麦わら一行が島に着いた時は真上にあった太陽が少しずつ傾き始めた頃、木々に覆われた森はますます暗さと不気味さを増していた。
そして彼女は仲間の行方も知れぬまま、ひとり孤独に得体の知れないモノから逃げ隠れている真っ最中だった。
「どこ行った?小娘ー!!」
「出てこーい!隠れても無駄だぞ~~~!!ギャハハハ!!!」
捜し回るそれとは別の、本当にただの草木の陰に隠れていたナミは目の前を徘徊する木や花達に体を震わせながら息をひそめる。
(…本当に何なの、アイツら!?ずっと追いかけてくる…!チョッパーとキャロットは無事かしら?ルフィはどこに行ったのよ!こんな時に……!!)
早く船長を捜そうと敵に見えぬよう、四つん這いでコソコソとその場を去ろうとした。
その時、彼女の足に何かが絡みついた。
「え!!?」
「見つけた!!小娘~~~!!!」
「!!!しまっ……キャ――――――!!!」
足に巻き付いていたのは木の根で、それは勢いよくナミの体を草むらから引きずり出した。
「やっと見つけた!!泥棒猫娘!!」
「たっぷり遊んでやるからな~、ギャハハハ!!」
「ぐう…!!」
敵の前に晒されたナミは未だ絡みつくソレを振り解こうと地面に爪を食いこませて逃れようとするが、その腕にも別の木の根が絡みつき完全に四肢を拘束されてしまう。
「どうする?どうやって苦しめる?」
「心臓に枝をゆっくり食い込ませてやろうぜ!痛くて苦しいぞ~!」
「ダメよ!殺したらブリュレ様に怒られちゃうわ!いたぶるだけにしましょ!!」
「じゃあ食い込ませるんじゃなくて打ち込もう!!」
「だから死ぬわ!!!」
頭上で繰り広げられるおぞましい会話にいよいよナミは死を予感した。
「いや!!やめて!!離して!!!」
体をくねらせて拘束を解こうとするナミに木々はその抵抗を意にも介さず、それぞれの提案する拷問の内容を吟味する。
「じゃあ致命傷になる部分は避けて、それ以外の部分に穴をあけてやろう!」
「そのままブリュレ様に差し出そう!!引っこ抜いたら失血死するかもしれないからな!!」
議論がまとまった無生物達はナミの体を仰向けにして、四方に手足を引っ張る。
白い柔肌が赤くなるほど食い込む根と、引っ張られた四肢に走る痛みにナミの口からくぐもった声が漏れる。
そして多様な太さの枝が先を鋭く尖らせ、ナミの体を貫こうとゆっくりと近づいてきた。
「ギャハハ!!串刺しだ串刺しだ―――!!!」
「ぐっ…!!いや!!いやァ――――――!!!助けてルフィ―――!!!」
―――ピタッ!
今まさに皮膚を突き破ろうとしていた枝が突如動きを止めた。
襲ってこない痛みにナミは恐怖で閉じていた目を恐る恐る開けると、頭上の無生物達がコソコソと何か話をしていた。
「…今がチャンスなのに?」
「いいのかな?」
「でも命令だし……」
ボソボソと顔を見合わせて会話する無生物達は、やがて話を終えるとナミの拘束を解いてぞろぞろと森の奥へ去って行った。解放されたナミはうるさいほど胸を叩く心臓を抱えたままポカンと口を開けていた。
「…一体何が……ハッ!!それより隠れなきゃ!!そしてみんなを捜さないと!!」
我に返ったナミは急いで、されど慎重に去っていった無生物達とは反対の方向へ歩を進めた。
それからまた刻一刻と時間は過ぎていった。
陽光を放っていた太陽は赤く色づき海の果てへと身を隠そうという頃合いになり、ナミは焦りが募るばかりだ。
「ハァ…ハァ……どうしよう、敵にも会わないけどルフィ達にも会えない!もしかしてみんな捕まっちゃったの!?」
見つかる危険性を考えると大声で呼びかけながら捜す事も出来ないこの状況はかなり厳しい。
仲間達と別れてから何時間たったのか、時間も指針も当てに出来ない中でさまようのは想像以上に身も心も削られる。
「…ルフィ…!どこにいるのよ……サンジ君を取り戻すんでしょ……!」
「……ォ―ン……!!!」
「……ャ―――!!!」
孤独と恐怖でうっすらと涙が浮かんでくるナミの耳に、馴染みのある人物の声が聞こえた。
「この声……チョッパーとキャロット!?」
にわかに希望の光が見えたナミは顔を明るくして、2人の声が聞こえた方へ走り出した。
「よかった!無事だったんだ!!どこかしら、この辺りから聞こえたんだけど?」
声のした辺りで立ち止まり、周囲を見回していると前方にある垣根がガサガサと揺れた。
そこにいたのかとホッとして、声をかけようとした。
「チョッ……!!」
―――ガサ!!
