シャーロット家の秘蔵子は『つまらない』やつ   作:傍目

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注意:オリジナルキャラクターがやたら出張ってます。
   「主人公以外オリキャラいらない」「苦手」という人はご注意ください。


番外編3:帰り路、急がば……

 

 

新世界のとある島『セニシ島』

地図で確認するのもやっとという具合の小さな島だが歴史は古く、島民達はそれぞれの先祖から何かしらの技術を受け継いできた。

 

漁や養殖、田畑の耕し方、鑑賞から実用まで幅広い草木や花の育て方に果実の栽培。

曾孫の代まで受け継がれる様々な素材の調理法、野草を見分け薬を作る知識とそれを駆使した医療技術、嵐にも耐える頑丈な建物を造る腕前。

 

彼等は自然と共存し、その磨かれた伝統の腕をふるって豊かに暮らしてきた。

 

ほんの少し前までは………

 

 

 

 

―――ガシャーン!!

 

 

「オイオイオイ!!なんだこの不味いウイスキーは!!おれを誰だと思ってんだァ!!?」

 

 

ジャラジャラと顔中に大量のピアスをつけたガラの悪い男がショットグラスを中身ごと地面に叩きつけ、バーの店主を睨み付けた。

周りにいる男の仲間達はニヤニヤと笑いながら、縮こまっている店主を見ている。

 

 

「……こ、今年は麦の育ちが悪くて…良いものが作れないのはウイスキーだけでなく……」

「言い訳してんじゃねェーよ!!ここは職人の島だろ!?てめえには職人魂ってもんがねーのか!?アア!!?」

 

 

好き勝手がなる男に、店主は握った拳を震わせる。

 

 

「……アンタらの……」

「アア!?なんだァ!!?」

 

 

やがて耐えかねたように涙の溜まった目で男を睨み返し、心の内を爆発させた。

 

 

「アンタらのせいじゃないか!!アンタらに抗議したウィトさんを…!麦畑の持ち主を畑と一緒に滅茶苦茶にしたから……!!」

 

 

店主の脳裏に、何代にもわたって守ってきた麦畑と共に倒れたウィトの姿がよぎり、溜まった涙が溢れ出す。

 

ガラの悪い男は乱暴に椅子から立ち上がり、店主へ近づいていく。

 

 

「ああ…誰の事かと思えば、あのジジイか。よく覚えてるよ、我らが船長に楯突いた愚かな野郎……。」

 

 

凶悪な笑みを携えて歩み寄る男に、店主は今更恐怖が襲ってきた。

 

 

「バカなジジイだったなァ…、おとなしく金と孫娘を渡していれば助かっただろうに……。」

 

 

店主の目の前に立った男は、震える彼に大きく腕を振りかぶり……

 

 

 

 

 

「こんな風にやられちまってよォ!!!」

 

 

―――ガシャアアァン!!!

 

 

ウイスキーの入ったボトルを店主の頭に叩きつけた。

 

 

 

 

「……ガ…ハッ…!!」

 

 

ガラス片が頭皮を切りつけ、店主は血とウイスキーに塗れながら床へ倒れ伏した。

男の背後で彼の仲間達が店主をゲラゲラと笑い倒した。

 

 

「おれは『シー・ジェット海賊団』の幹部、スピア様だぜ?そんなえらーいおれ様に逆らうとは船長に逆らったも同然!」

 

 

スピアは懐から葉巻を取り出し、それを口にくわえてマッチで火をつけた。

 

 

 

「よって……愚かな反逆者に制裁を加える!!」

 

 

 

葉巻をふかしながら、まだ火のついたマッチを足元にうずくまる店主になんの躊躇いもなく落とした。

 

 

―――ボウッ!!

 

 

「ぐわあああぁぁ!!!」

 

 

ウイスキーに引火し、火だるまになる店主を尻目にスピアは仲間の部下達を引き連れ、バーを去っていった。

 

 

 

 

「ギャハハハ!!馬鹿な野郎でしたね、スピアさん!」

「よりによって幹部にあんな態度取るなんて!!命知らずな奴だ!」

 

 

町のど真ん中を闊歩する海賊達に、住民達は家の中に閉じ籠り、目が合わないように背を丸めている。

それはどれも男ばかりで、女性の姿はどこにも見えない。

 

少し前まで笑顔で溢れていた島は……すっかり活気を失っていた。

 

 

 

「スピアさ―――ん!」

 

 

大股でずんずんと歩くスピアの前方から、同じ海賊団の下っ端が手を振って駆けてきた。

 

 

「今、沖の船から連絡がありまして。小さい船のくせに大きな宝箱をいくつも乗せて、ここを通ろうとしているそうですよ!!」

 

 

『大きな宝箱』と聞いて、反応しない海賊などいない。

スピアもその例に漏れず、目をギラギラさせてまだ見ぬ財宝に舌なめずりした。

 

 

「ほお……おれ達のナワバリと知っての愚行か?おもしれェ!!どんな野郎か面を拝んでこようじゃねェか!!!行くぜ野郎共!!」

 

 

オオ―――!!…雄叫びを上げて男達は武器を手に、海へと出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

―――プルルルル……ガチャッ

 

 

 

「……おれだ。」

 

《兄さん。私だ、スムージーだ。》

 

「スムージー、久しぶりだな。声を聞くのも何日ぶりか。」

 

《ふふ!すぐに顔も合わせられる。明日の昼前には国に着くところだ。》

 

 

コグ船に取り付けられた小さな船室で、5メートル近い巨体を持つ男が電伝虫で久々に妹の声を聞いていた。

 

 

「そうか。おれの方が遅れそうだな。」

 

《ん?そうなのか?ダイフク兄さんとオーブン兄さんから先に着くだろうと連絡を受けたんだが…》

 

「ああ…ダイフクとオーブンとは昨日、任務の地で合流した。

 二人には残りの宝の回収を任せて、おれの方が先に行かせてもらったんだが……少々、波に足を取られてな、予定より遅れるかもしれん。

 まったく……かわいい妹の結婚式だというのにとんだ目にあった……。」

 

 

ふう、とため息をつく大男にスムージーは困ったような声で話を続ける。

 

 

《そうか、それは災難だったな。もし先に着いていたらトライフルの様子を聞こうと思ったんだが…。》

 

「何…?」

 

 

スムージー以上に久しく会っていない弟の名が挙がり、ピクリと男の眉が動く。

 

 

「トライフルがどうかしたのか?」

 

《それが……今回のお茶会に"麦わらの一味"が妨害に来るのではとママに苦言を呈したらしい。

 ママは怒りはしなかったそうだが……トライフルは"万国(トットランド)全土の監視"の任を課せられ、ここ数日ほぼ休みなしで働いているらしいのだ……。》

 

 

いつも冷静沈着なスムージーが、念波越しでもわかるほど声に心配の色を滲ませている。

 

兄弟想いで普段は従順だが、時折こういう頑固さを見せては家族を狼狽させる弟の姿を思い浮かべ、男は呆れながらも襟巻きの下に隠れた口元を微かに緩める。

 

 

「フッ……トライフルらしい。」

 

《感心している場合ではないぞ!兄さん!

 早く戻ってトライフルの負担を減らさなければ、あの子の身体に毒が溜まる一方だ!》

 

「ああ、わかっている。最短ルートで帰る。」

 

《頼むぞ!私も急ぐから!!》

 

 

念波が途切れ、スヤスヤと眠る電伝虫を一本足のサイドテーブルに置き、船室を出る扉を開く。

 

途端、ビュオオと吹き付ける風が、潮と()()の匂いを男へ運ぶ。

 

 

 

 

―――カツ…カツ…カツ…

 

 

 

男はギアのついたブーツのヒール音を()()()()()()甲板に響かせ、船首の方へ向かっていく。

舳先(へさき)で双眼鏡を手に遠方を確認するチェスの駒のような兵士は、近づいてくる男に気付くと背筋を伸ばして敬礼する。

そして口を開こうとするが、男は兵士の口から出る前に()()()()を発した。

 

 

「『前方に島を確認。小さな島ではあるが、避けて通るには多少ながら迂回する』」

 

 

先に言われてしまった兵士はグッと口をつぐみ、近づいてくる男に自身の判断の是非を問う。

 

 

 

―――カツ…カツ…カツ………

 

 

 

 

 

 

 

――――――グシャッ!!

