英雄伝説 花の軌跡   作:阿賀美 アクト

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過激な描写があるので注意してください。


第13話 失われた剣

 深夜、宿の下にある酒場の方も既に閉まり俺たちが宿泊している《風見亭》は完全に寝静まっていた。そんな中、尿意に襲われた俺はベッドから抜け出し下の階のトイレで用を足していた。

 

「ふう、危なかった。この歳でおねしょとかシャレにならんしな」

 

 寝ている人たちを起こさないように、小声で独り言を言いながら忍び足で階段を上がっていく。宿は木造の建物であるため、階段を一段上る度にギイギイと木が軋む音がする。

 

 部屋の前に着いた俺は寝ているみんなを起こさないように、細心の注意を払ってドアを開けた。少し音はしたものの、みんな熟睡しているようで一定感覚のリズムで寝息をたてていた。

 

「ふわぁ、俺も寝よっと……ってあれ?」

 

 欠伸をしながら自分のベッドに戻ろうとしたとき、俺はある事に気づく。

 

 俺の隣のベッドに寝ているはずの人の姿がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

 夜のケルディックは午前中よりも少しひんやりした空気に包まれていた。そして帝都や他の大都市に比べれば田舎であるため、澄んだ夜空を見上げれば月と星がきらきらと輝いている。ノルド高原で見られるような満天の星とまではいかないが、その光景は十分に人の目を奪うものだろう。

 

 そんな星空の下に一人、静かに座って空を見上げる人物がいた。

 

「…はあ、何をやってるんだ俺は……」

 

 夜空に広がる星を見ていたリィンの表情はあまり浮かない様子だった。どうやら綺麗な夜空を楽しんでいたわけではないらしい。

 

 それもそのはず、夕食後にラウラを自分の不用意な発言で落胆させてしまった彼は、どうしてもそのことが気になって眠れず、こうして夜風に当たりながら悩んでいたのだ。

 

 彼女が高潔な人物であり、こと剣に対しては誰よりも真剣に取り組んでいることは彼も分かっている。そんな彼女にあんなことを言えば落胆させることになるのは少し考えれば分かることだった。

 

 もちろん彼にも仲間に打ち明けていないものを抱えている。しかし、それが他人をがっかりさせていい理由にはならない。彼の妹にも度々窘められていたことだが、彼はどうも自分のことを下げすぎてしまう癖があるようだ。

 

 そんなことを自ら反省しているうちにますます彼は自己嫌悪に陥ってしまっていた。この調子では夜空を楽しむ余裕も無さそうだ。

 

 そんな彼の下に後ろから人が近寄ってくる。

 

「…綺麗なもんだな。帝都みたいな都会じゃあんまり見られない夜空だ」

 

「……イクス」

 

 夜空を眺めながら歩いてきたのはイクスだった。隣のベッドからリィンがいなくなっていたことに気づいた彼は宿から出てリィンのいる街道まで探しに来ていたのだ。

 

 リィンを探しにきたはずのイクスはリィンを連れていこうとはせずに、そのままリィンが座っていた芝の隣に腰を下ろす。そのまましばらく二人で静かに空を眺めたあと、イクスが口を開く。

 

「…その顔だと夜空を楽しんでたってわけじゃなさそうだな。大方、さっきラウラに言ったことを気にしてたんだろ?」

 

「はは……まあ、さすがに分かるか」

 

 イクスに自分の心の内を読まれて、リィンは少し照れくさそうに笑う。リィンはけっこう顔に出るタイプのようだ。

 

 イクスもリィンにあまり深く踏み込むことなく、二人は少しの間他愛ない話を続けた。そんな話をしていると、リィンは思い出したようにイクスに尋ねる。

 

「……そういえば、間違ってたら悪いんだけどさ。イクスの流派ってもしかして《ライガスト流》か?」

 

「……なんだ、知ってたのか」

 

 リィンに自分の流派を聞かれたイクスは少し意外そうな表情を見せる。意外そうな表情のイクスにリィンは話を続ける。

 

「いや、つい最近思い出してさ。一度だけ老師に聞いたことがあるんだ、帝国でも珍しい双剣術を主流とする流派が《ライガスト流》だって」

 

