シャーロット家の秘蔵子は『つまらない』やつ   作:傍目

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混ざり合う思惑

 

 

一度入れば出られない、今日まで生きて帰った者は誰もいない『誘惑の森』。

そこに響く足音が3つ。

 

 

「走って!!急いで!!!」

 

 

地を鳴らす蹄と脱兎の勢いで駆ける人間の足音を、鳥類特有の(あしゆび)が大地を蹴るように追う。

 

 

「来てる!?」

「まだ追って来る!!」

 

 

ナミを乗せた脚力強化(ウォークポイント)形態のチョッパーと、幻の島"ゾウ"の王・イヌアラシ公爵直属の精鋭部隊『銃士隊』のメンバーでもあるキャロットが全力疾走しても追跡者を振り切ることが出来ない。

 

戦うべきかと思うが、自分達はあくまで内密に仲間を取り戻しに来たのだ。もし存在がバレたら『四皇』の一角相手に全面戦争は免れないだろう。加えてここは敵の庭。地の利が向こうにある中で戦いを挑むなど自殺行為に等しい。

 

故に逃走一択に絞られる訳だが森の様子が先ほどからどうにもおかしく、一刻も早く抜けねばと3人は気持ちばかり焦る。

 

 

「あのウサギ相当強い!!

 でもミンク族じゃないよ!!」

 

「ホント!?」

「能力者かな!?」

 

 

キャロットと同じ天然の戦士種族だと思っていた2人は驚いた。

 

少し後方で双頭槍による攻撃を繰り出そうとするウサギにキャロットが後方転回で素早く距離を詰め、槍を無効化する為に電気を纏った蹴りを入れた。

 

 

 

―――バチィン!!!

 

 

 

雷のような閃光と破裂音が槍の動きを止め、敵の攻撃を遮断した。

 

 

「ほらね!『エレクトロ』出せないんでしょ!!」

 

 

ミンク族の持つ特殊能力で対抗してこない事が、敵のウサギがミンク族でない事を裏付けた。

ウサギの正体の謎は深まるばかりだが、今は森を出る事が最優先だ。ナミははぐれないようキャロットを呼び戻す。

 

 

「キャロット離れないで!!」

「うん!! ごめんね鳥さん!」

「ツ?」

 

 

エレクトロを纏う手の平を鶴の眼前にかざし、放電した。

感電した鶴は「ツル~~~!!!」と変な鳴き声を上げながら倒れたが、ウサギは既の所を避けた。

 

 

 

 

 

(……逃がしはしない……)

 

 

 

ふわりと空中に浮くウサギのホーミーズ、"鶴騎士(クレインライダー)"の『ランドルフ』は武器を構える。

 

 

(実力はとうに超えられたとはいえ、あの方に戦う(すべ)を仕込んだのはおれもだ)

 

 

記憶の中の幼い人はまだ両目とも有り、しっかりとランドルフを見ていた。

 

 

 

『えい!でりゃ!!』

『闇雲に振り下ろすだけではダメです。相手の動きをしっかり見て、確実に当てる!!』

『いて!』

 

 

むやみに棒を振り回してバランスを崩す子供の頭にポコン、と軽く柄を落とした。

(うずくま)って打たれた頭をさする子に小休止をとっていると、彼はすぐに棒を構えて稽古を続けようとする。

 

 

『…休憩してもいいのですよ』

『大丈夫だ。おれ、まだ元気。もっともっと強くなるんだ。ランドルフよりも強くなる。

 

 

 誰よりも強くなって、ランドルフの事も守ってやるからな!』

 

 

目標を見つけて以来、一段と鍛錬に励む子供にランドルフは笑む。

 

 

『ありがとうございます。しかしそろそろメリエンダの時間ですよ。一度お城に戻りましょう、トライフル様』

『わーい、おやつだ』

 

 

相変わらずの無表情だがウキウキと体を揺らしながら城へと踵を返すトライフルと並んで稽古場の森を抜けた。

 

今や過去の話だ。

尊ぶべき人は左目を失った代わりに力を得てめきめきと強くなっていった。

もう自分は彼の中で完全に守られる側となってしまっただろう。

 

 

それでもかつては彼の師だった。

敗北はランドルフだけでなく、トライフルの沽券にも関わる。

 

 

(……ナメられちゃ困るんだよ!!!)