 

 

大男は、甲板に横たわる血に塗れたピアスだらけの男の顔を思い切り踏みつけ言い放った。

 

 

 

「今は一秒の時間さえ惜しい。このまま進め!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

セニシ島にある老舗菓子屋『パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂』。

 

町が創立されて以来続く和菓子屋と洋菓子屋が紆余曲折ありながらも経営統合し、多くの島民に愛される菓子を作り続けてきた。

名物は和菓子屋13代目当主『ホージー・マッチャ』と、洋菓子屋11代目オーナー『シュアラ・ガトー』が手を取り合って作った最高傑作『いちごのショートケーキどら焼き』。

 

店はこれを目当てにやって来る客で連日にぎわっていた。

 

 

 

島を支配する『シー・ジェット海賊団』によって、今は影も形もないが……。

 

 

 

「…お義父さん、今日の『いちごのショートケーキどら焼き』はこれだけしか出せないよ……。」

「……たったの、5個だけ…か……。」

 

 

トレーの上の包装された名物菓子の数に、趣安楽ホージー堂・現オーナーのガトーは落胆のため息が出た。

 

海賊が来る前は500個のそれが店先を飾り、それでも一日で全て完売してしまう盛況ぶりだった。

今は厳選した素材を仕入れる事も困難なうえに、我が物顔で町をのし歩く海賊を恐れて先住民達は出歩くこともできない。

 

 

「いや、たった5個でも買い求める客はいるんだ!ショーンジ!今日は売り切るぞ!」

「う、うん!お義父さん!」

 

 

たった5個でも店に並べられ、買いに来てくれる人がいるならそれだけでありがたい状況だった。

ガトーはしょぼくれた顔を払拭し、笑顔で義理の息子『ホージー・ショーンジ』の背を叩いて鼓舞した。

そして、店の奥に飾られた写真に目を向け、強く決意する。

 

 

「…見てろ!マッチャ!!おれとお前で作り上げた力作、売れ残りなんてさせねーぞ!」

 

 

写真の中ではガトーの妻と娘、そしてマッチャとショーンジがマッチャの妻でありショーンジの母親である女性の遺影を持って新装開店した店の前で笑顔を浮かべていた。

 

ショーンジは張り切る義父に笑みを浮かべながら、店の奥の床下にある隠し扉を開けた。

 

 

「シュクレ、今日もお義父さんとがんばるよ。」

「ええ、ショーンジ。私はここでアマロンと応援してるから。」

「キュキュッ!」

 

 

広くはない隠し扉の部屋からガトーの娘の『シュアラ・シュクレ』とボロボロの布切れを巻いたペットのシマリス『アマロン』が笑顔で二人を見送った。

 

 

 

 

「さあ!よってって!!大人気『いちごのショートケーキどら焼き』、本日品薄につき5個のみの販売!」

「売り切れる前に、どうぞ買っていってください!」

「先着五名様だよ~!早い者勝ちだよ~!」

 

 

店の前で声を張り上げるが、人影のない大通りにいくら呼びかけても誰も来やしない。

それでも二人は笑みを崩さず、店自慢のお菓子を宣伝した。

 

 

「美味しいよ!家族団欒のひと時にぴったり!意中のあの子に渡せばたちまち貴方の虜!

 プレゼントにどうぞ『いちごのショートケーキどら焼き』を……。」

 

 

 

 

「ほおぉ~~~う!!その(うた)い文句は本当だろうなァ~??」

 

 

 

 

声を聞いただけで二人はゾッとした。

恐る恐るそちらへ顔を向ければ、この島でその存在を知らないものはいない男の姿……

 

パイプのような硬い筒状の物が体中から生えている、3メートルはある筋肉質な体つき。

それに見合った凶悪な顔が下劣な笑みを浮かべている。

 

 

 

「それを渡せば、このホレッポー様に惚れない女はいねェって事だよなァ~??」

 

 

 

欲望に塗れた緑色の目を光らせ、『シー・ジェット海賊団』の船長『ジェラス・ホレッポー』が仲間と共に現れた。

 

 

「な、何のようだ!?うちはちゃんと買ってもらわなきゃ商品は渡せないぞ!!」

「あ゛あ゛ん!!?なんだとこのクソ親父が!?おれ様はこの島の支配者だぞ!?金なんぞ払う道理なんかねェだろうがよォ!!?」

「そうだ!!愚か者め!!この島にあるものは全てホレッポー船長のものだ!!」

 

 

ホレッポーとその仲間にすごまれるが、ガトーは屈さない。

 

 

「このお菓子にはおれとおれの友の魂が込められてるんだ!!お前らにタダでくれてやるほど安っぽいものじゃない!!」

「なんだとォ……!!?」

 

 

ビキビキと青筋を浮かべるホレッポーに、ガトーはさらに噛みついた。

 

 

「おれ達の魂に払える対価がねェなら帰れ!!薄汚い好色海賊が!!」

 

 

好き勝手侮辱されるホレッポーの額からブチッと血管が切れる音がした。

 

 

「言わせておけば…この虫ケラが!!吹き飛ばしてやる!!!」

 

「やめて!!!」

 

 

ガトーに両手を構えるホレッポーのその腕に華奢な女性が飛びついた。

 

 

「シュクレ!!?」

「シュクレ!?何をやっているんだ!!あれほど床下から出てはならんと……!」

 

 

飛び出した可憐な女性が自分達の大切なシュクレだと気づき、ショーンジとガトーは驚愕した。

攻撃を阻まれたホレッポーは苛立ちを露わにそちらへ顔を向ける。

 

 

「ああ?なんだ、おれ様の邪魔をする…の……は……?」

「お願い!お父さんにひどいことしないで!!」

 

 

自分の腕にまとわりついているのが、美しくも愛らしい女性だと気づいたホレッポーは段々と目を見開き…

 

 

 

 

 

 

「……な、なな……なんちゅー美人だコラアアァァ!!!惚れた―――!!

 おれ様の女になってくださいやがれ、このお嬢さんがァ―――♡♡♡」

 

 

 

一目惚れした。

ハートを射抜かれた衝撃で告白の言葉が支離滅裂になっている。

 

 

「オオー!女がいるぞ!こいつら匿ってやがったな!?船長が無類の女好きと知ってて!!」

「だが見つかったからにはもうおしまいだ!!見ろ!船長のあの欲に塗れた顔を……!」

 

 

ホレッポーは先ほどまでの凶悪面から一変、目をいやらしく細めて鼻の下を伸ばし、だらしなく開いた口からダラダラとよだれを垂らしている。

男の本能が駄々洩れなホレッポーに、シュクレは顔を引きつらせて彼の腕から離れた。

 

 

「シュ、シュクレ!逃げろ!!」

「逃がしゃしねェぞ、女ァ!!」

 

 

慌ててショーンジがシュクレに声を上げるが、海賊達は彼女の背後に回り込み逃げ場をなくした。

 

 

「へへへ!さあ……何も知らねェお嬢さん……船長の『男の姿』に恐れ(おのの)きな!!」

 

 

手をわきわきと動かしながらシュクレに近づくホレッポーの姿に、仲間達は生唾を飲み込んでその行方を見守る。

 

 

 

「へへ……ぐへへへへ♡♡いい女だ♡……なあ、お嬢さん……今からこのおれ様と………

 

 

 

 

 

 

 

 一緒にこの『いちごのショートケーキどら焼き』でお茶しましょう……♡」

 

『出た―――!!!誰もが戦く、船長の顔に似合わぬ初心(ウブ)な姿――――――!!!』

 

 

顔を覆い乙女のようなお誘いをするホレッポーに盛り上がる海賊達とは逆に、ガトー達はあんぐりと口を開けた。

 

シー・ジェット海賊団はこの島に目をつけ荒らしまわった後、金目のものと老若問わず女性全てを連れて行った。

子供と老人は暴力の対象にし、年頃の女性は侍らせ宴を開いているのだろうと思ったら、船長は全く女に免疫がないなんて誰が想像しただろう。

 

シュクレは顔が引きつったまま、内股でもじもじしているホレッポーに答えた。

 

 

 

「わ、私…フィアンセがいるから無理です。」

 

 

 

―――ガ――――――ン!!!