「…なるほど、あのユン・カーファイ老師が」

 

 自分の流派をユン老師が知っていたことが分かったイクスは少し嬉しそうな様子だ。《剣仙》の異名を持つ彼に自分の流派を知っていてもらえるというのは、その流派の剣士にとっては光栄なことだからである。

 

「ただ、ユン老師の話によれば俺が老師に師事する前に、いつしか《ライガスト流》は剣の世界からその使い手が姿を消した、とも話していたよ」

 

「……そうか」

 

 リィンの話を聞いたイクスの表情は嬉しさと悲しさが入り混じったような複雑な面持ちだった。その話を聞いて少しの間考えたあと、イクスはリィンに話しかける

 

「…俺の流派を当てたご褒美ってわけじゃないけど、リィンには先に話しておくか」

 

「……?」

 

 そう言ってイクスは神妙な面持ちで、リィンにある事実を語る。

 

「実はさ、俺も“初伝止まり”なんだよ」

 

「え……」

 

 イクスの予想外の言葉にリィンは驚く。驚いた表情のリィンにイクスはさらに続ける。

 

「お前の言う通り、《ライガスト流》はもう失くなっちまったんだ。もう気づいていると思うけど俺の家が《ライガスト流》を修めていて、ライガスト流の師範だった俺の父が色々あって早くに亡くなってな。俺は父から初伝に認められたあと奥義も教わらず、《ライガスト流》はそのまま自然消滅したんだ」

 

「……そうだったのか」

 

 イクスから告げられた真実にリィンは言葉を失った。いつも飄々としている彼が自分とは違った理由ではあるものの、“初伝止まり”という事情を抱えているとは思わなかったのだ。

 

 そんな秘密を打ち明けたイクスは少し申し訳なさそうにリィンに話を続ける。

 

「入学式の時に俺が“我流”って言ったのもそれが理由の一つでさ。実際、基礎になってるのは《ライガスト流》だけど、その他にも色んなものを自分で取り入れてるから、俺の剣は純粋な《ライガスト流》じゃないんだ」

 

 入学式のときの旧校舎探索の際、イクスは自らの剣を“我流”と言って誤魔化していた。あの時点では彼もこの事実を話すつもりはなかったのだろう。

 

 予想外のところで彼の秘密を知ったリィンは迷っていた。果たして自分だけが他人の秘密を知ってしまっていいのだろうかと。自らの秘密も話すべきかと。

 だが、イクスは彼の心の内を察したのか悩むリィンに話しかける。

 

「…別に無理して話さなくてもいいぜ」

 

「え……?」

 

 リィンが顔を上げると、そこにはあっさりした表情のイクスがいた。そんなイクスはしんみりした態度ではなくいつも通りの態度で話す。

 

「俺だってまだお前らに言ってないことはあるし、それにさっきエリオットも言ってたけど俺やリィンも含めてみんな抱えているものがあるんだと思う。だから話せるときが来たら話せばいい。さっきの話も俺の独り言を偶然聞いたと思ってくれ」

 

 口調こそいつも通りだったが、イクスの言葉にはリィンへの気遣いが感じられた。

 

 イクスが話し終わると、少しの間リィンは黙っていたが徐々に笑い出した。

 

「……くっ、あはははっ!」

 

「ちょっ、な、なんで笑うんだよ!」

 

 急に笑い出したリィンにイクスは驚く。そしてリィンはまだ笑いながらイクスに謝る。

 

「ははっ、いや悪い。イクスが真面目にアドバイスしてくれたから、つい」

 

「んなっ!?失礼な、俺だって真面目に悩みくらい聞くわ!」

 

 リィンの発言にイクスは抗議する。たしかに柄にもないことを言ったかもしれないが、ここまで笑われるとは思っていなかった。急に自分が恥ずかしくなったイクスは拗ねたように立ち上がる。

 

「あー、なんか心配して損した!俺もう宿に戻る!」

 

「ああ、わかった。俺はもう少し夜風に当たってから戻るよ」

 

 リィンの返事を聞いたイクスはまだ少し拗ねながら宿に戻ろうとする。そんなイクスにリィンは話しかけた。

 

