4月25日、朝食を済ませた俺たちは女将のマゴットさんから今日の実習の依頼を受け取っていた。
依頼されたものは2つ、落し物の財布の持ち主の捜索と西ケルディック街道にいるという魔獣の退治だ。どちらの依頼も必須扱いにはなっておらず、依頼自体も2つと昨日に比べれば少ない。おそらく、今日中にトリスタに戻る俺たちの負担にならないようにオットー元締めが計らってくれたのだろう。
依頼内容を確認し、早速ラウラは宿から出ようとした。彼女の表情はいつも通りだが、朝食の時からリィンに対してどこかよそよそしい。間違いなく昨日のリィンとのやりとりが尾を引いているのだろう。2人の様子にアリサやエリオットも不安そうにしている。
そのラウラを後ろからリィンが呼び止めた。
「――ラウラ、昨日は済まなかった」
リィンに呼び止められたラウラは足を止めてリィンに向き直り、すげなく答える。
「…何の事だ?そなた自身の問題ゆえ、私に謝る必要はないと言ったはずだが…?」
よそよそしさを感じるラウラの態度にアリサとエリオットは少しハラハラしているようだが、俺は全く心配していなかった。
ラウラの返答にリィンは怯まずに真剣な表情で彼女に謝る。
「いや、そうじゃない。俺が謝ったのは“剣の道”を軽んじる言葉を言ったことだ」
「………」
リィンの言葉をラウラは黙って聞いていた。リィンは申し訳なさを見せると同時に自分に言い聞かせるように続ける。
「“ただの初伝止まり”なんて考えてみれば失礼な言葉だ。老師にも、八葉一刀流にも、“剣の道”そのものに対しても。それを軽んじたことだけはせめて謝らせてほしいんだ」
リィンの言葉を聞いたラウラは、1つだけ抜けていることがあると彼の言葉に訂正する。
それはリィンが自分自身を軽んじていることを一番に恥ずべきだということだった。
ラウラの指摘に驚くリィンに、ラウラは1つの質問をぶつける。
「――リィン、そなた“剣の道”は好きか?」
その真っ直ぐな瞳で問われたリィンは、少し照れ臭そうに答える。
「……好きとか嫌いとか、もうそういった感じじゃないな。あるのが当たり前で……自分の一部みたいなものだから」
リィンの答えを聞いたラウラは、満足そうに頷く。
「ならば良い。――私も同じだ」
「ラウラ……」
彼女の表情は先ほどまでとは違い、とても晴れやかだった。彼女もリィンが自分と同じ“剣士”だったことを確認できて嬉しかったのだと思う。
ピリついた空気がなくなったことで、2人の様子を見ていたアリサとエリオットも一安心する。特にアリサは自分のときのように長引かないか不安だったようで、色々と気を回していたようだ。
リィンとラウラの問題が解決したところで、俺もみんなにひとつ話をする。
「――みんな、俺からも少しいいか?実はリィンには先に話したことなんだが……」
「《ライガスト流》か。そなたの名にどこか覚えがあったのはそういうことであったか…」
俺は夜にリィンに打ち明けたことを改めてみんなにも話した。リィンだけに教えておくというのはなんとなくフェアじゃない気がしたし、“一人の剣士”としてラウラには話しておかなければならないと思ったからだ。
「悪かったな、隠すような真似をして。多分俺は自分の剣を《ライガスト流》だって胸を張って言うのが怖かったのかもしれない…」
「イクス……」
そう、俺は怖かったのだ。ラウラやリィンと違って、自分の剣が純粋なものじゃないということにどこか引け目を感じていた。そんな心配はいらぬものだったというのに。
ラウラに一発殴られるのは覚悟していた。こんなタイミングで話すのも卑怯だというのもわかっている。せっかく和やかになった雰囲気に水を差す結果になるかもしれないが、それでも自分自身のけじめとして話す必要があると思ったのだ。