飛び出した人物を見てナミは固まった。
目に飛び込んできたのは確かにチョッパーとキャロットだったが、二人は縄のようなものでぐるぐる巻きに拘束され捕まっていた。
他でもない、我らが船長『ルフィ』の手によって……
「……見つけた……!!」
「!!!」
獲物を狙う獣のようなギラギラとした目がナミを捉え、彼女は反射的に彼から逃げた。
(さっきの偽物の奴だ!!!二人とも捕まったんだ!!!)
「待てェ!!!逃がさねェぞ!!!」
逃げるナミに向かってルフィらしき人物は腕を振りかぶり、ゴムのように伸ばした。
流石に矢のような速さで迫ってくるそれをかわし切る事は出来ず、ナミはあっさり捕らえられた。
「!!!キャ――――――!!キャ――――――!!!」
体に巻き付くゴムのように柔らかくもがっしりとした腕に、ナミは悲鳴を上げて暴れる。
しかし次の瞬間、煩わしそうに眉間に皺を寄せるルフィもどきが呟いた言葉を聞いてピタリと止まった。
「またナミか!!!これで3人目だ!!」
また?3人目?と吐かれた言葉をかみ砕きながら、よーく彼を見てみると顔の傷もアクセサリーもナミの知るルフィと同じ位置にある。
このルフィは本物だった。
「ルフィ!?アンタ無事で……」
「シャ――――――!!!」
「ウオォ―――ン!!!」
「ああもう!!うるせェな!!!ちょっと静かにしてくれよ!!!」
ルフィに確認を取ろうとするがチョッパーとキャロットの奇声に阻まれた。
はて?二人は何故こんな獣のような声を上げているのか?と疑問に思っている間にルフィが縄…ではなく
「ギャッ!!?ちょ、ル……!!」
「アオォ―――ン!!ワンワン!!!」
「シャ―――!!シャギャ――――――!!!」
意見しようにも二人の鳴き声に邪魔され、ナミの訴えはルフィの耳には届かない。
ナミを拘束し終えるとルフィは改めて3人を担いで走り出した。
少しして辿り着いた場所にナミは目を見開いた。
そこには地面に埋まったあの巨人男がいたのだ。
さらに彼の傍らには蔦で縛られたサンジ、プリン、チョッパーにキャロット、そして自分が何人もおり、動物のような鳴き声を上げて暴れていた。
「また見つけてきたのね~」
「ああ!でもやっぱりこいつらも様子がおかしい!!全くどうなってんだ!?」
担がれていた三人は乱暴に地面に転がされた。
ナミは慌ててルフィに自分は本物であると伝えようと身を起こす。
「ちょっと!ルフィ!!私は……!!」
「ん?あ!あれプリンじゃねーか!!!おーいプリ―――ン!!!」
ルフィは森の奥にプリンらしき人影を見つけ、一生懸命に伝えようとするナミなど知らずにそっちへ一目散に駆けて行った。
「ちょ!!ルフィ!!!待って……待たんかこのアホ船長――――――!!!」
ナミの暴言は仲間達もどきの奇声にかき消された。
――――――――――――――――――――――――――――――
ホールケーキ
部屋の主トライフルが眠ってしまってから、二度目の夜を迎えようとしていた。
今も眠り続けている彼の部屋の扉を、ある男が訪ねてきた。
「失礼いたします。ペロスペロー様がこちらにいらっしゃると……」
「あら、ベッジじゃないの」
「何の用?見ての通り私達は忙しいのよ」
トライフルの部屋へ足を踏み入れたベッジは、シャーロット家最多である多胎児の内5人の姉妹がこんこんと眠る弟のベッドの周りで何やらせっせと準備しているを見かけて首を傾げる。
「いや、ペロスペロー様がこちらにおられると……御姉妹様達は何をやっていらっしゃるのですか?」
「トライフルに食事をさせるのよ。って言ってもジュース飲ませるだけだけどね」