 

 

逃げる二人と一匹の背中目掛けて、ランドルフは自身の得物を投げた。

 

文字通り風を切りながら飛んでいく双頭槍は標的に確実に迫っていく。

それに気づいたナミ達は慌てて左右に分かれて槍をかわした。

 

 

 

「あ……」

 

 

標的に避けられた武器がどこへ進んでいるかを見て、ランドルフの口から間抜けな声が出た。

 

 

 

 

 

―――ドス!!

 

 

「NO~~~~~~~~~!!!」

 

 

ランドルフの双頭槍は地面に埋まっている巨人男の後頭部にぐさりと刺さってしまった。

その間に一味達は船長と合流するために、壁にした男の事を無視してとっとと去っていった。

 

 

「やべ、あの人に当てちゃった………まあ別にいいか。もうママとの縁も切れた男だ」

 

 

うろたえたのは一瞬。ランドルフは巨人にした狼藉をころっと忘れて鶴を起こす。

 

 

「おい、大丈夫か?」

「ツ~~~……焼き鳥になるとこだったじゃねーか、あのウサギミンク!!」

「ミンク族は元から強いらしいけど…あのウサギ女はかなり鍛錬積んでるな。あ、武器返してもらおう」

 

 

ケホケホと黒煙を吐きながら起き上がる鶴の隣で、ランドルフは思い出したように巨人の方へ歩いていく。

 

 

「痛いのよね~~~!何か頭に刺さったのよね~~~!」

「おれの武器です。返してください」

「あ!(おのれ)は確か……ラグドール君!!助けてほしいのよね!頭に何かが…!」

「ランドルフです。言われなくても抜きます。おれのなんですから」

 

 

巨人の頭頂部に一飛びしたランドルフは槍に手をかけて引っこ抜こうとする。

と、ランドルフの長い耳がこちらに向かってくる音を捉えてぴくりと動く。

 

目を凝らして音のする方を見てみると、逃げたはずのナミ達が戻って来ていた。

しかも今度は麦わらの船長まで一緒にいる。

 

……が、ランドルフには彼が本物の『麦わらのルフィ』ではないとすぐにわかった。

 

 

「…今度はあの方の番か。これ以上出しゃばれないな」

「あ!ちょっと、ランドルト君!?刺さったの抜いて~~~!!」

 

 

ランドルフはまた名前を間違えられてるが訂正せず、巨人の頭を降りて木陰で鶴と一緒に傍観の態勢に入った。

 

 

 

 

「え~~~~~~~~~っ!!?何で~~~~~~~~~!!?」

 

 

 

再び巨人の前に戻ってきた麦わら一味達は揃って声を上げた。

後頭部に目を向けていた巨人は、叫び声の方にそれを戻して大きく見開いた。

 

 

「あ!また来たな己ら!!おいさっき頭に刺さったもの……」

「私達、来た道をまっすぐ戻ったハズなのに!!」

「何であんたがここにいるのよ!!!」

「―――!!びっくりするから大声出すな!

 『何でここに』ってウヌはずっとここにいるよね~~~。己らが勝手に行って戻って来ただけよねー」

 

 

チンプンカンプンなやり取りをする両者に「ぷぷっ!」と吹き出しつつ、ナミ達の背後に立つ船長が今どんな顔をしているかも何もわかっていない3人をランドルフと鶴は嘲笑する。

 

 

「チョッパー!もう一度出口へ!!」

「うん!!」

「頭に刺さったやつ―――!」

 

 

巨人の懇願を無視して去って行く一味達の背後でそろりそろりと『ソレら』は動く。

 

 

「クスクス!アイツら、また戻って来るぞ」

「ツ~~~ルルル~~~!!」

 

 

 

「キャ~~~~~~!!」

「わ―――!!びっくりした~~~!!何度来るんだ己達!!」

 

 

ランドルフの予言通り、三度(みたび)彼等は巨人の前へ戻って来た。

ナミは困惑の表情を消せないまま、腕につけた指針を見る。

 

 

