いやー、2章の実習ではどこに行くんですかねー。タノシミダナー(棒)
第17話 新たな問題と新たな出会い
5月下旬。トリスタで咲いていたライノの花も完全に散り、すっかり新緑の季節だ。夏に向けて先月よりも少しずつ気温が上がっており、夜に外に出ると肌寒いと感じることも少なくなっていた。
初めての特別実習から約一ヶ月が経過し学院での一般授業も本格化する中、士官学院ならではの授業も今月からスタートしている。その授業の一つが《軍事学》の授業だ。
《軍事学》の授業を担当しているのはナイトハルト教官という人物だ。彼は帝国軍機甲師団の中でも精鋭揃いと言われる帝国軍第四機甲師団で少佐の階級を持つ現役の軍人であり、もともと帝国軍にいたヴァンダイク学院長の計らいで、このトールズ士官学院で軍事学担当の教官も務めているのだ。
授業は専門的な内容が多いが、俺たちにも分かりやすく説明してくれるため、授業自体の内容は評判が良い。実際、座学が苦手な俺でもこの授業は内容を理解しやすく、得意分野とも言えるだろう。
一つだけ問題があるとすれば、ナイトハルト教官が軍人気質な人物であるためか授業中に寝ることができないということだろう。特に俺とフィーは授業中に寝ていないかマークされているようだ。
そんな軍事学の授業が今日の2限にあり、現在は5限の授業。Ⅰ組と合同の男女別に分かれた授業で、俺たち男子は《導力端末入門》という授業である。ちなみに女子の方は《調理実習》の授業らしい。
「導力端末……何とかコツが掴めてきたな」
「ああ、最初はどういうものかまるで見当も付かなかったが」
この授業の内容は《導力端末》と呼ばれる機械の操作を学ぶというものだった。この導力端末はもともと軍で使われていたものから発展したもので、その演算能力の高さから主にデータ処理などに便利なものらしい。
「うーん、帝国でも最先端の技術みたいだからね。僕も初めて触ったよ」
「唯一の救いは担当教官がマカロフ教官だったことだな」
帝都にいた頃にその存在を耳にしたことはあったが、帝都にいた俺とエリオットも実際に見て触るのは初めてだった。
マカロフ教官はこの授業のほかに数学を教えている教官である。授業は分かりやすいが、その面倒くさがりな性格ゆえか俺たちに出す課題も自分が見るのが面倒なため、あまり宿題なども出さない。この授業でも、課題が終わった生徒はその後は自由にしていいということになっていた。そのため、課題を終えた俺たちはリィンの席の近くで少し話をしている。
そして話題は授業の内容から、ユーシスとマキアスの問題に移っていた。
「先月のB班の実習じゃ、相当酷くやり合ったみたいだな」
「ああ……危うく殴り合いになる所だった。何とか止めたが、サラ教官が来なかったら危なかっただろう」
「なるほど、それでB班はサラ教官から最低評価をもらったわけか」
「はあ……どうしたもんだろうね」
先月の実習の評価はA班とB班では正反対の評価をもらっていた。俺たちA班はサラ教官から最高評価をもらうことができたが、B班の評価はその逆の最低評価だった。サラ教官が最低評価を下すのは珍しいため、おそらくB班の実習は散々なものだったのだろう。
ユーシスとマキアスの仲の悪さは入学式の時から分かってはいたが、ここまでのものになるとは思っていなかった。彼ら2人で言い争っている分にはともかく、このまま実習を続ければ魔獣退治などの依頼で危険な状況になる可能性もある。その意味でも2人の関係を何とかできないものか俺たちも悩んでいた。
俺たちが悩む中、ふと誰かに声をかけられる。
「――リィン・シュバルツァー、そしてイクス・ライガスト」
「……?」
「お前は確かⅠ組の……」
俺たちに声をかけてきたのは、Ⅰ組の貴族生徒の1人だった。名前を覚えていなかった俺に対して、その貴族生徒は少し苛立ちを見せながら自己紹介をする。