「普通の食事は出来ない事もないけど、喉に詰まらせるかもしれないのよ」
そう言いながら30女の『ナツメグ』と34女『フユメグ』がトライフルの足をベッドに縫い付けるようにバンドで固定した。
「OK!こっちは完璧よ!」
「はーい。ハル、そっちは?」
「いつでもいいよー」
33女『ハルメグ』がストローの刺さったMサイズ程の紙コップ片手に、もう一方の手指でOKのマークを作る。姉妹達は確認するように頷きあい、31女の『アキメグ』と32女の『オールメグ』がベッドとトライフルの背の間に手を入れた。
「いくわよ、アキ」
「いいわよ、オール」
「いち…」
「にの…」
『さんっ!!!』
声を合わせて二人はトライフルの上半身をぐいっと起こした。そこへすかさずハルメグが紙コップを彼の口元へ近づけた。
「ほーらトライフル~、コンポート姉さん特製の果汁100%ミックスフルーツジュースよ~」
くかーといびきをかいていたトライフルの鼻が、ストローからほのかに香る果物の匂いを捉えてひくひくと動いた。
………………
………………………
………………………………『ぱく』
ズズ―――……
「飲んだ!!」
「成功だわ!!」
きゃいきゃいと喜ぶ姉妹5人に対して蚊帳の外なベッジはその光景に間抜け面になっていた。
(…どういう事だよ。寝てんじゃねーのか、このガキ)
内で暴言を吐きつつ、表はビッグ・マム海賊団の忠実な『ルーク』を演じるベッジは一応厄介な敵の情報は仕入れておこうと咳ばらいを一つして尋ねる。
「……あの、トライフル様は起きてらっしゃるので?」
「寝てるわよ。トライフルは上半身が起き上がっていると、目が覚めているのと大差ない行動が出来るの」
「床でも壁でもしっかり背中がついていれば寝てるけどね」
「でも飲んでくれてよかったー!どんな行動取るかはトライフル次第だからねー」
アキメグは満足そうに無意識下でジュースを飲む弟の頭を撫でる。
ベッジは「なるほど」と納得しつつ更に情報を引き出そうと試みる。
「足を縛る意味はあるので?」
「こうしないと勝手にどこかへ歩き出す事があるのよ。高確率でね」
「目の前の状況も把握してないのに、ドアを開けたりタルトに乗って違う島に移動したりとか普通にするから危ないのよ、この子は…」
フユメグが頬を膨らませながらトライフルのほっぺたをつつくが、つつかれる当の本人はジュースに夢中だ。そもそも未だ夢の中だが……。
ジュースが無くなってしまい、ストローを銜えたまま周囲の空気を吸い込んでいるトライフルの奇行を見ながらベッジは思案する。
(夢遊病みてェなもんか。意識が無ェって事は"天眼通"を使用している可能性はない。ハッ!寝坊助のアホガキってわけだ、恐るるに足らねェな)
姉妹達に見えないよう口元を隠しながら顔逸らしベッジは嘲笑する。
すると寝ぼけているトライフルはストローを銜えた顔を彼の方へ向けて頬を膨らませた。
「――――――……プッ!!!」
―――スコ―――ン!!!
心の内で嘲ていたベッジは自分の真横を何かが弾丸のような速さで通過し、後ろにあるドアにそれが当たった音を聞いて硬直した。
一瞬で凍り付いたベッジはギギギ、と立てつけの悪くなった首を後ろに向けると……
今さっきトライフルが銜えていたストローが扉に深々と突き刺さっていた。
「あ、気を付けなさいよベッジ。トライフルはこの状態だと見境なく攻撃もするわよ」
「しかも割と普通に強いから、今後寝ぼけてるこの子を捕縛する時は細心の注意を払いなさい」
「捕まえる際に切り傷一つでもつけたら兄弟総出で袋叩きにするわよ」
(もっと早く言え!!!アホ姉妹―――!!!そして細心の注意って、そのガキの方に払うんかい!!!)