しかし、ラウラの言葉は俺の予想外のものだった。
「――イクス、話してくれて感謝する」
「え……?」
まさかの感謝の言葉に俺は呆気に取られる。呆然とする俺にラウラは話を続けた。
「そなたもリィン同様、色々抱えているものがあるのだろう。それについては今問い質すつもりはない。だが、そなたももっと自信を持つがよい。そなたの剣は純粋な《ライガスト流》ではないかもしれぬが、“剣士”として高みを目指す気持ちは十分に伝わってくるからな」
「……ああ、ラウラの言う通りだ」
ラウラの言葉にリィンも同意する。ラウラやリィンだけでなく、アリサやエリオットも暖かい目でこちらを見ていた。
俺は彼らの暖かさを噛みしめながら、感謝の言葉を伝える。
「――こちらこそありがとう。……まだまだだな、俺も」
「うん、剣にしても、それ以外にしても我らはまだ道半ばだろう」
「…ええ、そうね」
一連のやりとりで、俺たちは改めて自分たちの未熟さを実感した。
一通りの問題が解決した俺たちにマゴットさんが話しかける。
「どうやらまたひとつ成長したみたいだね」
「あはは、そうですね」
「はい、いい経験になりました」
そんなやりとりを終えて改めて実習に向かおうとしたとき、宿のドアが勢いよく開けられて、この宿で働いている女の子のルイセが血相を変えて入ってくる。
「お、女将さん!大変、大変なの!大市が、エリックさんが……!!」
「これは……」
「なんということを……」
大市に広がっていた光景は酷いものだった。
昨日争っていた2人の商人の屋台はバラバラに破壊され、とてもじゃないが店を開ける状態じゃない。屋台にあった商品もそのほとんどが盗まれてしまっている。
そして何より悲惨だったのは、破壊された屋台の木材で作られた十字架に、血塗れの男の死体が磔にされていることだった。
住民の話によれば、磔にされている男はエリックさんという人でこのケルディックで生まれ育った商人の一人らしい。
「うっ……」
「うぇ……」
「アリサ、エリオット、無理に見ない方がいい」
耐性の無い二人はあまりに無惨な死体を見て気分が悪くなっていた。俺も見られることは見られるが、正直あまり見たいものではない。
俺たちがその様子を見ていると、横で二人の男が喧嘩を始める。
「おい!いい加減白状したらどうなんだ!屋台をやったのもあの男を殺したのも、どうせ君がやったんだろう!?」
「はあ!?やったのはアンタだろ!この人殺し!!」
「やめんか!2人とも!」
そこで争っていたのは、屋台を破壊された2人の商人だった。昨日の件に続き屋台まで壊され、さらには人が死んでしまったこともあってか、2人の商人は完全に頭に血がのぼってしまいお互いに相手が犯人だと決めつけている。
オットー元締めも2人に落ち着くように言っているが、2人の商人はどちらも聞く耳持たずの状態だ。
このままではいつ殴り合いに発展するかわからない。危険だと判断した俺たちは昨日と同じように2人の商人を止めに入ろうとした時、突然ピーッという笛の音が鳴り数人の男たちが大市に入ってきた。
「こんな早朝から何の騒ぎだ!一体何をやっている!」
大市に入ってきたのは領邦軍だった。隊長と思われる人物が喧嘩をしていた2人の商人を威圧する。
「りょ、領邦軍……」
「くっ……!」
領邦軍がやって来たことで2人の商人も喧嘩を一旦止める。
そして、何が起こったのかオットー元締めが説明する前に、一人の兵士が異変に気付いた。
「な、何だあれは!?」
兵士が気付いたのはエリックさんの死体だった。隊長や他の兵士たちもその死体に気づく。
「な!?ど、どういうことだ!聞いてないぞ!?」
(…… “聞いてない”?)