「――イクス。ありがとな」

 

「……おう、リィンも早く休めよ。おやすみ」

 

 イクスは振り返らずに歩いていったが、怒っているというわけじゃなさそうだった。そんなイクスを見送ってからリィンはふと夜空を見上げる。

 

「…こんなに綺麗な夜空だったんだな」

 

 リィンは先ほどよりも夜空の月たちが明るく感じられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イクスとリィンが夜空を見ていたときから時間が経ち、リィンも宿で眠りについていた頃ケルディックの大市でうごめく人影があった。先ほどまで綺麗に出ていた月も今は雲がかかり、街に降り注ぐ月光も雲の隙間から漏れるものだけである。

 

 闇夜の中で動く人影は5つ。そのうちの4つは大市にある屋台でなにやら作業をし、もうひとつの人影はそれらを少し離れたところで見ている。

 離れたところにいた人影は退屈そうに4人に話しかける。

 

「ほらほら〜、さっさとやんないと朝になっちゃいますよ〜」

 

 そう話しかけるのは甲高い声の男のようだ。フードを目深く被っていることもあり、暗闇ではその顔は伺えない。

 

 話しかけられた4人のうちの1人がその男に抗議する。

 

「そ、そう言うんなら手伝ってくださいよ!ただでさえ大変なのにこれを4人でやるなんて!」

 

 4人がやっていたのは屋台の破壊とその屋台にある品物の窃盗だった。4人の男たちは焦りながら手を動かし続ける。男たちの1人に抗議されたフードの男はメンドくさそうに返事をする。

 

「え〜、やってもいいけどその場合、自分めんどくさくなって屋台ごと爆破しちゃうかもだしな〜」

 

「なっ!?」

 

 フードの男の返事に男たちは焦る。そんなことをすれば間違いなく爆発音で住民たちが目を覚ましてしまうだろう。これがただ作業が嫌で言ったハッタリなら男たちも食い下がるのだが、男たちはこのフードの男ならやりかねないということを知っていた。

 

 さすがにそんな危険を犯すわけにはいかないため、4人の男たちは諦めて作業に集中しようとすると、フードの男は男たちに笑いながら話しかける。

 

「もっと頑張ってくださいね〜。あ、それとも自分の“教育”を受けたいからわざとチンタラやっちゃってるとか〜?」

 

「ひっ!?す、すいません!すぐに終わらせますからどうか“教育”だけは!」

 

 男たちはフードの男が言った“教育”という言葉にひどく怯えている様子だった。そんな男たちを見て、フードの男は面白そうに笑う。

 

「アハハ、遠慮することないのに〜」

 

 笑う男をその気にさせないために男たちは作業する手を動かし続ける。フードの男も男たちが作業に集中してしまったため、心底退屈そうに呟く。

 

「はあ〜、いくら姐さんの指示でも、やっぱタイクツですねぇ〜」

 

 フードの男はそう言いながら少しの間男たちを監視していたが、不意に何かに気づいたようで、懐からピエロのお面を取り出した。

 

「アハ、暇つぶしにはなりそうかな♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大変だ……

 

 男たちが作業を進める中、大市の入り口で1人の男がその様子を見ていた。

 

 彼の名はエリック。このケルディックで生まれ育ち、現在も故郷で商人をやっている一般人だった。彼は深夜に偶然目を覚ましてしまい夜風に当たろうと外に出たのだが、大市の方からなにやら人の声と物音が聞こえてきたため、そのまま大市の入り口で屋台を破壊する男たちの様子を見ていたのだ。

 

 破壊されていた屋台は午前中に言い争っていた2人が場所を巡っていたところのものだった。このままでは明日に屋台が破壊されたことに気づいた商人の1人がもう一方の商人を犯人だと思い、喧嘩になるのは間違いないだろう。

 

 エリックは正義感が強い人物ではなかったが、自分の生まれ育った街でこれ以上問題が起きるのは嫌だった。そのため、彼の心は事態を避けるために自分が行動しなければならないと正義感に満ち溢れていた。

 しかし、いくら正義感が生じているといっても彼は生まれてこのかた魔獣はおろか人と争ったことがない。自分1人であの男たちを止めるという考えは捨てていた。

 