ベッジは冷や汗をかきながら心の中で激怒した。
「…ハハハ、肝に銘じます。ペロスペロー様はいらっしゃらないようですので、私めはこれで……」
再びベッドに弟を寝かせる5人姉妹にビキビキと青筋を立てながらも、ベッジは笑顔を張り付けて部屋を出ていった。
「ベッジの奴、ぺロス兄に何の用だったのかしらね」
「どうでもいいじゃない。それより…また夜が来たわ……」
ナツメグは窓へ歩み寄り、空に浮かぶ金色の船を見上げた。
「トライフルが眠ったまま、2度目の夜ね」
「しかも今日は国の『半年に一度』の日……」
「こんなの子守歌にも寝物語にもなりはしないわ」
窓を開けば、風が運んでくる。
この国を作る
『
――――――――――――――――――――――――――――――
戻って、『誘惑の森』では……
「す…すぴばせん…でした」
「あんたの事捜してたの!!何よ急に捕まえて!!!」
捕まえたナミがようやく本物だとわかったルフィが、彼女にボコボコにされていた。
「でもコレ一体どういう事?確かに私の姿だし…この中に全員本物がいれば問題解決なのに!!」
「お前らが増えたんじゃねェのか!!」
「増えるか!!増えてるけど!!」
大量の仲間らしき何か達を見渡しながらナミは尽きない疑問符を浮かべる。そしてルフィは見当違いな方向に答えを導いていた。世間一般の常識というものに良い意味でも悪い意味でもとらわれない船長に呆れつつ、ナミは巨人の方を向いて問いかけた。
「あんた何か知ってるんでしょ!?私達があの女に襲われた時もずっとここにいて!!」
「ウヌは動けねェからよ!!」
「襲われた!?」
最後に見かけた森を抜けようとしていたナミ達が自分のあずかり知らぬところで危険に遭っていたと聞き、ルフィは驚愕した。
「なんかあったのか!?」
「あんたに襲われたのよ、ルフィ!!」
「!?おれ??」
ナミの発言にルフィはさらに驚いた。
「正確には―――あんただと思って一緒に森を抜けようとしてたニセ物!!」
彼女は自分達の身に起きた出来事を回想しながら事の顛末を語った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アタシの可愛い可愛い弟をイジメてくれた侵入者共…!!
逃げても逃げてもこの森からは出られない…!!
絶対に出してやりはしないよ!!!」
「お、弟…!?ぐっ!!離して!!」
「おーおー暴れるんじゃないよ、お嬢ちゃん。ねー見て。アタシの顔の傷…!!ひどいでしょ?」
ナミの倍以上ある体格の大女は彼女を片手で軽々と持ち上げた。ジタバタと暴れるも、自分の顔を容易く覆い込めるような手を簡単には振り解けない。
「ゆティア誰!?木!!?」
「木じゃねェ!!アタシはブリュレ…」
やせ細った体に柳葉色のフェザーマントを着けた姿は確かにそれっぽいが、なかなか失礼なキャロットの言葉にブリュレは思わず名乗る。
「カワイイウサギさんにカワイイ女の子…いいわね…そんな美しい顔見るとアタシ…
切り裂きたくなるのよね!!!」
ブリュレはナミの美しくも愛らしい顔に鋭く尖った爪を立てた。
「キャ~~~~~~!!!」
『ナミ!!!』
「お、弟って誰よ!?ル…!!ルフィはどこ!?ウゥ!!」
皮膚を突き破ろうとする爪先の痛みに呻きながらも、ナミは本物のルフィの行方を問うた。
「さァ…どこかしら。今頃森を彷徨ってるんじゃない…?
それよりも『誰?』だって!?この小娘が!!可哀想な弟はアンタらのせいで今も起き上がる事も……」
ブリュレが鼻息を荒げながら誰かもわからぬ"弟"の事を口にしようとした瞬間、ナミは自身の胸の谷間に手を入れてそれを取り出した。
「"
「ギャアアアア!!!」
柄を力いっぱい握りしめた途端、棒の両端が勢いよく伸びてブリュレの腹を思い切り突いた。
予想外の反撃と痛みにブリュレは拘束を解いた。ナミは空中で器用に体勢を立て直して地面に着地し、タクトを改良してくれたウソップに感謝を述べる。
ブリュレは一時苦痛に顔を歪めるが、すぐに魔女のような笑い声をあげながら再度襲い掛かる。
ナミに迫るブリュレを阻もうと、キャロットは拳にエレクトロを纏わせてパンチを繰り出した。
「"エレ
しかし、その拳も電撃もブリュレが大きく腕を広げたと同時に出来た壁のようなものに防がれた。
だがブリュレの力はそれだけにとどまらなかった。
―――ズボッ!!
