

 

 

(そーいえば今の奴らこの森の事、何にも知らない様子だったのよね。なら教えといた方がよかったのかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 万国(トットランド)では今、リンリンの子供達が皆ピリピリしてるから気をつけろって…。)

 

 

 

 

 

 

 

う~ん、と唸りながら考える巨人だったが、周りでそろりそろりと動く()()を見て考えを改めた。

 

 

(…やめとこう。面倒な事に巻き込まれるのはゴメンなのよね~。ここへ来た目的さえ果たせればそれでいいのよね~…。)

 

 

巨人は脳裡(のうり)に二人の赤ん坊の姿を思い浮かべて、通り過ぎて行った3人の事を一時忘却した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、サンジを追うナミ達は彼の名を大声で呼びながら、がむしゃらに捜していた。

 

 

「おーい!!サンジ―――!!!」

「サンジ君!!どこなの!?いたら返事くらいして―――!!!」

 

 

 

―――ガサ!

 

 

「!!」

 

 

直後、キャロットは生い茂る草木の陰から殺気を感じた。

その瞬間、そこから何かがナミに向かって攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「危ないナミ!!!」

「!!?」

 

 

背中から飛び乗ってきたキャロットと共に地面に倒れたナミの頭上すれすれを、鈍く光る刃が(くう)を切り裂く鋭い音を立てながら通り過ぎた。

 

 

「ぎゃあ――――――!!!」

「え!?…え!!?…??」

 

 

空振りした刃に切り裂かれた木々が悲鳴を上げた事と、攻撃してきたのが人間ではなく鶴に乗ったウサギだった事を確認したナミは唖然とした。だが、ウサギがまた武器を構え直したのを見て危険を感じ、3人は一旦森の奥へと退避した。

 

 

 

 

 

「……あのウサギのミンク族、やるな。」

 

 

ワニと同じように人語を解するウサギが、逃げるキャロットの後ろ姿にぽつりと呟いた。

 

 

「ツ―――!どうすんだよ?」

「決まってるだろ。」

 

 

同じく人語を解する鶴の問いかけに、つばの広い帽子をかぶり直しながら答える。

 

 

 

「追うぞ。」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

逃げ切ったナミ達は適当な場所で息を整えながら、現状に危機を感じていた。

 

 

「木もワニも喋る……今のウサギ、私達を殺す気だわ!!

 すぐルフィの所へ!!まだ帰り道はわかる!!」

「でもサンジは!!?」

 

 

昨日のカカオ島の平穏がこの島には、…少なくともこの森には感じられない。

ナミは一度引き返すことを提案するが、チョッパーはサンジが気がかりだった。

それはナミも同じだったが、あのサンジには気になる点が多すぎた。

 

 

「―――もう本物かどうかもわかんない!本当にサンジ君なら私達がこんな目に遭うのを黙って見てる!!?」

 

 

そう言われてチョッパーも言葉に詰まった。

女性にめっぽう弱いサンジだが本当は心優しく、特に仲間のピンチとなれば放ってはおくはずがない彼が今の自分達の状況をわかっていて助けに来ないのは妙だ。

 

そっくりな(ニセ)ルフィがいた事もあり、チョッパーもキャロットも先ほどの男が本当に本物のサンジか確信は持てない。ナミの言う通り、一度全員森を出ることに決めた。

 

が、ナミは自分の手元を見て驚愕した。

 

 

「え!?方角が!!」

 

 

記録指針(ログポース)の針が全てぐるぐると回り、方角が狂っている事を示している。

それだけではない、森にかけられた時計も針がものすごい速さで進みだした。かと思えば別の時計は針が逆戻りしている。

 

まるでこの森だけ、正常に動く世界から隔絶されているように感じて、ナミ達は血の気が引いた。

 

 

「何から何まで変よ!この森!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツ―――ル――――――」

 

 

『!!!』

 

 

背後から聞こえた鳴き声に3人がそちらを振り向くと、

 

 

 

 

 

先ほどのウサギが不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 

 

 

「!!!走って!!!」

 

 

 

確かな方角はわからないが、少なくとも先ほどの道くらいはわかる。

3人はそちらへ向かって急いで走り出した。

 

 

 

「仕留める…!トライフル様のために!!」

「ツ――――――!!!」

 

 

 

武器を構えるウサギを乗せた鶴が地面を蹴った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くかー……くかー……」

「……」

 

 

ホールケーキ(シャトー)内、トライフルの部屋にて。

豪奢なベッドに大の字で眠りこける部屋の主と、その傍らでスツールに腰かける男が一人。

 

晒された屈強な上半身に着けた肩甲(かたよろい)からは水玉模様のマントが伸び、腰にはビスケットのようなタセットを纏っている。

左右に伸びるように細く結われた髪の先からはバチバチと火花があがり、火の着いた導火線を彷彿とさせた。

 

男の名は『シャーロット・クラッカー』。

シャーロット家の10男であり、ビッグ・マム海賊団選りすぐりの戦士、"スイート3将星"の一人である。

 