 

 

ホレッポーのハートは一瞬にして砕け散った。

 

 

 

「そ、そうだ!シュクレはおれの大事な恋人で、お前らが来なければもう結婚もしていたんだ!」

 

 

―――ガガガ――――――ン!!!

 

 

ショーンジの言葉が追い打ちをかけ、ホレッポーはその場に崩れ落ちた。

 

 

「せ、船長~~~!!しっかりしてください!!」

「てめェら!!なんて残酷な事を抜かすんだ!!船長は恋すると一途で傷つきやすいんだぞ!!」

「船長!!元気出して!アイツらアンタの色男ぶりがわからないんですよ!!」

 

 

仲間達は慌てて彼の傍へ寄り、ガトー達を非難しつつ己らの船長を励ました。

 

 

 

「オオオ……!こ、こんな美人が…お、おれ様のものにならないなんて…!

 こんな………こんなひ弱な男におれ様が劣っているというのか……!!?」

 

 

ホレッポーの中で沸々と怒りが湧き上がってくる。

 

 

「そんな事って…あるかよォ……!!嫉妬の炎が…メラメラ燃えてきたぜコノヤロ―――!!!」

 

 

 

―――シュゴオオォォ――――――!!!

 

 

 

「ギャア―――!!?」

「あちィ!あちィ――――――!!!」

 

 

嫉妬で怒り狂うホレッポーの体についたパイプから蒸気が勢いよく噴射し、傍にいた海賊達は熱さでのたうち回る。

ホレッポーの身に起きた現象に目を白黒させているガトー達を、緑色の眼光が鋭く睨み付けた。

 

 

「許さねェ!!許さねェ!!!お嬢さんの心を奪ったお前!!ブチ殺してやる!!!」

 

 

ホレッポーは怒りのままにショーンジに自分の両手を向けた。

 

 

 

―――キュオオ…ン……

 

 

 

ホレッポーの手の平についたパイプの中へ空気が吸い込まれ、太い腕がさらに大きく膨らんでいく。

ガトーは何が起こるかわからないが、とてつもない危険を感じショーンジに叫ぶ。

 

 

「逃げろ!!ショーンジ!!!」

 

 

「死ねェ―――!!"ジェラシー大噴火(ジェット)"!!!」

 

 

 

―――ズドオォ―――――――――ンッッ!!!

 

 

 

パイプ穴から勢いよく噴射された爆風に、ショーンジの体は紐が切れた凧のように吹き飛んでいった。

 

 

「ショーンジ―――!!!」

「キャ―――!!ショーンジ!!」

 

 

グシャリと地面に叩きつけられた彼は、ぼろ雑巾のような変わり果てた姿になってしまった。

打ち上げられた魚の様に、息も絶え絶えにぴくぴくと痙攣するショーンジに二人の顔が絶望に染まる。

そんな二人とは真逆に、海賊達は哀れなショーンジの姿に大爆笑する。

 

 

「ギャハハハ!!馬鹿な野郎だ!船長の嫉妬を煽っちまって!!」

「われらが船長が世間でなんと呼ばれるか忘れたか!?

 

 "緑眼(りょくがん)のホレッポー"だ!!

 

 数多の女性に恋してはやぶれ、彼女らにちらつく男の影に嫉妬しては全てを破壊せんと暴れる『嫉妬に狂う怪物(緑の目のモンスター)』!!」

「船長の惚れた女に手を出す男はもちろん!船長の女にならねェという女もぶち殺す!!」

 

「お嬢さん……まだ嫌がるなら、あの男もろとも死ぬぜ?」

 

 

体中を蝕む激痛に呻きながらもまだ息のあるショーンジを見て、シュクレは顔を真っ青にして懇願した。

 

 

「や、やめて!!あなたのものになりますから、ショーンジを殺さないで!!」

「え!マジで!?うっしゃあァ~~~!!美人の、ここ、こ、恋び、と………

 

 いやいや、ま、まだ早いって~♡お、お、お友達から、始めましょ♡♡」

 

『船長、ウブ~~~!!!』

 

 

スキップしながら上機嫌で店を後にするホレッポーに、仲間達がシュクレを引っ張って連れていく。

仲間の一人が「船長が連れて行けばいいのでは?」と問いかけるが、「手、手をつなぐなんて早すぎるだろ!このハレンチ野郎さんめ♡」と初心がとどまる所を知らなかった。

 

しかし、親友の息子であり愛娘の恋人を殺そうとした悪漢に、おいそれと大事な我が子やるような父親はいない。

 

 

「待てェ!!お前みたいな外道に娘をくれてやってたまるか!!!」

 

 

ホレッポーよりもずっと小さい体を張って、ガトーは行く手を阻む。

 

 

「どけジジイ。おれ様は今最高に機嫌がいいんだ。気が変わらないうちに失せた方が身のためだぜェ?」

「娘の未来を犠牲にして生きるなんざ父親のやる事じゃねェ!!

 その子の夢はショーンジと家族になり、この店を子々孫々に継いでいく事だ!!

 

 おれはこの店に……娘の夢に…!!

 

 

 友との誓いに命をかけてるんだァ!!!脅されて屈するような生半可な覚悟は持ち合わせちゃいねえ!!」

 

「……!お父さん…!!」

「……ほう。そうか、そんなに大事なのか……。」

 

 

ホレッポーは踵を返し、ガトーの店の前に立った。

 

 

「ちんけな店だ……こんな安っぽい店がおれ様のお嬢さんの大事なものだってのか…!?

 

 おれ様よりも大事なものだってェのかあァ―――!!?

 

 許せねェ!!嫉妬が止まらねェ!!こんなもんがあるから!!こんなもんがあるから…!!!」

 

 

ホレッポーは店に向かって両腕を構えた。

ガトーは血相変えてホレッポーを止めに駆ける。

 

 

「や、やめろォ―――!!!」

「こんな店吹き飛んじまえェェ―――――――――!!!」

 

 

 

―――ズドォ――――――ン!!!

 

 

 

パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂は立派な看板もろとも吹き飛ばされた。

見る影もなくなった自分の宝にガトーはへなへなと座り込んだ。

 

 

「あ…ああ……!おれの……おれ達の店が!!」

「…!!ひどい!!なんて事を……!!」

 

 

屋根は吹き飛んで無くなってしまい、店にあったわずかなお菓子達もほとんどがぐちゃぐちゃに潰れてしまった。

 

 

「あ~♡すっきりした♡♡これでお嬢さんの遺恨は無くなったな、よかったよかった!」

 

 

一仕事終えたホレッポーは爽やかな顔でそうのたまった。

シュクレは涙を流し、ガトーは怒りのままにホレッポーに食ってかかろうと立ち上がる。

 

 

「貴様…!!よくも……!!」

「キュキュ――――――!!!」

 

 

ガトーが食いつく前に、崩壊した店の奥からシマリスのアマロンが飛び出し、ホレッポ―の太い腕に歯を立てた。

 

 

「ああん!?なんだこのボロきれ巻いたネズミは!!」

「アマロン!?ダメよ!!離れて!!」

 

 

シュクレが引き離そうとするより早く、ホレッポーがアマロンをつまみ上げる。

 

 

「このネズミが……!おれ様の逞しい腕に歯形つけやがって……!!」

「お願いやめて!!その子も私の家族なの!!!」

 

 

小さな命をねめつけるホレッポーに、シュクレが彼の子分達の腕を抜けようともがく。

ホレッポーは手の中で暴れるアマロンを鋭い目つきで熟視する。

 

 

 

 

「………ぬわぁんて可愛い子ネズミちゃんだ~♡

 お、お、おれ様のペットになってください、このかわい子ちゃんが~~~♡♡」

「キュ!!?キュキュ~~~~~~!!!」

 