キャロットのエレ
目を白黒させるキャロットに、その手は勢いを殺さずに迫る。
「"
「!!!」
キャロットの顔に、『キャロットの拳』が刺さった。
訳もわからず吹き飛ばされるキャロットに、本人も仲間も困惑する。
そんな彼らにブリュレは手の中に張られた壁…否、鏡を光に反射させながら向けた。
「アタシは『鏡』!!"ミラミラの実"の鏡人間!!ウィッウィッウィ!!鏡が…映った光を反射する様に!!鏡に向かってパンチを撃てば当然パンチも反射する!!」
悪魔の実の能力者だったブリュレは一味にそのカラクリを明かした。まんまと攻撃をくらってしまったキャロットは地面を思い切り蹴り、今度はブリュレで無く鏡へと攻撃を仕掛けようとした。
「鏡なんか割ってやる!!」
「気を付けてキャロット!!」
手の中の鏡を割ろうと飛び掛かってくるキャロットに、ブリュレは余裕の笑みを崩さず腕を広げた。
「"
「!!?わ~~~っ!!」」
割ろうとした鏡に手をついた瞬間、キャロットはまるで水の中へ落ちたように鏡面に波紋を広げながら鏡の中へと吸い込まれてしまった。
「え…」
鏡の中へ消えたキャロットにナミとチョッパーは目を大きく見開いた。
だが驚いたのは2人だけでなく、鏡の中に入ったキャロットもだった。
「……!!え!?出られないっ!!出られないよ!!ここから出してー!!」
「ウィ~~~ウィウィウィ!!まず一人!!」
ブリュレの手の中にある鏡からキャロットが鏡面を叩いて訴えかけた。
助けを求める仲間に血相変えてナミはブリュレに飛び掛かろうと足を踏み出す。
「何したのよ!!キャロットを返してよ!!!」
「ナミ近づくな!!」
しかしチョッパーがそれを遮った。見た目は可憐なミンク族の少女だが、戦闘種族でありその中でも選りすぐりの強さを誇るキャロットがこんなに容易く捕まったのだ。完全に能力を把握しきっていないのに不用意に近づくのは危険だと彼は判断した。
騒ぐナミにブリュレは鏡の張られた腕を狭めていきながら言い放った。
「殺しゃしない!お前達わかってんのかい!?」
「わー!!」
「キャロット!!」
小さくなる鏡の中からキャロットが叫ぶ。仲間達の悲痛な声にブリュレは耳を貸さずに腕を閉じた。かくしてキャロットは鏡の世界へと完全に閉じ込められてしまった。
愕然とする2人にブリュレはさらに彼らを驚愕させる事実を告げた。
「お前達の存在はもう"ママ"にバレてんだよ!!!」
「!!?」
「潜入でもしてるつもりだったかい!?おめでたいね!アタシ達は全員ママの命によってアンタらを狙ってんのさ!!!」
そういうとブリュレは辺りにいる顔のついた無生物達や、人語を解する動物達を見回して言った。
「あいつも!!コイツらも!!あいつもあいつも!!あいつもみんな!!こう言われてる!!