エリックさんの死体を見た隊長は動揺し何か気になる言い方をしたが、オットー元締めはそれには気づかず、領邦軍に事情を説明した。
オットー元締めから説明を聞いた隊長は、冷静さを取り戻して指示を出す。
「ふむ、なるほどな。――ならば話は簡単だ。おい、その2人の商人を引っ立てろ」
「なっ!?」
「そ、それはどういう……!」
隊長は兵士たちに2人の商人を捕らえるよう指示する。突然の状況に領邦軍以外の人間は驚く。驚く俺たちに隊長は説明した。
「互いの屋台が破壊され、商品も盗まれた。ならばこれは偶然にも両方の商人が同じ事件を起こし、そしてそのどちらかがあの男を殺したと考えれば辻褄が合うだろう」
そのあまりに横暴なやり方にラウラが思わず隊長に意見する。
「……捜査もしないうちから、さすがに強引ではないか?」
だが、隊長はラウラの指摘を気にすることなく言い放つ。
「捜査ならこれからすれば良い。証拠なら後からでもいいだろう?」
「そんな……」
そう言って領邦軍は2人を捕らえて詰所に連行しようとする。その様子を見ていると、隊長は足を止めてオットー元締めに話しかける。
「ああ、それと貴様にも来てもらうぞ老人」
「な……!?」
「当然だろう、あの男はここの商人なのだろう?ならば貴様に日頃から恨みを持ち、それを目障りに思った貴様があの男を殺したと考えても不思議ではないからな?」
そう言われたオットー元締めは苦虫を噛み潰したような表情をしてから、詰所の方へと歩き出した。連行される元締めを見て大市にいた商人たちは元締めを止める。
「も、元締め!」
「言いがかりです!行く必要なんてありません!」
必死に止める商人たちにオットー元締めは悔しそうに頼んだ。
「……すまんの。悪いがお前たちで大市の片付けをしてくれるか?ワシもすぐに戻る」
「元締め……」
オットー元締めはそう言い残して詰所へ連行されていってしまった。
「……大変なことになっちゃったわね」
「これからどうしようか……?」
あの後、俺たちは商人の人たちと一緒に大市の片付けを手伝い、これからの行動について話し合っていた。一通りの片付けはしたものの、あんなことがあったせいか大市には利用客は殆どいない。
2人の商人とオットー元締めはまだ戻って来てはいない。おそらくまだ取り調べを受けているのだろう。明確な証拠もないこの状況では、彼らが犯人として仕立て上げられる可能性もある。
正直、このまま実習を続けるというのは難しい話だ。どうしようかと悩んでいると、先ほどから黙っていたリィンが口を開く。
「――みんな、この事件俺たちで調べてみないか?」
「え……?」
リィンの提案にエリオットが驚く。リィンの提案にラウラも質問した。
「……屋台を破壊した犯人とエリック氏を殺した犯人を私たちで見つけるというのか?」
「私たちも素人だし、せめてサラ教官の指示を待ってからの方がいいんじゃないかしら?」
アリサもラウラに続けて、サラ教官の指示を待つように提案する。彼女の意見にも一理あるが、俺はリィンに賛成だった。
「いや、ここはリィンの言う通り俺たちが動いた方がいいんじゃないか?サラ教官も言ってたろ、“せいぜい悩んで、何をすべきか自分たち自身で考えてみろ”ってさ」
「あ……」
「ふむ……」
リィンも俺が言ったことを言いたかったようで、俺の説明に付け加える。
「領邦軍が頼れない今、動けるのは実質俺たちしかいない。実習もそうだが、何よりもお世話になったケルディックの人たちに恩を返すチャンスなんじゃないか?」
リィンの言葉を聞き、俺以外のみんなもその気になる。
「……そうね。私たちで解決しちゃいましょう!」
「うんうん、それにオットー元締めたちは犯人じゃないと思うし!」
「うむ、そうと決まれば善は急げだな」
全員の意見がまとまったことで、リィンは改めて実習を再開する。
「よし、それじゃあ《Ⅶ組》A班、これより事件の調査を開始する!」
「…ふむ、それらしい目撃情報も無しか……」
大市の事件の調査を開始した俺たちは、昨日の依頼の時のチームに分かれて、それぞれ情報収集をしていた。
俺とラウラは主に殺されたエリックさんの情報を中心に集めていたのだが、めぼしい情報は入手できていなかった。
「とりあえず分かったのは、エリックさんが人に恨まれるような人でもなく、エリックさん自身も人を恨んでたわけじゃないってことだな」
「うむ、少なくともオットー元締めが殺したということはないだろう」
住民の人たちに聞いた情報ではエリックさんはごくごく普通の人で、彼の知り合いの人もなぜ彼が殺されたのかわからないということだった。
つまり、犯人はエリックさんを最初から殺すつもりはなく、何らかの理由でエリックさんを殺さざるを得なかったと考えるのが自然だろう。