「確かに"記録指針(ログポース)"はおかしいままだけど…方角なんかわからなくても!単純な一本道っ!!この道をまっすぐ戻…!!」

 

 

そう言って後ろを振り返った彼女が見たもの。

 

 

「あ」

「しまった…」

 

 

「え~~~!?木と花が動いてる!!」

 

 

動くどころか喋るはずもないものがそれをやってのける光景に、あんぐりと口を開いているナミに代わってキャロットが驚きの声を上げた。

 

 

「よいしょ……あ…!」

 

 

見たこともない現象に棒立ちになっていると、その足がついている地面まで喋って動き出した。

我に返って辺りを見回すと、森全体が「バレちゃった」と苦笑いをしている。そこでナミはようやく抜け出る事の出来ない森の真相に気付いた。

 

 

 

「"道"なんて最初からなかったんだ…!!」

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく気づいたかい?この森の怖さに…ここは"誘惑の森"さ……」

 

 

 

 

 

 

突如背後からルフィがナミを羽交い絞めにした。

 

 

「え!?ちょっとルフィ、何やってんの!?」

「ナミ!!そいつルフィじゃねェ!!!」

 

 

慌てて逃げ回っていたせいで気づかなかったが、よく見るとルフィは傷やアクセサリーが反転している。

 

これは先ほど遭遇したルフィの偽物だ!

 

 

 

「お前誰だァ!!!」

 

 

 

チョッパーの問いに偽ルフィは姿形が大きく、細長く変わっていく。

 

 

 

 

「誰って?ウィッウィッウィッウィ!ずっと一緒にいたじゃないか。

 

 

 

 

 アタシの可愛い可愛い弟をイジメてくれた侵入者共…!!

 逃げても逃げてもこの森からは出られない…!!

 

 絶対に出してやりはしないよ!!!」

 

 

 

 

偽ルフィの正体、シャーロット・ブリュレの細長い指から伸びる爪がギラリと光った。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

何故こんな事になったんだ……

 

 

ホールケーキ(シャトー)の裏側『アプリコッ()』に停泊するジェルマ王国の城で、サンジは己の両腕を見つめてそう思った。

 

 

 

 

 

『ビッグ・マムの力は借りたいが血縁を結ぶのが条件…。

 ―――ただの結婚とはいえあんなイカれたババアの所へ大切な息子達はやれん』

 

 

ヴィンスモーク家の家長であり国の王『ヴィンスモーク・ジャッジ』の中では、サンジは"大切な息子"のカテゴリーに入っていなかった。しかしサンジは上等だと思った。彼の中でもジャッジは"父親"でも血縁でもないのだから。

 

 

『―――そこで思い出したんだ…そういえば昔もう一人……

 

 

 

 "出来損ない"がいたな……』

 

 

 

 

父親だから?いや、違う。

弱い者は人とも思わないから、ジャッジはサンジをよくわかっていた。

 

 

彼が何をされれば自分に従順になるか………

 

 

 

 

 

「………………」

 

『こんなに傷つけて』

 

 

思い浮かぶのは東の海にいる、実の父親など比べ物にならないほど自分の"父親"をしてくれた人。

 

 

『お前の手は!!ケンカをする為についてんのか!!?』

 

 

役立たずの小さなガキの手を丁寧に手当てして、人として正しく叱りつけ育ててくれた。

血の繋がった父は兄に暴力をふるわれる自分を見捨て、育てる価値もない恥だと罵ったのに。

 

 

『おいサンジ カゼひくなよ』

 

 

碌な恩も返さず旅立つ自分の身を案じ、優しく見送ってくれた。

 

あの人に…"父親"に恥じない人間になろう。己と父の夢でもある"オールブルー"を必ず見つけてやる。

 

 

 

 

『宴だァ~~~~~~~~~!!!』

 

 

 

 

かけがえのない仲間達と一緒に必ず………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――ガチャン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前は"生け贄"だ、サンジ』

 

 

はっきりとそう言い、自分の娘を使って"出来損ないの生け贄"に手錠をかけた。

 

決められた範囲から出る・無理やり外す等すると爆発する仕組みになっている手錠を……

 

 

 

『手が大切だと言っていたな』

『この島から出ようとすると両腕が吹き飛ぶ!!!』

 

 

『結婚はして貰うぞ!!!』

 

 

 

仲間達とまだ見ぬ冒険へ進む為に戻って来たのに、

悪魔が枷をつけて彼らから自分を引き離す。

 

 

 

「……!! クッソォ~~~~~~~~~!!!」

 

 

 

何故こんな事になったんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやくだ!!ようやく()()の夢は果たされる…!!