『"麦わらの一味"はまだ泳がせていい。サンジには会わせるな。おれに刃向かった事を後悔させてやれ』!!」
ウィウィウィと独特な笑い方をしながら、にわかに信じがたい真実を告げるブリュレにナミは青ざめた。本当なら一体いつから気づかれていたのか、考えようにも見当はつかず、さらに頭を回転させる前にブリュレは無生物達に命令をした。
「さァ!!"ホーミーズ"!!!そいつらを逃がすんじゃないよ!!」
「動いていいのか?」
「!!」
今まで静観を決め込んでいたそれらが動き出した。
「わ!!」
「チョッパー!!」
チョッパーの後ろ脚に木の根がまるで手の様に絡みついた。思わず逃げようとした足を止めたナミにチョッパーはある決断を下した。
「ナミ走れ!!敵が多すぎる!!3人共捕まったらルフィも助からねェ!!捜してあいつに教えるんだ!!」
「おれがやれるだけやるから!!!」
彼は一人で戦う事を決意した。
「"ランブル"!!」と丸薬をかみ砕き、悔しく思いながらもナミへ告げた。
「相手は"四皇"の一味だ!!ナメてたのはおれ達だ!!」
「……!!」
その通りだった。ナミ達は驕っていた。
『戦わずにこっそりとサンジを連れて帰り、あわよくば
四皇……圧倒的な力を持つ4つの海賊団の一つである凶悪海賊が、ナワバリに入った敵をみすみす逃がしてくれるなど何故思い込んだのだろう。先日、我らが船長ルフィが王下七武海の一人を倒した事もあって自分達はどこか気が大きくなっていた。
『逃げるが勝ち』など、相手を自分と"同等"だと思っている者の考えだ。
「ブオオオオ!!!」
「……!!わかった、必ず戻る!!!」
巨大化した仲間の背中に声をかけて、ナミは踵を返してその場から逃走した。
「ウィウィ~!こりゃスゴイね!!ただでさえ面白い生き物なのに、こんな芸まであるとは!!『あの子』が言ってた通りママが喜ぶよ!!!」
去り際にブリュレのそんな言葉を聞きながら、激しくぶつかり合う衝撃を背中にナミは半泣きで仲間を置いて逃げた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「……そして、逃げ回りながら…暗くなるまで…私ずっとあんたを捜してたのよ!」
「………そうだったのか!会えてよかった!!」
壮絶な邂逅からの逃走劇。その一部始終を聞き、ルフィはナミが無事生き延びたことに心から安堵した。
「じゃあチョッパーとキャロットをすぐ助けに行こう!!どこだ!?」
気を引き締めて事に当たろうと意気込むルフィにナミは驚きの言葉を放った。
「
「!?」
「今の話はこの場所で起きた出来事―――でももう誰もいない!!」
先ほどの話の現場はここであるとナミは両手を広げて訴え、そして地面に埋まった巨人の方を向いた。
「―――だからこの男に聞いてんのよ!!ずっと見てたでしょ!?チョッパーはどこ?キャロットは!?
あのブリュレって女もこの森のオバケ達もあんたには全く手出ししなかった!!
つまり仲間って事よね!?」
早口で一気にまくし立てる彼女に、巨人は目だけ明後日の方向を向きながら考える。
「仲間…?まー…敵ではないのよねー…教えて欲しかったら左の森にある美味しいアップルジュースを…」
「それ所じゃねェんだ!!」
自分に関係の無い話だからか己の欲を優先させる巨人にプンスカとルフィは怒る。
しかし言い合いをしていても話は進まない。
「本当にいい事教えてくれたらジュースくらい取ってきてやるよ!!」
「ホントかー!?」
「ああ!!そんなに言うならおれも飲みてェし」
とりあえずルフィは巨人の要求を飲むことにした。自分自身も気になっていたのもあるが……
そして巨人は彼らに語った。
甘くて美味しいおかしな国の秘密を………
――――――――――――――――――――――――――――――
『ほら、トライフル。いい加減に慣れないか』
『や―――――――――――――――!!!』
まだ碌にしゃべる事も出来ないよちよち歩き時分のトライフルはホーミーズが大変苦手だった。
目の前でぴょこぴょこ飛び跳ねるケーキ達に近づけようと背中を押すと、全力で抵抗しておれの足にしがみつく。
しかしそれじゃ困る。
この国はママの"ソルソルの実"の能力で魂を与えられた生物達がそこかしこに居る。半年に一度、国民から税金の様に徴収する"
トライフルもシャーロット家の子として生まれた以上、コイツらの上に立つ者としてちゃんと接する事が出来なければならない。
ホーミーズから逃れるようにおれの足を登ってくる弟の服の襟首を掴んで引き剥がす。
『トライフル、お前もママの子供で立派な男だろう。こんな奴らにビビってたら強い海賊になんかなれねェぞ』
『やァ―――――――――――――――!!!』
超音波みたいな金切り声で拒否するトライフルに、ハァとため息をつきながらそっと地面に降ろした。
『大丈夫だ。こいつらはおれ達の仲間だ、何にも痛い事はしねェ。まかり間違ってお前に危害を加えたりしたら兄ちゃん達がぶっ殺して助けてやる。安心しろ、かわいい弟にキズなんてつけさせやしねェからよ』
そう約束して小さな頭をガシガシと撫でてやる。
トライフルは不安そうに眉間に皺を寄せるもホーミーズの方を振り向き、そろそろと近づいていく。
…個性が豊か過ぎて聞き分けのない弟妹の方が多いが、トライフルは言い聞かせれば素直におれ達の言う事を理解し行動するなかなかにかしこいガキだ。たまに頑固な時はあるがな。
『わーいわーい!トライフル様あそぼ―――!!』
―――べちょっ!