そして、エリックさんの情報を一通り聞いた俺たちはある場所に向かっていた。彼についてまだ調べていないことがあるのだ。
「おや、君たちは……」
「失礼します、ジルベル教区長」
俺たちが来たのはケルディックの礼拝堂だった。エリックさんの死体は領邦軍が処理しなかったため、一旦ここに置かれている。
「実は今、我らで事件の調査をしているのだ。すまないが、エリック氏の遺体を見させてはもらえぬだろうか」
エリックさんの遺体を見れば、どのように殺されたのか、もしくはそれ以外にも何かわかるかもしれない。情報が少ない今、一つでも手がかりが欲しい俺たちはこうしてエリックさんの遺体を確かめてみようということにしていた。
俺たちの話を聞いたジルベル教区長は少し考えてから、俺たちに答える。
「……そうか、君たちが。確かに今、この事件を調べられるのは君たちくらいだろう。どうか彼の無念も晴らしてやってくれ」
「…ありがとうございます」
俺たちの想いを汲んでくれたジルベル教区長は遺体のところへ案内してくれた。俺たちは女神に祈りを捧げてから、慎重に遺体の状況を確認する。
遺体の状況は酷いものだった。相当な箇所の部分が刃物のようなもので切り裂かれたり、刺されている。傷口を見る限り、凶器に使われた刃物は刃渡り10リジュ未満のナイフのようだ。
「ふむ、死因は出血死といったところか」
「かもな、この傷の量じゃかなり出血してただろうし」
傷口の切り口を見る限り、犯人はかなりナイフの扱いに長けている可能性が高い。なぜなら、切り口が素人がやったとは思えないほどきれいであったからだ。
しかし、遺体からはそれ以上はわからなかった。これ以上エリックさんの遺体を見るのも悪いため、俺とラウラは教区長にお礼を言って礼拝堂を出た。
「……そうか、そっちも決定的な証拠は見つからなかったか」
「ああ、正直お手上げだ」
捜査を一通り終えた俺たちは、集めた情報を共有するために集まっていた。リィンたちの方も気になる情報はあったものの、犯人までは掴めなかったようだ。
屋台を破壊した犯人について捜査していたリィンたちによれば、屋台を破壊した犯人の目撃情報も見つからず、犯人についても検討がつかないようだ。
ただ、領邦軍に話を聞きにいった際にエリオットがカマをかけたときに、怪しい返答をしたそうだが、それだけで領邦軍を犯人と決めつけるのは早計だ。
俺も領邦軍の隊長の発言といい、彼らが何か裏で噛んでいると考えているのだが、やはり証拠がない。
完全に手詰まりの状態に陥ってしまった俺たちがこれからどうしようかと悩んでいると、ひとりの酔っ払いが千鳥足で歩いてきた。
「う〜〜い。やってられっかよぉ〜〜」
「さ、酒くさっ!!」
その中年男性はかなり酒を飲んでいるようで、アリサはその臭いに思わず鼻をつまんだ。
昼間からかなり酔っているらしく、心配したエリオットは男性に声をかける。
「あ、あの大丈夫ですか?」
「あ〜〜ん?」
声をかけられた男性はふらふらしながらエリオットに近寄り、肩を組んで話し始めた。
「おじさんはよぉ〜、まじめにはたらいていたのによぉ〜、それをなんだってんだい?クロイツェン州の役人さんとやらはよぉ、そんなに偉ぇのかってんだ」
「クロイツェン州?すいません、それはどういうことですか?」
気になる単語が男性の口から出てきたため、リィンは酔っ払いの男性に尋ねる。すると、その男性は涙声で話し始めた。
「おじさんはよぉ、自然公園の管理が生きがいだったのによぉ。それをなんだかわけワカンねぇ連中がやるってんだから、おじさんはクビになっちまったのよ。なんだか知らねぇが、変な箱とかを公園に持ち出してよぉ、これだから最近の若いもんはよぉ〜」
男性は酔っているためかしっかりとは話してはいなかったが、今の男性の言葉で俺たちの中で事件が繋がっていた。
「リィン……!」
「ああ、怪しいとは思っていたけど、間違いないみたいだな」
おそらくこの男性はもともとの自然公園の管理人で、領邦軍の命令でクビにされてしまったのだ。彼が言った若いもんとは昨日会った自然公園の管理人と名乗る怪しい男たちのことだろう。
自然公園の中なら広いスペースがあるだろうし、盗んだ商品もそこに運んだ可能性が高い。
おそらく彼らと領邦軍は裏で繋がっていて、エリックさんもその男たちに殺されてしまったのだろう。
事件の真相が見えた俺は男性に話しかける。
「おっさん、上手くいけばあんたの仕事も取り返せるかもしれないぜ」
「はぁ?」
みんなも事件の犯人が分かったようで、アリサは改めてリィンに話しかける。
「行き先は決まったわね」
「ああ、《ルナリア自然公園》多分そこに、この事件の犯人がいるはずだ」
14話終了です。
すいません、第一章はもう少しだけ続きます。
このペースだと終章まで一体何話かかるのやら……