 悔しさに(むせ)び泣いていた我が王国の300年の無念の魂が……ようやく報われる日が来たぞ、レイジュ!!」

「ええ、お父様!国のめでたき日となるわ!」

「ああ!これもサンジのおかげだ。初めてお前が生まれてよかったと思ったぞ!我が息子よ!!」

「………」

 

 

今更都合よく息子と呼ぶ男に、表情は笑みを浮かべながらもレイジュの心は冷えていた。

 

 

 

(サンジ……お前はここにいてはいけない)

 

 

 

 

 

『…レイジュ……あの子を…サンジを………』

 

 

 

 

 

(母さん…、サンジは私が必ず……)

 

 

 

 

キュッと父に見えぬよう小さく拳を握った。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「オギャ―――!ホギャ―――!」

 

 

ホールケーキアイランド北東の海岸に、赤ん坊の泣き声が響く。

 

 

「おう黙れジュニア!!」

「フギャ―――!」

「静かにィ~~~~~~

 

 

 

 

 

 

 ちろよ♡」

 

 

変な顔であやすと赤ん坊はたちまち笑顔に変わった。

 

 

「おー笑った♡よかったねー」

「よーちよちよーちよち、いい子でちゅね―――♡なァジュニア!!おめェも将来立派な頭目になるんでちゅよ♡」

 

 

妻に抱かれた我が子にデレデレと目尻を下げる"(ルーク)"ベッジの姿に、今や凶悪ギャングの威厳は無い。

彼の前に立つライオンのミンクは呆れたため息を吐いた。

 

 

「……見てられねェな…ガオ!!」

「眩しいだろ?"生まれてきた命"…お前は"消えゆく命"。まるで絵画だ。

 

 

 ―――お前はそういう道を選んだのさ。

 

 

 ぺコムズ…チャンスは与えたぞ」

 

 

鎖で拘束され、身動きのできないぺコムズはそれでもベッジに命乞いはしなかった。

 

 

「チャンスとは思えなかったぜ、ガオ!!」

 

 

ベッジの言う『チャンス』にぺコムズの眉間に皺が寄る。

彼は義理人情にかけてはビッグ・マム海賊団一うるさい。そういう人柄なのだ。

 

故に、此度のベッジの申し出にはたとえ死んでも答えるつもりはなかった。

 

 

「『ゾウ』の一件もそうだったが……人情なんかクソの役にも立たねェ。

 向いてねェのさ…お前はこの世界に」

 

「…ガキが!お前にはわからねェさ!!あの方の優しさが、どれだけおれ達を絶望から救ってくれた事か!!」

 

 

 

 

ぺコムズの脳に浮かぶのは"ノックス海賊団"の乗組員(クルー)だった頃。

慣れない海の旅は想像以上に険しく、仲間達はケガや衰弱で心が折れる者も現れた。

 

キャプテンを務めていたペドロとの相談の結果、彼とはそこで別れぺコムズは弱った仲間を連れてゾウに戻る運びとなった。

 

 

だが海はどこまでも広く残酷だ。ゾウに戻る事すらも容易ではなかったのだ。

嵐に襲われ、進路も取れないまま流れ着いたのはビッグ・マムのナワバリ万国(トットランド)

ぺコムズ達を乗せた船は、この海域に住む大ムカデなどの凶暴な生き物に襲われた。

 

なんとか力を振り絞って応戦したが仲間はどんどん疲弊していき、立っていられるのはぺコムズだけになった。

それでも危険生物達は容赦なく、息も絶え絶えなぺコムズ達を攻撃した。

 

 

 

 

『やめろ―――!!ガオ!!これ以上……仲間を傷つけるんじゃねェ―――!!!』

 

 

 

 

満月の下、ぺコムズはサングラスを放り投げた。

 