 ならばどうするか。普通なら詰所にいる兵士たちに知らせるところだが、ここ最近の兵士たちが明らかに大市に対して不干渉を貫いているのは彼も分かっていた。今回も取り合ってくれない可能性は大いにある。

 

 そのため彼が下した決断はオットー元締めにこのことを知らせるということだった。深夜であるため、連日のバリアハートへの訪問などで疲れている元締めを起こすのは心苦しいが、今は緊急事態だ。なりふり構っていられる状況じゃない。

 

 そう決めた彼はオットー元締めの家に走りだそうとする。

 

 しかし、彼が決断を下すのには少々時間がかかっていた。その僅かな時間が致命的な事態を引き起こす。

 

「だあっ!?」

 

 オットー元締めの家に向かおうとした彼は突然何かにつまづいてしまった。月が雲に隠れていることもあり、足元がよく見えていなかったのだ。

 何につまづいたのか確認すると、足元にはいくつかボールが転がっていた。おそらくこれを踏んでしまったのだろう。

 

 こんな時に転んで痛がっているヒマは無いと、彼は再び立ち上がろうとする。だが、彼が立ち上がる前にサクッという音とともに背中に違和感を感じた。

 

「なん、え……?」

 

 何があったのかと自分の背中を確認すると、そこには一本のナイフが刺さっていた。ナイフが刺さっているところからは自分の血が滲んでいる。

 

 それを知覚したエリックには遅れて激痛が襲いかかる。ナイフで刺されるという初めての経験に彼はパニックになり、痛みで叫ぼうとした。

 

「はい、ざ〜んねん」

 

 しかし、彼の口から悲鳴は出なかった。誰かの声が聞こえたと思った瞬間、自分の喉が切られてしまい、声の代わりにヒューヒューと空気が漏れるような情け無い音が鳴る。

 

 背中にはナイフが刺さり喉が切られたことで、エリックは今まで生きてきた中で一番の地獄を味わっていた。助けを呼ぼうにもその声が届かない。そして激痛は収まることがない。

 

 パニックに陥っていたエリックはここで自身の本能で逃げることを思い出し、必死にその場を離れようとした。しかし、自分を苦しめる悪魔はそれすらも許してはくれなかった。

 

「アハ、逃がすわけないじゃん」

 

「―――!!」

 

 逃げようとした瞬間、両足に新たに激痛が走った。恐らくまたナイフを刺されたのだ。

 

 逃げることすら出来ないエリックはふと地面を見る。そこには傷口から出た血が水たまりを作っていた。自分の血を見たエリックは受け入れがたい現実を見て意識が遠のく。だが、悪魔はそれをも許さず、新たにナイフをエリックに突き立ててエリックの意識を呼び戻す。

 

「いつもなら悲鳴を聴きながらヤりたいんだけど、まあしょうがないからその分いい顔してよね」

 

「―――」

 

 感覚が麻痺したのか、エリックは痛みも既に感じなくなり始めていた。男もそれが分かっているのか自分の顔を見るために、エリックを自分の方に向かせる。

 

 なぜ自分がこんな目に遭わなきゃならないのか。自分は何も悪いことはしてないはずなのに。なぜ自分が死ななくてはならないのか。

 

 薄れゆく意識の中、エリックは疑問を浮かべていた。

 

 実際、彼は何も悪くない。ひとつ理由をあげるとするならば彼は運がなかったのだ。彼が夜中に起きなければ、そして彼が柄にもない正義感に駆られなければこんなことは起きなかっただろう。彼はただ運がなかったのだ。

 

 先ほどまで雲がかかっていた月から雲が離れ再び月光が降り注ぎ、エリックと悪魔も月の光を浴びる。

 

「それじゃあね〜」

 

 エリックに向かって最後のナイフが振り下ろされる。彼が最後に見たのは月光に照らされる不気味な笑顔のピエロだった。

 




というわけで13話でした。
初登場にしていきなり死んでしまったオリキャラのエリック。すまん、別に君に恨みとかはないんだ…
マテリアルの方の人物紹介①にあるイクスの人物ノートも更新するので、そちらもよろしければどうぞ。
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