「ねえ!今日はどこへつれて行ってくれるのかしら!ねえ!」
今朝もまた、ガレージの方から元気の良い声が俺を急かす。
「ちょっと待ってろー!今行くー!」
そう叫び返して考える。
まだここらへんに、子どもを連れてけるような所は、あっただろうか。
まあそんなのはバイクを走らせながら考えれば良い。
「早く!早く!」
「わぁったから!ちょっと待ってろって!」
急いで荷物をまとめると、バイクに駆け寄りまたがる。
ぶかぶかのヘルメットを被って二人分の昼飯が入ったバスケットを抱えて準備万端なヒメを俺の前にすっぽり乗せて、エンジンをかけた。
「今日はどこへ?」
「いや、まだ決めていない」
「ふふふ、楽しみね!」
こっちを振り返るヒメがヘルメットを手で持ち上げて話すのを見ながら、どこへ行こうかと思考を巡らせた。
──菓子屋はこないだ連れてったし、服屋が来てるのは今日じゃなかったよな、玩具屋はたしか無くなっちまったはず、公園は遠くにしかないし、最近はガラ悪い奴らがたむろってるらしいし、だいたい、子どもが喜ぶような場所なんて思いつかな…
「そうだ」
「行くところが決まりましたの?」
「ああ」
建物と建物の間にあるパイプまみれの細い裏道に、俺がバイクのメンテナンスを頼んでいる店がある。
俺が店の前にバイクを停めると、いつものように、中から店長が顔を覗かせた。
「いらっしゃ……あ?そのお嬢ちゃんは…」
「ああ、店長、この子が…」
「この子が例の!件の!はあ〜〜〜〜えらいべっぴんさんだなあ!!たしかにお前の言う通り、天使そのものだ!!」
「ちょ…!店長!声がでかいんだよ…!」
「…おはつにおめにかかりますわ、おじさん」
つつきあう俺と店長をよそに、ヒメは丁寧にお辞儀をする。
「その上、礼儀正しいときた!!!お前とは大違いだな!よしよし、良い子にはおじちゃんがお菓子をあげようね〜」
喚くだけ喚いて店長は、戸棚から瓶を取り出し、ヒメに近づこうとするもんだから俺はとっさに間に入った。まったく、自分の姿を鏡で見たことがないのか。ヒメがビビるだろうが。
「おいこら、勝手に近づくんじゃねえ。ヒメ、このおじさんは大丈夫だ。安心してくれ、バンダナ外してもいいぞ」
そう言うとヒメは「わかったわ!」と言って、頭に巻いていたバンダナと一緒に警戒も解いてくれたようだ。
「あ!キャンディだ!おひとつくださいな!」
「おうおう!キャンディか!たんとお食べ!」
ヒメが菓子を頬張りながら店の中を物珍しそうにまわっている。ゴミになった部品やらタイヤやらを見るのに夢中だ。あの調子ならこちらの話は聞こえていないだろう。
「本当に 天使 みたいだな」
「ああ、おそらく”そう”だ」
「大丈夫なのか?あっちは人ひとりいなくなってるわけだが…何か…」
「大丈夫なんだろう。随分経つが何のアクションも無いし何の噂も流れてこない。多分、あっちじゃ気にも停めないことなんだろうな」
「ならいいが……しかしこうして見ると本当に羽でも生やして飛んで行っちまいそうだ、ヒメちゃんは。本で見たとおりの見た目をしているよ」
「伝承じゃなく普通の天使ってのは飛行機でやってくるイメージだもんな」
店長に新しいヘルメットを見繕ってもらったヒメは「たくさんのおやつも、 かわいいヘルメットも新しいお友達もできた」と、とても上機嫌で、一方俺は「ロリコンめ!警察にでも捕まってしまえ!」と前に流行っていたジョークを添えた拳で店長のデレデレした顔に1発かまし、俺らは店を後にした。
ここの空気にも慣れたみたいだ。
最初は、ずっと苦しそうにぐったりしていたヒメも、今ではバイクに乗っかって、薄いハムだけのサンドイッチを美味そうに頬張っている。
「ヒメ、そろそろ帰るか?」
「ううん!まだだいじょーぶ!」
「そうか、無理はするなよ」
「うん!」
次はどこへ行こうか。
きっと次に天使がやってくる時。ヒメが帰るだろうその時まで、色んなところに連れて行ってやろう。ヒメが寂しい思いをしないように。あんな思いをしたんだから、せめて、その傷を誤魔化せるくらいに。
補足(蛇足)ですが、 「キャンディ」って単語を店長は初めて聞いたんだと思います。
こっちでは お菓子 というのは飴のことを指すので飴はお菓子ですし、お菓子は飴なのです。そういうところに店長達は生きています。そしてヒメちゃんはキャンディを食べて生きてきました。7〜9年くらい。