 

 

そこからの記憶は曖昧だ。

自分が暴走しているのはわかっていたが、どうしても内側から湧き上がる獰猛な獣の本能を御しきる事が出来なかった。

 

しかし、抑えきれない感情の渦に飲まれるぺコムズを、まるで赤子を抱く母親の手のように温かく、優しいものが包み込んだ。高ぶる感情が徐々に落ち着いていき、あまりの心地よさに力が抜けたところでぺコムズの視界を遮光グラスが遮った。

 

 

 

『ふう…これで大丈夫かな?どうだライオン野郎。おれがわかるか?』

 

 

 

とりもちのようなものに手足を絡め取られて動けなくなっているぺコムズの顔を、まだあどけなさの残る少年が覗き込んでいた。

 

後に彼がこの国を支配する女王の息子とわかると、ぺコムズは疲れて眠ってしまった少年を甲斐甲斐しく世話する家族達に泣いて懇願した。

 

 

『ガオ!!悪いのはおれだ!!頼む!!仲間達だけは助けてやってくれ!!』

『もう助けた。ママがお前達の受け入れを決めたんだ。ママとトライフルに感謝しろ。お前を止めたのも、衰弱状態のミンク族を救ったのもトライフルだ』

 

 

それを聞いたぺコムズはすぐにビッグ・マム海賊団への入団を決め、目が覚めたトライフルに土下座した。ガオガオと泣き叫びながら謝罪と感謝を交互に口にするぺコムズに対し、トライフルは国を暴れ回った彼を責めるどころか仲間が助かった事を「よかったな」と喜んでくれた。

 

 

 

 

「他人がもがき苦しむ様を楽しむお前のような奴に、あの方の温かさがわかるもんか!!」

「ハッ!あのガキの事か。わかりたくもねェな、アイツにゃ散々苦労させられた。傘下に入った時からずっとおれを疑い続け、常に監視を怠らなかった。うっとおしいことこの上なかったぜ!」

「流石トライフル様だ!!お前が腹の底に抱えている薄汚ェ思惑を見抜いていたのさ!!ガオ!!」

 

 

得意げなぺコムズに目を鋭くするが、ベッジはすぐに鼻を鳴らして笑った。

 

 

「…だが所詮はガキだった。最終的に奴はおれを信用し、監視を解いた。そこからはスムーズに計画が進んだぜ。まだまだあまちゃんだったわけだ、ワハハハハ!!」

 

 

敬愛する人を馬鹿にされた事に、今度はぺコムズが目を鋭くした。

 

 

「……解せねェ…!トライフル様の目から逃げる術などあるわけがねェ!!あのお方の"天眼通"をどう掻い潜ったってんだ!?ベッジ!!」

「答える義理はねェな。自分の状況を理解しろぺコムズ。

 

 この海岸は誰かを消すのにうってつけの場所だ。何の証拠も残らねェからな」

 

 

彼等がいる岬の下には、腹を空かせたサメがうようよいる。

ベッジは崖っぷちに立たせたぺコムズにピストルを向けた。

 

 

 

「言い残す言葉は?」

「…………」

 

 

(残すならばあの人へ……敬愛するトライフル様へ惜しみない感謝の想いを……だが言い残したところで、この男はそれを伝えるわけはない。

 

 ならば最期に思い知らせてやる!)

 

 

 

 

「てめェママをナメすぎなんだよ!!!」

 

 

 

 

四皇は決して甘くはないと、最後まで強がる姿勢を崩さないぺコムズの体に、鉛の弾が突き刺さった。

 

 

 

 

「おれの計画は狂わねェ。今まで通り、完璧さ」

 

 

 

 

海に巨大な塊が落ちる音を聞きながら、ベッジ達は海岸を後にした。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ホールケーキ(シャトー)『女王の間』にて、彼女は幼い頃から抱いていた夢を彼に語った。

 

 

 

「おれの夢は……!!世界中のあらゆる人種が『家族』となり、()()()()で食卓を囲む事…!!!