『船長がネズミに惚れた~~~!!!』

 

 

ホレッポーは人間の女性に飽き足らず、動物にまで惚れた。

 

 

「しまった!あのネズミ、雌か!!」

「船長は『女』だったらなんにでも惚れちまうからな~……」

 

 

惚れっぽすぎにもほどがある。

一目惚れされてしまったアマロンは、だらしない顔で頬擦りしてくるホレッポーにドン引きしている。そしてシュクレもドン引きしていた。

 

一方、ガトーはふざけた言動ばかりの海賊に怒り心頭に発する。

 

 

「…ぐっ!!貴様らいい加減に……」

 

「船長~~~!!ネズミが飛び出してきた床から金が山ほど出てきました~!!」

「は!?おれ様とした事が!頬擦りなんてハレンチな事しちまった!ごめんねかわい子ちゃん♡」

「船長、聞いてます!!?」

 

 

殴りかかろうとしたガトーは手下の言葉に、顔を青くしてそちらを振り向いた。

 

海賊達は床下から袋や(かめ)に大量に詰められた金を丸ごと持ち出し、船長に見せびらかしていた。

 

 

「や、やめろ!!その金に手を出すな!!!」

「ハハハ!!このジジイ、真人間みてーなセリフ吐きながらこんなに貯め込みやがって!

 とんだ金の亡者じゃねェか!!ギャハハハ!!」

「やめろ―――!!これは……これはおれとマッチャがコツコツ貯めた、娘達の結婚資金なんだ!!!」

 

 

引きずり出される大袋に張り付いて、持ち去られまいと地面に体ごと縫い付ける。

 

 

 

「そうか、そりゃご苦労だったな。安心しろ、この金はちゃんと娘と船長の為に使ってやるよ!!」

 

 

―――バキィ!!

 

 

「がはっ……!?」

「お父さん!!!」

「……う゛っ…お義父(どお゛)……ざん゛…!!」

 

 

袋にしがみつくガトーの顔面を、海賊の一人が容赦なく蹴飛ばした。

 

 

「大体、この金はホレッポー船長に納めねばならないものだろ!!」

「コソコソと隠し持ってたとはとんだ罪人がいたもんだ!」

「これは君主への貢物を怠った罰だ!!!」

 

 

―――バキッ!ドカッ!!ガスッ!

 

 

「ぐふっ!!おごっ……!!」

「お父さん!!やめて!!もうやめて―――!!!」

 

 

海賊達はガトーを取り囲み、寄ってたかって殴る蹴るの暴行を加える。

 

ガトーは痣と血だらけになり、防御すらできなくなったところでようやく海賊達は大金片手に引き上げた。

 

 

「船長~!店の主人から船長へ結婚資金をいだたきやしたぜ~!」

「け、けけ、結婚なんて!!ま、まだ早すぎだろう♡♡交換日記も渡してないのに♡♡」

「そこから!!?アンタ本当に初心だな!!!」

 

 

 

―――ぐしゃっ!

 

 

 

「!!!」

 

 

去っていく海賊達が路傍の草の様に、ガトー達の『魂の結晶』を踏みつけていった。

潰れたそれを呆然と眺めていると、彼の脳裏にその人生が走馬灯のように流れ出す。

 

 

 

『いらっしゃいませ!パーラー・シュアラの『いちごショート』大人気ですよ!』

『よってらっしゃい!焙慈(ほうじ)堂の『どら焼き』!大人気御礼申し上げます!』

『ああ!?営業妨害してんじゃねェぞ!和菓子屋!!ウチの方が人気だ!!』

『こっちのセリフだ洋菓子屋!!ウチの方が大・大・大人気だッ!!』

 

 

若かりし頃、いつも隣の和菓子屋の(せがれ)・マッチャと張り合っていたガトー。

結婚して子供ができてからも、変わらず競い合っていた。

 

 

『お~よちよち♡可愛いなァ、おれの娘♡お前は一流の洋菓子職人になるぞ~♡♡』

『おれの息子は可愛いし凛々しいなァ♡ウチの看板を背負って立つ立派な和菓子職人になる顔だ♡♡』

『はっ!!抜かしおる!!おれの娘の足元にも及ばんわ!』

『なんだと貴様!?そっちこそおれの息子のつま先にも及ばんわ!!』

『なんだと!?』

『なんだよ!?』

『止めんかこの馬鹿親共!!』

 

 

子供をだしに喧嘩していると、妻からぶん殴られたのは今やいい思い出だ。

きっと、早くに妻を亡くしたマッチャもそうだったろう。

 

 

『オギャーオギャー!』

『お~お~よしよし、ショーンジ。腹が減ったのか~?

 ……流石におれ一人でやっていけないな……ここらが潮時か……』

『逃げんじゃねェマッチャ!!お前との勝負はまだついてねェ!!

 ウチの洋菓子屋の方がこの島一番の人気店だってまだ証明されてねーんだ!!』

『マッチャさん、大丈夫だよ!私が娘と一緒にショーちゃんの面倒見るから。

 店がなくなったら淋しがる人は大勢いるよ、ウチの旦那もそうだし。』

『ファリーヌ!?ななな、何を言っとるんだ!?お、お、俺はべべ、別に淋しくなんか…!!』

『……へ!てめェが負けを認めない内は店は畳めねェやい!!』

 

 

ガトーの妻・ファリーヌが二人の子を育てている間も、お互いの腕を競い合いいがみ合っていた。

年月は矢のように過ぎていき、いつの間にかシュクレとショーンジは恋を覚える年になった。

 

 

『シュクレ、ショーンジ。ウチの看板を背負って、立派な洋菓子職人になれよ。』

『ショーンジ、シュクレ。ウチの看板を背負って、立派な和菓子職人になれよ。』

『ああん!!?テメー何勝手なこと言ってんだ!?』

『おめーもだろうが!!何、人の息子勝手に婿養子にしてんだコラァ!!?』

『もういっそ、お店一緒に経営したらいいんじゃない?』

 

『冗談じゃね―――!!!』

 

 

最初は子供をどっちにやるか譲らなかったが、ファリーヌが間に立ち、子供達の事を考えた結果、同じ看板を掲げることにした。

 

 

『パーラー・シュアラの名前は残すぞ!』

『こっちも焙慈(ほうじ)堂の名は消さねェからな!!』

『お父さん達。看板私達で作っちゃったよ。』

『両者の意見を取り入れて"パーラー・趣安楽(しゅあら)ホージー堂"。完璧だろ!』

『どこがだァ!!なんだ趣安楽って!?かぶきやがって!!』

『こっちだってゴメンだ!!なんだホージーって!?かぶれやがって!!』

 

 

看板は子供達に勝手に作られてしまい、結局自分達でいい案が出せなかったためにそれで良しとなった。

そして新たな店の看板メニューを作るとなった時は、喧嘩しつつもお互い切磋琢磨した。

 

 

『おれのスポンジ生地にマッチする餡子も作れねーのか!?』

『そっちこそ、おれの大福にあう生クリームも作れねーのか!?』

『ぐぬぬぬぬ!!』

『うぐぐぐぐ!!』

 

 

そうしてできた最高傑作『いちごのショートケーキどら焼き』は島で知らない者はいない名菓となった。

 

 

『今日も完売だ!!まあおれのケーキの腕前があれば当然よ!!』

『……けっ、まあ認めてやらんでもない。』

『おう!?な、なんだよ腹でも壊したか…?……まあ、おれもお前のどら焼きは認めんでもないぞ。』

『てめーは頭でも打ったか?……もしお互い認め合えるならよ……この『いちごのショートケーキどら焼き』の売り上げの一部……

 

 

 ウチの子供達の結婚費用にあてないか…?』

 

『……お、おれの方が先に考えた事だ!!別にお前なんかの案に乗ってねーぞ!!!』

 

 

可愛い我が子達に内緒で少しずつ、少しずつ……二人の幸せに、未来に投資した。

二人が籍を入れる数日前、店を開ける前にサプライズプレゼントする予定だった。

 

 