「“お前”というのは少々失礼だが……まあいい、この際だからしっかりと名乗っておこう。僕のフルネームはパトリック・T・ハイアームズ。こう言えばさすがに判ってくれるかな?」
「えええっ!?」
パトリックのフルネームを聞き、エリオットが驚いた。俺やリィンもその名前を聞いて彼の態度に納得がいっていた。帝国に来てまだ日が浅いガイウスはその名前の意味を尋ねる。
「有名な家柄なのか?」
「ゆ、有名も有名!ハイアームズ侯爵家といえば《四大名門》の一つだよ!まあ、ユーシスの実家よりは格はちょっと落ちるんだけど……」
パトリックの家名であるハイアームズ家は、帝国南部のサザーラント州を治めているユーシスの実家であるアルバレア家と同じ《四大名門》の一角だ。エリオットの言う通り四大名門でもトップであるアルバレア家に比べれば格は下だが、それでも帝国貴族の中ではトップクラスであることは間違いない。
エリオットの補足説明を聞いたパトリックは、アルバレア家よりも下だと言われたのが気に触ったようだったが、すぐに落ち着きを取り戻して再び俺とリィンに話しかける。
「シュバルツァー、ライガスト、喜びたまえ。僕の紹介で、学生会館の3階に招待してあげようじゃないか」
「それは――」
「学生会館の3階というと……」
学生会館の3階への招待。それが意味するのはつまり、俺たちを貴族生徒専用のサロンに招待するということだった。突然の招待に戸惑う俺とリィンにパトリックはさらに話を続ける。
「君たち2人も、たかが男爵とはいえ貴族は貴族。《Ⅶ組》という胡乱なクラスに所属してしまっているが、ハイアームズ家の人間たるこの僕が口を利いてやったら、サロンの使用許可も下りるだろう。フフ、感謝したまえよ」
そう言って彼は優雅に前髪をかきあげる。どこから情報を聞いたのかはわからないが、どうやら彼は俺とリィンが貴族であることを知っているようだ。
どう対処しようか考えていると、新たな人物が俺たちの会話に入ってきた。
「やれやれ……こんな場所で勧誘とは」
「あ……」
「ユーシス・アルバレア……!」
会話に入ってきたのはユーシスだった。ユーシスを見るパトリックの眼差しには対抗心が燃えている。そんなパトリックの態度を気にせずにユーシスはパトリックを皮肉るように言う。
「ハイアームズ家の三男殿は派閥ゴッコがお好きらしい。そういう話は、まず最初に俺に声をかけるのが筋じゃないのか?」
「くっ……君は好きでサロンに来ないだろう!?あれほど2年の先輩たちが熱心に誘っているにも関わらず!」
「興味が無いからな」
どうやらユーシスはサロンには通っていないようだった。彼は馴れ合うのがそもそも好きじゃなさそうなため、彼のサロンに行っていないということに意外には感じなかった。
ユーシスのあっさりとした答えを聞いたパトリックは、ユーシスが自分のことを相手にしないような態度に傷ついたのか話を強引にきりあげた。
「っ…もういい!シュバルツァー、ライガスト!とにかく考えておきたまえ!誰につくのが君たちの将来にとってプラスになるのかを……!」
いかにもな捨て台詞を残していったパトリックを見て、俺たちは一息ついた。そして面倒な場面を助けてくれたユーシスに俺とリィンはお礼を言う。
「ありがとう。ユーシス、助かった」
「俺も助かったぜ」
「フン……お前たちを助けたわけじゃない。――ただ、先月の実習では手間をかけたみたいだからな。それだけだ」
ユーシスはそう言った後、自分の席に戻って行った。
“先月の実習”ということは彼も自分の実家の管理下であるクロイツェン領邦軍が、俺たちに色々と迷惑をかけてしまったことを彼なりに詫びたかったのかもしれない。
今の発言からも、彼が悪い人物ではないというのはわかっている以上、マキアスとの関係が改善しないか悩むばかりだった。
今日の授業とHRも終わり、俺たちは放課後を迎えていた。