 ―――それを叶えてくれるのはお前さ、シーザー!!」

 

 

まるで聖人が抱く夢のようだが、ギラギラと獰猛な光を(たた)えた目で語るビッグ・マムの姿は人食いの魔女のそれだ。シーザーは皿に乗ったステーキのような気分で彼女の話を聞く。

 

 

「お前毎度言ってたよねェ!!もう少しで完成しそうだから、もう少し研究費を上乗せしてくれって!!

 おれは嬉しくてずいぶん金を積んだ!!成果はどうだった?」

「ええ…そりゃもうお陰様で!!」

 

 

充分な結果が出た……なんて事は全く無かった。

シーザーは彼女の要求である『人体の巨大化』など到底不可能だと、割と最初の内から結論を出していた。

 

自分が少し前まで灼熱と極寒が肩を並べる島『パンクハザード』で研究していた人体巨大化実験は、あくまで成長期の子供だから可能だっただけであり、しかも命の保障は0(ゼロ)。ビッグ・マムの望むあらゆる人間を魔法の様に大きく出来る薬などまさにただの夢だ。実現など出来るものか。

 

そんな感じで諦めたシーザーは早々に彼女の依頼を勝手に切り、受け取っていた研究資金を全て女と酒につぎ込んで遊び惚けていた。この男、救いようのないクズである。

 

 

昨日の桃源郷と今日の地獄を思い返して顔芸するシーザーにマムが怪訝な顔をした所で、ようやく彼は現実に帰って来て噓八百な研究の結果をまくしたてた。

 

 

「ビッグ・マム!!あんたの為に寝る間も惜しんで続けた研究!!!

 

 もう少しで日の目を見ようという所へ!!"麦わら"とトラファルガー・ローが現れた!!!あいつらさえ来なきゃ!!『巨人薬』はとうに完成していたんだ!!!この天才にかかればっ!!!

 

 惜しむらくは……世界政府が高度な技術で作り上げた研究所…!!あの完全なる環境あってこその研究成果…!!!あんたの投じた莫大な資金!!そしてあの研究所!!

 

 これがない今……もうおれにはあの『巨人薬』を作る事ァでぎねェ!!!」

 

 

最後はうおおおん!と大袈裟に泣いて無念さを演出する。

これで逃れられたと心の中でほくそ笑むシーザーにビッグ・マムは彼にとって想定外の事を告げた。

 

 

 

「研究所なら『パンクハザード』と同じやつを作っといた」

「え!?」

 

 

嘘泣きで流した涙は一瞬で引っ込んだ。

 

 

「設計図は昔入手してね。ウチの『キャンディ大臣』は飴細工で何でも作っちまうのさ。大丈夫溶けやしない、鉄を含ませ加工してある。研究の為なら金はいくらでも使っていい」

 

 

反論の余地もない完璧な手回しの良さにシーザーは愕然とした。

 

 

「で?いつできる?」

「!!?」

 

「1週間?2週間? ハ~ハハハハハ…ママママ!楽しみだね~~~!!」

 

 

最後は引きつった笑みしか浮かべられず、ふらふらと女王の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅ェ……!!」

 

 

女王の間を出たシーザーはその扉の横に人がいたことに仰天した。

壁に背を預けて腕組みした男はシーザーが出てくるなり、目で殺さんばかりに睨みつけ声を荒げる。

 

 

「グダグダつまらねェ言い訳しやがって…!おれはてめェの三文芝居見る為に、弟ほったらかして急いでママの所へ来たんじゃねェんだよ!クソが!!」

「ギャっ!!」

 

 

壁から背を離した男、クラッカーは組んだ腕を解くとズンズンとシーザーの方へ近づいて彼の足を払うように蹴った。ご丁寧に覇気を纏った脚で。

鼻水垂らして痛がるシーザーに一瞥もくれず、「フン!!」と鼻を鳴らしながらクラッカーは入れかわるようにビッグ・マムの部屋へ入って行った。

 

 

「クラッカーの怒りもわかる。私も待ちくたびれたよ、シーザー君」

 

 

蹴られた足を抑えてうずくまっていたシーザーはびくりと肩を跳ねさせて、恐る恐る上を見上げる。

 

 

「せっかく君が来るまでに大急ぎで完成させた芸術的な研究所へ、私自ら案内してあげようというのに……」

 

 