『お父さん達どうしたの?かしこまって…お店、準備しなきゃ!』

『そ、その前にな…うおっほん!!お前らにおれ達から大切な……』

 

 

 

 

『た、大変だ――――――!!海賊が来たぞ――――――!!!』

 

 

 

 

その日、全てが壊れていった……

 

 

 

 

 

『ファリーヌ!!シュクレ―――!!!』

『あなた!!』

『お父さ―――ん!!ショーンジ―――!!!』

 

 

ファリーヌとシュクレは島に攻めてきた『シー・ジェット海賊団』船長・ホレッポーの所有物として連れ去られた。

 

セニシ島は瞬く間に占拠され、様相がすっかり変わり果ててしまった頃だった。

シュクレが襤褸切(ぼろき)れを手に、土と泥に塗れて帰ってきた。

 

 

『シュクレ!!無事だったのか!!ファリーヌは…!?』

『うっ…!!うわあああん!!お、おかあさん…おがあざん゛は……!わだじだけでも逃がぞう゛ど……!!』

 

 

よく見れば彼女が手にしていた布切れは、いつもファリーヌがしていた三角巾の柄だった…。

 

 

『そんな……ファリーヌ゛っ゛……!!』

 

 

『女はどこだ―――!?』

『あの女は確か菓子屋の娘だったはずだ!!店を調べろ!!』

 

 

『!!!シュクレ!!店の奥に隠れろ!!』

『ガトー!!あそこに隠そう!!』

 

 

二人はショーンジにシュクレを守るよう言いつけ、大金を隠していた床下へ二人を押し込んだ。

 

 

『!親父!!この金は…!?』

『……お前達の幸せのためにおれ達で貯めてたんだ…渡せなくてすまない!!』

 

 

『女ァ!!いるなら出てこい!!』

『隠す輩がいるなら店ごと燃やしちまうぞォ!!!』

 

 

『!!ショーンジ、シュクレを守るんだぞ!!』

『…わ、わかった!!』

 

 

ガトーはこの時覚悟していた。

娘を隠し通すための嘘をつけば、海賊達は怒り狂い自分を殺すだろうとわかっていた。

それでも、ファリーヌが命を賭して守った娘を死んでも渡さないと決めた。

 

 

『……マッチャ、お前と店がやれてよかったぜ…。』

『………ガトー、おれはお前が何考えてるかわかってる。だがな……

 

 おれは昔からお前だけには負けたくないんだよ!!!』

『マッチャ!!?』

 

 

ガトーを差し置いてマッチャは海賊達の前に、先祖代々受け継がれてきた木べらを武器に立ちふさがった。

 

 

『…おれの娘はもうここにはいない!!とっくに島を出てしまったぞ!!』

『なんだと!!?』

『マッチャ!?何を……』

『わははは!!のろまな海賊共め!!おれが大事な愛娘をお前らの色ボケ船長にそう簡単にくれてやるわけないだろう!!

 いつかお前らを叩きのめし、娘を逃がしてやろうと準備してきた甲斐があったわい!!!』

『このジジイ……!!ぶっ殺してやる!!!』

『やってみろ!!その前におれがお前らをぶちのめしてやる!!

 うおおおおお――――――!!!』

 

 

 

 

―――ドン!ドン!ドンッ!

 

 

 

 

木べらを振りかざし突進していくマッチャの体を、慈悲のない鉛の玉が打ち抜いた。

 

 

『マッチャ――――――!!!』

 

『…!ショーンジ、今の…まさか…!!』

『…!!親父……!!!』

 

『馬鹿なジジイだ!!大人しくしてれば長生きできたものを!』

『戻るぞ…船長にはうまいこと言っておこう。』

 

 

海賊達は去っていき、ガトーは血だまりに倒れるマッチャに駆け寄った。

 

 

『マッチャ!!なんでお前、あんな事を…!!』

『ゴフッ…!う゛……お前がやろうとしてたことだ……かっこつけさせて、うっ…たまるか…』

『!!…こんな時に張り合うな!!』

 

 

ガトーはマッチャの体を流れ出ていく血を止めようと必死に傷口を押さえる。

しかし、血は止まらない。

 

 

『……ガトー…お前父親だろ…ぐっ!……娘の晴れ姿見ずに死ぬなんざ……男親がしちゃなんねェよ…』

『……!!ばがやろう゛!!お前も男親だろう!!!』

 

 

マッチャはガトーへの対抗心で海賊に歯向かったわけではなかった。

全ては同じ屋根の下で暮らす家族達のためだった。

 

 

『…ガトー……あの子らはきっとおれ達の、ゴフッ!!ハァ、ハア…店を…未来までつないでくれる…。おれは…ここで終わりだが……おれ達の魂は、ハァ…残り続ける……!』

『うぐっ…!!(お゛)わら゛でぇよ!!おめーが、グスッ…死んでたばるが!!』

 

『……ふたりに…子供が……孫ができたらよぉ……ハァ、教えてやってくれ……

 

 ウチの名物は……二人の天才が作り上げた……『魂の結晶』だってよ…!!』

 

『う゛う゛う゛ッッ!!わかっだがら゛…!もうしゃべん゛な゛!!血が止ばらね゛ェ!!』

 

『その子供が…さらにその子供が……永遠に……おれ達を運んでくれる……!

 だから……おめー…簡単に………くたばんじゃ…ねー…ぞ……』

『くたばら゛ね゛ェよ!!お前もくたばらね゛ェ!!ごんな…ごんな゛どごろ゛で!!!

 だれがァ!!だれが(だず)げでぐで――――――!!マッヂャがしんじばう゛―――!!!』

 

 

ガトーは大粒の涙を流して助けを求めた。

しかし、海賊から身を隠していた住民達が来た頃にはもう手遅れだった。

 

ガトーが号泣している間にマッチャの体はどんどん冷たくなっていき、ゆっくりと瞼が落とされた。

閉じられた目は二度と開くことはなかった。

 

 

その日、家族を二人も失った彼らは店を開く力も失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

『キュキュ―――!』

 

 

失意のどん底にいた彼らの前に、ある日、アマロンはやって来た。

海賊が島全てを掌握してしまったために、動物達も居場所はなくなっていたのだ。

 

 

『キュキュキュッ!!』

『あ!それはお母さんの形見…!!』

 

 

アマロンはファリーヌの三角巾の切れ端を頭にのせて、店のショーケースをあさり始めた。

しかし、食べるものが何もないとキューキュー鳴いて怒り出した。

 

それが生前、新商品の開発に悩む自分達の尻を叩いて励ましていた妻の姿を彷彿とさせた。

 

 

『…何やってんだおれは。おれがアイツの魂を殺しちゃなんねェだろうが……!』

『お父さん?』

 

『店を開くぞ!おれ達の『魂の結晶』……『いちごのショートケーキどら焼き』を作るぞ!!』

 

 

店は再び看板を上げた。

 

シュクレは存在を隠さなくてはならなかったため、ガトーはショーンジに自分達の技術全てを叩きこんだ。

いつか、彼女がもう一度日の光を浴びれるようになった時、自分がいなくなっても彼がその全てを教えてくれることを願って。

 

 

 

 

 

 

(……それが……)

 

 

 

 

『今日も完売!やはりおれのスペシャルなスポンジと生クリームは天下一品だな!』

『抜かせ!おれの秘伝の餡子とどら焼き生地に練り込まれた厳選された蜂蜜の相性がだな…』

『どっちもあるからいいんだよ!まったくこのバカ職人共は……。』

 

 

ガトーの前にあるのはぐちゃぐちゃになった『いちごのショートケーキどら焼き』、

 

 

「ガフッ!!…う゛…待で……シュ…グレ゛……!!」

 

 

息も絶え絶えの息子、

 

 

『なかなか立派な仕上がりになったな!特に奥の畳の席が最高だな!』

『何を!?こっちのアンティークなテーブル席の方が素敵だ!!』

 

 

そして崩壊した店。

 

 

 

「お父さん!!ショーンジ―――!!」

「キュキュ―――!!」

 

『キュキュ!キュー!』

『うふふ!可愛いわよ、アマロン!』

『アマロン?』

『この子の名前よ。お母さんの三角巾もよく似合ってるでしょ!』

 

 

未来をつないでくれるシュクレも、亡きファリーヌが天から与えたアマロンも…

 

 

『純白のドレスもいいが、白無垢も捨てがたい…う~ん……』

『両方やればいいだろ!なんなら孫の服も男女揃えよう!』

『気が早ェだろマッチャ!!だがいいアイデアだ!!(グッ!)』

 

 

『あの子らはおれ達にとって何よりの宝だ。

 どれだけつぎ込んだって惜しくはないさ!!』

 

 

 

希望への投資金も全て無くなった。

 

 

 

 

 

 

どこまでも海賊らしい海賊に………踏みにじられ、奪いつくされた…

 

 

 

 

 

 

「…………うっ、ううっ!!……ォオっ……!!!