今日のHRでサラ教官から伝えられたのは明日が《自由行動日》であること、そして来週の水曜日にまた《実技テスト》があるということ。そして、来週末には次の《特別実習》も行われるということだった。
実技テストや特別実習も何が起こるかわからないため少し不安はあったが、俺はそれよりもサラ教官が言っていたもう一つの伝達事項である《中間試験》の方がより不安だった。
俺も貴族の端くれであるため、いくら座学が苦手であるとはいえ不甲斐ない成績を残すわけにはいかない。何とか来月までに対策を打たねばなるまい。
そんなことをいつも通りリィンの席の周りで集まって話していた俺たちは、そろそろ部活に行かなければならない時間のため一旦会話を終わらせようとしていた。
「それじゃあね、リィン」
「先に行くぞ」
「そんじゃ、また後でな」
「ああ、3人とも頑張ってくれ」
会話は一旦お開きにしたが、俺たちはそれぞれ部活が終わった後キルシェで食事をする約束をしていた。ここのところ学食続きだったため、たまには4人でキルシェで色々と話しながら食事でもしようということになっていたのだ。
教室を出た俺たちは、俺以外の2人が2階で部活動をしているため、階段付近まで一緒に歩きながら話をする。
「そういえば、マキアスとリィンって大丈夫かな……?」
「リィンも色々と話し辛かったとはいえ、結果的に嘘をついた形になっちまったからな。マキアスの気持ちもわからなくはない……」
「そうなんだよね……」
《Ⅶ組》ではユーシスとマキアスの問題以外にも、新たに問題が起きていた。
俺がA班のみんなに話したことも含めて、俺たちは実習の後にそれぞれみんなに話していなかった事情を伝えていた。その中で、リィンが貴族であることがわかったマキアスはリィンに対する態度が明らかに変わっていた。
マキアスの貴族嫌いというのもあるとは思うが、彼の性格上リィンに自分の身分を誤魔化されたというのが許せないのだろう。リィンが抱えていた気持ちを知っている身としては、どちらが一方的に悪いとも言えない状況であった。
新たに発生した問題について悩む俺とエリオットにガイウスが声をかける。
「ユーシスとマキアスもそうだが、リィンとの間にも“悪い風”は流れていない。きっと解決できるはずだ」
「あはは、なんだかガイウスの言葉って妙に説得力あるよね」
「そうだな。ま、俺たちでさりげなくフォローしてやろうぜ」
階段付近まで来たため、俺たちはそこで解散することにした。
そういえば、さっきもガイウスが言っていた“風”というのはどうやって感じ取っているのだろうか?
「ふぅ、結構腹減ってきたな……」
園芸部の部活も終了し俺はリィンたちとの約束もあるため、寮に戻ろうとしていた。寮に戻ろうと歩いていると、正門前でリィンの姿が見えた。正門前から動く気配のないリィンに俺は声をかける。
「リィン、こんなとこで何やってんだ?――ってそっちの人は……?」
「ああ、この人は……」
リィンと一緒にいたのはバンダナをつけたチャラそうな男の人だった。一つわかるのは制服の色は緑であるため、彼は平民の生徒だということだ。
リィンから聞いた話では、この人はどうやら俺たちの先輩のようで、4月に知り合ったそうだ。もっとも、知り合った経緯というのがリィンから貰った50ミラを使った賭けというなんとも言えない出会いだったようだが。
リィンとこの先輩との出会いの経緯を聞いていると、後ろからハスキーな声が俺たちに声をかけてくる。
「――やあ、また詐欺まがいの手品で金を騙し取っているのかい?」
「おっと、現れやがったな」
後ろから現れたのは黒い革の服を着た女の人だった。そして彼女は何やら導力機関を積んだ自転車のようなものを押している。このバンダナの先輩と知り合いということはおそらくこの人も俺たちの先輩なのだが、彼女は制服を着ていない。
何者なのかと考えていると、さらに、聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。