『あっ…』
ケーキがはしゃぎ過ぎたせいでトライフルの顔に派手に生クリームを飛ばした。
『……キィ―――――――――――――――!!!』
『ギャ―――!!ごめんなさいトライフル様ァ~~~~~~!!』
『おお!いいぞトライフル!!その調子で殴れ!!』
猿のような悲鳴をあげながら小さな手足でホーミーズをボコボコにする弟の姿に、おれは彼奴の海賊としての素質と明るい未来を見た。
『ハハハ!流石ママの子だ!お前は強い海賊になるぞ、トライフル!!』
それから数年後、弟は満身創痍で長い眠りを強いられることとなった。
『トライフル…お前はおれ達の誇りだ。ビッグ・マム海賊団の立派な
だからよォ…………
そろそろ目覚めちゃくれねェか………?』
聞き分けの良い弟は、兄の言うことを聞いてはくれなかった。
『……おれが約束を破ったから拗ねてんのか?
全く……頑固者め………』
もうお前をこんな目には遭わせねェ。お前に危害を加える者、お前を裏切る者は絶対に許さねェ。
「………その力で住人達の寿命を貰い、集めた"人間の
それで動き出し喋りだしたのがこいつらだ。『ホーミーズ』と呼ばれているよねー。
これが"
だからよォ………
「じゃ、あいつらもか!?」
「あれはまた別の話。ブリュレの能力で人の姿に変身させられたただの動物よね」
敵に対して情報を漏洩するこの男は………
「ウヌは昔…!!ずいぶん昔…"ビッグ・マム"こと海賊シャーロット・リンリンの夫だった」
「えェ~~~~~~っ!!?」
「娘が二人生まれてウヌはすぐ捨てられたのよねー。みんなウヌを狙わないんじゃない…相手にされないのよねー…!!」
「おい正気かキサマ……
敵にベラベラと情報を与えおって愚か者!!!」
この愚かな元・義父はァ……!!麦わら共々ブチ殺さなければならんなァ!!!
「待ってくれクラッカー君!シフォンに一目会わせてくれ!!結婚したと聞いたんだ!『おめでとう』と一言いいたい!!リンリンと一度話をさせてよね!!!
「!!ローラ!?」
ローラの名前に何故か麦わらの一味である女が反応したが、とりあえずそれはどうでもいい。
ローラ…シフォンと瓜二つなあいつの双子の妹……
そしてこいつはその二人の父親……
「……血は争えんな……揃ってアイツを……
我が弟
「…え!?トライフル!?」
――――――――――――――――――――――――――――――
『……あ、もしママに会ったらもう一つ伝言を伝えてほしいんだけど…』
私には大事な約束がある。
2年前、私を
『伝言自体はママにじゃないの………私の『弟』に届けてほしいの』
『ローラって弟がいるんだ!』
『ええ!姉想いのとってもいい子なのよ!』
嬉しそうに弟の事を話すローラにココヤシ村のノジコを思い出した。
些細な事で喧嘩したり貧乏暮らしに辟易したりもしたけれど、家族3人で暮らした家に彼女一人を残して島を離れるのは少し勇気が要った。
海賊稼業なんて故郷に帰る事も難しいから、きっと弟とやらはこの島に囚われていた音信不通の姉をさぞ恋しがっていただろう。
だから……ローラから受け取ったビブルカードと伝言を胸に、私は必ず彼女の弟に会って彼女の言葉を伝えようと決意した。
『私の大切なかわいい弟…名前はね………
"トライフル"っていうの!!』
ローラ………私が果たすべき約束は、ここにあるの?
大変お待たせしました。長らく待っていただいた方々、誤字脱字報告、感想、本当にありがとうございます。ちょっとスランプ気味でまた投稿は遅れるかもしれませんが、どうぞ次回もよろしくお願いします。