 

 

 

 ウオオオオオオオオオ――――――――――――!!!」

 

 

 

 

屋根の無い東屋のようになった店から、彼の無念の叫びが青空に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハハハ!あのジジイ吠えてるぞ!!」

「負け犬の遠吠えとはよく言ったもんだな!!!」

「…お父さん……!!」

 

 

海賊達は無様なガトーを笑うが、父の胸中を察するシュクレの瞳からは涙が溢れる。

そしてホレッポーはシュクレとアマロンに夢中でそんなこと気にも止めていなかった。

 

 

「ウフフ♡こ、ここ、恋人に、可愛いペットちゃんもできちゃった♡ウフフフフフ♡♡

 

 ね、ねぇねぇお嬢さん♡もしよかったら、これからお茶でも一緒に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――もち…もち……

 

 

 

 

 

 

その時、シュクレの手を引く海賊が足を止めた。

固い土でできたはずの地面が()()()()()ような気がしたからだ。

 

 

 

「ん?なん……」

 

 

 

 

 

 

―――もちもちもちっ!!べちょっ!!

 

 

 

 

「!!?うわあぁ!!!」

「なんだ!?急に地面が柔らかく…!?」

「きゃあ!!」

「キュイ!?キュー!!」

 

 

突然大通りが()()のように柔らかくなり、海賊達はべたべたした地面に足を取られた。

バランスを崩した海賊に突き飛ばされ、シュクレとアマロンは粘着質なそれからなんとか逃れる。

 

 

 

「ぐおおお!?一体何が起こっ……」

 

 

 

 

 

「モチをかき分けろ―――!!船を前に進めるんだ―――!!」

「!?」

 

 

 

 

 

自重(じじゅう)で地面に沈むホレッポーの耳に飛び込んできた声に、彼は目の前を見る。

 

そこにはチェスの駒を連想させる甲冑を身に着けた小さな兵士達が、槍などの長物で柔らかくなった地面をかき分け、大通りを割り開きながらコグ船を進ませていた。

 

船が陸を進んでいる事にも驚いたが、彼が目を引いたのは兵士達よりも前を歩く大男の方。

 

自分よりも一回りは大きいその男は、とりもちに捕まった獲物のようにもがく自分や手下達とは違い、足にまとわりつくソレをものともせず平然と歩いていた。

 

 

 

「急げー!手を休め…おや?カタクリ様、モチに人が絡まっておりますね。いかがなさいます?」

「…!?い、今『カタクリ』って言ったか…!?」

 

 

大男の後ろで船を先導する兵士が発した言葉に、動けない手下の一人が顔を青ざめさせた。

そんな海賊達の事など歯牙にもかけず、大男はさらりと言ってのけた。

 

 

「気にせず道を開け。邪魔になるならモチごと引き裂け。」

 

 

大男は今そこでもがき苦しむ者達を『人』とは見ていなかった。

いや、人と認識していたとしても、今の彼には眼前にある命の生き死になどどうでもよかった。

 

 

「ついでにさっき始末した奴らも捨てておけ。持ち帰ってもゴミになるだけだ。」

「かしこまりましたー。船内にいる戎兵達!船上にあるゴミをモチの中へ捨てろー!!」

「はっ!!」

 

 

船上にいた兵士達はピシッと敬礼すると、せっせと大きな塊達を船の外へ投げ捨て始めた。

 

 

 

―――べちゃ!べちょ!

 

 

 

「!!?」

「な!?あ、あれは!!?」

 

 

ホレッポーとその仲間達はモチの中へ沈んでいくモノに驚愕した。

大きな塊の正体は人間であり、『シー・ジェット海賊団』の一味達だった。

 

その中には幹部の席に腰を据えるスピアの姿もあった。

 

 

「スピアさん!?ま、まさか…そんな……!!」

「やられちまったってのか!?ウチの幹部で懸賞金1億4000万ベリーのバケモンだぞ!?」

「…や…やっぱり…ほ、本当に本物なのか!!?」

 

 

目の前にある現実を信じられない海賊達の中で、先ほど『カタクリ』の名に震え上がった男だけが疑念を確信に変えた。

 

 

 

「…うおォい……どういうこった、コレは?

 おれ様のかわいい子分達がなぜこんな目にあってんだァ……!?

 スピア…!!お前ほどの男がこんな小せェ貿易船一つ落とせなかったってのか!?

 

 おォい!!デカブツ!!テメェ、おれ様の島でデケェ面しやがって何様のつもりだァ!!?」

 

 

足を完全に取られている状態でホレッポーはシュウシュウと蒸気をふかし、怒りを露わにする。

そんな彼に、大男の正体を知ってしまった手下が青ざめたまま声を上げる。

 

 

「船長!!そいつはダメです!!そ、その男はあの『四皇』の一味……!!

 『ビッグ・マム海賊団』最強の船員(クルー)………!!

 

 

 

 懸賞金10億超えの怪物!『シャーロット・カタクリ』です!!!」

 

 

 

『シャーロット・カタクリ』……その名に震え上がったのは海賊達だけでなく、大けがを負ったガトー達もだ。

 

新世界に住む者なら『ビッグ・マム海賊団』の異常さを知らない者はいない。

お菓子の為に島を、国を、人を蹂躙しては無茶な要求を提示し、『NO(ノー)』と答えればその全てを滅ぼすイカれた船長率いる海賊団。

中でも眼前の男、カタクリの音に聞こえしその強さと残虐さには誰もが怖気立(おぞけだ)つ。

 

実母である船長に忠実で、ひとたび彼女が命令を下せば赤子であっても(くび)り殺し、圧倒的な力をもって一国を灰燼と化す冷血な怪物として知れ渡っている。

この小さなセニシ島もしかりだ。

 

流石のホレッポーもそんな男が目の前にいる事に焦る。

 

 

「カタクリ…だとォ……!?なぜこんな小さな島に奴が!!?」

「せ、船長!!引きましょう!!なんでもカタクリは『未来が見える』ってとんでもない能力があるって話だ!!いくら船長でも勝てやしねェ!!!」

 

 

混乱していたホレッポーだが、部下の『勝てやしない』という言葉に眉が動いた。

相手が10億超えの怪物といえど、自分だってそれなりに名が通っているというプライドがある。

 

 

 

「勝てやしねェ!?おれよりもコイツの方が恐れられるほど強いってか!!?

 おれのかわいい子分共も、コイツが『最強』だと思ってるのか!?

 

 おれ様はコイツ以下だってのかァ―――!!!」

 

 

 

カタクリとの『差』に嫉妬するホレッポーは足裏のパイプから蒸気を噴射させ、モチの海を抜け出す。

 

ジェットの力で空中に浮きながら、名乗りを上げよう息を吸い込む。

 

 

 

が………

 

 

 

「"緑眼のホレッポー"?知らないな。戦うだけ時間の無駄だ、消えろ。おれは急いでいる。」

「んな!?何をわけのわかんねェ事を!?おれ様の名を知ってるなら今から自分がどんな目に遭うかわかってんだろ!!?」

 

 

カタクリは辟易したようにため息ついて口を開いた。

 

 

「『おれ様は懸賞金3億8500万、"緑眼のホレッポー"様だ!

 シャーロット・カタクリ!テメェの首を獲り、おれ様はさらなる海賊の高みへ登る!!