ペロペロとキャンディで出来たステッキを舐めながら、シャーロット家の長兄・ペロスペローがシーザーの前に立っていた。

彼はやれやれといった様子でシーザーを見下ろしているが、目の奥は悪戯っ子というには残忍すぎる光を宿していた。

 

一体何を考えているんだと心臓が鼓動を早める。まあ、今はその心臓は自身の体内には………

 

 

 

 

「グギィ!!?」

 

 

 

 

突然、無いはずのそれが痛んだ。

まさか、とペロスペローの方を見ると彼はにんまりと口の端を高く上げ、背中に回していた右手を掲げた。

 

 

「!!?そ、それは……!!!」

 

 

あの憎たらしい海賊外科医に抜き取られた自分の心臓が、その手の中にあった。

ここへ来るまではサンジが持っており、上陸の際にベッジの部下に渡ったはずのそれがよりにもよってビッグ・マムの実子の手にある事にシーザーの血の気が引く。

 

 

「さあ、さっさと立ってきりきり歩きたまえ。私がうっかりこの心臓を握り潰さない内にね」

「うぐッ!!」

 

 

ペロスペローの右手に僅かに力を籠められ、シーザーの口からうめき声が漏れる。

ニヤニヤと楽しそうに自分の前を歩いていく男に、シーザーは文字通り心臓をつかまれてしまったと絶望の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方、母からお呼びがかかったというのに散々待たされたクラッカーは機嫌が悪いまま、ビッグ・マムの前へ歩み寄る。

 

 

 

「なんの用だいママ?」

「おや、来たねクラッカー」

「随分前から外で待ってたんだよ。どこかの野郎の言い訳が長いせいでな」

「ママママ!そりゃ悪かったねェ!!……で、トライフルはまだ目が覚めないのかい?」

 

 

そう聞かれてクラッカーの眉間の皺がより一層深くなる。

それだけでビッグ・マムは察した。

 

 

「……そうかい。それはおれも心が痛むよ、可愛い我が子なんだからねェ」

「だろう!!ママもそう思うよな!!!おれァトライフルをこんな目に遭わせた"麦わら"への怒りでおかしくなっちまいそうだ!!!今頃ブリュレに遊ばれてヒイヒイ言ってる事だろうが、それでも気分は晴れねェ!!!」

「ハーハハハ…ママママ……!お前ほどの奴が待ってるだけの身だ、そりゃ鬱憤も溜まるだろう。

 

 

 

 

 いっそ、自分の手で奴らを始末してやりたいだろう……?」

 

 

 

ピタリ、とクラッカーは動きを止め、ニタニタ笑みを浮かべる巨大な母を見上げる。

 

 

 

「ママ……?」

「たかが超新星(ルーキー)とはいえ、トライフルが言っていた通りあのドフラミンゴを破った男だ。ブリュレ一人じゃ手こずるかもしれねェ。

 

 クラッカー、お前も行け!"麦わら"に新世界の…このおれの恐ろしさを骨の髄まで刻んでやりな!!!」

 

 

 

 

邪悪な空気が部屋を満たすその中でクラッカーはぼんやりと考えるように額に手を当て、それから顔面を覆うようにその手を移動させる。

 

 

 

 

「……参ったなママ……命令とあらば従いたいものだが、此度のおれじゃその内容で任務を遂行するのは難しいぞ……」

 

 

母の言うことを聞けないとも取れる発言だが、ビッグ・マムは我が子から醸し出されるオーラに気付いており笑みはより深まる。

 

 

 

 

 

「新世界の厳しさを…ママの偉大さを刻み込む前に…!!その骨が残らねェかもしれないぜ!!!

 いいのか!?ママ!!!本当におれが()っちまっても!!?」

 

 

 

 

クラッカーの手の隙間から殺意に満ちた眼光が漏れる。

ビッグ・マムは大きな口を三日月の形にして命じた。

 

 

「かまわねェ!!おめェの好きにやっちまいな、クラッカー!!!」

「……わかったよ、ママ……!!」

 

 

 

 

 

覆った手を外すと、母によく似た邪悪な笑みを浮かべたままクラッカーは踵を返した。

 

 

 

 

「覚悟しろ麦わらァ……!我が剣で全身を切り刻んでやろう、幾千万の刃で貫いてやろう……!」

 

 

 

パン!パン!