彼は片胡坐をかいてその上に肘を乗せて頬杖をつき、無防備な顔で眠る弟をじっと眺めていた。

 

 

「……腹減らないか?トライフル…。紅茶もすっかり冷めちまったぞ。」

 

 

サイドテーブルに置かれた紅茶は冷めて香りが消えてしまい、軽食のサンドイッチもパンの角が水分を失いはじめている。

それほど時間が経っているにもかかわらず、トライフルが目を覚ます様子は一向にない。

 

クラッカーはため息をつき、次の見張り番が来る前に皿を片してしまおうかと考える。

と、その前に部屋の扉が静かに開いた。

 

 

「クラッカー兄貴。」

「……ノアゼットか。」

 

 

入ってきたのは万国(トットランド)の財政管理をしているキンコ島の大蔵大臣にして、シャーロット家15男『シャーロット・ノアゼット』だった。

 

 

「もう交代の時間か?早いな…いつの間にそんなに経ったんだ……。」

「ああ、いや違うんだ。ママから兄貴にお呼びがかかったんだよ。時間にゃ早いが後はおれが代わりにトライフルに付き添ってるから。」

 

 

親子であり海賊の頭でもある我らが母のお呼びとあらば、腰を上げないわけにはいかない。

 

 

「…そうか。わかった、後は頼む。軽食の片付けも任せるぞ。」

「ああ、任せとけ。兄貴は気にしないで早く行ってやってくれ。ママは遅刻が大嫌いだからな。」

 

 

クラッカーはノアゼットに後の事を任せて、スツールから立ち上がる。

そしてピタリと動きを止めた。

 

 

「………」

 

 

一連の流れに既視感を覚え、眠っているトライフルに顔を向けたまま口を開いた。

 

 

 

「……あの時もこうやって、いつまでも起きないお前に話しかけてたな。

 なあ、ノアゼット…あの『忌々しい事件』の時、トライフルは何年くらい眠っていたか覚えてるか?」

「へ…!?いやいや!たしかに長いこと昏睡状態だったが、そんな何"年"って月日じゃなかっただろ!?」

 

「ああ、そうだな。けど……それくらい長く感じた。」

 

 

兄が何を言いたいのか悟ったノアゼットは口をつぐんだ。

 

家族は皆そう感じたはずだ。

あの日ほど、万国(トットランド)を過ぎていく時間を長く感じた事はない、と。

 

 

「…一秒先で目覚める事を期待しては落胆し、更に先で子犬みたいに小さなこの心臓が止まるんじゃないかと恐れては杞憂で終わる事に安堵した。それが毎日、毎日と続いて……時間の感覚などとっくに麻痺していた。

 トライフルが目覚めた時は本当によかった……!おれはまだコイツの兄でいられるんだと、大切な弟を守れるんだと確かに心が震えていた!!

 

 それがどうだ!?何故トライフルはまたあの頃のような有様になっている!!?

 ああ、知っているさ!あの"最悪の世代"の大馬鹿野郎(クソガキ)のせいさ!!

 

 ドフラミンゴごときぶちのめしたくらいで調子に乗りやがって…!!"四皇"と"新世界"の本当の恐ろしさも知らねェガキが粋がってんじゃねェぞ!!!」

 

 

深い眠りにつくトライフルの姿が、まだ幼かった『あの日』の彼とダブって見えたクラッカーはつい声が大きくなる。

ノアゼットは慌てふためき、荒ぶる兄をいさめた。

 

 

「あ、兄貴!気持ちは痛いほどわかるが落ち着いてくれ!トライフルの体に障る!

 それに、ママも待っているんだ…早く行ってやらないと…!」

 

 

目の前に弟がいた事と母の事を思い出し、クラッカーは煮えたぎった腹の奥が少しずつ冷えていく。

あの最悪の事件を思い出すとついカッとなってしまう自分に、言い聞かせるように(かぶり)を振った。

 

 

「はあ…そうだったな、急がねェとママを怒らせちまう。じゃあな、トライフル…茶会までには起きてくれよ。」

 

 

これ以上トライフルの顔を見ていると溢れる怒りにきりがないので、弟に背を向けてクラッカーは足早に部屋を後にした。

 

扉が閉まるのを確認したノアゼットは一つ息を吐いて、眠る弟の規則正しく上下に動く腹部に手を当てる。

包帯とチューブが小さな体を覆っていた時とは違い、今は確かに呼吸をしている。

 

 

 

「…これ以上、傷ついてほしくないのは兄弟達みんなの総意だ。」

 

 

 

見える所についている傷は顔の左側だけだが、トライフルが纏うアオザイのような衣装の下は『あの頃』受けた無数の傷が(あと)になって今も残っている。

 

 

「トライフル…お前もあんまり無茶しないでくれ……兄ちゃん達は心配なんだ………」

「……くかー……」

 

 

ノアゼットがどんな表情をしているかも、万国(トットランド)で今何が起こっているかも知らず、トライフルは間抜け面で眠っていた。

 

 

 


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