 ビッグ・マム海賊団を潰し、新たなる四皇となってやる!!』

 

 お前がそう言ったから、おれは返しただけだ。

 わかったらどけ。お前のような小物は飽きるほど見てきた。力の差は歴然だ。」

 

 

 

モチに捕まっている者達は噂の『未来を見る』という力を目の当たりにして息をのんだ。

にべもないカタクリに、ホレッポーの額に何本もの青筋が浮かんではブチブチと音を立てて切れる。

 

 

 

「力の差は歴然…!?ああ!!その通りだな!!

 

 

 お前は成すすべなくおれ様に敗北するんだからな!!!」

 

 

 

―――キュオオオン!!ドゴォ――――――ン!!!

 

 

 

宙に浮かぶホレッポーは上体を前に倒し、足のパイプから蒸気を噴射しながらカタクリへ突進した。

カタクリはジェット機のように突っ込んでくるホレッポーに対し、まったくその場から動かない。

 

 

 

「"ジェラシー・ブースター"!!」

 

 

 

 

―――ゴオォ―――――――――!!!ぐちゃっ!!!

 

 

 

カタクリの腹に突っ込んだホレッポーは、そのまま彼の体に大穴を開けて貫通した。

 

 

「うおおお!!?じゅ、10億の男の腹を突き破った!!!」

「まだだ!!"逆流噴射(リバースジェット)"!!!」

 

 

ホレッポーはジェット噴出孔の向きを変えて方向転換し、穴の開いたカタクリへ逆戻りする。

 

 

 

―――ぐちゃァッ!!!

 

 

 

そして、今度はカタクリの頭に突進し、その顔を吹き飛ばした。

 

 

「うわああ!!カタクリの頭を吹き飛ばした!!」

「10億の男を殺したぞ!!流石"ジェトジェトの実"のジェット人間!!ホレッポー船長だ!!」

 

 

『10億超え』超えを果たしたことに歓喜に沸き立つ海賊達にホレッポーは鼻高々にモチ化していない地面に降り立った。

 

 

 

「ハハハハハ!!なんだァ!?拍子抜けな弱さだったぞ!!!

 この程度で10億だと!?だったらおれ様の賞金額は大間違いだな!!

 

 奴の首を片手に海軍に思い知らせてやらねばならんな、野郎共!!!」

 

 

『10億』を超えた船長の姿に手下達も気が大きくなり、敗れたカタクリを笑い飛ばした。

 

 

「ギャハハハ!!その通りだ船長!!」

「けど船長、弱すぎたせいで持ってく首を吹っ飛ばしちまいましたよ!!」

「見ろよ!!立ったまま無様に死んだあの姿をよ!!!」

 

 

ホレッポーと部下達は腹と頭を失くしたカタクリを指差し嘲笑う。

 

 

「ハハハ!まずいな!頭がなけりゃ海軍にどう教えてやればいいか?

 

 そうだ!このままビッグ・マムとかいうのに無残な息子の死体を叩きつけてやろう!!

 そしてババァの首を今度はきちんと切り取って、海軍本部におれ様の恐ろしさを骨の髄まで刻み込んでやろうじゃねェか!!!」

「そりゃいい!!船長!!アンタがいれば怖いものなんかねェ!!」

 

 

「船長!!おれ達もついていきますから、このモチから出して……」

 

 

 

 

―――……もち…もち…

 

 

 

 

「!!?」

「…え……!?」

 

 

瞬間、ホレッポー達から笑みが消えた。

 

カタクリの欠けた肉体が、穴を塞ぐように癒着していく。

 

 

 

カタクリはまだ生きている。

 

 

 

 

 

―――もちもち…もちもちもち……!

 

 

 

「……時間の無駄だ……」

 

 

カタクリの体に空いた穴は何事もなかったかのように塞がり、見るも無残だった頭部もその端正な顔つきを取り戻した。

 

 

「うわあああ!!!体が元に…!?」

「ば、化け物だ!!」

「違う!!こいつも能力者なんだ!!やっぱり…引くべきです、船長!!!」

「………!!」

 

 

今まで自分の技をくらってまともに立ち上がった人間はいなかったホレッポーには、その光景があまりにも衝撃的すぎて固まってしまった。

 

一方、1秒の時間すら無駄にしたくない今のカタクリは、立て続けに妨害してくる敵に対し目に見えて苛立つ。

 

 

「……消えろ、おれは急いでいる。何故そう言ったかわかるか?

 

 おれはこの島に用はなく、そこのピアス野郎が進行妨害してこなければ明日の朝には故郷の土を踏み、妹の結婚式まで兄弟達との土産話に花を咲かせていた事だろう。

 それを身の程知らずにも攻撃してきたお前らを、黙って見逃してやろうとしたのは何故かわかるか?」

 

 

尖った目がさらに鋭くなっていくカタクリから、ピリピリと肌を刺すような威圧的な空気が放たれる。

その気に当てられた海賊の数人は意識を失い、モチの中へズブズブと沈んでいく。

意識を保てている者もいるが、彼らはむしろ気絶した仲間が羨ましかった。

 

それほど目の前にいる怒れる男の姿が恐ろしかった。

 

 

「……その時間さえ惜しいからだ!

 

 おれの弟は今この瞬間も、骨身を削って健気に国を守っているというのに!

 兄たるおれが、こんな箸にも棒にも掛からん輩に足を取られているなど……!!

 

 

 こんな不甲斐ない話があるか……!?地に背をつくも同然の"恥"だ!!」

 

 

怒気がビリビリと大気を揺らし、辛うじて意識のあった子分達は泡を吹いて気絶していった。

 

シー・ジェット海賊団で立っているのはもうホレッポー以外いない。

その彼も先ほどの威勢のよさは鳴りを潜め、体験したことのない『10億』の力に足がすくんでいた。

 

ナワバリも、仲間も、プライドも捨てて逃げようと思い立ち、パイプに空気を送り込もうとした。

 

 

 

 

―――ズブブ!

 

 

「!!?」

 

 

しかし、急に柔らかくなった大地がホレッポーの足を絡め取り、彼の思惑を阻む。

 

 

 

「遅い。()()()()()()()()()()()()()。」

 

 

 

カタクリはすでに、覚醒済みの悪魔の実の能力を発動していた。

彼のいる位置からまっすぐに、一本道の大通りがモチに変化し、激流のように流れていく。

 

 

 

―――もちゃっ!!

 

 

「んぶゥっ!?」

 

 

逃げようとしたホレッポーの全身がモチに絡み取られ、口もパイプも塞がれてしまった。

 

 

 

「取るに足らない島だ。素通るだけだったが、いよいよ我慢の限界だ…!」

 

 

 

カタクリは左腕を掲げると、どろりと溶けるように割れたその中から身の丈以上もある三叉槍を出現させた。それをくるんと回転させながら右腕に持ち替える。

 

すると、その腕がぷくーっと風船のように膨れる。

 

 

「チェス戎兵、下がっていろ。」

 

 

 

―――ギュル…ギュルル…!ギュルルルルルル!!

 

 

 

膨れた腕をねじり、高速回転する槍を海賊達が埋まっている道筋に向ける。

 

 

「おれが道を開く。」

「ん―――!!ん゛ん゛――――――!!!」

 

 

何が起こるかはわからないが命にかかわる事態だと察知し、ホレッポーは涙目でもがく。

それを無視してカタクリは槍を構える。

 

 

「"モチ"……」

「ん゛―――――――――!!!」

 

 

 

塞がれた口で命乞いするホレッポーに…

 

 

 

 

 

 

 

「"突き"!!!」

 

 

 

―――ドウッ!!!

 

 

 

 

閃光のような一撃が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

―――ズドドドドドドドパァ――――――ン!!!