 

 

一つ、二つと手を叩く。

 

 

 

「簡単に命はとらねェ…!!死よりも辛い痛みと苦しみを……!!」

 

 

パン!パパン!パン!

 

 

リズムを刻めば、甘く芳ばしい香りのする砂煙がクラッカーの身を覆う。

 

 

 

 

 

「ママに歯向かった事を!!!弟を苦しめたことを!!!おれ達兄妹を怒らせた事を後悔させてやる!!!」

 

 

 

 

 

凶悪な面をした大男が、部屋の扉を開け放って出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

想い、愛、野望。

思惑が様々な色を持って混ざり合う。

 

 

 

 

最後は誰の色で万国(トットランド)を飾るのか…今はまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

おまけ

 

貴方のハートを狙い打ち(無感情)

 

 

 

 

「やあノアゼット。トライフルの様子はどうだ?」

「ぺロス兄!」

 

 

未だ起きる目を覚ます気配のないトライフルの見張り番をしていたノアゼットは、長兄の登場にスツールから立ち上がる。

 

 

「見ての通りだ。ゴロゴロ寝返りは打ってるが起き上がる様子は無し……、せめて何か飲むくらいはしてほしいんだがな……」

「…そうか、……トライフル…可哀想に……」

 

 

兄達に背を向けて眠るトライフルの傍へ、ペロスペローは悲痛な面持ちで寄りそう。

例の一件からトライフルに過保護になってしまっている兄にノアゼットも心配で顔が歪む。

 

しかし彼の手にドクン、ドクンと一定のリズムを刻む真四角の物体を見つけ、はて?と首をかしげた。

 

 

「ぺロス兄、何だそれ?」

「ん?ああ、コレか。くくく!あのマッドサイエンティストの心臓だよ、面白いだろう?」

「心臓!?本物の!?」

 

 

確かによく見れば形は心臓のそれだ。

血管もはっきりと浮いており、ポンプとしての役割を果たしているのだろう血液を運ぶ独特の動きをしている。

 

 

「……何かの能力でこうなってるのか?」

「恐らくな。持ち主から切り離されているがこうして動いているし、感覚もあるようだ。さっき軽く握りつぶしてやったら苦しそうに呻いていたよ!くくくくく!!」

「そいつは面白ェな。文字通り心臓を握ってるってわけだ、これじゃ逆らえねェな」

「だろう?トライフルにも見せてやろうと思って持ってきたんだがな。まだ起きてなくて残念だ」

 

 

そっとベッドの縁に心臓を置いて、トライフルの背中にため息を吐いた。

 

 

 

 

「…くかー……むにゃっ……」

 

 

 

 

と、次の瞬間、トライフルがこちらに向かって大きく手を振り上げながら寝返りを打ってきた。

大の字になるように広げた腕が振り下ろされるポイントを見て、二人の兄から『あ』という声が漏れる。

 

 

 

―――ドスン!!!

 

 

 

トライフルの裏拳がベッドの縁に置かれたそれに一切の容赦なく叩きこまれた。

それと同時に窓の外、遠くから「ぎぃやあああぁぁぁ……!!!」と苦悶に満ちた叫び声が聞こえてきた。

 

 

 

「……ぷっ!!あはははは!!やったなトライフル!!!」

「くーっくくく!!!最高だ!!我が弟よ!!!」

「……くかー……くかー……」

 

 

兄達が腹を抱えて称賛するのも知らず、トライフルは気持ちよさそうに寝息を立てて眠りこけていた。

 

 

 

 

 

「……何かしら?何故かわからないけど今ものすごく胸がスーッとしたわ!」

 

 

誘惑の森を逃げ惑っていたナミは、胸の奥を駆ける不思議な爽快感に一人首を傾けていた。

 




投稿遅れて申し訳ございません。誤字脱字報告や感想ありがとうございます。

待っててくださった皆様、本当にありがとうございます。お待たせしてごめんなさい。
気候が不安定で体調にも影響が出る今日この頃ですが、お体にはお気をつけください。
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