「あれ、みんなどうしたのこんなところで?」
「おや、お取り込み中だったかな?」
「トワさん、それにジョルジュ先輩……」
「へえ、ということは4人は俺たち《Ⅶ組》の先輩でもあるわけですか」
合流したトワさんたちから俺とリィンは話を聞いていた。4人はクラスは別々だったが、一年の時に俺たち《Ⅶ組》の設立のテスト要員として協力していたこともあり、その時からの友人なのだそうだ。
「君たち2人のことはトワやジョルジュから色々と聞いているよ。先月の《特別実習》でも見事に活躍したそうじゃないか」
「はは、ありがとうございます」
そう言ったのは先ほどの黒い革の服を着た女の人だ。彼女はアンゼリカ・ログナー、四大名門の一角である《ログナー侯爵家》の一人娘である。彼女曰く、服装といい士官学院ではかなり好き勝手にやっているため、とっくに勘当されているかもしれない不肖の娘だと自嘲気味に語っていた。
「よし、これで大丈夫だと思う。これで安定したパワーが出せると思うよ、アン」
「ああ、わざわざすまないねジョルジュ」
ジョルジュ先輩が今しがた整備を終えたのは《ルーレ工科大学》で試作されていた『導力バイク』という乗り物だった。アンゼリカ先輩がパーツの資金を提供し、ジョルジュ先輩が組み上げたそうだ。ちなみにトワさんたちも開発を手伝ったらしい。
ジョルジュ先輩はその導力バイクのパーツで付け忘れていたものがあったことに気づき、導力バイクを走らせに行こうとしていたアンゼリカ先輩の後を追ってきたそうだ。
整備の終わった導力バイクに早速乗ろうとするアンゼリカ先輩に、バンダナの先輩とトワさんが話しかける。
「しかしゼリカ、こんな時間から遠乗りかよ?」
「ああ、せっかくエンジンを強化したんだ試さないわけにいかないだろう。帝都あたりまでひとっ走りしてくるつもりさ」
「アンちゃん、ちゃんと寮の門限までに戻って来なきゃダメだよ」
「わかってるさ、トワ」
トワさんたちは導力バイクの性能を知っているからかそこまで心配していないようだが、トリスタから帝都までは鉄道でも中々時間がかかる。この導力バイクというのはそこまでスピードが出る乗り物なのだろうか?
初めて見る乗り物に俺たちが少し不安を抱いていると、アンゼリカ先輩は導力バイクに跨り、その不安を払うかのように導力バイクのエンジンをかける。ドルルンという激しい音とともに導力バイクも振動する。
「フフ、それじゃあ。それとリィン君、いずれ私も依頼を出すからぜひ応じてくれると嬉しいな」
そう言ってアンゼリカ先輩は導力バイクとともに走り去っていった。導力バイクのスピードはかなりのものでアンゼリカ先輩の後ろ姿もみるみるうちに小さくなっていく。
「まるで鉄の馬みたいだ……」
「ああ、あのスピードなら本物の馬よりも速いかもな」
導力バイクのスピードに俺とリィンがそれぞれ感想をもらした。ジョルジュ先輩も用が済んだため、技術部に戻ろうとする。
「それじゃあ僕はこれで、トワは急がなくていいのかい?」
「あ、そうだった!早くミヒュトさんのところに荷物を受け取りに行かないと!それじゃあまたね、イクスくん、リィンくん!」
そう言ってトワさんはトリスタの街の方へ、ジョルジュ先輩は再び学院の方に戻っていく。正門前に残ったのは俺たちとバンダナの先輩だけになっていた。
「さてと、それじゃ俺も寮に戻るとするかね。っと、そういや言い忘れてたか」
トワさんたちが行ってしまったことで、寮に戻ろうとしたバンダナの先輩は思い出したように足を止める。
「――2年Ⅴ組所属、クロウ・アームブラストだ。よろしくな、リィン後輩、イクス後輩」
俺たちに改めて自己紹介をしたクロウ先輩は、そのまま寮の方へ歩いていった。その後ろ姿を見送りながら、俺とリィンは先輩たちについて話をする。
「アンゼリカ先輩にクロウ先輩か……」
「トワさんもそうだけど、俺たちの先輩は色々と大物揃いみたいだな」
「ああ、色々と学ぶことも多そうだ」