 

 

 

 

 

 

10億の男の一突きは海賊ごと島を真っ二つに割き、その先の海さえも水柱を上げながら割り開いた。

 

 

 

凄まじい衝撃がおさまった後、残ったのは真っ二つに割れた道とその間を流れる海水だけだった。

 

 

 

苛烈な一突きで、海賊が奪っていこうとした金品が店の前に散らばり、宙を遊んでいた大枚が降り注ぐ。

しかし、命よりも大切な友と集めた投資金よりも、ガトーは目の前にたたずむカタクリの姿に釘付けになった。

 

4億近い賞金首のホレッポーを一撃で仕留め、小さいとはいえ数万人が住む島を両断。

…これが『四皇』の一角を支える強さ……

 

自分達を支配していたホレッポー達が小動物に感じる程の圧倒的な強さだった。

 

 

 

「…道は開けた、船に乗れ。万国(トットランド)へ帰還する。」

「ひゃ~~~!カタクリ様いつ見てもシビれるお強さ!」

「そして我々を気遣ってくれるお優しさ~~~!」

 

 

黄色い声を上げる戎兵だが、急いでいたから自ら道を切り開いただけで別に戎兵を気遣ったわけではない。

しかし、周りはそう勝手に解釈し、押し問答が続く未来が見えていたカタクリはあえて何も言わなかった。

 

さっさと船に乗り込もうと踵を返した時、カタクリは荒れ果てたガトーの店に目を止めた。

 

 

 

「ちょうどいい。詫びになりそうなものがあった。」

 

 

 

店の入り口だった場所で倒れていたガトーは、カタクリが目に映すもの気づき青ざめた。

足音を響かせながら店の方へ近づいてくる猛獣に、無謀だとわかっていてもガトーはそれを守ろうとする。

 

 

「がふっ!!…や、や゛べろォ…!!この金は……こでだけは…!奪わな゛いでくでェ…!!」

 

 

満身創痍の体を這いずらせ、散らばったベリーをかき集めてその上に覆いかぶさる。

一撃で一個師団を全滅させん力を持つ男に対し、あまりにも無意味な盾となる父の姿にシュクレが叫ぶ。

 

 

「お父さん!!やめで!!!そんなもの無くてもいい!!にげてェ゛―――!!!」

「キュキュ―――!!!」

 

 

娘達の言葉にもガトーは動かない。

そして、カタクリも他人の事情など知らない。

 

故に足を止める理由もなかった。

 

 

(くそ…!海賊め……!!何故お前らは……何もかもを奪っていくんだ……!!!)

 

 

近づいてくる姿がスローモーションのようにゆっくりと映るガトーの目から、悔し涙がこぼれる。

 

 

 

(くそォ!!マッチャ……すまん…!!お前が守ったもの……おれは何一つ守れねェ……!)

 

 

 

カタクリはガトーの目の前まで迫り………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま彼の横を通り過ぎていった。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

ぽかんとした表情でカタクリの姿を追うと、彼はほぼガラス片と化しているショーケースの中へ手を入れた。

 

そして彼がつまみ上げたのは、

 

 

 

 

唯一攻撃の手を逃れた『いちごのショートケーキどら焼き』だった。

 

 

 

 

それだけを手に店を後にすると、一飛びで船の上へと戻っていった。

 

 

「進め。」

「はっ!カタクリ様!万国(トットランド)へ向けて全速前進―――!!」

 

 

戎兵の号令に従い、船は裂けた道を進む。

船は島を抜け沖へ出ると、そのまま水平線の向こうへと姿を消した。

 

 

 

『怪物』を冠するに相応しい凶悪海賊は、ちっとも名に相応しくない(モノ)一つ奪って去っていった。

 

 

 

 

 

 

―――…ズズズズ

 

 

「キュ!?キュ―――!」

「きゃ!地面が……元に戻った…!?」

 

 

コグ船が消えたと同時に、モチ化した地面は道を割いたまま元の土の状態に戻った。

 

 

「な、何だ!?すごい音がしたと思ったら…大通りがなくなってるぞ!?」

 

 

カタクリが放った一撃の轟音に驚き、ようやく駆け付けた住人は消えた大通りに仰天した。

その後も続々と大通りへ人々がやって来る。

 

 

「なんだこりゃ!?島が分かれちまってるぞ!!?」

「あ!!ガトーさん達が!!」

「大変だ!!大丈夫か―――!!?」

 

 

 

 

 

その後、住人達に手当てを受けたガトー達は彼らに事の顛末を語った。

あの『シャーロット・カタクリ』が現れたという事実には皆震え上がったが、ホレッポー達が倒された事には島中が沸いた。

 

わずかに残っていた残党達はホレッポーがカタクリの怒りを買った末に敗れた事を耳に入れ、報復を恐れて島を捨てて海の果てへと逃げていった。

 

 

セニシ島は再び平穏を取り戻したものの、町や自然はすっかり荒れ果て、おまけに島自体が二つに分断してしまった。

 

 

「…ひどい有様だ。あの豊かだったおれ達の島が……」

「セニシ島の歴史もこれで終わりか……。」

 

 

島民はうなだれ、島を捨てて移住する覚悟を決めようとした。

しかし……

 

 

「バカ言ってんじゃねェ!おれ達が先祖代々受け継いだ技術はそんなやわじゃないだろ!!」

「ガトーさん……!」

 

 

ガトーだけはそんな彼らを鼓舞した。

 

 

「島が真っ二つになったくれェなんだ!おれとマッチャも間には溝しかなかった!

 それでも、おれ達は共に力を合わせて最高のお菓子を作り上げたんだ!

 

 こんなおれ達でさえ、だれにも壊せない伝説を築き上げられたんだぜ!

 最高の職人達が住まうこの島の伝統が、この程度の隔たりで滅びるもんか!!」

 

 

うなだれていた人々はガトーの言葉に頷き、立ち上がった。

 

 

「おれ達の未来はまだ潰えてねェ!その次を担う者達の為にも!必ず島を立て直すぞ!!」

「オオ―――!!!」

 

 

人々は一丸となりセニシ島の復興に尽力した。

 

 

 

 

 

このわずか数年後、セニシ島は『奇跡』としか言いようのない見事な復活を果たす。

 

ガトーの店は今まで以上に繁盛し、『新たな家族』も増え、共に店を支えていくのだが…

 

 

 

 

それはまた別のお話……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

船室の外壁に背をつき、船の行く先を見つめるカタクリに戎兵が近づき話しかける。

 

 

『カタクリ様、あんなあばら家で何を?あの大金よりも良いものがありそうには見えませんでしたが。』

 

 

そう聞かれたカタクリは()()()()()()()()()、そう切り出してから答えた。

 

 

「カタクリ様」

()()()()()。トライフルが喜びそうなものはあった。」

 

 

そう言って、先ほど店から奪ったそれを戎兵に見せる。

 

 

「『いちごのショートケーキどら焼き』?あ~、確かに。トライフル様の好きそうな言葉が並んでる。」

 

 

戎兵が包装紙に書かれた文字に納得したように頷く。

 

 

「頑張る弟に、労いの一つでもしてやらないとな。」

「カタクリ様お優しい~~~♡きっとお喜びになりますよ、トライフル様!」

 

 

カタクリはお菓子を仕舞うと、今も献身的に働く弟が土産にどんな顔をするか思い描く。

 

 

「……そうだと、他の兄弟に悪いな……。」

 

 

カタクリは少し先の未来が見える。

たまに面倒だったり、ストレスになる事もある能力だが悪いことばかりでもない。

 

 

 

(……前は確か…魚人島のお菓子を食べた時だったな……)

 

 

 

他の兄弟がたった一度しか見れないものを、彼は二度見ることが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【……ん~!美味(ンま)♡んまいなァ、魚人島のお菓子は!なあ兄ちゃん!!】

 

『……ん~!美味(ンま)♡んまいなァ、魚人島のお菓子は!なあ兄ちゃん!!』

 

 

 

滅多にお目にかかれないトライフルの喜怒哀楽の表情。

 

 

 

 

(他の兄弟達にはすまないが……こればかりは役得だな…)

 

 

カタクリは襟巻きの下で密かに笑みをこぼした。

 

 

 

敬愛するカタクリの纏う雰囲気が穏やかなものになり、チェス戎兵達は彼の為船を急がせる。

 

愛する家族のもとへ、急がば間割(まわ)

 

 

 

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